2024
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10月 5日
近藤 史恵
78
山の上の家事学校
まだ封建的な日本社会。昭和を生きた人が居なくなると、それもだいぶ薄れてゆくのだろうけど、そんな文化で育つと、それが普通と摺りこまれる。本作は、そこにメスを入れるかのような作品に仕上がっている。
作者が女性であるからこその、家庭における女性の立ち位置や、日々の家事での思いが、登場人物により言葉にされる。そして主人公幸彦の理解度が高い。女性が書いているので寄せてきている感じではあるが、そうであっても、本作の「家事」に対する男性側への促しは秀逸。
共稼ぎが普通になっている世の中においての家事は、昔とは違う。若い人より、中高年が読んだ方がいい作品に思えた。
10月 1日
藤崎 翔
77
比例区は「悪魔」と書くのだ、人間ども
ショートショートを間に挟んだ、全12作品での構成。多角広角な世の中の見方で、ウイットに富んでいて通常の作家に対しコメディー側に振っていると思ったら、元お笑い芸人と知り納得。お笑いのネタ的な、ちょっとしたことへの拘りが特徴な作風。
今、この世の中に起きているいろいろ。理想と現実と希望が入り混じり、「悪魔」の作品などは構成が絶妙で楽しい。世の中に対し斜に構えているような、真正面に向き合っているような、やはりいろんな角度で世の中を見ている作者なのだろう。
なにか中毒的要素があり、作者のほかの作品が読みたくなる。
9月27日
犬飼 六岐
76
火の神の砦
作者の時代物はとても読みやすい。この一言に尽きるだろう。現代風の言葉ならべで書かれてあるからだろうけど、それにしても読みやすく難読難解な部分が無くすらすらと読める。
市場で売られる刀。どんな名工が打っているのかと思うが、意外な隠れ里で作られていた。久忠の武士としての位置取りもよく、そのコバンザメ的な又四郎も頭脳派。大団円で意外な展開を見せるが、一貫してどの場面でも楽しさが持続する。
砦を境に、向こう側の世界とこっち側の世界があり、守ってきた隠れ里の住人でもこっち側の世界を求めていた。干渉の無い閉鎖的な世界の幸せ。人としての、女性としての幸せ。貧しいことを辛いことを普通としている中でも、人は幸せを求める。女性は特に・・・。
9月25日
山本 文緒
75
自転しながら公転する
遺作が「無人島ふたり」ではあるが、その時の闘病の前期で仕上がった作品。おそらく作者が一番能力をフル回転させて書いたものだろうと思える。
主人公の都。その家族と職場と恋愛と、現代の30代をそのまま表現している。働いても働いても生活が楽にならない中で生きてゆく、生活してゆく・・・。昭和に生まれ昭和に育った親の社会観の下で、令和を生きてゆく若者の社会観のギャップがよく表現されている。
女性としての結婚観、あとは作者ご自身の離婚を踏まえ、その離婚の件や男性感が書かれたところは、都と言うより作者本人が登場しているようにも読めてしまった。
冒頭の挙式の場面。ベトナムの地の振りがあり、以後の作分からどう導かれるのかと、気にしていたが最後は予想外。そして見事。
登場人物が、女性側ではほぼハッキリモノを言う人を並べてあり、男性としてこの作品を読むと、ヒリヒリするような会話場面が多い。たぶんおそらく、女性が読むとまた違った印象で、かなり面白いのだろう。
達観している意識で読んでいたが、いつしか作品内に引き込まれ、山本文緒ワールドの中に入り込んでいた。もっと書いて欲しかったが・・・。
9月18日
南木 佳士
74
小屋を燃す
4作品が収められている。そのうち、「畔を歩く」と「小屋を造る」には驚いた。これまで作者の作品を読み、ほんわかした気分にさせられ、アウトドアでの楽しさを共有しているかのように読んできたが、これは違う。これが作者の真骨頂なのかと思わされ、ダークな部分も惜しげもなく表現されている。それが鬱の発生に関わっているようで、それが為の心の叫びのような。絞り出すような、吐き出すような言葉ならべに感じられた。よって新鮮で、作品に引き込まれた。
頻繁に遊んでいる佐久に住まいする作者。その佐久地内でのいろいろが書かれており、現地を想像しながら読み進められ、内容がスッと入ってくるようでもあった。
後半の2作もいい作品だが、インパクトとしては前2作であった。地に足を付けて生きている感じがとてもいい。
9月14日
佐伯 一麦
73
ミチノオク
表現のための文字量・言葉量が多く、山行文を読んでいるような印象。紀行文としてもとても詳細に綴っていて、作者はそれほどに注意深く物事を観察しているのが判る。情報量がとても多く、楽しい作品。いろんな角度から書かれているので、詳細さが肩が凝らない感じ。やもするとくどい印象側に振ってしまうが、そのあたりは良い加減に仕上がっている。東北の、文化・風習・風俗・伝統、それらを体験し綴られている。
9月11日
結城 真一郎
72
難問の多い料理店
宮沢賢治の作品が偉大であり、読む前からかなり先入観として存在してしまう。この題名にしてあるのだから、意識していないはずはないだろう。内容は大きく違う。
作品内では「ビーバーイーツ」だが、ウーバーイーツをもじって使い、その配達者と、食材の使い手と、受け取り手との話の展開。作品内に登場するオーナーよりの問題解決が速いのが特徴で、何か問題提起されてからの、考える・想像する時間が短く特異。そこからの展開を面白くさせているのだが、定型的な推理小説から外れた手法で、これはこれで新鮮。
ビーバーの配達車が固定ではなく、複数人存在し、話の回収が最終章にある。なんとも不思議感のある作品であった。ライトな仕上がりでありつつ、胃の腑が重くなるような・・・。
9月 3日
山本 文緒
71
無人島ふたり
作者本人の最期の日記が書籍化されている。作家らしい観点で、ステージWからの闘病記が語られている。ほぼ治らないだろう宣告されてからの人生、そして一日一日。やや達観しているような感じで、自分でありながら他人の事ような視点であったりし、それが為に暗くならずに読める。ここは作者の、この日記を作品化すると決めてからの手腕だろう。痛みや苦しみも書かれている。がそれらは過度にならずに、他の部分に言葉を割いている。
とてもいい作品。軽井沢に住まわれていたとは知らなかった・・・。
8月30日
竹吉 優輔
70
たったひとつの冴えない復讐
高校の中での「いじめ」が書かれている。加害側と被害側、教員や親や、これまでいじめに関しては、それら周囲のことが書かれることが多いが、本作は「いじめ」をこれでもかと追及し、あらゆる角度から切り込んで仕上げてある。よくある一辺倒な展開と思って読んでゆくのだが、いろんな要素が絡み合っており、読みつつも学ばされる。
クラスの中に犯人はいるのか・・・。守れなかったのはクラス全ての責任。関わる加担者が現れると、またそこでいじめが始まる集団社会。本音と建て前、倫理的な部分と、複合的に合わさり展開してゆくので飽きることがない。
「闇」(ギン)から出された問いに、答えてゆく七生。次々にいじめの詳細を知ることとなる。すぐ近くにいるクラスメイトの中に潜んでいる本当を暴いてゆく。推理的要素もあり、ホラー的要素もある。そしてコロナの中での展開で、今現在が舞台。さらにスマホの位置づけが現代風。たかがスマホされどスマホではあるが、スマホがクラスを繋げているのも事実。スマホが無かったら本作は成り立たない。それほどに現代人はスマホで会話している。そのスマホでの会話と、面と向かっての会話の違いも表現されている。
冴えない復讐ではあるが、作品としては冴えてる。
8月23日
西條 奈加
69
バタン島漂流記
冒頭は、ルビが多い専門用語を含んだ作文で、ちょっと負担に思っていたが、船が出向する頃になると、そこからの展開が面白くて飽きずに最後まで。
昔の海洋事故。それも外国から戻った史実であり驚く。東南アジアまで流された後に、何もない中で船を作り上げ九州までたどり着いた。バイタリティーの凄さと、後は今より信心の強さがあったのだろう。今なら「戻る」考えには至らないだろう。
少し脚色はあるようだが、作品としてとてもいい仕上がり。現地人との関係、仲間との諍い、諦め、希望、それらの人間らしい表現がリアリティーさを後押ししている。
