2017
戻る
12月31日
森沢明夫
32
海を抱いたビー玉
作品内のボンネットバスだろうか、新潟で見たことがあるような気がする。確か、キャリアカーに積まれ、高速を移動しているところも見たことがあり、一回だけではなく複数回。湯沢にあるとするならば、見る確率が高いわけである。
通常のスタンドバイミー的な作品とは少し違う、世情や天災の、あること、あったことを織り交ぜ上手い作風と感じる。この手は重松さんの十八番であるが、森沢さんの泣かせの腕もなかなかであると感じた。
大三島の清が最後に出てくるのかと期待したのだが、それを欲しながら読み進めるものの空振り。でもしっかり野球と言うカテゴリーが、瀬戸内と山古志で繋がっていたり、違うところでしっかりとつながりの表現がされていた。
ちょっとビー玉を探しに出向いてみたい気がする。
12月21日
須藤元気
森沢明夫 31
風の谷のあの人と結婚する方法
K1に出ていた時、WORLD
ORDERに見える想像力と造作力、何かこの人は違うとは思っていたが、この作品で氏の思考回路が見えてきて納得。さらに、質問者である森沢さんも、かなりの広角な汎用性があると見えていた。おそらく須藤氏にも影響されているのだろうと思える。
順応力と打開力、すべてに柔らかい思考があってのことであるようだ、窮地に陥っても次に展開してゆく・・・K1での彼の変幻自在さでもそれが伺える。そして個人で生きてゆく強さがありながら協調性を言っている。調和が大事だと。よくよくこの世の中の生き方を知っているのだろう。
哲学書を読み、書道もする。格闘家であり、海にも潜る。何か一つにとらわれずに他分野にチャレンジし、吸収し経験値にしている。そういう思考になっているからこそのバイタリティーでもあろう。
目標に向かって夢を持つ。そして夢を実現させる方法も解いている。若者は特に読んだ方がいい作品だろうと思う。気さくな言葉並べて吸収しやすい、言葉が伝わりやすい文体でもある。
意表を突かれ面白かった。
12月12日
森沢明夫
30
ゆうぞらビール
森沢さんの青年期の旅回顧録の第二段。今回もよく飲んでいる。そして学生でありながら、年間120日越えの旅をしていた事実。毎週、そして全ての休みをバイク旅に費やしていたことが判る。恐るべし行動力と飲みっぷりである。
類は類を呼ぶのか、それとも偶然がこれほどに森沢さんの学生時代を面白くさせたのか、宮島さんとアポロさんの存在は極めて重要なんだと思う。二人が居なかったら、この小説は出来ず、読者がこれほどに楽しめなかったこととなる。
これほどに旅をしているなら、まだまだ書ききれない出来事があるだろう。楽しみに次作を待ちたい。旅での出来事ほど面白いことは無い。だから旅がやめられないんだろうとも思う。
負の要素もプラスに替えてゆく思考回路は、見習いたかったりする。
11月29日
森沢明夫
29
あおぞらビール
作者の青年期の事が綴られている。最高に面白く。これを読むと、旅をして多くの経験があり、これまでのような表現の上手い作品が書けているのが見えてくる。多くの人と出会い、いろんな人種を知り、知っているからこそ広角に読ませる言葉ならべが出来、読ませる勘所も熟知している。旅は人を育てるので間違いないだろう。
さて本題。休む間もなく笑わせてくれる。大笑いでなくプッと噴き出す笑いなら30秒と間隔があかない。羨ましい仲間が居り、学生時代の体験をしている。当時、特異であったとは思うが、私も授業を抜け沢蟹を取りに行っていたようなタイプなので、かなり作者と波長が合っている。それがために面白さは倍増している。
それにしてもよく飲む。飲み無くして遊びが無いような。飲めてなんぼであり、飲むことが出来るから野外での遊びが楽しいのかもしれない。デリカスターワゴンで行脚しているのが読める。同じ車に乗っている人は嬉しい作品となろう。作者は荒れ地に、かなり使いこなしているようだ。
機転、発想、転換、想定、一つ何かにぶち当たっても、その時に対応する引き出しが非常に多い人である。元々の性格もあろうけど、多くは旅の経験から培っているのだろうと思う。
これを読んで野外に出たくならない人は居ないのではないだろうか。
11月14日
