2014

12月25日  熊谷達也  52

 いつかX橋で

 表題の語彙が強く、作品内を読み進めながら頭の片隅に「結末」を追い求める自分が常に居た。

 戦時中から戦後の混乱期、いろんな条件に置かれ、それぞれの環境で過ごし生き延びた。「闇」と呼ばれるアンダーグランドな世界もあり、当時はそうしないと生きられなかった事実もある。

 空襲により自分の目の前で母親が焼け死に、妹もまた自分の手の中で亡くなる。すでに壮絶。このあと、何百体という遺体と向き合いながら焼き場で働く。これでもかという内容で、伝わってくるものが大きい。

 主人公の裕輔が、頼る場所がない中で身ひとつで生き抜いてゆく。その途中で出会う彰太との生き様の違いが大枠でのこの作品の面白さ。優等生の裕輔に対し、特攻くずれの彰太、そこに親のように面倒みてくれる徳さんのキャラがいい。

 色恋も当然ある。淑子との出逢い。複数年思い続け、ある場所でふと出会う、そこからの展開は、かなり揺さぶられる。ここまで読者の心を動かす作品も初めてで、それこそ一喜一憂に引きこまれてしまった。

 最後は、ハッピーエンドを完全に予想していた。しかし・・・。
12月18日  熊谷達也  51

 翼に息吹を

 特攻の話。かなり前に高木俊郎さんの「特攻基地知覧」を読ませてもらっているが、涙なくして読めないようなストレートな内容だった。しかし熊谷さんのこれは、それに対しての変化球を投げ込んできている。ハッと思わさせられる内容だった。

 飛び行く者も居れば、当然その飛行機を整備する事に従事していた人も居たわけである。同じ戦争をしていた中で、華やかなと書くと語弊があるが、特攻志願者が居た中での裏方が整備兵。その整備兵が主人公となる。

 作文の中に、かなり詳細な技術説明も盛り込まれている。アクセントとなっており、男心を擽る内容。少し、そこまで必要かと思われるが、「あえて」なんだろう。参考資料を見ると、名だたる作品が並ぶ、しっかりしたバックボーンがあって書かれている作品なのだった。

 後半部では、既に負けると判って戦っていた隊員たち。縦社会で統率の取れていた中での、個々の葛藤や本音が表現されている。作者の伝えたい事が強く出ているのだろうと読めた。

 今のディジタルな時代に、100パーセントアナログ的な整備作業、何かこちらの方が人間らしいように思えてしまう。油まみれになりながらオーバーホールする姿、指先でオイルの粘度が判り、エンジン音、排気色、また臭いで機械の状態を判った当時。今でもそれらが受け継がれているとは思うが、コンピューターの無い時代のこれら整備は、人間の感性が感じられる。

 散り行く志願兵に対し、残される葛藤。また、特攻志願兵の中でも百人百様の思いがあったよう。その部分を今回知らせれる。
12月 9日  宮脇俊三  50

 失われた
     鉄道を求めて

 秀逸。バランスのいい素晴らしい作家だと思える。内容が旅だからと言うのではなく、この読み易さと内容の浸透性は秀でている。クセがあるけどクセのない、楽しさとそこに気付きも促している。頭のいい人なのだろう。

 廃線となった軽便鉄道跡を追った旅の記録なのだが、着眼点が軽妙で楽しい。そしてそこに相棒と呼べる加藤氏の存在が楽しい。さいごに、そのオチも書かれているので「解説」までしっかり読まねばならない。

 私などは常々、「画像を添えて判りやすく・・・」などと思っていたが、作者はそこに甘えず「文章で伝える」事に拘っていたよう。よって一字一句が厳選されており、この作風となっているのだろう。

 まずこの本を選んだのは、「草軽電鉄」の詳細が知りたくてが目的。でも掲載されている7箇所の全ての鉄道跡に楽しさがあり引きこまれてしまった。こんな趣味もあり、こう楽しむのだと教わった気がした。何も無いものから、過去にあったなにかを見る。ここでは想像する楽しさがある。無いからこそ、自由に想像が出来る。

 早くに読んでいれば、各地を巡った時に掲載されている場所を立ち寄れたかと思う。でも各地を巡ったからこそ、いくつかの場所が見知って判るのかも。

 何せレール幅の「762mm」を覚えた。
11月26日 熊谷達也   49

 勘違いのサル

 「文蔵」に連載されたエッセイ集。勘違い、言葉を変えると「気付き」を教えてくれる本。一般目線での作風に、共感が得られるのと、作者のように世の中を広角に汎用的に多岐に見られたら楽しいとも思えた。

 軽い感じで綴られているが、活字並べの上手さがあってそう感じるが、学者先生が書いたならば、内容的には堅い題材で難解となろう。それを優しく説いている。これらは後半のエッセイだが、前半では過去に書いた作品に対する補足説明があり、この裏話が楽しい。いくつか作者の名作を読んできたこのタイミングで、これを読んだのは順番的に正しかったよう。

 なにせ、知識やノウハウが多く、それでいてアクティブな行動派、なるべくしてこの知識なのだろう。サラッと読ませてもらったが、濃く深い内容に人生や生活の糧となった。

 世の中、「勘違い」は悪い事のような印象があるが、あながち悪いものではないようだ。最後の身内の内情の開示には、かなりハッと思わされた。この気付きを与えてくれた作者に感謝したい。
11月18日  森本梢子  48
 47
 46

 研修医なな子 2
           3
                       4

 医療に関する知らない世界を知る。とても有益な作品であった。マンガが侮れない。マンガだからこその理解しやすさとも思うが、心地いいテンポとネタのバラエティーさが読み手を引きつける。今日も通院してきたが、この先生らも同じような道を辿って医者になり、患者に対し相応の神経を使い対応しているのだと思えた。大きな病院、小さな個人病院、内情がよく判った。

 もう少し連載でも面白そうだが、4巻完結ってのも凄い。
11月13日 森本梢子  45

 研修医なな子 1

 医学部に入学し研修医を経て医者になって行く様子が、面白おかしく、いろんな事例を出しながら綴られている。その職種でないと判らない、辛い事、楽しい事、全てを含めた裏事情がわかる。

 楽しみながら「知る」事が出来、一方で医者の大変さを理解できる。細部まで取材した作者の力技とみえるが、老若男女がわかりやすく表現されている。手にしてから読むまでかなりタイムラグがあったのだが、その間に知人に貸し出したら、各人全てが「楽しかった」と感想を述べていた。

 次号に続く。
11月12日 熊谷達也  44

 氷結の森

 「森』三部作の最終作。マタギ三部作と言ってもいいのだが、マタギとしての内容は薄く、対峙するのと人との人間模様がほとんど。しかしそこには根底にあるマタギとしての精神があって生きている。

 大正時代のサハリン。内地を離れ、ほとんどが訳ありで移住している人が多い中、阿仁出身の矢一郎は生き抜いてゆく。特に目的を持つわけではないが、自分の中の正義を貫き、欲を制御したバイタリティーある生き方。無骨でぶっきらぼうではあるが、その真っ直ぐな心が周囲に好まれる。

 サハリン、日露戦争、パルチザン、このあたりも私にとっては全く未開であったが、幾分知識にすることが出来た。作品としながらも、史実が上手に判りやすく混ぜ込まれているよう。

 それにしても、富治の地を受け継ぐと、女性にもてるようだ。邂逅の森の富治、氷結の森の矢一郎、二人とも同じ背中に見えていた。

 三部作を読んで思ったが、時代背景からは、邂逅の森→氷結の森→相剋の森、このようになるが、相剋の森を一番に読むことで全てが面白いと思えた。重厚、秀逸、読み応え十分の作品。読み手が気付かねばならないのだが、いろんな知識やノウハウも散りばめられている。それらを飄々と書いている熊谷さんは凄いと思える。
11月7日 熊谷達也  43