最後の、志摩守のお裁きがいい。ハッピーエンドになっているのはこの為。ここ如何で史実も大きく変わっただろう。
8月16日
岩井 圭也
68
科捜研の砦
4編が収まっている。展開が面白く、構成が秀逸で4編がいい加減で繋がっている。登場人物のキャラクター設定もよく、人間の表と裏が実に面白く表現されている。で、なんといっても土門中心に話が展開してゆく。そして最後の作品で・・・。読者の多くが予想できなかっただろう。読み手側を楽しませる作風であり、全く飽きずに読了。一冊完結のようではあるが、シリーズとして次号作があって欲しい。
8月11日
廣澤 隆之
67
日本の仏教とお経
信心に対する無知を補おうと、日本の仏教を知ろうと思った。詳細に書かれ初めて知ることが多い。それが多すぎて、あまりにも無知すぎて情報量が多く困った。必要なところだけ知ればとも思ったが、お葬式などで惑わないよう各宗派の基本的事柄のみでもと思ったのだが、各宗派の決めごとが多く、読んでいくうちに混雑してしまい、最後はどこの宗派のことだったのか判らなくなってしまった。丁寧に詳細に書かれているので、最高所としては秀逸。読み手側は全方位ではなく、絞って読んだ方がいいだろう。これを全部分別でき、内容を会得出来たら、それこそお釈迦様になれるだろう。
8月 6日
ふかわりょう
66
いいひと、辞めました
単にいい人わるい人のどちらに居るかのような話ではあるが、現代をよく表した人間模様ともとれ、軽妙でありながら奥深い内容に感じた。沢山言葉を並べているわけではないが、そこにギュッと詰まっているものを感じる作品。物事は、逆を知ってみて本当が判るってことなのかも。
わるい人、本作では「サイテー」として書かれているが、いい人を貫く大変さの中で、サイテーで生きることの方が楽なのではないか・・・しかし。
7月31日
飯塚 訓
65
完全自供
殺人魔大久保清VS.捜査官
昭和の猟奇的事件。その舞台は群馬。多様性が受け入れられる今において、大久保清が生きていたら、科学的に病理的にもっとよく調べたのだろうけど、特異な人である。罪を憎んで人を憎まずとは言うが、大久保の場合はそうはならないだろう。昭和な当時、監視カメラもない中での自供が唯一の手がかりだった。支離滅裂さもあり、作文力もある。そして嘘をつく。二面性とか多面性なのだろうが、捜査官はかなりの苦労だったろう。
こんな人もいて社会なのだろうが、近所に居たらと思うとぞっとする。知らなかったが、ハーフの母親を持つクオーターで、目の色は青みがかっていたと言う。剥げた印象しかなかったが、女性が引っかかった理由も本作で分かってくる。テレビや新聞でしか知らなかった事件が、この作品で詳細に分かる。判るからこそ、胃の腑がむかむかするような、何とも言えない感情を抱く。
親からの遺伝・・・ともとれるが、何度も繰り返される犯罪に、全く改心の部分が見られない。精神の分裂とか鬱とかがあるのだろうけど、一般社会で生活していてはいけない人種だったよう。
死体遺棄現場横に住まいしていたと言う知人がいる。それが為か判らぬが引っ越している。
7月28日
ジャパン・スマイル
64
川上 健一
見開き2ページ毎の101作が収められ、ショートショートな仕上がりだが、全てがほっこりとし暖かい。内容は多岐に渡り、この内容を紡ぎだした作者は、小説家らしい小説家と言えるだろう。御病気が原因だろう、作者はしばらく書いていない。新しい作品に出合えていない。それがために遡るように旧作品を手に取った。やはり秀逸。作者の文体が浸透水のよう。
7月25日
日本百城下町
63
黒田 涼
素晴らしい作品だった。ここまで短い言葉並べて、ここまでの情報量を伝えているのがすごい。そして古い情報も網羅し、当然のように今の今の情報もある。城下町に目を向けた仕上がりだが、土地土地の観光名所から食べ物、安く楽しむノウハウとか、混む場合の回避策とか、作者が間違いなく現地に足を運んで居るのがよく判る。ここまで広角に物事を知っていることが驚く部分。もっと早くに出合いたかった一冊。城廻が好きな人も一読した方が楽しみが増えるだろう。各地の偉人に対しての知識も豊富で、名前こそ知ってはいるが、初めて知ることが多かった。
本人が一番旅を楽しんでおり、その楽しさが読者側に伝わってくる。全ては作者の好奇心からなのだろうけど。見知ったことを覚え蓄積している能力がすごい。記録・整理力が長けているとも言える。全方位型八方美人な方に思えた。
読後、各地に足を運びたくなった。旅好きなら、一冊持っていたい作品である。
7月19日
居酒屋「一服亭」の四季
62
東川 篤哉
「アリサ」シリーズに対し、巧妙なトリックでの仕上がりで、アリサよりこちらを先に読めば良かったか、ライトな感じが心地よかったのに対し、ちょっと濃すぎる感じでマニア好みとも言えよう。相変わらずのウイットさは健在で、展開自体は楽しいのだが、肝心の推理やトリックの部分が細かすぎる印象。推理好きなマニアは、このくらいでないと満足しないのかもしれない。私はまだ素人なので・・・。
7月17日
明日へのペダル
61
熊谷 達也
新型コロナの最中が舞台。それとともにソーシャルディスタンスもあって人気になった自転車が取り上げられている。コロナ過と言われる中での会社の中の組織、リモートになり自宅勤務になったり、それらホワイトカラーに対しての現場労働者のブルーカラーとの問題。フィクションでありながら、かなりリアリティーさが感じられる内容。
主人公は60に近い中間管理職。部下を持つ良識のあるキャラで、家庭においてもいい夫でありいい父親でもある。文武一体と言うか、趣味の自転車のくだりは、かなりワクワクしながら読み進められる。そして多くの自転車のノウハウがちりばめられている。それに対し仕事の方も手抜きなし。全体を通し、心地いい雰囲気で読み進められる。
最期のハッピーエンドなまとまり方もいい。唯が不幸になると寂しいが、皆が皆それなりにいい着地点に到達している。会社組織などは、上層部の考えなどは、ここに書かれているようなものだろう。
7月11日
探偵少女アリサの事件簿 さらば南武線
60
東川 篤哉
シリーズ3作目。4作品での構成。そして本作で連作は終わる雰囲気。後を引く最期ではあるが、溝ノ口界隈での事件はひとまず・・・のよう。
軽妙でコミカル。そして推理紐解きが楽しい。登場人物が少ないのでわかりやすい半面、トリックは巧妙に仕込んであるのでシリーズ作だが飽きずに読める。
ミステリー作家の脳はどうなっているのだろうと思うことがある。好きならこそなのだろうが、これらを発案・構成することに感心してしまう。
金庫のトリックなどは、二つの部分はなかなか思いつかないだろう。
7月 4日
墜落遺体
59
飯塚 訓
日航機事故に対しての検証や疑問などを綴った書物は多い。謎が多いから。本作は、それらには一切触れずに日航機事故を記録している。当時の警察の担当トップが作者であり、そのノンフィクションな内容はストレートに心に響く。
地獄絵となった体育館。誰かがやられなならない遺体確認の搭乗者との照合を、警察と医師と看護士が担い、地域のボランティアも加勢する。まだ関越自動車道も開通していない頃、アクセスの悪い上野村での事故を、当時の最大限の努力と知恵を絞り対応している。これを読むと、仕組みやマニュアルがどうこうではなく、最期は人間如何だと判る。関わった方々に頭が下がる。酷い腐敗臭気の中での作業。相手は何百と言う死体。寝ずの対応。その作業をしながらの食事、いろんなところを切り取っても大変なことばかり。当時はまだ日航のせいにされていた時期、日航の担当者も大変だったろう。
素晴らしい内容の作品であった。作者がこのように書かなければ、事故後の詳細はここまで後世に伝わらなかったろう。
事故に巻き込まれた家族・親族の人生も変えてしまった。そして関わった方々の人生観も変えてしまった事故。
7月 2日
新参教師
58
熊谷 達也
教員は社会経験が少ない中で人を教える立場になる。本作は、社会人を長く経験し、社会の仕組みを判った主人公が教員になる。その場合の思考は、会社や企業の仕組みに従った思考になり、それらと比較し、そのルールを当てこんだりする。経験している方がいいと思いきや、学校独自の仕組みがあり別世界。
