2015

12月22日  原 宏一 39

ヤッさんU
神楽坂のマリエ

 第二段。タカオに続いて、商売に失敗したマリエが矜持な意識を持ったホームレスになる。またまたヤッさんが食のイロハを叩き込み、人生のイロハも教え込む。

 世間の見方・視野は個人により様々、マリエもそう間違った視野角ではないものの、ヤッさんに諭されることが多い。ここでは自分に当て込めても、原さんと言う作者の広角な判断に教えられるような気がしてしまった。

 第二段ではあるが、一作目の話も沢山含まれている。ここまで引用している、関連性を持たせているのも珍しいように思う。それが復唱とか反芻とかではなく、心地よく楽しい。そしてタカオがSNSで問題を起こす。ここはSNSに対する作者の問題提起だろう。

 ビジネスとしての食、猟師との関わりについても作品にしながら提起している部分もある。フィクションとは言え気づかされることが多々あった。

 築地が舞台。そこに外国人と言うと、今は悪いイメージが出来てしまっているが、この作品は、そこを逆手にとって上手な使い方をしている。ノルウェーから来日したヨナスとマリエ、さて話は・・・。
12月13日 誉田哲也  38

幸せの条件

 ハードボイルド小説がほとんどの作者が、異色な作品を残している。そのギャップが面白いのであるが、初めてこの作品で作者に出会う場合は、先入観ゼロで読めるので、その差異を気にしなくて良い事になる。どちらにとっても楽しい作品となろう。

 農業を主題にした作品に触れるのは初めて。そして改めて、今の時代においての農業の重要さを知らされるのと、農業の発展的要素を知ることになる。農業離れが進み、身近にありながらあまり目を向けていない農業に、辛さを含めた楽しさを知らしめる作品でもあった。

 また、震災と絡め、そこでもまた人の営みの中での農業の大事さに気づきを促してくれる。

 作品内の登場人物のぶっきらぼうに見える外見の内側に有る繊細さが見え隠れし、キャラクター全ての温かさが伝わり心地いい。そして木島平での安岡家ののびのびとした明るさには、農業を生業にする苦労の分だけ、明るく生きられるのではないかと思わされた。

 主人公梢恵の成長して行く様子が楽しい。周囲に気付かされ、気付いてゆく。昔の日本はこんな文化だったはずだが、昨今はこのようなことが薄れてしまっている。心地いい作品に思えたのは、部下を育てる上司がしっかりしている部分。教えるほうが良いと教わる方も良くなる。
11月30日 原 宏一 37

ヤッさん

 表題から漂うイメージを持ち読むのだが、確かにそんな雰囲気があるヤッさん。でもしかし、吐き出す言葉とは裏腹な優しきホームレスなのだった。酸いも甘いも多くを知った、一般人以上に一般人の要素を持ち、苦労をした分だけ痛みが判る人なのだった。

 ホームレスでありながら、築地市場に関わり生きていたヤッさんが、タカオと言う若いホームレスを見出す。見出すとはおかしな表現だが、全展開には、ここでの目利きが重要要素。料理を判り、食材が判る感性を持っているから、人の見極めも出来るのだろうと思わせる部分でもあった。

 この作品は、料理関係者は読んだ方がいいし、食品を扱う、経営する人も読んだ方がいい。店の裏口の見方などは切れ味鋭く、そこでどんな食材を使っているかが見える部分などは、納得させられる。味に関してもまた然りで、作者が食に精通している方なのだろうと思えた。

 ヤッさんの人の良さが全作品に盛り込まれ、他人に頼らず自分自身で強く娑婆を生きてゆく姿に勇気を与えられる。

 「ありきたりな身の上話はそんだけか」ヤッさんの口癖が心地いい。過去をひきずってもしょうがなく、前を向けってことなのだが、思考や視点の向け方にごもっともと感心しつつ、これまで気付かずに引きずっていた事を色々と思ってしまう。

 心地いい読み応え。ギスギスした忙しい職場が舞台で人間味が薄いように思いがちだが、しっかりとした血の通う心のいい人らが居る。その事を摺り込まれただけでも幸せ感で満たされる。

11月24日 鏑木 蓮  36

イーハトーブ探偵
山ねこ裁判 

 第二弾。相変わらず難解な推理ではあるが、しっかりと賢治の作品とかぶり、そこに紐つけた内容に「見事」と言いたくなる。作者の手腕に感服。

 ここまで読み込んでくると、岩手の方言がスムーズに入ってくる。でも表記されている方言は現地でも廃れつつあるようだ。ケンジの言葉、カトジの言葉が心地いい。ぶっきら棒ではあるが、心での会話がされている。

 全5作品が読める。どれも甲乙付けがたい纏まり方。やや作者がやりたい放題に楽しんでいる風も見えるが、結果として心地よさが余韻として残る。文章だけではなく数学的、物理的な推理もされる面白さ、次号作にも期待したい。

 
11月10日 森村誠一 35

人間の証明 

 日本の名著を読む。やっと読むと言った方が適当で、この作品の名前をどれだけ聞き流しながら生きてきたことか・・・。初めて真髄の内容に触れる。

 作られたストーリーとは判るものの、それで居ながらリアリティーとかリアリズムとかを強く感じ、さらには少し時代背景が古いはずなのに、その古さに違和感がなく現在の中での出来事のように書かれている巧みさ。構成がよく、無駄がない繋がりも読み終わりにすっきりとした満足感を与えてくれていた。

