黒沢山  2126.8m 
     
 2007.4.14(土)   


  雨のち晴れ(2000付近は小雪)   単独   残雪が使えたのは1950mから   行動時間:7H



@帯無林道ゲート5:53→(26M)→A一番奥の堰堤の中6:19→(8M)→B橋(取付き点)6:27→(34M)→・最初の分岐7:01→(47M)→C鋸の残置箇所7:48→(5M)→・沢を跨ぐ(水場)7:53→(44M)→D尾根上「28番」標識8:37→(26M)→E「25番」1952ピーク9:03→(64M)→F黒沢山10:07〜26→(38M)→G1952ピーク帰り11:04〜06→(31M)→Hブナの大木11:37→(31M)→I帯無川に降り立つ12:08→(17M)→J往路の取付き点12:25→(28M)→Kゲート到着12:53


ge-to.jpg  tuukoukinshi.jpg  hourakugogan.jpg  houraku.jpg 
@ゲートには南京錠がかかっている。左側に白いガードレールが見えるが、右岸の道への橋の欄干。 通行禁止のタイガーロープ。 橋の脇の崩落の様子(帰りに撮影) 道路が完全に寸断されている。
enteinonaka.jpg  hashi.jpg  yajirushi.jpg  sagyoudou.jpg 
A最上流の堰堤の中。写真は上流から撮影。写真の左側(左岸)に道が上がってきて、ここで途絶える。 B対岸が取付き点となるが、この橋は渡るのは難しい。橋の手前の岩にもペンキで矢印がされている。 B対岸に行くと赤ペンキで方向が示される。 作業林道の様子。これは一番良い状態の場所を撮影。
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C鋸刃が掛けられている所。 D細い沢が見えるだろうか。少し遠巻きに見ているが、現地は気持ちの良い場所である。 この日初めて雪を踏む。尾根を前にして斜面を登る。 尾根に乗る。下草の無い場所に出るが、この先から笹を漕ぐ。
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D28番の標識。 大きな壁があるが、右でも左でも容易に巻ける。 左の絵の上部はこんな様子。かなり歩き易い。  26番を最後に道形は消え、適当に行く。
25.jpg  ryousen.jpg  2090temae.jpg  sancyou.jpg 
E25番、1952ピーク。ここから完全に雪に繋がる。 2090ピークに向けての尾根の様子。締まっていれば歩きやすいのだが・・・。  2090ピーク50m手前。 F黒沢山山頂。正面(北西)から強い風を受けていた。
hyoushiki.jpg  hyoushikitogekai.jpg  minamigawa.jpg  sancyoukaraminami.jpg 
F綺麗な標識。かなりの足の持ち主が付けている様である。 F標識が右の木の横にちょこんと付いている。下界は箕輪町。 F風を避けて南側で休憩。 G経ヶ岳への稜線側(西)
2090made.jpg  1952kara.jpg  ganpoukarakurosawa.jpg  rindou.jpg 
黒沢山側から2090ピークへの稜線の様子。  G1952ピーク帰り。 途中の岩尾根から黒沢山を望む。この岩の場所に眼鏡が落ちていた。 途中から北東に林道が見える。上古田からの林道だろう。これも上手く使えば、有効かもしれない。 
buna.jpg  buna2.jpg  ixtusyoubin.jpg  hashihoukai.jpg 
H見事なブナの大木が林立している。 これぞ自然の造形美。ここに雪があったら、もっと美しかっただろう。 沢に降り立つ手前に一升瓶が転がっていた。往路に使うならば、一升瓶から奥の木の方へ向かって行く。 I橋はこのように用を成していない。上手く石を伝って対岸へ行く。
cyuuounoone.jpg  kamoshika.jpg  ourono.jpg  kawa.jpg 
I対岸に渡って、少し下った場所から。沢が分かれる中央の尾根を下って来た。  中央にカモシカがこちらを向いて居る。 J往路の取付き点。雨が止むと、付近の様子が少し違うように感じる。  幅にして5mほどの沢を何度と無く渡渉する。 
gairyakuzu.jpg  gezan.jpg     
付近の地図。1979年に設置と書いてある。  Kゲート到着。     

  

 長野県には黒沢山が二つある。片方は北アルプスに位置し、片方は中央アルプスに位置する。位置すると言っても、双方とも各エリアの端の方にあり、目立たない存在となっている。今回の黒沢山は中央アルプスの北端にある黒沢山である。

 
 登路をどうしようか悩んでいた。南西にある200名山の経ヶ岳の登山道を使えば良いが、私は同じ山や同じ道を歩く事を極力避けている。箕輪村の方からの道は既に歩いたので、反対側の横川渓谷からの道が残るが、こちらは荒れているような情報もあった。どちらの登山道を利用したとしても、最後の稜線はどうしても藪漕ぎは避けられないようである。そんな中、帯無川を遡上するコース取りもあるようで、雪の乗った残雪期には適当のようである。がしかし今年の暖冬がどう影響するか、一か八かで行ってみることにした。

