2021 今回は自動車産業におけるEVの位置取り。脱酸素を公言した中でのこれからの世界の動向は、着地点はEVとなるのか。スピーディーな展開、目まぐるしく進展してゆく様子に、今の時代を思うとノ作品がンフィクションのようにも思えた。 そして由香里との最後の落ちもいい。 昔と今、産業が栄える背景には努力があった。今も無いわけではないが、同じようには出来なくなっている。作品内に「休日」の件がある。休みは月に15日の1日のみ。凄い時代を経て今がある。 歴史を知ることもそうだが、読み物としてとても良かった。読後感がいい。 この設定で、しっかり作品にしている作者はすごいとさえ思ってしまう。得意 この手の作品を初めて読んだ。 藤岡さんの特徴でもあるが、この作品もキャラクター設定がよく、その全ての人が心ある人で、読んでいての心地よさが常にあり温かい。 大きく好みが判れる内容だと思うが、実際の現地のユタ(悦子さん)の存在が、魂や霊を信じやすくしている。そこに別角度の信心の心を持つ黒田の位置取りも、薬味と言うよりツマな感じで、深みと面白さを増している。 やもするとファンタジーな世界観になってしまうが、これは地に足が着いたしっかりとした読み物に仕上がっていた。肩に力を入れずに楽に読めるのもいい。 大雪山系が舞台で、これでもかと山要素があり、平地1に対し山9くらいな割合で、正真正銘の山岳小説と言えるだろう。読んでいて一番気づくのは、登場人物の会話の中での理解度の部分。会話だけで終わらせないで、その会話内容の信憑性や向け先や判断が都度ハッキリしている。これがこの作品の面白さとなっているように思えた。ただし、常にその反芻するような会話考察があるので、そこまで考えるのかと、胃がむかむかするような場面もあった。この辺りは、読み物として読者の心を作品に引っ張り込むような作者の手腕であり、読み終える頃にはすべてが心地よさに変る。 エゾオオカミと言う絶滅動物をモチーフにし、やや無理があるかと思ったが、なんおなんの面白い。そして登場人物の言葉に載せて作者が自然観を語っているようにも思える。前半から田沢や平川には敵か味方かグレーな位置どりとし、読み手側の思考幅を目一杯広げさせ場面展開してゆく。早くに敵味方が判れば安心して読める作品となるが、最後まで引っ張られる。このあたりは、自然との対峙のようで、「あなたの判断は?」と常に問われているような意識になった。 秀逸な作品だった。山をよく知っている作者ならではの言葉並べで臨場感があった。そして「分水嶺」とは、舞台は分水嶺上でもあるが、人生の分水嶺とも掛けてあった。 長野県警の原田が、もう少し関わるかと思ったが、軽い登場だった。がしかし、八ヶ岳の事件を割と多めに引用している内容となり、前作を読んでいる者としては関連付けられて楽しかった。 極端なハラハラドキドキはなかったものの、心地よい読みやすさで一気に読め、山岳小説として十二分に楽しめた。植草が生き、孫と会う日を想像したが最後は・・・。 56ページ。13行目の「深江は」は誤記だろう。秋霧に比べ、かなり肩の力 昭和40年代の諏訪が舞台。主人公の泉は、生まれながら若干の障害があるような人物像。それが為か、別の理由か、母親に愛されない。周囲からの目も通常とは違う。その泉が成長してゆく過程が物語となる。 多様性を受け入れようとしている現在において、昭和のこの時代まで遡って書いたのは一理あり。部落差別や噂の流布などがまだ強かった時代、あまり多様性を受け入れなかった閉鎖的な社会。もっと言うと、信州の諏訪と言う保守的でムラ意識が強い場所での内容で、読み手側に強く響いてくる。 後半に出てくる小口のキャラは意外だった。どちらかと言うと悪い側の登場者と思ったが、泉を理解し得る人物として描かれていた。泉を異質に見る者、受け入れる者。 巧妙かつ計算された作品であった。沢山の伏線がちりばめてあり、読み進めるごとに各ピースが繋がってゆく面白さがある。あと、相撲取りの明歩谷の名前が出てきたのには驚いた。作者は広角な広い知識を持っているよう。 泣き笑いの少ない胃の腑がやや傷むような時間が続く。確かにシンデレラの読み口に似ている。 英国の小中学校事情が良く判る。そこに暮らす日本人の身の置き場や、周囲からの目や、実際に行われる差別などを知ることが出来る。何せ作者は強くバイタリティーがある。富裕層が居れば貧困層も居る。英国事情をここまで広角に知ることが出来たのは有益。 大人びた息子であるが、母親である作者がこの様な人だと、思考も伝播するのだろう。父親も然りで、この夫婦はとても波長が合っているのだろう。角の立つ生き方をする(選ぶ)移民も居れば、郷に入っては郷に従えてで、上手くやりながら順応して行くこの家族も居る。息子のその時その時の適応能力は長けており、大人側の立場も理解した子供としての着地点を的確に選び出している。なにごとも体験している人の方が強いと思えてしまう。 次作が出るのを楽しみにしたい。このままで話が終わってしまう事はないだろう。
12月28日
沢野ひとし
70
人生のことは全て山に学んだ
質実剛健と言おうか、中身があると言うより、中味がぎっしり詰まった猛者の作品。一切驕る部分が無く好印象。たくさんの経験を、自分の足で得てきた作者、文才も長けており読みやすい。ウイットさと配分も適当。浮足立った部分が無く、地に足をつけた現役ハイカーの作品。やもすると早死になりかねない岩ヤでもあるが、長く続けていることからは、相応の技量があり運もあり、やはりここは経験豊富さがカバーしているのだろう。あらゆることに対する観点に共感できた。
12月22日
小倉ヒラク
69
夏休み 発酵菌ですぐできるおいしい自由研究
発酵菌に興味を持ったので、身近な部分から接してみようと、簡単な指南書を選んでみる。少し手間ではあるが、市販品が自分でも作ることができることが判った。別角度からは、先ほど手間と言ったものの、難しくはない。繁殖させるためのコツは温度管理になるようだ。重要なポイントを掴むのに分かり易い作品だった。
12月20日
ブレイディみかこ
68
他者の靴を履く
「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」の副読本と言う事で読んで
みたが、作者の博識と記憶力に驚かされるのと同時に、難しい分野に入り込んでしまったと言うのが率直の感想となった。
学者肌の方で、多くの本を読み知識も豊富で、引用しながら解説してくれるが、情報量が多すぎて処理できずに混乱してしまうほど。言わんとしていること判るのだが、多様性を受け入れながらのこれらは、どれが正しい、どれが間違っているとかの判断がし辛く、あっちを立てればこっちが引っ込むような迷路から抜け出せない感じとなった。着地点を求めていたのだが、着地したら今度は、地中にもまだ行き先があった感じ。学問とはこういう事なのだろう。いろんな考えが出来、いろんな判断になる。軽く読もうと思ったが、けっこうに専門感が出ている難しい印象の作品であった。
12月11日
高嶋哲夫
67
EV
斬新で新鮮。そしてリアリティーさの度合いがすさまじい。書かれてから少し経過しているものの、くすみがなく磨かれたままの時代先取りの作品。高嶋さんの作品をいくつも読んでいるが、予言師のような人だと思っている。作品内の話が、世の中に起きる事と大きく違えていない。と言うより書かれている通りになっていることも多い。
12月 3日
藤岡陽子
66
おしょりん
鯖江と言えば、いまやめがね枠の産地ととて知られている。そうなる前の、そこまでの背景が本作で読める。昔は何処も繊維産業が盛んだった。大火と言う不遇に遭ったあと、福井のこの地で始まるめがね枠づくり。