 断片的な出来事が繋がってゆく様は至極楽しいし、希望と期待を抱きながらワクワクしながら読めてしまう。中盤から最後までは寝るのを惜しんで一気読みであった。

 有名作品なのであえて内容に触れずともいいと思うが、これまで読んだ作品に出てくる棟居刑事の生い立ちがこの作品に書いてある。これを読まねば彼を知らないまま森村さんの推理小説を読むことになっただろう。

 そして一番のポイント。西条八十の詩を知る。詩の言葉並べのほうが一人歩きして、それが人間の証明に乗っかり、森村さんの詩と誤解していた。世の中のコマーシャルや情報からは、そんな印象を受けたって事になる。

 最後の「人間の証明」の項が最大の山場。人と人が向き合い、心の疎通で人間が証明される。ここでは、信じない者(棟居)が信じる事を選ぶ。ちょっとした矛盾が絶妙だった。

 もう一度、いやもう2回くらい読んでもいいと思える。「氷壁」も既に3回ほど読んでいる。類する擽る面白さがある作品であった。
10月30日 森村誠一  34

青春の十字架

 色恋を加味した山岳ストーリー。興味を持って貪るように読んでしまった。山岳の配分量もよく過不足ない心地よさがあった。ただ、どこか似たような作品があったような記憶がある。なんだったか・・・そう思っていても、かなり楽しめてしまった。

 セキュリティーポリスの寒川は、大臣の警護職に就く。そこに見られる警護のノウハウと気概と言うか心情と言うか、割り切り方と言うか、学ばせてもらう。そして政治のドロドロとした部分がみえ、そこに今回の事件の動線が入り込んでゆく。

 2年前に失踪した寒川の妹、意外な関係者が居たりする。水紀と香代乃の魔性的な表現もいい感じ。森村さんは読み手の興味を良く判っているよう。推理・捜査の仕方も明確で判りやすさがある。ここも読み易さになっている。 シリーズを読んでいこう。

10月26日 鏑木 蓮  33

イーハトーブ探偵 

 新しい分野。工夫された構成。ここまでに作品が仕上げられるのかと感心する一冊。あの宮沢賢治が探偵に・・・。読むまでは違和感を抱いていたが、いざ読んでみると、スーッと浸透水のように受け入れられてしまう。そこには、岩手のネイティブな方言表記があり、難解と思った最初があるのだが、次第に判るようになり、だんだんと理解してゆく心地よさもあるのだった。

 作品のモチーフは、賢治自身の作品。上手く取り込み、推理作品が出来上がっている。やや高度な推理が多く、思考のレベル差があるのだが、そこは賢治だからと許せてしまう。既にここで、探偵の賢治を認めている。

 朴訥とした雰囲気もあり、そこに賢治の推理が切れ味を発揮する。全ての作品で楽しく読む事が出来た。
10月13日 大倉崇裕  32

夏雷

 山岳小説かと思ったが、それほど強い内容ではなく、平地での場面が多かった。濃すぎず薄すぎずで、山をやらない人にも受け入れられる内容となるか・・・。

 主人公の元探偵の倉持、過去の影を背負った感じが雰囲気を出している。そして時折挟まれるモノローグ的な部分が、アクセントになっていたりする。砂本との腐れ縁的な空気感もいい。

 何となくだが、犯人側が早い段階で見えてきたりした。見えそうで見えないような、微妙な位置づけとしてあったようだが、最後は・・・。でも、全編で倉持の行動のおかげで推理の楽しさが持続する。なんと言っても、対面する相手との掛け合いが楽しい。

 もう少しハラハラドキドキが欲しかった。アンダーグラウンド世界でのダークな面と、それを打ち消すような山の位置付け、その山での事件との絡みが、少し期待より薄かった感じ。事件の真相が100パーセントハッキリしないからこう感じるのか、敢えてそうした作者の意図が、特異に感じ、また工夫したとも思えた。
 9月30日 笹本稜平  31

南極風 

 なんとも息苦しい作品だった。豪腕の山岳小説家である笹本さんの作品であり、素晴らしい出来栄えである。それがゆえに、ずっぽりと作品に浸かると、主人公の苦しむ内容がそのまま伝わってきて息苦しくなる。その意味では、読みづらいとも言えるのだが、それでも素晴らしい、流石の構成と言えよう。

 ニュージーランドの名峰アスパイアリングでのツアー。そのガイドの森尾に降りかかる災難。なにか2000年3月の大日岳の事故訴訟を感じさせる内容だが、死者を出した事故に対する裁判の難解さを感じたりする。

 一方、極限まで追い詰められた山屋としての判断や思考、ここはなんとも心地よく読ませていただいた。

 事故は無い方がいいが、リスクヘッジの意味でもこの作品は一読しておく価値があるだろうと思う。

 完全に作品内に引き込まれ、苦しくもがきながら読み進め、時間がかかってしまった。
 9月10日  井坂幸太郎 30

ガソリン生活 
 
 「グラスホッパー」以来かもしれない。

 よくある家庭としての望月家、でもフィクション的な望月家、この両者のあわせ技的作風が面白かった。なんだろうか、身近に感じつつも作られた楽しさと言おうか・・・。

 車が語る。これが本書の主たる部分。擬人化した車に乗せて、伊坂さんの世の中に対する本音が伝わってくるような気さえした。人としての登場人物だったら、憚り言えない内容も、装置・機械としての車だったら、その発せられる言葉が丸く聞こえてくる。巧妙であり絶妙な構成と思えた。読ませる作品とはこのような作品を言うのだろう。

