黒川山 2244m 烏帽子山 2122.7m
2007.3.31(土)
曇り時々晴れ 単独 行動時間:6H13M
@中電発電所5:35→(20M)→A北御所登山口バス停5:55→(45M)→B蛇腹沢登山口6:40→(82M)→Cうどんや峠8:02→(34M)→D黒川山8:36〜40→(3M)→E黒川山東峰8:43→(49M)→F烏帽子山9:32〜37→(14M)→G2150ピーク9:51→(45M)→H林道に出る10:36→(14M)→I蛇腹沢登山口10:50→(37M)→J北御所バス停11:27→(21M)→K中電発電所上の余地11:48
@中電発電所のすぐ上の余地。 | 崩落の様子。見ていると次々に落ちてくる。 | 途中にある車道脇の神社。 | A北御所登山口(バス停) |
林道の様子。車が頻繁に入っているような・・・。 | 北御所谷の東沢にある飯場。 | 東沢を橋で跨ぐところから堰堤側。 | B登山口。右の標識の一番上は、下に落ちていた。 |
B蛇腹沢登山口と標識に書いてある。 | Cうどんや峠の様子 | Cうどんや峠から西側。 | Cうどんや峠から黒川山側。伊勢滝への道は通行止め?のようであった。 |
尾根の様子。この辺りはカンジキで歩く。 | D黒川山山頂。何も標識は無い。 | D黒川山から伊那前岳方面。 | E黒川山東峰。あまり展望のないピークであった。 |
途中の雪庇。 | もう一つ雪庇、その先に見えるのが2150ピークで、左に少し見えているのが烏帽子山側。 | 左の雪庇から八ヶ岳方面。 | 同じ場所から南アルプス。(奥の黒い峰々) |
F烏帽子山山頂 | Fkumoがあった。 | F小屋の様子。明り取りの窓は開いた。 | G2150ピークのkumo(分岐マーキング) |
谷へ下降中から西駒方面。 | 谷の様子。 | 水源?古い木の根のところから湧き出していた。 | 谷は流れが出て、難儀しながら下る。 |
水の中に打たれたマーキング | H林道を前にして、こんな標識が右岸に付いていた。この付近はピンクのマーキングが沢山ある。 | H左の場所から林道を見たところ。林道は真っ直ぐ向こう側に登って行っている。 | H渡渉して、対岸側から谷の様子。判りずらいが、流れのあるところを降りてきた。 |
左から降りてきた。パイプのある方へ行ってしまうと左岸に行ってしまう。ここは撮影側に進む。 | I蛇腹沢登山口帰り | 途中の崩落。 | Jゲートに到着。(北御所登山口:バス停) |
崩落箇所はすっかり綺麗にされていたが、どんどん崩れ落ちてきていた。 | K中電発電所上の余地。 |
ここは以前に宮田高原キャンプ場経由で攻めようとしたが、キャンプ場に続く林道の土砂崩れによる通行止めが、キャンプ場手前6キロ地点でされていた。通行止めが判っていて出向いたなら歩いたのだろうが、予期していなかった事に、当日はあっさりパスしてしまった。さて、今期は4月9日までロープウェーはメンテの為に運休である。萱の平からメインルートを堂々と歩いて登っても、観光客の目はほとんど無いだろうと思い、北御所経由で上がる事とし計画を立てた。
家を1:50出発。国道141号の小海付近では、今日もパトカーが流していた。それも2台。公務員が良く働く地域である。税金が真っ当に使われているような気がして微笑ましくなるのであった。今日は小淵沢から県道17号を使って茅野に出てみた。時間的には国道20号を使うのと差が無いが、トラックに呷られないのが何より良い。茅野から杖突峠を越えて伊那に出る。そして三州街道を南下して大田切橋手前のコンビニで、いつものヤキソバパンを仕入れる。車道に出て大田切橋を渡るのだが、橋の途中で白い軽四がハザードを出して止まっていた。“邪魔だなー”と思いながら運転席を見ると人が居ない。“橋の途中で何をしているのだろう”と思いながら通過して行った。
