恩若峯 982.6m 源次郎岳 1476.6m
2017.1.28(土)
晴れ 単独 八天宮社を基点に周回 行動時間:5H44M
@石仏前余地6:34→(6M)→A八天宮社6:40→(42M)→B恩若峯北峰7:22→(3M)→C恩若峯7:25〜34→(76M)→D源次郎平8:50→(48M)→E源次郎岳9:38〜49→(51M)→F下日川峠10:40→(68M)→G塩山カントリー倶楽部東端11:48→(29M)→H石仏前12:17
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| @八天宮社まで車が入れられず、佐野川の右岸にある石仏前の余地からスタートする。 | A八天宮社下の場所がガチガチで車で登れなかった。 | A八天宮社。社殿の裏側に急登の階段があり奥社へと導いている。 | 急な階段。上と下をロープで塞いである。 |
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| 奥社からの水平道を進むと、林道と合流する。八天宮社の階段を登らずに林道を登った方が良かったよう。 | 分岐。右に入ると754高点へと進む。左を行く。 | 獣除けのフェンスを開閉して進む。 | 谷の中は倒木が多く、このフェンス脇が歩き易い。 |
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| コルに乗り上げる。針葉樹の伐採木がたくさん転がる。 | 急斜面を見出し標を追いながら登る。 | B恩若峯北峰。登山道は山腹を巻く。 | C恩若峯本峰。展望なし。 |
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| C三等点。 | C手延素麺の箱を利用した標識。達筆である。 | 北峰は山腹を道形が進む。山梨山の会の標識が導く。 | 1050高点も山腹を巻く。 |
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| 雪の上にマウンテンバイクのトレールが続く。 | D源次郎平。道標は判読不能。ここでマウンテンバイクのトレールは1216高点側についていた。北から登ってきて、この場所から西に下ったよう。 | D源次郎平と書かれた標識。 | キリガ尾根への下降点分岐。こちらは読める。 |
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| 途中から源次郎岳。 | 鬢櫛川からの道があるようだが、道形は見えてこない。 | 途中の岩場はこの時期注意が必要。 | ロープ場。落ち葉の下に雪があり、ロープがあって助かる。 |
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| 落ち葉の下は雪が凍って残っている。アイゼンが欲しいほど。 | 直下 | 登ってきた場所を振り返る。下りは間違いなくアイゼンが欲しい。 | E源次郎岳到着。標柱は肩のような場所に立つ。 |
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| E二等点 | E山梨百名山の標柱。 | E源次郎岳から富士山。 | Eヤキソバパン。山頂一帯は広く伐採され、達筆標識の在りかも判らない。 |
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| E源次郎岳の南東側の最高所。 | 源次郎岳東側の1530ピーク。 | 1530ピークから見る富士山。こちらからの方が源次郎岳からより綺麗に見える。 | 1530ピーク東の分岐道標。下日川峠へと進む。 |
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| 一帯は新しい伐採痕が残っていた。 | 1510高点 | F下日川峠。やや判り辛い。 | 下日川峠北側から見下ろす勝沼側。南アルプスも見事。 |
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| 尾根には深く掘れた山道が続く。 | 大岩が連続して見える。 | 1290m付近の分岐。西側に進む道には古いリボンが残る。 | 100曲がりほどに九十九折が続く。 |
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| 植林地が終わると伐採地が広がる。 | 巨大な砂防堰堤 | 1024高点 | G塩山カントリー倶楽部の東端 |
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| 途中にフェンスあり | 塩山カントリー倶楽部のクラブハウス。 | H石仏前に戻る。 |