 主人公は「緑デミ」なんだと思うが、良夫や亮、時に郁子や玉田までがしっかり前に出てきてパラレルな主人公になっている。要するに登場人物のキャラクターの強さがあり、そこでの面白さがある。そしてそして、巻末に登場するだけの翠だが、その登場の短さの中でも、全てを搔っ攫うほどに印象強いラスト。たまらなくいい気分にさせてくれた。

 女優の登場から、どうなるかと思ったが、複合的な展開があり、それを推理して行く車と亮。以降、少し車を優しい気持ちで見ることが出来るかもしれない

 8月31日 大倉崇裕  29

白虹

 「凍雨」を樋口明雄さんが、ハイブリッド小説と言い得たが、これもまた山岳小説と推理小説のハイブリッド。どちらもしっかりと楽しめる強さを持っている。山岳の舞台が、関東そして北アルプスというところも読んでいての親近感が湧き、フィクションながらリアリティーがある。

 主人公の五木。山小屋でアルバイトをする身だが、前職は・・・。その五木の周囲で、ありとあらゆる事が起こる。不運を誘う人生なのかと同情してしまうが、その当人は長けた推理力や観察眼で、事件の解決に導いてゆく。めまぐるしく起こるいくつもの事件に、関わる登場人物の把握に当惑しながらも、なんとかついて行く。読み手側に想像・推理させつつ、さらに高度の伏線が用意されている。

 スピーディー且つ色が綺麗な小説と思った。もちろん活字しか出てきませんが、景色表現が適度で心地いい。雪形の行の日時推理も絶妙。これは面白い。答えが判ると、藤野が理解できてくる。
 8月27日 森村誠一 28

青春の雲海 

 表題に惹かれて手にしてみる。森村さんと言えば、なんと言っても私の中では霧積温泉と結び付けられる。それはいいとして・・・。

 もう少し山岳小説的な内容かと期待していたが、かなり平地での話が多い。やや肩透かしな感じであったが、そこはそことして、構成が面白く、主人公となる棟居刑事の推理が楽しい。読者側の不安を駆り立て、次に安心へ誘う、その強弱と言うか、山場のインターバルの取り方が絶妙で、展開のテンポのよさに先が読み進めたくなる。

 2006年発刊ではあるが、昭和の雰囲気のする設定風景。安心して読めるのは、なにかそのあたりの見知った空気感からかもしれない。

 善人と悪人の境が、これほどに不透明な作品も初体験かもしれない。そこが絶妙。少し後悔するのは、作者の前作、前々作、もっと先からの登場人物があり、その最初から読み、この作品に至る方が面白いのだろうと気付いた。長年の作品の中で、少なからず登場人物がリレーされ、棟居刑事は多くの作品での主人公のよう。

 扶佐子なのか美華なのかと最後の犯人像を予想したが、意外な人物が犯人と判明し事件が終息した。

 コンスタントにヒットを打てる作家だと思う。活字が面白いと思える作品だった。
 8月21日 大倉崇裕 27

凍雨

 コミカルさを含んだ「無法地帯」 読んで、作者の守備範囲の広さを感じ、今度は本作では格闘家としての深さを知ったような感じ。この部分は巻末の樋口さんの書評にも書かれている。

 表題より、自然と対峙する厳しい登山ストーリーなのかと思っていたが、それに抱き合わせたドンパチと格闘があり、非常に血なまぐさく、ドロドロとした作品であった。それでいながら貪り読みたくなるような作風で、場面展開のタイムラグが上手で、復唱するようにその場面の裏が別角度で見えてくる手法も楽しかった。

 ハッピーエンドなのか、そうじゃないのかちと微妙だが、深江が生きており、真弓が生きているので、まだ次号作があってもいいように思える。その真弓の表現だが、少し色気の期待をしてしつつ読むのだが、その心を擽るような上手な作風にも思えた。途中に見える秋山の対応などもその一つだが、表現の仕方が上手い。

 山岳を格闘の場にしたものに、マタギが熊と格闘するような食や文化に通じるものが古来からあるが、ヤクザな人らがこの作品のように山を舞台にするのは新鮮。もっと言うと、もっと高度で雪山などでは多くの作者が書いているのだが、無積雪期の藪の中の格闘は興味をひく。

 構成はフィクションと判りながら、それでも「動き」はノンフィクションなリアリティー感がある。磐梯山か安達太良山かと樋口さんが舞台の場所を推察している。確かに高度と場所的にもそうなるだろう。記憶を呼び出しつつ、作品内と照らし合わせて楽しめるのだった。

 8月10日 坂木 司  26

大きな音が
     聞こえるか

 本が届いた時、その厚みに圧倒された。約30mmある740ページの作品。でもそれが、何の苦痛もなく楽しさのみが貪れる感じ。高校一年の八田泳の軽い感じの学校生活に始まり、「腐らない」人生を思い目標を掲げ、それがために社会に触れ、そして本題のポロロッカに乗るために現地では世界に触れる。井の中の蛙、鳥なき里の蝙蝠的な思考が、アルバイトを重ねることで外界が見えるようになり、広く寛容な心が育ってゆく。そこに作者の得意とする心理描写が合わさり、浸透水のように理解でき吸収できる。

