2023
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12月26日
三毛猫ホームズの懸賞金
86
赤川 次郎
1984年まで、シリーズが出だしてから続けて読んでいた。以後は全く読んでおらず、まだ続いていることに驚いた。ホームズがまだ生きている事に驚く。不老不死。
さすがに40年も経過すると作風が現代風になっており斬新な印象だった。懐かしい登場人物と、作者らしい展開が心地いい。少し遡って読んで行こうかと思ってしまう。アイドル、歌手、そしてその取り巻き、現代風な仕上がりで楽しめた。
12月21日
ちょっと不運なほうが生活は楽しい
85
田中 卓志
アンガールズの田中さんの作品。エンターテインメントの中に「お笑い」と言うカテゴリーがあり、そこに属する作者。笑われてなんぼな商売で、笑われる=蔑まされる意識が普通一般にはあり、そこからの本人の思考転換が面白おかしく書かれている。ただし本人は、広島大学を出ている理系人間。頭を使い工夫して今があるよう。
作品は、作者の本音が書かれストレート。やもすると嫌悪感を抱きそうな言葉並べもあるが、そこをきちんとオチをつけて纏めてあるエッセイ。本人の性根が見え等身大の素直な作品であり、好感度が上がった感じ。ひょろ長い容姿の中身は、心優しい方であることが判る。
12月15日
光秀の定理
84
垣根 涼介
光秀の定理とは言うものの、光秀が主人公と言うよりは2番手3番て位置取りで、愚息と新九郎が居なければ、このストーリーは成り立たない。でも「信長の定理」に続き、作者はよく光秀を調べ考察している。史実と合わせた展開が不自然な感じがなく、さもありなんな感じであった。
人間模様がとても楽しい。作者の真骨頂でもあるだろう。人間性や心理、理系な要素も含まれ、どんな展開になっても飽きがこない。これほどに時代物が面白く読めるとは・・・。
12月 5日
バックをザックに持ち替えて
83
唯川 恵
作者の、等身大の山登り遍歴が綴られている。一般と少し違うのは、作家としてのコネクション。取り巻きや関係者に精通した人や有能な人が居る事。そして「リーダー」の存在。本作では、旦那さんなのだが、初心者を指南する役目がピタリと嵌っているよう。
よくよく、どこそこに登ったとかが多くなりがちだが、無いわけではないがひけらかす感じではない。一方では作者が感じたノウハウ本のような内容であり、地道に体験し得てきたことが書かれているので、初心者にはかなり有益と言えるだろう。たぶん、本作を読めばかなり上達するだろうと思える。
犬好きであり、軽井沢や浅間山のことが多く書かれ、親近感を抱く。作者の山に向かう姿勢がとても心地いい。巻末は、田部井さんとの出会いから関わりが綴られている。「淳子のてっぺん」も読まねばならない。
11月29日
途方もなく霧は流れる
82
唯川 恵
金沢出身の軽井沢在住者。そして愛犬家。なにか近しい部分を感じ初めて作品に触れてみる。
綺麗なかっこいい作品。そして男性には心地いいほどのモテる主人公が登場する。こう書くと薄っぺらい印象を持つだろうが、各登場人物の言葉の裏が常にあり、その含蓄があり深く濃い作品に仕上がっている。軽井沢をよく知っていると、登場する地理から場所が浮かび、より楽しめる。小説らしいいい構成で読みやすく、動物愛表現などにはとても優しい気持ちになれる。読んでよかった。
会話が全て読めるのではなく、端折ってあり読み手側で想像できるような手法。ここも良かった。言いたいことを伝えるのに、言葉少なにとは技量がいるはず。作品はしっかり整っていた。
11月24日
成瀬は天下を取りにいく
81
宮島 未奈
型にはまらない女子を描いた作品。「変わった」部分が全面に出ていて、集団の中に混ざらない、交わらない予想通りの展開。ただこのキャラクターは頭脳明晰。秀でた集中脳を持っている。変わっていても、何か秀でたものがあれば集団の中では容認される。
いろんな要素を持った作品で、教えられること、伝えられることが多い。そして変わった子の中の心情も書かれ、なにかここは本人の意志より、周囲によってつくられたモノのようにも読める。多様性容認の社会の中で、面白い作品であった。背中を押されるような、読むと元気が出てくるような、そんな読後感。
11月18日
信長の原理
80
垣根 涼介
時代物は苦手としていたが、これは現代風な読みやすい言葉並べで全く負荷を感じなかった。それには内容に興味を抱かせることばかりで、史実に沿っての脚色が楽しく。展開がスピーディーで、次へ次へと読み進めたくなる。
誰もが知っている事柄を読み物に仕上げている力量。信長の・・・ではあるが、後半は光秀を立てて書いてある。2:6:2の原理。それを当て込んだり、信教や信心について掘り下げたり、バラエティーに富んでいて楽しい。登場人物の性格までも深く掘り下げたり、現代目線で考察していたりするので、集団社会の中で使える要素が多く有益。
見事な仕上がりな作品。
11月11日
クレイジーヘブン
79
垣根 涼介
性表現が非常に多い。ただしその中に人間の本質と言うか本音と言うか、それらが織り込まれバランスが保たれ、エロと一概に言えない作品に仕上がっている。恭一と圭子のモノローグがこの作品のキモだろう。時折ハッとさせられる。さすが能力のある作者。
11月 8日
真夏の島に咲く花は
78
垣根 涼介
南太平洋の、よく知られたフィジーが舞台。能天気な島人が描かれる中で、人間の本質、何が得で、何が重要でとか、生きる上で何が優先されるかとかを考えさせられる。島国の文化風習を知る事が出来、そこに入植したインド人のことも知らされる。
人生において、結局何が大事なのか・・・。お金は大事で無くてはならないモノなのだが。
11月 2日
ランチ酒
77
原田 ひ香
特異な職業での展開。その中での主人公が、女性でありながら食いっぷりと飲みっぷりがいい。それも昼間から。少しの後ろめたさも臭わせつつ、潔い食い気に、人間は本能で生きると幸せなんだと感じさせてくれる。
世の中にはいろんな問題が潜んでいる。その解消にも、食う事と飲むことは大事だと作者は伝えているよう。食べられなくなったクライアントに対し、食べた報告をするくだりは新鮮。食べなくても聞いているだけでお腹が満たされる・・・。食通の作者らしい構成で最後まで飽きずに楽しませてもらった。
10月29日
あなたはここにいなくとも
76
町田 そのこ
5作品が納められている。突き放したような冒頭から、段々と温められてゆくような展開が全ての作品に見える。人生におけるちょっとしたハードルを越えるのに、これら作品は有益だろう。いろんな促しがちりばめられている。独特の感性を持つ作者。肩が凝らずにホッコリとして楽しい作品ばかり。
10月20日
キツネ狩り
75
寺嶌 曜
9回ミステリー大賞の作品。警察と犯人との見えない戦い。その見えないながら「見える」構成が本作の醍醐味。キツネとはなんだろうと・・・思うが中盤辺りでそれが判る。SNS時代の動画投稿の裏と言うか、現代風味を感じさせながら、昭和な感じの刑事もいて広範囲の年齢層に受けるだろう仕上がり。
最後の詰めは、なかなか長く割いていて展開が気になったが、読後感がスッとするような着地点となっていた。状況状態表現が、グラフィックデザイナー(作者)らしい詳細で丁寧。映像が浮かびやすい感じ。
10月17日
花に埋もれる
74
彩瀬 まる