 邂逅の森


  「相剋の森」後から読むべき年代背景だが、先に読んだことで相剋の森の内容がより楽しめたと思えた。

 直木賞を得た作品。凄い力量であり、重厚なここまで人間臭い作品は初めてであった。大正時代の東北、当時の阿仁の地名が今でも阿仁町として残っている事で親近感がわく。そこに都市伝説のように聞こえてくる「夜這い」が実際に行われていた事として書かれている。ここでは男の欲と一方的に思われがちだが、この作品は女性もまたあながち・・・という内容になっている。

 松橋富治のマタギとしての生涯。そのマタギのイロハが全てではないものの細部までよくわかる。簡単に「マタギ」と言っていたが、当然ながらかなり奥が深い世界のようであり、口にすることが憚れるくらいに思えてきた。自然との対峙などと漠然とした言葉並べだけではすまない、精神、知力体力、信仰、ならわし、他いろんな部分が絡み合っている。

 富治は主人公として、その取り巻きの、ここまで複雑な人間模様をいとも簡単に上手に絡めてストーリーが成り立っている。イクの登場からの変遷も凄まじいし、一人一人の人としての背景がしっかりと表に出ているのも特徴で、作者の抽斗の多さと計算された構成には驚くばかり。後半での文枝の登場も上手い。男と女の色恋を強く表現することで、昔がより表現されているよう。

 お金を得るのに厳しい時代。てっとり早く得るには「猟」だったと見えてくる。カモシカを捕っていい時代から、禁止された以降、ここで大きく変化があったよう。

 場面場面では、エロとかグロとか、まかり間違うとそのような表現になる可能性もある内容、しかし一切そのように感じない。その狭間ギリギリで読者をひきつけているようにさえ思えた。

 読み応え十分。そして充実感でいっぱい。

10月31日  熊谷達也  42

 相剋の森

 マタギに対する平成目線な時代背景。ノンフィクションな地理地名に、場所への親近感が湧く。さらにそこに、実際に放獣で活動しているピッキオ(作品内ではウッドペッカー)なども書かれ、ここでもノンフィクションな意識にさせられる。

 クマなど鳥獣を捕り生業としているマタギ、自然保護団体の圧力のあるなかでの生き様や自然観(感)は、作者の言葉ではあるが、しっかりと濃く綴られていた。主人公美佐子の破天荒な部分に載せて、作者の強いメッセージが伝わってくる感じでもあった。

 ジャーナリズムという先駆した職種と、マタギと言う古くからのアナログ的な職種、これを抱き合わせた手法も素晴らしい。派手やかな職業と血なまぐさい泥んこになる職業、なにか現世では前者が普通であるような感覚であるが、作品中盤以降から今においての職種としてのマタギの重要性などが強く感じられるようになる。

 男心と女心、この心理も上手に書かれている。対人間との距離感の使い方も上手い。近づいたり離れたり、離れた後に近づき深く懐に飛び込む手法。見事に思えた。酒を飲む事、飲める事の重要性などもヒシと感じる。

 自然保護の立場の人も、狩猟関係の人、アウトドア派の人、みんなが読むと、荒廃した里山が変わってくるのではないかと思えたりする。ただし作品内では、このままの法規・法律、時代的な流れでマタギはなくなっていくだろう旨も書かれている。そのように促し、里山の荒廃を加速させているのは我々とも言える。獣が里に降りて来る事ばかりニュースになるが、里山に人間が介在し無くなったことはあまり問題視されない。バランスの崩れ・・・。

 いい作品だった。
10月23日 熊谷達也  41

 まほろばの疾風

 気付いたときには、時代小説に引きこまれていた。恥ずかしながら「アテルイ」も「モレ」も知らずにおり、そんな無知が読み始めたのだから、蝦夷の昔の生活が綴られているのかと思えた冒頭。「坂上田村麻呂」が出てきてやっと気付いたほど。でも、おかげで史実に残るノンフィクションな部分も深く知ることが出来た。

 自然と共存していた山や森の民が、大和と戦う。アザマロにより蜂起した蝦夷、アテルイと代替わりしても戦い続けるような長い戦。最終的には多勢と田村麻呂の才覚に屈してしまう。人間模様と、そこに自然が関わり、集団、食、往時の戦いの難しさもよく理解できる。現在の戦争よりのんびりしていると思っていたが、アナログだからこその研ぎ澄まされた、気の張り詰めた戦いがあったようにも見え、それこそ戦術の工夫により勝敗が分かれたのも見える。

 アテルイとモレの接触がもう少し多いほうが良かったように思うが、その欲求を誘う作風とも言え、全体的な読みやすさ、先を読みたくなる好奇心を誘う手腕はさすが。完璧に熊谷ワールドにどっぷりと浸かった形となった。
10月14日 熊谷達也  40

 山背郷

 潜りさま、旅マタギ、メリイ、モウレン船、御犬殿、オカミン、艜船、皆白、川崎船。この9作品が収められている。

 どれもクオリティーが高く、高級な文学との印象がある。時代背景は明治・大正・昭和初期、電子機器や利器に翻弄されず、人力のみで苦労していた頃の話が綴られている。一つとして手抜きがなく、その全てでスピード感やハラハラ感、読み進めながらの一喜一憂が出来た。活字選びが緻密で上手い。そして一番は難しくなく読みやすい。方言をこれほどに多用しても、読者が読めるものにしてしまう力量も凄いと思えた。

 最初の潜りさまで、ガツンと感動を誘う。次の旅マタギではモノローグを上手に使い、猟師として山との対峙する心情が読める。時代的に家族を支えるのに違法に猟をしたり・・・。メリイでは犬嫌いが犬を飼うことに至る動物愛が語られ、これがまた心地いい。

 こんな調子で各作品で感動を得る事ができる。流石、直木賞・山本賞を取った作家となろう。人間愛・動物愛・自然愛、このあたりの一歩も二歩も掘り下げた心情表現が上手い。
10月7日  曽根原文平  39

 イワナU
黒部最後の職漁者 

 その昔、こんな時代があった。ダムが出来た後しか知らない私としては、「新鮮」極まりない内容。そして人間らしく生き生きとしており、感性や五感をフルに使って自然と対峙している様子に、本来はこうでないと・・・なんて思うのだった。ただし、大勢の中の一部の人ってのは重々承知。みんながみんな、こんな事をしていたらおかしいし、少数であったからこそ、職業として成り立っていたと言える。

 黒部で有名な曽根原さん、釣りをしない私でさえも、あちこちでその名前を耳にする。どんな人だったのか・・・この作品で全容が判る。師匠である富士弥さんの存在も大きいし光っている。富士弥さんなくして曽根原さんはないのだろう。

 黒四ダム建設により、完全に封印されてしまったことに、しょうがないとも思え、強く残念とも感じる。ダム建設が齎す恩恵も多大であろうが、自然を変えてしまった事実は隠しようがない。建設がなかったら、第二、第三の曽根原さんのような人が育ったのだろう。ただし、イワナがお金になる時代背景ってのも重要だったのかもしれない。

 先に読んだ鬼窪さんの中では、富士弥さんや曽根原さんが登場し、あまりいい表現では書いていなかった。今度はこちらでは鬼窪さんのことをいいふうに書いていない。間違いなく敵対しあって少なからず諍いがあったのだろうことが伺える。

 興味深い一節があった。黒部のカワウソの話。ここまで黒部に精通した曽根原さんが、「カワウソは居ない」と言っているのは面白い。誰よりも現地に入っている人であり、その人が言う言葉には重みがある。私の中では「居たのではないか」との思いがあったが、曽根原さんの語彙に押し切られそう。

 魚釣りはせずとも、山のノウハウを学ぶには素晴らしい本であった。一つことに一生懸命になっている人の話は、問答無用に面白い。ものがない中での知恵と工夫、ここでは貧しいほどにある意味豊かな思考になるように思う。

