2024
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4月23日
近所の犬
37
姫野カオルコ
ここまでの愛犬ぶりを読み体験したのは初めて。それも自分で飼っておらず、暮らす周囲近所の飼い犬に対してとは恐れ入った。犬好きとしては、その愛犬ぶりが心地いい。
冒頭は、何か説明ばかりでくどい印象だったが、次第にそれが面白さと判る。本作の面白さは、そのモノローグを含めた解説にある。そしてよく知っていて新たに犬に関し知らされることも多い。変わった角度からの観察もされており、いっぱしの犬研究者でもあるよう。
また繰り返し読みたい心地よさの読後。
4月22日
陰日向に咲く
36
劇団ひとり
書くべき人が書いたと言えるだろう。これほどの文才があるとは・・・。ここまでの能力があるから、秀でた笑いに繋がっているのかも。
各作品が繋がってゆく面白さ。常にウイットに富んでいて各ページで笑いに誘う。ただ、やや高度な笑いを追求しすぎている風もあり、面白いんだろうけど笑えずに考えてしまった場所もあった。レベルの高い笑いに引きづりこもうとしているわけではないと思うが、こちらがついてゆけない部分も少々。
能力があふれ出しているような印象。完全にハマってしまった感じ。楽しいのはいいこと。本を読んでケラケラ笑える幸せ。笑いながらも体温を感じる。
4月19日
迷子の王様
35
垣根 涼介
シリーズ完結編。面白く読んでいたので、しばらく続くのか、いくらでも続けられると思っていた。でもさすが作者、早々に本作で〆た。作者の語りたいことを全てだし尽くしたのかもしれない。4作品の中での、「さざなみの王国」は、本に対しての作者の思いだろう。ネットやテレビと対比させた本が、とてもシンプルでありながら特化した位置取り位置づけで語られている。その通りに思う。SNSじゃなく本だろう。もっと本を読もうと言っているようにも感じられた。
そして、主人公真介のリストラ請負業務解散後は・・・とても重要な、大事なことを言っているよう。最後は人としてのハートの部分。世の中を渡り歩くうえで、結果として大事なのは・・・。この着地点で安心した。あとは、どうあがいても厳しい時代を迎えていることも語られている。
周囲に判断を影響されるのだが、それでも最後に判断するのは自分。
4月16日
銀狼王
34
熊谷 達也
北海道が舞台。そこにアイヌも出てきての、作者らしい仕上がり。狩猟肯定派否定派、犬好き犬嫌いで、かなり感じ方は違うだろう。猟師としての伝統的な部分と、個人の良心、二瓶の「独りごと」の中に多く出てくる。
一方、絶滅してしまった狼。絶滅させられてしまったといった方がいいか・・・。そこに猟師が大きく関係したのは間違いないだろう。生き延びるために家畜を襲う。害獣とされ熊同様に駆逐される側となり、頭数を減らしてゆく。そして最後の生き残りのような扱いの銀狼王。狼がいなくなったことを思うと、最後は仕方ないとは思うが、もう少し狼を立てたい思いが残る。これは先に書いた部分の、犬好きだからそう思うのだろう。
結構に引き込まれ、心の中をかき回された。
4月14日
アジア新聞屋台村
33
高野 秀行
国内にある、アジア圏向け新聞の顧問だった作者。懐に入った実体験が綴られ、そこからは、アジアの各国の文化風習・習慣が見えてくる。そして3ページに一度くらいは、ウイットに富んだ笑いを誘う言葉ならべがあり、終始にこやかに読み進められる。
アジア圏のことを話していながら、いつの間にか日本のいい面、悪い面も見えてくる。仕事の進め方などは、日本流がけっして正解ではないことが見えてくる。多様性を受け入れづらい日本だが、外国人が増えれば自ずと受け入れねばならないことになる。
作者らしい突撃取材な内容で、作者だから各文化がここまで詳らかにできたのだろう。異文化を知ることはとても楽しく、高野さんの言葉で知るのはもっと楽しい。
4月11日
「おかえり」と言える、その日まで
32
中村 富士美
私設の山岳遭難捜索組織があるとは知らなかった。そしてすでに「ココヘリ」と連携して、ココヘリから委託されて動いている。
