気まぐれ読書

2010

                       戻る                 6月2日までは掲示板よりの転記です。
12月26日  樋口明雄  爆風警察
ランニング・
            スクワッド
 
 樋口さんの真骨頂とも言える作品。それには氏の銃の知識に長けた部分と、警察をややシニカルに描く部分。とてもスピーディーで、登場人物がいつも走っているような印象もあり、そう感じさせていたのかも。

 作文内の過激派「アジアの曙」は、間違いなく日本赤軍を意識して書かれている。それが判るから、より文章に感情移入しやすく読み進められる。ここら辺も樋口さんの手法。この過激派が警視庁に爆弾を仕掛け、破壊行動に出る。一方、全く違う猟奇的事件が起こっており、この二つが微妙に絡み合う。

 警察内で、阿婆擦れた存在の汐見・冬木・黒沼の3名が、各々に自分の過去の陰を背負いつつ任務を遂行する。その上司となる存在の石アの位置づけも美味しい。

 文章からそのまま映像が想像できるような、それもカラー映像が見られているような感じであった。それほどに作文内にスーッと入れたと言うことだろう。よってドラマや映画を見ているような空気感があった。
12月17日  伊坂幸太郎   砂漠 

 
 久しぶりの伊坂作品。「砂漠」と題打っているので、中東での戦争めいた内容なのか、はたまた旅作品なのかと思いつつ読み出したのだが、とても温まる友情物語的な作品。
 
 舞台は仙台。大学に入学した同級生らが、社会に出る前の最高に自由度がある時期を謳歌しいる中で、いろんな事件に出くわす。

 主人公の北村は、わりと中立的で平均的な学生の設定。その周囲が面白い。特異な社会感を持つ西嶋のキャラが光り、この西嶋の丁寧語がいい味を出している。そして南。彼女は超能力を持つ不思議な女性。ただし普通な感じの明るい女子大生。この南の存在も、作品内に不思議空間を作っている。さらに東堂は笑う事の少ない美形女子大生。少し冷たい感じがするところが、ヒートアップする西嶋に対して温度一定に保たせる存在になっている。鳥井はお金持ちの息子であるが、このお金のある学生と言う設定も、方や貧しい学生が多い中で面白い存在感がある。言えばキリが無いが、出てくる登場人物が、個々に秀でたキャラであり楽しい。各人の言葉がとてもウイットに富んでおり、学生という軽い部分と、さらに背伸びしたような大人になりかけな感じが、青々しく初々しく楽しい。

 マージャンの表記が多用してある部分は、麻雀に興味が無い私にしても、楽しそうな遊びに思えてくるから不思議であった。

 事件の展開は当然面白いのだが、何せ各人の吐く言葉が楽しいし、ホロリとする感動も得られる。これだけ名文句を並べられる伊坂さんに感心するほど。中盤にはこんなくだりがあった。> 生きていくのは、計算やチェックポイントの確認じゃなくて、悶えて、「わかんねえよ、どうなってんだよ」と髪の毛をくしゃくしゃやりながら、進んでいくことなのかもしれない。<

 なんか微妙に元気が出る感じ。

 我が学生時代を思い出し、作品内のすぐ脇に自分も居る様な錯覚さえも感じる。読み終えてすぐに、再び100ページほどを読み返してみる。ストーリー展開が見えているので、少しスピードアップして読むことになったが、またまた面白い。「語り」の楽しさとでも言おうか。人間模様の楽しさ。ツボな一冊となった。

 BGMは、当然「ラモーンズ」をかけながら読んでいた。はじけたビートが、西嶋の存在感を強くしていた。

12月9日  北森鴻  虚栄の肖像   
 「深淵のガランス」に続く、シリーズ第2作品。主人公の作月恭壱他、主たるキャストは前回と同じ。絵画修復師の作月のところに舞い込む依頼に、次々とはらむ事件。

 相変わらずのシャープな作品。人間的な修復と言う部分があるにしては、緻密な作業に機械的な冷たさを感じるのだった。絵画と言う部分がブルジョアな感じを与えてくれ、高級感が常に付きまとう。そしてまた、修復に関しての細かな技法も書き出されている。何度も言ってしまうが、作者はよほどのこの部分に長けているのだろう。

 先だって、日本屈指の絵画修復師の女性がメディアに出ていた。そこに見た女性と、この本の中の佐月の作業が、まるでリンクしているようにも思え、より面白い本に思えるのであった。美術を専攻している人には、本当に楽しく読める本となるであろう。そしてこの世界に疎い私でさえ、絵画を含めた美術品の見方、奥深さ、そこから感じなければならない部分などを学ぶことが出来た。そしてそれらを頻繁に見る、プロ側の見方もよくよく学べるのであった。

  あまり引用は気が引けるが、最初の入りに名文がある。

 >>大ぶりの枝に満開の桜。時おり風に揺れた花弁が舞い落ち、盃にははらりと降りかかるのを喜ぶのは、風流ばかりではないようだ。彼らは唇と舌のみで会話しているのではない。同時に墓碑の下に眠る人と心の中で会話していることをみな心得ているのだろう。桜は眠る人への問いかけであり、盃の花弁は冥界からの返答だ。 <<

 お彼岸の絵面なのだろうが、これが北森さんの表現力。

 またまた、楽しかった。シリーズ3作目も期待!!
12月2日  池上彰  そうだったのか!
      中国 

 今やスーパージャーナリストと言ってもよいほどの池上さん。多分野に亙る、その情報量の豊富さに一番に驚かされるが、それを伝える能力、聞く者に理解させる言葉並べと話芸に感心する。こんな先生が居たならば、勉強が面白いし、興味を持って授業が受けられたろうと思う。受身な考えだが、勉強も教える側の影響は大きいと思う。

 さて本題。今や中国の存在なくして経済も成り立たないようになって来た。ろくに勉強をしてこない私は、池上さんの力を借りてちょっと勉強。そして、相手に伝える話芸も少し習わせてもらう。気づいたのは、「復唱」。「教科書のような書き方」と以前に言った吉村昭さんの作文に近い。何度も言う事で、自然と頭に入り刷り込まれる。そしてそれらが、池上さんがテレビで説明するそれとリンクし、非常に判りやすい。当然池上さんの主観も沢山あるであろうが、巻末の参考文献の数(169書)を見て、圧倒され、裏づけのある事実と理解した。

 三国志から読み取れる裏切りの社会。そして毛沢東から始まる共産党の変遷をみても、裏切りや殺し合いは変わっていない。そんな国なのだと理解しないといけないのだろう。ただただ、これだけ強大になると、しっかり知って付き合わねばとんだ事になる。この本を読んで、私の中での中国の情報量が、格段に増えた。そして「そうだったのか! 中国」と思えるのだった。

 読み易い。判りやすい。今後、中国の動きに目が離せない中で、ニュースで伝えられる話が、1を聞いて8くらいは奥が読めるようになったかも。

 
11月16日  南直哉 老子と少年 
 禅僧の南さんが、生と死について僧侶的なスタンスで説いた内容。言葉少なで、行間が多い。ただ、その行と行の間に、見えない言葉がぎっちり詰まっている。もっと言えば、上下の間にだって見えない言葉が詰まっている感じ。

 判りやすいようで難しい。何度も読んで、やっと何かが見出せるのかも。ただそれが、難しさが先にあるのでなく、文そのものは理解しやすい。ただ、言葉が含む裏側の言葉までが読み取れないと、この本は理解できないのだと思えた。

 とりあえずサッと流して読んでみた。もうちょっとしたら、もう一回読んでみる。スルメのような本だとは判ったが、まだ匂いを嗅いだくらいで、味が染み出てこなかった。

 
11月11日  奥田英朗  延長線に
 入りました 
 
 痛快スポーツエッセイ。全く躊躇する事無く、言いたい事をストレートに書いてある。「大丈夫か、こんな事まで」なんて思う事しばしば。でも一般人の心の片隅にある、引っ掛かりを全て取り除いてくれるような、爽快さがある。所謂代弁者のような、兄貴肌。

 ピッチャーの沢村さんは、じつは記録を残したあの試合、アメリカチームが圧勝続きでつまらなくなり、早く終わらせる為に三振を連続したとか・・・。そして他の試合では打たれている事実。今では伝説になっているそんな事さえも、このように両断している。

 ボブスレー4人乗り競技。2番目と3番目の選手の存在。確かに乗っているだけでもある。

 剣道において、洗わない稽古着の酸っぱさ表現など、最高に笑えてしまう。

 スピードスケートのスタートの格好が、「エリマキトカゲ」。それをする女子に対するストレートな意見。いやはや、ごもっともと共感してしまう。

 高校野球を、終わった後のスコアーから楽しむ方法なども載せられ、スポーツ全般に長けている作者のノウハウがちりばめられている。先駆雑誌「モノ・マガジン」に連載されていた34作品が入っている。年齢を問わず、スポーツ好き、そうで無い方も大笑いしながら読めるだろう。

