乳房山 463m 剣先山 245m 小富士 86m 鍋弦山 115m
2006.5.4(木)
雨のち晴れ 同行者あり 行動時間:2H14M(乳房山) 2H7M(小富士)
@乳房山登山口(帰りに撮影) | アフリカマイマイ。これを踏まずに登るのは至難の業。凄い数が登山道に居た。 | 中央やや上横に渡っている木と葉っぱの間に小さな白い物(キノコ)がある。これがグリーンペペ(夜光茸) | A乳房山山頂。雨と風が強く、さらには暗い。 |
A乳房山三角点 | A展望図。晴れていればこのように見えるのだが・・・。 | B下山側最初の東屋(休憩所) | C二つ目の休憩所 |
D人間でなく鳥の水場。登山者の好意で水を持ち上げる。 | ここにも戦時中の残骸が残る。 | E剣先山から小富士方面。 | E剣先山から沖港。 |
F下山口 | F下山口解説 |
G舗装路最終地点
G東京都道最南端
H景勝地 スリバチの内部
途中に居たヤドカリ(オカヤドカリ)
I小富士三角点
I小富士から南の眺望。
I小富士から乳房山方面
Iこの山頂にも戦時中の残骸が。
I展望所
I小富士から南崎ビーチ
J南崎ビーチより小富士
K都道最南端地点に戻る。
探照灯基地。砲などの保存は各地であるが、この探照灯が見られるのはここくらいだろう。
六本指地蔵 写真右側のお地蔵さんの右手の指が6本ある。
ロース記念館
フレデリック・ロルフスの解説
ウミガメ公園のアオウミガメ
鮫ヶ崎展望台から小富士方面
鮫ヶ崎展望台から沖港。既にははじま丸が停泊している。
鮫ヶ崎展望台より乳房山。この時間に登頂していたら展望があったろう。
沖港離岸。ははじま丸から乳房山
母島の島影が小さくなる。 沖港(左端)
父島二見港湾内。野羊山(右)を望む。
父島のペンション:オレンジハウス アットホームな良い宿である。
翌朝は3:00起床。前夜が船であったのでベッドの上は寝心地はよく、寝覚めもよかった。装備をもう一度確認し、宿を出る3:30。昨日下見済みなので、さっと現地に到達し、登山口の横の余地に車を止めた。少し小雨の中、歩き出す3:43。
リュウゼツランのような、刺々しい南国の植物が登山道脇に生えている。そしてカタツムリが無数に這っていた。気をつけていても踏み潰してしまうような状況であった。現にいくつも踏みつけてしまった。このカタツムリ(アフリカマイマイ)が貴重な生き物かと思い、緊張しながら歩く。ヘッドライトを照らしながらなのだが、亜熱帯の樹林の怖さも感じる。全てが大きく、周囲の気配の察知がし難いのであった。自分の周りを囲まれてしまっているような感じなのであった。途中、木の幹に光る物を発見した。ライトを当てるとさらに光を増した。これがグリーンペペ(ヤコウタケ)なのであった。綺麗なライムグリーンの発光をしてくれていた。偶然にも見ることが出来たのだが、暗いうちに上がってよかったのと、雨が無いと見られないそうだから、この降雨もラッキーな要素である。この先に、大きな穴があった。解説文には、アメリカ軍が引き上げる時に、要らない爆弾を投下した跡らしい。かなり深く掘られていた。中央部分からパンネの木がスクッと生えていた。戦後に生えたとしては成長著しく見えた。
登山道はタコノキや大型の熱帯樹の中を通過する所もある。そんな時は少しゾクゾクするが、それも慣れであろう。小鳥の水のみ場の設置箇所もあった。ペットボトルに水が入っていて、受け皿に水が無かったら入れて欲しいと言うものであった。途中途中に残り距離を示す表示もあり、現在地が把握しやすかった。
