一切経山 1948.8m 家形山 1877m
兵子 1823m
ニセ烏帽子山 1836m 烏帽子山 1879m 昭元山 1892.6m
東大巓 1927.9m 藤十郎 1825m 東吾妻山 1974.7m
2007.9.29(土)
晴れ 単独 浄土平から 行動時間:14H11M
@浄土平5:27→(6M)→A一切経山への分岐5:33→(34M)→B酸ヶ平への分岐6:07→(18M)→C一切経山6:25〜31→(20M)→D五色沼北側分岐6:51→(10M)→E家形山7:01〜05→(8M)→F三叉路7:13→(16M)→G兵子新道分岐7:29→(8M)→H兵子7:37〜42→(19M)→Iニセ烏帽子山8:01〜05→(22M)→J烏帽子山8:27〜36→(25M)→K昭元山9:01〜12→(22M)→L大倉新道分岐9:34→(12M)→M東大巓9:46〜54→(28M)→N藤十郎10:22〜41→(46M)→O大倉新道分岐再び11:27→(78M)→P谷内平湿原12:45→(7M)→Q谷内平分岐12:52→・姥沢で迷う→(14M)→Q谷内平分岐13:06→(6M)→R大倉深沢渡渉13:12→(107M)→S中吾妻山乗越14:59〜15:03→(69M)→《21》大倉深沢帰り16:12→(10M)→Q谷内平分岐三度16:22→(5M)→《22》谷内平避難小屋16:27〜28→(73M)→《23》姥神石像分岐17:41→(8M)→《24》姥ヶ原分岐17:49→(38M)→《25》東吾妻山18:27〜33→(25M)→《24》姥ヶ原分岐18:58→(40M)→《26》浄土平レストハウス前19:38
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| @浄土平レストハウス前から。正面の天文台の右を巻いてゆく | A直登コース分岐。 | 斜面から噴煙が上がっている。 | B一切経山までの中間点。酸ヶ平への分岐。 |
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| 山頂直下。 | C空気大感謝塔。 | C一切経山頂上。生憎のガス。 | C一切経山三角点。 |
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| 五色沼。辺りは色付き出している。 | 五色沼の東側の石碑。この近辺はやや広い地形で踏み跡はない。 | D硯石と家形山との分岐。 | E家形山のケルン。 |
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| E米沢山の会の標識。 | 五色温泉への下降点。 | F三叉路。ここには家形山の表示がある。 | F三叉路の表示。 |
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| ぬかるんだ場所が多いのだが、丁寧に飛び石が置いてある。 | 堀田林道下降点。 | G兵子新道白岩コースの分岐。 | 兵子直下。 |
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| H兵子山頂。判読できる標識は無い。 | 兵子直下のスロープ状の一枚岩。 | G兵子新道入口の50等分の表示。これは割れて落ちていた。 | Iニセ烏帽子山頂。通過点のような場所。 |
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| J烏帽子山標柱。最高点よりはやや下った場所にある。 | 烏帽子山側から昭元山。 | K昭元山。あまり広さは無いが展望は良い。 | K昭元山三角点。 |
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| K昭元山から一切経山側。日差しの関係で暗い絵に・・・。 | L大倉新道下降点分岐。 | L標柱を背にして大倉新道側の木道。 | L分岐付近から東大巓側。かなり紅葉が進んでいる。 |
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| 途中の将棋倒しのような木道。 | 東大巓直下の分岐。 | M東大巓山頂。狭い山頂。 | M東大巓三角点。左の絵のポールの左にある。 |
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| M東大巓のスキーツアー用の標識。登山道側には背を向けている。 | 弥兵衛平から東側。湿原の草が黄金色に輝いている。 | 弥兵衛平から東大巓を振り返る。 | 弥兵衛平の池塘と西吾妻山。 |