11月28日
五木寛之
65
下山の思想
ここまで全方位型の人は少ないだろう。多角的なものの見かたをし、本人はマイナス側から物事を考えると言っているが、ここまで広く深く考えられると言う事は、その順番で合っているのだろう。
山登りに喩えて、世の中が下降線に入っていると説いている。デフレなのかインフレなのかよく判らず、そもそも資本主義なのか社会主義なのか判らない時もあるとある。色々がよく見えると、感じることも多くなる。それでもその大量な情報を精査しているのだろう。
作者の作風が面白くてたまらない。作家らしいと言ったらいいか。言葉をよく知っている人の作品は楽しいと言う事かも。
11月23日
笹本稜平
64
ソロ
濃厚で重厚な山岳小説であった。ここまでアルピニズムを語っている作品に出会っていない。一本調子ではなく、多角的に登場人物に語らせているが、作者の山の知識の豊富さに感嘆である。夢枕獏さんの「神々の山稜」同等か、それ以上の衝撃作となった。
現代の先駆的な技術を用い、情報としてもネットでの収集と開示が行われ、やや栗城さんの発信の様子が思い起こされる。登攀表現が繰り返しになっている場所があるが、復唱でもなんでも臨場感を出す表現になっていた。手に汗をかきながら本を読んだのは久しぶりで、それほどに引き込まれてしまった。楽しませてもらった。
11月18日
笹本稜平
63
山岳捜査
満点の山岳小説と言っていいだろう。危険性を孕む山の表現のみで、ハラハラドキドキを与えてくれ、臨場感あふれる綴りで読みながら絵が浮かぶ。そして舞台とした「カクネ里」が、絶妙の選定。誰もが足を踏み入れられる場所ではないって事が、事件をより謎めかしている。
フィクションでありながら、山岳の様子や遭難対応のその様子は、事実に則って表記しているよう。ここでのリアリティーさがあり、浸透水のように作品に引き込まれる感じ。
不可解な事件の点と点が線になってゆくのだが、結ばれたと思ったらまた離れ、その繰り返しも楽しかった。上手に構成されていた。最後に一気に謎解きとなるが、入れ替わりのトリックが、どちらがどっちなのか混同してしまって読めてしまい困った。
11月11日
五木寛之
62
物語の森へ
夜の角笛
これも昭和な感じが心地いい。生活するために、生きるために体を・・・。そんな娘の仕事を男親が判っている。
軍隊におけるラッパが、第一種兵器なことを知る。たかがラッパではなく、重要な武器とは・・・。女が、トランペットを持つ男にラッパ隊だった父親を会わせる配慮、ここがこの作品のポイントだろう。
11月11日
五木寛之
61
物語の森へ
たそがれ色のシムカ
作詞家として活躍もある作者。関わる芸能界の裏を見させてもらっているよう。今も昔もこの世界は変わらぬように思うが、芸能の世界はづっとこんな感じなのだろう。大物プロデューサーに対し、「天皇」と言う表現が良かった。
11月11日
五木寛之
60
物語の森へ
小立野刑務所裏
金沢美大の以前は、その土地には刑務所があったとは・・・知らなかった。昭和40年代の金沢の様子が記されている。見知った店が、そのころからの経営なのかと知ることとなる。そして一番注目すべきは、金沢の文化風習を、作者本人が体験し気づき、浸り過ぎると自分のためにならないと金沢暮らしをやめた部分だろう。なんと言う感性なのだろう。
11月11日
五木寛之
59
物語の森へ
浅の川暮色
金沢で暮らした作者ならではの作品だろう。なにか主人公森口は作者本人なのではと思われるが、作品内の金沢弁が心地いい。昔の郭、金沢独特の置屋制度などを用い作品の面白さにしている。
11月10日
五木寛之
58
物語の森へ
こがね虫たちの夜
バーのママの、酸いも甘いも経験してきた過去。戦後の、昭和な背景が濃く表現され、人の人生とは、一生とはなどと考えさせられる。
11月10日
五木寛之
57
物語の森へ
天使の墓場
全・中短篇ベストセレクションのうち、以上の6作を読む。初めて五木さんの作品に触れるが、知識量も文才も見事なもの。そして作家として大事な「言葉」をたくさん知っている。
これは短い作品でありながら、いい感じにハラハラした読み応えで作品に引き込まれた。黒木と記者で闇を暴くその先が読みたくなる感じ。山岳小説として100点だろう。
11月 8日
小川一水
56
美森まんじゃしろのサオリさん
限界集落手前の小さな村で起こる、警察沙汰までにはならない事件を解決する5編で構成されている。ライトミステリー要素もあり、テクニカルな最新技術を用いた内容もあり、田舎が舞台でありながら、とても現代風に仕上がり、垢抜けした作品になっている。
主人公の詐織においては、読み手が望むバランスのいい立ち位置ではなく、若干の不安定さがあり面白さとなっていた。心を動かす要素は少なく、軽く楽に読める。
神社の伝承と現世を絡めた工夫された作品で、作者のノウハウを良く出しているように思えた。
11月 4日
梶尾真治
55
壱里島奇譚
離島ものをまた選ぶ。と言っても今回はリアリティーを含みながらの架空の場所。巻頭からはノンフィクションな読み物だったが、途中からはファンタジーなフィクションとなった。こう言う内容だったのか・・・と。
後半は核廃棄物を絡めた展開となり、現代社会への作者なりの警鐘なのかと読めた。何が良くて何が悪いのか、どちらもが紙一重位置取りでもある現代。離島を舞台にして昔の良き時代、良き心を振り返らせているかのよう。
全体を通して、良く構成され、結果として楽しむ読むことができた。最後のオチもいい。主人公のモノローグ同様に、今の状況が「どうなっているのか判らない」時間がけっこう多い。奇譚と謳っているのだから当然か。
10月29日
高橋陽子
54
ぐるぐる登山
「顕現」に慣れるまで、少し時間がかかったが、何とか読み切った。と言うより、途中から「顕現」は各々の持つ「個性」じゃないのかと思えるようになり、そう解釈するとと読みやすくなった。
能力と言っても、超得意能力な感じの登場人物に、作られた物語を強く感じてしまうが、途中から一人一人の生きざまが見えるようで、楽しく読めるようになった。巻頭からの最初は、けっこう厳しく挫折しそうにもなった・・・。
10月27日
藤岡陽子
53
この世界で君に逢いたい
小さな離島と言っていいだろう、与那国島が舞台。一度旅しているので、登場する場所の絵が色付きで頭に浮かんでくるリアルさがある。
10月21日
七河迦南
52
空耳の森
「冷たいホットライン」の作風は見事。読むのは2回目であるが、構成が巧妙。
以降の作品は、各章が最後に回収される話しに仕上げられている。物事の捉え方は千差万別でいいが、作者が意図するところへと導きが乏しく、頭の中がひっちゃかめっちゃかとか支離滅裂な感じになり、読みづらい作風だった。これが相性なのだろう。キャラクターの精神面での個性が強すぎる感じ。まあ私がミステリー仕立ての作品についていけていないってことでもある。
10月12日
藤岡陽子
51
きのうのオレンジ
癌は不治の病から、治せる病となりつつあるが、実際は疾患する人は多く、その数だけいろんなドラマがあるよう。ドラマと言ってはいけないのだが・・・。
同じ疾患するにも、若くして患ってしまう人もいる。この作品はここを突いてきている。優しい、人のいい遼賀は職場思いであり家族思い、優しいがうえの他人に対する配慮があり、治って欲しいと願うのだが・・・。
東京を舞台にするが、遼賀の田舎は岡山で、那岐山が登場する。中学最後の登山。そして人生最後の登山。
優しい登場人物ばかりで、心地いい読後感。現代を書いていて、世の中はギスギスしているはずだが、そんな中にも温かみが残っていると感じさせてくれる。そして仮に癌になった場合の心構えも学べる。その時の自分や周囲の位置取り。いい作品であった。