読みやすい楽しい展開で、全く飽きずに読了した。途中から入ってきた者に対する風当りを、社会経験を積んだ主人公がいなし、面白おかしく展開し、その中にキラッと光る要素がちりばめられている。教師が一度読むといいかもしれない。
6月28日
笑う森
57
荻原 浩
本の楽しさ、フィクションの楽しさと言おうか。こんなことはありえないと思いつつも、引き込まれる作品。そしてライター側では、ここまでいろんな要素を盛りだくさんに構成出来たら、冥利に尽きると言うか作者側も楽しいだろう。そしてミステリアスにさせる要素を、発達障害児を主人公に置いた部分。難解さを出す要素が当事者の児童で、言葉や意志が完璧に通じ合わない中での展開は、斬新な作風に思えた。
それこそ、後半に点と点が線になってゆく楽しさがある。あとは、ネット社会への警鐘をしている部分もあり、そこだけの展開のみでも十分楽しい。真人君に関わる者が、善人と悪人、善行と悪行が切り替わる部分でのハラハラさ。それでも知的障害児の真人君は生き延びてゆく。うまく出来すぎているが作品として楽しい。バナナの皮で滑るところなどは、フィクション中のフィクションとは思うが・・・。
6月25日
山は泊まってみなけりゃ分からない
56
石丸 謙二郎
いやー楽しかった。
全方位万能な作者。理系も文系も芸術にも才がある。氏のブログを以前からのぞき見しているが、その文才に楽しい限り。そんな作者が仕上げているのでつまらないわけがない。俳優であり、より笑いのツボを心得ており、終始ニタニタしながら読み進められる。ただしそこに、行動派である作者の、体験を踏まえた考察が加わり、得るものが多い。
世の中のいろんなものを寛容に受け入れ、自分なりに咀嚼して楽しんでしまう。そこに体力もあり、バイタリティーもある。やはり全方位万能に思える。
俳優であることが、かなりのウエイトを占めているように思うが、その仕事をしながらもしっかり趣味をしている。遊びに対しての才もある。遡って氏の作品を読んでみようと思う。
6月21日
うまいダッツ
55
坂木 司
5作品での構成。
高校のおやつ部。軽妙なやり取りの中に、いくつもきらきら光る言葉がちりばめられている。現在の多様性を受け入れる社会の中、その中に置かれた若者同士の中で、うまくやってゆく術が書かれている。そして、こんな時代におけるお年寄りの事も書かれ、問題提起されながら、一つ一つおやつ部メンバーにより解決されてゆく。
独特の空気感のある4名。そこに先輩や後輩が絡み、発生する事柄に対し、対処・処置・解決してゆく。一見ライトな仕上がりだが、現代の世の中の滓だったり、今ならではの問題が書かれているよう。そして作者ならではの、食に関するノウハウがちりばめられている。
6月18日
限界ギリギリ家族
54
佐藤 靖高
知的障がい者家族のノンフィクション作品。顔も出し、すべてをさらけ出し伝えている。かなりすごい内容で、そのすごいと思ったのはほぼ知的障害を理解していなかったことからなのだが、ここまで大変なのかと知ることになる。それでも妻と二人の子供、計3人の障害者を看る役目を担う作者。本人は生い立ちからくる性分と書いているが、そう簡単にはできないことで、本人も精神疾患を患っているくらいなので、やはりストレスを抱えながらのギリギリの生活であったろうと思う。そのおかげで、子供らが自立するよう促せている。そこの部分は、作者が親であったからの事で、違う封建的な親であったなら、絶対に書かれているようにはならないだろう。
世の中には、ある一定数障がい者がいる。でも障がい者もいて世の中がある。みな共存。そして知的障碍者だからこその秀でた能力もある。本作では、そこを伸ばした親の記録とも言える。
6月15日
探偵少女アリサの事件簿 今回は泣かずにやってます
53
東川 篤哉
今回も4話。前回ライトミステリーと書いたが、これは新分野でコミカルミステリーと言えるかもしれない。各構成が楽しく、解く楽しさを維持しながら読み進められる。そこにウイットのある会話が続けられる。
運動会の、撮れていないからくりを考える作者。構成などを考える時、これらピースをどうちりばめ、また纏めているのだろうと思う。推理作家の感心する部分。
登場人物の言葉が乱暴な時もあるが、過ぎない人間性も感じられほっこりする。
6月13日
探偵少女アリサの事件簿 溝ノ口より愛をこめて
52
東川 篤哉
ライトミステリーの4話。常にウイットさとコミカルさがちりばめられ、笑いながら謎解きができる楽しさがある。こんな本もいい。便利屋の良太と探偵の娘の有紗、この凸凹なコンビが謎を解いてゆく。特徴としては登場人物が少ないことだろう。多くてこんがらがることが多いが、本作品はしっかり追従できる。
推理の楽しさもさることながら、会話の楽しさが主旋律な感じ。作者のこの文体にかなり嵌ってしまう。
6月 6日
犬がそばにいてくれたから
51
三浦 健太
愛犬家のための作品。愛犬との暮らしの最後、そしてその後のことが9話の事例で綴られている。楽しいときはいい、しかし最期が必ず訪れる。その時に後悔しないよう、どう行動すべきか、現実をどう受け止めるべきか、どうすると気持ちが安らぐかなどが読める。たぶんここは、犬に限らずペット全般に当て嵌められるはず。生き物を好まない人にとっては、やや過度な愛情を不思議に思えるかもしれないが、好む側としては浸透水のようにすっと内容が染み入る。
商売としてのペット業界もかなり変わってきている。本作の内容も、飼う側の準備として大事であろう。今から飼うのに亡くなることを準備するのは違うかもしれないが、でも犬の一生は、その進度は人間の4〜6倍とされている。それが判っているのだから、準備の中に入れておくべき事柄だろう。
ほっこりさせられ、考えさせられる部分の多い作品であった。いろんな愛犬家の体験談であり、パターンもいろいろある。愛犬度の度合いも各人違う。犬においては飼い主を選べないのだが、飼われる環境や飼い主の性格側を読むこともできる。
6月 3日
逢魔が山
50
犬飼 六岐
戦国時代のとある領地山村が舞台。戦の中での人さらいに遭い山中に入り込む。ここからの展開が独特の雰囲気を出しながら楽しめる。怪奇要素とスタンドバイミー的な部分、自然を描写する部分と、そこに孕んでいる危険な部分の描写が心地いい。
ファンタジー要素もあるが、それが実際は自然による形体で、人間の目がごまかされていることも描かれている。そこに目の見えない少年の鶴吉が入り、今度は視覚以外の研ぎ澄まされた聴覚での自然が展開されている。不思議感がある展開で、どこかで悪者を成敗するのかと読み進めるが、なかなか・・・。
読みやすく、里山の描写がとてもいい。族に捕まって以降のハラハラする展開の中で、子供らの優しさが常にあり、いいバランスになっている。
6月 1日
博士はオカルトを信じない
49
東川 篤哉
ザ・ライトミステリーな感じで、殺人があってもとてもあっさりしており、それよりウイットに富んだ笑いの方が多く、作品全体がそれらに包まれている。丘家の親子設定も楽しい。母親がまだ、あまり前に出ない構成であるが、シリーズとしたら後から前にも出てくるのだろう。そして影の名探偵である暁ヒカルの、ジェンダーフリーな物言いも楽しく、問題解決へのアプローチが軽妙でコミカル。その相手が晴人だからってこともあるだろう。
肩の凝らない楽しいミステリー。
5月28日
おしゃべりな犬
48
玄月
大阪の在日韓国人部落の在日韓国人の話。粗暴で怒りやすい、火病と言われる部分をよく表している構成に思えた。すぐにカッとなり、すぐに手を出す。別の意味では格闘技向きであり、その競技に属する在日の方が多いのも頷け、またこと野球に関してもまた在日の方が多く参加している、大阪が野球が盛んな背景が見えたりする。
芥川賞作家であり、どんな内容かと思ったら、体験したことのない何とも言えない構成で、良くも悪くも本作を忘れないだろうと思えた。男尊女卑が強調された内容でもあり、そこに日本人が混じり入った時の化学変化と言うか面白みがある。