高島哲夫
28
富士山噴火
高島さんはとうとう富士山を噴火させてしまった(笑)。ただし自然災害小説の名手であり、近々起こりうる可能性のあることに対し警鐘となっていることは間違いなく、そのシナリオは、実際の噴火の想定や、そこでの避難の仕方などはフィクションながら学ぶべきところは多いだろう。
なにせスピーディーに展開してゆく。面白さにどんどんページが進み、最初は641ページを厚いと思っていたが、全く負担は無く興味を持って読むことが出来た。これを読んでいる事と居ない事の差は大きいと思う。いざと言う時に。噴火するとどんなことになるのか、学者の解析を作者が分かり易く文章にしている。
一つ気になることがある。既に住んでいる富士山の麓の人たち。これを読んでブルーになった人も居るだろう。そういう可能性のある場所ってことを忘れずにいる事が大事。景色のいい場所に住まいすると、一方では風が強い場所でもある。必ず一長一短が存在する。
一般人もそうですが、行政に関わる人は特に読んでおくといいだろう。フィクションのあり得ないだろう破天荒さが見えるのだが、大噴火と言う場面では、それらが打ち消されてしまう。富士が噴火となると、それほどの大惨事が起こるってことだろう。
高島さんの力量に感心する。
11月 1日
下村敦史
27
生還者
ここまで濃い山岳小説も久しぶり。どっぷりと浸れる作品になっている。下村さんの作品に初めて触れるが、この作風の虜になってしまう。変幻自在な登場人物。多く出てくるわけではないが、本心が見えなく、常に影を持っている所が本当の人間らしく、作品を生々しくしているように思えた。
仕込み、布石が巧妙で、そのピースが勝手気ままに動き出す。このミステリーは慣れている人でも答えが見えてこないのではないだろうか。常に頭を働かせながら読み進める感じでもあった。そして白馬での事故の真相の紐解きには、ハッと思わされた。
ここまで書けていて、書評によると作者は登山愛好者では無い様子。綿密に調べ上げて書いているとなると、この完璧さは何なのだろうと感心してしまう。
最後の恵利奈のブライダルシーンも、彼女の登場当初から追ってみると意表を突かれる。息継ぎもよそ見も出来ないような多彩な展開が待っていた。
新書としては、夢枕さんの「神々の山稜」以来の山岳小説に思えた。
10月23日
森沢明夫
26
虹の岬の喫茶店
映画になってから3年が経過する。青森三部作で心を揺さぶられ、今回もまた温かい気持ちにさせてもらった。作者は気持ちが判る人、気持ちを読み取れる人、気遣いが出来る人なんだろうと思う。じゃないとこのようには書けない。各章が微妙にリンクし、「ライアの祈り」に出てくる風鈴がここでも登場し、心地いい音色を放っていた。小粋な配慮でもある。
何かを背負って生きる。生き様の中で自然と背負ってしまう事もある。当事者は特異と思いがちだが、多くの沢山の人が同じ境遇にあったりする。そこを「普通」と言うのかは別として、人を通して解決することも多い。ここでの人とは、作品内では悦子さんとなる。
各章が面白いのだが、イマケンと浩司の掛け合いが印象に残る。一見棘のありそうな人の中の優しさ。
10月16日
森沢明夫
25
夏美のホタル
プロローグの行からは、硬い読み物のような印象を受け、少し背筋を伸ばしてしまった。緊張感を持たせる手法からの入り。次にギヤが変わっての夏美と慎吾の登場。いろんな意味での大きなこの差異にオヤッと思わされた。
このようなホロッとさせられる作品は、重松さんの18番と自分の中で把握していたが、森沢さんも腕が良く絶妙。たくさんの人と出会い、色々を感じ生きてきたのだろう。人との間合いにおいての、その場の空気感が素晴らしい。作品に匂いや色や味までが載っているよう。
ギスギスした世の中だからこそ、このような作品が映えるのだろう。「たけ屋」のモチーフとなった店は現存したとのこと。森沢さんはいい人生を送ってきたと、ノンフィクションな出会いがあったことを羨ましくも思う。そう思うと、旅はせねばならなく出会いは大事と思う。
とてもあったかい作品で、この時期からにぴったり。
10月 5日
森沢明夫
24
ライアの祈り