 次に奥黒部ヒュッテに行ったら、しみじみそこを見てしまうだろう。曽根原さんの小屋、山小屋といった方がいいか、往時の空気感が少し味わえそうな気がする。
9月26日 鬼窪善一郎  38

 黒部の山人

 本人が書いたのではなく、聞き取りでのレポートなので、ほとんどが口語体。そして話し言葉である有利さとして、ストレートに語られている。

 昔と今を感じ出てしまうが、食うため(生活する)にカモシカを密猟し、その皮などがお金になる時代。目をつぶってはいけないが、そういう時代を経て今がある。そして今は、鳥獣が増えすぎて駆除をしているような時代。密漁が間引きになり、生態系が整っていた昔、増えすぎて山が荒れている今、法で縛られていながら、自分らも身動きできなくなっているよう。

 黒部の山中で、岩魚を釣り、カモシカや熊を獲っていた鬼窪さんの話。山のノウハウが散りばめられ、特に狩猟においてのノウハウは基調だと思う。そしてガイドをしていた氏、当然ながら山での広角な知識と知恵は、やはり体験しているものの強みだろう。

 ボッカをしていた当時の、各小屋製作時の荷揚げの話は貴重であろう。作業に携わった方の話は聞いた事がなかったので新鮮でもあった。そして岩魚釣り、釣れた昔と釣れなくなった今がよく判る。一日に200匹も上げたとあるが、そんな時代もあったよう。

 一つ気付いた事。この人もシカや熊を獲り、肉を主体に食べていたのだろう。身体が強く怪我にも強い。野菜主体は身体にいいとは言うものの、やはり肉は必用不可避と思えた。それにしても凄い表現もある。シカの脳みそが生で食べると美味しいと・・・。食べないほうが勿体無いとまで鬼窪さんは言っている。このあたりにも強さを感じる。普通は食べるにも相応の勇気が必要。

 山のノウハウを知るのに、素晴らしくいい本だと思った。機能が進化し、ここまでのことは必要ないのだろうが、全ては知っておく事が大事。雪崩れの表記の箇所も、何気ないように書いてあるが、経験者ならではのノウハウが書かれている。
9月16日  北林一光  37

シャッター・マウンテン

 これも遺作、本人が発表したのではなく、ワープロ内で発見されたものを有志が校正発表したものと言う。最後の纏めの文体に少し変化があるのが、他人なのかと読めたが、それ以外では、素晴らしい力技で、読み応えがある。これで全ての北林さんの作品を読み終えた。もう他に無いと思うと淋しい。それが故に三作品が光ってくる。

 舞台は上高地となろう。実際は仮名になっているが・・・。そこで起こる怪奇・猟奇的な事件事故、そこに共通する一人の少女の亡霊。なにか完全にフィクションに思えるが、山においての幻聴・幻覚の中で、これらの事がまんざら無い事ではないと思える山屋感覚がある。それが故にノンフィクションとも読めてしまう自分がおり入り込める。

 作者の素晴らしい活字選び、重厚な感じがし、登場人物のキャラクター設定もいい。これは映画になったら面白いだろうと思えるほどに動きがあり色を感じる作品であった。

 そして、作者の言いたかった部分を汲み取れる。山が人間のエゴにより開発が進み乱され生態系をも変えられてしまっている。観光開発が進み姿を変え・・・。山が悲しんでいたり、山が怒っている事を警鐘している。

 亡くなっていく者がいる中で、久作さんが生き残るのは、やはり山を愛する人であり、山をよく知って対峙している人だからと読めた。こんな人には山は優しいのだろう。

 
9月10日 明智憲三郎  36

本能寺の変
431年目の真実 

 誰もが知っている本能寺の変。その知っている内容は、当然のように書かれたものを読み信じ込む事となっており、そこでの情報量が記憶を左右する。私の場合は、概略を把握したくらいで、掘り下げて知ろうとした事は無く、今回この本が初めて内情を深く知る指南本となった。

 刑事か探偵のような推理力。ある仮定に対し理論武装する能力。そしてもの凄い文献を参照し精査している。それがしっかりと纏められ、ある答えを導き出している。中でのいくつかは、少し飛躍しすぎとか、自分とは解釈が違うようにも思ったが、ここは書く人の自由。そして読み手の感想となる。

 売り出し中であり、内容に触れることは憚るが、けっこう面白く読める。やや反芻する内容もあるが、それがために摺り込み効果となっているようにも思えた。往時の武将の思考がここまで奥深く判れたことが嬉しい。そして歴史の重要性も感じさせられた。歴史は繰り返される。現世もまた往時と同じ事なんだと判る。

8月29日  北林一光  35

 サイレント・ブラッド

 素晴らしい作品だった。井上靖さんの氷壁を読んだときのような、深くいい作品に触れた読み応えだった。フィクションで、ここまでに思ったのは久しぶり。作者が既に他界しており、この作風にもう出会えないのはなんとも淋しい。

 作者の、読者を引きこむ、読ませる作風は見事。445ページを一切飽きる事無く貪るように読んでしまった。舞台は信州は大町、リアルに現地地名が使われ、これによる親近感と一体感がある。そして山屋であれば、一度は眺めた事がある地形、ここでは地図で眺めた事も範囲に含まれるが、そこにある不思議な地名「カクネ里」、その見ているものの実際の現地は知る人のみ知っている未知の場所がキーワードになっている。

 健一の失踪。息子の一成によって、父親の過去がしっかりと見えてくる。現代社会において、幸せの中では一切交流しないこれら、この作品の中では反面教師のように、この辺りの親子の交流は大事だったりする事を感じる。ただ、この作品のようにここまで追い詰められないとありえないようにも思うが、希薄になった核家族に欠けているものを示されている感じがする。

 自然との対峙。自然に逆らわず、奢らず、トンチの存在がより向かい合い方を促しているように感じた。そして幻聴幻覚の実在的表現。脳の疲労からとは科学的な根拠があるようであるが、実際に体験している自分としては、「ある」と判断できる。これら怪奇なことも含め、全てを受け入れて自然の中に身を置くのでいいのだろう。

 表題が最初判らなかったのだが、「そういうことか」と理解できた。昭和初期の事が往時の書き手により表現された作品は読んだが、現世目線で書かれたこれは作者の工夫を感じ、抵抗なく読めたのがいい。過去があって今がある、そんな事を強く思えた。

 サスペンス・ミステリー。あまり書いてはつまらないのでこのあたりに。深雪の存在が光っている。一成と深雪のその後が見たかったりするが、その期待を促す作風が腕の良さだろう。

 北林さんの作品は3作しか発表されていない。2冊読んだので、すぐさま最後の一冊を注文した。
8月23日  熊谷達也  34

 ウエンカムイの爪

 ヒグマ関係書連投。そろそろ北海道の地に行かないと未踏座が減っていかない。ただし本土に居ない彼らがいる。ツキノワグマと違う彼ら、しっかり学んで自然と向き合わないとならない。

 教科書を読んでいるかのような、浸透水のように読みやすい文体であった。それには、内容が充実し、飽きずに読み進められるからであり、バラエティーに富んだ味付けがされ、先へ先へと読みたくなる作風であった。

 吉本がヒグマに襲われる。殺られてもおかしくない状況下、女性に助けられる・・・。

 当然のように北海道が舞台。ヒグマを神と崇めたアイヌの話も出てくる。危険動物として対峙するのだが、ヒグマにもいろんな性格があることを学び、出遭ってしまった場合の対処法が学べる。

 ノウハウ本のように書いてしまったが、しっかりと読ませる作品で、丁寧に仕上げられている。どちらかと言うと、よりアウトドアが好きな方には好まれるだろう。終始野外が舞台となりヒグマと対峙している時間がほとんど、そこに関係する人間が絡む形態。