4:41乳房山山頂到着。夜がうっすらと明けたもののガスで視界なし。北側にも張り出した展望台があるのだが、これも残念。10分くらい休憩して、山頂を後にする。帰路はループルートの選択で、剣先山を目指した。いい道ではあるが、切り立った稜線のところは両側の木々が繁茂していた。途中に東屋もあり、ハイキングには適当である。最近花屋でよく見るようなエアープランツ(ハカラメ)のある場所があり、申し訳ないがいくつかつまさせてもらった。
5:39剣先山。ここはガスが掛かっておらず沖港が見渡す事が出来た。少し天候も回復してきており、これから行く南崎の方も晴れてきていた。分岐まで戻り、少し急なところを滑らないように注意しながら下る。そして5:57登山口到着。宿の女将は周回5時間などと言っていたが楽々踏んできた。さて今度は、南崎を目指す。町中を通り南に進む。マニラ坂を経て舗装路をどんどん行くと、道標もあり迷う事は無い。
6:10東京都の道路最南端の地という標識のあるロータリーに着く。ここから歩きになる。車の置き場所が確定されず困る感じがした。適当に端に寄せたが、ロータリーとして使っているようであるので、何処に止めたらいいのか迷うような場所であった。道の左端から降りてゆく。すぐにぬかるんだ道となり、先が思いやられる。さほどアップダウンがないものの、湿った道は足元を取られる。右に流れがあり、白濁した水が流れている。島の流れはほとんどが白濁している。土の成分からなのか。亜熱帯の樹木が目に入り南国ムード全開である。踏み跡程度の分岐で、何処かの浜に行く分岐もあった。しばらくすると蓬莱根海岸へ行く分岐があった。足元を見るとオカヤドカリが薄い貝を背負っていた。6:31スリバチ到着。全体に赤い地層で、名前の通りすり鉢状になっている。かなりの土が雨ごとに流れ出しているようだ。この先、この地形はどうなるのか。ここまで来ると小富士はもう目と鼻の先、鞍部から一登りで絶景が待っていた。
山頂到着。もう少しエメラルド色が強いと綺麗なのだろうが、十分美しい色合いの海が広がっていた。表現が上手く出来ないが、太平洋の上にぽつんとある島って感じがする。この山には三角点があり、おそらく今後これより南の三角点は見ることがないと思われる。その横にある草のくぼみの中に錆びた兵器と思しき物があった。何かは判別不能。ロープで仕切られた展望所もあり、突端まで行く事が出来る。ベンチに腰掛けゼリー飲料を食べる。
7:17戻る。儀式をしていたら同行者が先に行ってしまったので、跡を追うように下ってゆく。そして分岐から南崎の方へ足を向ける。250mと表記してある。行くと浜辺の手前に広見があり、南崎の解説が書いてあった。5mほど水路のような窪地を行くと、浜が広がっていた。サンゴが砂の上に敷かれた感じで、少しゴミの類も多かった。中に綺麗な円錐形の巻貝があったのだが。浜辺を探しても落ちておらず、何処から探したものかと気になった。戻る。復路では、昨晩宿を共にした3人組とすれ違う。ポンチョ風の雨具を着て、足元はドロドロで大変そうであった。8:19車に到着。足の泥を落とすのに一苦労であった。
沖港まで戻り、ビーチ利用者用のトイレ兼シャワー所で靴の泥を落とす。しかし、なかなか落ちないのでそのまま宿へ行き、ブラシを借りてじっくり落とす。車を借りたお礼にの足マットまでも洗う。宿の前の道は赤土が流れて汚くなったが、宿の人からは文句は出なかった。そんなもんなのだろう。そしてシャワーを浴びて着替えをして観光モードに入る。部屋を明け渡し、荷物を車に積んで動く事にする。再び北に向かい。北村の町に行く。途中途中にある湾の看板のところでは全て止まって写真に納めた。前日に六本指地蔵を見落としたので気にしながら走った。それと途中にあるトンネルが、年に10センチほど動いているという。ここも気になるポイントであった。探照灯のある防空壕、それから六本指地蔵を見る。地蔵尊は見えているところの指が5本ある。要するに隠れた指が1本あるから6本なのである。北港に再び行く。ツアーのガイドに連れられた団体が散策道からゾロゾロと降りてきた。昨日見られなかった東港にも寄る。大きなな防波堤が作られ、第2の母島の港のような感じであった。ここから本道に出る途中の尾根に登山道が見えた。察するに東山への道のようである。お地蔵さんが登山口に居て、登路もしっかりしていた。