青森三部作の最終章。登場人物を総動員しての完結編と思っていたが、予想に反しての主人公であった。ただし、桃子は確かに隠れた存在だった。主人公に控えていたわけでもある。
太古と現世とを融合させ、青森と言う古墳の多い地域をうまく利用してフィクションをノンフィクション風に感じさせていた。
これまでの2作に対すると、フィクションな内容が多く、そこだけは違和感を抱くが、それはそれとして素直に楽しむことが出来た。読み物として想像力を掻き立てるいい作品とも言えよう。
この後も作品が続きそうな雰囲気であるが、そう思ってしまう気持ちよさのある完結篇でもあった。
10月 1日
穂高 明
23
かなりや
作家が増え、どんどん切磋琢磨されると文学の技量も長けてゆく。本作品を読んで、その技巧派な作風にそれを思った。構成が絶妙で前後左右、三次元的に絡み合う内容に、とても面白みを感じた。各人が主人公であり、モノローグにより個性が引き出されている。
みな何かしら抱えている中で生きている。大なり小なりあるが、考え方や観点を少し変えると、また違った生き方にもなる。そんなことを伝えているような・・・。ただし病気の実際はかなり厳しく、知らない人には判らない事も多いこともあることも伝えている。
物理学的内容もあり、そこを信教と絡めたりし、複合的な広角な作者と感心する。
9月25日
森沢明夫
22
津軽百年食堂
時代物なのかと思ったら、巧妙なストーリーで、とても心地いい展開となっている。そして各章における各項各人のモノローグが楽しい。各人の心理状態が陰でぶつかり合うような感じが、より人間らしさを感じさせてくれる。
楽観的に生きているような陽一だが、そうは言いながら生きてきた背景にはいろいろある。これはだれしも持つ部分だろう。そして遠く離れた実家を思う気持ち。家業をしていることからも。同じく陽一と同等の立場で七海が居り、その二人が出逢う。やや出来過ぎだが、暖かいストーリー展開で先がどんどん読みたくなるのであった。終わってみると、この一冊に4世代の家系図が詰められている。
読んでいて、登場する「色」がとても綺麗に想像できた。その点では映画が観てみたくなるのだった。そしてもう一つ、津軽蕎麦が食べてみたくなる。
9月20日
小川 糸
21
海へ、山へ、
森へ、町へ
旅に、食に、人間味と言う味付けが加わった内容。ほんわかとしていながら、人間の本当を探り貫いているような作者。そして行動力があり、これだけ旅できるのは資金力もあるのだろうと思ってしまう。これを読むと、人間やはり旅は重要であり、出逢いはもっと重要だったりと思う。読みながら、ハッとさせられたことが多い。
作品中に出てくる場所には、3カ所出向いたことがあり、親近感を持って読んだりした。ただし自分で出向いて感じた事より、さすがの観察眼とレポート力、あとは女性ならではの柔らかさで聞き出したのだろうが、良く現地を調査している。
こんな旅をしてみたい。素直にそう思える。旅に食が合致しているのだから、こんな楽しいことは無いだろう。
バイタリティーのある作家さんである。このんで読んでみよう。
9月 8日
森沢明夫
20
青森ドロップキッカーズ
スポーツ小説の中でも、カーリングを取り上げたのはこれが初めて。そして知らなかったカーリングが凄く判るものとなった。競技に見えなかったが、競技である。
主人公をいじめられっ子にしたことで、最初は読者の気持ちを引き込む手法と思えたが、読み終わると見事な作風。アイソトニック飲料のように気持ちよく一気読みであった。
宏海の欠陥の無い普通な家庭。そこでもいじめは起ることも作者は狙いなのだろう。そして温かい家庭の中でのおばあちゃんの存在はさらに温かい。そして幼馴染の雄大、いい登場の仕方で、中盤があり、最後に涙を誘う。中学生の心もよく表し、そこに柚果と陽香の少し大人な女性の絡みが面白い。そして大人社会においてもトラブルはあり、中学生と大人のそれら対比が織り交ぜられている。
最後はハッピーエンドで爽快。人間関係の話であり、重い部分でもあるが、軽く読めるのがいい。
9月 4日
石川直樹
19
全ての装備を知恵に置き換えること