殴る蹴る、エロとグロ、それらが構成の多くを占める。ただ、そんな中でも読み手側は平穏を求め、時折見える粗暴な中での優しさが強く印象に残る。フィクションであり、ノンフィクションでもあるような在日社会を覗き見たような印象。
5月24日
山ぎは少し明かりて
47
辻堂 ゆめ
東京から近いダムが舞台。奥多摩なのかとも思ったが、登場する名前からして「宮ケ瀬ダム」で、巻末の参考書籍からもそれが判る。
冒頭の、都から竜太とのくだり。雅枝のくだり、佳代三姉妹のくだり。そして最後は各ピースが合わさってゆく。一つ引っかかったのは、孝光が失踪する場面の、雅枝とのやり取りと、佳代のところで出てくる孝光の言動や行動が今一つ合致しない印象。そこを気にするほど入り込んでしまった裏返し。
奥多摩かと思って、沈んだ集落を思い。最近の八ッ場ダムにもそのまま当てはまりそうな内容であり、手取湖の背景も思い出したり、境川ダムも集落が沈み、みな同じ境遇の方々が居てダムが完成している。裁判があり、お金が動き、必要か不必要かハッキリ判らないまま完成している。当事者側の人も多いだろうし、本作品に触れるとよりリアリティーさが増すはずである。
戦前、戦中、戦後を上手にダムに絡め表現し、心揺さぶられる作品に仕上がっている。激動の中で、ダムを守ってきた佳代の最後は・・・。
5月21日
アンと幸福
46
坂木 司
和菓子と和の心が中心に展開してゆく。洋に傾向している世の中において、日本人としての文化・風習を学ぶことができる。主人公は杏子。アルバイト生活だったが・・・。
出来事に対する推理的要素があり、そこでの和の考察が楽しい。細かい心づかいがあるアンのモノローグがほっこりする。客商売においての客との人間関係。そしてスタッフ同士の人間関係が、機微と言うか細かく表現されていて面白みとなっている。
後半は椿店長との出張。以前の作品内容のようでシリーズを読んでいる者としては楽しい部分。逆に、過去の話があちこちにちりばめており、登場人物名がいきなり出てくるので、読んでいないと全てを楽しめないだろう。読んでいるフリークは、より作品を楽しめる。
相変わらずのほっこりした和菓子が食べたくなる作品であった。
5月18日
黙飯
45
黙飯
ユーチューブで人気の「黙飯」が書籍化された。東日本の収録が多く、中でも東京中心な仕上がり。まあ人が多いところに店も多いのだから当然だろう。上州の知った店もあり、食欲を掻き立てながら読むことができた。みな拘りを持った経営者で、毎日短時間営業しかしない店もあり、その拘りように学ぶべき部分はある。それで生活が成り立っている。つぶれてゆく店も多い中、こうして流行る店がある。何が違うのか・・・。頭を使って料理をしているのが見える。
5月17日
仕掛島
44
東川 篤哉
「館島」(横島)の続編。冒頭の少年らの件がどこで回収されるのかと常に気にしながら居たら、しっかり最後に回収された。前号に活躍した二人の子供が探偵として活躍する。これもまた早いタイミングから謎解きが始める。一緒に紐解いてゆくようで楽しい部分。
シリーズにするにしては、かなり時代が進んだ次号作で、このスパンからすると、この作品で〆になるのかとも感じられる。
建物の仕掛けが、かなりファンタジックでもある。でもそれが作者らしさで、現実離れしすぎているところが、トリックをさらに難しくさせ面白みとなる。作品内の細かな言動や些細な態度がきちんと回収される。場面場面の一言一言をきちんと読んで進めないと、この作品は味わえないだろう。バンジージャンプのあたりは、やや雑なトリックに思えるが、フィクション感がそもそもあるので許容範囲。
「島」「特殊な建物」「探偵」、この要素を含む次なる作品が出てくるのだろうか。
5月13日
書いてはいけない
43
森永 卓郎
話題のベストセラー作品を読む。毎日ニッポン放送を聴いているので、内容はなんとなく分かっていたが、活字で読むとかなり切れ味鋭い内容であり、「書いてはいけない」と言うのがよく分かる。そして政治経済の異常な部分、ひずんだ部分がハッキリと伝えられる。
おかしなことはおかしいと言える時代になったとも言える。SNSで自由に語られるようになった恩恵かもしれない。それによる害もあるが・・・。
ジャニーズの件、日航機の件、小泉政権時のこと、かなりよく知ることができた。作者の伝える能力は高く分かりやすい。そしてその発言の裏付けもきちんと添えられている。論法がいい。
5月12日
一流刑事VS一級泥棒
42
飯塚 訓
元刑事、元警察署長、元警察学校長の書いた刑事と泥棒の物語。舞台は群馬で上州弁が飛び交っている。どこまでフィクションで、どこからがノンフィクションなのかが判らないほど。でも裁判の様子や、施設内部の情景などは、やはりよく知っている人が書いていると思える。
猫田さんと青田さんと言う二人の泥棒が登場する。これを読む前には、捕まった後はそれなりに更生するのかと思っていたが、そんな甘いことはなく再犯を繰り返すよう。その背景は、楽をして大金が得られ、そこにスリルを感じ、それを楽しいと思ってしまうからのよう。趣味とは違うが、似た楽しさや麻薬性があるよう。何度捕まっても、また繰り返す・・・。
警察官と泥棒、捕まえる方と捕まる方、不思議な絆が出来、独特な関係性が維持される。人間らしいというか、人間だからの「心」がそうしているよう。
知らなかった分野を面白く読めた。
5月 8日
館島
41
東川 篤哉
「館島」であるが、舞台となるのは横島。そこに立つ奇妙なデザインの建物(館)。殺人か事故か、登場人物により、常に推理捜索の場面があり、ともに謎解きしているようで終始面白い。その謎解き場面がずっと続くのは新感覚。併せて、ウイットさの笑いがちりばめてあり、血なまぐささを打ち消しコミカルな仕上がりとなっている。
刑事と探偵の力配分が、最後に面白みになっている。紐解きの時に、館の動きをイメージするのが難しい面もあるが、ぼんやりとそこを読んでも十分楽しめるだろう。
推理し続け小説と言っていいかもしれない。
5月 2日
JA全農が炊いた「日本一うまいお米の食べ方」大全
40
JA全農 米穀部
料理本な感じであるが、米に特化した構成。小麦が高騰しているなかで、お米が見直されている。お米の専門家が、美味しく食べる方法を教示してくれている。一つ難点は、文字が小さいこと。老齢な人は、おそらく見えないのじゃないかと思う。それはそれとして、内容はとてもいい。すぐに反映させられる事も多く、とても有益。米飯が楽しくなる一冊。
5月 2日
兎は薄氷を駆ける
39
貴志 祐介
胃の腑がムカムカする序盤から中盤、それほどに引き込まれたという裏返しでもあるが、取り調べと、裁判場面での臨場感があり、活字を読みながら動画を見ているような印象を持った。
主人公は謙介でいいのだろう。英之に対する冤罪を推理するのだが、最後までよくわからないのは本郷弁護士が謙介を使った事。何のための布石なのだろうか。
冤罪の「冤」をウ冠と兎に分解し、冤罪当事者が兎のように敵に対峙する。そして謙介の抱く不可解さの全てが見える。裏の裏の裏があるような奥深い面白さ。途中途中には、それらが見え隠れし、読み手側に興味を持たせつつ飽きない手法。470ページほどあり、少し構えたが、一気読みであった。正義・法律・倫理・義理人情・複雑に絡み合い巧妙な仕上がりであった。
4月26日
正しき地図の裏側より
38
逢崎 游
暗く寂しい冒頭。父親のしたこと、父親にしたことを背負いつつ、主人公は生まれ育った場所を離れ独り生きてゆく。それもホームレスをしながら・・・。そこでの人間関係、多くは出会いであるが、主人公耕一郎の人柄からか周囲が温かい。でも世の中の底辺のような場所から這い出す道が見えないもどかしさ。そしてホームレスになっている人々の背景が、耕一郎を学習させてゆく。
各場所での人間模様を経ての後半。転機は「寄せ場」に行くようになってからの、肉体労働による高収入になってから。肉体労働のできる体力のある人、体力のなくなったホームレスなどの描写もいい。
心を揺すぶられながらの最後、耕一郎は玲奈に会い、そこで真実を理解してゆく。耕一郎の持つ地図、父親の持っていた地図。人生の背景が見える。そこから読めるものは・・・。
4月23日
近所の犬
37
姫野カオルコ