6作品からの構成。「なめらかなくぼみ」「二十三センチの祝福」までは楽しく読めたが、以降後半に進むにつれ、どうにも受け付けなくなった。作者の広角な手法が、ちょっと・・・。最後の皮膚から植物を摘まみだす件とかがダメだった。ダメな人も居ればストライクゾーンの人も居るのだろう。好みは様々。
10月15日
失われた岬
73
篠田 節子
9作品が納められている。筆力を感じる読ませる作品で、引き込まれてしまう。ここまでの長いストーリーを結び付け構成させる頭脳たるや・・・。不思議な空気感を持ち、背景に、何か伝えたいことが見えてきたりする。1話目は新興宗教の闇と言うことか・・・。
「ハイマツ岬研究所」・・・。
10月13日
ゴールデン街
コーリング 72
馳 星周
噂に、作者の大学生時代が書かれていると知り読んでみる。ブログなどのSNSで発信して私情を公開している作者、それを見たりしている中で、本作を読むと、確かに作者自身が主人公と見えてくる。昭和な時代が描かれ、地方から東京に出て暮らす、アルバイト学生が馳さんと判る。
学生時代が詳らかになる一方で、作った部分を逆に探してしまう。本当の部分と、作文した部分。
バブル時代を感じさせ、生き生きした回顧録のような作品が新鮮であった。
10月 5日
砂の上の植物群
夕暮れまで
鳥獣虫魚 71
吉行 淳之介
先に読んだ吉村さんが作品内で絶賛していたので読んでみる。特異な作品であるが、異様な引き込まれ方をしたと言うのが本音。同じ表現の仕方でも、ここまでできるのかと思わされる。「変な」表現なのだが、読んでいるうちに面白くなってくる。これを全て計算して書いているってことになる。作家の頭脳・・・。
ただ、読後感は悶々とする。慣れない文章仕様に相対して、少し疲労を覚える感じ。石膏色・・・。
10月 4日
その人の想い出
70
吉村 昭
秀でた作品を繰り出す作者。文学的な構成に残る作品が多く、山岳作品のカテゴリーも多く触れることが多い。この作品は、作者のプライベートな出会いが書かれており、等身大の中身で、常々の作品に対し変わった面白さがある。ただ、作文が見事。興味を引くような言葉並べと、そして読みやすく理解しやすい。基本的な作文力が、やはり一般常人とは違う事が分かる。普段着な会話が面白く。意外や有名な交友関係者が多い。意外やと言っては失礼かもしれない。ここまでの作品を書く人は、部屋に籠り外部との接触をシャットアウトするような印象があり、そう思ってしまっていた。
北の湖さんのくだりとか、野球選手の内容の所とか、世の中の味方と少し違う視点観点でいる事が分かる。実に面白く、奥が深く、そして広角。沢山のことを体験し、沢山のことを知っていることがあり、氏の作品が出来ている。
9月30日
敗れども負けず
69
武内 涼
久しぶりの時代物。上州出身の作家さんであり一度触れてみようと手にする。5作が納められている。時代物ではあるが、言葉遣いは現代寄りで読みやすい。皆、敗れてしまう側が主人公。形式的には負けたが、清心やハートでは負けていないと言う定型。
特に印象に残ったのは5作目。4作目までとギヤが違い、後半は心臓がバクバクするような感じで読み進めた。全て作品が同じようだったらどうだろう、良い配分にしたのだろうが、史実に沿った物語であり、作者の力量を知ることができた。時代物が面白いと思える。
9月22日
田舎のポルシェ
68
篠田 節子
「田舎のポルシェ」「ボルボ」「ロケバスエリア」の3作が納められている。少数なので3作が関連を持つのかと思ったが、全てが個性がある作品で毛色が違い、各々が楽しめた。特に、田舎のポルシェは、もっと長く話が続いて欲しく、やや不完全燃焼。ボルボは家に帰りつくと思ったが・・・。
作者独特の心理状態を表す手法で、登場人物全てが楽しめる。クセになる作家な印象。
9月18日
ノースライト
67
横山秀夫
上州要素が沢山盛り込まれ、上毛新聞記者らしい上州通。安中のブルーノタウトの家も詳細に出てくる。建築家と言う視点が、青瀬や岡嶋から伝わり、素人な読み手ながら伝わってくるものが多い。専門的でありながら、万人に分かり易いような表現で書かれている。
時間経過の長い壮大なミステリー。点と点が青瀬の推理により繋がって行く。最期はこれでハッピーエンドでいいだろう。尻切れな感じではあるが、十分伝わってくる。短いセンテンツで、読者側に沢山の想像をさせている。
読むのは2回目だが、何度読んでもいい。文学小説な印象もある。
9月14日
アラミタマ奇譚
66
梶尾 真治
「壱里島奇譚」の作風があり奇譚シリーズな感じ。日航機墜落事故の要素も含み、また噴火災害における文化風習風俗などを思わせる作品。
前半から中盤まで、展開が面白くて貪るように読める。後半でもスピード感があるが、知彦のモノローグ的な説明が入りアクセルとブレーキを同時に踏んでいるような感じでややもどかしい印象だった。
ファンタジックな要素もあり、架空な感じがあるものの、読ませる作風で楽しむことができた。熊本の阿蘇が舞台で、自然情景が盛り込まれ現地が目に浮かぶ。
9月12日
秘伝「書く」技術
65
夢枕 獏
作家さんは、どんな背景により作品を生み出しているのかと常に興味があった。巧妙な構成は、どうすると出来るのか・・・と。
本作を読んでそれらが分かった。ただし、作者も言うように、これは夢枕さんの場合。あとは、努力の部分が大きいのと、それ以上は天性と思えた。普通の人がここまでやれない。月に400字詰め原稿用紙700枚もこなせる人が、どれほど世の中に居るだろうか。苦しい事を苦しいと思ったら、放り投げてしまうだろう。しかし作者はそんなことを経てきている。
あとは、経験と知識から紡ぎ出される。知らないと書けない部分がそれだが、作家を続けるには、書くためにはそれだけではなく、それこそ作り話も重要のよう。しかしその作り話も、史実や歴史に沿っていないとおかしくなる。よって作品を作るために下調べも重要になる。
何が分かったかと言うと、作家は大変という事。
9月 8日
答えは市役所の3階に
64
辻堂 ゆめ
五話構成。市役所のおなやみ相談室がメイン舞台。コロナの息苦しい状況下を上手に取り込み作品に仕上げ、作者らしい斬新な推理仕様になっている。やや無理くりな、やや雑な感じもするが、晴川と正木の「解答」が楽しい。通り一辺倒な展開でなく、各話に変化をつけてあり、飽きない仕様にもなっている。
何度も思う。この作者は、この世の中の何処までを見ているのだろう。広角な人間観察力に脱帽。
9月 2日
さだの辞書
63
さだまさし
「目が点」とは、さださんのバンドメンバー氏が言い出しっぺだったとは・・・。
さださんの半生が面白おかしく、時にまじめに書かれている。借金だったりボランティアだったり、ニュースに見聞きすることの、本人による裏側が語られている。
長い歌を作ったことで知られる作者。作文も少し独特で、読点句読点は入るものの一息が長い印象。沢山いっぱいの事を語りたい現れなんだろうと思えた。氏の経験から、迷った時、悩んだ時、何を選ぶべきか、どう行動すべきかが見えてきたりする。あと、氏の人徳だろう、沢山の人が周囲に居る感じ。好かれる人付き合いをしているのだろう。
氏を知るいい作品で、気づかされることも多かった。
8月28日
本が紡いだ
五つの軌跡 62
森沢明夫
去年に読んだのだが、また読みたくなり再読。二度目はさらにスルメのような味わいで楽しく読めた。一回目は、このことに気付かなかったが、全てのキモは涼元マサミの力量による。彼の作品が不出来だったら、このストーリーは成り立たないのである。
「さよならドグマ」が読んでみたい。読後に誰もが思うだろう。
8月24日
クスノキの番人
61
東野圭吾