しばらく進み、途中のフルーツ園に寄り道をしてパッションフルーツとバナナなどを見る。バナナを間近で見るのは初めてであった。このあと見残していたロース記念館に行く。石造りの家に屋根は椰子の葉で、内部はかなり涼しかった。外にはロース釜と呼ばれる設備もあった。まだ時間があるので、鮫ヶ崎の方へ行く。駐車場に車を止めて歩いてゆくと、左側に生簀があり、そこにアオウミガメが放たれていた。砂浜には這った跡があり、産卵地になっていた。見ていると海面に出てはプハーッと言って呼吸をしていた。浜に沿って歩いてゆくと芝生の広場があり、半円状の格子屋根があり、ベンチがあった。斜面を見ると階段がつけられ展望所まで上がれるようになっていた。1分ほどで東屋があるところへ上がると、そこに母親と子供のモニュメントがあった。ここからの展望もすこぶるいい。たまたま東屋に居た老夫婦におにぎりを頂き、展望所をあとにする。
車に戻るがまだフェリーの出発には時間がある。再び南崎の方へ行き、途中にヘリポートと書かれた道標があった。なにか鍋弦山に近づくようで、つられてハンドルを切った。上のほうは周囲にフルーツ畑があるようで、そこの一角にヘリポートがあった。ここから南に行く。フェリーの時間があるのでやや足早になる。少しづつ高度を上げると左(東)側からの風が強く感じる。地図を見ると東側は切り立っているようである。壁にぶつかった風が吹き上がってきているのだろう。簡単に踏もうかと思ったが10分か15分くらいを要した(記録なし)。斜面のなだらかな場所を選んだのだが、どうも西側の都道の方からアプローチした方が良かったようであった。来た道をそのまま戻る。
船着場に戻り、チケットを買い乗船を待つ。ビラ・こぶの木の女将がやってきて、本日の行動を伝えて別れた。13:39乗船。14:00出航。天気が悪く、かなり時化ていた。驚くほどに揺れ、デッキの上で風を受けていたのだが、それはもう大変な状況であった。そこに一人の外国人が居たのだが、この人は何も捕まらずにデッキに両足で踏ん張り揺れを楽しんでいた。この人は偉い事に、父島から二日にわたって連日母島を訪問したらしい。宿が満杯で、泣く泣く船に戻されたようであるのだが、母島は宿が取れていないと滞在許可が得られないのであった(テント泊禁止)。こんな外国人には、日本人として申し訳なく思ってしまう。時折しぶきが上がり、かなり体が塩臭くなった。小便がしたくでトイレに入るも、この揺れに閉所の中で完全に玉砕されそうになった。再び外に出るも、完全に船酔い状態であった。
時化の影響がそのまま到着時間に響き30分遅れで二見港に到着。港にはペンションのご主人が待っていてくれた。車に乗り込み宿に向かう。浦郷の浜のすぐ上が、コテージがある場所であった。鍵を渡され中に入ると、大きなベットが置かれた綺麗な室内が待っていた。すぐに風呂を溜めシャワーを浴び、着替えをする。久しぶりにさっぱりした感じになった。風呂上りにデッキに出てビールを飲む。少し寒いが気持ちいい。すると上空を黒い影は無数に飛んでゆく。ここは小笠原オオコウモリの生息域で通路にもなっていた。その大きさに圧倒されならが、上を向いて夕空を眺めていた。
19:00食事、部屋を隣にする夫婦とともにオーナーと談笑しながら時を過ごす。とても食事も美味しく満足のいくものであった。夜は更けてほどほどにベッドに入る。