長七ノ頭   2320m      
    
 
     2007.9.23(日)   


  晴れ(くもり)  単独   徳沢幕営から明神を経てひょうたん池へ   行動時間:6H
 


@徳沢出発4:13→(41M)→A明神4:54→(4M)→B明神橋4:58→(5M)→C養魚場5:03〜11→(68M)→D宮川のコル6:19→(52M)→Eひょうたん池7:11→(15M)→F長七ノ頭7:26〜32→(6M)→Gひょうたん池テン場7:38〜50→(20M)→Hレリーフの壁8:10→(6M)→I宮川のコル付近8:16→(27M)→J下宮川谷の重要分岐8:43→(16M)→K養魚場帰り8:59〜9:10→(5M)→L明神池9:15〜26→(43M)→M河童橋10:09→(4M)→N上高地バス停10:13


roxtudi.jpg  myoujin.jpg  myoujinbashi.jpg  yougyojyou.jpg 
@徳沢出発。 A明神通過。 B新しい明神橋。 C養魚場跡地は信州大学の施設になっている。
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C養魚場の北側に沢から導水している場所があり、ここから奥に道がある。 C沢を渡る橋。 途中にケルンが点在する。 ゴーロの谷を行く。
penki.jpg  miyakawakorutemae.jpg  myoujinwohurikaeru.jpg  tocyuunokerun.jpg 
ここまで来ると間違い。もっと早くに東側の枝沢に入らねばならない。 宮川のコル手前。奥に長七ノ頭が見えている。 途中から谷を振り返る。 上宮川谷は、このような地形の中にケルンや薄い赤ペンキが付いている。
miyakawakoruhukin.jpg  iwakabenohouhesusumu.jpg  kabenocyoxtukatuuka.jpg haimatunonakanoru-to.jpg
D上宮川谷の様子。かなり広い。正面は2726高点。 左側の壁を目指してトラバース。右上の辺りがひょうたん池の場所。 壁の直下を通過して行く。 道が判らなくなり、ハイマツの谷を行く。
hyoutannike.jpg  hyoutanikekaramyoujin.jpg  tenba.jpg  tenbakarahyoutan.jpg 
E登り上げたところはひょうたん池のまん前。 Eひょうたん池から明神岳側。 G広いテン場。 Gテン場からひょうたん池。
tenbakaragohou.jpg  tenbakaracyausu.jpg  cyoushichinokashira.jpg  cyouhichikaraikegawa.jpg 
Gテン場から5峰方面。手前に広がるは上宮川谷。 Gテン場から茶臼ノ頭。 F長七ノ頭山頂。大きな岩がある。 F山頂から池側の様子。
cyouhichikaramyoujin.jpg  ribon.jpg  tocyuukarahurikaeru.jpg  reri-hu.jpg 
F山頂から明神岳側。 Fリボンを残す。 正規ルートからひょうたん池側振り返る。往路のハイマツは右に見えている。 Hレリーフが掲げられている壁。直前を通過。
miyakawakoruhukin2.jpg  medatutaiboku.jpg  ma-kingu.jpg  jyuuyoubunki.jpg 
中央にルートがあるのだが判るだろうか。  I宮川のコル手前の目立つ大木。  コルから下側。 J往路はこれを見つけねばならない。ここから東(右)側に入ってゆく。 
touboku.jpg  bunkikasyo.jpg  shiroizare.jpg  hashikaeri.jpg 
J大きな倒木があるのが目印 J地形の起伏が判りずらいが、往路は樹林帯から抜け出た場所から谷の深い所を行かねばならない。目印の岩が右下辺りに茶色く見える。  J左岸側の白いザレた斜面も目印となる。この少し上流から右に入る。  養魚場の橋。 
yougyojyoukaeri.jpg  yougyojyounoike.jpg  myoujinbashikaeri.jpg  myoujinike.jpg 
K養魚場まで戻る。 K水が張られていない生簀。  明神橋全景。  L明神池。
okumiya.jpg  kamonjikoya.jpg  kaxtupabashi.jpg  kamikouchi.jpg 
L穂高神社奥宮 嘉門次小屋。奥のほうからは囲炉裏の煙が・・・。 M賑わう河童橋。 上高地バス停到着。

  

