富士山
564.5m
2023.1.28(土)
晴れ 単独 道の駅おのこより周回 行動時間:2H3M
@道の駅おのこ6:26→(41M)→A林道出合480m地点7:07→(11M)→B切り通し(入山口)7:18→(8M)→C富士山7:26〜37→(15M)→D須内郷稲荷7:52→(31M)→D上小野子バス停8:23→(6M)→E道の駅8:29
@道の駅おのこから見る富士山(左の高み)。 | @東に進み吾妻線を潜る。 | 吾妻線を潜ったら外河原地区を北に登って行く。 | 七社神社の長い参道が見えてくる。 |
宮沢弁財天。この地域の史跡には、白い杭に名称がふられている。 | 北の谷戸(がいと)地区の、現在住まいする最奥 | 配水池 | 林道富士山線分岐 |
富士山線 | 分岐から先が小野子林道起点 | A林道出合。小野子林道は跨いで先に延びてゆく。ここで西へ。 | B切り通し。東側からは登れない。 |
B西のカーブミラーの場所から細い道が上がっている。 | この場所にしてコンクリート舗装されていた。 | 車で上がるには怖いほどの斜度。 | 倒木が山頂までに3本あり、現在は車は入れない。 |
南の高みの祠 | C富士山最高所 | C唯一の標識 | C南の祠 |
C漢詩らしき刻み。横に願主の名前が読める。 | C四等点 | C竹を模した石造りのものが珍しい | C山頂は、後に見える白い高み。よって三角点標高より実際は高い。 |
Cフライト場と判る。 | Cエキスパンドメタルはかなり疲れてきており、抜けそうな場所もあった。要注意。 | C展望はすこぶるいい。赤城(東)側。 | C榛名(南)側 |
C吾妻川俯瞰 | 南西尾根に道が伸びている。 | 南の肩で行き止まり。フライト場より、ここの方が展望がいい。 | 榛名山を形成する北側の山が全て見える。 |
浅間山 | 南西尾根を戻り、途中から西に下る道形に入る。 | 途中から夥しい倒木帯となる。30本ほど跨いで進み、道形は消滅した。廃道だった。 | D消滅した場所から適当に下ると、須内郷稲荷の場所に出た。この麓側は現在伐採中。 |
稲荷への入口に林業用のトラクターが置かれていた。 | 落釜雨乞線を伝って降りてゆく。 | 途中の鳥屋地蔵尊 | E国道353に出た場所は上小野子バス停。 |
F道の駅に戻る。始業前、スタッフが除雪していた。 |
スーパーマップルには、時々地形図に載らない山が記載されていることがある。引用しているベースデータに載っているからなのだろう。過去いくつかそんな山を登って来ている。今回は、旧小野上村内に見える、「富士山」を狙ってみる。北側の林道からはわずかな距離で、無積雪期なら5分ほどで到達してしまうような場所。金曜日に降雪があり、麓から歩くのにお膳立てが出来、道の駅おのこを起点にして周回してみることにした。
5時に家を出る。外気温はマイナス3℃ほど。路面が凍結しており、もっと近場にしておけばよかったと少し悩む。何度もハンドルを取られ、カーブの場所ではガードレールに突っ込んだ轍を見たり、警察立ち合いでの事故も見られた。コンビニに寄ることもせず、必死にハンドルを握り渋川の街中を経由し現地入りする。降雪後の路面はレジャー向きではなかった。
駐車場から富士山を見上げるが、富士と名の付く山の多くがコニーデ形をしているところが多いが、ここは違っていた。どこから見て名付けたのだろうと疑いたくなるようなダラッとした形状だった。それでも富士山は富士山、一度その山頂を踏んでみたい。道の駅の駐車場は、積雪量は60mmほどだった。山間部のようではあるが、さほど積もっていなかった。
6:26スタート。国道353を東に向かい、吾妻線を潜ったらすぐに北に入る。外河原地区内を進むと、「市道14号線起点」の看板が見られる。伝うのは14号と言事になる。集落の北端に七社神社があり、ロケット発射台のような勾配で参道の階段が上に続いていた。この先2分ほどで、宮沢川内に大岩が在り、その上に石祠が乗っている。これは宮沢弁財天と呼ばれるものらしく、木の角柱に名前が書かれていた。これら標柱は村落内の各所で目にすることになった。
北の谷戸(がいと)と呼ばれる地区が次にある。生活しているお宅が宮沢川を挟んで2軒見られる。寒村な雰囲気だが、一軒は新築であった。その上側は別荘地のような感じではあるが生活している様子はなく、雪の上に残る轍は一切なかった。上側の北の谷戸地区への分岐の所に、「市道14号終点」の表示が出ていた。分岐から4分程で、左側に真新しい貯水タンクが見えてくる。「低区第二」と書いてあるのだが、高区もあるのだろうと予想する。この場所から7分程登ると、林道富士線の分岐があった。この事により、やはりここには富士山が存在する事が確認できた。この林道は富士山の山腹を巻く林道で、目指すは上側を巻く林道。