古田切交差点を右折して駒ヶ岳SAを通過、萱の台も流石にこの時期は閑散としている。そして黒川平に到着した。厳冬期はここまで車を入れてバスに乗るのだが、以前の厳冬期はここでゲートされていたように記憶しているが、今日はゲートが開いていた。駐車場にはタイガーロープが張られ敷地内には入れないようになっていた。路肩に止めて地図を見る。ここからだと北御所のバス停まで6キロほどのアルバイトとなる。余裕をみて3時間は見ていないとならないだろう。そんな事を考えながらサラダ巻きを頬張っていた。すると普通車が2台、横を通過し中に入って行った。どうなっているのだろうか、入れるのか?などと目の前の事態に困ってしまった。尾瀬なども春先の10日間ほどは、鳩待峠までマイカーで入れるのだから、ここも同じような事なのか。などと考える。
バスの始発は8時台で、まだ十分余裕はある。どんな事なのか後を追ってみた。通常はバスで見る風景を今日は少し低い車窓から見られている。しかし、早々に桧尾橋のところで先ほどの車は引き返してきた。中電の発電所を過ぎ北御所のバス停手前で大崩落があったのだった。私の車は四駆なので何とか通過は可能だが、見ているとどんどん上から大きな岩が落ちてきていた。入ったはいいが、出られなくなると困るので、それ以上先に進む事は諦めて引き返した。たが、目の当たりにした崩落ではバスの運行は無理である。となると、ゲートが常時開門している状況下において、このまま入っていても・・・。悪巧みを考えるのは早い。ただ、これらの推測が当っているかどうかは別である。崩落でゲートが締まる事もありえる。一か八かになるが、中電発電所の少し上の広見に車を入れた5:20。
5:35ピッケルを持ち、すぐに歩き出す。5分ほどで崩落箇所を通過するが、泥水が滝のように流れ出していた。雪融けの早さに前日の降雨が輪をかけて、地盤を緩くしている様であった。カタカタと乾いた音をたてて岩が落ちてきていた。途中に小さな社があった。何度もバスから見ているが、目の前にしたのは初めてであった。何の文字も読み取れなかったが、山の神だったのかもしれない。クネクネと林道に従い高度を上げると、やっと北御所のバス停に到着した。ここからダート林道が始まっている。ゲートの横をすり抜け先を急ぐ。林道を少し進むと、北御所谷を挟んで対岸に烏帽子山が見えているようであった。雪もしっかり乗っているのが判り、今日の冷え込みだと、かなり楽をさせてもらえそうな感じも見て取れた。林道には電柱がつながり電線が奥に伸びていた。何か奥に施設があるのだろうか、などと思いつつ足を進める。
北御所谷の東沢を跨ぎ数百メートル行くと、うどんや峠へ行く登山口がある。雪がある事で、計画段階では登山道の存在は頭に無く、林道の先から適当に稜線を狙おうと思っていた。だが目に前に登山道があるのだから使わない手は無い。雪が途中で出てくるであろうが、宝剣山荘からの厳冬期登山者のトレースも期待できるだろう。非力ハイカーは常に楽をしようと考えるのであった。
6:40蛇腹沢登山口から歩き出す。予想していたようにすぐに登山道は雪の下となった。でももう一つ予想したとおり、トレースもあったのだった。天候が良かったのと、前日の雨とで、かなり薄らいではいるが、伝って行けるほどの足形は残っていた。かなり良い感じで歩けたが、30歩に1歩くらいは膝まで踏み抜くような雪の状態であった。
清水平の存在を知らずに居たので、その場所は判らず通過したようだった。途中の少し平になった場所がそうだったのか。地図を見返すと水場もあるようであるが、全く目に入らず、次の斜面に向かっていた。マーキングも適当に付いているので、トレースを見失ったら周囲のマーキングを追ってみた。最後はトラバースするように行くと、雪面から「うどんや峠」の標識が出ていた8:02。伊勢滝へ向かう道にはロープが張られ何か下がっていたが、下がっているもののほとんどが雪の中で凍っていて、何を書いてあるのかが判らなかった。西側を見ると、中央アルプスの主峰群が良く見える。休憩はほとんどせず東に向かう。
稜線の雪は締まっているものと思っていたのだが、予想外に柔らかく、すぐにカンジキ歩行に切り替える。北側を見ると辻山の稜線があり、気持ちよい尾根歩きであった。8:36すんなり黒川山に到達した。山頂には何も標識は無い。トランシーバーのスイッチを入れると、あるチャンネルで、大田切橋の車の話をしていた。どうも橋の下で運転手が死んでいたらしく、それも自殺ではなく事故のようであった。私が通った時間が、事件の起きた時間とどのくらいの差があるのかが判らないが、なんとも物騒な事件を見てしまったと思った。検問では、通行車両の左前タイヤを調べているらしい。ホトケの身体にタイヤ痕があったのだろうか。(翌日の信濃日報を読んだが、未解決のようであった)東峰の方はやや植生が濃い場所で、あまり展望が無かった。