 徳沢にて3時起床。コーヒーとパンで軽く朝食としつつ作戦を練る。1時間ほどで明神に到達し、あとは夜明けが5時半ほどであるから、その頃をどこに居たいかによって出発時間が決まる。下宮川谷の登行は、あの高山のスーパードクターでさえ迷ったほどであるから、暗い中での登行は避けたい。全てが不安要素なのだが、5時半頃に養魚場辺りが妥当な線か。15分ほど余裕をみて4時15分を出発時間と決めた。空は星空だが夜露に濡れたテントは雨が降ったと同然になっていた。付近の方に迷惑にならぬよう静かに撤収する。とは言えガサゴソとパッキングしているのだから、よほど熟睡していない限り耳障りであっただろう。私は早出を考慮して常日頃から他人との距離を置くことにしている。些細な気遣いであるのだが・・・。


 予定通り4時15分出立。明神に向け歩いて行く。途中闇世の中に明神岳が見えるのだが、頂上から少し下の辺りからライトの光が見えた。5峰の向こうの岳沢ヒュッテの明かりが見えるはずは無いので、途中でビバークしているクライマーなのだろう。ライトを向けると反応しているようであった。外気温は10度。本来は寒いはずなのだが、昨夜のアルコールが残っているのか全く寒くない。


 明神館通過4:54。梓川の方へ進み真新しい明神橋を渡る。本来ならここから見上げる明神岳はすばらしいのであろうが、この時間はシルエットしか見えないのであった。対岸に渡るとすぐに治山用道路があるのでそれに伝って上流に向かう。100mほど進むと左側に道が入っており、これが旧養魚場への道である。そこをまた100mほど入ると建屋があり、その前に生簀がある。建屋には「信州大学山岳科学総合研究所・上高地ステーション」の看板が付けられていた。さてこの先の道を探すのだが、沢から生簀への導水口辺りのコンクリートが、断続的に繋がり奥の方へ進めそうであった。滑りやすい木の橋もあり、そこを渡るとオレンジ色のマーキングテープがあった。ライトを奥の方にかざすと、踏み跡と共に先の方へ続いていた。笹を少し分けて行くと、下草の無い開けた地形になり、マーキングを追いながら高度を上げてゆく。

 夜も明け樹林帯から出た所で、目の前に目立つ白いザレタ斜面が目に入る。ここからはゴーロの中を行くようになり、今度はマーキングからケルンへと目印が変わってゆく。時折赤ペンキの丸印があり、これは心強かった。おおよそ谷の右岸側を伝って行った。赤ペンキやケルンが点在し、この時は間違えているなどと全く思わなかった。どこからか右(東)側に入る枝沢が明瞭に現れると信じ込んでいた。がしかし、谷の前方に壁が見えている。下宮川谷を真っ当に詰めてきている。標高1880mほどまで上がって来てしまった。どこが分岐か判らなかったので、戻るにもどこまで戻れば良いか判らなかった。ギャンブルではあるが、一つ東の谷へのトラバースを決行。猛烈な笹を漕ぐのだが、それも思ったほどでなく5分ほど漕ぐと植生の薄い地形になり、労せず東側の谷にずれることが出来た。するとそこに踏み跡とペンキマークを発見し、ルートに乗ったことを確認した。結局のところ下宮川谷に続く赤ペンキマークは何の為なのか。ルートを修正すると前方に宮川のコルが見えるのだが、見えている割になかなか距離があった。コルには岩屋の物と思われるザックがデポしてあった。時折声がしているのだが、どこに取り付いているのか全く判らない状況であった。


 さてここから上宮川谷を斜めにトラバースしながら上がってゆくルートになる。かなり広い地形でガスれば嫌な場所である。薄い赤ペンキやケルンがあるものの、その間隔が広すぎるのとゴーロ帯で道の存在が判らない。視界がある中でも、勘で進路を見定め進むような場所であった。この辺りに来ると長七ノ頭の大きさが目立つ。まだまだかなり遠くにあるように見える。適当に大岩や大木を目印にして足を上げてゆく。西側の壁が近くなると樹林帯の中に入る。軽く下り登り上げると、レリーフの3枚掲げられた壁の直下を通過する。残り距離500m。射程圏内であるが、ひょうたん池のあるコルはかなり遠くに見える。壁から離れたらケルンを拾うように進んで行く。マーキング箇所もあったのだが途中で判らなくなり、長七ノ頭寄りの谷地形を登ることにした。たぶんルートを外していると思うのだが、こちらにも朽ちたマーキングが点在していた。上に進むと正規ルートが左から合流して、それに伝って上に行く。