遭難における分析力が長けており、かなりの確率で遭難者を見つけ出しているよう。やはり探すセンスがあるのとないのとでは違うだろう。その背景には、ありとあらゆる情報を使っている。今や携帯はなくてはならないもの。遭難者の行動を追うのに、最後に受信した基地局データまで収集し、契約しているクレジットカードから、最後に購入した山道具まで調べられる。これには驚いた。それが発見に繋がるのだから良しとしたいが、そこを知ると、怖い世の中にも思う。
遭難者家族と捜索側との距離の置き方が作者は絶妙に思う。看護師と言う前職により培った部分もあろうけど、なかなか作者ほどに勘所がいい人はいないだろう。表情や目をよく観察している。それは捜索時の現地様子を見る目にも繋がり、すべてにおいて注意深く見ているということにもなろう。
ココヘリの発信機を持っていれば、遭難時に見つかる。と思うが、それもちゃんと電源が入っていて充電がされている場合。作品内にも関わる記述を入れて注意喚起となっている。
素人も玄人も、得るものが多い作品と思う。
4月 9日
木挽町のあだ討ち
31
永井 紗耶子
遅ればせながら、人気作をやっと手にする。
時代物とは思ったが、このような展開とは予想できた人はいるだろうか。してやられたと言うか、感服で感嘆な読後感。「あだ討ち」と言う特異性と、舞台となる芝居小屋と言う特異性、見事なあだ討ちで、その構成が見事。そして登場人物の独り語りがいい。相手がいて会話していながら独り語りで進んでゆく。独りだからこその話の膨らみ方とも言えるかも。
散らばっていた点が、後半で見事に拾い集められ線になっている。時代物をここまで楽しんだのは初めてかもしれない。ページ数も心地いい範囲内、長すぎず短すぎず。どちらかと言うと、短い方だが、構成の良さからは読み応え十分。血なまぐささのある前半から、後半になっての回収してゆく展開では、アレッ、エッ、そうなの・・・となり、最後は血なまぐささが消えスッキリ。
4月 4日
勝ち逃げの女王
30
垣根 涼介
シリーズ4作目。4作品が収められている。これまでとは毛色が違い、面接をしない作品もある。単調になりがちのシリーズ作を、変化をつけて楽しませてくれている。これまでがビールとしたならば、今回はワインのような仕上がりで、登場人物からの言葉が深く沁みる。世の中のサラリーマンが読めば、かなり働くのが楽になるだろうし、多くのリストラを控えた人らにとっても指針になるだろう。
ハッと思わされる事もあり、頭の芯がクールダウンしてゆくような感じも抱く。冷静に世の中を見ている作者。本作を読んでいると、判断に悩むことはないのではないかと思えてしまう。
3月30日
富士重工業 技術人間史
29
富士重工業 編集委員会
言わずと知れたSUBARUの記録。中島飛行機からの変遷が、内部の人の手により、人の部分から製品の部分まで書かれている。主要メンバーが皆高学歴。やはりここまでになる企業の上層部は、しっかりとした頭脳を兼ね備えていて下々を引っ張っていたことが読める。そして一番のキーマンが百瀬氏って事は明らかで、氏が居なかったら今のSUBARUは無いだろう。
変遷と併せて、開発時の問題と対策が細かに書かれている。車関係者で、改造をしたり整備をする人にとって、とても有益な内容だろうと思う。昔の技術ではあるが、大いに参考になるだろう。苦痛しながら、トライアンドエラーで造られているのが読める。今ではこの造り方は無理だろう。戦後の復興の中で遮二無二働くしかなかった時代。設けばかりを追求する今とは経営側も就労側も意識が違っているのも感じ取れる。
技術屋の話で、とても面白かった。スバリストは読んでおかねばならないだろう。
3月25日
死刑囚になったヒットマン
28
小日向 将人
2003年1月に前橋のスナックで起きた事件の犯人の手記。全国区のニュースになり、ヤクザ同士の抗争事件として聞いていたが、獄中の主犯が詳細に手記を残して本作品となっている。