 クレームを恐れない、イケイケドンドンな作文。それによるハラハラ感もあり、楽しくもあり凄い本だった。
 
10月29日  高田純次  適当日記   
 一応読んだので書いておく。「いちおう」なんて言ったら怒られるか・・・。高田さんが「東京乾電池」で出だした頃から、間の上手さ、頭の回転の良さを感じていたが、既に還暦の60歳。日記を書いたというので、軽〜く読んでみる。

 ふざけた内容であり、笑いに事欠かない。笑うのを我慢せねばならないほどに吹き出してしまう事しばしば。そして氏の観点と言葉選びには、笑いながらも感心しきり。自分に入ってくる情報を瞬時に笑いに化けさせる能力には凄ささえも感じる。何て褒めまくりだが、内容は「くだらない」と一言で言いくるめられる。でもでも、このような本で馬鹿笑いできるのも、幸せに思えたり・・・。

 世知辛い世の中、大いに笑うには、本当に「適当」日記。
10月22日  高嶋哲夫  東京大洪水 
 昨日のニュースで、議会で東京の「スーパー堤防」の話がされているのを見た。なんとタイムリー。そのスーパー堤防により守られる都内近郊の水面下地域。しかし自然の猛威は、人間の造るそれら知力の集大成を、いとも簡単に壊してゆく。

 なんと言っても、スピード感。判りやすく把握しやすい、天気(台風)と言う題材で、一字一句に気持ちが乗ってスイスイと読み進められる。フィクションでは有るが、ノンフィクションにも感じるのは、昨今の異常気象の影響もある。作品内ではその部分にも触れられている。

 主人公の玉城。そしてその妻の恵子。気象学者である玉城に対し、建設会社で働くキャリアウーマンの恵子。双方が家を留守がちにする仕事人間。そして恵子には上司との微妙な関係も匂っている。そんな中での二人の子供、大輔と由香里。ことに大輔は、本作品の中で、非常にいい役目をしている。大人びた小学生ではあるのだが、当然の子供らしさも表現され、ホロリとさせられる部分も。そして玉城の同僚である木下。彼の博識は作者の高嶋さんと被るようにも感じた。

 本の帯にも書いてあるが、「双子の台風ジェミニ、平和ボケした日本を直撃」とある。これを読んで、いざと言う時の危機管理に役立てるのもいいかも。『平和ボケした日本』、常々そう思い、自分にも当てはまる。
 
 
10月8日  吉村 昭  深海の使者 
 第二次世界大戦において、華々しく語り伝えられている戦艦大和や武蔵、そして零式戦闘機。その影で、密かに海中深く潜りつつ軍事同盟国のドイツを行き来していた「使者」があった。それが潜水艦。

 2007年夏、呉の港で潜水艦なるものを初めて観た。海面から姿を現しているその黒い姿に、身震いするような感じさえあった。男心をくすぐる部分と、実際に外国との抑止力的に配備され、この存在が目に見えぬ均衡を保っていると思うと、目の前の物が「兵器」と判り、恐ろしくも感じるのだった。全ては平和ボケした私のような私的観点であり、観ての思いは様々だろう。

 さて本題。吉村さんの興味がまた、すばらしい内容の史実を伝えた本に仕上げている。「克明」に調べ上げたバックボーンがあり、揺ぎ無い内容と言えようか。今では考えられないほどのゆったりとした戦争風景が読み取れる。しかし、ゆったりとは言うものの、それが当時の戦争であった。同盟国のドイツとの技術供用があり、潜水艦が進化して行く。ヨーロッパで戦うドイツ軍、早々に降伏してしまったイタリア、最後に残る日本。三国の戦状が良く判る。

 潜水艦の他にも、ドイツへ行く為に長距離飛行機の開発も行われ、現に実践されていた様子(不成功)。燃料過積載の為に主翼が下側に垂れ下がっていたそうな。想像でき、当時の切羽詰った様子も伺える。ソ連との中立関係を保つ為にソ連上空を頑なに飛ばない日本の選択も、まじめな人種を表していると思えた。

 今回は、かなり血なまぐさい部分もあり、重い気分で読み進めた。平和主義の私としては、本来戦争は嫌いなのだが、知っておかねばならない過去もある。またまた知識に・・・。

 有名な話だが、外国諜報部に判らないように、鹿児島弁で通信がなされた部分。敵国に日本人が居て、全て解読されていた(文中に記述あり)。一方アメリカでは、その役目をインディアンにやらせていた。土地の広さも戦術も、一歩も二歩も先に行っていたようだ。

 
9月24日  奥田英郎   港町食堂  
 いやーなんて痛快、そして爽快。これぞ「旅人」と言った紀行文。ゆったりまったりと船を使い、時間をゆっくりかけて旅をする。編集社同行であり、ちとその部分では優雅な旅だが、その内容は完全に私のストライクゾーンを突いている。

 以前に旅をした事のある場所では、懐かしさを覚えたり。そうで無いところでは、これからの旅に対して非常に参考になる内容であった。そして読ませる、笑わせる文字使いはピカイチで、軽い感じもとてもいい。

 現地に対し、腹を割ったストレートな意見もちりばめられ、「そんな事まで・・・」とヒヤヒヤするが、後のホローもしっかりあり、嫌味がない。そして一番に楽しい部分は、ご当地の食材を紹介している部分。筆者は食通ではないようであるが、謙遜しているだけで食通であると思う。ポイントを突いた美味しそうな食材の紹介に、これまたよだれが出そうな感じで読み進められる。店の紹介も実名であり、このノンフィクションさが、作品にキレを出している。

 昨今の旅雑誌は、写真誌が大半を占める。でもこんな文章での紹介もかなりいい。絵で見てしまうと現地を完全に判ってしまうが、文章からだと自分なりに想像が出来る訳であり、夢が広がる。旅先の魅力が膨らむのであった。

 楽しくて、途中で奥田さんの作品をもう一冊買ってしまった。旅好きな私にとって、麻薬のような本に出逢ってしまった感じ。家で読むのも面白いが、旅先に持って行って読むのも良いかと思う。旅好きにはたまらないエッセイ集。
 
9月14日  連城三紀彦   曲げられた真相
 ミステリー傑作選

 白雨
 
 学校でいじめを受け始めた乃里子。家では不通を装って気づかれないようするが、勘の良い母親の千津はそれに気づく。だんだんといじめが頻発し、千津は行動を起こすのだが、話に行った先の先生もグル・・・。

 ある日、家に封書が届き、そこから昔に起こった親族内での事件のパンドラの箱が開く。千津の母親が父親に刺され、刺した父親も自害した事件。その真相は・・・。

 先のいじめは、実は娘を介して千津に対する仕組まれたもの・・・。一見、重大な娘重視の事柄かと思えた部分が、一転し、娘から母親にベクトルが向いた部分に、“おおっ”と思い、“上手い”とも思えた。

 物事の鉾先、読み手の心理をうまくコントロールできた作品で、その展開が面白く、そして推理できる。今回は、何となく80パーセント近く推理ができた。短編として纏められ、文字数が制限された中での作品だったからかもしれない。寂しく冷たい空気感が、暑い最中には周囲温度を下げてくれていた。
 
9月10日  黒川博行  海の稜線   
 海に稜線?と、読み出すきっかけは、ここからであった。でも読み終えて「稜線」と当て込んだ部分がいまひとつ見えてこない。海難事故の裏には、一本の太い筋が通って居たとの意味合いからなのか・・・。

 これほどのコテコテの関西弁での書き物を読んだのは久しぶり。その掛け合いは、スピード感のある漫才を見ているよう。最初はかなり抵抗があったが、次第に自分が順応して行くのが判る。そしてツボにはまると、かなり心地よく読み進められる。

 事件は名神高速の上で起きる。一台の車が横を通り過ぎたと思ったら、いきなり爆発炎上。ここからストーリーが始まり、だんだんと海難事故(事件)と絡み合う。その捜査にあたる担当刑事と巡査のやり取りが至極面白い。その中に東京からのキャリア警部補が混ざる。ここで起こるのが、東西文化圏の対立。ここでの口語のやり取りも、かなり高度な漫才に感じられた。

 事件を捜査していく中で、海運業の裏側にある保険に関わる説明がある。よくここまで調べたと思ったのだが、巻末に父親が海運業をしており、本人もまたタンカーに乗っていたと言う。少し納得。