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| 登山道上の藤十郎の表示。 | 藤十郎の南側。こちらはかなり密生している。 | 藤十郎の東側。こちらから突入。 | N藤十郎山頂。ハイマツに乗り、足の裏から地面まで1mほど。 |
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| Nリボンを残す。 | 途中腕章を付けた方が植生復元作業をされていた。 | O大倉新道下降点再び。右に折れて行く。 | 上部は沢の中を行く場所もある。 |
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| 多くはこのような笹の繁茂したルート。 | P谷内平湿原。弥兵衛平と互角のすばらしい景色。 | Q谷内平分岐。 | 間違えて姥沢を下流に歩いて行ってしまった。200mほど進めるが、その先は濡れない事には先に進めず。 |
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| 分岐から姥沢に向かってすぐのテン場。焚き火の跡もある。 | 中吾妻山へは、谷内平の分岐から湿原の方へ少し戻り、木道が始まる場所の西側に踏み跡が入っている。 | 踏み跡に入るとすぐに広い切り開きがあり、少し進んだ左側に石碑がある。手前ものには「蚕養明神」とある。 | R大倉深沢渡渉点。正面中央の対岸斜面にルートが右にくねっている。 |
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| このような立派な切り開きがある。この広さは下の方のみ。 | S中吾妻山乗越から中吾妻山。もう手に取れるほどの距離である。 | S倒木に標識が残っていた。判読不能。 | S倒木が折り重なるように周辺を埋め尽くす。 |
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| ルート途中のマーキング。このマークは昔のルートのようでもあった。 | 21 渡渉点帰り。右岸にある大岩の東西に赤ペンキで丸印がある。 | 避難小屋前の姥沢の様子。 | 22 谷内平避難小屋。強固な造り。 |
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| 22 明るい暖かい小屋内部であった。 | 23 姥神石像分岐。2体の表情のある石像が居る。 | 24 姥ヶ原分岐。 | 25 東吾妻山山頂。 |
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| 25 東吾妻山三角点。 | 鎌沼南分岐。付近は快適な木道歩き。 | Aとうとう一周して来た。 | 26 浄土平レストハウス前到着。 |
吾妻山には、2003年にグランデコから入山し人形石まで歩いている。それから4年が経過するが、東に連なる山々がごっそり未踏になっていた。これだけ座数が集中しているエリアも珍しい。以前は滑川温泉を基点に周回などと考えていたのだが、もう少し広いエリアを見て、浄土平を基点に周回する事にした。
0:20出発、佐野藤岡から東北道に乗り二本松まで走る。国道459号線を使い岳温泉を目指す。前回の体験から、この岳のコンビニが最終コンビニである。ここを逃すと先が無い。ここで二日分の食料を仕入れる。ヤキソバパン1つ、おにぎり1つ、カップラーメン1つ、菓子パン1つ。そしてビール2本。どこが二日分なのか・・・。小食で水が要らないのは自分ながら本当に便利である。ただし平地では良く食べる。
道の駅つちゆの所が分岐になり、115号線を西に向ける。土湯トンネル手前から野地温泉を通過する県道30号に入り、現在の土湯峠に出る。ここを右折した所が磐梯吾妻スカイラインの土湯側ゲートがある。このスカイラインの情報を調べて来なかったのだが、夜は無料(普通車は1570円)で通行して良い様で開門したままであった。以前の乗鞍のようにゲート前で待たねばならないものと思っていたのだが、ありがたく中に入って行く。外気温はみるみる下がり、浄土平駐車場に到着した時は7度であった。この浄土平駐車場も有料(410円)であるが、到着した5時では徴収ブースは無人であった。レストハウスの前に停めたのだが、なぜか他の利用者はトイレに群がるように停めていた。おそらく明るいからであろう。4時間強の運転にやや疲れが出てしばし仮眠。