作家が書いたものではなく、手記から起こしているからだろう、重複内容が多い。さらには獄中で気持ちの振れがあるのか、主張が一貫していないようにも感じる。作戦に対する策士のような発言があったり、そこからは組内の鉄砲玉のような存在に見える。一方で悪事を否定していたりし、善悪が入り乱れている。矢野会長から殺されるかもしれない、この事が終始頭の中にあるからかとも思う。
ヤクザの世界を知ることになる。本人がキリスト教に入信して、改心して書いた内容であり、内容を信じたい気持ちはあるが、周囲が亡くなってしまっている中ででは半信半疑であり、全てを本当とは解釈せず読み終えた。正しい心持で生きていればヤクサにはならなかったろうし、裏社会やアンダーグラウンドで生きていた人の生き様を容易には受け入れられない。
特異なカテゴリーの作品であり、モヤモヤとした読後感。世の中にはいろんな人が居ることを知る。
3月23日
抜萃のつづり
その八十三 27
クマヒラ
遅まきながら拝読。ウクライナ戦争に関わる作品も多い。例年に対し少し気になったのは、若年層が読んでも分かり易い抜萃が過去に見られたが、本号はわりと大人向けな仕上がりに感じられた。時代がギスギスしてきたからだろうか、たまたまの編集でそうなったのだろうか。きっと編者は、今の時代に必要と思うものをチョイスしているはず。
いい言葉、有益な内容が抜萃されている。短い文面ながら内容が濃く、これらが無料配布されている。頭が下がる。
3月20日
喫茶おじさん
26
原田 ひ香
作者の真骨頂は、人間の裏にある闇の部分を表現することのように思っている。
主人公の純一郎は、離婚こそしているが、いい人として登場し、喫茶店巡りをしながらグルメリポートを続ける。そこでは「おいしいなあ」と繰り返すのだが、関わる周囲は優しい部分のみではなく、やや棘を持って純一郎と接している。
「なにもわかってないんだな」が、読みながらもしばらく判らず、最後に少し意味することは分かったものの、複数人がそれを発している中では、各人のその言葉の意味がハッキリとせずモヤモヤ感が残った。亜希子の事を、登美子の事を、亜里砂の事を、斗真の事を、さくらの事を、わかっていないって事で良かったのか・・・。
一日にハシゴしながら何杯もコーヒーを飲む純一郎。難しいコーヒーの味の表現は無く、ホンワカとして分かり易い。
3月14日
ハイパーハードボイルドグルメリポート
25
上出 遼平
テレビ東京の番組が本になっている。高野さんの作品と肌感覚は似ている。どちらがどうってことは別として、作者のバイタリティーは凄まじい。もしかしたら、「撮れ高」が背景にあり、ここまで能動的に行動してしまうのかもしれない。危険を冒してまで。
広範囲に世界に出向いている。各地の知らない風習や宗教を知ることができる。そこに居るのは生身の人間で、危険な場所であっても作者の人柄で通じ合えている。そこには作者ならではのテクニックと危険回避方法はあるのだろう。ネットで氏の画像を見たが、かなり眼光鋭い方であった。そうだろう。
ヒリヒリするような現地を、独特な視線でレポートしている。それよりも、よく言葉を知っており、書かれている活字が新鮮で楽しい。沢山の本を読む方だろう事が判る。
何処に行っても、出された食事を美味しいと食べる作者。世界を旅するのに必要な事だろう。
3月 9日
張り込み姫
24
垣根 涼介
シリーズ3作目。相も変わらずの、真介を主人公とするリストラ請負会社での出来事。シリーズ作となると、やや平準化されたような作品が多いが、これはギヤをどんどん上げてゆく感じで、次々と新展開が読める。作者の抽斗の多さを知るのだが、特に3作品目の「みんなの力」は、カーマニアの作者の自由奔放な部分と、そこを加味した理系的要素と、読ませる文系的な部分が融合しており秀逸であった。
世の中にあるいろんな職業。これから就職する人らは本作シリーズを読むと、娑婆での社会感が違うのではないだろうか。辞める人が少なくなるのではないだろうか。そして今、辞めようと思っている人も判断に後押ししてくれるだろう。作品のように、いい退職金を出してはくれないだろうが、考え方としては間違っていない。
さて次(笑)。
3月 5日
犬は知っている
23
大倉 崇裕