今回は塩山エリアの源次郎岳を目指してみる。その西の恩若峯も抱き合わせとして、適当なコース取りはできないかと探ってみると、西側よりのキリガ尾根を使った記録がちらほらと読めた。面白そうに思ったものの、天邪鬼なのでもっと面白いところは無いか、報告のあがっていないルート取りは無いかと探ってゆくと、下日川峠に絡むコース取りがほとんど出てこない。よしここだと決定。
決めたはいいが塩山カントリークラブ内を通過する計画であり、私設の場所を通らせてもらえるのかと電話をしようと思ったのだが、いや待てよとグーグルのストリートビューで確かめると、意外や車は敷地内まで入って行っている。間違いなく通れるようであり不安が解消される。電話せずともパソコンでなんでも判ってしまう世の中・・・。
もう一つ気になるのは積雪具合であるが、いろんなリスクを考慮し時計回りではなく反時計回りでの山旅とした。先に目的座を踏み、状況によってはピストンにも切り替えられるよう考慮した。最低でも恩若峯は堅く、頑張れば源次郎までくらいならツボ足でも気力が続く。時計回りであったなら、最初の下日川峠までも行きつかないかもしれない。コース最高所より低い位置に目的座があるために、このように考えた。
1:15家を出る。積雪状況は面白く、野辺山より佐久の方が道路周辺の積雪が多かった。長年にわたり通過しているが、こんな状況は初めてであった。韮崎に降りて20号で伝って行く。昼間は渋滞する20号も、夜間は全くストレスがない。途中、甲府から西関東道が使えるのもストレスのないことに繋がっている。西上州から塩山に行くのに、なぜに野辺山周りなのかと不思議がっている人も居るだろうが、距離こそ少し長くなるものの秩父経由と時間差はなく、雁坂トンネルに払う730円でラーメン一杯食べられるかと思うと、やはり野辺山周りに軍配が上がるのであった。
現地は果樹畑であり狭いことが予想できたので、まずは塩山カントリー倶楽部を目指し、そこから八天宮社を探すように狭い道を通過して行く。ここも予想以上に残雪があり、八天宮社下の水路の所では、タイヤがスリップしてしまい登れなかった。二度ほどトライしたが、ハンドルが利かず水路に落ちそうにもなり諦める。Uターンするにも大変な場所であった。基点としようとした場所に入れず、代わりの場所を探す。黙ってゴルフ場に停めてしまおうかと思ったが、ゴルフを全くしないのでゴルフ場管理の様子に無知であり、ギャンブルはせずに少し下った場所の道路脇に余地があったので、そこに突っ込む。ちょうど石仏が立っている場所であった。
石仏の前で仮眠をするのだが、意外と往来がある場所であった。新聞配達とゴルフ場関係者なんだろうとは思うのだが・・・。少し白み始め、冷めたコーヒーでフランスパンを喉に流し込み軽い朝食とした。外気温はマイナス2℃。雨具を羽織り、久しぶりに足元にはスパッツを巻いた。そしてこちらを見ている石仏に頭を下げ準備完了。
6:34スタートする。材木屋の前を西に曲がり上佐野川橋を渡って行く。一度車で通過した場所だが、よくもこんなツルツルの上を通ってきたと思える雪の上を踏んで進む。そして八天宮社下は、本気でアイゼンが欲しいようなアイスバーンであった。突っ込もうとしていた無謀さを強く感じた。八天宮社は、夜間でも白熱球が灯り明るい場所となっていた。村の鎮守様と言った構えで簡素な社殿が建っていた。西側に回り込むと簡易トイレがあり、そこから裏手を見ると、一直線に登るハシゴのような階段が見える。かなりの勾配だからか、通らせないようにロープで塞がれていた。おそらく凍っての事故を考慮しているのだろう。確かに上から落ちればケガでは済まないであろう場所であった。ステップの狭い階段を登ってゆくと、上側も入れないようにロープがされていた。登りきった先には奥社のような祠があり、旅の安全をお願いしてから東へ進む水平道へと進んでゆく。
水平道を進むと左からの林道と合流する。境内側に進まず、そのまま林道を上がって進んでくればよかったようだ。コンクリート舗装された道を伝うと、右に道が分岐している。これは754高点への尾根に向かう感じで切られており、迷ったがそのまま林道側を進んでゆく。するとその道の終点となる感じで、獣除けのフェンスが現れ、扉を開閉して中に入ってゆく。谷形状の地形には、なにか罠が仕掛けてあるような場所で、足を置く場所に注意を払った。倒木も多く歩き辛い事から、谷の左岸側に続くフェンス下を歩くことにした。ここは作業道でもあるのだろう歩き易かった。
コルに乗り上げる。フェンスはそのまま乗越す感じで西側へと続いていた。針葉樹を玉切りにしたものが沢山転がっている。進路を90度変えるようにして尾根を登ってゆく。この尾根はやや急で、獣道も特になく登り辛い場所であった。急なので土が流れやすく、獣が歩いても道が付き辛いのだろうと思えた。登山靴のエッジを利かせながら登ってゆく。赤い見出し標と、赤ペンキが時折見える。