 カメラマンとして出向いた吉本の自然(ヒグマ)に対する心の成長もいい感じ。
8月20日  北林一光   33

 ファントム・ピークス

 若くして亡くなられた作家さん。信州を舞台にした作品で、一部フィクションも入るが、大半はノンフィクションで現地の地理地名が記されていて、その全てが判る私にとっては、かなり楽しい作品と感じた。

 適当なスピード感、人と人、人と動物、上手に表現され過不足ない読み応え。面白くて一気に貪るように読んでしまった。

 冒頭、奇怪な猟奇的な作品なのかと思ったら、地に足がついた内容で意外な展開であった。読む人によっては、山用語が多く判らない部分も多いかもしれない。また、後半の橋の上での件は、緊張の中でのロープワークは可能なのか・・・などと、作品内にしっかり入り込んで考察している自分が居た。

 北杜夫さん、吉村昭さんなども名前が登場してくる広角な作風。自然な引用でサラリとしていたが、参考にしても作者名まで登場してくるのは珍しいと思えた。

 田舎で起こる事件。そこに立ち向かう人々。解決までの人間模様が楽しめる。
8月12日  志水哲也  32

 生きるために
    登ってきた

 たしか2002年だったと記憶するが、KUMO氏とJPV女史他で「黒部」の発刊の時にカウンターで志水さんと横並びになって懇親したと報告を戴いた。私が志水さんをハッキリと知ったのはこの時だった。誰だろう・・・志水哲也とは・・・と調べたのだった。

 私が山と関わり出したのが1990年くらい。この本を読んで当時に「知らなくてよかった」とさえ思えた。こんな人に刺激されたら、どんな事になっていたか。氏も「サハラに死す」の上温湯さんに感化されたと書いてあるが、人生の進み方、分岐路の選び方はとても似ているように思えた。人間の強さ、バイタリティーなのだが、持っている能力を出し切り、そこでまた培ってさらに上を目指すような強さ。凄いし、凄まじいとも表現できる。

 そして、やりたい事を出来ている「幸せ」も思う。人生など個人の自由で、生活感などは様々であり、そこに家族などを天秤にかけてしまうと自由は無くなるものだが、氏は初志貫徹と言うか思いを貫いて行動しているよう。ある意味羨ましいし、それが出来る芯の強さもすごい。

 南アルプスの各谷にくまなく入渓している行動。北アルプスもそうだが、獲物を狙う肉食系な様子かつ単独で寡黙でありながら、現地や周囲の人とのコミュニケーションが上手で、どんどんと仲間を増やしている様子もある。人間の幅とバランス、守備範囲の広さも感じる。

 物事を隠さず書いてあるのだが、読んでいてハッと思ったのが、二軒小屋の体験の記述。今でも営業している場所であり、小屋側がお金をくすねた形の記述はなんとも影響力は大きいのではないだろうか。

 行動できる人の凄さ。飄々と書かれているが、移動距離は相当であろう。楽しいから、仕事としているからやっているのだろうが、それが普通に出来る人は、本当に一握り。屋久島での撮影とガイドの時間配分でも、目一杯のギリギリでの行動もある。この前のめりさは読んでいて楽しかった。

 間違いなくだいぶ感化されてしまった。少し落ち着いた山登りを・・・なんて思いつつ居たが、まだまだこのテンションを緩めるわけにはいかない。氏の人となりが判る充実したいい作品だった。前向きに生きる元気が貰えるような作品でもある。

 破天荒な行動が、後になって生かされている。人生無駄はない。
 
7月27日 重松 清  31

 きみの友だち

 重松さんの力技と言おうか、重松さんらしいと言おうか、初体験でありながら、この作風に納得してしまい、最後は涙を頂戴し、感動へと誘われた。不思議なモノローグ短編集と言うのか、短編ではありながら長編の体を成している。

 人生において、その大半を集団で生きるこの世の中は、周囲との繋がりが重要。仲間意識を持ちながら、気にしながら生きねばならない。小学校での友達の好みは如実。中学校に入ると尚更で「えげつない」ハッキリとした集団意識にもなりがち。いじめなども出てくる背景には、些細な好みが原因に思う。この些細な気持ちの揺れを上手に表現しているのがこの作品。「あるある」「あったあった」と思える行が多い。

 いじめられているほう、いじめているほう、双方のモノローグがあり、珍しい形態とも言え学ぶ部分もある。作者の観察眼のよさがここまでの文字並べてなっているのだが、どんな人にも悪い人は居ない、こう教えられているようでもあり、仲間を考える上で重要要素と判る。

 事故により一生の松葉杖生活となる恵美。複雑に追い込まれた中で、人生を開眼したよう。精神的な苦しみ、生活の不都合を体験し、修験僧のような心境で物事を考えられるようになっていったように勝手に思えた。その恵美により、関わる周囲で一つ二つと気付かされてゆく。

 由香の存在も光る。病気により命に限りがある事を把握しているのも由香。周囲が「友だち」に一番感心のある多感な時期に、それらを超越して生きている。生きていたことが見えてくる。追い込まれた人のほうが間違いなく強くたくましい。逆に五体満足そして平和(幸せな生活)の中では気付かない事が多い裏返し。

 いろんな人が居て社会。またいくつもの事を学ばせてもらった。
7月15日 重金敦之   30

ほろ酔い文学事典

 じつに面白かった。酒は多様多種。飲めて楽しく、飲めないとこんなにつまらないことはないと思っている。幅が広く奥が深いのも酒であり、この作品はじつに上手に拾い上げて書いてある。有名作家の酒に関わる作文を・・・。

 本当の飲み方、新しい飲み方。正当な味わい方、ワインなら品種、蔵元の制約、カクテルの多様さ、沢山学ぶ事ができ、楽しくてじっくり読んでしまった。これを読んでおくと、いろんな場面で対応できると思えた。世の中は「知っておく」事が大事。

 嗜好品である酒、いろんな人の好みがあり飲み方があり、拘りが在り、知れば知るほどに楽しさを感じるのが酒だと思えた。

6月22日 重松 清
茂木健一郎
 29

涙の理由

 作家と脳科学者との対談。重松さんと言えば「泣き」を誘う、「涙」を呼ぶ作家と言っていいだろうほどに、涙を出させる言葉並べが上手い。そこを含め、メカニズムやからくりを掘り下げて二人で研究をして行く内容。

 涙に注視した面白い内容。経験や記憶に基づく「涙」だが、たかが涙、されど涙で、ここまで追及すると面白い。ただ専門分野寄りの話もあるので、理解しやすいようで、足踏みをしながら読むような場所も多かった。自分に当てはめながら、「どうなのだろう」なんて・・・。

 これを踏まえて、この先の作品を楽しもう。過去に読んだ本もちらほらと登場する。記憶が呼び戻せ、復習になったり・・・。
6月10日 清水義範  28

インパクトの瞬間 

 これほどに雑学に長け、これほどに語学に長けていると楽しいだろうし、一方で生活し辛いのではないかと思えてしまう。周囲が気になって・・・。でも総じて「凄い」の一言に尽きる。知っている事の有利さの表れが、楽しく生きる事に繋がっているように読み取れた。

 前回読んだ「わが子に・・・」の後にこれを読むと、そこで指摘された作文に対し、アレッと思う部分が見られたが、まああえて強調するための手法なのかと思えた。「国語入試問題必勝法」などは、意表をついた観点で面白い。学生はこのノウハウを持つと強いだろう。インパクトの瞬間、こちらは感性の部分だが、考え方の部分を気付かせてくれる。

 後半になると、これでもかのやや読みづらい古語となり苦痛であった。ただ、そこで学べる事は多い。判っている人の解説をフムフムと学ぶのであった。
5月27日  清水義範  27