 経験が糧になるって事を強く言っており、トライする事で生まれ、会話する事で生まれる大事なことを示されているような気がした。そしてまた、作品内は出来すぎだが、思った事に向かう場合、それを表に出すと、何となく周囲から協力が得られたりする。成せば成るってことなのだが、行動を起こす大事さをこの作品から強く読み取れる。

 サーフィン自体あまり知らない。それがその楽しさがこの作品から伝わってきた。ぷかぷか浮いて波を待っているあの時間がサーフィンなのだと・・・。

 坂木さんの作り出す登場人物のキャラクターが、いつもながら楽しくてしょうがない。個性豊かで心地いい、それがあるので楽しいのでもあるが、若い人に読んでもらい、目標や知らない世界に飛び出してゆく大事さを学んで欲しかったりする。

 大きな音とはそういう音の事だったのか、最後まで読むと音の正体が見えてくる。
 8月 5日 笹本稜平  25

太平洋の薔薇 下
 
 気になるフレーズとして、悪天の中の航行に関わる難しさを復唱している行が何度もある。わざとなのだろうが、少し気になった。気になったのはここだけで、素晴らしく充実した作品を堪能させてもらった。最後の日路米による垣根のない救出劇には、じんわりさせられてしまった。ここが最高最大の山場で間違いないのだろう。

 登場人物がボケていない。個々の意思と意識、端役的登場人物にもきちんと存在感が出ていて、それがあるので混同することがない。ここに気付いた。これだけ大量の登場人物の作品を読むのは久しぶりであり、混雑せずに読みきれたことに、作者の力量を感じた。

 映画化され、最後の登舷礼のシーンを見てみたかったりする。ここだけではないが、それでもここが感動を誘う場面だろう。

 悪者側に対しさほどの悪を感じさせないのは、スケールが壮大で、政治が絡んでいたりし、悪と正義が近い場所に置かれている内容だからからとも思う。摂理の善と宮沢賢治さんが書いたが、まさにそれが強く出ているように思えた。

 レオン・サガリアンの老人らしい知識豊富な、そして医者らしい物事の解釈。なんとも心地いい登場人物であった。コンディリスの位置取りも心地いい。各登場人物に無駄がなく個々が光っている。存在感があり人間味があるので、読んでいて楽しいのだろうと思った。
 7月28日 笹本稜平 24

太平洋の薔薇 上

 巻頭に主要登場人物が羅列してあり、その多さから「これは苦闘する」と気にしつつ読んでいった。しかし危惧したその部分は気になる事無く、場面展開はあちこちと移動するものの、しっかりと切り分けが出来ており、そのために登場人物の多さが緩和される効果となり判りやすく読み進められた。

 パシフィックローズ号が乗っ取られる。展開と構成が、やや「グリズリー」に似ているのだが、グリズリーは科学者だったが、こちらは医師、どちらもイメージするところは「落ち着いた」判断が出来る人種。それがあるので危機感のある中でもしっとりさが出ている感じを受けた。

 娘の夏海、父の柚木、海という共通項での職業の中で今回はハイジャックにより公私入り乱れる心の動きが表現されている。それに呼応する周囲関係者。その繋がりが温かく読め、柚木を支えるトランパーのクルーもまた、同じ温かさを持っている。

 台風の中を突っ込んでゆくパシフィックローズ号。下巻の展開に期待する。
 7月15日 笹本稜平 23

グリズリー 

 何か吉村昭さんの「羆」を連想させる題名だが、それを連想するので正しいよう。

 素晴らしく完成度の高い、精密な作品であり、最初から最後まで休まず楽しませる仕上がりになっていた。長編であり、時間を見つけては読むのだが、都度楽しい時間になる感じ。

 知床半島が舞台にもなり、その突端を見ている私としては、表現される情景が眼に浮かぶ。そしてまた、山岳小説風味が満載で、作者ならではの表現が心地いい。

 日本とアメリカ、世界におけるアメリカ、かかわる矛盾をさらけ出していて、フィクションにしても実態だろうと思え、別な意味でドキドキしてしまう。摂理の善がこの作品の中での首謀者の思考。警察側の登場人物にもちらほらと影を作り、その影の部分が最後は敵味方の心理を・・・。

 フィービの存在もいい風味を出している。アメリカにおいてのお姫様な位置付け。存命するストーリーでよかった。彼女を含めグリズリー、清宮、城戸口、彼らの正義の部分がハッピーエンドポイント。
 7月1日 重松清 22

峠うどん 下 

 上巻に対する纏め作品になるのかと思ったら、意外と同じような調子で続いていた。それでも時の移り行く様子があり、そこで老齢になってゆく経営者夫妻の様子が、痛いように感じられる。そしてこの作品の主人公の淑子が、経営者である祖父母の下で人並み以上に大人の社会を知ってゆく。ここでは人が亡くなった時の事となるが、その拠り所のない心持と言うか感情を、グレーなままだけど説明してくれている作品となる。

 ハート、心、重松ワールドでは訴えてくるものがある。それが沁みる、そして心を刺激する。世知辛い世の中だからこそ、これらの作品が受けるのだろう。重松ファンが多ければ多いほどに、この世の中は安泰にも思う。