ここまでの愛犬ぶりを読み体験したのは初めて。それも自分で飼っておらず、暮らす周囲近所の飼い犬に対してとは恐れ入った。犬好きとしては、その愛犬ぶりが心地いい。
冒頭は、何か説明ばかりでくどい印象だったが、次第にそれが面白さと判る。本作の面白さは、そのモノローグを含めた解説にある。そしてよく知っていて新たに犬に関し知らされることも多い。変わった角度からの観察もされており、いっぱしの犬研究者でもあるよう。
また繰り返し読みたい心地よさの読後。
4月22日
陰日向に咲く
36
劇団ひとり
書くべき人が書いたと言えるだろう。これほどの文才があるとは・・・。ここまでの能力があるから、秀でた笑いに繋がっているのかも。
各作品が繋がってゆく面白さ。常にウイットに富んでいて各ページで笑いに誘う。ただ、やや高度な笑いを追求しすぎている風もあり、面白いんだろうけど笑えずに考えてしまった場所もあった。レベルの高い笑いに引きづりこもうとしているわけではないと思うが、こちらがついてゆけない部分も少々。
能力があふれ出しているような印象。完全にハマってしまった感じ。楽しいのはいいこと。本を読んでケラケラ笑える幸せ。笑いながらも体温を感じる。
4月19日
迷子の王様
35
垣根 涼介
シリーズ完結編。面白く読んでいたので、しばらく続くのか、いくらでも続けられると思っていた。でもさすが作者、早々に本作で〆た。作者の語りたいことを全てだし尽くしたのかもしれない。4作品の中での、「さざなみの王国」は、本に対しての作者の思いだろう。ネットやテレビと対比させた本が、とてもシンプルでありながら特化した位置取り位置づけで語られている。その通りに思う。SNSじゃなく本だろう。もっと本を読もうと言っているようにも感じられた。
そして、主人公真介のリストラ請負業務解散後は・・・とても重要な、大事なことを言っているよう。最後は人としてのハートの部分。世の中を渡り歩くうえで、結果として大事なのは・・・。この着地点で安心した。あとは、どうあがいても厳しい時代を迎えていることも語られている。
周囲に判断を影響されるのだが、それでも最後に判断するのは自分。
4月16日
銀狼王
34
熊谷 達也
北海道が舞台。そこにアイヌも出てきての、作者らしい仕上がり。狩猟肯定派否定派、犬好き犬嫌いで、かなり感じ方は違うだろう。猟師としての伝統的な部分と、個人の良心、二瓶の「独りごと」の中に多く出てくる。
一方、絶滅してしまった狼。絶滅させられてしまったといった方がいいか・・・。そこに猟師が大きく関係したのは間違いないだろう。生き延びるために家畜を襲う。害獣とされ熊同様に駆逐される側となり、頭数を減らしてゆく。そして最後の生き残りのような扱いの銀狼王。狼がいなくなったことを思うと、最後は仕方ないとは思うが、もう少し狼を立てたい思いが残る。これは先に書いた部分の、犬好きだからそう思うのだろう。
結構に引き込まれ、心の中をかき回された。
4月14日
アジア新聞屋台村
33
高野 秀行
国内にある、アジア圏向け新聞の顧問だった作者。懐に入った実体験が綴られ、そこからは、アジアの各国の文化風習・習慣が見えてくる。そして3ページに一度くらいは、ウイットに富んだ笑いを誘う言葉ならべがあり、終始にこやかに読み進められる。
アジア圏のことを話していながら、いつの間にか日本のいい面、悪い面も見えてくる。仕事の進め方などは、日本流がけっして正解ではないことが見えてくる。多様性を受け入れづらい日本だが、外国人が増えれば自ずと受け入れねばならないことになる。
作者らしい突撃取材な内容で、作者だから各文化がここまで詳らかにできたのだろう。異文化を知ることはとても楽しく、高野さんの言葉で知るのはもっと楽しい。
4月11日
「おかえり」と言える、その日まで
32
中村 富士美
私設の山岳遭難捜索組織があるとは知らなかった。そしてすでに「ココヘリ」と連携して、ココヘリから委託されて動いている。
遭難における分析力が長けており、かなりの確率で遭難者を見つけ出しているよう。やはり探すセンスがあるのとないのとでは違うだろう。その背景には、ありとあらゆる情報を使っている。今や携帯はなくてはならないもの。遭難者の行動を追うのに、最後に受信した基地局データまで収集し、契約しているクレジットカードから、最後に購入した山道具まで調べられる。これには驚いた。それが発見に繋がるのだから良しとしたいが、そこを知ると、怖い世の中にも思う。
遭難者家族と捜索側との距離の置き方が作者は絶妙に思う。看護師と言う前職により培った部分もあろうけど、なかなか作者ほどに勘所がいい人はいないだろう。表情や目をよく観察している。それは捜索時の現地様子を見る目にも繋がり、すべてにおいて注意深く見ているということにもなろう。
ココヘリの発信機を持っていれば、遭難時に見つかる。と思うが、それもちゃんと電源が入っていて充電がされている場合。作品内にも関わる記述を入れて注意喚起となっている。
素人も玄人も、得るものが多い作品と思う。
4月 9日
木挽町のあだ討ち
31
永井 紗耶子
遅ればせながら、人気作をやっと手にする。
時代物とは思ったが、このような展開とは予想できた人はいるだろうか。してやられたと言うか、感服で感嘆な読後感。「あだ討ち」と言う特異性と、舞台となる芝居小屋と言う特異性、見事なあだ討ちで、その構成が見事。そして登場人物の独り語りがいい。相手がいて会話していながら独り語りで進んでゆく。独りだからこその話の膨らみ方とも言えるかも。
散らばっていた点が、後半で見事に拾い集められ線になっている。時代物をここまで楽しんだのは初めてかもしれない。ページ数も心地いい範囲内、長すぎず短すぎず。どちらかと言うと、短い方だが、構成の良さからは読み応え十分。血なまぐささのある前半から、後半になっての回収してゆく展開では、アレッ、エッ、そうなの・・・となり、最後は血なまぐささが消えスッキリ。
4月 4日
勝ち逃げの女王
30
垣根 涼介
シリーズ4作目。4作品が収められている。これまでとは毛色が違い、面接をしない作品もある。単調になりがちのシリーズ作を、変化をつけて楽しませてくれている。これまでがビールとしたならば、今回はワインのような仕上がりで、登場人物からの言葉が深く沁みる。世の中のサラリーマンが読めば、かなり働くのが楽になるだろうし、多くのリストラを控えた人らにとっても指針になるだろう。
ハッと思わされる事もあり、頭の芯がクールダウンしてゆくような感じも抱く。冷静に世の中を見ている作者。本作を読んでいると、判断に悩むことはないのではないかと思えてしまう。
3月30日
富士重工業 技術人間史
29
富士重工業 編集委員会
言わずと知れたSUBARUの記録。中島飛行機からの変遷が、内部の人の手により、人の部分から製品の部分まで書かれている。主要メンバーが皆高学歴。やはりここまでになる企業の上層部は、しっかりとした頭脳を兼ね備えていて下々を引っ張っていたことが読める。そして一番のキーマンが百瀬氏って事は明らかで、氏が居なかったら今のSUBARUは無いだろう。
変遷と併せて、開発時の問題と対策が細かに書かれている。車関係者で、改造をしたり整備をする人にとって、とても有益な内容だろうと思う。昔の技術ではあるが、大いに参考になるだろう。苦痛しながら、トライアンドエラーで造られているのが読める。今ではこの造り方は無理だろう。戦後の復興の中で遮二無二働くしかなかった時代。設けばかりを追求する今とは経営側も就労側も意識が違っているのも感じ取れる。
技術屋の話で、とても面白かった。スバリストは読んでおかねばならないだろう。
3月25日
死刑囚になったヒットマン
28
小日向 将人
2003年1月に前橋のスナックで起きた事件の犯人の手記。全国区のニュースになり、ヤクザ同士の抗争事件として聞いていたが、獄中の主犯が詳細に手記を残して本作品となっている。
作家が書いたものではなく、手記から起こしているからだろう、重複内容が多い。さらには獄中で気持ちの振れがあるのか、主張が一貫していないようにも感じる。作戦に対する策士のような発言があったり、そこからは組内の鉄砲玉のような存在に見える。一方で悪事を否定していたりし、善悪が入り乱れている。矢野会長から殺されるかもしれない、この事が終始頭の中にあるからかとも思う。
