蒲田富士    2742m       
      
   
    2004.9.11 


   くもり       単独       白出沢出合の先から西尾根を上がる        行動時間 :不明



  登山記録・写真ともに紛失、記憶に頼る。(2008.9.24 再作文)



 涸沢岳の西にあり一般ハイカーには無縁の場所にあるのがこの蒲田富士。逆に岩屋の方にとっては涸沢岳を狙うにあたっての通過点であり、よく知り得た場所になるかと思う。岩屋で無い私には、少しハードルの高い場所ではあるが狙ってみることにした。情報を集めると、西尾根が登路となるようであり、取り付き点さえ見出せればその先は踏み跡があるようであった。

 松本から安房トンネルに潜り込み、飛騨側に入る。栃尾交差点を右折して新穂高温を目指す。現地入りするが、久しぶりの訪問であり少し以前と様子が変わっていた。ロープウェー先の右俣林道入り口はゲートされていた。以前は小鍋川のゲート前まで車が入れたのだが、これも時代の流れだろう。ゲート脇の有料駐車場に突っ込もうとも思ったが、深山荘前の村営(2005年より市営)無料駐車場に入れる。すぐに準備をする。どんな場所だか判らないので、テープシュリンゲの長いものを2〜3本ザックに入れた。

 ヘッドライトで歩き出す。空を見ても星は見えず曇っていた。この先の蒲田富士の岩場(想像)に対し、暗い気持ちで歩いて行く。硫黄の匂いを嗅ぎながらアルペン浴場の前を通過し、右俣林道に入る。ゲートの先では工事中の場所が多く、右俣谷の各所で護岸・浚渫工事がされているようであった。小鍋川のゲートの所では、もう使われなくなった高台駐車スペースへの道は、少し荒れてしまっていた。ここの駐車スペースへの坂は急であり、使えた時からいやらしい勾配であったのだが、使われなくなると益々状況が悪くなっているように見えた。のんびりと林道を詰めてゆく。穂高平避難小屋の先の右側に小さなトーテムポールのような顔を模った物があるのだが、夜中に見ると何回見てもドキッとするオブジェであった。

 奥穂への登路分岐のある白出沢出合で林道は終わり、この先の白出沢を越えると山道になる。その山道に入りすぐにある尾根が今回利用する西尾根である。取り付き点を探すのだが、それはすぐに判った。色とりどりのテープが下がっており、それに導かれ登山道を離れる(2008年現在は、明瞭な踏み跡になっている)。低い笹の中に点々とマーキングが下がり、それを拾うように高度を上げてゆく。なだらかな斜面が終わり、次第に傾斜が増してくるとルートは尾根形状を成してくる。このあたりはその尾根上にしっかりと道形が確認できるが、これがやや広い地形になるとやや見出しにくくなる。

 途中2198高点があるが、確かこのあたりに一斗缶が転がっていた。他にも冬季用と思われるガスのカートリッジや、燃料を持ち上げたと思える空き缶が転がっていた。岩屋ルートであるから許される残置物なのだろうか。この2198高点の東側でブドウ谷側からの尾根と合流する。この付近もマーキングが残っていたので帰路も迷うことは無かった。少し場所があやふやなのだが、この先で、少し木に掴まりながら足場の悪い所を這い上がった場所もあった。少々の岩場と危険箇所があるももの、これらはハイキングのレベルでの通過点であり、さして問題になる場所ではなかった。この先も踏み跡は明瞭不明瞭が混在するが、全てにマーキングが不安を解消してくれていた。

 山頂まで残り330m付近、ここで蒲田富士からの尾根が屈曲する場所であるが、確かこの北側辺りがルート状態が良くなかったと記憶している。尾根に乗ってしまえばハイマツの中の踏み跡を伝って行く。そして岩のゴツゴツした尾根歩きとなり、少しのアップダウンを越えていると、ふと見ると涸沢岳の壁の前に来ていた。どこかで蒲田富士の山頂を示した何かがあるのかと思って歩いてきたのだが、経路には何も無かった。地形図を見直し、ナビを取り出す。すると蒲田富士の山頂は150mほど後であった。再び戻り、山頂ポイントに到着。ここは全くの通過点であり山頂というよりは肩という場所であった。この付近にも缶詰やかまぼこ板が落ちており、そのかまぼこ板にマジックで山名を記して山頂の岩の間に置いておいた。この表示によって後日登った仲間は山頂の同定に助かったとの事であった。

 山頂から涸沢岳の壁を見ると、そこにある岩のコントラストと荒々しさに目眩がするほどであった。KUMO氏は以前に涸沢からこの間を通過したことがあるようなのだが、ちと私とは世界が違うと目の当たりにしていた。腰を下ろししばし休憩。ガチャガチャとした涸沢側の絵面に対して、西側の展望はゆったりと壮大なものであった。真正面に笠ヶ岳が聳え、その手前に中崎尾根が緩やかに新穂高温泉側に下っていっていた。

 下山。往路も多用したが、復路はより一層両腕を使いながら木々を掴みながら降りてゆく。傾斜がきつい所や滑りやすいところの連続で、腕力でブレーキをかけていた。南側の白出沢とは少し距離があるのだが、尾根を降りていると深い谷が左側にあり、そこが白出沢と錯覚している自分が居た。登りも良く見えていたが、下りもマーキングが良く見えていた。途中の一斗缶ポイントを過ぎ、どんどん高度を下げてゆく。登山道に出る手前の樹林帯には、よく見ると黄色やオレンジ、そして赤のマーキングが散在していた。この辺りは、歩く場所が一定していないようであった。

 登山道に出ると、ちょうど登山者が通り過ぎて行ったところだった。驚かせずに済んだと言う部分と、登山道でない場所に踏み入れている後ろめたさもあり、誰かに見られたくなかったのだった。さっと何も無かったかのように登山道に戻る。一応ここも国立公園である。白出沢には少しの流れが出ており、そこでゆっくりと涼を得る。今日は足の疲労度よりは腕の疲労度で、足の方は快調に右俣林道を下ってゆく。

 かなり構えて入ったこの山だが、急登があったものの案外楽に踏めてしまい、新穂高からの日帰り登山には適当な場所と感じた。
(2008年9月現在、登山道からの入り口は当時に比べかなり明瞭になっていた。そこから続く笹原の中の踏み跡も非常に濃くなっていた。)

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