ファシリティドッグのビーポが主人公。「一日署長」の五十嵐いずみも登場し、大倉ファンが手にしたら、より楽しめる構成になっている。独自のライトミステリーで、須脇警視正も出てくるので、一日署長の次作のようでもあるが、これはこれでそこから枝分かれしたシリーズ作品になるだろう。五十嵐主人公の一日署長に対し、こちらはビーポが主人公。そのハンドラーは笠門で、彼も主人公。
5作品全てに色を変え味を変えてあり、かなり楽しく仕上がっている。濃すぎず薄すぎずで読みやすい仕上がり。一番は、犬の事をよく判って登場させており、表情や行動表現が完全に愛犬家目線で心地いい。ものを言わない犬を語らせる感じ。三毛猫ホームズシリーズのような印象もあり、片山兄弟が笠門と五十嵐な感じか・・・。または看護師長の畠中と笠門のツーカーな感じもいい。
普通に次号作が待ち遠しい。
2月28日
首都襲撃
22
高嶋 哲夫
地震やパンデミックを予言師のように先読みして仕上げている。作者の作品を読んでいれば、この先で起こるであろう色々が少なからず対処できるように思う。今回はテロを題材にしている。これから増えるであろうテロに対し、その背景を作品を読みながら知ることができる。アラブの民の生活事情や信教、そして世界の警察であるアメリカの位置取りが見事に構成されている。
いつもながらとてもスピーディーで展開が速くて楽しい。途中途中では何人も犠牲者が居るのだが、ドライに次に展開してゆく。アケミのその後がグレーだが、最後まで緊張感を持たせる手法だったのかも。読者側からなら、アケミのさらなる復讐が待っているように思えてしまう。
主人公は女性警護官のアスカ。そこにテロに対するノウハウを持つジョンが参謀的に加わりサポートしてゆく。ここでは、アメリカの犯罪社会に慣れた人でないと、日本独自ではテロには対応しきれない事を言っているように読める。陸地で国と隣り合わない島国、いい意味で平和だが、世の中においては平和ボケ過ぎているとも言える。もう少し緊張感を持つべきなのだろう。と言ってもどうすればわからないと思うが、本作のようなものに触れ、世界で起こっていることを知り、それが日本で起きた場合どうなるかを知ることが大事。武器や爆弾事情は、実際使われているモノなのだろう。
この先に起こることを次々に言い得てきている作者。これが実際に起こらない事を願いたい。
2月23日
借金取りの王子
21
垣根 涼介
シリーズ第2弾。5作品での構成。リストラ請負業での人間模様。表と裏があり、もっともっと多角的に物事を見よと言われているよう。作者の広角な世の中の見方が楽しく、各所にちりばめられた趣向の拘りが楽しい。当然だが、全く内容の異なる5作品。それでも通しての関連性は持たせてあり、主人公真介と陽子との進捗も併せて楽しめる。
リストラが多い世の中。首切りは昔からあったものだが、反面教師的に本作を使うのも手であろう。日本人はマニュアルが好きであり、右向け右なよく似た判断基準であるのだから・・・。
2月21日
マイ・ホームタウン
20
熊谷 達也
フィクションなのか、いやノンフィクションなのだろう作者の小学校時代が書かれているよう。昭和の寂れた町が舞台。3人の悪ガキのうちの一人が作者当人。掛け合いが多い中で、稔と巌夫は頻繁に出てくるが、当の本人は名前が呼ばれない不思議。この作品における一つの拘りで、やはり主人公は自身なのだろう。
昭和な感じで、情景がとても懐かしい。駄菓子の名前や学校の様子が判り共感できる。一方で、平成令和で育ったら人がこれを読んだらどうなのだろうと思ってしまう。色々が判らなすぎでつまらない構成に思ってしまうのか、それでも面白いものは面白いのか・・・。昭和生まれにとってはとても楽しめる内容だった。
おもちゃやゲームが無い中での遊びは、みな野外での作品内のような遊びであった。
2月19日
成瀬は信じた道をいく
19
宮島 未奈
話題の続編。成瀬のキャラクターが、全作に増して強烈に表現されている。頭脳明晰だけど、周囲とは変わっている。それも女性。
特異な人物に対し、周囲が離れるのではなく段々と寄ってゆく不思議さ。高校から大学へと進学した成瀬は、今回の話の主流はびわ湖大津観光大使に選ばれる。新たに出会う者にとっての成瀬。そこでは成瀬節炸裂となるが、最初はマイナスに振っている意識が、だんだんとプラスに向いてゆく面白さ。クレーマーに然り。