わが子に教える
       作文教室

 子供に照準を合わせた、その親に対する指南本の形を取っているが、第三者的に読ませながら、これはその親(大人)の作文教室であると感じた。国語力に長けた作者で、とても読みやすく、言われている内容が把握しやすい。「作文は自由でいい」と言う部分が徹頭徹尾語られている。

 作文教室も作者は開催していると言う。こんな教育を幼少期に受けた子供は、いろんな面で広角に物事を考えられるだろうと思える。抑制された義務教育のいい部分と悪い部分を感じたりし、この作品でハッと気付かされた。

 日頃の私も、作文としては「句読点」をあえて多用している。そこに間を切って、強調する意味合いでそうしているのだが、人によっては読みづらいだろう。ある程度の文法の決まりがあり、則らねばならないが、その人その人の特徴もあっていいだろう。作者いわく、作文は縦書きの方が正しいと言う。日本語は元来縦に書くもので、縦に書いて見栄えがするのも漢字やひらがなだそうだ。確かに毛筆で続け書きが出来るのは縦書きに限る。

 いい本だった。作文力を高めるヒントが多数散りばめられている。
5月12日  今福龍太 
     編
26

むかしの山旅

 バタバタとしており、読み始めてから約1ヶ月も抱え込んでしまった。それほどに濃密であり、盛りだくさんとも言える。もう一つは、昔の作品であり言葉を選ばなければ読みづらいことも理由。

 良くぞここまで詰め込んだと思える一冊。有名作家の山編作品。有名登山家の記録。これまで知らなかった石崎光瑤さんなどの存在も光っていた。ここまで盛りだくさんだと、一頁一頁が見落とせず、じっくり読み込んでしまっていた。

 少し作文の比較もしてしまうのだが、芥川龍之介さんはさすがの作文力。女性で気に入ったのは沢田真佐子さんのわくわくする記録もいい。石崎さんの記録の中には、白山の地獄谷に道を選ぼうかと言う書き方が見える。「ルートとしてあった」と解釈したのだが、情報としても有益であった。甲斐駒ー大岩山の松濤明さんの作品も初めて読む。以前KUMO氏がこれを読んで、伝ってみたことを聞いていた。これかと思えた。

 定価760円。私にとっては5000円ほど、いやそれ以上の価値のある一冊。
4月15日  誉田鉄也 25

ソウルケイジ

 姫川玲子シリーズ。そのテイスト満喫できる作品。そして毎回そうなってしまったのだが、竹内結子さんを思い浮かべながら読み進めることになる。はまり役。外野から見る竹内さんの印象が、姫川の精神構造にリンクする。

 犯人のトリックの怪奇さ。捜査陣のモノローグ。この二つのバランスがまこと楽しい。捜査陣の中で二極化している日下と姫川、男女と言う部分も含めて意識しあう部分は作品の潤滑剤のように思えた。

 いつもの登場人物に安心感も感じる。見知った事=安心感となろうか。ワンポイントリリーフ的に登場する、國奥の登場も心地よく好きである。

 手首が発見され、事件として展開する。捜査を続ける中で、次々と浮上する関係者。しかし見えてこない真髄部分。捜査班総員で解決して行く。日下の地道な捜査、姫川の破天荒な推理、楽しく読め活字が踊る。
4月 4日  出久根達郎 24

むかしの汽車旅

 そうそうたる有名作家の、鉄道に関わる作品が収められている。なにせ古いものは読みづらい。はっきり言うと、読んでいるものの棒読みで理解できない部分もあった。でもこうして触れないと慣れない。森鴎外さんの作品は強くそれを思った。これがあったために、次の夏目漱石さんの作品は読みやすかった。

 石川啄木などはさすがの文字運び。宮沢賢治もまた、秀でた文才と言う部分がにじみ出ている。林芙美子にも、本書がなかったら触れなかったかもしれない。じつに楽しい作品と思えた。

 この作品で、少し汽車好きになれるかと期待したが、結果として鉄道の昔を知った感じで、往時の風土風習や風俗などを学ぶほうが多かった。この点では、マニア寄りな内容ではなく、読み易さはあったと言えよう。

 各人の一文字一文字の深み。最近の作家にここを感じる事は少ない。何が違うのか・・・。もしかしたら、むかし言葉に対する、難解と言う深みがそう感じさせているのか。それだけではなく、やはり、さすがの文才なのだろう。

3月27日 塩山三郎 23

そうか、
もう君は
いないのか 

 恥ずかしながら、塩山三郎と言う作家を知らなかった。文学に浸っていない証拠とも言えるが、ここで判ったので末代までの恥とはならずに回避できただろう。

 短い簡潔な作品であるが、完結ゆえに言葉が良く選ばれて伝わってくる部分が大きい。それには、至極ストレートに書かれているから。この年代の方にしては、特異な夫婦間(感)のようにも思えるが、人それぞれであり、微笑ましい事。

 奥さんとの出会いから亡くなられるまでが記されている。そして最後に娘さんの回想が読める。まず、理想的な夫婦、人生、そんな部分が強く感じ、一方でそのように出来ていたこの夫妻の波長や生活に興味が沸いたりもした。巻末のほうにも書かれているが、全ては塩山さんの若い頃からの見る目、人に対しての観察眼が長けていたから、結果としてよき伴侶を得て、よき夫婦生活が送れたとも言えよう。

 奥さん側のモノローグでもあればもっと面白いのだろうが、作品自体が亡くなられてからのものであり、それはない。凄く頭のいい、人間の大きな奥さんだったのだろう。

 「そうか、もう君はいないのか」と思う事があるとするならば、「今をもっと大事にせねばならない」と教えられているよう。
3月25日 中勘助 22

銀の匙


 コミックの「銀の匙」が大人気。今を遡る1935年、約80年前にも同じ題名の作品が生まれている。これも子供に関する話。先に荒川さんの作品を読んでいる為に、その先入観を持って読んでしまうと、読みにくいこと限りなし。文体自体が、ひらがなを多用するもので、目で文節までを追うのが疲れる作品であった。でも、これらを読んで昔を知る。

 坦々とした、主人公に対する生涯を綴る内容。初体験だが、主人公の名前は伏せてある。仮称でもいいので書いたらいいのではと思ったが、時代背景からか。身体が弱く、外に出て遊ばないような幼少期から、次第に子供らしくなってゆく。なにか暗くつまらない作品に思えていたが、次第にそのストレートさにじわりじわりと作品のよさが伝わってくる。

 作者の自伝のようではあるが、時代をよく感じさせる内容であり、注記も多く学べる部分も多い。ただ、読み辛かった。
3月19日  奥田英朗 21

イン・ザ・プール

 異常と普通は紙一重。人は皆、異常さを持ち、それが表に出る人と、出てこない人がいる。大枠では「気づき」がポイントになるのではないかと思っている。気づかない人気づく人。

 本作品では、「気づく」事を促していると読み取れる。多くの精神疾患は、「治る」ことをも示している。と、硬く書いたが、奥田さんらしいウイットに富んだ楽しい内容。世の中に潜むアルアルな出来事にを伊良部医師が診る。

 5作品。「勃ちっ放し」以外は、かなり該当する人もいるのではないだろうか。中高生などには「フレンズ」を読んでもらいたいし、若い女性には「コンパニオン」を読んで欲しい。私自身も該当しそうなのが「いてもたっても」。気にすると無償に気になることがある。病気と言うか習性なのだろう。物事は多角的にみないとならないと言う事になろう。

 関連作が出ているよう。楽しみに繋げてゆきたい。
3月16日 百瀬しのぶ

荒川弘
20

銀の匙

 今話題の上映されている映画。かなり仕上がりがいいようで、観る前に読んでみたくなった。

 青春グラフティー。構成された内容は懐古さはなく、現代の目線。農業と言う、少し敬遠されがちなカテゴリーを使い、本当に上手に仕上げている。判りやすく感動を与えるよう。この「判りやすい」と言うのが重要だと思っている。難解な文章を読み解くのも楽しみだが、言葉や文章はそもそもは伝えるためのもの。判りやすくて何ぼ。