 峠うどんの店を、大友君と淑子がやるのかとも、希望を加味して読み進んでいたが・・・。次号作があるのなら楽しみにしたい。
 6月27日 重松清 21

峠うどん 上
 
 このネーミングにどうしても上野村のうどん屋の藤屋さんを思い出す。あのご家族の中でも、いろんな人間模様があるはずであり、今では高齢になった夫妻が、この先どんな形で幕を閉じて行くのかも気になっている。あのご夫妻にもお嬢さんが居て私と同い年。後継はしないようであり、利用者としては微妙な心境。

 そんな現存する峠のうどん屋と、本作がかぶってしまい情景が目に浮かぶよう。作品内では淑子のおばあちゃんっ子な様子が強く出ていて、今の核家族化社会において心地いい雰囲気がある。そして雰囲気と言えばおじいちゃんで、無骨な職人で無口。このキャラクターも興味深い。

 なまくら坊主が「先生」と叫ぶくだりには涙腺が緩んでしまう。さすが重松さんの作品と、それこそ感涙。あったかい、心地いい。読んでいると気持ちが和らぐのが判る。本を読んで癒される。読むと心に効果がある本と言えよう。
 6月23日 笹本稜平 20

駐在刑事

 山岳小説で名を馳せている作者が、警察小説を手がけた・・・。どんな作品になったか興味津々で手にする。

 舞台は奥多摩。それもエリアが限定され水根地区。あのカーブの場所に駐在所があるが、ピンポイントであの場所が思い浮かぶ。そしてまた、歩いた場所が次々と現れる内容で、その詳細なマニアック度も、自分で歩く事をする作者ならではの地理知識となろう。

 5作品が綴られている。どの作品も手抜きのない秀逸なものばかりで楽しい。「秋のトリコロール」は松涛明を連想させる内容ではあるが、あえてそのようにして現代風にアレンジして面白みを出している。その工夫した様子に楽しさを感じた。

 最後の、「春嵐が去って」は、最初からからくりが見えたような感じもあったが、それでも楽しかった。作者の力量に感嘆。

 どの作品も、事件が一件落着する爽快感。その手離れと言うか読みきり具合が心地いい。次号作も楽しみにしたい。奥多摩のこの場所が強く気になったりする。今も駐在所勤務の方が居る筈であり、登場する江波のような人だったらと思う。
 6月11日  道尾秀介 19

龍神の雨 

 「水の柩」の時と同じ滑り出し。難解、何を意味しているのか、何の伏線なのか、前半では頭の中を繋げるのが必至になるほどで、分散された色々な物事。それがやっと中盤以降からつながりだし、最後にそうだったのか・・・と追いついた。

 子供ながらのモノローグでも謎解きがされ、少しその大人びた違和感があるが、全体構成としては有益。まあ作風にあーだこーだ言える立場にないが、レベルの高い推理小説となろう。頭の中に整理の出来る抽斗をいくつも持っていないと、文章の知恵の輪が解けないような感じ。

 そしてまた最後まで読みたい。橋本さんの書評があるが、これが補助的役割をなし、最後の最後で「あっそうか」と思わされた。ここでも気づく人と気づかない人の差が出て、後者の私は橋本さんに助けられた。

 境遇こそ違うが、不幸な生き方をしている別々の兄弟、不幸度が強すぎて胃が痛くなりそうな環境下、また不幸が舞い降りる。気持ちが揺さぶられた分、作者の言いたいことが伝わってくるような気がした。

 「八岐大蛇」に被せてあるとは、判っていて読むと、スーッと作風が受け入れられるような気がする。ちょろっと種明かしを書いておく。
 6月5日 笹本稜平  18

春を背負って

 再来週には映画が公開される。その前に原作を読んでおこうと思い手にする。

 ホンワカした雰囲気に、いつもの笹本作品とは違う印象があったが、山好きには楽しく、そうでない方にも閊えずに読める作品になっていると思う。ややもすると専門用語の多発する山岳小説、マニア向けだったりすることが多い。万人受けすると言っておきながらも、マニアとなる山屋にも十分満足できる内容でもあった。

 なにか奥秩父方面が賑やかしい情報を得ているが、この作品が出た為だろうか。かくいう私も、出向きたくなる印象がある。多くは北アなど、険しい峰が題材になることが多いが、奥秩父の甲信国境の山が舞台、その点で既にホンワカしている印象になるのかもしれない。

 そこでの人間模様。精神鍛錬、精神修養、広い心と太くなる人間性。山の良さが十二分に味わえ、文字間から作者の言いたいことが染み出してくる。公開前なのでかなりオブラートに包んだ感想となったが、この作品も堂々我が山岳小説書棚に並べられ、自己主張する作品になる。

 あー楽しかった。一気読み。
 6月 1日 吉村 昭  17

蚤と爆弾
 
 世に聞こえる731部隊の詳細がフィクション形式で書かれている。しかしながら、ノンフィクションとしての史実がバックボーンとしてあるようで、大きく違ってはおらず読める内容が現実にあったよう。