 「海」と言う舞台が、難しくさせているのか、なかなか事件の推理が出来ずに、読まされ、力技で引っ張られている感があった。少し頭の体操をしているような感じで、メモ紙を持ちながら時系列を追わないと、追従できないような感じでもあった。この辺が楽に読めるようにならないと、高度な推理小説など読めないのだろう。我が非力さを痛感。 

8月29日  重松清  カシオペアの丘で
「下」 
 
 さあ下巻。深夜に山から戻り、いつもなら疲れ果てて寝るところだが、この本を開いたら目が覚め、一気に読破した。それほどに引き付けられた本であった。

 途中途中で、作風がおかしいなぁと感じたのだが、巻末の説明書きで納得。地方紙への連載していたものを、手を加えて文庫本化したとの事。

 主人公は一見シュンのようだが、全ての登場人物が主人公とも言える。それには、多用しているモノローグの部分からそう思わせるのだが、会話の裏側の内心が事細かに表記され、展開に重要な役割を果たしている。

 困ったのが、涙に字が歪んでしまい、読めないことが頻繁に起こる。それほどに感情移入でき、心を揺すぶられた。「死」を間近に控え、それにより周囲が気づくことがある。子供の存在、妻の存在、仲間の存在や親の存在、少し自分に当てはめて改心せねばならないと思えた。

 シュンの余命幾許かの命の重みが、この本に釘付けにする要素となろうか。重松さん自身、最長大作との事。登場人物各人の言葉には、重き言葉が多い。これほど泣けたのも久しぶり、読む場合は、涙対策をした方がいいだろう。人前で読む場合、電車の中で読む場合は要注意。ほとんど号泣になってしまう感じ。

 重松さんらしい作風でもあり、幼年期、そして青年期の表現が、自分に置き換えられるような、自分も登場人物の中に居るような錯覚さえ覚えてしまう感じ。いい本だった。「上」「下」巻と少し長いが、読むと、少し人生観が変わるかも。当然いい風に変わるのだが・・・。

  
8月23日 重松清  カシオペアの丘で「上」   
 最初の滑り出しは、スタンドバイミーのようであり、少年少女4人の幼少期の懐古録から始まる。なにかこの時には乗り切れ無い中で読み進めていたのだが、それがだんだんと意外なほどのディープな世界(作品)に入り込んでゆく。

 特に強弱をつけて書かれているわけではないのだが、自然体の場面展開に、なぜか心臓の鼓動が高鳴る。重松さんの人間観察の優れた中での、対人との間の使い方が上手であり、これにより引き込まれ、一喜一憂してしまうのが判る。

 展開には「殺人」があったり「病気」があり、これに伴い周囲に「死」というものを意識させながら物語が続く。幼なじみの四人が大人になり、それぞれの道を進んで行く。 そんな中で仲間の中の一人のシュンが病気になり、皆の意識は幼年期に夢を誓い合ったカシオペアの丘に集中する。

 北海道の昭和初期、炭鉱が盛んで多くの人間模様がそこであった。いい事もあり、悪い事もあり。その悪い事の方で、炭鉱火災があり、この四人の親たちも巻き込まれていた。仲の良い子供同士だが、一方親レベルでは・・・。よくある事である。

 充実した作品の中に、心温まる会話も多い。人間の温かみが随所に感じられ、優しい気持ちになれる本。

 これより「下」の方の展開に・・・。
8月10日  大村あつし  エブリリトルシング
  クワガタと少年 
 
 ここのところ本に癒しを求めている自分が居る。そして今回もハートウォーミング小説を選択。この暑い時期に心温まるのだが、寒い時期に読むと、もっと温まるような気がした。

 短編小説の集合体のような編集だが、しっかりと芯があり、全てにある事柄で繋がっている。この作風は見事であり、繋げ方に感心もした。

 社会生活の中で、往々にある壁。そこで人はポジティブに考えられるかネガティブに考えるか。肯定するより否定する方が楽であり、後者を選ぶ人が多いのだろう。そして社会からからドロップアウトしてしまったり・・・。変な話、自殺者が多いのもそんなところからなのかとも思っている。この部分を、いかにポジティブに持ってゆくか、ゆけるかの方向性を導いてくれている。

 この本を読むと、世の中においての自分の位置づけが、少し違って見えてきたりする。「存在価値」の部分なのだが、いろんな面でプラスに考えられるようになる。各人が持つ、生活している中での心の葛藤が整理できるような感じ。暖かさを感じたと共に、次の一歩を踏み出す指針を示してくれる本。

 プロローグで、すぐに表題にある「クワガタと少年」の話が出てくる。9ページしかない文章なのだが、100ページほどあってもいいような内容で、強く心に響く(内容を書きたいですが、我慢します)。このプロローグを大きな軸として、次々と違った角度の出来事が綴られる。

 何処にでもある生活の中での出来事。そして何処にでもある迷い。年齢層問わず、受け入れられる作品かと思う。そして作風で面白さを感じたのは、推理小説のように言葉の裏を読み解きながら読み進められる。スラスラ読みつつ、頭の中ではムシャムシャとその内容を租借するように考えながら読む事が出来た。

 エピローグから。手の中においての薬指、確かに一番動きが悪い。でもその指が、人生の転機において無くてはならない重要な役割の指となる・・・。判断を急がず、多角的に物事を見、長期的にも考えよ。そんな事を教えられた部分であった。
 
8月5日  萩原浩  おろろ畑で
    つかまえて 
 
 「オロロ」と聞くと、北陸では刺す虫の事を言う。それがあるので、それら虫を捕まえる何かなのかと思い購入。しかし、オロロとは、作文内に出てくる「豆」の現地名であった。

 これは「村おこし」を題材としたストーリー。 極めて田舎っぽく表現され、書かれている口語がこれまた味がある。フィクションではあるが、日本の田舎が上手に表現され、現地が容易に想像できるのも楽しい。

 ある時、青年団での会議で、村を活性化しようと一人が言い出す。それに皆が賛同する。誰か反対者が居てもいいようなもの、そこにリスクを省みず、高額を出資する村民の単純さも楽しい。東京に行き、寂れた村を外部に紹介するコンサルタントを頼む。この場面での御上りさん的表現が、最初の爆笑の山場。

 全体を通し会話で成り立っている進展の仕方だが、その間合い、やり取りが非常に楽しい。人間の個々に持つ素質の面白さと言おうか・・・。登場人物の各人が、それなりに秀でたキャラ、そして常識を少しだけ逸した行動があり、これが笑いを誘う。娑婆に普通にあるような出来事の中に、少しだけ突出したキャラの人が蠢きあい、それらの人の掛け合いが繰る返される。3ページに1回ほど、いや、2ページに1回は、「ニヤッ」としながら読み進められる。

 生活の中で、面白い所を見つけるヒントのような本でもあった。解説者は、筆者をユーモア作家と紹介している。確かに・・・ウイットに富んだ内容は、笑いの勘所をよくよく判っているように思えた。
7月26日  泉康子  いまだ下山せず!   
 「のらくろ山岳会」の常念での遭難事故。私のような俄かハイカーでも、この事故は耳にしていた。今回の作品は、その事件の詳細史実。

 はっきり言うと、あまり面白く読めなかった。全くページが進まないのである。情景が判りすぎたり、心情が判りすぎたり・・・。こうなると、その場所で数日ページが止まった。もういい、珍しく途中で読むのを止めようかと思う場面もあった。それには、自分が単独行者であるから・・・。作品内は、すばらしいチームワークと、各山岳会が、仲間の事故に対して賢明に動く姿が綴られている。私の場合は、もしもがあれば、それは無い。なんと言うか、グレーゾーンと言うか、臭い物には蓋をしていたいような心境で読んでいた。

 ただ、捜索内容は読む価値がある。被災したメンバーの足跡を、手当たり次第の情報から克明に追い。予測を立てて、可能性を考える。何処へ進んだか判らない事故現場を推理して行く。しかし、その推理はピンポイントで、「一ノ沢」に行き着く。ここらへんは、読んでいて良くぞ・・・と思えた。

 「3人の死を無駄にしない」と言う、周辺の仲間の気概が強く感じられる。そしてこの本もまた、今後発生するであろうこのような事故を、未然に防ぐ為に書かれているようにも思えた。雪崩の怖さは、吉村昭さんの作品で、だいぶ知りえたが、この本でまた、知識となった。やはり本は大事、今後のリスク回避に大いに役立つものとなった。