 さて、主人公の八軒。勉強漬けの義務教育期が終わり高校へ進学する。ここでの進路は「勉強漬け」からは予想だにしない農業高校。北海道の地において、生徒となる家庭は酪農業を営む人が多い中、サラリーマン家庭の八軒が入学。普通にいじめられてしまいそうにも思うが、北海道と言うおおらかな土地柄か、受け入れられ周囲に溶け込んでゆく。

 目標のなかったこれまで。しかし周囲の同学年の仲間は、酪農を営む家庭がほとんどで、既に目標を持ったものばかり。頭のいい八軒は、自問自答しながら気付かされてゆく。ただ単に酪農業の大変さだけではなく、家畜の「生」をも学ぶ。育てた家畜が何れは食用になる事。

 周囲の学生との間合いも楽しい。高校生としての瑞々しさも表現され、男女問わずの仲間意識が心地いい。これを読んで、選択肢として酪農もいいかも、と思う人も多いだろう。何を隠そう、私がそう思えた。
3月14日 誉田哲也 19

シンメトリー

 7作品の集合体。最後に手紙を配置した意図はなんだったのだろうか。時系列背景からは、先頭においてもいいように思うが、最後のその場所を選び、置いた意味は、一番読み手に伝えたい内容となろうか。

 どうしても玲子が竹内結子さんに限定されてしまい読み進める事になる。それほどにはまり役とも言えるが、読みながら、違う配役であったなら、また違った印象で読めたのではないかと思えた。

 男っぽい、ドライな、刑事の勘というものを漂わせる玲子の存在。竹内さんのテレビに映る印象と同調するのが判る。

 読みやすく肩がこらない。そして手離れがいい。一件落着が7回訪れる訳であり、達成感とか読破感が7回訪れる訳となる。複雑怪奇ではなく、全ての作品で近い場所に犯人を設定した内容。ここも拘りのように思えた。

 またフラッと誉田さんの作品を読んでみよう。
3月 9日 高千穂 遙 18

ヒルクライマー

 通院した病院に置いてあり、症状の苦労を忘れてしまうほどにそのときにのめりこんでしまい、当然待合の短時間では読みきれなかったのですぐさま注文した作品。

 自転車の世界。ロードバイクと呼ばれるそれらが本作品で良く判った。表題にあるように、これは坂を登る種族のバイカーの話。そしてなかには、見聞きするいくつもの大会が盛り込まれ、とても現実味がある。乗鞍、栂池、赤城、最後の赤城などは本作品内で仮想として書かれたものが、現実になったそうだから凄い、ヒルクライマーのバイブルとなっている本なのかもしれないと思えた。

 神音大作の登場に、彼が主人公になって引っ張るのかと思ったら、陰の主人公となり、松尾礼二にその座を渡す。礼二は元マラソンランナー。類稀な心肺機能と持久力でロードバイクに跨がせても能力を発揮する。しかし荒削りさもあり、地道な努力が実を結ぶ表現で書かれている。ここは登場人物各人のモノローグの部分で、アスリートが目標を持って頑張る姿が表現され、読んでいて清々しい。

 そしてまた、スポーツに没頭している反面、家庭を持った人が没頭するとどうになるかをはっきり表現されている。そこでは「家庭を疎かに」となるのだが、我が過去も反省材料になり対岸の火事ではなく真摯に受け止める。作者も少なからずなにかあったのかと思えた。

 途中から登場するあかりの存在も、最近の若者らしい表現で登場しており、その表裏ある危険さが、若さを示しているように読めた。男が登場したら、そこに女性の登場は必須。そこでの色恋も・・・。

 面白かった。ほとんど一気読み。読みやすく、一番は内容表現が風を感じるスピーディーさがあること。作者の関連作はないものかと読後に探してしまったほど。
3月 7日  道尾秀介  17

カササギたちの四季

 久しぶりに道尾さんの作品に触れる。そしてまたまたその力量に感銘を受ける。我が思考のだいぶ上を日々感じて生活しているのだろう、とてもセンシティブな方と思える。一方で、繊細でありながら表現力は万人に判るよう言葉並べがされている。作家らしい能力の高さ。

 題目にあるように四季に分けての4作品が詰められている。まず春。 リサイクルショップに持ち込まれた銅器(オブジェ)が誰かにより焼かれる。その後日に少年が現れる。その少年を追って行くと、とある工場に行き着く。そこでの不可解な事件。

 夏、大口の依頼が舞い込み客先へと向かう。そこは職人気質の木工所。そこでまた事件が・・・。

 秋、リサイクルショップに足しげく通う菜美ちゃんの家、ここでも泥棒が入る事件が・・・。

 冬、各季節の冒頭に書かれている傍若無人ぶりを発揮しているお寺での話。「お金」と言うものを中心に、そこでのやり取りは面白い。

 全作品に、人の心を感じる。書評にあるように「嘘」のテクニックが素晴らしく上手であり、そこから見える人間の心理、本音、このあたりが「嘘と言う本音」で表現されて面白さになっているよう。華沙々木、日暮、菜美、三つ巴のトリオ的主人公だが、表面から見える言動に対し、見えない本音が本作の面白さ。言葉の裏を感じ、言葉の裏を読める作品となろうか。

 4作品ともに事件としての纏めではあるが、ホンワカとして楽しく読める。
3月 1日 岡本健太郎 16

山賊ダイアリー4

 軽いタッチで、狩猟やアウトドア、ここでは里山での生活ノウハウが書かれている。実写ではグロイ内容も、漫画であるから表現できるような場所も見られ、マンガのよさも見えてくる。

 平地に居ると知りえないノウハウばかりが綴られ、一通り読んでも、その全てを叩き込むのは難しい感じがする。何度か読み直しつつ覚えてゆくのが言いと思えた。もっとも、興味がないと覚えないのだと思うが、「ふーん」と読む人も居ようが、私は「ふむふむ」と感心しながら読み進めている。

 この後、第5作と続くのだろうが、これは楽しみなシリーズ本となっている。
2月28日  潟Nマヒラ 15

抜萃のつづり

 今年も届いたこの一冊。心温まる文章の連続に、心が養われる。理想と現実、建前と本音、現実と本音が綴られておりストレートに心に入ってくる。

 少し気付いてはいたのだが、死とか病に直面すると、人間は本音が出てくる。逆にそこまでならないと出てこない。この本は平生からそんな心構えにしてくれる内容。サッと読めるが、濃い内容に薄い冊子が重く感じる。

 これは無償配布。そしてこれだけの内容を抜粋して集める努力に感服。
2月24日  岡本健太郎 14

山賊ダイアリー3

 鳥獣から、外来魚に対しても駆除を促すような内容で、ブルーギルの食べ方も書かれている。そして烏の駆除もあり、銃が殺傷道具から、家畜を守る道具として書かれていたりする。

 タバコのフィルターが疑似餌になって魚釣りが出来るとは知らなかった。猟に対してもジビエ料理に対しても、かなりスキルアップ。素人が知るには判りやすい内容が綴られている。スーパーで食材を買ってくる時代。これら動物を捌けるノウハウも以前は皆が持っていた事柄。便利さがそれらを廃れさせ、汚い部分を見せなくしてしまっている。汚いと言ったら語弊があるが、食べるための避けられないアプローチ。これをしっかり読んで自然派で居たい。
2月21日 岡本健太郎 13

山賊ダイアリー2

 山賊ダイアリー第二弾。

 大型動物の解体方法と罠猟のスキルアップが書かれている。さらには蜂の駆除なども。本来は身近にあったこれらの作業。山里から離れた暮らしの人が多く、知らない事ばかり。作品内には、知って活かせるノウハウが詰まっている。