最初に登りあげた場所が恩若峯の北峰で、南に進んで三角点の埋まる本峰に到着する。ここには半身になった達筆標識が在るはずであるが、360度どこを探しても見えてこない。それなら落ちているのかと、猪のように落ち葉を退かしながら一帯を足で掘り返す。ここではスパッツを着けていて良かったとも思えた。しかし出てこない。達筆捜索に10分ほど費やしたが、無いものは無いようであった。諦め次の源次郎岳を目指す。
北峰を再び登るのかと思っていたが、手前から山腹に道が切られていた。山梨山の会の白い標識が導いていた。この先もしばらく山腹を進む道が続く。1050高点も南を巻いて通過していた。恩若峯の場所から、残雪の上に不思議なトレールが残っていた。スキーのように見えるが、テールエンドの線が見えないのだった。何だろうと見ながら進むのだが、途切れのない線はタイヤでしかなく、マウンテンバイクのタイヤ痕だと理解できた。自転車でも通過できてしまうのか・・・と思いつつアップダウンする尾根を伝って行くのだが、確かに歩きでなければ通過できないような場所は少なく、これなら自転車でも通過できてしまう場所と思えた。自転車で山を走りたい人も居て、ここは知られたポイントなんだろうとも思うのだった。山をマウンテンバイクで駆けていた故篠崎ドクターを思い出す。
だんだんと標高を稼ぐと、雪面にブロックパターンが読める場所もあり、自転車であることを確信できた。さてここで、登っているのか下っているのかであるが、これも轍から追えるのだが、間違いなく下っているよう。となると下日川峠側から入っているのか・・・となり、上の林道からならアプローチしやすいだろうと思うのだった。しかし、源次郎平と書かれた標識のある場所で、轍は北に曲がっていた。1216高点のある尾根は自転車が登ってこれるようだ。ここから源次郎岳側は獣の足跡しかなくなりツボ足が始まる。
源次郎平から2分ほどで、キリガ尾根の分岐点が現れる。しかしその方向は封鎖されている。一般向きではないので封鎖されているのだろうと判るが、掲げられている道標にはハッキリと中原地区が書かれていた。このあたりから前方に源次郎岳が覆いかぶさるかのように聳えてくる。鬢櫛川ルートの合流点のコルでは、南を見下ろすも、ルートとしての道形は見えてこなかった。
コルからは最後の登りになるが、露岩も多くなり、残雪が落ち葉に埋もれ下で凍っている場所が連続したりと、足場の悪い場所が続く。そこにロープが流してあるのだが、渡りに船な状態で、この時季は有ってありがたい。背中には軽アイゼンが入っているが、ここ何年も出して使ったことがない。そういう習慣になってしまっているのでこんな場合も使おうとしないのであった。いつか痛い目に遭わないと判らない性質なのだった。240mの高低差に40分ほど掛かってやっと空が広がる。あと、こんな急斜面では自転車は使えないと判るのであった。源次郎平以東は無理であった。
源次郎岳到着。この山頂部は不思議な形態であった、最高所で山頂としていないようで、山塊の肩の場所に山梨百名山の標柱と二等点が立っていた。東に進んだ先40mほどの場所に最高点が見えるが、標柱のある一帯は伐木され展望が良い場所になっているので、標柱側で休憩とした。奥秩父から八ヶ岳、そして南アルプスと白い高みが連なっている。そして真南に富士の流麗な姿が見える。それにしてもこの倒木の夥しさは尋常ではなく、展望目的だけでここまで切ってしまったのかと疑問にも思った。これでは達筆標識が在った場所も判らない。一網打尽に切られた感じの山頂であった。少しの休憩の後、最高所に向かう。静かなその場所は、人工物は一切なかった。
今日の最高所はここではなく、この先東側の1530mピークとなる。急下降し吊り尾根のような場所を通過し登り返す。1530mピークからは。源次郎岳より綺麗に富士が見えていた。ちょうどその角度で遮る枝がないのであった。東に降りて行くと、下日川峠を示す分岐道標が現れる。この指示標とは別に、さらに東へ続く黄色いテープも見られた。
下日川峠に続く尾根に乗ってからは、真新しい伐採痕を見ながら進む事となった。林業作業者の踏み跡とともに、雪の上にはふりかけのように大鋸屑が乗っている。一帯を間伐しているようだが、どんな基準で切っているのかが見えてこない作業であった。ランダムに切っている感じであった。幹径が100mmにも満たない木が多く、受け口を作らないで切り倒しているので、あとから地面すれすれに水平切りしている様子が、木っ端から読み取れた。