 部隊を率いる曾根中将(作品内登場名)、軍医として、医学者として、そして人として、3つの角度を自分の中に用意して読み進めてみた。バランスのいい人など、この世の中稀なのだが、医学者として貫いて生きてきたのだろうと読め、そこに人としてはやや冷淡な雰囲気を感じた。あとは時代が時代なので軍医となっているが、今の時代に生きておれば、またぜんぜん違った活躍をされたのだろう。この部分は、往時だからよかったのか、今の方がいいのかは判らない。

 細菌兵器の詳細を知らなかったが、この作品で学ばせてもらった。間違いない殺し合いの道具。その殺し合いの中では人を「材木」と呼び、「丸太」とも呼んだ。人が人を人として扱わないにも戦争。
 5月25日 宮沢賢治 16

宮沢賢治童話集
 
 全10作が収められている。名作・秀作ばかりで、感心するばかりの言葉のひねり出し。世の中で言うオノマトペとなるが、不思議に浸透よく読めてしまう。頭のいい作者だからこその、センシティブでもある言葉選びなのだろう。そしてウイットに富んでいる。読ませながら、人としての重要な部分も説いている。

 日本語の楽しさ、難しさ、奥深さ、こんな楽しい言語はないのではないかと思わされる。

 最後のビジテリアン大祭は、それまでとは異なる作品。童話と言うには難しい内容を、やや高度な位置で綴られている。少し時間をかけて読んだが、噛み締めながら読むとかなり面白い。ここまで頭が回る作者に脱帽である。

 さすが、宮沢賢治。
 5月 7日 宮本常一 15

忘れられた日本人

 民族史において、机上ではなく足で稼いで現地を調査し記録にした作品。よって名著とされ、評価が高い作品。

 現在の日本の成長状況の中で、過去にはこんなことがあり、地方ではこれらの生活や風習・因習があったことを知ることは有益であった。とくに興味を持ってしまった「よばい」の部分。公然と書かれている。男性においても女性においても、そんな時代だったのだと感じさせられた。

 異次元な浦島太郎的な内容が多いが、日本人として過去を知っておいて有益。じっくりとスルメのように味わいながら読ませていただいた。
 4月10日  五木寛之 14

風の王国 

 素晴らしい読ませる作品だった。そして名作と呼ばれるのが理解できる。山窩小説としても知られ、その表現方法も、大きく飛躍せず心地いい。

 少し前に職猟師の作品を読んだが、そこで使われる隠語や俗語にやや抵抗を感じたが、この作品内で出てくる、連発されるそれには嫌悪感は不思議となかった。これにより職猟師の言葉も掘り下げて理解できた気がした。

 観察眼を持つ作者。ことに歩きの面での表現は、得られるものが多かった。そしてかなり共感できる部分であった。さらに、メルセデスの300GDは、以前に乗っていた車であり、全ての表現される動作が良く判る。ここでは判りすぎるほどに判り、楽しくてしかたなかった。他、作者のカーマニア度が窺い知れる詳細表現があり、楽しい部分であった。

 風は「しなど」と読むのが正解のようだ。心地いい余韻で読みきった。

 フィクションをフィクションならではの楽しませ方で書かれている。流石の技量。貪り読んでしまった。
 3月29日 坂木 司 13

動物園の鳥
 
 シリーズ最終作であり完結編。

 作者の世の中を見る観察眼、繊細な空気の捕らえ方が盛り込まれ、鋭くそして温かい作品。いつものように鳥井真一のぶっきらぼうだが回転の早い頭脳が事件を解決して行く。

 この作品にとうとうあの人物が登場する。坂木は慌てるが鳥居は・・・そして・・・。

 そしてまたこの事件が解決してのその後には・・・。

 軽く読んでしまえる作品ではあるが、深く重い内容を、理解しやすく表現されている。もっと、この先も鳥井に出会いたいし坂木にも出会いたいと思えてしまう。もっと言うと、全登場人物が消えずに出てくるので、この作品も大人数な仕上がりで、だからこその、この先ももっと出会いたい欲求となっているのかも。

 秀逸。終わってしまったが、この余韻は心地いい。
 3月26日 沖浦和光  12

幻の漂泊民・サンカ

 10年ほど前、職場を訪れた女性との話で、彼女は卒業論文で山窩をテーマにしたと話されていた。そして彼女は「山窩は存在したと思います」と言っていた。この時の私は知識不足で話半分にしか会話が出来なかった。でも、少し勉強せねばとの意識になった。

 それから時間が経ち、やっとこの本を手にする。なんと言うか、現実なのだろうが、グレーな内容が続く。居たのか居ないのか・・・。そして三角寛氏に関する否定的な解説が続く。それにより正論が見えてきたりはするが、かなり長い枠で否定するので、ちとこの部分は嫌な印象であった。

 そして最終章で纏めとなり、実証例などが出てくる。このあたりが知りたく読みたかったわけだが、サンカの説明には、誤解もあるだろうから、この作品はその意味では正しいのだろう。

 「存在した」と言った彼女も、この本は読んだ事だろう。その彼女の今は、売上高8億の社長をしている。会った時は、まだ学生を終えたくらいだったが、時の経つ早さを感じたり。これで彼女との目線が同じになったか。学ばせてもらった。
 3月10日  坂木 司 11