 
 2:15家を出る。週中の疲れが抜けぬままハンドルを握る。季節の変わりめで今日は右肺が痛む。さらに腰も痛い。そんな事なら静養すればと通常は思うのだが、山に入るとこれらが治る。精神的な部分から来る事なのかも・・・。杖突峠を下りると「高遠桜まつり」の看板が目に付く。通行量もいつもより多いのだが、どうも早出で桜を見ようとする車がほとんどのようであった。駐車場を示す看板を境に、前を走る車はゼロになった。箕輪地内の203号線を北上しながら入り口を探す。帯無川の右岸(南側)に付けられた道からもアプローチ出来そうなので入って行ってみると、マットコルフ場の先でゲートされていた。再び203号線まで戻り左岸(北側)を行くと、野球場と工場などがあり、その奥に林道が延びていた。しかしこの林道もすぐにゲートされており、先ほどの右岸側とたいして差がないほどにしか進めていなかった。どちらのゲート前にも余地があるので、車を置く場合は、どちらに入っても良いとは思う。今回はもうこちらに来てしまったので、左岸のゲート前の余地に停めた5:45。


 雨が強くなり、雨具を着込んで歩き出す5:53。これから天気が回復傾向にあり、やや軽装をしてきたのだが、行く手を見ると雪雲が乗っている感じであった。ゲートの先に取水施設があり、透明の綺麗な水が流れ込んでいた。林道はそこで左に分岐しているのだが、これが先ほどの右岸側の道と繋がるので間違いないだろう。その道を左に見ながら真っ直ぐ進む。すると今度はロープで林道が塞がれていた。その原因は先にあった。この先に白い欄干の橋があるのだが、そこの護岸の土が流されていた。修復するのにはかなり月日がかかりそうである。この先でももう一箇所、完全に道が寸断されて落ちている所があった。昨年の大水が原因なのかは判らぬが、当分は車の往来は無理だろう。右側に大きな堰堤を見ながら進んで行く。この次に正面に堰堤が見えると、林道は右側にS字に上っている。堰堤の左岸(北側)に出るのだが、林道はここで完全に帯無川に消えていた。川の中を進むと、道があった当時の標識が左岸側に残る。渡渉をして少し這い上がると、なんとなく道形があるような感じで奥に続いている。時折明瞭になるのだが、存在していれば良い道だった事だろう。渡渉は3〜4回ほどある。今回はダブルストックで来たので、バランスが保て、雨で滑る石にも対応出来た。


 6:29川の中に古い橋が見える。どう見ても渡れない。朽ちているから渡れないのでなく、細くて丸くて、バランスからもグリップからも無理であった。少し上流に行くと容易に渡れる所があり、そこで左岸に移る。付近にはマーキングもあり、よく見てゆくと岩に赤ペンキで矢印がされている(2箇所)。踏み跡らしきところを辿って行くと、明瞭な道になる。濁流に流されていなければ、ここまでも同じような道が続いていたのだろう。暫らくは九十九折に何度もターンしながら上がって行く。道には棘が多く、雨で雨具を着ていたから良いものの、着ていなかったら酷い事になったと思う。帰りは雨が上がっているであろうから、ここを通過する場合は、着て通過せねばならないと思うほどであった。


 標高1450mほどで尾根に乗った形となった。ここからこの作業道はいくつもの分岐が待っている。どこが正解で、どこでループして、どこで別方向に行っているのかは全く判らない。自分の判断で、トラバース道と尾根道を選びながら進んで行った。このまま真っ直ぐ進めば1718ピークに達するようであったが、1540m付近から藪ルートを選んでしまい、尾根のやや南を歩くはめになった。15分ほど進むと明瞭な道が現れた。結局のところ尾根を進めば良かったのか。気持ちよいほどになだらかな道で、周囲は下草が綺麗に刈られた場所であった。そして途中の木に草刈機の鋸刃が掛けられていた。さらに進むと小さな谷があり、適当な水場になっていた。ここ周辺の景色はとても素晴らしく、のんびり長居をしたくなるような感じであった。

 作業道は谷を跨いで先に進んで行く。暫らくトラバースをして行くのだが、我慢できずに、途中で斜面に這い上がってしまった。伐採がされた見通しの良い斜面を行くと、今日初めての残雪がお出ましになり、腐っておりもがくばかりであったが、何とか尾根に上がった。尾根に出たところは「木下区 28番」付近であった。尾根には明瞭な道があるのかと思ったら、付近には登山道と言えるような道形は皆無で、なんとなく踏み跡がある感じであった。大岩が有り、そこを右に巻いて上に上がると、歩きやすい尾根に変わるが、すぐに再び藪漕ぎになった。上に上がるに従い標識の数字は減ってゆくのだが、26番を最後に踏み跡さえも消えていった。雨はこのあたりで雪に替わり、丸い粒が雨具を叩いていた。少し雪が出てくるが、緩過ぎてかえって負担になった。両腕でササを掴みながら体を持ち上げる。おそらく例年ならこのあたりも歩きやすく、下からの作業道と雪が繋がり良いルートなのだろう。今年のこのルートは試練のルートなのかも。