コンビを組んでいる島崎と離れて暮らすようになる。そこでの二人の意識も後半で楽しめる。病みつきになる楽しさ。
2月14日
ともぐい
18
河崎 秋子
話題作。舞台は明治の戦前から戦中。この時代もまた多様な人々が居り、主人公の熊爪は出自も氏名すら分からない。況してや教育も受けずに山中で暮らしてきた。前半は、町で暮らす者とのギャップが面白みで、大きなくくりでは熊爪はマタギと言うことでいいのだろう。狩りで生計を立てている。
筆量と筆感に作者の力量を感じるのだが、毎ページ毎ページ繰る度に心を揺さぶられるような文字並べ。自分が獣を解体するようなことが出来れば、また違った印象を持つのだが、下界で暮らす者が本作を読んだら、各所でドキドキさせられるだろう。
作者の野生動物の知識と、狩猟知識はかなりのものだろう。体験している人でないと、見聞きだけでは本作のような表現にはならないようにも思う。
ふじ乃と陽子の、表側と裏側の人間性が読める。ここは女性作家ならではなのかも。荒々しい男の熊爪に対し、町の女であるが熊爪に負けない内面を持つ。
沢山伝えられる事柄があり、一回読んだだけでは咀嚼できない感じ。もう一度後で読もう。いろんな要素が含まれている。この時代にこの作品、多様性に対し訴えているようにもとれる。
2月12日
君たちに明日はない
17
垣根 涼介
サラリーマンの首切り請負業。昨今の社会における、企業のリスク回避のための委託業務。主人公真介の人間性が段々と詳らかになって行くのと同時に、登場人物の個性がぶつかり合い、切る側と切られる側の心理戦がモノローグで楽しめる。多角的に多様的に世の中を分析している作者ならではの作風。そして乗り物好きが、本作でも表現され、それが昭和な車体でかなり楽しめる。
頑張っても結局は雇われる側。この世の中を風刺したような作品で、サラリーマンは作品から得る部分も多いだろう。育てるから、使い捨ての世の中に変わった今、どんな職種に就いてもリスクがあるって事を言われている感じ。
巻末のショートカットの女性は・・・。
2月11日
剱の守人
16
小林 千穂
女性らしい丁寧な言葉並べで、富山県警の山岳警備隊をドキュメントし作品に仕上げてある。それこそ死と隣り合わせ。自分の場合もあるし、多くは周囲のハイカーの場合もある。立山と言う特異地域が育て上げた集団とも言えるだろう。そこに必要性があったから。そして多くの人が入山する場所って事も大きな背景だろう。他各地にも県警の救助隊が創設されている。富山と同じように活動しているはずだが、富山エリアにおける出動数は他県の比でないのだろう。
一番の安全は、何もしない事である。行動しない事。行動が危険を誘発する。レジャーの場所であり、登山対象の場所であるので、黙っていても行動しに来る人が居る。常に危険が伴う場所ってことになる。谷川岳も、後立山の信州側もそうだが、富山における登山対象エリアが広く、そして危険エリアが多いって事だろう。
専門的になり過ぎず、万人が理解できるような言葉並べて、沢山の事が作品から伝わってくる。北アルプスの2000m峰は全山踏破した。それなりに危険な行動をしてきており、用意周到とかよりは運が良かったと思っている。登場する隊員のお世話になる事が無く良かった。
2月10日
里やま深やま
15
後藤 信雄
どれだけ登山回数を重ねているのか・・・。冒頭の解説から驚かされる。40年の登山歴で、決まった4座において1万回以上登っているとある。土日だけでは絶対に成し得ない数字。毎日何処かに登るとしても7年ほどかかる。他にも全国区で登っているようだから、それこそ山浸な生活なのだろう。
作文の内容からは、かなり好奇心旺盛で、何でも吸収し知識にする方な事が読める。少々の事故に遭ったものの、これだけ長く現役でいられているのは、経験と知識があってこそだと思える。