 最も重要なのは、山屋にとっての猟師。どんな気持ちで、どんな事をするがために山に入っているか。それを知る事が出来る。読めば読むほどに、猟の危険さが伝わってくる。やはり、獲物が見えたら「撃つ」、こう見えてしまっている。
 2月20日  岡本健太郎 12

山賊ダイアリー1

 久しぶりのコミック。でも侮るなかれ、この作品から知るノウハウは多い。狩猟における知恵はもちろん、平生平地に居る者として、山のノウハウを知り得る事も出来る。知らない事を知る場合、絵が多いと飲み込みも早い。その点では文章のみの解説でない本作品のような構成はありがたい。

 野ウサギやシカの糞が食べられる。好んで食べるものではないが、緊急時には・・・。これが冒頭に書かれている。そしてこれでもかとノウハウが吐き出されている。知っておく事の得を感じる。

 何があっても自然の中でいきぬく力。それは知識なんだろうと思う。

 2月19日 五十嵐貴久 11

安政五年の大脱走 
 
 時代物にはあまり手を出さなかったが、これは面白い。と言うか、五十嵐さんの器用さをまじまじと感じる作品となった。これほどに広角に作品が書けるとは・・・。

 「安政の大獄」は多くに人が知るところ、そこにかけているのだろうが「安政の大脱走」、序盤こそ時代物の読みにくい感を抱いたが、深雪姫の登場あたりから楽しくてしょうがなく、貪るように読み進めてしまう。500ページに近い分厚さが感じられないほど。

 51名の囚われた南津和野藩の面々、ベクトルを同じくして姫を救出、そして脱走すべく苦行に耐える。同じ目的のために力を合わせ・・・。その様子に、読み手側も力が入ってしまう。番兵の目を盗みながら作業する様子にも、読み手側が力が入ってしまう部分。

 登場人物の個性が光る。人間の持つ、いい部分と悪い部分をあからさまに出し、それでも人間らしい部分で各登場人物を表現している。人物表現が見事とも言える。

 なんと言っても、桜庭の存在が光る。一方で鮫島の最後は予想外でもあった。痛快、心地よい余韻。
 2月14日 樋口明雄  10

ドッグテールズ

 樋口さんの犬もの・・・、川上さんのスポーツ小説に肩を並べる名工の輝きがある。犬小説とか言いたいが、言葉のおさまりがいまひとつ、なんと言うべきか・・・。

 犬を愛する人は、より犬を好きになり、そうでない人は犬を飼いたくなるのではないだろうか。犬に触れ、奥深くまで理解したからこそ書ける内容であり、実際は樋口さんの優しさの表れでもあろう。生き物と付き合う難しさと、それとは別にもたらしてくれるもの、「生」をもって教えてくれるもの、書かれている5作品がしっかりと伝えてくれる。

 以前の作品にリンクしている内容も含まれ、これらはファンにとっては嬉しい配慮。関連付けがされていると、以前の作品を思い出すこともできる。反芻と言うのが正しいのか判らぬが、思い出が呼び戻せる感じ。

 最初の「グッドバイ」、家庭内別居のような立ち位置で冷たく対応していた美佳の心を開くのがクロ。犬の存在が、人間の生活を大きく変える。いい風にも悪い風にも。

 「疾風」は、大イノシシとのあの作品が甦る。猟師としての山との関わり、そこでの犬の存在。問答無用にいい。擬人化した疾風の心が素晴らしくいい。

 「向かい風」は、「天空の犬」内での弥生の隠された過去が読める。そうだったのか・・・と判るのだが、その解説文とではなく、しっかりとした1作品として仕上がっている。

 動物(犬)愛。人として大事な部分となろう。ホロッとさせられ、ホッコリとさせられ。

 
 2月11日

岡田喜秋



日本の秘境

 「形容詞のマジシャン」と喩えたらいいか、表現方法が豊富でリアリティーがある、現地がよく判る作文。以前、小島烏水さんのときも同じように感じたが、表現力においては甲乙付けがたい能力を感じる。ただし、ややしつこい言葉並べで食傷気味にもなるが、それがあるから克明に当時を、現地を記録しているのだろうと思えた。

 温泉の行は目からウロコだった。火山の噴気孔からの距離により泉質が分類される件。そうか、確かに・・・と思えるのだった。例外もあるようだが、これを頭に入れておけば、行く前から泉質の予想ができる。

 隠岐や夏油を含め、作品内の8割ほどの場所には足を運んでいる。ここでも先に読んでいればもっと楽しめたとも思える。そんな中でも、現地を踏み経験している事が、作品を読みながらの楽しさに繋がっていた。旅は大事でいろんなことを学ばせてくれる。

 昭和30年頃、貧しかった日本ではあるが、ギスギスした今のスピード社会にはない「平和」を感じたりする。60年ほどしか経っていないのに、この変わりよう。時代の変化は速い事を感じさせられる。そしてまた、昔を知っている事の大事さ。歴史を知り、今を判る。

 この記録は永遠に廃れる事はないのだろう。当時を表現したまま、輝いたまま後世に残ってゆく、そんな一冊に思えた。

 
 2月4日 大倉崇裕 

無法地帯

 題名からは、何か厳ついドンパチの内容かともとれる。開くとそうにはなるのだが、主線が面白い。玩具、もっと言えば食玩のオタクの話。知らない世界をのぞき見るのはとても楽しく、まずはこんな世界もあり、これも趣味なんだと判る。ここまで書けると言う事は、作者もこの手の趣味なのだろう。何日か読みながら、ふと、ウルトラマンの・・・と思ったら、やはりその大倉さんであった。

 登場人物が多く、少し混雑してしまいがちだが、オタク趣味の各人のキャラは立っている。ツートップの主人公である、元ヤクザの大葉、探偵の宇田川、格闘に長けた二人、いい大人でありながらオタク度は高く、コレクターとしてかなり力が入っている。「ザリガニラー」を巡る諍い、格闘、なにか甘さと辛さが一緒に味わえるような作品内容。

 一番の部分は、リアルタイムでソフビも体験しているし、食玩具も見ている。作品の全景が我が生涯とリンクできるのだ楽しい。“そうそう、あったあった”と言える懐かしさ。

 そして伏線を仕込み、終盤に向けてのストーリー作りは、いい感じでとても楽しい仕上がり。推理的要素もあり、現場を想像しながら、我が過去を想像しながら、格闘の方法なども学べ、多角的に楽しめる内容であった。

 色恋の話も忘れておらず、ここもアクセントとして楽しく織り交ぜてある。

 リアリティーを出しながら、ある部分ではフィクションを感じ、玩具同様に、夢の世界な感じでもあった。
 1月29日  五十嵐貴久

1985年の奇跡

 「2005年のロケットボーイズ」の楽しさから、その余韻を引きずったままこの作品を手に入れる。揺ぎ無い痛快青春小説。内容が我が青春時代とリンクし、それだけで楽しさが倍増してしまう。野球小説でもあり、時代背景は完全なるストライクゾーン。

 2作目だが、五十嵐さんの頭の良さをより強く感じさせられる。読みやすく、深く、感動を与え、笑いをもたらす。伏線の張り方も巧妙で、後半で涙と笑いを誘う。

 都内で最下位と言える高校野球部。頑張らない野球部であり当然の結果。コーチも監督も居ないような中での9名しか居ない部員。そこに転校生の沢渡が入ってくる。この沢渡のキャラクター作りには驚いた。一番の楽しさとなろうか。

 文武両道ではなく、「文」に力を入れた学校。校長の中川は、運動部を嫌い勉学重視、そんな中での野球部のドタバタ劇。おニャン子クラブを愛する部活動をしたくない面々が繰り広げる青春ストーリー。背伸びせず、普通目線な内容が共感を呼ぶ。