 そもそもの冬季登山。この作品の中では厳冬期登山となり、この部分だけみると、平地に居る人にとっては、事故があれば人騒がせな・・・となるだろう。ただそれが、スキー場などで起こった雪崩の場合は、「可哀想に」と思うのではないだろうか。言いたいのは微妙な差でしかないと・・・。でもこれを読んで、登山を趣味にしない人は、より登山を怖い物と認識するだろう。万人に受け入れられる物では無いように思えた。登山をする者にとっては、参考書として使え、しないものにとっては危険なスポーツとしての擦り込みになるのかも・・・。

 事故があり、仲間が動き、しっかりと遺体が見つけ出された史実。たくさんの横槍があったろうが、一本筋の通ったすばらしい行動であったと思えた。
 
7月15日  東野圭吾  使命と魂のリミット   
 病院が舞台のストーリー。心臓血管外科の研修医として夕紀は働いていた。それは、動脈瘤で亡くなった父親がおり、その影響もあっての進路選択だった。名医の下で研修を続けるのだが、ある日、その名医が・・・であることが判った。夕紀は複雑な心境になり、ここからの夕紀の葛藤も面白い。

 ある時、その病院が一人の男の復讐劇の標的の場所になってしまう。通常推理小説だと、「犯人探し」となるが、これは早い段階で犯人が登場し、犯行に向けてのモノローグ的な内容が続く。推理する部分は、内心の部分と巧妙なトリック。その仕掛けには、エンジニアとしての東野さんの知識が上手くちりばめられていた。それと、何度も思うのだが、東野さんの男女間表現がとても上手い。独特の間合いで男女を表現してあるのは、いつも好感が持てる。

 事件は、冷酷な犯罪では無く、心ある者の、ある一人をターゲットにした犯罪であった。それに周囲が巻き込まれ、警察も動く。ここで活躍する七尾という刑事の推理力も面白い。いやみが無い推理力で、展開の面白さを増している。

 後半の事件が解決して行く場面では、犯人の心を含め、ジンとしてしまう表現も多い。ハッピーエンドとなる最後があるのだが、
そこには、全ての蟠りを払拭できた夕紀が居た。

 人間の持つ、「疑心」や「良心」が強く書かれた本であった。
 
7月7日  樋口明雄  WAT16  
 樋口さんがお子さんに向け書いたと知り、読みたくなった。

 東京から北杜市に移住し、判らぬまま親に連れて来られた最初は、色んな辛い事もあったのだろう。そして感受性の高い成長期になり、敏感な樋口さんは、それらを感じ取る。そして子供らに向けた傑作が出来上がる。と、思えた。 

 主人公となる渉と智哉(高校生)は、毎日のように近隣の対抗勢力とケンカを繰り返していた。当人らもそのケンカを良しとしないことは判っているが、それでもそれがストレスの発散場所のようなものになっていた。ただ、この二人の境遇は、親レベルでは真っ向に対向する位置にあり、とある建設工事においての敵対する間柄であった。そんな中でありながら、お互いの親を知りながら、二人は心が通じ合っていた。

 舞台となるのは、やはり山梨。北杜市周辺を書かせたら、いまや右に出るものが居ないのかも。実は、少し読みながら、現地が見たくて土曜日に事件の経路を走ってきたりもした(余談)。

 で、ケンカ三昧の平々凡々とした学生生活の中で、同級生の明日香がいじめに遇っているのを知る。この明日香も渉同様に、都会から引っ越して地元に馴染んでいない女の子であった。少し遠巻きに距離を置いて見ていたが、いつしか二人は気にしあうようになる。

 こんな展開の中で、渉と明日香が入ったラーメン屋で、戦車を盗んで逃走した事件がテレビで報じられていた。それを見て彼らの心が動く・・・。

 富士演習場の公開火力演習の日、渉と智哉は戦車を盗みに入った。しかし失敗に終わり、注意を受ける。そこに居た片桐一等陸尉、この片桐は渉らと同じ年代の子供が居たが、いじめにより亡くなっていた。複雑な思いで、片桐は渉らを見ていた。そして自ら渉らを戦車に乗せる。その結果、高校生の二人は、まんまと戦車を盗み出してしまう。

 少し細かく書き過ぎてしまったが、ここからめまぐるしい展開が始まる。国や行政、大人や子供、教師と生徒、警察と民間、報道と知る権利、これらが上手く表現され、こんなに引き込まれる作品は他に無いような・・・。とてもスピード感があり、判りやすく、そしてまた、ローカルさがなんともスーッと入り込める表現となっている。

 文章内には、沢山の名言がひしめき合っている。何度も心打たれながら読み進める事となる。後半は、戦車の行動を抑えようとする自衛隊や警察幹部に、渉らの暴走する心が理解されてくる。この辺りからボロボロと涙が止まらなくなる。511ページと長い作品だが、全くそんな長さは感じず、一気に読み干した感じ。

 親御さん、または中高生の方に読んで欲しい本。現社会に潜む嫌な心の病魔が、癒されるだろう。あまりの面白さに、中盤から再度読み込んでしまった。これが書ける樋口さん、やはり流石だと思う。

6月30日  西前四郎  冬のデナリ   
 日本では、「デナリ」の呼び名より、マッキンリー、またはマッキンレーの方が把握出来やすいかもしれない。

 冬季に単独で挑んだ植村さんの事は、知らない人はいないだろう。そこから遡る事17年前、冬季にデナリを目指した日本人が居た。8名(日本人は一人)のパーティーを組み、そのうちの3名が登頂。その凄まじい登頂記が、本人によりノンフィクションとして記されている。

 最初は、ここ最近のフィクションの刺激に慣れてしまい、少しダラダラと読み始めていたが、次第に本物の凄さが出てくる。各人の日記をベースに書かれていたりするので、リアリティーがあるのであった。

 「冬のデナリ」。とても抽象的な呼称だが、山屋にとっては精神論を語るくらいに意味があったりする。零下50度、風速50m。無謀なチャレンジでもあり、一人の死亡者を出してしまった事から、登山界では叩かれたらしい。でも一人の犠牲者だけで、他の人は生還している。運が良いとも言えるが、精神的な強さが生きて戻れた要因であろう。

 当時は今ほどの進んだ装備ではなかったのは確か。かなり重い装備を担ぎ上げ、冷たい思いをし、痛い思いをし、デナリを目指す。私の本音は、ジローこと作者の西前さんに登頂して欲しかったが、西前さんはあくまでもパーティー行動に徹し、日本人の気概を持ちつつ、リーダー以上にリーダーらしく行動していたようだ。個人主義の外国人の中において、周囲を気にし行動していた氏には嬉しく思ったり・・・。

 文中は、山をやらない人にも判るように、専門用語の注釈が入っている。したがって専門用語に引っかかる事無く、一般の人も読めるようになっている。5000m以上の世界が、リアルに感じられることだろう。

 この作品は、小説であるが山行記の色合いが強い。ノンフィクションゆえの面白さはあるのだが、フィクションのような、めまぐるしいハラハラドキドキは無い感じ。史実として読み進め楽しむのがいいだろう。

 熱い男たちの記録、生還した後の彼らの太いつながりにも共感できる。共に苦労を味わった「友」を感じるのであった。


6月21日 湊かなえ  告白   映画化され、今の今上映中なので知っている方も多いだろう。その原作を読む。最近、映画が上演されると、原作が読みたくなる今日この頃。

 さて中身。六章からなる各登場人物のモノローグで綴られている。どこか不思議な感覚を抱きながら読み進めるのだが、それに気づいた時、「ハッ」とした。読んでいて人間の体温が全く伝わってこないのである。モノトーンでもなく、セピア色でもなく、もっと冷たい空気感。

 最初に登場する教師(悠子先生)も、私からすると「不思議ちゃん」キャラ。一学期の終わり、聖職と言う立場で滔々と生徒に話しかける。ここは配役が松たか子さんであり、読みながら松さんの顔が浮かぶ。一本調子の言葉が続き、だんだんと冷酷な内容に・・・。

 事件(事故)が起きたのには、心理的な部分が作用していた。中学生らしい心理とも言えるし、大人になりかける思春期の複雑な葛藤なども織り込まれていた。一歩引いてみると、上手い情景・状況の作り方。そして一歩前に出ると、ぐっと引き込まれる不思議な吸引力。場面展開してゆく中で、全登場人物である親や子、教員までもの心理戦が見え隠れする。その見えない部分が推理する楽しさを生んでいる。「怖楽しい」という言葉は無いのだろうが、そんな感じ。楽しいとは、笑える楽しさではないのですが・・・。

 もう少し細かく書きたいところですが、公開中なのでこのあたりに・・・。
6月17日  桐野夏生  東京島  この夏、8月28日よりロードショー公開となるので、少し、いやかなり話題になるだろう。