国内最後の冒険家とも聞いたことがあり、冒険と言うカテゴリーが、趣味や遊びの多様化により薄らいだ位置づけになりつつある中、真摯に冒険を貫いている。まず本人の裏方を考えてしまうのだが、高校から海外を一人旅となると、裕福な背景も見え隠れする。アルバイトしてでは限りがあり、旅に余裕がない。世界七大陸最高峰にしても、やはりそこを思う。ただし結果を出している。よほどのバイタリティーなのだろう。そして今回の作品に触れ、作者の感受性のすばらしさ、それを活字に落とし込む能力の高さには、天は二物を与えてしまったのかとも思える。
一見破天荒のようにも思えるが、冷静沈着で分析が長け、判断が的確。全てに経験の多さからだろうとも思うし、探求心の強さも後押ししているよう。あとは、ソロ、単独を貫く姿勢が共感できる。自然との遊びでは、得るものが大きいのは単独である。冒険家として彼に興味を持ち、作家としても楽しみにしたい。
8月22日
横田順彌
18
奇想展覧会
ショートショートの32作が詰まっている。作者は星新一さんのショートショートに感化され作家になったようであり、作風が似た感じがするが、笑いに持ち込む部分は作者の持ち芸のようで全ての作品にちりばめられている。韻を踏んだ言葉遊びの上手な人であり、最後の書評を書いているのが落語家さんと言うのも理解できる。くだらないけどショートショートの王道を行っている感じで、作者の世界に引き込まれてしまう。サッと読め、手離れと言うか区切れる場所が多いのも、忙しい中に読むには好都合であった。
7月26日
浅田次郎
17
真夜中の喝采
きんぴかB
シリーズ最終章。プリズンホテルの時もそうであったが、こちらでも似た余韻を抱きながら読み切った感じ。
裏町の聖者での尾形は、登場人物の中では少し外れたような位置取りではあるが、最高にボルテージが上がっているような雰囲気があった。ここは、きんぴかAでの書評にあり、かなり期待して読んだのだが、期待を加味してもなお、凄く面白かった。
マリアには、プリズンホテルの時に書かれた医師がいるはずだが、ピスケンと…となるとは意外であった。関連はありつつ作品での線引きがされているのかもしれない。
作者の知力と知識に感服。ちょっとした細かな表現が、しっかりマニアの域である。ウイットの部分でも高級であり、浅田さんに慣れてしまうと他が・・・。
最後まで読んで気付いたが、このシリーズにはドンパチはあるが、死者は出てこない。ハードボイルド的とは違う悪漢小説という部分だろうか。フィクションではあるが、ノンフィクションのように想像して読めてしまう。
7月13日
浅田次郎
16
血まみれの
マリア
きんぴかA
プリズンホテル冬で、その強い存在感を見せつけたマリアがこちらに登場する。さらにパワーアップした感じで女性にして豪傑。きんぴか@での看護師が本作で見えてきたとき、なんとも言えない感嘆と歓喜と、ちょっとした作者への感動を覚えた。さすがの作文。
血まみれのマリアも秀逸だが、書かれている5作品すべてに味わいがあり個性を持つ。程よいスピード感と、一字一句に味があり噛めば噛むほど、じっくり読めば読むほど味が湧きだしてくる感じ。そういう意味では軽く読み流せなく、読破するのに時間がかかっている。
天使の休日では、最後の親子会話がオチとなる。悪行と親子愛のハーモニーが絶妙で、笑って巻末を迎えられるのであった。
7月 1日
浅田次郎
15
三人の悪党
きんぴか@
ピスケン、広橋、大河原、そして向井元刑事。際立つ個性と人間味が表現され、万事すべての表現を活字化させるマジシャンのような作者。言葉足らずの場所もあるが、語彙の奥を読ませる工夫でもあったり、その押したり引いたりも巧み。たくさんの作品に触れ、いろんな知識に長け、各分野に精通している作者ならではのなせる業なのだろうと思える。
善と悪とがこの世の中は表裏一体になっている様子も表現され、綺麗な一方だけを見ていてもだめなことを伝えてくれる。任侠の世界が悪と言い切るのではなく、任侠の世界もあって成り立っていた社会。そこを思うと今はバランスが崩れつつあるようにも思う。ヒットマンのピスケンが、巻頭からの悪の印象が、読み終わる頃には善人に感じてくる。それに対し、善人面している警官や政治家が、悪人に感じてきたりする。