 9:03「木下区 25番」と書かれた1952ピークに着く。尾根上に雪があるが、やはり緩い。ほとんど膝まで踏み抜く感じで進まねばならなかった。カンジキをつけようか迷いながらも、もうすぐ締まってくる地形があるだろうなどと思いながらツボ足を続けていた。2090ピークの尾根に上がると、北西の風が非常に強く、稜線は冬の様相であった。下界を見ると日が差している。これが春の危険な部分だろう。風を避けるように稜線の南側の雪につながりながら行く。


 10:07黒沢山に到着。山頂を示すものは、小さな綺麗な標識がかかっていた。この作品は、南アルプス、北アルプス。中央アルプスなどの高山で見ることが多い。作品と書いているのには訳があり、非常に手の込んだ彫刻と色使いをしている。私の気に入っている標識の一つなのだが、その拘りようも凄い。裏側を見ると止具のネジ付きフックの根元には、ボンドで水が浸入しないようにしてある。材質が木であるから、水による腐食や氷結膨張による割れが一番心配だろう。それらにも細かく対応している。まー作品を見れば細やかさは一目瞭然になるのだが・・・。風を避けて南側に座り、お湯と飲みながらパンをかじる。背中には巻き上げられた雪が当たるのだが、見ている下界は快晴も快晴。いやはや因果な遊びだとつくづく思う。経ヶ岳の方も木々の間から何とか見えていた。


 10:26下山。トレールを辿るだけなのだが、往路に増して沈み込む。脹脛が非常に疲れる歩行が続く。2090ピークを過ぎ、北東に進路を変えると、尾根が風を遮り春の穏やかな山歩きに変わる。1952ピークで靴紐を縛り直し、一気に藪に突入する。下りは登りとは大違いで、植生が下を向いている分、かなり歩きやすい。「28番」の標識の場所で、下山路をどうしようかと迷うが、このまま尾根を下る事にした。途中の岩峰の上には眼鏡が落ちていた。空き缶などのゴミもあり、人の気配のする尾根であった。途中に「25番」と書かれた標識があった。確か25番は1952ピークであったので、間違えか、もしくはただ単に下に行くに従い番号が増えているのでは無いのだろうか。この辺りから、尾根上の踏み跡は登山道(作業道)と言える明瞭さになる。

 「29番」を過ぎると、尾根の右側(南)が唐松林になり、左側(北)がブナの植生になる。これが作業道を挟んできっぱりと分かれている。ブナは見応えのあるブナばかりで、まるで箱根彫刻の森美術館に居る様な感じであった。ここのブナを見る為だけに出向いても価値があるだろう。私は別山(白山)の千振尾根のブナが好きなのだが、ここを経て優劣が変動したかもしれない。距離にして500m〜800mほどはこれらのブナが楽しめる。尾根上の道はかなり深く掘られたようになっている。それほどに利用者が居る事になるが、登山道として存在したのか、または林業の盛んな地域で頻繁に整備がされていたという事か。

 下に行くに従い帯無川の音が聞こえてくる。少し急峻になり、道が無くなったように見えるところは左(北)側を探すと踏み跡が下りて居る。そして尾根を外れて北側にトラバースして行く道があるが、往路に使った道に繋がるのであろう。今回はそのまま尾根を下ってゆく。すると一升瓶が転がっているちょっとした平地に降り立つ。ここでは一升瓶を目立つ場所に立てておいた。マーキングもあるが、道形が細いので目立たない。登りに使うならば一升瓶を足元において、マーキングの方向に道はある。ここから少しで沢に降り立つ。ここも登りの場合は不明瞭である。沢が二本に分かれる中央の尾根を登れば良いのだが、適当に行くのが一番良いかもしれない。まーここを入る人はそれなりの人であろうから心配はないだろう。


沢を何度も渡渉しながら下ってゆく。途中カモシカが居りニラメッコとなった。首を傾げながらこちらを見ているのだが、距離にして20mほどまで近づいても逃げようとはしなかった。それほどに最近は人が入っていないのだろうか。それともカモシカの近視の度合いは酷いのだろうか。往路に取り付いた場所までに5回ほどの渡渉がある。危険な箇所は特に無く、歩きやすい場所であった。往路の道と合流すれば、あとは知れた地形となり、安心して下ってゆく。


 林道を歩いて行くと、ちょっと広い場所に付近の概略図があった。1979年に設置したらしいのだが、付近の山には無数の登路が示されている。ほとんどの尾根には道が付いているように見えた。今回はそんな中の二つの道を歩けたのだが、今でも十分使える道である。林業関係者が少なくなっている昨今、道は自然と消えてゆくのであろう。


 ゲートに着く頃になると天気は快晴になっていた12:52。一番近い風呂の「みのわ温泉」に寄りさっぱりとする。ここの露天風呂から見える桜は見事であった。そんな桜を見ながら、もっと見頃の高遠の渋滞が頭に浮かんだ。帰路は有賀峠を越えて諏訪に出る。そして家には、17:00到着。

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