作品の構成が、本作の為に書きだしたと言うより、ご自分の記録から抜粋している感じ。重複内容がややあるので、少し気になった。そして紀行が多く読めるのかと思ったが、個人感の随想が半分。作者の人となりがよく見える面があるが、若干物足りなさも感じてしまう。あとは、紀行とあるのでこれでいいのは間違いないが、文章のみで紹介する昭和な手法。今の時代なら地図表記もあれば、もっと作品受けしただろうと思う。
2月 9日
ドゥルガーの島
14
篠田 節子
海底遺跡発見!! ただこれだけならいいが、場所は発展途上国。文化風習と風俗が古来からあり、強く信教が絡み合う。ここに日本人専門者として、一正と藤井、そして人見が関わる。現地人側のケワンやエダは、最下層の原住民(首狩り族)として扱われる。部族の長のマヒシャは霊媒師としての位置取り。自然現象やファンタジックな出来事を絡め話が展開してゆく。それら事象を、研究者ならではの経験値で解釈解決してゆく。一方で現地の判断もあり、そこに火山噴火の自然現象が伴う。科学と文化風習の対峙があったりと、人間模様がかなり楽しい。一正のちょっとしたダメっぷりもいいアクセントになっている。低俗人種に見られていたエダだが、実際は頭が良かった事が後半に見えてくる。アハメドの位置取りも面白く、複合的な内容で、いろんなことを考えさせられる。そして全体的にスピード感があり、噴火や事件・事故に対しハラハラドキドキもあり、いろんな作品要素を持ち合わせているような読後感であった。
2月 3日
たゆたえども沈まず
13
原田 マハ
作者の専門分野であり真骨頂。読み手側はほとんど美術には無知で、そこに美術史もほとんど知らない素人。はじめてゴッホに触れてみる。
史実に基づいたフィクション。脚色はあるものの本筋は多くく違わないって事になる。ここまでゴッホが日本に関わっており影響を受けたのか・・・。そしてゴッホには兄弟が居り、そのテオの存在が自身に大きく影響していたって事も知る。
当時のフランス、当時の日本、沢山の伸びしろがあり希望に満ちていた様子が読める。冒頭からしばらくは、あまり面白くない展開であったが、我慢しての中盤から後半は、とても興味深く読めた。自傷した背景、自害した背景、知ることとなった。
1月30日
狛犬ジョンの軌跡
12
垣根 涼介
犬の登場する作品。しかし少し変化をつけた狛犬が主人公となる。いつもながらの、作者の理系的要素と文系的要素が心地よく絡み合い、そしてマニアックな知識が登場人物に被さり、至極楽しい。
最後の最後が、やや物足りない印象があるが、たぶんそこも作者ならではの考え抜かれた手法なのだろう。読み手側でいろいろ想像できる手法。
「たとえ能力は同じでも、もって生まれた気質が、生きる中で培ってきた性格や考え方が、徐々にその人のパフォーマンスに影響を及ぼし、やがては決定的な生き方の差となって現実に顕れてくる」この行は特に印象的であった。他にも多数気になる言葉並べがあり、作品に入りながらも立ち止まることが多かった。
読み物が楽しい。読んでいて楽しい。 そんな作品。
1月27日
旅屋おかえり
11
原田 マハ
先に続編を読んでしまってから前作となった。冒頭、出自の解説が全く同じなので、また同じ作品を読んでいると思ってしまったが、続編も、この出自もしっかり刷り込んでおきたい作者の意図だったよう。
番組が終わり、事業としての「旅屋」発足の経緯が判った。そして丘えりかの位置取りも、ここで確定された感じ。角館への旅、内子への旅、人の暖かさと人情を感じる展開に、必ずホロッとさせられる件がある。口は悪いが心は・・・と言った萬社長とのんの副社長、登場人物の全てが人がよく心地いい展開。笑いあり涙あり。旅が人間を育ててゆく、旅をしようと背中を押してくれるような作品。たかが旅、されど旅。「旅」の文字がかなりの割合で出てくる。多角的に、広角に、いろんな角度から旅を問うて語っているような・・・。
1月26日
左右田に悪役は似合わない
10
遠藤 彩見
芸能界内のライトミステリー。赤川次郎さんのテイストに似た印象にも思えた。芸能界内には、全くの素人の読み手側であり、やや専門業種に特化した感じの内容のようにも読め、おそらくたぶん、関わる業種の方々にはかなり面白く読めるだろうと思える。がしかし素人側だと、今一つニュアンスが汲み取れないと言うか、専門書的に書かれているような印象がある。まあ所謂こちら側が無知なだけなのだが・・・。