ヤクザの世界を知ることになる。本人がキリスト教に入信して、改心して書いた内容であり、内容を信じたい気持ちはあるが、周囲が亡くなってしまっている中ででは半信半疑であり、全てを本当とは解釈せず読み終えた。正しい心持で生きていればヤクサにはならなかったろうし、裏社会やアンダーグラウンドで生きていた人の生き様を容易には受け入れられない。
特異なカテゴリーの作品であり、モヤモヤとした読後感。世の中にはいろんな人が居ることを知る。
3月23日
抜萃のつづり
その八十三 27
クマヒラ
遅まきながら拝読。ウクライナ戦争に関わる作品も多い。例年に対し少し気になったのは、若年層が読んでも分かり易い抜萃が過去に見られたが、本号はわりと大人向けな仕上がりに感じられた。時代がギスギスしてきたからだろうか、たまたまの編集でそうなったのだろうか。きっと編者は、今の時代に必要と思うものをチョイスしているはず。
いい言葉、有益な内容が抜萃されている。短い文面ながら内容が濃く、これらが無料配布されている。頭が下がる。
3月20日
喫茶おじさん
26
原田 ひ香
作者の真骨頂は、人間の裏にある闇の部分を表現することのように思っている。
主人公の純一郎は、離婚こそしているが、いい人として登場し、喫茶店巡りをしながらグルメリポートを続ける。そこでは「おいしいなあ」と繰り返すのだが、関わる周囲は優しい部分のみではなく、やや棘を持って純一郎と接している。
「なにもわかってないんだな」が、読みながらもしばらく判らず、最後に少し意味することは分かったものの、複数人がそれを発している中では、各人のその言葉の意味がハッキリとせずモヤモヤ感が残った。亜希子の事を、登美子の事を、亜里砂の事を、斗真の事を、さくらの事を、わかっていないって事で良かったのか・・・。
一日にハシゴしながら何杯もコーヒーを飲む純一郎。難しいコーヒーの味の表現は無く、ホンワカとして分かり易い。
3月14日
ハイパーハードボイルドグルメリポート
25
上出 遼平
テレビ東京の番組が本になっている。高野さんの作品と肌感覚は似ている。どちらがどうってことは別として、作者のバイタリティーは凄まじい。もしかしたら、「撮れ高」が背景にあり、ここまで能動的に行動してしまうのかもしれない。危険を冒してまで。
広範囲に世界に出向いている。各地の知らない風習や宗教を知ることができる。そこに居るのは生身の人間で、危険な場所であっても作者の人柄で通じ合えている。そこには作者ならではのテクニックと危険回避方法はあるのだろう。ネットで氏の画像を見たが、かなり眼光鋭い方であった。そうだろう。
ヒリヒリするような現地を、独特な視線でレポートしている。それよりも、よく言葉を知っており、書かれている活字が新鮮で楽しい。沢山の本を読む方だろう事が判る。
何処に行っても、出された食事を美味しいと食べる作者。世界を旅するのに必要な事だろう。
3月 9日
張り込み姫
24
垣根 涼介
シリーズ3作目。相も変わらずの、真介を主人公とするリストラ請負会社での出来事。シリーズ作となると、やや平準化されたような作品が多いが、これはギヤをどんどん上げてゆく感じで、次々と新展開が読める。作者の抽斗の多さを知るのだが、特に3作品目の「みんなの力」は、カーマニアの作者の自由奔放な部分と、そこを加味した理系的要素と、読ませる文系的な部分が融合しており秀逸であった。
世の中にあるいろんな職業。これから就職する人らは本作シリーズを読むと、娑婆での社会感が違うのではないだろうか。辞める人が少なくなるのではないだろうか。そして今、辞めようと思っている人も判断に後押ししてくれるだろう。作品のように、いい退職金を出してはくれないだろうが、考え方としては間違っていない。
さて次(笑)。
3月 5日
犬は知っている
23
大倉 崇裕
ファシリティドッグのビーポが主人公。「一日署長」の五十嵐いずみも登場し、大倉ファンが手にしたら、より楽しめる構成になっている。独自のライトミステリーで、須脇警視正も出てくるので、一日署長の次作のようでもあるが、これはこれでそこから枝分かれしたシリーズ作品になるだろう。五十嵐主人公の一日署長に対し、こちらはビーポが主人公。そのハンドラーは笠門で、彼も主人公。
5作品全てに色を変え味を変えてあり、かなり楽しく仕上がっている。濃すぎず薄すぎずで読みやすい仕上がり。一番は、犬の事をよく判って登場させており、表情や行動表現が完全に愛犬家目線で心地いい。ものを言わない犬を語らせる感じ。三毛猫ホームズシリーズのような印象もあり、片山兄弟が笠門と五十嵐な感じか・・・。または看護師長の畠中と笠門のツーカーな感じもいい。
普通に次号作が待ち遠しい。
2月28日
首都襲撃
22
高嶋 哲夫
地震やパンデミックを予言師のように先読みして仕上げている。作者の作品を読んでいれば、この先で起こるであろう色々が少なからず対処できるように思う。今回はテロを題材にしている。これから増えるであろうテロに対し、その背景を作品を読みながら知ることができる。アラブの民の生活事情や信教、そして世界の警察であるアメリカの位置取りが見事に構成されている。
いつもながらとてもスピーディーで展開が速くて楽しい。途中途中では何人も犠牲者が居るのだが、ドライに次に展開してゆく。アケミのその後がグレーだが、最後まで緊張感を持たせる手法だったのかも。読者側からなら、アケミのさらなる復讐が待っているように思えてしまう。
主人公は女性警護官のアスカ。そこにテロに対するノウハウを持つジョンが参謀的に加わりサポートしてゆく。ここでは、アメリカの犯罪社会に慣れた人でないと、日本独自ではテロには対応しきれない事を言っているように読める。陸地で国と隣り合わない島国、いい意味で平和だが、世の中においては平和ボケ過ぎているとも言える。もう少し緊張感を持つべきなのだろう。と言ってもどうすればわからないと思うが、本作のようなものに触れ、世界で起こっていることを知り、それが日本で起きた場合どうなるかを知ることが大事。武器や爆弾事情は、実際使われているモノなのだろう。
この先に起こることを次々に言い得てきている作者。これが実際に起こらない事を願いたい。
2月23日
借金取りの王子
21
垣根 涼介
シリーズ第2弾。5作品での構成。リストラ請負業での人間模様。表と裏があり、もっともっと多角的に物事を見よと言われているよう。作者の広角な世の中の見方が楽しく、各所にちりばめられた趣向の拘りが楽しい。当然だが、全く内容の異なる5作品。それでも通しての関連性は持たせてあり、主人公真介と陽子との進捗も併せて楽しめる。
リストラが多い世の中。首切りは昔からあったものだが、反面教師的に本作を使うのも手であろう。日本人はマニュアルが好きであり、右向け右なよく似た判断基準であるのだから・・・。
2月21日
マイ・ホームタウン
20
熊谷 達也
フィクションなのか、いやノンフィクションなのだろう作者の小学校時代が書かれているよう。昭和の寂れた町が舞台。3人の悪ガキのうちの一人が作者当人。掛け合いが多い中で、稔と巌夫は頻繁に出てくるが、当の本人は名前が呼ばれない不思議。この作品における一つの拘りで、やはり主人公は自身なのだろう。
昭和な感じで、情景がとても懐かしい。駄菓子の名前や学校の様子が判り共感できる。一方で、平成令和で育ったら人がこれを読んだらどうなのだろうと思ってしまう。色々が判らなすぎでつまらない構成に思ってしまうのか、それでも面白いものは面白いのか・・・。昭和生まれにとってはとても楽しめる内容だった。
おもちゃやゲームが無い中での遊びは、みな野外での作品内のような遊びであった。
2月19日
成瀬は信じた道をいく
19
宮島 未奈
話題の続編。成瀬のキャラクターが、全作に増して強烈に表現されている。頭脳明晰だけど、周囲とは変わっている。それも女性。
特異な人物に対し、周囲が離れるのではなく段々と寄ってゆく不思議さ。高校から大学へと進学した成瀬は、今回の話の主流はびわ湖大津観光大使に選ばれる。新たに出会う者にとっての成瀬。そこでは成瀬節炸裂となるが、最初はマイナスに振っている意識が、だんだんとプラスに向いてゆく面白さ。クレーマーに然り。