日本の民俗文化、風習、風俗などを感じさせ、そこにファンタジックな要素も加味し、あとは作者の絶品の筆量で読みやすい仕上がりになっている。読み進めるほどにクスノキの謎が判って行く面白さ。
主人公玲斗の出生と、クスノキに関わる人々の出生、落ちこぼれな感じの玲斗が、宝石の原石のような感じで千舟さんに磨かれてゆく様子は心地いい。最期は推理な感じの紐解きがされるが、番人見習いが真の番人になれた感じ。将和とのやり取りも、短いながら秀逸。人気作者の見事な仕上がり。
8月19日
わらの人
60
山本 甲士
人間の優しさや弱さ、日本人ならではの協調性、メリットもあるが当然のデメリットもある。言いたいことをハッキリ言わなかったり、行動においても本意と違ったり・・・。本作はその辺りをスッキリさせてくれる。理容店を利用することで生まれ変わる。
ただこれは、作品としての「きっかけ」であり、人間だれしもきっかけを作れば意識の改革はできると言う事を作者は伝えているように読めた。でも、散髪をしたことにより、返信するような各作品は、正義のヒーローが現れたようであり楽しい。6作品が各々に楽しい。
8月13日
僕と彼女の左手
59
辻堂 ゆめ
相変わらずの作者の力量に感嘆。習を主人公とする展開が、ひっくり返るような後半。ミステリーの紐解きのような最期は作者らしい楽しませ方となっている。
多角的な複雑な要素を持っている。嘘と真実、母親の本当の姿、マスターの位置取りを含め、この世の中の全ての要素を上手く表現しており、態度や言葉の裏に隠された本音が最期にハッキリしてスッキリした読後感。
靴を脱いでいたのはそんな事だったのか・・・。
8月13日
孤立宇宙
58
熊谷達也
「森」シリーズの印象が強い作者の、SF作品。とても理系表現が多く楽しい仕上がり。ちょっと合わない人には合わないかもしれないが、詳細な表現が心地よく読めた。
AIが使われる世の中になり、その進化したAIが人間との関わりをここまでにすることもあると言う事だろうし、だからこその今、この作品が警鐘を鳴らしているようでもあり、いろんな捉え方が出来る。SFファンタジックでありながら、しっかりとした理系なベースデータが伴っているので、リアリティーさが出ている。現在の科学の進化は、ここまで予想できるのかと思えてしまう。
作者の作品は、登場人物がみな記憶に残る。人物を特徴づけた登場のさせ方でキャラ立ちしていて記憶に残る作品となった。
8月 8日
烏に単は似合わない
57
阿部 智里
インコの手入れをしている時、貰って来た新聞内に作者の記事があり気になった。上州の作家とのことで一度読んでみようと思った。
かなり女性受けする装画がされ、登場人物も女性ばかりで最初は戸惑ってしまった。ファンタジックな仕様で、やや慣れない展開。少女漫画を読んだことはないが、こんな感じなのだろうと思う。
中盤までの展開に対し、最後に回収があり、トリックの紐解きのような
ラスボス登場な感じで若宮が出てくる。「あせび」贔屓での展開かと思ったら、意外や・・・。
シリーズ作がどんどん出ているよう。どうしようか・・・。独特の面白さがあり、人の表と裏の表現が楽しめる。色が見え、音が聞こえるような作風で心地いい。
8月 4日
ツバキ文具店
56
小川 糸
鎌倉の代書屋を営む鳩子が主人公。この鳩から名付けられた「ポッポちゃん」と言う響きが、終始心地いい。そればかりか、ネーミングのプロとも言える、各登場人物に対するあだ名が秀逸でホンワカした雰囲気にしている。
代書屋など、現代ではあまり利用することはないが、昭和な時代は良く利用されていた。そのノスタルジックさと、文房具店を営みながらのと言う一昔前な感じがゆったりとした空気感にしている。
特筆すべきは、作者は文房具に対しての知識が長けている事。さすが作家と言えよう知識で、文字や色や道具や文化風習とも併せて説明があり勉強になった。そして活字の中に織り込まれた手書き文字が秀逸。これも作者のモノなのだろう、変幻自在なフォントを操り、とてもいいアクセントになっている。
これらのことが、ストーリーの中に織り交ぜられながらで、八方美人な感じで多種多様な要素で楽しめる。そして伝ってくるモノも多く、学んで楽しめる作品となっていた。読みやすく軽快でもあり、作者の構成の工夫がひしひしと感じられた。
7月29日
トリカゴ
55
辻堂 ゆめ
「無戸籍」。世の中の裏側のヒリヒリするような展開。胃の腑が少し重くなりながら読み進め。後半からの急な展開が、全てを払拭するようで心地いい。構成も良く、推理する楽しみと、ちりばめられた布石の回収が最期にあるが、一部が楽しいのではなく、全体で楽しかった印象。言葉だけでの印象でなく、目の動きや雰囲気まで察する刑事側の観察力がいい。
作者の力量が感じられる作品。入れ替えのトリックがあったとは・・・。
7月22日
ねじれびと
54
原 宏一
5編での構成。各編の繋がりは無く各々特異な着眼点で書かれている。一番残った言葉は、個性を伸ばそうとすると、社会は纏まらないとのくだり。多様性を受け入れると、どんどん社会は纏まらない方へ向かうのだろう。思ってはいたが、活字で書かれると衝撃的であった。
社会において、少し距離のあるところから、懐に入って行く時がある。そこに潜む罠と言うべきだろうか。上手く懐に入れた時こそ、周囲をよく見ろと言っているような。
個性的な、ややねじれた主観を持つ人が世の中には居る。自分もそうであると思った方がいい。、世の中の怖さを伝え、夏にちょうど涼やかに読める作品。
7月21日
今ここにいるぼくらは
53
川端 裕人
スルメのような、読めば読むほどいろんな解釈が出来そうな内容であった。子供が主人公で、それも転校が繰り返され大人びてゆく。そして自分の居場所を経験により弁えるようになる。
7編が納められ、わざと年代を前後され構成されている。このちょっとしたことで、全体の味わいが変わっているのが判る。前後させて正解。「川の名前」に似た部分もあるが、作者が川に思い入れがあるのだろう。学校の場面では、「嫌なら行かなくていい」と逃げ道を正解としているところもいい。転校生が馴染むまでのプレッシャーたるや、個人個人違うだろうけど、そのほとんどは従来からそこにいるクラスメートに依存し白にも黒にもなる。
あとは、昔のような子供が多くいた時代と、今の少子化内での転校では大きく違うだろう。主人公に対し、転入しすぐに転校してゆく女児も描かれている。信じた大人が逮捕される展開もある。少年時代における沢山の刺激が読める。
7月17日
にじいろガーデン
52
小川 糸
LGBTQ、ジェンダーフリー、自分でそれを周囲に主張する必要があるのだろうか、そう思うのだが、本書では当事者側の気持ちがよく表されている。そして世間の中で二人で暮らす事が受け入れられたり受け入れられなかったりする中で、LGBTQが許されるように世の中の好みは分かれる。況してや本作は、子供の居る女性同士と特異。成長した子供の展開もまた待っている。「犬とペンギンと私」の中に本作が紹介され読もうと思った。一言でまとめるつもりは毛頭ないが、自由度が上がると苦労も増える。
7月14日
一日署長
51
大倉 崇裕
これは新しいシリーズ作だろう。作者の真骨頂である、ライトミステリーが詰められている。一部ファンタジックではあるが、それはそれとして面白さは今まで通り。大倉ファンなら、安心安定、納得の作品になるだろう。スーツアクターなども取り込まれ、作者の守備範囲がふんだんに入っている感じ。女性が必ず男性に乗り移る仕様が面白さの一つの要素。スートーリーの長さがちょうどよく、飽きずに展開してゆく。