10月 8日
武内 真
50
じーさん武勇伝
上州出身の作家さん。若干の親近感を持って読んでみる。
小さな家族の話しであるが、そこに破天荒なおじいさんが存在する。強くたくましく、若いものにも喧嘩では負けない80代。ハチャメチャな部分もあるが、筋が通っているので周囲も理解しやすく、家族が達観視している日頃。
弱きを助け、悪を嫌うじーさん。スピーディーで冒険小説の要素もあり、ヒーロー小説のようでもあり・・・。今の世の中はじーさんのような人を望んでいるのだろう。外国にも負けない強い日本をじーさんで示しているよう。
とても楽しかった。考えさせられる内容も好むが、こんな軽快な作品も読むのが楽しい。
10月 7日
笹本稜平
49
分水嶺
「分水嶺」作品三連投と思って内容も知らずに選び、集大成的な最後に読むことになった。2作を事前準備として・・・。
10月 1日
細川舜司
48
日本の分水嶺を行く
分水嶺作品連続。単独踏破とあるが、全て自己完結しているのではなく、同行登山があったり、経路の足は仲間の方が担っていたりしている。ちょっとひっかかったが、計画を遂行したバイタリティーに拍手。
堀さんの作品は全線の紹介であったが、こちらは抜萃。まあ全て書き出したら食傷気味になっただろう。あと、GPSの使っている場所とそうでない場所がある。拘りを持って使っていないようだが、東北ではGPSに助けられたとある。結果が全てではあろうけど、内容に対してのレギュレーションが色々で、同行者が居る場合もあれば、真っ当に単独で挑みルートミスをして苦い山行も見られる。
独特な木の会話が挟まる。箸休めのようなインターバルであるが、本題から逸れた内容が長く、それはそれ、これはこれで作品にした方がいいように思えた。
これにも見知った区間が記録されており楽しく読むことができた。細切れの線を結んでの2797キロ、どれほど費用がかかった事か。この辺りも書かれていると有難かった。けっこう興味がある部分。
9月29日
掘 公俊
47
日本の分水嶺
本州の東北から福井の辺りまでは、歩いて見知った場所が多く、書かれている内容に沿って楽しく読めた。逆に、知らない場所は現地がよく判らないので絵が浮かんでこない。まあそんなもんだろう。作者の雑学の豊富さには驚く。脱線の仕方も楽しく、分水嶺を伝いながら、現地のいろんな知識を得ることができる。
どこか宮脇俊三さんの作品を読んでいるかのような感じで、自分も分水嶺を伝いながら旅をしているような気分になる。ここ2年パンデミックで行動が制限されてしまうと出不精になる。机上で遠出をしつつ、いつでも出られる準備はしたい。
分水嶺はもちろん、いろんな地名や文化風習を学ぶことができた。
9月23日
平野肇
46
オババの森の
木登り探偵
都内に残る森が舞台。コンクリートの中の異空間。虫や蛇や鳥がいる場所は、いい面と悪い面を持ち合わせる。この辺りを作者は上手に作品にしている。
ライトミステリーで、背景を探ったり伏線がどうこうとかはなく、それこそ浸透水のように読みやすく展開が心地いい。単行本では厚いなと思った413頁はあっという間であった。
現代を書いているが、昭和な内容も多く、それにより懐かしい心地よさがある。そしてそういう時代があって今があるってことを再確認させられるような・・・。
読み手の心の起伏が少ない中で、オババの後半のセレモニーの時は、グッとくる。森を守ってきたオババ、守ろうとしている人々がいい感じ。
いい作品だった。
9月19日
北村薫
45
八月の六日間
女性の主人公であり、作者も女性なのかと思ったら男性だった。ちょっと意外なほどに女性心理が盛り込まれている。山歩きをしながら山ガールに触れ合う機会が多く、そこで得られたノウハウなのかもしれない。
若干のクセのある主人公。白黒ハッキリした性格で、それがために周囲の色々が強く気になるタイプ。その気性をそのまま山に持ち込み、モノローグが語られる部分はちょっとイライラしてしまう。それほどに作品に引き込まれたと言っていい。
山行記のような5編で、入山口から下山口までの出来事が書かれているので、一緒に登っているような感覚になる。そして仕事をしながらの余暇での登山で、誰でもありがちな準備からのバタバタ度合いも楽しい。主たる内容は、職場や山で出会う人間関係が大半。予想できない出合での色々が、いい出会いとして書かれ、この部分は山に行かない人は山に行きたくなるだろう。「山ではそんな出会いがあるんだ」と。
出会う人を最初は卑下したような感じだが、最後はしっかり持ち上げる手法。作者の真骨頂なのかもしれない。
9月14日
さだまさし
44
アントキノイノチ
遅まきながら人気作を読む。作曲は周知の通りだが、文才も素晴らしい。まあ作詞力があっての人気曲を繰り出し続けているだろうから、曲における言葉並べを知っていれば、この作品には驚かないか・・・。
読み手の心が大きく揺さぶられる。人間の本来あるべき心、良心が普段着の中で語られる感じ。人間関係がぎくしゃくしつつあり、希薄な社会の中で、よく考えさせられる中身で、言葉選びが上手なのでなにせ読みやすく楽しめた。読み物として、伏線が上手に回収できている。松井の悪行が続く中、最後は短いセンテンツで真人間に戻された感じに思えた。相手が杏平と雪ちゃんで良かった・・・。
あとは、死後処理のこんな仕事があることを知る。人はいつか死ぬ。毎日たくさんの人が亡くなっている。いろんな場所で。絶対ある仕事なのに、表に出ていないような気がする。嫌な仕事をしている人もいる・・・。
命を考えさせられた。
9月 9日
加藤俊徳
43
脳の強化書
ラジオを聴いていたら、とても分かり易い語り口の脳科学者が出ていた。自書を紹介していたので該当作なのか判らぬが、一冊読んでみる。
まず読みやすい。さすが脳を研究している人だけあってか、言葉並べがとても読みやすく構成されている。本当は難しいことなのだろうけど、一般人目線まで落として書いている。そして一番の、研究者としてのノウハウを教えてくれている。それも力の入らない楽な方法で。
世の誰もが頭が良くなりたい。老いても頭はシャキッとしていたいと思うだろう。この作品内の指南に従うと、少しはその方向に行けるのだろう。何もしないよりした方がいい。大枠ではそんな感じで、いろんな角度から負荷を与えると脳は活性化される。一番は老化とともに劣化してゆく記憶力。ここを鍛えるには、記憶をどんどん詰め込むのではなく、「思考」と「感情」側のトレーニングの方が記憶力が高まると作者は言っている。何か判らない者には半信半疑であるが、研究者が言っているのだから本当なのだろう。
面白く読めた。
9月10日
マーカス・ウィークス
42
10代からの心理学図鑑
多様性が推奨される世の中になり、ちょっと以前とは世の中の対人関係が変化してきている。自分の中のブレを少し修正するために、その分野の本を読んでみる。
学生時代、理系であったものの、心理学の授業が一番好きで面白かった。面白いと思う事を当時からやればよかったと今頃思っている。嫌いじゃない分野。
図鑑とあるので、視覚的な見やすさを考慮してあると思いたいが、あちこちに個別に書かれている内容を読むのが読みづらく、本文もそれらの為にいろんな場所に改行しているので、なんとも・・・。これもある種、心理学に長けた人のレイアウトで意味があるのかもしれない。
この分野、知れば知るほど混乱してくる。でも混乱してくるほど知識になったってことでもあり、多様なことに対応しやすくはなっただろうと思う。
9月10日
大倉崇裕
41
冬華