 巻頭、おニャン子クラブの面々が実名で書かれている。その内容にちとドキドキしてしまう表現も見られる。大丈夫なのだろうか・・・(笑)。

 楽しく一気読みだった。器用な作家である事に間違いなし。

 1月25日  川上健一

監督と野郎ども

 川上さんの野球小説。野球小説なら川上さん、ここまで言ってもいいだろう。内容は全て野球の話であるが、極端にこの分野に偏っておらず、野球を知らないような人にも楽しめるであろう内容に思えた。川上さんの腕の良さを感じる作品。

 5部作に分かれた作品。チーム成績が万年びりのベアーズ。そこに毛ガニの好きな山形が就任する。御歳76歳。亀の甲より年の功、素晴らしい手腕でチームを立て直す。一見、雑な監督ぶりのようではあるが、選手の個々の性格・能力等々をよく見抜いて采配を振るってゆく。昭和の臭いのする内容に共感を得るのだが、現プロ野球で活躍した方の苗字が多用されており、そこでのイマジネーションを書きたて、場面場面に臨場感が感じられる事になる。

 「集団を纏める」、この部分では野球を度外視して勉強になったり。現代のデジタルな世の中に対し、昔のアナログな感じの人付き合いが大事だと感じたり、いまはもう戻れない時代の臭いがして懐かしさも感じる。

 巻末の山際さんの書評もしっかり読もう。この作品が書ける文人としての川上さんではあるが、野球人としての氏の解説がある。楽しめる内容の裏には、「精通した者」が書いていると言う事になる。

 楽しさのあまり一気読み。そしてなんどもホロッとさせられてしまう。
 1月21日 樋口明雄

逢摩ヶ刻 

 文庫本化され、待ちに待って手に入れる。樋口さんのホラー系をこれまで読んでおらず、初体験となる。ただ、そう思って読み始めず、日頃の樋口さんの作風だと思って読み出した。とても丁寧に言葉を選んでいる様子があり、ルビの入る使い慣れない言葉も多用されている。これは勉強になる。その活字選びがストーリーに重さを与えているようにも思える。ただし不思議なほど読みやすい。吟味された言葉選びなのだろう。

 リストラされた笹森がフラッと旅に出て、そしてフラッと立ち寄ったのが夜見の町。宿での人との出会い、バーでの出会い、人と話し、町を歩き、この地に残る古い伝説を知る。そして雨が降り出す。雨の中、火に関係する事件が起こる。

 フィクションと判りながらも、ほぼノンフィクションのように読み進められ、リアリティーを醸し出す手腕も樋口さんならでは。さらには沢山旅をしているだろう知識が盛り込まれ、フラッと立ち寄る旅という部分が、とても心地いい。

 不可解な事件が次々と起こってゆく。その昔も事件があった。その時も雨が振っていた。

 少し意外だったのは柴崎の過去。アクセントとして上手な構成だと思えた。灰山や杉平の人間味のあるキャラクターもいい。小夜子をキーポイントとして主軸が動くが・・・。

 これまた楽しかった。本はこうでないと。
 1月14日 五十嵐貴久 

For You

 「2005年のロケットボーイズ」にて、作者の手腕を知り、他の作品に触れたくなり、第二作目。

 上手、至極上手、吉村昭さんの作品に出会った時と同じような感覚を受ける。読みづらさがなく500ページに負担は無かった。内容のテンポの良さもそう感じさせたであろう。

 朝美と叔母の冬子、何も無ければ何もないままに人生が送られたのだろう。しかしそこで冬子は無くなる。忙しい仕事の中、遺品整理をしつついると、冬子の日記が見つかる。編集者としての日々を送りながら、合い間合い間で読む日記から、叔母の学生時代が見えてくる。冬子にとっての藤城・・・。

 多くの伏線が、最後の章になって花開く感じ。かなり綺麗な後味で、読み終えた後にいろんな内容が反芻できる感じ。余韻がいい。共感できる時代背景に自分の学生時代とリンクさせてみたり・・・。

 器用な作家である。世の中を多角的に見られる目を持ち、人間の心をよく知っている方とも言える。純愛ミステリーなどと言うのは初めて読んだが、読み終えてすぐに、もう一度読みたくもなる内容であった。
 1月 8日 川上健一

ららのいた夏

 入り込んでしまい、ほぼ1日で読んでしまった。先が読みたくて、本を閉じる事ができなかった。

 川上さん真骨頂のスポーツ小説。マラソン好きな少女と野球少年(ともに高校生)の淡い・甘い話。ららのスピードが、少しフィクション的に感じるものの、読み手側の興味と、乗せて来る意味合いにおいてはスピードは重要な部分。その場を見ているかのようで臨場感があって、どの場面も楽しい。野球での表現は、もう作者がエキスパートな訳で文句のつけようがない。

 そして最後の方は号泣を誘う。これからと言うときにららは・・・。川上さんの文面で、どれほどホロリとさせられたか。心に響いてくる作品が多い。作者の心の優しさがにじみ出ているの居だろう。北杜市に移住して、自然を愛し古民家で動植物を愛しながら過ごしている部分でもそう思える。

 快作でありいい作品だった。
 1月 7日 清水義範

・対決

 これぞ作家。読み始めてすぐに手の届かないレベルの違う存在感を感じた。世の中をこれほどに多彩に多角的に見ている人が居る。かくありたい。そしてそこに併せ持ったユーモアセンス。清水さんが作家になってくれてよかった。これほどに楽しい思いが出来るのだから。

 作品の中に各10番勝負が書かれている。楽しさに併せて、勉強になる記述が散りばめられている。専門書的な要素があり、各分野に精通した人も楽しめる内容。雑学を好む私としては、この感じが至極楽しい。

 「コーヒーVS茶」のバトルは、フムフムと読み応えがあり、微笑ましいバトルは「桃太郎VS金太郎」。後者のウイットに富んだ笑いのツボには敬服。熱く激しいバトルは「ラーメンVSカレーライス」で、世の中事情をよく捉え、食欲をよくよく表現され同調できる。そして「空海VS最澄」は、読み流すには侮れない内容。密教の位置付けを学ばせてもらった。

 そんなこんなで、時間を置いてまた読んでみたい。さらには続編が読みたい気持ちが強い。楽しみながら勉強になる・・・素晴らしい。
 1月 1日  川上健一

跳べ、ジョー!
B・Bの魂が見てるぞ

 「女神のくれた八秒」の後に読んでしまったので、やや食傷気味に思えたが、それでもスポーツが、楽しい物語になっている。汗臭さを感じるところは汗を感じ、負けん気や闘争心を感じる所は感じ、ベースがしっかりしており、ここは一流の域に達していた川上さんの過去があるからならではの表現かと思えた。

 甘酸っぱさを感じる「オレンジ色のロリポップ」。そのキャンディーが相乗効果となってイマジネーションを膨らます。

 そして一番力が入っていたのは、やはり野球編の「打ってみやがれ!」となろう。臨場感があり、そこに多くの笑いが盛り込まれ、フィクションと判っていても、しっかり観戦している自分が居た。そう、作品内に引きこまれてしまっていた。

 もう一つ野球編の「スーパー・クロス・プレー」、野球の裏面、華やかに表現される部分ではない見えない部分、クロスプレー時に焦点を絞った面白い作品。野球でありながら格闘技でもある要素を表現し、野球の多彩な楽しみ方の促しにもなっている。

 表題の「跳べ、ジョー!B・Bの魂が見てるぞ」は、青森で育った作者ならではの体験や視点からなのかと思うが、三沢基地駐留のアメリカ兵の実情が見えたりする。当然フィクションもあろうが、アメリカにおける白人と黒人に関しても盛り込まれ、日本という異国に居ながらも、アメリカが強く見えてきたりする。そしてアメリカ人が大好きなバスケット。視点が違っているかもしれないが、スポーツが他の争いごとの緩衝材となって世の中に役立っているのだと思える。スポーツの役割は大きい。