それでも左右田のキャラはかなり楽しく読め、役者にして刑事のような存在感は楽しかった。業界内の蠢きも読み取れ、人間関係重視で厳しい職場の中に身を置く左右田のスタンスが心地いい。
1月24日
移民の宴
9
高野 秀行
潜入取材のスペシャリストが、今回は「食」にピントを合わせ、国内に居る外国人の食文化をレポートしている。いつもながらウイットに富んだ滑稽な作品に仕上げてあるが、その背景は相応に大変な事が分かる。体当たり取材であるのだから、取材を断られることも多いよう。めげずに目的を貫く作者の意志が見えたりする。
日本食を食べる日本人。同様に各国特有の食文化があり、当然そこには拘りがあり、信教や文化風習の影響がモロに出ている。それが、毎日のことであり、外国を知るには、まず食から知るってのはハードルが高いけど懐に入る一番の方法に思えた。本書では、タイ、イラン、フランス、インド、ロシア、台湾、フィリピン、韓国、中国、スーダン、ブラジル、これらの食文化が作者の体当たり取材により学ぶことができる。
超広角な視野を持つ作者。食文化とともに外国の文化を学ぶ中で、人として日本人として学ぶべきことが多い。この先、外国人がどんどん増えてゆく日本、「排他的になるのではなく、全てが正しい」という件が一番記憶に残る。
1月20日
流人道中記 下
8
浅田 次郎
さて後編。玄蕃の回顧により石川が事件のあらましを知ることとなる。その前に「里帰り」の件があるが、次々と出くわす玄蕃の対応に石川は戸惑うが、それらを重ねるごとに玄蕃の本当を知ることとなる。押送人としての石川が、江戸から三厩村に行く間にどんどん人としての成長してゆく。妻への手紙が成長度合いのそれを示すよう。
時代物として、当時の制度しきたりを使い構成している。理不尽さが面白みの要素としてあり、武士道を分解し咀嚼しやすくしているような作品。これほど時代物が楽しめるとは・・・。
「上」があり「下」もあるのだから完結なんだろう。ただ、玄蕃も石川も死んではいないのだから、その後が読みたい。
1月19日
恋するソマリア
7
高野 秀行
異国、それも全く情報を持たない未知の場所。況してや「危険」と伝え聞く場所。そこがヨーロッパとかの見知った場所なら、ある程度と言うかそれなりに知った部分があり、そこから繋がることもあるが、本作は誰も行こうとしないソマリアの話し。全て100パーセント新しい情報で、次々に繰り出されるお国柄の文化風習風俗が新鮮でたまらない。ウイットに富んだ作風で、分かり易く読みやすく仕上げてあり、自然と学ぶことができる。
表題の「恋する」は、ソマリアにもかかっているし、登場する美人記者のハムディにもかかっているだろう。そして最後のはしごを外される感じ。それもソマリアでは「普通」と伝えられ、日本人との差異と言うか、ところ変われば対人関係の色々が大きく異なる。外来者のもてなし方などは、ソマリアの方が日本より上なのだろう事も読める。
とは言え、「謎の独立国家ソマリランド」を先に読んでいるので、ある程度は予習が出来ており、今回が復習のような感じで国や人種を知ることができた。
すべて作者のバイタリティーのおかげ。アル・シャバーブに襲撃され、生きて帰ってきている。運を味方につけ駆けまわっている。
1月14日
流人道中記 上
6
浅田 次郎
見事! さすが各賞の評定委員を勤めている作者。腕が違う・・・。荒れたささくれだったキャラクターの味が、読み続けるほどにじんわりと沁みだし、人間の持つ個々の生い立ちに元なう性分が、モノローグとして語られ、そこが作品の面白さ。青山玄播を罪人とし、石川乙次郎が押送人として、江戸から青森までの旅が始まり、その前半の話。
盗賊の件から、仇討ちの件への展開が秀逸。盗賊の展開を頭に入っている中で、仇討ちの展開も同じように進むのかと思ってしまうが、巧妙な構成で進んでゆく。そこに青山玄播以外の登場人物のモノローグが入る。キモは青山玄播となる事は判るが、今に置き換えると、良き上司的な配慮があり、青山により石川が成長してゆくさまも楽しい。成長の度合いは、きぬに送る文の内容からとなるだろう。