秋霧に続くシリーズ作品。前回の八ヶ岳は天狗岳から、北アの涸沢岳が舞台となる。蒲田富士のある西尾根が詳細に書かれている辺りからは、作者は登ったことがあるのだろうと推察できる。現地を知り得ていると、細かな表現の一つ一つがかなり楽しいものとなった。
を抜いて書いてあるような、ライトな感じに思えた。
8月31日
近藤大真
40
じゃ、また世界のどこかで。
おおらかでなんでも受け入れ、でもしっかりリスクを回避して世界を旅してきた。肩の力が抜けた感じであるが、まずこのあたりは作者の性格と優しさからで、別な部分では芯が強く達成意欲は強いと読めた。飛行機を登場時刻を間違えたりと、天然な一面もあり、含めで彼の旅は楽しい。
いがみあったり怒ったりの表現が無いので、本当に作者なりに世界を楽しんできたのだろう。で、なんと言っても写真の多さで、景色も人もみなきれい。チェキを持って現地の人に撮って配るという手法も、手早く懐に入るやり方としてよく考えたと思えた。
巻末にこう書かれている。「何かしたいことがあるなら、やればいいと思う。できない言い訳を探すよりも、どうすればできるかを考えよう。やってもないのに『無理だ』なんて言う人には、言わせておけばいい。」 行動力のある人の思考が見える。
作者の写真を見ながら、世界を旅した気分になれた。
8月26日
39
珍島巡礼
生活環境が変わったので、離島の旅に出られなくなったが、それでも僅かなチャンスにでも行けるように、頭でっかちなほどに情報は集めておきたい。本土より濃い風俗風習がある離島。離島の旅は面白い。そこに船旅が伴う。離島に上陸する時の、その瞬間も心地いい。
このガイドには、名所もそうだがワンチャンスでしか見られない祭りなどが書かれている。いつでも見られるところは見逃すことはなく、年間でも僅かしか見られない場所はそれに合わせて出向かねば見られない。こんな情報が有難い。離島をより楽しめる本。そして離島の過去も知ることができる。
よくある観光ガイドより、情報が濃い感じ。名所だけ見るなら一般販売されているガイドの方がいいだろう。
8月25日
伊吹有喜
38
ミッドナイト・バス
フィクションでありながら、ノンフィクションな雰囲気があり、なにか他人の生活を覗き見しているような、作りモノでないような作品に思えた。登場人物の言葉の後にモノローグを添えると言う手法を使い。吐いた言葉に対する本心が読め、表面上の言葉と本音のギャップが面白さになっている。
新潟と東京を繋ぐ高速バス。関越を通ると向け先行燈に「富山」や「金沢」に加え「新潟」を見ることが多い。新幹線があり不要のようにも思うが、格安で寝て居られるのが利点。この高速バスに絡め物語が進んで行く。
作者の得意とする、負からのプラス側への意識の転じ方がこの作品にもみられ、形こそ曖昧に綴られているが、これもハッピーエンドと言っていいだろう。読者が望むような展開に持ってゆく手法。心地いい。
あと、他の作品同様にいくつもの雑学情報が盛り込まれている。今回は、梅醤番茶なるものを初めて知り、後で作ってみようと思えた。広角にいろんなことを知っている方である。
8月25日
なかしましほ
伊吹有喜 37
四十九日のレシピのレシピ
暗く沈んだ話かと思ったら、明るく楽しい内容で、写真と絵が織り込まれ、気楽に読み進められる。女性向けのようであり、作品内の展開もそうだが男性向けに家事が指南されていて、独居だったりする男性には、ちょっとした工夫が面白く読めるだろう。独居に限らず役割分担が促される昨今においては、家庭に関わる作業をこんな形で背中を押すのはいいかもしれない。
8月19日
高野秀行
清水克行 36
辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦
高野さんの作品を読むと、ミスが多く間抜けな人物像に作者本人は書いている。そしてミスを楽しんでいるとも言う。その背景がこの作品で見えてきた。辺境に行くにも、時代背景から調べきちんと調査している。していてもなお現地に行くと事前情報が足らないとも言えるだろう。言わばプロフェッショナルがそこまでしても、世界の各所の文化は短時間では判らないのだろう。辺境専門にしていながら、他分野の文献も読み漫画も呼んでいる。さすがであり、あのバイタリティーは好奇心からくる部分も多いだろう。
一方の清水さんは、さすがの専門家で歴史に関しての奥が深い。歴史の雑学まで知り得ていて、この教授に教わる生徒さんは楽しいだろうし、内容が理解しやすいだろう。硬いばかりでなくウイットに富んでいるのが清水さんのいいところ。
この二人の掛け合い対談。2年にも渡った編集期で、内容が濃い。二人とも読書好きであり、しっかりとした書評に、加え自分のノウハウが添えられる。楽しいし気づきや発見が多い。そして世界の多様性を感じ、時代を越えた人類の真髄みたいなものを知ったような気がする。そして面白い。武士はヤクザの行なんかは頷いてしまう。
二人のようにいろんな知識があると生きやすいだろう。色々知っているがばかりに生きづらいこともあるか・・・。
スペシャリティーな二人の対談からたくさん学ぶことができた。
8月14日
伊吹有喜
35
雲を紡ぐ
伊吹さんの作品を連続して3冊読んでみた。誰もが持つ、持つことがある負の部分を上手に取り入れている。今回はいじめを起因とした引きこもり。そして本人を取り巻く環境。家族と親族の個のぶつかり合いは、絶対にあると思えてしまい、身近な事のように読み進められる。
主人公美緒を取り巻く大人のエゴ。美緒の行動により周囲も変化してゆく。祖父・祖母を含めたやり取りは、その立場になった時に大きく糧になるだろう。核家族が増えているご時世に、作者は切り込みメスを入れているよう。
勉強だけできればいい、勉強ばかりではない、この辺りを職人の祖父が指南しているが、その祖父を師とした裕子は、専門的な教養はあった方がいいと言う。同じ作業をする古い人、新しい人の意見。このあたりの広角で汎用的な表現もいい。「これ」って決めることはなく、その人その人の考えでいいって事だろう。
今回も最後は涙を貰うパッピーエンド。作品中、常に色が浮かび上がるようであった。
まだ夫婦仲がいい配役に出合っていない。作者の真骨頂なのかもしれない。
8月13日
伊吹有喜
34
今はちょっと、ついていないだけ
「犬がいた季節」が面白かったので、伊吹さんの作品を続けて読んでみる。2022年には映画化されるよう。
各章が綺麗に全て関連付けられているってのが作者の作風のようで、細切れにならず一冊を通して話が繋がっているのがいい。
連帯保証人として借金を抱えた主人公。巻頭から幸薄い出で立ちで現れるが、その後周囲に現れる人々によって、過去の名声もあって運が向いてくる。
テレビ業界関係者が、捨て駒のような扱いを受け、家庭内も荒んでゆく。
流行り廃りの速い場所に身を置いた人らが、人気があった以前の立場から底に落ち藻掻く。そしてまた各人が身に着けたノウハウを生かし再興してゆく。
シェアハウスや動画配信や、現代目線で物語が成り立っている。業界関係者外としてメイクアップアーチストが居り、彼女がアクセントとして加わり良い組織となっていく。登場人物の各々が社会に落ちこぼれた設定。何かに気付き、何かを見つけ、また生きる意義を見出してゆく。
肩の凝らない楽に読める作品で、頑張るとかそう言う部分も薄いので、力まない感じもいい。
8月 9日
伊吹有喜
33
犬がいた季節
本屋大賞ノミネート作品。
家族内における犬も同じだろう、学校内に飼われる犬が、生徒同士の心を繋げてゆく。ペットの存在が、人間を丸く優しくしてゆくのは間違いないだろう。