雨具を着込み5:27レストハウス前からスタートする。雨具を着たのは雨でなく防寒のためであった。外気温は5度まで下がり、風速は15mほどあった。この時間帯は秋を通り越して冬を感じさせた。登山道は天文台の北側を巻き込むように作られていた。こちらにも駐車場があり、トイレの利用を考えなければこちらに停めた方が利口のようであった。小さな橋を渡ると一切経山への直登コースの分岐がある。登山道を真っ直ぐ進んで酸ヶ平経由でもそう時間的に差は無いが、噴気の上がる様も近くで見たいので、右折して直登コースを行く。小さな火口を右に見て火山岩の中の道を行く。途中で振り返ると、丁度吾妻小富士がこちらに首を擡げているように見える。この時がシャッターチャンスだったのだが、山頂に行っても撮れるだろうとカメラを出さずに通過してしまった。しかし運悪くこの先でガスがかかり、二度と拝む事は無かった。カメラもある意味、瞬発力を必要とするスポーツなのかもしれない。鎌沼への分岐付近では風が収まったが、山頂に近付くに連れて再び強くなり、体を斜めにしながら風に耐えていた。
6:25一切経山到着。空気大感謝塔の大きな石積みを手前に、その先に三角点があった。完全にガスの中に入り展望は無い。石積みを風除けにしてしゃがみ込み儀式となる。保険の為に手袋を持って来たのだが、大活躍であった。次に家形山を目指すのだが、全くルートが判らない。最初北側のロープに伝ったが道は無く山頂に戻り南側のロープに近付くと、その脇に道が続いていた。大きな岩の間を下りて行くルートで、視界が無く少々ルートミスをしながら降りてゆく。まー凡そは方向が定まっているので適当に進めは登山道に乗っていた。途中ガスの間から五色沼が見えるようになった。ガスが邪魔をしているようでもあるが、反対にガスが荘厳さや神秘さの添加剤のようにもなっている。五色沼の北西辺りを歩いていると、足元に通行止めの看板が割れた状態で落ちていた。それも間隔を開けて二つ。それがどこを示しているのか判らなかったのだが、おそらく避難小屋への直接ルートの事であろう。分岐から西に向けて登り上げるとケルンのある家形山に着く。ここにはスキーツアー用の三角の山名標識もある。プロットした座標は樹林に中であるが、地形図から標高が同等と判断し、ここを家形山とした。
この先物見台の分岐の先から泥濘地には飛び石が置かれ登山者に歩き易い様に工面されていた。一つ3〜4キロはあろうかという踏み石なのだが、相当な数があり、作業の大変さと作道のありがたさを感じる。その次に三叉路(看板表記)の分岐には、家形山と書かれた標柱が建っていた。山の一角であり、ひどく的を外れた場所ではないのだが、ケルンのある場所を見て来ただけに、違和感があるように思えた。この三叉路からは下り勾配になる。7時半を過ぎると晴れ模様になり、だんだんとガスが晴れて来た。
堀田林道の下降点には立派な道標が付いていた。横目に通過し、すぐに兵子新道の分岐となる。ここから北に進む。姥湯駐車場までの間を50等分しているらしく、道標の分母が50となっており北進して行くと分子が減っていった。兵子直下は岩場になっており、スラブ状のスロープを伝って山頂に立った。朽ちた柱が一本あるが山名表示などは何も無い山頂であった。少し余裕があったので、分子が37番まで偵察し往路を戻る。兵子新道の分岐に戻り縦走路を西進する。相変わらず飛び石の置いた登山道が続く。
ニセ烏帽子山は通過点のような場所で、木製と角パイプの標柱が仲良く並んでいた。ニセとあるから、烏帽子山に対して東側から見て名付けたのだろう。次に烏帽子山だが、山頂部は針葉樹林帯であった。その中に標柱があるのかと思ったが、行政の標識は山の西側に建っていた。最頂部でないので煮えきれないのだが、展望の良い場所に標柱を建てたのであろう。目の前に形の良い昭元山が見える。ここまで来る間に数箇所ゴーロ帯があったが、烏帽子山西面を最後に無くなった。秋晴れの気持ちよい日になり、益々展望が開けてくる。昭元山は地図通りに南に張り出したようなピークであり、北側以外の展望はいい。山頂は狭く樹林が半分覆っている。その為だろう航空測量用の棒が、南側に5mほどずれた場所に立っていた。この縦走路も、この昭元山を境にガラッと様子が変わる。これまでも歩き易い登山道であったが、緩やかさが増してさらに歩き易い。そしてやや色付き出した紅葉初期の木々が目の前に見える。一見緑が多いのだが、目が馴染み色が一旦見えだすと、結構に色づいているように見えてくる。時折立ち止まり付近の紅葉を楽しむ。