仔羊の巣

 シリーズ第二作。前作の登場人物がタイムリーに姿を現す。そして相変わらずの主人公ツートップ。この愛も変わらずと言う部分が、心地いいし楽しかったりする。

 巷にありそうな事件。ただ、やや特異な事件を今回も鳥井は推理して行く。

 私的な内容がこれまでだったが、今回は坂木の職場が登場し、新たな部分を知ることになる。この新たな知ることの面白さも、ちょっとづつその人を知ってゆく楽しみとなり作者のうまい手法に思えた。と感心しているのだが、もっともっと高次元な心理をついてこの作品は仕上がっている。気持ち、心の、心理学的な部分を作者は勉強しているのだろう。

 木村さんの登場から、坂木と鳥井の若者の破天荒さがマイルドになった感じ。ここを含めてもどんどん仲間が広がってゆく作品は楽しい限り。

 書評をしている有栖川さんは、辛口だが、別角度ではストレートな気持ちが全面に出ていて伝わってくるものがある。それほどに気持ちを動かされた証拠だろう。

 これも私にとって「やめられない止らない」的、シリーズ作品となる。
 3月5日  吉村龍一 10

旅のおわりは

 読み始め、スタンドバイミー的な若者の旅物語と思えていた。しかし、栄吉丸に乗った時点で、これはと・・・作品内に輝きが見えてきた。人間の表裏、人としての性根、温かさ、車内に響く「黒く塗りつぶせ」のBGMに気持ちがリンクして行く。

 そして礼文島でのマッシュとの出会い。栄吉丸の運転手である三浦さんの存在があり、勝手に想定したが、見事にここで表裏が見える。裏をかかれた面白さ。

 最後にルイとの出会い。人間臭く頭で考えずに体でぶつかって生きている。何がよく何が悪い、悪いことは全て「経験」に置き換えられるが、主人公である徹平を逃避から現実に引き戻した一人。

 各人いろんな生い立ちがあり生き方がある。そんな中での経験に対し、不平不満があるのは当然、それをいかに切り替えられるかを諭してくれる作品。

 登場場所が頭に浮かび、その点も現地にリンクできた楽しさがあった。読み物としての面白さを感じた一冊。フィクションだからここまで面白い。そんな感じか。
 3月3日  クマヒラ  9

抜萃のつづり

    その七十四

 今年も届いた抜萃のつづり。またまたホロッとさせてもらい、暖かい気持ちにさせてもらった。いろんな分野の、広い視野で、なかには外国人目線であったり、日本人の心を感じることが出来る。

 特に、お坊さんの書いた部分は、なんともいい。高級な説法を聞いているよう。浅草寺の五十嵐さんのところでの「先意承問」と言う言葉をはじめて知り、その意味合いに感銘を受ける。

 この内容にして無料配布。毎年頭が下がる。

 2月25日  坂木 司  8

 青空の卵

 坂木さんのデビュー作。荒削りなのかと思ったら、これが完成度が高く、完全に作品内に引きこまれ、取り込まれてしまった。この楽しさ・・・。ライトミステリーとも表現できるか、警察沙汰一歩手前の事件を次々と解決して行く。

 ただそれだけなら坦々としているが、ここに人間模様が添加され、心が出ている内容が多く、この良心の部分が心地いい。登場人物が消えないのもいい。一度登場した人は、後半に向かうに連れ何度も登場しいい味わいを出している。見知った人が出てくるわけであり、読み手側は嬉しくもなる。上手な手法で、これは初体験だった。

 鳥井の特異な精神構造と、一方で明快な答えを導き出す頭脳。このギャップの楽しさもある。作文内の多くは、その鳥井をフォローする坂木のモノローグなのだが、これがまた彼の気持ちが温かい。

 鳥井の導き出す答えにより、世の中を見る観察眼って部分を強く感じたりした。とてもいい作品であった。
 2月13日  有川 浩  7

三匹のおっさん
     ふたたび


 文庫本が出るまで待っていた。なんども単行本を買ってしまおうかとも思ったが、じっと待ち、そして出てきた。

 一作目の破天荒的な楽しさに対し、本作は少し落ち着いた内容と感じられ、作者の熟慮のほどが伺える。最後の「好きだよと言えずに初恋は」は、いい雰囲気の作品ではあるが、一度も三匹や祐希が出てこない事が期待外れに思ってしまった。これもまた味なのだろう。

 昭和風味の三匹に対しての平成風味の祐希の取り合わせの楽しさが、今回強く感じられた。さらには、あまり表に出てこなかった祐希両親も、今回は前に出て自己主張している。

 ドラマ化され人気のシリーズ。この後もさらに続くのだろう。

 2月 4日  坂木 司  6

ホリデー・イン

 快作!! 前2作を読んでいるから尚更ですが、見知った登場人物の、これまで以上に個性を引きだした内容。そしてみな人間らしい奥底を見せてくれている。これを読んだら、みな周囲に優しい人間になれるのではないだろうか、そこまで思う。

 なんと言ってもジャスミンが光る。自然体にして聖職者とも言えるような徳の高い言葉並べが見られる。それが散りばめられており、これらを拾い読みするのも楽しさとなる。

 あとがきも光る。最後に「それぞれの物語に、幸多からんことを祈ります。」と綴り終えている。自分が書いた作品を読者に育てて欲しいともとれ、第三者的な言い回しに、さすがと思えてしまった。

 いい作品に出会えた。次に続くシリーズ作を期待したい。
 2月 1日  三浦しおん  5

小暮荘物語

 平生の暮らしの中の何気ない事を、「思う」「考える」事により面白さや楽しさに変える事が出来る。そこを強く学ばせてもらう。と言う堅いことは置いておいて、素直に楽に楽しませてもらった。