拾われた高校内における、飼われた12年の変遷。しっかりと時代背景が添えられ、四日市の周辺名所もちりばめられ、ローカル小説として表現され、他の地域の私がこれほど面白く読めるのだから、地元ならより楽しいだろう。
犬のコーシローと、人間のコウシロウと優花。最初の展開からは、後半の纏まりは全く想像だに出来なかった。ここまで巧妙に年月や時間を合わせてくるかと感心させられる。
不安の多い高校時代。多感な年代でもあり恋愛もそう。これらを作者がツンとくるような言葉並べて表現している。青春時代の色々が無駄ではなく糧になってゆく。全6話構成で、各話の登場人物が強く印象に残る。
最後は期待を抱かせつつ不安をも伴う。そしてハッピーエンド。読後感がスッキリと心地いい。「よかった」と思ってしまう。
8月 3日
姫野カオルコ
32
リアル・シンデレラ
「灰かぶり」に寄せた作品なのかと思ったが、知っているそれとは異質な捻りを入れた作品であった。まあ似たように書くのは簡単で、作家ならひねりを加えて力量を誇示したいだろう。
各登場人物の表と裏がハッキリと見え隠れする。人間の本当の部分と言おうか、奇麗な部分と汚い部分がまともにつづられている。この点は本家シンデレラ的でもある。
7月29日
浅田次郎
31
おもかげ
読者大絶賛の作品。登場人物のモノローグが、入れ代わり立ち代わり繰り返される最初。たぶんこれは、中盤からのマダム・ネージュや静や峰子を違和感なく登場させるための布石になっているようだった。作者の手腕と言うか、押したり引いたりとかちょうどいい湯加減が見事。
中盤以降で幽体離脱な内容が続く。ここは信心に関わる部分であり、フィクションと捉えるかノンフィクションと捉えるか、読み手側の各々で違うだろう。ただ、死に直面したり身近で死を経験している人は、理解し得る範疇となろう。
作者は何を使えたいのか・・・などと探りながら読んでいたが、色々得るところが有り過ぎて絞れなくなってきた。戦後の団塊の世代は、今の世の中を思うと、最高にいい時代を暮らしていたのだろうと思う。昭和の良い時代の文化風習を伝えつつ、親と子供の位置づけを再認識させられたような・・・。
「スマホに熱中する女性。ゲームか、ラインの雑談か。いずれにしろ、このうえなく非生産的なそれらの行為に、どうして疑いもなく没頭できるのだろうか。世界中で同時進行しているこのバカバカしい無駄遣いが、人類の到達したインテリジェンスだとは、とうてい思えない」 このくだりが強く印象に残った。
死を迎える側の者、看取る側の者、見事にいい作品になっていた。読み手側にたくさんの事を考えさせてくれていた。
7月25日
川上健一
30
トッピング
ステージ2宣告されたあゆみ。その夫の雅彦。この夫婦が主人公。こんな仲睦まじい夫婦の作品を読んだのは初めて。重松さんでもここまで書かず、川上さんならではだろう。
岡山市の奉還町が舞台で、岡山便丸出しで会話されるが、微妙に心地いい方言であり、過度過ぎて判らなくて読みづらいって部分は無く、いいアクセントになっている。なので岡山の現地の人などは、かなり楽しく読めるだろう。
去り行くだろう妻に対する夫。がんの病が無かったら、ここまでにはならなかった家族の絆。そして取り巻く商店街の人らと客、全てが心地いい。序盤中盤と進んで行くと、いろんな結末が予想できた。赤い服の女も含め。ちょっと予想から外れた最後だったが、川上さんらしい優しいランディングだった。
何かになった時ではなく、日頃からこんな意識が必要だろう。理想と現実は違うと言うものの、沙織の言うような過去への後悔を思う前に、日頃からここまで意識できれば最高だろう。
もう書かなくなってしまった作者。時間が経ってもいいので書いて欲しい。
7月20日
ブレイディ
みかこ 29
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
感性は遺伝する。この親子を知ると、そこを強く思う。この親にしてこの子。そしてまた旦那に潜在する感性もいい。旦那が英語で話している内容を、見事に捻りを効かせ日本語の活字に起こしている作者。表現能力に長けており、ウイットさと多角的な汎用性とでも言おうか、この作者にはどんどん作品を書いてもらいたい。
7月15日
樋口明雄
28
帰らざる聖域
南アルプスが舞台になる事が多いこれまで。本作は屋久島が舞台。
得意とする山岳小説の部分とハードボイルドテイストが上手く絡み合っている。そして今の世界情勢とも絡ませてあり、かなりリアリティー感を出している。K−9などに読めるように、女性が主人公になるのかと思えた巻頭だったが、いつもとは異なる展開であった。
舞台の場所を知っていると楽しさが増す。現地の絵が浮かぶように読み進められた。兵士の登場に、殺戮のしあいかと思えたが、そこに心を感じさせマイルドな読みごたえになっている。山岳小説寄りになっているよう。
川上村や北杜市を書いた作品もそうだが、今回の屋久島もここまで書いて大丈夫なのかと心配してしまう。たぶん作者のハートが強いのだろう。若干のクレームは覚悟のうえで作品を面白くしているのだろう。
読みやすく面白く一気読みだった。
7月13日
村田沙耶香
27
コンビニ人間
初めて体験・体感する主人公の人間性に、胃の腑のあたりに力を込めたくなるような場面が何度も出てきていた。普通と異常を多様性と言う事で語るような、そしてまた心理学や精神医学にも通じるような、巧妙なモノローグがある。常人にこんな作品が書けるのか、作者は少しこの主人公に近い感性があるのかもしれない。
コンビニでの主人公の観察眼は見事。見るだけではなく音からも状況判断でき、ここでは五感で感じ働いている。そして「普通」の人は怒るであろうことでも理解し、また不感状態でやり過ごす精神は、フィクションとは言え得る部分があった。
コンビニと言う多くの人が知っている場所が舞台。見知った場所の裏側が見え、そこに絡むストーリーなので多くの人が楽しめるだろう。ちょっとグロい表現はあるが・・・。
7月 9日
菊池淑廣
26
屋久島で暮らす
移住しても、すぐに島暮らしを諦め離れる人もいる。地域に馴染めないため賀多くの理由のよう。そんな中、しっかり馴染んだのが今回の作者。理想と現実とがある中、何が違うのかが見えてくる。大きくは価値観。そして前向きな解釈。判断力や目標設定。物事を予定しながら結果を出せる人は、結果に行き着くような判断をしている。当然努力もあるだろう。それにはバイタリティーと言う部分も必用。本書は成功例であり、さまざまな経験をつづり、乗り越えてきた過去を記している。
これを読んで、このくらいと思うか、こんなに大変なのかと思うかで大きく違うだろう。芸能人が屋久島暮らしをしたいと思い渡った。しかしすぐに離島してしまった。この作品に読めるようなことは知らなかったろう。あとは家族がいるなら、子供への教育によって子供に起因する問題も違ってくるだろう。親はいいとしても、子供が馴染めない事だってあり得る。
家族での屋久島への移住を考えている人は、一度目を通しておいた方がいいだろう。読んで損は一つもなく、得られる情報がたくさんある。
ライターらしい言葉運びでとても読み易かった。
7月 8日
沢田俊子
25
盲導犬不合格物語
使役犬のなかでもっとも有名な仕事が盲導犬だろう。その盲導犬になれる犬となれない犬がいる。合格不合格があるってことなのだが、選ばれたものの中でも使えない子が出てくる。何が起因するかと言うと、性格や気性の部分。身体的なことは最初に見分しているので、時間を経て後から見えてくるのは性格などによる問題行動。ここでの問題とは、人間の勝手なルールではあるが、盲導犬になるにはそのルールは必須。