水戸黄門的なハッピーエンド的に書かれており、読み心地がいい。
6月22日
東野圭吾
14
雪煙チェイス
作品名から、どこかで雪面上での大々的な追いかけっこがされるのかと思ったら、小出し的なものはあるが、平地寄りのチェイスが多く意外であった。
若者をたくさん登場させると、軽さと読みやすさに繋がる。本作はまさしくそれだろう。軽く、読みやすく、一気読み。スピード感と言うほどではないが、アイソトニック飲料を飲むかのように気持ちよく読めてしまう。展開が心地よく、先を読みたくなるとも言える。
登場人物において、各々が広角な思考を持っている人が多いのも特徴だろう。小杉、女将、高野兄弟、考え行動している様子があり、人間味を強く感じる作品でもある。そしてその小杉に対する中条のデジタル人間ぶりが好対照で、最後の部分を面白くしている。
湯沢だろう、野沢だろうと、登場するスキー場が頭に浮かぶ。現地がしっかり判る人には、フィクションがノンフィクションに感じ想像できるだろう。
6月20日
奥田英朗
13
町長選挙
伊良部シリーズ3部作の最後。本作はメディアに見える財界のドンや女優、そしてあのホリエ〇ンと呼ばれる彼が、そのままの比喩混じり表現で書かれていて、その際どさが絶妙で、面白さとスリルを感じるのだった。もうそのまま本人を書いているのと同じに思えるのだが、あくまでのフィクション。そして最後は、これは珍しく伊良部が主人公となるのだろう。と言う事は、奥田さんは、これでシリーズを完結したってことなのかも。ただし、ここまで読んでくると、次作を期待したい。
作品はハチャメチャで破天荒。ただし、精神が病んでいる人が多いこの世の中に、抜け道や生き方を導いてくれている。
6月 5日
浅田次郎
12
ま、いっか。
本をたくさん読んでいる人の知識量を思い知る。そして言葉選びの多彩さには脱帽。飄々としている作者ではあるが、噛めば噛むほど、読めば読むほどに深い味わいが感じられる。
作者は幼少期の祖母の教育が影響していると書いてある。確かに、この秀でた感性を育てたのは、幼少期の体験で間違いないのだろう。そしていろんなものや事に興味を持つ姿勢があり、だからこその知識量でもあろう。
特異な社会観と、安定した社会観を感じる。特異と言うのはやや尖った言い方にも感じる場合もあるが、間違っている発言はしていないよく精査された発言でもあるのだった。
面白く、多岐の分野に渡り、じっくり読んでしまった。生き方として、表を知りつつ、裏もよく知っているような、ノウハウ本のような感じでもあった。
5月 7日
奥田英朗
11
空中ブランコ
伊良部シリーズはこれで3冊目。相変わらずのハチャメチャな雰囲気があるが、しかし間違っていない言い回しに時折ドキッとしてしまう。軽妙でありながら的を突いている。そして作品内に書かれているような症状の人は少なくない。
以前タレントの伊集院光さんが言っていたが、ラジオ番組を降板した理由がこの作品と被る。伊集院さんは、思ったら衝動的にそれをやりたくなってしまうと言う。ゲストが来ても、本当にそれをしたくなってしまうので困ったとも言われていた。作品内の「義父のヅラ」を読みながら、そのことを思い出した。
精神疾患と言うのか、患者が多ければそれを普通とも言うのか、高所恐怖症とかと同じで、末端恐怖症とかイップスなどの人は多いのだろう。人は皆、強い部分と弱い部分を持つもの。
4月26日
浅田次郎
10
歩兵の本領
戦後、昭和の自衛隊が読める。富士火力演習に出向いた時、二人の隊員が言い争いをしていた。喧嘩のようでもあるが、特異な風景だった。「殴りたいなら殴れ」と言わんばかりの様子の中で、怒号の応酬だが一切の殴り合いは無い。その時のスッキリしない思いが、本書を読んで全てクリアーになった。
隊員経験者である作者ならではの作品であり、人間ドラマがあり楽しいのと、縦横の碁盤の目のようになった上下関係が暴力と言う形でよく判る。殴る、殴られるのが普通の社会。戦い、死をも覚悟せねばならない職場では、それが普通になり、そのくらいの事・・・になるのだろう。