コンビを組んでいる島崎と離れて暮らすようになる。そこでの二人の意識も後半で楽しめる。病みつきになる楽しさ。
2月14日
ともぐい
18
河崎 秋子
話題作。舞台は明治の戦前から戦中。この時代もまた多様な人々が居り、主人公の熊爪は出自も氏名すら分からない。況してや教育も受けずに山中で暮らしてきた。前半は、町で暮らす者とのギャップが面白みで、大きなくくりでは熊爪はマタギと言うことでいいのだろう。狩りで生計を立てている。
筆量と筆感に作者の力量を感じるのだが、毎ページ毎ページ繰る度に心を揺さぶられるような文字並べ。自分が獣を解体するようなことが出来れば、また違った印象を持つのだが、下界で暮らす者が本作を読んだら、各所でドキドキさせられるだろう。
作者の野生動物の知識と、狩猟知識はかなりのものだろう。体験している人でないと、見聞きだけでは本作のような表現にはならないようにも思う。
ふじ乃と陽子の、表側と裏側の人間性が読める。ここは女性作家ならではなのかも。荒々しい男の熊爪に対し、町の女であるが熊爪に負けない内面を持つ。
沢山伝えられる事柄があり、一回読んだだけでは咀嚼できない感じ。もう一度後で読もう。いろんな要素が含まれている。この時代にこの作品、多様性に対し訴えているようにもとれる。
2月12日
君たちに明日はない
17
垣根 涼介
サラリーマンの首切り請負業。昨今の社会における、企業のリスク回避のための委託業務。主人公真介の人間性が段々と詳らかになって行くのと同時に、登場人物の個性がぶつかり合い、切る側と切られる側の心理戦がモノローグで楽しめる。多角的に多様的に世の中を分析している作者ならではの作風。そして乗り物好きが、本作でも表現され、それが昭和な車体でかなり楽しめる。
頑張っても結局は雇われる側。この世の中を風刺したような作品で、サラリーマンは作品から得る部分も多いだろう。育てるから、使い捨ての世の中に変わった今、どんな職種に就いてもリスクがあるって事を言われている感じ。
巻末のショートカットの女性は・・・。
2月11日
剱の守人
16
小林 千穂
女性らしい丁寧な言葉並べで、富山県警の山岳警備隊をドキュメントし作品に仕上げてある。それこそ死と隣り合わせ。自分の場合もあるし、多くは周囲のハイカーの場合もある。立山と言う特異地域が育て上げた集団とも言えるだろう。そこに必要性があったから。そして多くの人が入山する場所って事も大きな背景だろう。他各地にも県警の救助隊が創設されている。富山と同じように活動しているはずだが、富山エリアにおける出動数は他県の比でないのだろう。
一番の安全は、何もしない事である。行動しない事。行動が危険を誘発する。レジャーの場所であり、登山対象の場所であるので、黙っていても行動しに来る人が居る。常に危険が伴う場所ってことになる。谷川岳も、後立山の信州側もそうだが、富山における登山対象エリアが広く、そして危険エリアが多いって事だろう。
専門的になり過ぎず、万人が理解できるような言葉並べて、沢山の事が作品から伝わってくる。北アルプスの2000m峰は全山踏破した。それなりに危険な行動をしてきており、用意周到とかよりは運が良かったと思っている。登場する隊員のお世話になる事が無く良かった。
2月10日
里やま深やま
15
後藤 信雄
どれだけ登山回数を重ねているのか・・・。冒頭の解説から驚かされる。40年の登山歴で、決まった4座において1万回以上登っているとある。土日だけでは絶対に成し得ない数字。毎日何処かに登るとしても7年ほどかかる。他にも全国区で登っているようだから、それこそ山浸な生活なのだろう。
作文の内容からは、かなり好奇心旺盛で、何でも吸収し知識にする方な事が読める。少々の事故に遭ったものの、これだけ長く現役でいられているのは、経験と知識があってこそだと思える。
作品の構成が、本作の為に書きだしたと言うより、ご自分の記録から抜粋している感じ。重複内容がややあるので、少し気になった。そして紀行が多く読めるのかと思ったが、個人感の随想が半分。作者の人となりがよく見える面があるが、若干物足りなさも感じてしまう。あとは、紀行とあるのでこれでいいのは間違いないが、文章のみで紹介する昭和な手法。今の時代なら地図表記もあれば、もっと作品受けしただろうと思う。
2月 9日
ドゥルガーの島
14
篠田 節子
海底遺跡発見!! ただこれだけならいいが、場所は発展途上国。文化風習と風俗が古来からあり、強く信教が絡み合う。ここに日本人専門者として、一正と藤井、そして人見が関わる。現地人側のケワンやエダは、最下層の原住民(首狩り族)として扱われる。部族の長のマヒシャは霊媒師としての位置取り。自然現象やファンタジックな出来事を絡め話が展開してゆく。それら事象を、研究者ならではの経験値で解釈解決してゆく。一方で現地の判断もあり、そこに火山噴火の自然現象が伴う。科学と文化風習の対峙があったりと、人間模様がかなり楽しい。一正のちょっとしたダメっぷりもいいアクセントになっている。低俗人種に見られていたエダだが、実際は頭が良かった事が後半に見えてくる。アハメドの位置取りも面白く、複合的な内容で、いろんなことを考えさせられる。そして全体的にスピード感があり、噴火や事件・事故に対しハラハラドキドキもあり、いろんな作品要素を持ち合わせているような読後感であった。
2月 3日
たゆたえども沈まず
13
原田 マハ
作者の専門分野であり真骨頂。読み手側はほとんど美術には無知で、そこに美術史もほとんど知らない素人。はじめてゴッホに触れてみる。
史実に基づいたフィクション。脚色はあるものの本筋は多くく違わないって事になる。ここまでゴッホが日本に関わっており影響を受けたのか・・・。そしてゴッホには兄弟が居り、そのテオの存在が自身に大きく影響していたって事も知る。
当時のフランス、当時の日本、沢山の伸びしろがあり希望に満ちていた様子が読める。冒頭からしばらくは、あまり面白くない展開であったが、我慢しての中盤から後半は、とても興味深く読めた。自傷した背景、自害した背景、知ることとなった。
1月30日
狛犬ジョンの軌跡
12
垣根 涼介
犬の登場する作品。しかし少し変化をつけた狛犬が主人公となる。いつもながらの、作者の理系的要素と文系的要素が心地よく絡み合い、そしてマニアックな知識が登場人物に被さり、至極楽しい。
最後の最後が、やや物足りない印象があるが、たぶんそこも作者ならではの考え抜かれた手法なのだろう。読み手側でいろいろ想像できる手法。
「たとえ能力は同じでも、もって生まれた気質が、生きる中で培ってきた性格や考え方が、徐々にその人のパフォーマンスに影響を及ぼし、やがては決定的な生き方の差となって現実に顕れてくる」この行は特に印象的であった。他にも多数気になる言葉並べがあり、作品に入りながらも立ち止まることが多かった。
読み物が楽しい。読んでいて楽しい。 そんな作品。
1月27日
旅屋おかえり
11
原田 マハ
先に続編を読んでしまってから前作となった。冒頭、出自の解説が全く同じなので、また同じ作品を読んでいると思ってしまったが、続編も、この出自もしっかり刷り込んでおきたい作者の意図だったよう。
番組が終わり、事業としての「旅屋」発足の経緯が判った。そして丘えりかの位置取りも、ここで確定された感じ。角館への旅、内子への旅、人の暖かさと人情を感じる展開に、必ずホロッとさせられる件がある。口は悪いが心は・・・と言った萬社長とのんの副社長、登場人物の全てが人がよく心地いい展開。笑いあり涙あり。旅が人間を育ててゆく、旅をしようと背中を押してくれるような作品。たかが旅、されど旅。「旅」の文字がかなりの割合で出てくる。多角的に、広角に、いろんな角度から旅を問うて語っているような・・・。
1月26日
左右田に悪役は似合わない
10
遠藤 彩見
芸能界内のライトミステリー。赤川次郎さんのテイストに似た印象にも思えた。芸能界内には、全くの素人の読み手側であり、やや専門業種に特化した感じの内容のようにも読め、おそらくたぶん、関わる業種の方々にはかなり面白く読めるだろうと思える。がしかし素人側だと、今一つニュアンスが汲み取れないと言うか、専門書的に書かれているような印象がある。まあ所謂こちら側が無知なだけなのだが・・・。