これを見ると、犬を飼う事においての犬の当たりハズレがあることが見える。ハズレと言ってはいけないのだろうけど、実際に同じ犬種でも振れ幅が大きい。本作品はラブラドールが主に書かれているが、穏やかそうでありながら、いきなり噛みつくような個体の記述がある。訓練を入れても。これは一部なのだろうけど、不合格物語なので、それを例にして不合格が出ることを書いている。
ただ、みな同じ個体だとつまらなく、人間同様にいろんな性格の子がいるから楽しいとも言える。キャリアチェンジ犬の行き先は様々。盲導犬にはなれなかったけど、介助犬やセラピードッグになって行く場合もある。盲導犬はダメだったけど、他ではちゃんと使役できる。だから、ダメな子ではないってことを低年齢層にも判るように本書は書いてある。
当家の犬も、警察犬訓練を入れようと試みたが、おっとりし過ぎており不合格だった子。でも家庭犬としては最高最良と思える。
7月 8日
馳 星周
24
神の涙
「犬」のみを封印し、作者の趣向の全部盛りのような作品に思えた。いろんなことを書きたくて筆が進んでしまう感じ。好きな北海道を、好きな料理の事を、好きなコーヒーの事が詳細に何度も出てくる。そして作者は今現在、北海道に渡って浦河で過ごしている。軽井沢に暮らしているから避暑は必要ないように思うが、避暑と言うよりもやはり北海道が好きなのだろう。
アイヌ。内地にいると優しい響きのある言葉に思うが、北海道では違うようだ。北海道に暮らさないと判らない、過去行われていた、現在も行われているアイヌへの人種差別。内地での部落差別以上に酷いよう。元々の生活文化が違うからだろう。同じ日本人なのにアイヌへの偏見。
そのアイヌ側の葛藤を主にして作品構成されている。そして東日本大震災での原発事故。どちらの被害者側にももどかしい葛藤があり、それらが重ね合わされるような複合構成。面白い話の作り方に感心した部分。
いつもながらの読みやすさ。本作の登場人物は、全てハートの優しさが表に出ている。裏腹な言葉の強さとのバランスがいい。強く言葉を吐いた時の悠(孫)のモノローグが心地いい。その祖父の敬蔵を職人らしい職人として表現される。ここではアイヌの木彫り職人として、寡黙でもあり、酒が入ると気性の激しい人。
最後は見事に涙を誘われた。 アイヌであることが、人を真っすぐ生きさせる。当然フィクションであるが、本を読むことの楽しさが感じられた作品。
7月 6日
川上健一
23
月の魔法
川上さんは作品を書かなくなってしまった。ご病気とのことだが、好きな作家さんなので残念でならない。こうなると過去作を追うしかない。
舞台は小笠原。作者も旅をしたことがあるのだろう、詳細表記がリアリティーがあり、現地を見知っている私にも目に浮かぶ。
小五の昇治が一人おがさわら丸で父島に行く。内地でのいろんな思いを抱えたまま。小笠原はアメリカと日本とのハーフ&ハーフのような文化がある場所。そこでの暮らしの中で、学びがあり大人からの促しがある。大人からとしたが、作品内では年齢差を度外視した「友達」の位置づけ。
中盤の大型魚との格闘は、これでもかと盛られている感じ。やや食傷気味になるが、漁師の人間性などがその背景に見えたりしたので、あえての手法のよう。
小笠原の自然を上手く利用した、小笠原ならではの構成。自然愛の強い作者らしいとも思えた。そして最後は、また作者らしい締めくくりで涙を誘う。
本作を読んで小笠原に渡れば、楽しみが間違いなく増えるだろう。そして現地での視点が全く変わるかもしれない。
7月 4日
乃南アサ
22
地のはてから 下
さて下巻。まだまだ貧しさが続く。なにか三吉とのハッピーエンドを求めた意識を持ちつつ読むので、「とわ」の肩を持ってしまうのだが、そのとわは段々と気性の強い女性へとなって行くよう。ここは作者の中にもある秘めた性格なのかとも思えた。
幸せを求めて、豊かな生活を求めて生きるも、もがくばかりでなかなか理想へと辿り着かない。貧しいものは貧しいまま・・・。そして戦争。
後半になってやっと三吉が現れる。上巻を含め、この三吉ととわの出会い方がファンタジーのような会い方で、作品の暗く重い雰囲気の中で花が咲いたような感じがある。時間を経ての二人は・・・。
いろんなことを感じさせる、考えらせるいい作品であった。大正・明治・昭和に、こんな人らが居て今がある。
7月 1日
乃南アサ
21
地のはてから 上
巻頭からの表現表記に、その読みにくさに、これが続くのなら放棄しようかとさえ思えた。それもしばしの我慢で読みやすくなる。とは言っても東北訛りは続く。リアリティーさを出すにはこの表現方法と作者は選んだのだろう。
開拓団。いろんな背景があって北海道に渡る。ただし本土側で生活が出来たなら渡らなかった訳で、背景には貧しさがあるはずであり、あったはず。
岩尾別の現地を見たことがある。クマザザが繁茂する中、エゾシカが何頭も見られた。クマザサを刈り根を掘り起こし開拓。文中の表現を現地に当て込んで想像できた。
昔の風俗、文化、風習が、貧しい地域こそ色濃く残り長く続いた。身売り、口減らし・・・そうしなければ生きられなかった。
三吉の謎を残しつつ上巻は終わる。
6月28日
ポール・オースター
柴田元行訳 20
ティンブクトゥ
訳者の能力が高く、訳される日本語が秀逸。英字の原文から、ここまでに味を付けた日本語が選べるのかと思えた。だがしかし、やはり外国作品は読み辛さがつきまとう。文法からなのか、文化風習からなのか、もしかしたら日本人の好む文章と欧米で好まれる文章が異なるのかもしれない。
ウイリーの生きている場面内の前半は、言葉つづりに感心しながらも、至極読み辛かった。ただ作者の能力の高さ判り、多岐にわたる、多角的なものの見方が表現され、そこは強く感心させられた。
ウイリーの亡くなった後は読み易かった。犬に人間と同じ心を持たせ擬人化した内容。犬を主人公に置きながら、人間のエゴイズムなどが読める。欧米での飼い犬の気持ちが見えるよう。
不思議な読み応えであった。
6月24日
森沢明夫
19
青い孤島
架空の舞台設定ではあるが、間違いなく青ヶ島の地形であり、作品内の言葉並べに、現地が思い起こされる。作品とのしての当然の脚色はあるが、現地がその通り書かれているところもあり、訪れている事で楽しさが増した。
「雨上がりの川」で多用された心理を表現した部分が、この作品にも一瞬出てくる。森沢節とでも言えよう作者の得意表記だろう。読み手側は待ってましたとなる。
近代化が進んだ現世においての離島。本土側の齷齪した時間軸に対し、ゆっくりとした時間が流れ、時代遅れな雰囲気を持つ。そこで大きく作品をほんわかさせている。そこに本土からの佑とるいるいが上陸して物語が展開してゆく。内地の人を部外者と強く見る離島の住人。作者もあちこちの離島をt日して体感した部分であり、リアリティーをもって上手に表現されている。
笑いあり涙あり、ハラハラもある。
6月20日
南木佳士
18
ダイヤモンドダスト
「草すべり」以来の久しぶりの作者の作品に触れる。相変わらず佐久地域が舞台で、佐久穂や小海や軽井沢が作品から連想される。そしてそこには、有名な佐久総合病院がある。
医療に従事しながらの日頃を書けば、十分に物語になるだろう。若干は取り入れた部分はあろうが、ほんわかとした空気感の読み物に仕上がっている。4編の構成であるが、薄く浅く繋がっている印象でもあった。同じ佐久地域を書いている背景からかもしれない。
医療従事者として、たくさんの死を見てきているのだろう。死期を迎えた人の表現方法が多彩で、そこに本来こうあるべきと言う促しが「ダイヤモンドダスト」のなかで語られているようであった。
周囲には涙を誘う作品も多いが、作者の作品はドライな乾いた中にホッコリとした温かみを感じる作品に思う。
6月17日
吉田修一
17
湖の女たち