7月13日
川の名前
50
川端裕人
小学生が主人公。スタンドバイミー的な内容で、それも夏休みの場面に多くが割かれている。「よくある」児童の出来事のようではあるが、子供にしては大人並みの判断力があり、特異な児童となろう。だから大人が読んでも幼稚にならず、背伸びした児童とも思えず楽しめた感じ。
川の名前、川に結び付ける住所と言うのは、なかなかの発想。海でペンギンではなく、川で育つペンギンって言うのも面白い。主人公3人+1名のハートの良さが、後半に進むに連れじわじわと沁みだしてくる。希薄な世の中においての、これら他人を思う気持ちがなんとも心地いい。ましてや子供であるから。
かなり専門的な記述になっている場所もある。作っている話の中にそれらが混じるので、内容が濃く思うのと同時に、伝わってくる内容がリアリティーがあり知識を増やす面でも面白い。大人の位置取りが、ほぼ子供らに対するサポートと言うのも特徴だろう。心地よく楽しめた一冊であった。
7月11日
8時間睡眠のウソ
49
川端 裕人
三嶋 和夫
睡眠の重要度を説きつつ、8時間睡眠の迷信も伝えてくれる。右へ倣えの好きな日本人は、適正な睡眠時間を知りたがる。日本人ではなくてもそうかもしれないが・・・。で本書は、適正値は各々で違い、若年であれば長く老年であれば短くなるデータはあるにして、細かい部分では個人差が大きいと伝えている。生活環境や生活スタイル、職業も違う事から。逆を言うと、それらが大きく影響しているとも言う。
睡眠で困っている人も居る。本書は少なからず参考になるだろう。目覚まし時計に頼らずに生活している私は、「そんな人も居るのか」といろんな人が居ることを知る。二度寝して夕方まで寝ている・・・なんて一度もやったことがない。出来ない。そんなに寝られない。日頃から短時間睡眠で疲れない体質なんだろうと本書を読んでさらに思う。
7月 9日
母の待つ里
48
浅田 次郎
さすがの筆感、言葉の紡ぎ方が見事で冒頭から心地いい。作家らしい上級な日本語が使われ勉強になる。
仮想と現実、都会と田舎、過疎、核家族、熟年離婚、現代におけるいろんな問題点が盛り込まれ話が展開してゆく。真実がありながら、客も演者も仮想に心を置く。ファンタジックな内容ではあるが、場所が日本の田舎であり、民話的な牧歌的な要素と相まって違和感がない。作者の構成の上手さからだろう。ただ少し、これまでに触れた作者の作品と異なり、他の作家の作品を読んでいるような気がしていた。作者のチャレンジだったのかもしれない。
7月 3日
三千円の使い方
47
原田 ひ香
「人生お金じゃない」なんていうが、やはりきれいごとを省けばお金が必要なのは事実。その生活に関わるお金を、上手に取り上げた作品。一般大衆の考えが反映され、目線を合わせて読み進めることができる。みなこのお金のために働き、人生の大半をそこに注力している。
登場人物は多いが、女性主人公が大半。金庫番である女性目線と言う事と、そのお金と結婚が絡み面白さになっている。一攫千金を得る場合、女性の場合は「結婚」が大きく影響することがある。若干タブーな感じのお金に関わる話を、ここまでの読み物にした作者は凄い。世の中を広角に知り、そして観察していないと、さらには興味を持たないと、ここまでの情報は得られないだろう。投資の話から、奨学金の話まで、お金の話だけに詳細に書かれていて理解しやすい。
作者の作品には、ヒリヒリ感を感じることが多い。この作品もまたそう。
6月28日
間借り鮨まさよ
46
原 宏一
「ヤッさん」シリーズが終わり、そのヤッさんの意志を注ぐキャラがここに・・・。「佳代のキッチン」の絡みももち、原ファンとしては余すことなく楽しめ。過去の作品との紐づけが出来る。
作者の真骨頂がここにと言うような内容で、「ヤス」が「まさよ」となり問題解決をしてゆく。やや出来すぎなストーリーだが、その出来すぎなくらいなので楽しいって事でもある。
新型コロナの世の中においての飲食業の大変さも表現され、その大変さから抜け出す指南をまさよがするのだが、いいキャラクターに仕上がっている。各シリーズから大きく外さない位置取りで、それでいながら差異は出している。
作者の面白さは、国内各地が出てくること。金沢の、それも和菓子ではなく洋菓子屋としたところが粋。三作を一気読み、次回作を期待したい。
6月27日
あの日の交換日記
45
辻堂 ゆめ
構成が見事。読ませて、その読者側の先を、裏をグイグイ引っ張って行く感じ。それが手書きの交換日記が背骨になっているので、文学的な雰囲気もある。
序盤、中盤と展開してゆく中で、井上先生の位置取りを読み手側として決めつけるのだが、終盤では作者の掌の中で転がされていたのだと知ることになる。七話が全て繋がって行く心地よさもあり、不思議感やハラハラ感も伴い、バラエティーに富んでいる構成内容にも思えた。
メールやSNS時代に、手書きの交換日記。電子にない部分を伝えているようにも思う。
6月22日
犬とペンギンと私
44
小川 糸
日記の掘り起こしな作品で短編が盛沢山。主軸に犬愛があり、その愛犬度合いからの観察が秀逸。
一方、中盤はヨーロッパでの生活があり、若干の逸れた感じもするが、海外に居ながらの犬を思う気持ちが書かれ、根っからの愛犬家と判る。そして海外の飼い犬事情も書かれ勉強になる。そしてそして食通の作者ならではの表現で料理が紹介されている。口に合わない料理も多いだろうが、どんなものでも美味しく食べている印象で、その順応力を感じる。
登場時の荷物到着の遅延とか、実体験があり解決策が読める。チャレンジングな性格のようで、長期滞在できるのだから語学の方も長けているのだろうと想像できる。作家として作品を日本へ郵送している。このネット社会において・・・。なんでも受け入れる寛容さと、ハッキリとした拘りを感じる作者であった。
6月15日
卒業タイムリミツト
43
辻堂 ゆめ
題名から受ける印象、そして四日間のみの話しとの事で、読む前は軽んじていたが、なかなかの面白さがあった。NHKが取り上げた理由も判るような気がする。
よく考えられた構成に則った展開で、スピード感もあり、カウントダウンによるハラハラ感も多少ある。そしてコロリコロリと真実が現れてくる読み進める楽しさ。犯人が見えない中での藻掻く四人の生徒。最後に各ピースが組み合わさり終わりかと思ったら・・・読後感が気持ちよく爽やか。
もう一度読む時は、もう少しじっくり読むだろうと思う。伏線の仕込みが大量にあった。良樹のモノローグの部分の、心の揺れはとても秀逸。
悪者が本当には悪者ではない・・・登場人物の善悪が二転三転する誰か一人が悪者ではない構成。人間の表と裏が表現され、後半に向け裏側が詳らかになってゆく構成。
6月13日
アンと愛情
42
坂木 司
シリーズ連続三冊目。二作品目は若干の食傷気味感があったが、本作ではそれは無く、おそらくは金沢が舞台になった事もあるかもしれない。長らく住んでいた場所でも、まだ知らなかったことを知らされた感じで興味を抱く。
洋菓子にも無いことはないのだろうが、和菓子における文化風習の継承。そして風俗など一般庶民の中で楽しまれてきた食材は、驚くほど奥が深い。菓子と言えば洋菓子だが、ちょっとこれからは和菓子に目を向けたい。読んだ者がみなそう思うだろう。そして和菓子のノウハウが判ったので、和菓子屋さんに行っても少し見る目を持った感じ。物おじせず頼める。一個二個の注文でもいいって判った。
アルバイトの杏子のその後が気になる。
6月 7日
アンと青春
41
坂木 司