さてこの辺りに差し掛かり、この先のルートを考えねばならない。一つは藤十郎の先からヤケノママに下るルート。もう一つはこの先の大倉新道を下るルート。いずれにせよこの稜線の最終目的地は藤十郎なので、そこまでは行かねばならないのだが、そこから戻るか自然とループして行くかになる。この山行の一番の目的は中吾妻山であり、ここを西から入るか東から入るかであるが、地図にルートはあるようだが、ほとんど廃道のようである。こんな事を迷いながら足を進めてゆく。大倉新道の分岐は池塘が点在し、木道と相成って絵になる場所であった。この先はほぼ8割がた木道歩きとなる。コツコツと自分の足音を楽しむように足を進めてゆく。東大巓手前の将棋倒しのようになった階段状の木道はなかなか面白い。自然と人工物との絵になる場所であった。
9:42東大巓分岐。山頂へは南に15mほど駆け上がる。この間の切開きが不十分で、夜露で思いのほか濡れた。山頂は狭く半畳も無いような場所であり、そこに三角点は申し訳程度に顔を見せているような状態であった。スキーツアー用の標識は、西に向いて表示されていた。登山道側からだと背中を向けており、やや違和感のある表示方向であった。分岐まで戻り、この先で弥兵衛平に踏み入れる。ここの景色は格別で、黄金色に色づいた湿地の草と色付き出した山々とが目を癒してくれる。西吾妻から中大巓もデンと構えており、緩やかな裾野を広げている。その中にこれから目指す藤十郎があるのだが、西吾妻などの大きさに目を奪われて、手前にチョコンと見えているだけである。
エアリアアップの藤十郎は、1860高点で座標を取っているが、山名事典を含め他の資料は、その東の1825高点を藤十郎としている。現地においても大平湿原への下降点に藤十郎の標柱があり、東側のピークが正当であるようであった。標柱があるもののここは山頂ではない。最初、真南から藪漕ぎをしたが、ハイマツやシラビソに跳ね除けられかなり難儀した。再び登山道に戻り、大平への道を少し進み、今度は真東から突入。南側と比べればこちらの方がましだが、それでもなかなかの漕ぎ甲斐のある場所であった。最高所は、ハイマツに登らないと視界が無いような場所であった。誰も訪れる人は無いであろうが山頂にリボンを残してきた。分岐まで戻り地図を広げ作戦を練る。既に10時半で、日没まで7時間。ヤケノママを見たい気持ちも強いが、ルートとしてのリスクが大きい。何とか吾妻山神社に到達し、登り上げて上手く東側に抜けられれば良いが、行動不能で引き返す場合は再びここまで来なければならない。となると谷内平から藪漕ぎ箇所を往復で辿った方がリスク回避となる。ヤケノママを見たい欲求を抑えて、中吾妻山は谷内平から攻めることにした。
再び木道を戻る。弥兵衛平の湿地では植生復元の為に、腕章を付けた作業者が作業をしていた。“ご苦労様”と声を掛け通過する。そして大倉新道の下降点から南に下りだす。このルートは難ルートではないが、なかなかのルートで稜線の一級の登山道と比べると三級か四級に相当するような状況であった。渡渉、泥濘、沢状地、等々かなり楽しい道である。道はあるものの笹を分けるような場所が多く、視界があまり無いルートであった。途中で7名ほどのパーティーが登ってこられ、すれ違い時に中吾妻山の情報を貰う。話によると谷内平側から、近年途中まで切り開きが行われたようであった。こうなるとこちらを選択した判断は正解であった。谷内平湿原に到着すると、ここも弥兵衛平同様にすばらしい黄金色の景色が広がっていた。木道に腰掛けぼんやり景色を眺めているご夫妻も見られた。
木道を南進してゆくと谷内平の分岐が有った。駕篭山稲荷や避難小屋への表記はあったが、肝心の中吾妻山への表示はない。地図を見ると姥沢沿いに破線があり沢に寄って歩いて行くのだが、結局沢の中を歩くことになり飛び石で4度ほど渡渉しながら200mほど進んだ。その先で水量が増し右岸に這い上がるも、ササの藪漕ぎで酷く疲れる。やむなく再び川に戻り、往路を上流に戻る。この時は、中吾妻へ行くのはほとんど中止に近い諦めモードであった。沢を戻って行くと、分岐の近くの河川敷に1張り分のテン場があった。果たして分岐からどこに道があるのかだけでも把握したく、辺りを探りながら再び谷内平湿原の方へ戻るようにして行くと、木道の始まるすぐ手前から西側に踏み跡が入っていた。少し高低差があり、ここを駆け上がると切開きがされた広い道が奥に続いていた。こうなると辿らない手は無い。