多様性が容認される現在の中での歪か、正常と異常がどちらともなく絡み合う世の中を作品にしているよう。そして、ここまでの表現の濃いものを読んだのは久しぶり。この時代のリアリティー感があり利器も盛り込まれている。それが為の新鮮さと、戦中からの話の展開を用いた時間軸の巧妙さ。普通を求めている日頃に対し、この作品の異常性はなかなか心を抉ってくる。いろんな要素を加味した作品に感じた。多岐多様な要素が含まれ、やもすると支離滅裂な構成になりそうだが、理路整然と読み物になっている。作者の手腕たるや・・・。
佳代の設定は意外だった。服部のジャムの場面から三葉との関りを推察するのでいいだろう。終始悪者に見える伊佐美は、元々は強い正義感を持ち・・・。盛沢山の要素で、エロやグロの他に、しっとりとした優しさや人間味なども感じられた。
6月16日
馳星周
16
神奈備
御嶽山が舞台。それも噴火後の設定になっている。作者の言葉並べに貪るように読めてしまう。読者を引き込む力量が凄い。少年のキャラ設定が秀逸で、強力の予想外の思想を持つ設定もいい。そして彼らのモノローグが繰り返され作品になっている。そこに自然現象と信心とが絶妙に絡み合う。
神を信じる。神を信じない。神を信じたくなる心境・状態。神を信じなければいられない心境・状況。辛さや痛さを身に纏うと、縋りたくなるのが神。
自然科学で説明しながら、神の存在を肯定している。山を愛する作者ならではの表現だろう。いい作品だった。
6月11日
谷甲州
15
遠き雪嶺
一度目から5年が経過し、再び読んでみた。話の進み方を判ってはいても、当初と同じように面白かった。後世に残る秀逸な作品。情報が溢れている今に対し、情報が乏しかった昭和初期でのこと。パイオニア的行動が評価される。
6月 5日
森沢明夫
14
雨上がりの川
登場人物のモノローグが繰り返される作品。独特の冷めた感じでしばらく続く。途中の登場人物、北川親子がなぜに出てきているのだろうと判らなかった。最後への布石だったわけだが、ライトミステリーとして楽しむ読めた。そして世の中に蔓延るいかさまに対し、その謎解きがされ心理学に長けた作者らしい作品とも言えよう。
騙し合いの応酬のようではあるが、人間愛に満ちたほんわかしたいい作品で、春香のキャラクターが秀逸だった。
6月 4日
馳 星周
13
少年と犬
犬に関し細部まで判っている作者が、巧妙にその生態を作品に取り込んでいる。そして5つの小編となっているが、出合の形態は皆揃え、敢えてそうした技巧的な部分も感じられた。多門が出合う人がみな犬に優しい。作者の犬への優しさと、周囲の人がそうあって欲しいと願う部分が感じられる。各編で、シチュエーションを大きく違えている。これが全編を通しての面白さになり、最後に集大成のような結末が待っている。今まで読んだ来た中で、作品内で犬を表現させたらピカ一の作者である。
何と心地いい読後感だろう。馳さんの作品を読むと、この読後感が必ずある。ノウハウを駆使して書いた風でもあるが、余裕も感じられる。なんと言う作文力だろうか。
6月 1日
樋口明雄
12
北岳山小屋物語
年頭に「山小屋主人の炉端話」を読んだ。少し内容はかぶっているが、樋口さんは北岳に絞って取材している。北杜市に住まいする作者、言わば地場の山でもある。作品の最後にラスボス的な両俣小屋を持ってきている。私でも同じ手法になるだろう。
同じエリアでありながら、各小屋の小屋主の性格や思想で運営方法が変わっている。規律と自由、下界と隔絶された場所での集団生活は、やもすると足並みが乱れる。その陣頭指揮を執るのが小屋主。彼ら彼女らの思いがこの作品から知ることができる。言葉を選ばなければ、「よく考えていないように見えて、しっかりよく考えている」のである。
登山ブームのなかでの山小屋。昔ながらの運営方法、順応性を持たせた運営方法、様々で楽しい。さらには山小屋同士の協調や協業を唱える人も居て、山の登り方同様に小屋の運営方法も千差万別に思えた。
利用者は、この作品を読んで北岳に入れば最良だと思う。受け入れる側の思想を判っており、それに合わせ利用できる。お互いに無駄がない。各々の小屋のルールもあるだろうから、何事も知っておくことが重要。
人間味が感じられるいい作品であった。作者の人柄が、ここまでの情報を引き出したのだろう。
5月25日
たなか踏基
11
七日市藩和蘭薬記
「鷺の笛」が面白かったので、同じ西上州題材のこれを読んでみる。表題が不可解だったが、読み進めるとすぐに理解できた。そして時代物ではあるが、これも至極読みやすい。作者の作風がそうさせ、言葉選びが読みやすさに繋がっている。
前作も本作も登場するが、作者は「伊佐治」を登場されている。南牧村にある姓だが、なにか意図しているのだろうか。この地を調べる中で、気になった姓なのかもしれない。
七日市藩とあるが、内容の後半4割くらいで登場するくらいで、それまではその布石となるような他の地域の話。もう少し濃く七日市藩内が語られるのかと思ったが、そうではなかった。
当時としはやや異端だったと知る加賀百万石。そこからの分藩の七日市藩は、ここも位置取りがやや異端だったよう。作品内に読める鬼石や中之条、能登の隠れキリシタン伝説の場所を見ているが、加賀藩内に隠れキリシタンを抱えていた設定は面白かった。史実に忠実な部分とフィクションとが入り交ざり楽しく読めた。
シーボルト事件の背景って、こんなことだったのかと知る。
読みやすさからの軽さ、そして構成・内容の濃さ(史実を調べた背景からの)がいいハーモニーになって読破後が心地いい。
5月21日
馳 星周
10
雨降る森の犬
「犬」と「登山」が盛り込まれ、どちらも愛好する者としては終始楽しく読み進められた。樋口明雄さんの作品の雰囲気もあるが、愛犬表現が馳さんの方が強く、犬に関し知らされ学ぶことも多い。樋口さんが愛犬度が低いって事ではなく、各々の犬との接し方が違うから、ここはしょうがないだろう。そして重松清さんの手腕のような最後、涙なくして読み進められない。完全に作品内に引き込まれてしまう感じだった。この作品も見知った場所ばかりが登場する。空気感も判り、読みながら絵が浮かんでくるようだった。
雨音は、先に読んだ作品にも違う生い立ちで登場していた。普通を思うと同じにするように思うが、変化をつけたことが記憶からの期待をもって読み進める事にもなった。バーニーズを飼い、そのバーニーズの細部まで知って作品内に登場させている。想像で書いているのではなく本物の飼い主がちゃんと書いている。だから伝わってくるものが違う。馳さんの犬に関わる作品はどれもいい。犬が与えてくれるたくさんの事をこれでもかと伝えてくれている。
あとは料理。いいアクセントとなっており、内容は本格派。男の料理だが、味の追い方がホンモノ。
5月19日
たなか踏基
9
鷺の笛
中小坂鉄山碑秘聞
中小坂鉄山跡地に行かねば手にしなかった作品。時代物であり楽しく読めるかどうかと思ったが、西上州の事が細かく書かれ至極面白かった。作者はノンフィクションのように書いたとあるように、フィクションな内容とノンフィクションな内容との棲み分けが判らないほどだった。そして作品の味付けが万人受けするように多岐にわたり、史実に忠実な部分もありながら小説としての面白さも含んでいた。何と言っても、ちょんまげから散切り頭になった、大きく時代が動いた時が舞台で、その舞台裏が書かれているので興味深く読ませてもらった。
全く知らなかった中小坂鉄山のこと。知っているつもりになっていた富岡製糸場のこと。天領であった南牧村は砥沢の様子。かなり学ばせてもらった。それには読みやすさがあったからだと思う。