自衛隊員としての生き様と、人としての生き様が織り交ぜながら読める。理不尽さが理不尽でなくなる時、全てが理解できるようだ。そして集団の中での人間愛が感じられ、同じ釜の飯を食う人らの絆も感じられる。
昭和の自衛隊が書かれているが、平成の自衛隊ではまた大きく違う。解説にも読めるが、殴られたことのないような人が隊員になっている。現在の様子は、本書とは違っているだろう。ただし伝統は受け継がれており、普通の職場とは違うのは間違いないだろう。
和田士長と森士長の粗野な印象の最初が、巻末では自衛隊と言う場所をよく弁えた、人としても仕上がっている印象が変わる。人は全体を知らないと判断できない。
それにしても作者は上手い。作品の抑揚が心地いい。
4月12日
浅田次郎
9
天国
までの
百マイル
ハードボイルド作家らしいアンダーグランドな雰囲気が全体を覆う。ただしそこに書かれる表現は精密機械のようで、読み手の心理を上手に揺さぶってくる。
城所安男の人生における家族、親族、そして母親、読んでいて我に返り反省することが多くなってしまった。
83頁に書かれている姉の表情から仕草を書いた行は、ゾクッとしてしまい、作者に対し「そこまで人間観察ができているのか」と、その表現方法に驚かされた。
マリのその後が気になる。安男と英子家族のその後が気になる。続編を普通に期待してしまう。
ハッピーエンドの心地よさ。楽しく感動的で貪るように3時間ほどで読んでしまった。
4月10日
井上 靖
8
星と祭
下
純文学とはと判らせ知らしめるような感じを受ける。布石や伏線を読み、何かトリックでもあり、湖に沈んだと思われている二人がひょいと出てくるのではないかと読んでいた私は、最後に大きく寄り切られ感服。
人間の心の細部、細胞までを表現しているような繊細さ。この作品を多くの人が読んだら、どれほど真っ当な人が増える事かと思えてしまう。一時の感情が、時が経つに連れ変化し、最後は仏のような心になってゆく。若い頃はあまり関係のない仏像と思っていたが、この作品を読んで、生きる中でのより所であることが理解できる。主人公はヒマラヤの旅で開眼するのだが、生活の中での「祈り」は、現地では祈らねば生活できないと強く判らせてくれた。この部分では、無信教者が多い日本は、まこと平和なんだろうとも思えるのだった。
登場してくる琵琶湖周辺の場所のいくつかは訪れたことがあり、登場する現地が分かり易かったりもした。
いつもはラーメンばかり食べている中で、フルコースを食べたような重厚感を感じる。さすが有名作品であり、一字一句に大きく揺り動かされた。
最後の解説もしっかり読みたい。角川さんの身内に起こった事が作品とリンクする不思議さ。
3月23日
井上 靖
7
星と祭
上
新書は手に入らず、名作として古書にもプレミア価格が付いていたので手に入れてみる。
心理学を学んでいるような凄まじき作者の感性が感じられる作品であった。ここまで表現できるのか、ここまで考察できるのかと、主人公の架山のモノローグが凄い。なにか山の中を歩いている時の思考状態に似ている感じがするのは私だけだろうか。
子供の死に直面した親の心理。作品内では特異なふうに書かれているが、巡り巡っての着地点が下巻に用意されている予想ができる。「人間だれしも」という部分の表現方法なのだが、大三浦に対する架山の心の動きが作品の面白さになっている。そしてまた、娘との夢の中での会話が架山の心の安定感を出している。
湖面から消えた二人は何処に。さて下巻に。
3月14日
浅田次郎
6
プリズンホテル
【4】
春
シリーズ最終章。またまた奥湯元あじさいホテルでいろんな出来事が起こる。夏から始まり、孝之介に対する嫌悪感からスタートしたが、不思議とその暴力的な性格に慣れてしまっている。人間なんてこんなものか・・・と自分で自分を思ってしまう。
最終章ならではのハッピーエンドの大団円。その内容に、浅く軽くも読め、また深く考えさせられる面もある。作者の筆の力を感じる作品でもあり、「冬」では命の事を考えさせられたが、「春」では絆を考えさせられる。
371頁の美加の行は涙を誘う。「あい」と言う少女の返事が繰り返されるが、これが孝之介の粗暴さと相殺している感じで心地いい。
不思議と4冊通してもう一度読みたいと思える。活字が面白い。
3月 3日