世の中に潜む機微をここまで拾い上げるとは、と感心するばかり。多種多様な性格や思想、人生観や危機管理を持つ人らが蠢いている世の中、そのあたりを上手に作品に仕上げてある。面白いと思う反面、ここまでアンテナを張って察知しているのは疲れるんじゃなっかとも思ってしまう。でもそこは、和菓子を売ると言う、好きこそ物の上手なれなのかもしれない。
和菓子の奥ゆかさ、奥深さをまたまた学ばせてもらう。色や形、そして名前、材料もそうだが、全てに意味を持っている。江戸時代、いや奈良時代からの菓子が、今でも和菓子として食べられている事実。日本の伝統文化を楽しみながら学ばせてもらった。
6月 6日
和菓子のアン
40
坂木 司
甘いものはほんわかした雰囲気になる。少し太った人も同様。和菓子屋「みつ屋」にアルバイトする杏子が主人公の展開。ライトミステリーが、肩が凝らず心地いい浸透水のように読める。そして、知らなかった和菓子の奥ゆかさを同時に学ぶことができる。知らなかったことを知る有意義な作品。そして坂木ワールドの楽しさ心地よさを感じられる。
甘いものがなくても、コーヒーやお茶を飲みながら読むのにちょうどいい。読んでいるだけで和菓子を味わっているような気になる不思議。洋菓子が主流になっているが、和菓子を見直すいい機会となる。
6月 3日
あの子とQ
39
万城目 学
見事!! この多様性を受け入れねばならない世の中において、LGBTQがOKなら吸血鬼だって・・・と作者が言っているような気がしてならない。ファンタジックでありながらリアリティーさもあり、全ては作者の言葉並べから。
登場人物全てと言っていいだろう。必ず良心が書かれ、マイナス側がありつつもバランスをとっていたりする。悪者が少ないのも特徴だろう。ハラハラドキドキは無く心地よさが持続する。最後の終わり方が秀逸で、尻切れトンボでありながら、しっかりハッピーエンドで締めくくっている。そして次作を期待したい読後感。
5月29日
僕と先生
38
坂木 司
安心安定の坂木ワールド。先生とあったので、かなりの年長者の登場と思ったが、そうではなく、そのあたりもライトな感じでいい。推理の面白さ。世の中においてのモノの見方を中学生が導き、そこに大学生も追従する。読み物はこうでいい。難しい部分は無く、終始面白い。ただ、波長が合わないとまどろっこしいかもしれない。
5月23日
世界の美しさを思い知れ
37
額賀 澪
旅する小説と思い手にする。双子の弟の自死。それも芸能人。残された双子の兄である貴斗の心情と行動が展開の主軸。読み物としての「死」の使い方。軽く取り上げられる場合もあれば逆もある。冒頭からは前者だと思っていた。がしかし、死後に尾を引く兄の心情を読んでゆくと、死を重く扱っている印象となる。
国内の景勝地。海外の景勝地がピンポイントで取り上げられている。情景が浮かぶ表現でとても秀逸。そして印象に残った表現は、女優亜加里の音を立ててパスタを啜るシーン。人間の本質を良く表現しており、より心の奥が伝わり、書かれている活字数以上に、言わんとしていることがにじみ出てくるようだった。
双子でもあり、謎の死により線引きが出来ない主人公。綺麗でもあり、一方で泥臭い人間の内面が良く表現され、面白い特異な仕上がりになっていた。
5月20日
天空の約束
36
川端 裕人
読み物として、とてもいい仕上がりの作品で、児童書のような雰囲気もあり、たぶんその背景には子供の登場時間が長いせいもあるかと思う。ファンタジックな中に、原爆も織り込みフィクション感が薄まっている。身近な天気、いまでこそコンピューターでの解析で予測精度が高い。昔はその技術は無く、人の判断によった。その昔、予想できる一族が居た・・・。面白い作者の着眼点である。
一族の末柄と先祖が交錯し、会話が今なのか昔なのか戸惑い読む場面があった。そうであっても楽しめる作品。スタンドバイミー的で昭和が舞台って事が、より楽しめた要素かもしれない。
瓶に入れられたタンポポが、特殊能力の源なのかと最初思っていた。誰もがそう思うんじゃないだろうか、しかしそれは・・・。
5月15日
中年女子、ひとりで移住してみました
35
鈴木 みき
「移住」に憧れを持つ人は多いだろう。理想と現実が実際はあるのだが、行動を起こした、実体験をした作者が書いているのでリアリティーがある。ただこれにしても、その北杜市の風土や文化風習がそうだったと言う事で、どの地域にも当てはまるかと言うと、またそこは少し違うかもしれない。でも大まかには地域に馴染む方法としては成功法であろう。
単身、それも女性で中年と言う部分を全面に出している。作者ならではのウイットであろう。そしてそして、移住したものの、8年で北杜市を離れてまた北の大地に移住した。引っ越しとも言うが、移住好きとも言える。
無理をしない移住。無理をしない移住生活。よく判るようマンガで書かれ理解しやすい作風。何処かの山小屋で見かけたような印象があるが・・・。
5月14日
君といた日の続き
34
辻堂 ゆめ
面白くて一気読み。いろんな技法が使われ、ファンタジックでありながらトリックもあり、リアリティーのある現在を舞台にしながら、もう一方で昭和を濃く描いてある。この構成を思いついた作者は見事。
多くない登場人物。ライトノベルな感じの読みやすさであるが、奥行きがあって読み応え十分。やもすると、フィクション過ぎてしまいがちだが、しっかり読ませる、読み手側を取り込む言葉並べになっていた。
譲とちぃ子のホッコリとした生活もいい感じ。展開が理想的で読んでいての心地よさがある。そしてなんと言っても最後がいい。そう結ぶのかと、予想だにしない最後に感嘆。
筆量はそう多くないのに読ませる作品に仕上がっている。作者の技量たるや・・・。
5月11日
つるかめ助産院
33
小川 糸
ハート形の南の島。八重山の黒島が思い浮かぶ。黒島にはまだ上陸していないが、いこうと思って下調べ十分な為に現地の様子と作品内の表現がリンクできるよう。
男性作者だったら、この作品は書けないだろう。女性ならではの作品かと思う。個人個人の人生の機微、みな何かしら抱えて生きている。そこに妊娠出産と絡め、生命レベルまで遡り人生を見つめ直すような作品
。何気ない日常のなかの気づき。離島での不自由さの中での幸せ感。重く深く、毎ページごとに知らされたり気づかされることがある。それがゆえに、最後はちょっとファンタジックで、ハッピーエンドとしたかったのだろうけど、もう少しアプローチが違っていて欲しかった。もしかしたら、敢えてそうしてあるのかもしれない。続作の為に。
妊婦さんにはかなり有益な作品だろう。読前読後ではノウハウや情報量が大きく違ってくる。いい作品に出逢えた。
5月 7日
ショートケーキ。
32
坂木 司
誰もが知っているショートケーキ。身近にあるこれを取り上げ、いろんな角度から話しを展開させている。記念日の特別なものであったり、お腹いっぱい食べたかったり。
5編からの構成で、少しづつ関係性を持たせつつ一冊に仕上がっている。人生の中でのシュートケーキの位置づけ。嫌いな人は少なく、逆に好きな人の方が多いモノ。販売側目線もあり、されどショートケーキな感じで、一つの食べ物でしかないモノが、けっこう意味を持っていたりする。笑顔になれる、元気になれるショートケーキ。
誰もが好きなモノだからこその面白さがあり、ショートケーキに着眼した作者は見事。肩が凝らず心地いい清涼剤的な作品。ショートケーキの「追いイチゴ」は一度やってみたい。
5月 3日
完全なる白銀
31
岩井 圭也