それでも左右田のキャラはかなり楽しく読め、役者にして刑事のような存在感は楽しかった。業界内の蠢きも読み取れ、人間関係重視で厳しい職場の中に身を置く左右田のスタンスが心地いい。
1月24日
移民の宴
9
高野 秀行
潜入取材のスペシャリストが、今回は「食」にピントを合わせ、国内に居る外国人の食文化をレポートしている。いつもながらウイットに富んだ滑稽な作品に仕上げてあるが、その背景は相応に大変な事が分かる。体当たり取材であるのだから、取材を断られることも多いよう。めげずに目的を貫く作者の意志が見えたりする。
日本食を食べる日本人。同様に各国特有の食文化があり、当然そこには拘りがあり、信教や文化風習の影響がモロに出ている。それが、毎日のことであり、外国を知るには、まず食から知るってのはハードルが高いけど懐に入る一番の方法に思えた。本書では、タイ、イラン、フランス、インド、ロシア、台湾、フィリピン、韓国、中国、スーダン、ブラジル、これらの食文化が作者の体当たり取材により学ぶことができる。
超広角な視野を持つ作者。食文化とともに外国の文化を学ぶ中で、人として日本人として学ぶべきことが多い。この先、外国人がどんどん増えてゆく日本、「排他的になるのではなく、全てが正しい」という件が一番記憶に残る。
1月20日
流人道中記 下
8
浅田 次郎
さて後編。玄蕃の回顧により石川が事件のあらましを知ることとなる。その前に「里帰り」の件があるが、次々と出くわす玄蕃の対応に石川は戸惑うが、それらを重ねるごとに玄蕃の本当を知ることとなる。押送人としての石川が、江戸から三厩村に行く間にどんどん人としての成長してゆく。妻への手紙が成長度合いのそれを示すよう。
時代物として、当時の制度しきたりを使い構成している。理不尽さが面白みの要素としてあり、武士道を分解し咀嚼しやすくしているような作品。これほど時代物が楽しめるとは・・・。
「上」があり「下」もあるのだから完結なんだろう。ただ、玄蕃も石川も死んではいないのだから、その後が読みたい。
1月19日
恋するソマリア
7
高野 秀行
異国、それも全く情報を持たない未知の場所。況してや「危険」と伝え聞く場所。そこがヨーロッパとかの見知った場所なら、ある程度と言うかそれなりに知った部分があり、そこから繋がることもあるが、本作は誰も行こうとしないソマリアの話し。全て100パーセント新しい情報で、次々に繰り出されるお国柄の文化風習風俗が新鮮でたまらない。ウイットに富んだ作風で、分かり易く読みやすく仕上げてあり、自然と学ぶことができる。
表題の「恋する」は、ソマリアにもかかっているし、登場する美人記者のハムディにもかかっているだろう。そして最後のはしごを外される感じ。それもソマリアでは「普通」と伝えられ、日本人との差異と言うか、ところ変われば対人関係の色々が大きく異なる。外来者のもてなし方などは、ソマリアの方が日本より上なのだろう事も読める。
とは言え、「謎の独立国家ソマリランド」を先に読んでいるので、ある程度は予習が出来ており、今回が復習のような感じで国や人種を知ることができた。
すべて作者のバイタリティーのおかげ。アル・シャバーブに襲撃され、生きて帰ってきている。運を味方につけ駆けまわっている。
1月14日
流人道中記 上
6
浅田 次郎
見事! さすが各賞の評定委員を勤めている作者。腕が違う・・・。荒れたささくれだったキャラクターの味が、読み続けるほどにじんわりと沁みだし、人間の持つ個々の生い立ちに元なう性分が、モノローグとして語られ、そこが作品の面白さ。青山玄播を罪人とし、石川乙次郎が押送人として、江戸から青森までの旅が始まり、その前半の話。
盗賊の件から、仇討ちの件への展開が秀逸。盗賊の展開を頭に入っている中で、仇討ちの展開も同じように進むのかと思ってしまうが、巧妙な構成で進んでゆく。そこに青山玄播以外の登場人物のモノローグが入る。キモは青山玄播となる事は判るが、今に置き換えると、良き上司的な配慮があり、青山により石川が成長してゆくさまも楽しい。成長の度合いは、きぬに送る文の内容からとなるだろう。
作品として、構成も楽しく、仕込んである色々が本当に読み手側を楽しくしてくれている。時代物がこんなに楽しいとは・・・。
1月 6日
丘の上の賢人
5
原田 マハ
キャラクター構成は、ライトミステリーに出てくるような個性的。見た目に反して心根のいい人ばかり。主人公は丘えりか、ピークを過ぎたタレントの位置づけ。旅番組が終わり、所属事務所独自の旅代理業を担う。
故郷、育ってきた過去にモチーフを当て書かれている。帰れない故郷、帰っていない故郷。理由が合って帰れない場所。でも故郷とは「場所」ばかりではない。
ハッピーエンドの心地いい読後感。「旅」の楽しさと、そこでの出会いの楽しさが書かれ、筆者の旅好きが存分に感じられる。
1月 4日
せんせい。 下
4
重松 清
ニンジンはさすがに強烈な構成だった。聖職と例えられる教職員が、ここまで悪側に表現されるとは。中盤までは胃がヒリヒリする感じだが、最後に全てを包み込んだ伊藤君に、先生以上の人間の大きさが表されている。先生とて・・・。
泣くなは、昭和な時代と令和の今の部活事情をよく表現されている。結果、どちらがいいのか悪いのか・・・。悪いってことは無いが、昔の教育の方が良かった面もある。厳しく教える。優しく教える。一長一短で、生徒の成長に影響を与えている。
気をつけは、ほとんど昭和なシチュエーション。作者本人が登場しているようにも読める。昔の先生は良かった・・・そんな作品。
上下巻とも「先生」を中心に書かれているようだが、実際は生徒側の感じ方・捉え方を強く記している。一人の先生に対し、大勢の生徒が居るのだから、同じ一言でも感じ方は様々。様々な生徒が居り、神様のように先生が正解を出せない時もある。と読み取れる。
作者は「先生」に拘って作品を残しているとあとがきにある。ある意味スペシャリストである。でもそれほどたくさん書いても、まだ次々と構想が練られることが凄い。そして多くの涙する作品を残している。名工の域。
1月 3日
せんせい。
上 5
重松 清
白髪のニールで、ニールヤングを聞くことになるが、作品とよく合い、ニールヤングの歌声が沁みる感じ。先生とて一人の人間で趣味を持ち拘りもある。
ドロップスでは、養護教員がフォーカスされる。虐めの逃げ場所は、唯一保健室。そこにいる人が本当は重要だったりする。教員に頼り過ぎてもいけない。教員しかしとことにない偏った生き方の人が人生を導いたり、虐めを上手に回避できるとは限らない。
マティスでは、痴呆に入った元教員対する回顧。当時に対し、生徒から大人になり、齢を重ねた今での判断の差異。奥深く、活字の数以上に多くのことが読める感じ。
さすが重松さん。
1月 2日
ロールキャベツ
2
森沢 明夫
大学生が主人公。作者の事なので、勝手に房総方面を想像するのだが、海辺の大学に通う5名が織りなすストーリーで、展開が早く楽しく、そこに悪者がほぼ登場しない心地よさがある。キャラクターの全てに特異性を持たせ、その個性が作品のキモでもある。冒頭では、なにかミステリーな展開になるのかと思ったが、巻末で見事な回収となっていた。
出来すぎな人間関係であるが、フィクションなのだからこれでいい。この時代に生きる将来が不安な若者にとって、本作はなにか背中を押してくれるものとなろう。続編が出そうな雰囲気もある。出て欲しい。絶対また楽しく読めるはず。
1月 1日
たわごとレジデンス
1
原 宏一
5作の構成。高級老人ホームと言おうか、人生の最後を過ごす場所で、入居者と従業員との中で起こる出来事。展開に理想を思い浮かべながら読むのだが、見事の裏をゆく展開。陰と陽があるとして、陰側に振れることが多いのも人生と警鐘を鳴らされているかのよう。
読んでいる途中も、読後も胃の腑がもやもやとしてしまう感じ。それほどに作品の内容が感じ得られたことになる。理想と現実。物事の裏に隠されたリスクが表に出てきた場合が本作。悪役・悪者が常に潜んでいるのが世の中。頭の中で理想お思い浮かべ判断する中で、一呼吸おいてよく考えたほうがいいと言われているよう。
それこそ理想ばかり追い求めた「たわごと」でなく地に足を着けた生き方をしないとと言われた感じ。