富士山線の分岐から2分ほどの場所に、小野子林道起点の標柱が立っていた。何とも中途半端な起点場所と思えてしまう。この起点から10分ほど登ると、目指していた林道出合いとなり、クロスするようにして小野子林道は北に進んで行っていた。左折して西進してゆく。いつのものだろうか、雪面には1台分の轍が残っており、そのタイヤが圧雪した上を平均台のように進んで行く。すると、標高差15mほどある大きな切り通しが現れた。尾根を削って林道を付けたようで、北と南の壁にはコンクリートが吹き付けてあった。こんな形状になっているとは知らず、取り付くのにも大変に思えた。尾根の東側は膝付きの急斜面で、カーブミラーがある西側に進むと、そこから軽四が通れるほどの道形が切られていた。雪面を上がりだし、”オヤッ”と思った。足の裏に硬さを感じる。雪を掻くと、コンクリート舗装されているのが判った。こんな場所に・・・。
かなり急峻で、舗装されているが実際に車で伝うにはかなり怖い斜度で続いていた。斜度が強いので歩道としても崩れないよう舗装したのか、それでも車で上がれるよう配慮してあるのか不明だった。登って行くと倒木があり、いずれにせよ現在は車では上がれない道であった。勾配が終わり平たん路になると、右手に小高い場所があり、そこに石祠が立つ。側面には一切の刻みは無かった。倒木を跨ぎさらに南進してゆく。
富士山登頂。最高所には小さな標識が縛られていた。かなり前に縛られたものだろう、幹が太り木製標識の留め穴がほぼテンションで壊れてしまっており、辛うじてくっ付いているだけであった。この場所に三角点は無く、15mほど北側に石祠や石塔が立ち、そこに四等点が埋まっていた。標高差は1m〜1.5mだろう。三角点標高で地形図には記載されているが、実際の富士山の標高はそれより高いことになる。石祠の南側には、竹を模した珍しい石の加工品があった。漢詩を書いたような石柱もあり、一文字づつは読めるものの繋げて読むことはできなかった。この場所の南に大ぶりな看板が見えた。ここ富士山を説明するものかと思ったら、パラグライダーのフライト場所としての注意書きだった。これを見て、先ほどの舗装が納得できた。
石祠の場所の南東側にエキスパンドメタルを敷いた場所があり、かなり古いようで踏むと撓みが凄かった。でもすこぶる展望がいい場所で、降雪後の南側や東側の景色が秀逸だった。南側には道は無いものと思っていたが、僅かに漕いで進むと、南西尾根に直線路が切られているのが見えた。伝いながら、”これでうまく南に戻れる”と思ったが、それはぬか喜びで、60mほど進んだ先の肩で道は終わっていた。ここも展望台的場所で、先ほどのフライト場より展望がよく、行き止まりではあるが訪れてよかった。もしかしたら、この場所もフライト場だったのかもしれない。下に行く道は見えてこず、やや崖のようになった場所で、これ以下には降りられないと判断し戻る。
今ほどの肩の場所から10mほど北に戻ると、そこから西に道形が降りていた。最初は快適な道だったが、途中から夥しい倒木があり、伐木されたのではなく自然倒木での状態だった。かなり前から管理されなくなった道と判る。我慢しながら倒木を跨いだり潜ったりして道形を追う。しかし進む先で道形は消失してしまった。もう少し進めば在ったのかもしれないが、倒木にうんざりで西進は諦め南に下降しだす。藪漕ぎをしながら降りて行くと人工物の建つ場所に出た。須内郷稲荷と書かれた木柱があり、木の祠が立っていて新しい祇出も縛られていた。参道もあり、伝って進むと大々的な伐採地で、林道から稲荷への道の入り口には林業用のトラクターが置かれていた。出た道は落釜雨乞線で、周囲の景色は以前に雨乞山を登りに来た時に見ている景色であった。
麓に降りて行くと、鳥屋地蔵尊があり、かなり昔にタイムスリップしたかのような古刹な雰囲気だった。地形図通りに道は存在するが、地形図に載らない道も在り、それらを選びながらショートカットしてゆく。舗装はしてあるが斜度のが強く、今は使われていないようだった。雪が乗っているので、ソロリソロリと足場を確かめながら降りて行く。田野入地区の道祖神とお地蔵さんが立つ前を通り南進し、上小野子バス停の場所で国道353号に出る。
融雪での泥撥ねが気になったが、ちょうどいい高さにガードレールがあり防いでくれていた。道の駅に戻ると、スタッフが人力で除雪作業であった。練馬ナンバーの乗用車がチェーンを外しているところだった。かなり暖かい日となり、国道の雪はほぼ無くなっていた。
無積雪期では林道が車で通れてしまうので味気ないが、そうであっても道の駅から歩くと面白い。なにせ大展望が待っている。