先ほどの中止は撤回し足を進める。とすぐに左側に石碑があり「蚕養明神」と書かれていた。さらにもう一つの石碑には「白鳳寺道跡」と読み取れた。後者はこの道の事を差しているのだろうか、二つを読み取るとここにお寺と神社が共存するような感じに読み取れる。どういうことなのか。さらに先を行くと大倉深沢の渡渉点になり、幅15mほどを飛び石を上手く使って対岸へ行く。ここは水量のある時は水没覚悟で来なければならないだろう。右岸に移るとこちらも2m幅の切開きが続いていた。登山道上で焚き火をした跡もあり、缶ビールの缶が4本放り込まれていた。しばらくこの道を伝う。泥濘地が最初にあり、少し先で水の流れ(1640m付近)を跨ぐ。この先に水場は無いのだが、足の下で水の流れる音がする場所がある。まるで目に見えない水琴窟のようでもあった。道の脇にある樹木を見ると薄い赤ペンキの跡が見える。どのくらい経過しているのか判らないが、かなり古いマーキングである。そんな中に、新しい赤いマーキングの布がこまめに付けられ先に伸びている。山を右手にしたトラバースがほとんどで、あまり高度を上げていないのではと錯覚するほどにずれて行く。途中岩場の通過箇所にはペットボトルが枝に掛けられており、方向が示されていた。結局この赤布の導きは1780m付近まであって、そこで途絶えた。この先が全くルートが見えてこない状況で、適当に藪を漕いでゆく。果たして帰りにこの道にたどり着けるのか不安になるほどに、右往左往しながら高度を上げてゆく。1800mを越えると完全に辺りが倒木帯になり、乗り越え進むのに難儀する。時計は既に15時に近い。中吾妻山の斜面にも倒木が見える。残り距離全てが倒木帯ではないだろうが、仮に半分がそうであった場合に登頂するとなると本日はここでビバークせねばならない。暗くなってからここの藪を漕いで切り開きを見つけるのは至難の技と判断した。もうすぐ夕闇が来る中で、明るいうちに登山道に戻るにはそろそろ潮時であった。とりあえず15時を引き返し時間と決めて進んでみた。すると残り400m付近で、倒木に白い判読不能の標識があった。おそらくこれが乗越箇所の標識で間違いないだろう。東西を見渡すが、全く道形などは無く、有るのは倒木ばかりであった。もう少しなのだが、ここまで調査が出来たら次に繋がる。勇気ある撤退とした。案の定帰りは、赤布にぶつかるまで至極難儀した。同じような植生であり、地形であり、ほとんど勘で進むような所であった。それでも一旦赤布が見えれば後は早い。道のありがたさを痛感する。
あとで聞いたのだが、この道は遭難者が出た時に切り開いたようである。そんな短期間で作ったような道には見えないのだが、目的としては旧道の復活を見越した部分もあるのではないだろうか。おおよそだが谷内平から3時間ほどをみていれば中吾妻山に到達するであろうと思われる。大倉深沢を再び渡渉して谷内平の分岐まで戻る。ここで時計は16時22分。日没まで1時間。鎌沼方面に足を進める。すぐにある谷内平避難小屋はすばらしく綺麗な小屋であった。機密性も高く内部が暖かいのには驚いた。採光も考えられ、明るい小屋であった。これを見た瞬間、まずったと思った。もう1時間がんばって中吾妻山を踏んで、ここで泊っても良かった訳であった。これほどに良い小屋とは知らなかったので、全ては後の祭りである。
ルートはしばらく姥沢沿いを行き、数回の渡渉を繰り返す。その次に木の根に蔓延る登山道に変わる。樹林帯の中は日没同然で、ヘッドライトで上がってゆく。なかなか長い我慢の登りであった。樹林から抜け出ると、そこが姥神石像が2体ある場所で、ライトを当てると陰影が出来、なかなか表情のある石造であった。ここから姥ヶ原方面に足を進める。この辺りも木道が整備され歩き易い。姥ヶ原分岐から東吾妻山を目指す。しっかりした登山道で、昼間の登行者の足跡がいくつも残る。土地借受の白い標柱が数本あり、ライトに浮かび上がりドキッとする。高度を上げてゆくと次第に福島市側の夜景が綺麗に見えてくる。夜間登山の楽しみはこれである。さらに星が出ていれば夜景と繋がりすばらしいのだが、自然の方はおあずけであった。
18:27吾妻山山頂。外気温は7度であったが、無風状態で全く寒くない。自分が火照っているせいもあるが・・・。広い山頂で、昼間であればハイカーが点々と集っていたであろう。私の方は夜景に夢中で、カメラを向けるが、さすがに全て手振れであった。一応ここが本日の最終目的地であった。まだ蓬莱山や前大巓などもあるが、次回に中吾妻山リベンジの時に持越しである。姥ヶ原に戻り、木道を延々と闊歩してゆく。途中から浄土平のトイレの明かりが黄色く目立つ。下世話な話だが、早くビールが飲みたい。自ずと早足に・・・。
駐車場のレストハウス前到着19:38。無事山行を終えた。もう少し早くに出発すれば中吾妻山が踏めたとかの反省材料はあるのだが、気持ちよく山旅が楽しめたので良しとする。今日はここで車中泊。パソコンを叩きながら一日の整理をする。琥珀色の泡ジュースがこんなに美味い物かと思うほどに美味い。しかしそれにはアルコールが入っている。疲れた体には回りも早いようで、2本目半ばにして意識は消えていった。