1510高点を過ぎ、しばらくすると作業員の踏み跡は林道側に進んでいた。そのまま追って林道に出ると、新しい轍が確認できた。ここから下日川峠の場所を探すのに少し難儀した。てっきり林道のどこかで峠としているのかと思って林道を進んでみたが、黄色いゲートされる場所にもそれらしい表示はなく、少し上に登ってから戻るようにして南に進み、そこにまた東西に通る林道を見つけ、地形図に描かれている状況と合致するので、その途中にある「源次郎岳」と書かれた道標の場所で下日川峠とした。
破線路の続く北西側に広い林道幅が降りて行っているので、このまま車道のような場所が続くのかと思ったが、すぐに山道となった。それも趣のある峠道の様相で、多くの人が歩いたから掘れたのか、歩き易くするために掘ったのかは不明だが、掘れた九十九折の道が延々と続くような場所であった。歩く人が少ないのだろう、落ち葉が堆積し、その上に積雪しているので、膝くらいまで埋まる場所も多い。恩若峯に続き、ここでもスパッツをしてきてよかったと思えた。
終始クネクネトしながら進む道で、「百曲がり」と名付けてもおかしくないような山道であった。1290m付近で北に分岐している破線路が読めるが、現地は少し様子が異なり、西に向かう道の方が折れる感じで分岐路があった。その入り口には色の抜けたリボンが縛られていた。少し地形図の場所と違う標高で分岐しているようであった。この先もさらに九十九折が続き、そのカーブの多さに酔いそうなほどになっていた。よくもこれほどの道を切ったとも思えた。
植林帯に場所に入るとすぐに分岐している。先に進んで分かったが、どちらを選んでも同じ道に行きつくようであった。枝道も出てきて、どう選べばいいのか判らず植林帯の中の水平道を伝って西側へ行く。常々がそうであるが、現地の道より帰るべき方角として進むようにしている。この水平道の場所が厄介で、枝が張り出していて、両手を頭の高さぐらいに上げて左右の枝を押さえて進まないとならない場所となっていた。ここでは、先ほどの上側に対し間伐が全くされていない様子の場所であった。しかしその先で、野球場が出来るほどの伐採地が現れ、打って変わっての無毛な斜面が現れた。そこにコンクリート舗装路が上がってきていた。植林帯の方からの道と、180度反対側からの道が合わさりコンクリート舗装路に繋がってゆくのだが、この分岐は下から上がってきた場合、どちらを選ぶのかよく判らない場所となっていた。
伐採地の中は積雪している場所が多く、まっさらな雪の上をトレースを引っ張りながら降りて行く。途中、2台の作業車が停まっており、荷台にはチェンソーオイルが乗っていた。伐採作業者が入っているようであった。これを見て、やはりゴルフ場は一般車も通過できるんだと思えた。下りながら往路に見た自転車の轍の行動を把握しようと思ったが、林道沿いの残雪にそれらしい跡を見ることは無かった。そうこうしていると前方から声がしてきた。
塩山カントリー倶楽部の東端に到達する。どちらが檻の中か判らないが、フェンスの向こうのゴルフする様子が見え、向こうからは不思議そうにこちらを見ている目があった。多勢を思うとこちらが檻の中的であるが、堅そうな体で無理くり球を打とうとしている姿も、奇怪動物を見ているようで楽しい光景であった。動いているよりしゃべっている時間が長いのもゴルフのようで、全くスポーティーでない。
進路をカートが横切る場所もあり、その先しばらくで林道のゲートがあった。表示してある内容は、八天宮社の奥にあったのと同じもので、上下の閂を開閉して通過する形態であった。天気がいいからか、見えるあちこちにゴルファーの姿があった。クラブハウス前の駐車場は半分ほど埋まっていた。停まっている車種からは、そう高くないゴルフ場なのだと読める。世の中、見た目で判断するのであった(笑)。
駐車場から降りて行くと果樹畑があり、そこに軽トラに乗った男性が現れた。「どこに行ってきたい」と言われ、「下日川峠から降りてきました」と返すと、「上日川峠まで行ってバスで降りてきたらよかったのに」と言う。バスの運行を気にすることはほとんどなく、そんな行程は思いつかなかった。さらに「帰りに大菩薩の湯でも入ってくればよかったのに」と畳みかける。砥山も既に踏んでいるし、あまり北進する欲求がない。「いやいや、下日川峠からのルートを伝えた事の方が満足です」と告げる。御仁も山に登るのだろう。2分ほどの立ち話をして別れる。
塩山カントリー倶楽部の西端、突起した先の場所が駐車余地の場所であった。最後に石仏を拝み山旅を終える。裏に回り詳細を見ると、昭和六年十月建と彫られているのが読めた。昭和の文字に、まだ新しいと思うのだが、よくよく足し算すると85年が経過していることになる。
振り返る。ゴルフ場を通過点にする方は少ないのだろう。だから記録が見えないのだろう。でもゴルフ場から下日川峠間は歩いて楽しい山道であった。ブラインドカーブが多いので獣でも居たらドキッとしあうかもしれない(笑)。