山岳小説のカテゴリーのど真ん中な感じの作品。ブレが無く終始山岳小説を読んでいる印象だった。登場人物のキャラクターも人間臭い。良い面も悪い面も含め。機微な面白さと言うか、心の内面を読み解きながらの深みと言うか。
緑里とシーラのデナリへのチャレンジ。二人の行動描写が秀逸で、単独行動をとる心理の部分も山ヤらしさが出ている。不可解な表題の「完全なる白銀」が、最後には理解できるようになる。体験した者のみ判る・・・。
あと、緑里のカメラの師の言葉も、短くも深くなんかいい感じ。
ドキドキハラハラとはならないが、そこそこ重さのある山岳小説を読んだ読後感だった。
4月27日
パルウイルス
30
高嶋哲夫
「エピデミック」の予言の書に対し、本家と言うか元祖と言うか、予言の書と思える作品を多く残している高嶋さんの最新作に触れる。ウイルスとあったので、新型コロナに関わるような作品かと思ったが、若干角度を変えている。そしてこの温暖化やエネルギー需要の中で行われている事が、この先影響してくる展開で書かれている。
いつもながらの読みやすさがあるが、移動が多いせいか展開が若干不自然な感じがした。ここは読み手の感じ方と想像力が影響するだろう。この先の世の中で、実際に本作のような事が起こるのだろうか。でも高嶋さんの作品は、いつも外していない事実。
4月19日
言葉むすび
29
湊かなえ
FM大阪の、パーソナリティーとしての作者の会話の拾い出し。いろんな雑多な話が詰め込まれ、作者の好き嫌いや人となりがよく判る。会話を活字にすると、少し違和感を抱くこともあるが、これはそれが無い。ことばの紡ぎ出し方が、話し言葉としても文章風なのだろう。
山女日記の書いた背景と、続を出した背景が書かれている。このような裏話もあり、作品+αとなり楽しい。
4月18日
エピデミック
28
川端裕人
COVID−19に対する「予言の書」とのことで作品に触れてみる。2020年よりの新型コロナ騒ぎに対し、作品が出たのは2007年の12月。ノンフィクションのようにここ数年の様子が書かれているようであり、作品の展開が、体験して見聞きした様子とピタリと嵌る。これほどに各ピースが合致すれば、「予言の書」と言われて当たり前だろう。
634頁と長編だが、展開のテンポがよくスラスラと読め、そこに新型コロナに思えるリアリティーがあるので浸透水のように読める。登場人物による疫学の統計の取り方も学べ、これはいろんな問題に使える判断方法と思えた。
発生地域をばい菌扱いするような風潮が書かれている。2020年、実際は2019年12月からだが、新型コロナが発生した時は、全く同じことが周囲で見聞きできた。感染症の時はそのようになってしまうのか、民度が高いと言われる日本でも、日本だからそうなるのかもしれない。地域や周囲を気にしつつ生きている証拠。
展開の面白さと、登場人物の心の動きが面白い。人間らしい喜怒哀楽が出ており、作り話でありながらリアリティーさの背中押しになっている。子供(少年少女)の関わる部分が今一つ判らなかったが・・・。
4月13日
財布は踊る
27
原田ひ香
6編の構成。題名から判るように、お金に関わる展開。前半は、お金を失ってゆく人の、凡例のような内容。そこでひとつ面白いのは、少し株で儲けると、周囲にも「株をやろう」と声をかける者がいる。同じ体験をしたことがある。
各話の展開の中に財布が動いてゆく。お金が大事って事の促しと、お金だけではないって部分と、人の機微を上手に拾い上げ繊細な言葉並べに思えた。楽しさと、お金が人生に係わることなのでドキドキ感もある。
ここまでこの世の中を拾い上げるとは・・・さすが。
4月10日
見果てぬ花
26
浅田次郎
短編での構成で、それがゆえに内容が濃い感じ。集中力が維持できていると言うか、短いものほどよく吟味して言葉を綴っているような印象。そして作者の、さすがの言葉の紡ぎ方。視野角が広角で、物事をよく知っているので面白さや楽しさを引き出す抽斗が多い。
「今の社会を作ったのは我々団塊の世代」という部分が印象的。この核家族化した社会もそう。この部分をさらけ出せるのが素晴らしい。
温泉好きな部分が本書でちりばめられている。タオルもそう。読んでいてとても魅力のある人に思える。あとは、各編を読んで、作者の言うことに納得してしまう自分がいる。納得させる言葉並べと言うべきか。楽しい作品のオンパレードだった。
4月 4日
浮世でランチ
25
山崎ナオコーラ
現代における男女のフェンダーフリー。そんな内容かと思った冒頭。不思議な展開に、やや違和感を抱きつつ読むのだが、各登場人物の言葉が秀逸で、どんどん読めてしまう。なんだろうこの作者の感性と思わせる。作品はどんどん展開し、その展開を予想して読むものの、最後は全くの予想外。
不思議な中に、きちんと地に足を着けているような、子供でありながら大人な感性があり、気づかされる作品でもあった。読み手によって、この作品の解釈は大きく異なるだろう。いろんな要素が入っているような感じ。当然、苦手な方も居るだろう。
この娑婆に悩みや葛藤がある場合。読むと少し楽になるかも。
3月30日 父への恋文
24
藤原咲子
山岳小説家である新田次郎さんの娘さんの作品。父親と娘との約束された作品でもある。
新田作品は、奥さんの「てい」さんが書いているとの噂もある。しかしこれを読むと、そんな部分は一切ないよう。苦闘の末に作品を生み出している父親である次郎氏の様子が詳細に書かれている。
満州からの引き上げ。一部障害を持っての人生。そして新田家の家族愛と、母親「てい」さんの気質、これらがよく判る内容であった。作品でしか判らない新田次郎の内側が、この作品でつまびらかになる。知らない方が良かったような知って良かったような。独特な方との印象であった。そしてより興味を持つ感じ。咲子さんに文章指導をし、次郎イズムは娘さんに受け継がれている。
3月24日
生命の逆襲
23
福岡伸一
氏も「THE FORWARD
」で気になった作者。生物学者らしい情報量で、当初は「AERA」で読めた内容とのこと。各月で新しい情報で驚かそう、そんな気持ちもあったのだろう、本当に一話一話で必ず新しい「不思議」を知ることとなった。情報量が多いので、全てを記憶するには大変だが、ピントが合った内容は覚えておきたい。知らなかったことを知る喜び。生命の神秘。いや作者は生命の逆襲と言っている。
3月16日
THE ISLAND
22
佐藤健寿
THE FORWARD
内で初めて出会い気になったライター。写真家であるが作文が美味かったので、本人の出している作品を手にしてみる。
写真から伝わってくるものの大きさと、そこに僅かに差し込まれた文章。冒頭からのそれは、軍艦島にあったいたずら書きからなのだが、最初これが作者の言葉かと読んでしまい、何を意図しているのか判らなかった。最後にこれらの説明がある。説明の前に、写真とともに差し込まれたいたずら書きから伝わってくるものがあり、最後の解説はその背中押しのように読めた。そして文才があるのが解説から判る。
今回は写真が大半であったが、文章主体の作品を選んでみたい。
3月16日
おっぱいマンション改修争議
21
原田ひ香
やられた・・・読後感はそんな印象。読み物として起承転結の「結」がやってくるものと思っていたが、見事にすかされた感じ。だからってフラストレーションが溜まるでもなく、これはこれで面白いと思えた。
頁が進むごとに真相が見えてくる展開。真実が見えてくるので、自ずとオチがやってくるのだろうと思っていた。が、しかし・・・(笑)。
3月 9日
旅ごはん
20
小川 糸