作品として、構成も楽しく、仕込んである色々が本当に読み手側を楽しくしてくれている。時代物がこんなに楽しいとは・・・。
1月 6日
丘の上の賢人
5
原田 マハ
キャラクター構成は、ライトミステリーに出てくるような個性的。見た目に反して心根のいい人ばかり。主人公は丘えりか、ピークを過ぎたタレントの位置づけ。旅番組が終わり、所属事務所独自の旅代理業を担う。
故郷、育ってきた過去にモチーフを当て書かれている。帰れない故郷、帰っていない故郷。理由が合って帰れない場所。でも故郷とは「場所」ばかりではない。
ハッピーエンドの心地いい読後感。「旅」の楽しさと、そこでの出会いの楽しさが書かれ、筆者の旅好きが存分に感じられる。
1月 4日
せんせい。 下
4
重松 清
ニンジンはさすがに強烈な構成だった。聖職と例えられる教職員が、ここまで悪側に表現されるとは。中盤までは胃がヒリヒリする感じだが、最後に全てを包み込んだ伊藤君に、先生以上の人間の大きさが表されている。先生とて・・・。
泣くなは、昭和な時代と令和の今の部活事情をよく表現されている。結果、どちらがいいのか悪いのか・・・。悪いってことは無いが、昔の教育の方が良かった面もある。厳しく教える。優しく教える。一長一短で、生徒の成長に影響を与えている。
気をつけは、ほとんど昭和なシチュエーション。作者本人が登場しているようにも読める。昔の先生は良かった・・・そんな作品。
上下巻とも「先生」を中心に書かれているようだが、実際は生徒側の感じ方・捉え方を強く記している。一人の先生に対し、大勢の生徒が居るのだから、同じ一言でも感じ方は様々。様々な生徒が居り、神様のように先生が正解を出せない時もある。と読み取れる。
作者は「先生」に拘って作品を残しているとあとがきにある。ある意味スペシャリストである。でもそれほどたくさん書いても、まだ次々と構想が練られることが凄い。そして多くの涙する作品を残している。名工の域。
1月 3日
せんせい。
上 5
重松 清
白髪のニールで、ニールヤングを聞くことになるが、作品とよく合い、ニールヤングの歌声が沁みる感じ。先生とて一人の人間で趣味を持ち拘りもある。
ドロップスでは、養護教員がフォーカスされる。虐めの逃げ場所は、唯一保健室。そこにいる人が本当は重要だったりする。教員に頼り過ぎてもいけない。教員しかしとことにない偏った生き方の人が人生を導いたり、虐めを上手に回避できるとは限らない。
マティスでは、痴呆に入った元教員対する回顧。当時に対し、生徒から大人になり、齢を重ねた今での判断の差異。奥深く、活字の数以上に多くのことが読める感じ。
さすが重松さん。
1月 2日
ロールキャベツ
2
森沢 明夫
大学生が主人公。作者の事なので、勝手に房総方面を想像するのだが、海辺の大学に通う5名が織りなすストーリーで、展開が早く楽しく、そこに悪者がほぼ登場しない心地よさがある。キャラクターの全てに特異性を持たせ、その個性が作品のキモでもある。冒頭では、なにかミステリーな展開になるのかと思ったが、巻末で見事な回収となっていた。
出来すぎな人間関係であるが、フィクションなのだからこれでいい。この時代に生きる将来が不安な若者にとって、本作はなにか背中を押してくれるものとなろう。続編が出そうな雰囲気もある。出て欲しい。絶対また楽しく読めるはず。
1月 1日
たわごとレジデンス
1
原 宏一
5作の構成。高級老人ホームと言おうか、人生の最後を過ごす場所で、入居者と従業員との中で起こる出来事。展開に理想を思い浮かべながら読むのだが、見事の裏をゆく展開。陰と陽があるとして、陰側に振れることが多いのも人生と警鐘を鳴らされているかのよう。
読んでいる途中も、読後も胃の腑がもやもやとしてしまう感じ。それほどに作品の内容が感じ得られたことになる。理想と現実。物事の裏に隠されたリスクが表に出てきた場合が本作。悪役・悪者が常に潜んでいるのが世の中。頭の中で理想お思い浮かべ判断する中で、一呼吸おいてよく考えたほうがいいと言われているよう。
それこそ理想ばかり追い求めた「たわごと」でなく地に足を着けた生き方をしないとと言われた感じ。