さて、あとは1・5キロほど南東の烏帽子山を目指す。緩やかに下って行くと、雪庇の張り出した尾根も出てくる。たいした障害物も無く快調に足が出る。判りやすい尾根で、地図とコンパスだけで十分歩ける。途中、烏帽子山手前の2150ピークにkumoがあった。尾根が曲がる所であり、マーキングのkumoだろう。ここからほんの少しで烏帽子山に到着した9:32。黒川山よりは高度が低いので、登ると言うよりは下って来たと言った方が適当かもしれない。山頂には立派な小屋があった。明り取りの窓が動くので開けてみるが、中にはガラス窓があり、外の景色が反射して全くもって中は覗けなかった。何に利用する小屋なのか。色こそくすんでいるがそんなには古く無い小屋であった。当然こちらの山頂の木にもkumoが縛られていた。あまり疲れも無く、儀式を手短にして下山とする。
先ほどの分岐ピークまで戻り、そこから谷を目指して降りて行く。最初は緩い斜面だが、次第に斜度を増して行く。スキー滑降も十分可能である。谷に入り、その中を行くと、雪が切れて水が湧き出している所があった。木の根本から出ていて、美味しい水であった。ここから足元を水に濡らしながら下って行く。谷が雪に埋まっていれば歩きやすいが、それを求める時は、あと1ヶ月は早くに入らねばならないだろう。苔むした滑りやすい石に注意しながら降りて行く。水の流れの中にはピンクのマーキングも多々あるのであった。土木的な調査をしているようであった。そして降り立った林道からの取付き点には無数のマーキングがあった。その中には、白いプラスチックのプレートに、なにか暗号のような文字も書いてあった。水源より上にはマーキングが無かったので、水源地調査なのか。マーキングの目的は登山用でないのは確かである。
林道まで戻れば、もう降りたのも同じ。少し下ると左下に道が降りて行き、その下にしっかりした道が見えていた。伝わろうかと思いつつ本道をそのまま行くと、その道は蛇腹沢の左岸へ行く道であることが判った。バス停までは右岸を行かねばならないので、そこを行ってしまうと間違えになる。長いストライドで闊歩する。往路に取付いた登山口を右に見ながら行き、その先で東沢を跨ぐ。朝の崩落箇所を見下ろせる場所からは、作業員が黄色い重機で土砂を除去していた。どうもまだバスは不通のままのようであった。そしてゲートに到着11:27。舗装路を下って100mほどの場所で、作業員が舗装路の補修をしていた。付近の看板には8月まで補修を続けると書いてある。そんなに長い工期がかかる補修なのか・・・。
車道を下りてゆくのだが、工事用のトレーラーが何台も降りてきた。もしハイシーズンだったら、これらが全てバスのはずである。トレーラーなら、台数分の乗員だが、バスなら×30人ほどになる。やはりこのタイミングでここを歩いているのは正解かもしれない。崩落地の土砂は除去されたものの、どんどん新しい土砂が上から落ちてきていた。時機に元の木阿弥状態になりそうであった。
車に到着11:48。ゲートが気になり、すぐに登山靴のまま運転して下に降りた。すると下の河川敷付近にはマイカーがかなり入っていた。あまり「指定車」とか「許可車」は気にしなくとも良いのか。かなり過敏になっていたが、付近の様子を見ると、とてものんびりとしていて、余計な気遣いだったのかもしれないなどと思ってしまった。ロープウェー運休期間だけの特例ということは無いのだろうが、まーそういうことにして・・・。
帰りは「こまくさの湯」に立ち寄る。登山者は私のみ、他はお年寄りの方が多かった。湯はかなり塩素臭がしていて長居が出来なかった。さっと汗を落とし家路に就く。市内の道路は、事件の検問は既に終了しており、流れは良くなっていた。家には16:30到着。次ぐ日は輪島向け、休む暇なく次の準備にかかるのだった。