 以前に吉村昭さんの「漂流」で、無人島での生き様を読んだのだが、これもやや似たような内容。ただ大きく違うのは、「女性」の存在。次々と流れ着いた男の数は31名、そして女性は1名。そこで繰り広げられる動物的な衝動からくる諍い。さらにはたった一人の女性「清子」の心の変化。全ての目が自分に向いていると気づいてからの彼女は・・・。

 「東京島」と名付けられた無人島。全くの人の近づかない無人島ではなく、中にわけの判らないものが入ったドラム缶が捨てられる島でもあった。この外部との接点がある事が、島民となった者の意識や心を揺さぶったりして、完全に浦島太郎的な島暮らしでなく、少し垢抜けた内容に思えた。

 人間は、島と言うコロニーの中でも、決まり事を作り社会を形成して行く。生き抜くためには「ルール」が必要なのであった。それでも32人も居ると、それぞれの性格があり、集団が分散する。島の生活が、そのまま現代の映し鏡のよう。さらには、漂着した中には、中国人もおり、それらがバイタリティーのあるサバイバル生活をするに対し、日本人の漂着者はなんとも弱々しい。桐野さんの、現社会を見た、そのままが書かれているようにも思えた。

 読み始めから驚いたのは、こんな偏った事を思ってはいけないのかもしれないが、女性作家にして、露骨な性描写が並べられている。なんかスゴイと思いつつ読み進んでいた。最初から最後まで「男女」を意識させた内容であり、興味を持ちながら高速スピードで読み進められる。これだけの性描写(裸と言う事を含め)が多い内容、どう映画のスクリーンに映し出されるのか・・・。

 無人島が舞台のフィクションであるのは判っているのだが、十分現代社会に置き換えられ、生活している周辺で起こる人間関係にも近く、その「近さ」が不思議と現実離れした無人島を身近な場所に思える。懐が深いと言うか、色んな作文手法が織り交ぜられ、これは読む方によって捉え方・感じ方が千差万別となろう。この作品は2004年から2007年にかけて、「新潮」に15回に分けられ載せられたものが単行本に纏められている。3年もの長い時間で完結したのなら、作風が少し混雑するのも理解できた。でもそれがかなりいい感じ。僅かに助兵衛心を抱きながら、一気に読破。

6月13日  北森 鴻  支那そば館の謎   小説を頭の中でイメージしやすい=どんどん読み進め楽しい。と言う事になる。この本はそんな本。北森さんの巧妙な活字並べに、完全に気も心も嵌ってしまう感じ。これはライトミステリーと言う類なのか、さほど重くないのだが、推理する内容は、かなり頭をひねる、

 主人公は「僕」こと有馬次郎。そしてヒロインは、先の彼を「ア〜ルマジロ〜」と呼ぶ折原けい。そして有馬が寺男として勤めるお寺の住職。生活の舞台は、京都。全て京都弁で口語が書かれ、これが気持ちいい風合いを出している。全部で6編から成り立っており、4作目の「不如意の人」の中で、犯人に疑われた人が、その後の作品の中では味方として登場していたり、このあたりは特異な感じで楽しい。

 まず一作目、「不動明王の憂鬱」。作品の内容は別として、京都には銭湯文化が発達して、持ち家に風呂が無い事が多いのを知る。その銭湯が舞台。

 二作目、「異教徒の晩餐」。ここでは「鯖寿司」と京都名物の「鯖の棒寿司」の違いを知る。この鯖の寿司が事件に絡み合い、そして解決を導く。絵画に関しても情報多彩。北森さんが絵画界に長けている事が良く判る。
 
 三作目、「鮎踊る夜に」。京都観光に来た女子大生が、事件に巻き込まれ・・・。純朴さと美貌を持ち合わせた彼女の身に・・・。

 四作目、「不如意の人」。ここで、これ以降登場するムンちゃんこと「水森 堅」が登場。能天気な水森に偶発的に事件が絡みつく。ここでは、北野天満宮の市では、売るだけでなく、買取をしていることを知る。

 五作目、「支那そば館の謎」。外国人が登場し、その英語と日本語のギャップから謎が深まってゆく。でもでも舞台は京都の中心部。昔からある京都の住宅が・・・。

 六作目、「居酒屋 十兵衛」。有馬らが良く飲みに行く居酒屋が、この十兵衛。ある日、この十兵衛のマスターから有馬が依頼を受ける。最初は事件とは関係の無い様な事柄だったが、それがいつしか事件の中に・・・。

 以上の構成で、軽妙に、そして頭を捻らせる場面は沢山あり、なにか作文内とこちら側とで、一緒に謎解きをしているふうにも感じた。ほとんどがハッピーエンドで、この部分が気持ちよく読めた要素だっただろう。 
6月7日  樋口明雄  メモリーズ   ここ最近で、一番楽しく読ませてもらっているのが樋口さんの作品。これも出版前に先行予約をして買った本。貪るように読んだのは言うまでも無い。

 これは6つの短編集で、各作品に樋口イズムが表現され、各々個性がある。さて順番に・・・。

 最初は表題にもなっている「メモリーズ」。渓流の魚を擬人化して、魚の心を書き出している。渓流釣りの好きな樋口さんならではの表現で、渓流釣りの極意や、リリースする時の方法なども学べる。それより何より、 主人公の良心と疑心、ここに擬人化と言う面白い表現が加味され、短いながら展開が面白い。なかなか温かい作品。

 次は「やえんぼう」。やえんぼうとは山梨でサルのことを指す。これは樋口さんの真骨頂、里山での動物と人間との関わりを作品にしてあり、全作品の中で、ハラハラ度は一番高い。主人公弥平が、畑を荒らすサルに対し敵対心を持つのだが、そのサルと弥平には過去に・・・。収入が無く、やくざに追い詰められる弥平、灯油の匂い、血しぶき、それらが入り乱れる中にヤツは・・・。

 3作目は「壁」。これはちょっと不思議感のある作品。女系家族に阻害されているサラリーマン氏が主人公。世の中によくある中年サラリーマンの姿なのだが、まじめを通していた氏が、ある日スイッチが入る。ちょっとシュール作。

 4作目は「阿佐ヶ谷ガード下物語ー銃声」。阿佐ヶ谷の沿線を書かせたら、いまや樋口さんが一番であろう。これは、私の好きな「武装酒場」の、居酒屋「善次郎」に集う仲間が登場人物となる。もうここまで来ると、その登場人物の性格まで把握できており、映像を見ているように活字が追える。テンポの良い、東京らしい歯切れの良い作品。銃声のした場所に行って見ると、血を流したマスターが・・・他殺か自殺か・・・。内容は血なまぐさいが、あくまでも内容は温かい。

 5作目は「我が町は緑なりき」。山梨の北杜市で暮らす樋口さん。舞台はその北杜市。フィクションのように書かれているが、周囲で起こっていることを書いているようなふうに読み取れる。土木王国山梨、利権と地域と政治とやくざと・・・。昔からの風習が色濃く残る場所には、外来者には理解できない不文律みたいな物がある。これもなかなかハラハラドキドキ、ちょっとお色気も。

 最後は「天国への扉」。ある日、渓流釣りに出かけると、一匹の犬に出会う。なぜかそこにあるぬいぐるみを大事に抱える犬だった。後日同じ渓流に入ると、うら若き女性が釣りをしていた。雨が降り出し、近くのキャンプ場でお互い雨宿りをする。そこで見た女性の胸元には、あのぬいぐるみが・・・。雨宿りしながら、一緒にボブ・ディランの「天国の扉」を歌う。男はこの後も、何度もその渓流に足を運ぶが、二度と犬と女性を見ることは無かった・・・。自然を愛するが故の「魂」の存在を表現してある作品。いい感じ。

6月2日  坂木 司  ホテルジューシー   3月に読んだ、坂木司さんの「シンデレラ・ティース」の姉妹作、「ホテルジューシー」を読む。シンデレラ・ティースの咲子を主人公とする展開の中で、ホテルで働く浩美の事も何度か登場し、ぼんやりとなにをやっているのかは判っていた。よって今回は、久しぶりの繋がり物で、かなり期待をしての購読となった。

 歯医者でバイトをする咲子に対し、浩美は沖縄の石垣島のホテルをバイト先に選んだ。しかしひょんな事から沖縄本島の寂れたホテルが勤務地となる。

 煌びやかな暑い沖縄、ジリジリと焼けるような太陽の下で、打ちっぱなしのコンクリートのホテル。この寂れた中での人間模様。一見、希薄な人種かと思ったホテルスタッフが、思いのほか温かい。この環境下で、生真面目な浩美(作品中は『ヒロちゃん』)が幾多の体験をしてゆく。客、そして周囲とに起こる出来事を、解決したり・・・体験したり・・・。