本を読んでから鉄山に行けばもっと楽しめたと思えたが、鉄山に行ったからこの本に出合えた。近くもう一度行こうと思う。本に出てくる坑道前の桜を探したり、石祠前の鳥居の刻みをもう一度見てみたいと思えた。
5月13日
馳 星周
8
蒼き山稜
犬の作品を続けた後に、作者の山岳小説を読む。どなたかの作品に似ているような気もするが、北アルプスの後立山を舞台に書いたので、その舞台が一緒だと似てしまうのだろうと思う。
樋口明雄さんの作品を読んでいるようであるが、情報量は多大に詰められている。察するに、作者はワンゲル部だったのだろう。登山愛好家と言うだけでは、ここまでの情報量にはならないだろう。昔の「しごき」があった時を体験しているからこそ書ける表現に思えた。作者が過去の青春時代を思い出しつつ綴った作品なのかもしれない。
登場している場所はほとんど歩いている。冬季の様子も含め臨場感があった。完登しない私の予想に反し、最後は意外だった、作者は根っからの山ヤなんだろうと思えた。途中で「死」を入れたり、ゆかりを絡めた最後としても小説として面白いと思うが、作者は歩ききった。山好きとしては、この最後もとてもいい。
5月12日
馳 星周
7
陽だまりの天使たち 二作続けて読んだ。どちらも犬版の「抜萃のつづり」のようであり、これを読んだ愛犬家は、ほとんどの人が涙してしまうのではないだろうか。まあ愛犬度の度合いにもよるが・・・。そして犬を飼う前に、本が好きだったら一度読んでおきたい本だろう。読みやすく、作者が伝えたいことがしっかり伝わってくる。そして作者の愛犬度もひしひしと感じられる。
作品内に出てくる場所は、軽井沢と北軽井沢が多い。身近な場所が多く文字の繋がりが絵になり易く、その点ではより楽しめた作品。そして今までにも増して愛犬度が強くなった。人と犬の関わり。人間社会においての犬の役割。犬からの恩恵。
逆に、愛犬家でないと過剰な溺愛のようにも読めるだろう。でも犬は家族。犬も家族。
4月20日
馳 星周
6
ソウルメイト
犬のために軽井沢に移住した作者。その背景だろうか、最後の作品に読める。軽井沢は愛犬家にとって優しい街で、連れて歩ける場所が多く、連れて入れる店も多い。そして病院やドッグランもそう。それらが作品内にちりばめられ、見知った軽井沢が舞台であり身近に感じられた。そして愛犬家にとってのこの作品は、感じ得るものが多い。作者の犬を愛す心が見えるよう。逆に犬を好まない人にとっては、やや理解できない部分もあるだろう。そこは好む者と好まざる者、対局しているのでしょうがない。
愛犬家の為、貪るように一気に読んで、Uの方もすぐに購入した。
恥ずかしながら、「犬の十戒」と言うのを知らず、この作品で知ることとなった。これを含め得ることの多い作品で、ペットを家族と強く思えるようにもなった。
4月10日
クマヒラ
5
抜萃のつづり
この騒ぎの中、新型コロナに関わる作文が多く掲載されていた。後で読むと時代が反映されていると思うだろう。そう思える日はいつやってくるのか・・・。荒んではいないが、沈んだ暗い世の中に感じている。そんな時にこの冊子は、心の平穏に役立っている。
一年に一度の贈り物。大事に読まさせてもらった。
3月28日
宮脇俊三
4
時刻表2万キロ
国鉄全線を乗った記録。旅の記録は楽しく、知った場所であったら尚更であった。がしかし、ここに載るようなマイナーなところまで車で行っておらず、多くが初めて知るような地名の場所ばかりであった。ウイットに富んだ言葉並べで至極楽しい。綱渡りのような乗り換えを繰り返し、ややハラハラドキドキ感がある。そして運転しているわけではなく酒が飲めている。楽しさがビンビンと伝わってくる。でもしかし、けっこう投資しただろう。昔、百名山完登には37万が必要といわれた。もう今だと50万以上必要だろう。作者は完乗にどれほど費やしたのだろうか。
面白かったが、場所こそ違うがマンネリした内容で、後半は食傷気味になってしまった。私自身がそれほどに鉄道に興味がないからだろう。マニアなら凄く楽しいのだろう。時刻表を辞書のように使い倒している。書かれている時刻から、書かれていない場所での停車時間まで読み解いているのには恐れ入った。プロである。
3月 2日
鴻上尚史
3
「空気」と「世間」
第三舞台の鴻上さん。いつもつぶらな瞳で、独特の空気感のある人だと思っていた。観察しているような、そして相手を見定めているような表情をしている。とずっと思っていた。氏の作品を読んで、なんとなく理解できた。人生の中での経験を含め世の中を学んできた中での対応の仕方だと。
巻頭はやや読みづらいくらいにくどい表記があるが、次第にそれにも慣れてくる。少し偏った解釈もあるようにも思うが、それを含めてもいい作品で、この内容を皆が知って暮らしたならば、少し暮らしが違ってくるだろう。
外国人に対する日本人の比較などがされるが、この作品でその背景が紐解かれている。宗教、文化、風習・・・。この2009年の時点で、日本が貧困化していると言っている。それからもう10年以上たっている。格差社会にどんどん入って行っているのだろうか。
周囲に気を使い生きている。それが普通だと思っていた。この作品を読んで、その理由が見え気づかされた。注目すべき部分は、まだ結果が判らない中で、過剰な気遣いは不要とのこと。たしかにそうかもしれない。だから疲れるのかもしれない。
2月12日
渡辺洋二
2
彗星夜襲隊
過去に読んだ戦記をしたためた本の中に、何度も美濃部大尉(少尉)が出てきていた。この作品で、その人となりをよく知ることとなった。特攻に踏み切った軍部の中で、一人冷静に命を重んじていたとも言えよう。ただし特攻を全否定しているわけではなく、まだほかに方法がある中での特攻に異議を発し、夜襲戦を貫いた。最後はそれでも特攻を覚悟したとある。
史実が細部まで書かれているので、その細かさからちょっと食傷気味になってしまうが、途中から慣れてくると文字から当時映像が見えるようで面白みが増す。
歴史を知る。これら大戦があって今があること。亡くなって行った多くの方があって今がある。これらを知っておくことが重要。特攻が表立っているが、冷静に戦果をあげていたのは、この芙蓉部隊だった。
電子媒体で読んだが、重い本だった。
1月20日
工藤隆雄
1
山小屋主人の
炉端話
山小屋の主人の印象って、武骨で野性味があり、世間離れしたような感じを持つ。本書を読むと、まず最初に見えてくるのが、有名小屋の小屋主はそのほとんどが高学歴と判る。有名大学を出ている人が多く、ここがちょっと意外だった。南アルプスの中岳避難小屋の山中さんは、時間がある時は物理学の本を読み、話しても理系分野に特に長けていた。そして遭難があれば、我先にと駆けて行き、駆けられるよう毎日ランニングと腕立てをしてトレーニングされていた。
各地にいろんな山小屋があるが、あまり小屋主に注目して利用したことが無かった。なるべく当たらず触らずと思っていた。しかし、この本を読んで少し近づいてみようかと思える。見える容姿からの雰囲気と、だいぶ内面は違うようだ。
登山のスタイルが変化し、山小屋の運営も変化せざるを得なくなっている。閉鎖してゆく小屋もちらほらとある。自力で特異性を出し流行る小屋にするのだが、白馬の小屋のように下界をそのまま持ち上げたような小屋が流行るのだろう。好む好まないの問題が大きいが、一部の人に好まれるだけでは成り立たないだろう。こうなった時に、小屋主が好まざる客を受け入れる場面も出てくる。小屋主がどんどん不機嫌な表情になるのはしょうがないのか・・・。
山小屋に泊まって、炉端を囲んで話を聞いたような、本当にそんなような読後感であった。ほんわかとさせられ、時にハッと気づかされ。また少ししたら読み返したいと思える。