 登り上げた所は、もうほとんどそこは池の際で、歩いて来た所は池がオーバーフローした時の流れの場所だったようである。池の畔にはしっかりした道があり、一段上がると広いテン場があった。テン場からは東稜に向けて一筋の踏み後が続いていた。幾多の猛者が駆け上がった道である。いつか私も辿ってみたいものである。さてここが最終地点で無いので先を急ぐ。ここから長七ノ頭を目指すのだが、最初尾根伝いに進んでみた。最初の10mほどは道形があるが、その先からは全くそれらしい跡は無かった。結構に藪を漕ぎながら進む事になった。地形図ではダラッとした山頂だが、現地は起伏のある地形であり、軽いアップダウンを数回繰り返す。そして目の前に高さ3mほどの岩峰が立ちはだかる。ハイマツがそこに絡みつき、北側からだと足場も悪くかなり登り辛い。岩の上に上がるとそこが長七ノ頭の最頂部であった。明神側はガスが沸いてきて眺望も時間の問題であった。山頂にリボンを残し、岩からは南側に下った。登る時は池の方から南に進み、岩が見えたら東側を回り込むと容易に登れるのであった。儀式をして下山になるが、なんとなく掘れた跡があるので、それを伝ってみた。水の流れで掘れた跡の様ではないのだが、結局ひょうたん池の畔に出た。池の東側を藪を漕ぎながら進み再びテン場に立つ。池の西側を歩いていないのだが、もしかしたら長七ノ頭に行くのに簡単にアプローチ出来るかもしれない。もうこの時点で明神側はガスに包まれてしまった。北側を見ると、昨日見下ろしていた茶臼ノ頭がある。本当に会話が出来そうな距離であり、こちらに居た方ももしかしたら私の存在に気がついていたかも知れない。


 下山は、往路で間誤付いた分正確にルートを辿ってみようと思った。辿ってみて判ったのだが、薄い踏み跡もあり、往路で判らないのは当然と判断した。目標物が見えていれば自分なりのコース取りでいいのだろう。あとはガスった時の事になるが、ひょうたん池からレリーフの場所、レリーフの場所と宮川のコルが上手く結べれば良いが、かなり難儀するであろう。宮川のコルからの下降で、ザレで転び5mほど滑り落ちてしまった。それほどに抵抗が無い流れやすいザレ地なのであった。


 さてこの先が問題であった。往路はまんまと道を間違えたので、正規ルートの分岐場所を確認せねばならなかった。コルからはやや1944高点寄りに進み、狭い谷形状の所を進む。途中で笹の繁茂した所になるが、再び岩のごつごつした場所になり、下宮川谷に出た場所は、なんとあの白いザレタ地形のある場所であった。この分岐箇所は、下宮川谷の右岸寄りを歩いていたのでは見えないのであった。谷の左岸側が深く抉られ、右岸側と左岸側では高低差が5〜6mほどあるのである。これでは往路で気がつかないはずである。樹林から出た所で、当然のように踏み跡のある右岸側を辿ってしまう。ここで危険な左岸側へ下ろうなどとは通常思わないであろう。この辺りはきちんと情報を得て出向かないとならない落ち度である。でも、無事歩いて来たおかげでこの付近の様子が大部掴めた事になった。もうここまで来れば養魚場までは樹林帯の中の歩き易い場所ばかりで闊歩して降りてゆく。途中大きなカメラを持った軽装の方が登って来られた。何度も訪れているようで、コースの概要は判っているようであった。


 8:59旧養魚場到着。この先は観光客に紛れて歩かねばならない、雨具などの汚れ物をザックに詰め込み、少し小奇麗にして歩いてゆく。明神池に立ち寄ったことが無く、折角であるので寄ることにした。嘉門次小屋を左に見て穂高神社が正面にある。その奥に池があるようなのだが、池の拝観料に300円を取っているのには驚いた。穂高神社の御神体が池だと言う事なのだろうか。ここまでくると無知もいいところである。とりあえず300円を払い明神池をこの目に焼きつけ、自然探勝路を河童橋に向けて歩いて行く。岩魚の魚影が見えたり、なかなかすばらしい歩道になっていた。ただ、猿の糞がいたる所にあり、当然木道や歩道の上にもある。その多さに驚くばかりであった。食べ物が粗食なのか、臭いはあまりしないのだが、人間の食べ物を食べるようになったら次は悪臭が問題になるだろう。


 河童橋通過10:09。いつもながらここは観光客でごった返していた。気のせいか宇宙人でも見るような視線を感じる。必然的に早足になり、上高地バス停10:13に到着。すぐにバスに乗り込み、10:41岩見平に戻った。


 今回は天候に恵まれた旅であった。関東方面は日曜日は降られていたようであるから、山岳地帯の北アが降らなかったことは幸いであった。各所でルートファインディングを試される楽しい場所に、珍しくもう一度行きたくなるのであった。


 帰りにさわんど温泉で汗を落として、家には14:40到着。

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赤:1日目行動軌跡 青:2日目行動往路 緑:2日目下山路
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