 常に人の温かさを感じながら読める本。後半は、登場人物(のハート)が完全に自分の中で把握でき、楽しく笑いながら読み進められる。盆暗な、オーナー代理が影の主人公なのだが、2章目の「越境者」の中の行で、「でも、その前にあんたはあんたをつくらなきゃ」と言うオーナー代理の言葉がある。たぶん、坂木さんの言葉でも有るのだろうが、こんな言葉にはホロッとしてしまう。

 坂木さんのテンポ、人間表現、空間表現、なんともツボに嵌って楽しく読破。読み終えて、清々しく、そして温かく・・・。
 
5月26日  吉村 昭  戦艦武蔵   もうすぐ夏に突入。一昨晩の雷雨などは、その空気を劈く音に、作品の相乗効果となる。今回は、吉村昭さんの「戦艦武蔵」。

 大和の知名度に隠れてしまっているような武蔵だが、この本でその詳細を知る。文面の大半が、外国に悟られないよう秘密裏に造られていた様子が綴られている。全国から武蔵建造の為に使われる棕櫚が集められる。これも建造中の武蔵を外部から見せないようにする為のアイテム。呉のドックで造られる大和に対して、武蔵は長崎の造船所で作業がされる。それが故の苦労が多大に有ったようだ。

 そして完成後は、不沈艦と言われるものの、燃費の悪さから、あまり航海をしていない事も知る。最期は大和と共に、敵からの集中攻撃を6度受け、海に沈む。その後が悲しい。海に投げ出され、運よく助かった兵隊は、隔離された場所での生活を強いらされる。それは武蔵が沈んで士気が下がる事を恐れた為だった。なんとも日本らしい。

 吉村さんは、造船術を全く知らないで、一から勉強してこの本を書いたようだ。素人が理解しながら書いた文章であり、より私のような素人が判りやすい解説となっている。最後の戦闘場面は壮絶であり、「男たちの大和」の映像が思い起こされた。
 
5月17日  加藤実秋  モップガール  夏に向けて気温が上昇中、こんな時のサスペンス。加藤実秋さんの「モップガール」を読む。

 モップガール。表題から連想されるのは、「STOMP」などかもしれないが、これはそのまま掃除関係の仕事。しかし通常の清掃とはやや異なり、特殊清掃に携わる話。特殊とは如何に・・・となるが、殺傷現場・自殺・孤独死現場等々の掃除の事を指す。

 そんな掃除会社に、主人公の桃子がアルバイトを申し込む。その面接当日から、血なまぐさい現場に駆りだされる所から話は進展する。桃子は左耳に難聴を抱える。この為か、シックスセンスと言えよう特異な感覚を持ち合わせる。それが鍵となって、血なまぐさい場所で起こる事件を解決してゆく。

 このように書くと、ちょっとグロい感じに思えるかもしれないが、極めて軽妙に書かれており、登場人物全員が楽しい人ばかり、そして主人公の桃子は時代劇好き。笑い有り、温かさあり、テンポよく読み進めることが出来る。作者の人の描写が上手で、動きや体温が常に伝わってくる。

 最後には、「こんな職場が楽しくていいなぁ」なんて思ったり、隙間産業と言うべき仕事だが、「遣り甲斐があるなぁ」なんて思ったり・・・。

 巻末の解説にあったが、この特殊清掃をモチーフに書かれた作品は、国内ではこれを含め2作品のみだそうだ。確かに「臭いものには蓋を」的に、見てみぬフリをしていた部分。影ではこんな職業の人が動いているのだと、再認識。 
5月6日  川嶋康男  いのちの代償   何て暑い連休だっただろうか。少し気分を涼しくする為に遭難記を読む。川嶋康男さんの「いのちの代償」。

 大雪の旭岳に上がった時、何気なしに見て鳴らした鐘。姿見の池の近くにあり、当時はなにか景勝地的な思いしかなかったが、深い意味が有る事を知った。

 昭和37年(1962年)の暮れから、翌正月にかけて行われた、学芸大学函館分校山岳部の冬山合宿。悪天に遭い、旭岳付近で計10名の命が絶たれた。

 同時期と言っていい38年正月、愛知大学の薬師岳でも13名の命が絶たれ、私はこちらしか知り得ていなかった。本州と、そして北海道でも大きな遭難が有ったのだった。ただ、全員死亡の薬師岳と違い、大雪の方は、リーダーが一人生還している。

 その生還した野呂リーダーの、そこからの壮絶な生き様が綴られ、ある意味、「野呂幸司伝」とも言える作品となっている。遺族の方との葛藤、そして周囲の目、それらに対し貝の様になっていた野呂さんが、46年経って詳細に川嶋さんに語った内容となる。それには、昨年のトムラウシでの遭難事故も影響しているようだ。「私のような失敗は繰り返さないで欲しい」との言葉に、重すぎるほどの重みを感じる。

 読み終えて、巻頭に載っている当時のメンバーの写真を見る。自然と涙が出てきた。遭難とは無縁の、仲のいいパーティーの姿なのだった。

 今回、パーティー行動の難しさを学び、勉強した。パーティーである以上、纏まって行動するのが基本であり、メンバーはリーダーに命を託す。そこまでして、いいパーティーのようだ。そして、それに応じられるリーダーでなければならない。私はほとんど団体行動をしないから、枠の外とも思えるが、壁に当った場合の判断としては、学べる事柄が多かった。

 この遭難時に凍傷に遇い、両足を切り落とし、それでも強く生き、障害者オリンピックに出場している野呂さんも凄い。人間野呂に、元気を貰った感じもある。

 パーティー行動の多い方は、一読されたし。 
4月22日  萩原 浩  ママの狙撃銃   「春雨や濡れて帰ろう」 前日は3時まで徹夜仕事だった。流石に翌日の仕事は辛く、定時で退社し、ここで一冊、萩原浩さんの「ママの狙撃銃」を読む。

 前回の「あの日にドライブ」が、かなり面白かったので、氏の作品を追い求めての一冊となった。表題に有るとおりに、とあるママが銃を持つと言う内容。そのママの名は曜子。アメリカで暮らしていた時に、祖父に銃の使い方を教わる。その祖父は戦時中は狙撃兵で、退役後はスナイパーとして裏世界で生きていた。その祖父を師匠とした曜子は、銃に関して特別なノウハウを得て、さらに戦い方を学ぶ。

 曜子は日本に戻り、結婚して普通の暮らしをはじめる。そこに、とある所から連絡が入る。ここから変凡な暮らしが変化してゆく。

 あからさまにフィクションであると判って読み進むのだが、作者の日常の表し方が上手で、違和感が全くなく入り込める。そしてかなりドキドキさせられる。日本においては、警官や猟師が公的な銃の所有者となる。裏ではヤクザなども持つのだろうが、ここではいち主婦が、それもスナイパーの形見の銃を持ち続け、それを使う。なんとも平和(家庭生活)と殺戮とのギャップがあり、これがこの本の面白さ。一般目線で物事が進みながら、たまに高次元のスパイスが加わる感じ。

 こんなにドキドキしながら読んだのも久しぶり、ドキドキばかりでなく、笑い有り、涙あり・・・。楽しい一冊だった。 
4月13日  吉村 昭  大本営が震えた日   付近では桜が見ごろ、その淡いピンクを見ていると日本に暮らしている事を幸せに思う。それとともに卒業や入学を身近に感じ、あと一つ、私の場合は「戦争」を連想してしまう。

 出兵する風景の中には往々にして桜が有り、桜の花がひらひらと舞う様子の中に、散って行った人達が被るような、そんな目でいつも桜を見ている。偏っているか?