 人間の性(さが)、性分、は普遍という事か。第二章の心身などは、そのあたりが強く出ている。そして何年経っても動物的欲求は耐えることはないのだと・・・。

 穴は、そうきたかという最後の落ち。そこに行きつくまでの長いアプローチがあっての面白さ。

 小暮荘の住人が主人公。そのアパートの古さから、少し昔のことと言う雰囲気を醸し出しているが、これは読み手側に温かみを感じさせ、色で喩えるならば黄色い雰囲気がある。そこに現在進行形の出来事が起こり、これらシュールな内容は青色な感じが見える。判りやすく入り込みやすい作品で自然体で楽しめる。

 まあちょっと大人向けの内容ではあるが・・・。

 1月27日  坂木 司  4

ウインター・ホリデー

 ワーキング・ホリデーの続編。これはもう癖になる楽しさ。前回と同じことを書いてしまうが、大和のモノローグの楽しさというか、ウイットに富んだ言葉並べに笑いが絶えない感じ。その中に常にホロッとさせられる、また人としての心の温かさを感じられる展開が続く。

 出来すぎた息子進の存在も秀逸。各キャラクターが光り、全てに役割を果たしている。これは年齢を度外視して楽しめる作品だろう。軽くも読め、とりかたによっては重くも読める。何回か読み直してしまう場所もあり、尊い説法のような言葉並べもある。往々にジャスミンの言葉が多いのだが、負けじと雪夜の言葉も追従する。

 ややハッピーエンド風の展開が何せ心地いい。そう、作られたものだが、そうと判っていても入り込んでしまい読んで楽しい。

 既にスピンアウト作品が出ている。読みたくてしょうがない心境。
 
 1月22日  高嶋哲夫  3

首都感染

 高嶋さんの本を読み続けている中で、作品内のフィクションと、世の中の現実がタイムリーな事例が多いことに気づく。そこを指摘して解説に纏めてあったが、みな思うことは同じのようだ。何故にこれほどに「言い当て」られるのか。書かれているように預言者に近いし、一方では、科学者としての裏づけがある危惧している部分となるのか。

 大流行しているインフルエンザ。その最中にこれを読むと、凄まじい臨場感がある。輪をかけるように、中国からの訪問者があったりし、本を楽しむ要素が自然と追加されたりもした。

 パンデミック。言葉だけで知っているのではなく、その内容をよく知っておくことが大事。それを教えてくれるのがこの作品。自然災害が多発している昨今、何があってもと構えていることは大事。その構えに、この作品は大きく協力するだろう。

 ただしフィクション。でもでも、内容のリアリティーさにすぐさま引きこまれてしまう楽しさ。スピード感があり、ハラハラドキドキも伴う。やや「うまくいきすぎ」の面もあるが、そこが読みやすさになっているだろう。

 真剣にインフルエンザに取り組む最後のくだり、早合点の部分は笑わずにはおれなかったり、この僅かなウイットも楽しい。あと456ページの里美の言葉、〈日本人の優柔不断で集団行動しか取れない、消極的なところ・・・〉この表現にも笑ってしまった。同意する。

 高嶋さんの作品を読んで、頭の中だけでも態勢を整えておきたい。

 
 1月13日   坂木 司   2

ワーキングホリデー
 
 痛快の極み。楽しすぎて一気読みとなった。以前にも気になっていて存在を知っていたのだが、早くに読めばよかった。今回は、第二段の「ウインター・ホリデー」が気になり、それならと前作のこの作品を読んだのだが、坂木さんの作風に魅了され楽しませてもらった。

 なにせ、モノローグの使い方が楽しいし、そこが至極ウイットに富んでいる。そしてヤンキーと言う一見曲がった生き方の主人公でありながら、曲がらない信念を感じられ、息子である進の出来た存在も見事なキャラクター作りだと感心させられた。

 作品の中に、いくつものダイヤモンドが散りばめられている。人としての言葉、親としての言葉、グッと心に入り込んでくる言葉が多かった。軽さの中に、しっとりと重い本質が見えている。素晴らしい作品だった。
 
 1月 6日  道尾秀介  1

 水の柩
 久しぶりの道尾さんの作品に触れる。これまでは、しっかり内容に追従できたが 、これはなかなか高難易度であった。別段すらすら読めるものの、言葉の裏とか前後・全体の関係性とかを把握するのがとても難しい作品であった。部分部分を切り出すと判るものの全体的な繋がりが、頭が悪くうまく読み取れなかった。それが判るのが最後の解説なのだが、これがないと判らないようでは、自分も不甲斐ない・・・。

 主人公は中学生(逸夫)。それにしては大人のような感覚を持っている。作者が乗り移っているので当然か。旅館の息子として、坦々と過ごすものの、学校や自分の周囲にいろんな取り巻きが居る事に気付く。気付いてゆく。祖母の話、父親、そこに学校のイベントを一緒に作業する敦子と言う存在が現れ、少しづつ彼女の内面を気付きだす逸夫。この内面の読み取りが、どうにも理解し辛く難解だった。友だちにいじめられていた敦子。自殺を選んだ彼女の心情・・・。

 もう一度読んだほうがいいかもしれない。