浅田次郎
5
プリズンホテル
【3】
冬
本作は山が多く出てくる巻であった。作者も現在形か過去形か、その表現方法に少し齧っていたと読める。看護師、医師、登山家、家出少年、清子、大枠では人の生死の観点は同じと思うのが普通であるが、これら登場人物だけでも、これほどの視点や観点があり、見つめ方は様々だと判る。ここでは判らされたと書いた方がいいかもしれない。作者はその表現のために山を舞台にし、山が一番表現するのに適当と感じ用いたのだろうとも思えた。
副題をつけるならば、「命」となるだろう。軽快、軽妙でありながら、重さを感じる内容であった。仲蔵の位置取りが一見コミカルに書かれているが、これまた病人になった、病人と思った人の本当の姿かもしれないとも読める。
さて次は、シリーズ最終巻。
2月23日
浅田次郎
4
プリズンホテル【2】
秋
奥湯元あじさいホテルでの一泊二日。たかが一泊ではない分厚い重厚な一泊二日で楽しませてくれる。強いキャラクターので各々の個性がとてもいい味を出している。多くはそこに人間味を感じるのだが、潜む凶暴性などもきちんと表現し、人間味側の温かさをより感じられる。スイカや牡丹餅に塩を添加している感じか・・・。
本作内でミカは死んだと思ったが、いいハッピーエンド。ここで気づいたが、ハラハラさせた後のハッピーエンドで締めくくる場面が多い。読んでいての心地よさはそのせいだろうと思えた。
「夏」にさらにキャラ立ちした「秋」、この先どこまで行くのか、期待しながら「冬」を手にする。
2月12日
浅田次郎
3
プリズンホテル【1】
夏
主人公となる木戸孝之の設定が、読み手をハラハラさせ、それがゆえに不思議な求心力がある。凶暴さと相対するモノローグに読める平常心のギャップ。屈折した育った背景が後半で見えてきていた。本作で完結しているように思えるが、ほか3作に続く。善と悪の狭間の面白さと言うか・・・。
この手の作品はスピード感があっていい。爽快!!
1月31日
湊かなえ
2
山女日記
少し遅ればせながら人気作を読む。
巧妙なキャラクター配置と軽妙なモノローグ、そして各作品の主人公を他の作品に絡み合わせる手法は楽しさを増している。そして一番の部分は、本人は机上の人でもあるが、しっかりと歩いているからこそのモノローグがあり、そこに共感を抱かせる。
特に359頁から360頁にかけての行、「山は考え事をするのにちょうどいい。同行者がいても、一列で黙って歩いていると、自分の世界に入り込む。そこで自然と頭の中に浮き上がってくるのは、その時に心の大半を占めている問題だ。・・・・」。100パーセント御意の通り。こんな共感する部分が多く、女性主人公が大半な中でも楽しめるのであった。海外以外の登場座は全て歩いているので、現地表現もしっかりと伝わってきていた。
山を語りつつ人間を語っている作品。「告白」で出会った作者だが、ここまでの筆力と達者な足を持っているとは思わなかった。以後も新作を気にしていなければならない。テレビをあまり見ないのでドラマ化されたことも知らなかった。先に読んでいたら観ただろう。
1月13日
川嶋康男
1
いのちの代償
2006年5月以来の2回目。
年末年始の遭難の多い時期であり、あえて遭難の本を読む。読みながらも、見聞きできるメディアから、各地の遭難事故報が伝えられる。おそらく、おそらくだが、この本は読んでいない人なのだろうと思う。そこに運・不運はあるのだが、それでもここはという判断の時、この作品を読んでいれば、分別の付く山屋になれるのかと思う。
この受け身な世の中の中で、いかに能動的に行動してゆくか・・・。野呂さんのようなバイタリティーのある人が居なくなっている中では、その生きざまを学ぶことで、多くの人を能動的に動かすだろう。
遭難が無かったら、野呂さんはどんな人生を送ったのだろうか。もしかしたら、人間と言うのは目の前に障害があるほどに頑張れるのかもしれない。
あとは、パーティー行動での遭難は、晒される状況がだいぶ違ってきていると思われる。メディアという化け物からの叩かれ方は、今は相当になるはずである。この意味からも、大き過ぎる社会制裁に対しても、遭難はしてはならないと言えるだろう。