 さあここで、ちょっと桜に意識されて軍事物、吉村昭さんの「大本営が震えた日」を読む。

 昭和16年12月、太平洋戦争開戦時の1週ほどの軍部の様子が克明に綴られている。長引く中国との対戦の後、「リメンバー パールハーバー」に聞くところの真珠湾攻撃は、ほとんどの方が太平洋戦争開戦の奇襲攻撃として知っているだろう。しかしそれと同時にマレー半島の進軍していたのは知らなかった。違うタイミングで進撃していたと認識していたが、この本で同時である事を知らされた。我ながらの歴史無知も甚だしい。

 戦争(奇襲)に向けた軍部の準備が、かなりハラハラした展開で隠密裏に進められていた。そして当時は諜報戦のようであり、無線打電などの暗号傍受が采配を振る大きな鍵を握っていたように読み取れる。開戦を匂わせる資料を持ったDC3型機が中国軍領内に落ちた。その時の日本側の慌てよう。中国やイギリス、そしてアメリカの出方を伺いながらの日本軍。なぜか読みながら軍人将棋をしているような、そんなアナログ感を感じてしまった。当然当時は、最新鋭の武器や装備で戦っていたのだろうが、現在のハイテクと言われる兵器に比べると、戦い方のその差は大きい。でも軍部と言う完全な縦社会の中での戦争。従事している方の言動や行動からは、怖いほどの緊張感が伝わってくる。

 当時を克明に調べ上げた吉村さん。広範囲に渡る下調べを単独でやったと言うから凄い。全国の電話帳を調べ、目的の一人の旧軍人を探したと言う。根性と共に、正確無比な記述を求める氏に感服。

 桜の花が舞う時期に、いい本を読んだ。 
3月30日  谷 甲州  ジャンキー・
   ジャンクション 
 久しぶりに山岳小説、谷甲州さんの「ジャンキー・ジャンクション」を読む。

 最初、表題からの印象は、激しく熱中するハイカーの様子を想像したのだが、内容は裏社会のスラングである、それともかぶったジャンキーと言う表現であった。そして「幻覚」と言う部分を意識させたのか。常に不思議な空気感のある話の展開であった。

 主人公の筧井はネパールに出かけ、そこでマックスと出会う。このマックスがパイプでくゆらせているのが、ガンジャであり、この煙が全編のキモのよう。

 最初の遠征を終えた筧井は、次の遠征地のインドのデリーに行く。ここからこの作品のスイッチが入る。ネパールでマックスに言われた予言通りに話が展開し、多国籍混同の国際登山隊に入ってしまう。この登山隊の中には、自分の他にもう一人日本人女性の由紀がいた。この女性がシャーマン的能力を発揮し、隊の中のイギリス人と絡みながら、複雑かつ面白く話が展開してゆく。

 細かい描写でリアリティーを出しているようで、それでいながら荒削りな感じもあり、これが谷さんの書き方。そこが山であるので、この感じがまたいい。読んでいると不思議と手が汗ばんでくる。それほどに内容に吸い込まれていたようだ。

 山は神聖な場所。信仰の場所でもあり、通常では計り知れないパワーのある場所。そこを舞台に麻薬と絡めることで、「幻覚幻想」に不思議と納得してしまうような、現実味の部分も感じてしまう。少し山を齧っているから尚更なのだろう。

 過去に私も山で「幻覚幻聴」が現れたことがある。25時間ほど歩き続けた頃だろうか。目の前に男性が現れ、頻繁に振り返りながら先導していた。一般には信じてもらえないのだろうが、自分の分析では、長い行動で「脳」が疲れてきている頃だったのかと思っている。前を歩く男性がなにやら言葉も喋っていた。風の声なのかと耳をそばだてる。しかし歩いても男性との距離は縮まらないし、声の内容も判らない。不思議な体験だった。 
3月18日  坂木 司  シンデレラ・
      ティース 
 またまた坂木ワールドを堪能。坂木司さんの「シンデレラ・ティース」。

 前回の「切れない糸」は、クリーニング屋さんを題材にしたものだったが、今回は歯医者さんが舞台。

 主人公は女子大生の「叶咲子」。夏のアルバイトを探していたところ、ひょんなタイミングで母親からの斡旋があり、歯医者の受付としてバイトをする事になる。そこで体験する様々な人間模様。

 歯医者のスタッフは精鋭揃い。なかでも歯科技工士の四谷の存在はピカリと光る。だんだん仕事に慣れてゆくのに従い、お客の様子を、一歩も二歩も掘り下げて内心を観察するようになる咲子。不安を抱いて来院する客の内心の推理なのだが、「あるある」と言う内容が、一般目線で親しみやすい。それでいて人間ウオッチングと言うより、観察眼の鋭さが面白く展開してゆく。

 臨場感溢れる文章表現で、ホロッ・ハラッと言うような恋の表現も絶妙。あとあと、歯科全般をよく勉強して書かれており、現代の歯科医療をフムフムと学べる面もある。

 これを読むと、少し「嫌な」「怖い」歯医者が身近に感じ、ちょっと行ってみようかと思えるようになる。歯医者嫌いの方は、読むといいかも。歯医者嫌いで無い人も、暖かい気持ちになれる一冊。読み終えた感は、「切れない糸」と全く同じだった。これが坂木ワールドなのだろう。

 そしてこの作品には姉妹編がある。咲子の友達が沖縄でバイトをしていたのだが、そこでの出来事が綴られているようである。その名は「ホテルジューシー」。あとで読まねば・・・。 
3月11日  瀬尾まいこ  幸運の持ち主   3月なのに20度もある。と思いきや大雪になったり・・・これが春なのか・・・。天候はどうであれ、ガツガツ読む。今回は瀬尾まいこさんの「幸運の持ち主」。

 完全に表題に惹かれて買ってしまった。主人公はルイーズと言う。けっして外人ではない。普通の日本人。占いを職業とし、そこで使う源氏名である。

 占い師として持ち込まれる相談が、推理小説風な風合いで書かれている。占い師もいち人間であると言った、本人の内心。本気で占ったり、適当にあしらったり、女性誌からネタをもらったり、「あぁ占いってこんなのか〜」なんて。

 過去、一度だけシカゴで、なぜかインド人に占ってもらったことがある。それが100点と言いたいほどに当っていたのだ。その時以来、占いにはミステリアスな部分が多いと思っていたのだが、この本を読んで、人間味の多い占い師が登場し、占い師も普通の人間なんだ・・・なんて思えた。

 この本の面白さは、占う側のルイーズが、最後は占われる側になり、「強運」を求めて生活を変えたりする場面。「占いなんて」って言うスタンスだったのが、完全に信じ込んでいたりする。

 ほんわかとした、優しい作品であった。 
3月 4日  萩原 浩  あの日にドライブ   もう啓蟄、花粉も舞い出し、春に突入。今回は萩原浩さんの「あの日にドライブ」。

 表題からして、過去を振り返るストーリと判る。主人公は牧村伸朗。メガバンクに就職したが、その銀行での体質や慣例に、ある時キレ、辞めてしまう。そして以前からの目標であった資格試験を受ける為に勉強をしだすが、家族の居る伸朗は、収入を得る為に、間つなぎ的にタクシーの運転手を始める。

 簡単に思えていたタクシー運転手。かなり奥が深く、向上心の有る伸朗は日々ノウハウを得てゆく。そこに当然のように同僚との人間関係が有り、客との人間関係がある。個室(車内)に居る時間も長いので、妄想に思い耽る時もあり、この妄想時間がけっこうに面白い。

 ある時、昔の恋人を見つけてしまう。その家の近くでストーカーのような行動で、その家を見張る。しかし伸朗の後頭部には心労性のハゲが有り、昔のように会うことができない。ましてや、銀行マンからタクシー運転手になっている自分を見られたくなかった。でも彼女を見たい。そんな葛藤の場面も面白い。そして、後になって恋人時に見たことがない彼女の一面を見る。その時の伸朗・・・。

 最初に銀行を辞める時に上司にはいた言葉が臥されている。どんな事を言ったのだろうと興味を引かれながら、最後にその言葉が出てくる。期待をよそに、「なーんだ」くらいの内容だった。でももう後半になると、その言葉がどうこうとかはなくなり、作者の作風の中にどっぷり浸かり、妄想を一緒に楽しんだり、タクシー業界のノウハウを楽しめる。

 最後の最後で、辞める原因になった上司が乗客となった。すこしサディスティックに変化する伸朗だが、悪を退治する様な部分は、パッピーエンドと理解出来た。

 銀行マンの方がこの本を読んだら、「あるある」と頷きながら読むのだろう。銀行の表向きな綺麗な面。扱っているものがお金であり、その為のドロドロとした裏の顔。「やはり」なんて思ったり「へ〜」なんて思ったり・・・。あとタクシー業新人の方も、これを読んだらノルマ達成に大きく役立つと思う。単調に働く事も大事だが、掘り下げて深く考え働く事も大事に思えた。妄想が多いという事は、それだけ考えていると言う事に繋がる。
 
 ちょっと珍しい作風に、存分に楽しませてもらった。 
2月24日  森 絵都  風に舞い上がるビニールシート   クマヒラさんのバックナンバーが手に入り、ちょっと読みふけっていたので、久しぶりの一冊。森絵都さんの「風に舞い上がるビニールシート」。

 この表題を見て、平和ボケした日本人は、花見などの催し物を連想するだろう。書かれている中身は、紛争地域で難民と対峙しながら働く男性(アメリカ人)が出て来る。よってビニールシートとは、難民キャンプではためくビニールシートで作った屋根の事なのであった。