作者の世界を旅した時の料理が紹介されている。そして当人の好みにあった一押しがあり、常時美味しさが伴う作品であった。一つ知らされたことがあり、ケバブはトルコ料理と思っていたが、それはドイツはベルリン発祥とあり、根拠も書かれている。
国際的な料理が並ぶ中、バランスをとるように国内のお店とその料理も紹介されている。世界に並ぶ料理となり、こうなると食べてみたくなる。庶民的な崎陽軒のシュウマイもあり、高いから美味しい、安いから不味いとかではない意味合いも伝わってきた。食通な作者。旅の目的が当地の料理だそうだ。楽しそうでならない。
3月 3日
THE FORWARD
忘れられない旅 19
こんな冊子があったとは・・・。手にして一番有益だったのは、巻頭の投手である菊池雄星さんの対談だった。言葉が悪いが野球馬鹿な人生かと思ったら、読書家であり、リーダーシップを執るために、歴史小説をかなり読んでいたと言う。投げている様子からは判らない事。これからはちょっと違った目で見てしまう。
さて、いろんな作家の作品があり、みな新進気鋭の脂ののった書き手ばかり。各人の旅の思い出が綴られており、みな抜きんでたバイタリティーの方なので、その危険をはらんだ当たって砕けろな感じが心地いい。女性ライターにしても、海外に対する不安とかを感じさせない。一般とは違う彼ら彼女らだから、特異ないい作品を書けるのだろうと思えた。
一冊読むとけっこうお腹いっぱいになる感じ。各作品はちょうどいい長さで、ちょこちょこ読むのに区切りよく読める。
3月 1日
電王
18
高嶋哲夫
「今」の出来事を作品にすることに長けている作者。今回も見事。将棋界においての将棋ソフトを題材にしている。あの藤井さんも利用しているのだから、無視できないモノとなろう。
同級生の各々に置かれた家庭事情。人生の岐路と、そこでの選択、現在と過去を交互に織り交ぜながら飽きさせない展開。将棋だからと、難しい棋譜が連続するわけでなく、きちんと万人受けする程度も保っている。
若くしても、強ければ大人同様にみられる将棋界って言う部分も盛り込まれ、そこを今回は子供らしさを出したウイットを感じた。リアリティーさと、作者の構成が上手に噛み合い、スタンドバイミー的な部分もあり、最後の勝負は、どちらかが勝ちどちらかが負けると言う展開だが、この最後がホッコリと心地いい。
2月24日
Story for you
17
講談社
まず、紙が青い。白より目に優しい印象を持った。夜読むと、昼間より青く感じる。
ショートショートで62作家の作品が収められている。すぐに完結する話が多く読みやすいのだが、ファンタジックな内容が連続するので、それが内容が異なるため、中盤以降で読み疲れしてしまった。作家の解説もあり、多くは初めて出会う作家であった。これを作家に出会う入口として、気になった方々のを読んで行ければと思う。
2月21日
抜萃のつづり
その八十二 16
クマヒラ
今年も届けていただく。内容は、これまでの冊子に比べ、やや内容の濃度が薄い印象だった。その利点としては、重くなく読み易かった。塞いだ世の中の中、明かりを灯すようなこの冊子、無償で配布し、今号で82回目となる。凄い奉仕努力。
2月19日
天の花
15
伊吹有喜
昭和が舞台。山持ちの豪商のような家系の人々と、そこに使える人々とでの話の展開。レトロな雰囲気を漂わせつつ、そこは文学作品のよう。立海と、使用品の子(孫)の耀子の子供らしい関係と、そこにだいぶ年齢差のある龍治が加わり独特の展開をしてゆく。立海の発達期に対する見本になる龍治。色々を知り体験した龍治は、年少者に対し促しのような配慮をしている。会話の多くが奥深い印象で、スッと読めるものの文字にならない言葉が湧きだしてくる感じであった。
後半、意外な展開となる。まず犯人探しをしてしまうが、事前に作品中に布石が打たれているのでピンと来る。最後は「卒業」のような展開になるのかと思ったが、作品通りの展開がハッピーエンドなんだろう。
昭和な雰囲気が心地よく、文学的ないい作品に出会えた感じ。
2月15日
第二開国
14
藤井太洋
作者が生まれ育った奄美大島が舞台。地名こそ少し作品風になっているが、加計呂麻島も含め一度訪れた事がある場所で、作品内の情景がよく目に浮かんだ。
前半はややもたついた滑り出しのようであったが、だんだんとスルメのような味わいに変わっていった。主人公の昇が、そのまま島での人生を示しているようで、半数以上が本土側へと就職し、またUターンして戻ってくる形。離島の多くがそうであろう。そして離島が置かれた状況が、作品になりしっかり伝わってくる。より離島の人口減少が進み過疎化している。大きな奄美大島でされそう。
同級生の存在が心地よく、蒲生の存在は、謎めいたヒーローと言ったところか。警察側が意外な位置取りってのも面白い構成だった。新型コロナの言葉も読めるコロナ過の作品。中国との関係も不安の中、そこら辺を煽りながらの展開は、中盤以降で面白くなってゆく。
難民も含め、世界にいま起こるいろんな出来事がちりばめられている。
2月 7日
すべて忘れてしまうから
13
燃え殻
昔、星新一さんのシュートショートを読んだ。不思議でウイットに富んだ星さんの世界に浸り、何冊も読み漁った事がある。この作品に出会い、その時を思い出した。燃え殻さんの世界観も秀逸で、常勝志向というか負をプラス側に持って行く思考は見習いたい。
虐められた過去を、見事に笑いに変えている。一種変わったところもあるが、強いハートと弱いハートを持ち合わせた、人間らしところをつまびらかにし、病んだ若者に対し応援しているよう。
この一冊でファンになってしまった。人気があり、好まれる理由がよく判る。この本を読むと、祖母の教育が良かったことが見える。作品の中で、ハッと気づかされることも多かった。
2月 2日
悟浄出立
12
万城目学
5編構成。西遊記の悟浄にスポットを当てた軽快な仕上がり、でもしっかりと人間模様がありファンタジー側ではなく、作者の発想により面白い角度で書かれている。次は三国志から。そして虞美人までもが史実を織り交ぜながら新たな視線で作品にされていた。荊軻の生き様も、史実と絡み合い面白く、それが最終章にも絡み、最後は司馬遷。司馬遷の晩年はこうだったのか・・・なんて思ってしまう。
当初は、全て西遊記がらみで構成されているのかと思ったが、大陸の古典が次々取り上げられ、飽きない構成になっていた。
1月31日
ふしぎないきもの
ツノゼミ 11
丸山宋利
この歳になって知ることも多い。ツノゼミなどと言う生き物がいることを知らなかった。その種類の多さといい、擬態の多様さといい、進化を研究するのにヒントがあると言う。あからさまに、この色、この形は何の目的なのか判らないものがあり、判るものもある。
作品は、子供むけてもあり、大人向けでもある。
1月26日
BAR追分
10
伊吹有喜
軽井沢の追分が舞台かと思ったら、東京の・・・であった。まあ軽井沢しか知らなかった訳で・・・。
下町の隠れ家的場所。昼の顔と夜の顔があり、原田ひ香さんの「三人家」があるなら、二人家でまあこちらの方が一般的。4話構成で、3話までは食材が癒しな展開であったが、最後のみ趣向が違った展開であった。
人と人が疎遠になっている昨今において、下町の人情味のある登場人物、そこに美味しそうな食材。心の繋がりと食が、じわりじわりと病んだ心を癒してゆく。
気遣いがされながら、登場人物はけっこうストレートに言いたいことを言っている。歯に衣着せぬと言うか、きちんと話したほうが伝わりやすいと知らされているようだった。強い言葉に対しても、相手はそれを受け止める抱擁感と言うか、この連続がホッコリさせられる。
”こんな行きつけが在ったらいい”とみな思うだろう。酒の行がいい。高い酒がいい酒ではなく、自分に合う酒がいい酒。
1月22日
横濱王
9
永井紗耶子
富岡製糸場の持ち主でもあった、原三渓を核とした物語。明治大正を経ての戦前戦後を描き、主人公を本人ではなく瀬田に置いての、外から見える原翁という位置付けて書かれている。
瀬田も含め、人間だれしも欠点や落ち度があると思うのだが、見事に完璧な原三渓で、横濱王と言われた背景がよく判る。今の横浜の繁栄は、彼が居なかったら無かったろうともある。生糸で財を成していたころ、繊維産業が廃れた後だったらどうだったろうか、今だったらどうだったろうか、今の世の中の状況と比べてしまいがち。
読み物として、史実を書いたものとしてとてもいい仕上がりになっていた。
1月21日
BLOOD ARM
8
大倉崇裕
ローカルな滑り出しで、序盤はリアリティーある展開だが、途中でスイッチが入ってからは、大倉さんの真骨頂である怪獣モノのファンタジックな展開となる。嫌な作られ感は無く、素直に楽しみ一気読み。ガメラ的な、ガンダム的な想像もでき、ただただ楽しい。中味が無いような、得るものが無いような感じもあるが、読み物はこのくらいスッと読めてしまう方がいい。相変わらず緊張感の中にウイットを盛り込んであり、読んでいて心地いい。浸透水のよう。
1月20日
まずこれを食べて
7
原田ひ香
原宏一さんの「佳代のキッチン」のような作品かと思ったが、意外な展開だった。作者の得意とする料理の場面は、何処を切り取っても美味しそう。料理をする筧は、「佳代」に似た部分があり、料理を介して人間関係を取り持つ術を知っているよう。
登場人物の中で、エンディングに対し違和感を抱いたのはマイカの存在。前半でかなり文字数を割いている。後半で筧がその代わりのような位置取りだが、マイカがフリで、筧が本命なトリックだったのかも。予定していた展開から、少し変化させたようにも感じてしまった。
仲間との起業。次第にギクシャクし、原因は皆の心の底で一致している。現代人の思考を上手に盛り込み、人間らしい本音の部分を強く出し、キャラ立ちしているのがとてもいい。この部分は、作者らしいと言えよう。各々が人生を考えて生き、世の中を達観している部分と若者らしく迷っている部分が交錯した初々しさ、そこに酸いも甘いも経験した少し年齢の高い筧が加わる人間模様。
柿枝のお金を産んだ頭脳。相対する人間性。生きるために、仲間のために選ぶのはどっち。
1月17日
一橋桐子の犯罪日記
6
原田ひ香
完全に意表を突かれた。推理もののような、解決する側が主人公の作品かと思ったら、逆だった。作者はリアルタイムの日本の現状を作品に落とし込んでいる。これは老人の置かれた境遇、独居老人における最後と言うか・・・。
老人の個人的な最後は、何も周囲に迷惑はかからないように思えるが、それでも家族・近親者が居て看病したり後処理をしたりせねばならない事実がある。作品内でそのあたりをしっかり伝えている。そして現在の問題点の中での改善策が最後の展開ではあるが、ハッピーエンドな理想形だろう。
老人目線の特異な面白い作品であった。人気作家であり、これらを若い人が読むと、世の中が良い側に少し変わって行くのかもしれない。少子化の一方で増え続ける老人。必然的に老人犯罪も増えるのだろう。少数側が多くの老人をカバーするなんて実際は大変。老人同士でフォローしあうって事も作者は言っているよう。
1月15日
答えは風のなか
5
重松清
前年度に読んだ作品が衝撃的過ぎ、これまでの作品が記憶から離れていきそうになったが、両面があって人間である。落ち着きを取り戻し、不動の重松作品に触れる。
10作品が納められている。全編子供目線ではあるが、反面教師的に大人への警鐘的な内容が多く、この辺りが重松作品の真骨頂で好まれる部分だろう。気付かずにしてしまっている大人への戒め。子供は気付いているんだよって部分。封建的な日本文化ならではかもしれないが、女性軽視、子供はさらに軽視するような社会(少しづつ変わってはきているが)、個性を伸ばさない普通や平均を好む社会を、子供に代弁させ異論を唱えているよう。 子供が成長していないのではなく、大人も成長しておらず学習していないと。
新型コロナ進行中に書いており、若干の予測を含め書かれている部分もある。時間の経過で面白みの増す部分だろう。
1月12日
村八分
4
礫川全次
封建主義からではない村八分の観点と言う事で手にしてみた。引用資料が多く、ゆえにとの論法で解説されているが、全体をもう少し作者の主観で引っ張っていて欲しかった。
例文が多いと判りやすい反面、混雑してしまう感じもあり、村八分の知識として読前と読後で、あまり差が出なかった感じ。本来なら悪を退治するような改善策を提案してもいいと思うが、日本に蔓延る古来からのこれらは、この先も無くならないだろうと言うふうに捉えられている。確かにそれは思うが、それでは変わらない。
巻末の最後の2頁は、印象強かった。
1月11日
口福のレシピ
3
原田ひ香
作者の真骨頂である料理もの。二つの話が最後に融合する形態。途中でストーリーが見えてくるが、それでいいと思う。優しい仕上がりでホッコリする。現代を上手に表現する作者が、昭和以前もきちんと言葉選びをしていて雰囲気を出している。
簡単に情報を入手できる今、時間がかかった昔、留希子がそれを認識するまで衝突があるが、最後はハッピーエンド。常に食べ物が現れるので、読んでいるだけで美味しい雰囲気がある。読んで美味しい本。
レシピも簡潔な方がいい。
1月 8日
世界に嗤われる日本の原発戦略
2
高嶋哲夫
予言師のような作品を残す作者、理系としての考察から作文してゆくと、自然と正解を出しているのだろう。本作は、作者の一番の真骨頂であり、関わってきた部分でもある。かなり期待して手にしてみた。
いつもの作風と異なり、やや無骨な印象。おそらくは引用データが多く読み物としてではなく科学雑誌的になっているからかもしれない。
原子力発電を推進する。世の中の風潮に対し難しいかじ取りを、経験者として可能な方向へと導いている。そして化石燃料を使う今を、このままではいけないと警鐘を鳴らしている。難しいがどうすると出来そうか、作者の主観で書かれている。そして4つのテーマに則っていて、言いたいこと、言わんとしていることは分かり易い。
全停止している原発の維持費は、各家庭が電力料金にのせられ払っている。気にしなかったが、そりゃそうなるだろう。使っても居ないのに・・・理不尽。じゃ使った方がいいじゃないか・・・ともなる。寝かせていてもお金が発生している今。作者により知ることとなった。
1月 6日
太陽諸島
1
多和田 葉子
外国人の作品を翻訳したような書き綴りに思えた最初。内容も含め読み辛くて仕方がなかった。異次元な雰囲気で。ここで調べると、三部作の最終章とのことで、おそらく前作を読んでこないと、端折ってだと私のように感じてしまうのだろう。途中で挫折しそうになったが、中場以降で逆に、クセになる文学的面白さに嵌ってくる。
作者の広角的な物の見地と、沢山の外国文学を読んでいるだろう背景が判り、それらを咀嚼して出来ている作品と判る。文学とはとか、今の世の中において気づかされることも多かった。9割が船のデッキや食事場でされる仲間との会話で成り立っている。会話の面白さを伝えているような感じでもある。
キャラ立ちした登場人物。各々の個性を尊重し多様性を受け入れ、時に自然と嫌ったり、人間の本質とか建前とかが面白く絡み合っていた。