 主人公の女性とその男性との結婚、そして別れがストーリーとなっている。既にNHKで映像化されたので、観た人も多いかもしれない。人間くささが湧き出しているような真っ向勝負のストーリー。なにか作品に飲み込まれている感を感じながら読みふける。

 最後に気に入ったフレーズがあった。「色香をもって大地を呑みこむ白波のような桜木」、最後の最後での花見でのシーンなのだが、作者の活字並べは、このような表現が沢山ちりばめられている。

 上記は表題の作品なのだが、この本には6作品が詰め込まれている。その全てが全く手抜きが無くすばらしい。そして同じ人が書いたとは思えないほどに多岐多様な表現や知識で書かれている。感心するばかりであった。

 「守護神」(作品名)では、徒然草の各段の解説が入る。ハァとため息をつかせるほどの博識同士の会話があり、このやり取りをする両名のテンポがすばらしい。

 一番気に入ったのは「ジェネレーションX」。仕事で居合わせた者の携帯電話での会話を聞きながら、その会話でやり取りされる内容に、いつしかのめりこんでゆく。これはホロッとさせる至極暖かい作品。

 それにしても、作者は沢山の本を読み込んで作品を作り出している。6作品に対し、参考文献は19冊となる。普通と言えば普通だが、硬い文章を19冊も読むのは私には無理。すげーなーと思うのだった。

 読み終えると、なにか安心感がある。吉村昭さんの作品を読み終えた時と同じような感じ。それは、しっかりと書かれた文章の後に感じる空気なのであった。 
2月 8日  坂木 司  切れない糸   今回は坂木司さんの「切れない糸」。

 よく有りそうな滑り出しから、ふと気づくと独特の空気の中に居る事が判る。この瞬間が坂木ワールド突入のスイッチだった。温かく、そして庶民派、奢らず、誇らず、展開環境は極めて一般目線。

 ただし、作品の中に出てくる人物は、皆鋭い。主人公の和也の取り巻きに居る観点の鋭い人たちが、事件を解決してゆく。もっとも事件と言っても「問題点」と言う部類に入るような事柄で、あくまでもほんわかとした空気感がある。

 なんと言ってもこの本の中は、クリーニング屋さん主体で書かれており、知らなかったクリーニングのノウハウが沢山吸収できる。例えば、飲み屋さんのお絞り。お酒を溢した時に何気なく衣服を拭いているが、漂白剤の入ったお絞りでは、色落ちを起こす事があるそうな。あと、クリーニング上がりのビニールは早めに外した方が、いいらしい。もっともっと知識をひけらかしたいが、興味がある方は読まれた方が・・・。

 またいい本に出逢えた気がした。 
1月28日  森 鴻  深淵のガランス   ストーブの赤い炎を受けながら、まったりと読む一冊。今回は北森鴻さんの「深淵のガランス」。

 恥ずかしくも、表題にある「ガランス」(色名)と言う言葉さえも知らないほどに絵画知識に疎かった。それが故に、未知の世界を知りたい事も影響し、読んでみる事となった。

 主人公の佐月は、絵画修復師と言う特異な仕事をしており、なおかつ花師の顔を持つ。絵画修復師は何となく職種が判るが、花師と華道家の違いが判らない。華道家の大枠に花師が入るのか、はたまた花師の枠の中に、華道家が入るのか・・・。我が知人が長野オリンピック時に、Mウェーブの入口正面にドカ〜ンと花を生けた。“華道家の域を超えているなー”と思ったのだが、これが花師なのか・・・。ちょっと余談・・。

 絵画の世界は高額なお金が絡む。ブルジョアと言うべき方々の世界であり、登場人物には、暗躍するお金持ちが居る。胡散臭さを強調するように華僑のような位置付けになっており、全ての糸を引く。終始、ピンと張り詰めた空域感があるのは、花を使うにしても、絵画を扱うにしても、「繊細」と言う部分があるからかと思えた。そして作品中でなされる会話は、やや粗暴なものが多い。それがさらに輪をかけて、作品の鋭利さに繋がっていた。

 細かい絵画修復の手法が記され、技術の高さとともに「面白そうな」という興味も湧く。それこそ知らない世界を覗き見た感じで、新鮮な作品でもあった。美大などに通う学生などは、もっと面白く読めるのかと思うし、読んで欲しいと思えた。

 佐月の右腕と言えよう前畑の存在もとてもいい。そして佐月の周囲に女性が出てくるが、あまり色恋表現が多なく、あってもドライな感じ。もう少しここらへんがドロッとしているのかと思ったが、あくまでも作者の力を注ぐ部分は、絵画修復の専門解説となる。

 最後の最後に知った知識。傘の石鎚のネジと、カメラの三脚を設置するネジ穴が、ほとんどのもので合うそうである。何かの時に役に立つかも・・・。

 北森さんの作品を初めて読ませていただいた。独特な空気感は、けっこうはまりそうかも。
 
1月20日  樋口明雄  武装酒場の逆襲   なんと、「武装酒場」の第二弾の「武装酒場の逆襲」(樋口明雄さん)が先月発刊された。もう問答無用、迷う事無く手に入れる。「武装酒場」で大いに笑わせてもらい一喜一憂した過去があり、その余韻が冷めやらぬ間の第二弾であり、またまた貪るように読んでしまった。

 またまた事件に巻き込まれた居酒屋「善次郎」、そこで繰り広げられる、笑いあり涙ありの展開。第二弾と言う事で、最初の期待が大きすぎたのか、滑り出しが少し盛り上がりに欠けるようにも思えたが、次第にトップスピードに入り、次がどんどんと読みたくて仕方が無いほどに楽しく展開してゆく。シチュエーションは、第一作と全く同じであるが、変なマンネリ感は全く無く、テンポの良い展開。

 たがかヨッパライ、されどヨッパライ。酔ってはいるが、ちゃんと人間としてのハートを持ち合わせた面々。その中心には居酒屋善次郎の主人が居るのだが、集まる人の心の良さは、その主人の人の良さからだと読み取れる。心よき仲間が集う店、「善次郎」。なんか羨ましく思ったりする。

 今回はあまり内容に触れないように書きましたが、「武装酒場」と「武装酒場の逆襲」は、お勧めの2冊。恥ずかしいくらいにニタニタしながら読んでしまうでしょう。 
1月17日  高嶋哲夫  熱砂   新年度やっと2冊目。アマゾンの配送に乱れが出て、暮れに頼んでから10日以上掛かった。とは言え、本屋に出向いている暇はないので、じっと我慢。

 今回は高嶋哲夫さんの「熱砂」。題目から連想されるとおり、砂漠のあるアフガニスタンが舞台となる。学生時代を仲良く過ごした男女3人(日本人)が、30代後半を向かえ、その間20年ほどの間にあった紆余曲折が難しく絡み合いストーリーとなっている。

 「油」の利権と、それを奪い合う「国家」、と言う壮大な事柄がベースにあり、そこになぜが前記の3人がキーマンとなる。主人公の柴田はカメラマンであるが、その昔アフガンゲリラと共に戦った特異人物。事件解決に向け、それこそ砂まみれになりながら見えない敵と戦って行く。

 男女間表現も沢山取り込まれ、それがいい波の浮き沈みのようになって、読み進んで行ける。モチーフとなっている部分が重い題材なのだが、それを柔らかくしている緩衝材のような役割であった。

 最後の参考文献を見ると、私の好きな田中宇さんの本も読み込まれている。「非武装地帯」が「無法地帯」となっている様子が、正確なバックボーンがあってフィクションとして書かれている。超大国が戦争をしている、していられる内訳なども解説されたり、かなり勉強になる部分も多い。

 最後は予想を外れ、意外な幕切れとなった。でもジンとなる熱いものを感じ得られた。

 
1月 9日  重松 清  送り火  寒い時期には、誰しも暖かいものが恋しくなる。こんな時にはいつもの重松ワールド。今回は「送り火」(重松清さん)を読む。

 9つの作品が集められており、私鉄沿線にまつわる話が各々展開される。全ての作品で人間模様が濃く表現され、重松さんの観察眼の凄さを知らされる。周囲にありがちなネタで、とても親しみやすい構成。そしてホロッとさせてくれる温かさは欠かさない。

 一番のお気に入りは「よーそろ」。この中に出てくる「ムラさんの世界放浪記」は、本当に存在して欲しいようなホームページで、実際は仮想であるにも関わらず、検索している自分が居た。関西弁の軽妙な語り口調、それがジワッとハートに沁みてくる。作品の構成とは別に、重松さんのつぶやきのようにも読み取れ、非常に面白かった。