金森山   1702.5m         曽山   1600.3m
                        

 2011.12.10(土)   


  晴れ       単独        不動沢より         行動時間:5H45M


@不動沢入口6:43 →(34M)→A小川沢松田茶屋跡7:17→(38M)→B小川路峠7:55〜57→(2M)→C分岐7:59→(45M)→D金森山8:44〜54→(40M)→E小川路峠再び9:34〜37→(27M)→F1638.2三角点峰10:04→(66M)→G曽山11:10〜24→(30M)→H赤石隋道上西側より下降11:54→(27M)→I林道に降り立つ12:21→(7M)→J不動沢12:28


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@不動沢右岸に登路がある。それとなく判る道。駐車余地は撮影側に150台ほど。 道形に乗り堰堤群を越えてゆく。 この間所から谷を離れて東側に九十九折を登る。 高度感のある場所も。
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九十九折が終わり、谷を見下ろす。 途中で谷を左岸へ移る。 谷の中を横切ってゆく。上流側を見ている。 作業小屋跡
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A小川沢松田屋茶屋跡(コル)。 秋葉街道を行く。非常に歩き易い。 「かわずの木登り」。たしかにそう見える。 B小川路峠到着。気持ちのいい広い場所。
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B大きな鳥居あり。趣のある場所と言える。 C小川路峠から東に進み最初の分岐。南に進む。(北側に下降路が下りている。) 先ほどの分岐から僅か先で、尾根が二手に判れる西側を選ぶ。東側にも踏み跡があり注意。 時折笹を分けて進む。笹涸れが進み、歩き易い尾根。
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サルノコシカケ? もうすぐ金森山。一旦下降。 金森山手前の最低鞍部。 金森山直下。
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D金森山山頂。10畳ほどの広さがある。 D雪に埋もれた三等点。 Dいつもの・・・。遅い朝食。 E小川路峠の反射板。昔の鉄塔なのか、基部のみ残る。
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E反射板から中央アルプス側。 E反射板台地から見下ろす小川路峠。 小川路峠からは国道歩道らしい広さが続く。 途中いくつもの観音様が鎮座している。それらを具に見ながら歩いて行く。
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ここから曽山の方へ入る。ただし、入ってすぐのトラバースがザレ斜面。足許注意。 Fボーズッタ線の入口が不明瞭で、とりあえず1638.2三角点を拝み進路を確認。 1638.2の北東側直下。ここはこの時期やばかった。雪があれば完全にアイゼン必携。 タイガーロープがあり、助けられる。掴みながらもヒヤヒヤ通過。
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1638.2高点から降り切ると、右からルートと合流。ここを伝ってくるのが正解ルート(振り返り撮影)。  尾根を行くと、コルの場所で杣道が横切る。跨いで尾根を行く(振り返り撮影)。  赤石隋道西口への下降点。  「至曽山 至小川路峠」とある。 
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赤石隧道の上付近の尾根。 雪に埋もれていたプラスチックプレートを掘り出すと、トンネル上を示す物だった。  もうすぐ曽山。  途中で東側にトラバース道が入っており伝ってみる。 
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かなりしっかりした道(途中で数度荒れるが)。しかし曽山を巻いて進んでいるよう。途中で離れる。 尾根の上に戻る。  G曽山到着。樹林だが明るい場所。 G曽山三等点。 
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G立派な標識が掛かる。 G曽山から中央アルプス側。  G曽山から南アルプス側。そこそこ見える。 H赤石隋道上東、1550m付近から南西に下る道に足を乗せる。 
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すぐに尾根歩き。道形はある。少し不明瞭。  途中にこのようなマーキングも。この北側には無数(20以上はある)のピンクのマーキングが密集して付けられていた。 雪がなくなるとこんな感じ。道形を拾って降りて行く。  尾根末端の肩の場所。この先は南東には進めず、鋭角に右にターン。西に道が降りている。 
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H降り立った場所。登りに使う場合は難しい。何せ尾根に乗ることを考えると伝いやすいか。  I下ってきた場所を見上げる。堰堤群から右へ進むと尾根上に道形がある。  J不動沢に戻る。橋の上はスケート場のように厚い氷が張っていた。   


    

 この日、陣馬形山の避難小屋で忘年会が行われる事になっていた。場所を選定したのはこの私なのだが、冬期であり雪の心配をせねばならないような無謀な場所選び。ただし上がれさえすれば文句ない景色がある。少々緊張しながらも参加メンバー全ての合意を貰い、この予定は決行となった。そして付近で面白そうな場所を探すと、そう疲れずに徘徊できる場所を見出した。疲れきって宴会に入ると、寝てしまうこと度々。それがあり、ほどほどの山って部分が大事なのであった。

 
 飯田市から上村に抜けるのに、いつもは国道474号の矢筈トンネルを抜けて行く。その南に赤石隋道を擁す県道251号があるのだが、一度も通過したことはなかった。今日はここに行く。狙うは秋葉街道沿いの山。秋葉街道は国道256号で、車の往来が不可能な歩道国道。昔の峠道を歩く楽しみも今回はあった。そして歩くに際し、本来は飯田市の上久堅地区からの正規ルートを伝いたかったが、それほどに時間を使えない。狙う2座はいちおう藪山であり、それなりの時間的余裕を持ってアプローチしたい。となると、ある程度は短時間で登れるルート選定とせねばならなかった。金森山と曽山を見ながら、登山口として相応しい場所を選ぶ。最初は赤石隋道西口が適当と思ったが、なにか一筆書きをしてみてピストン・ピストンとなり面白くない。なるべく円に近くするのが面白いコース取りであり、より丸く出来そうなトンネル東側から入山する事とした。堰堤群が書かれている不動沢からの登路を使う。ここは好事家には知られた登路がある。道が無いとしても等高線の緩い谷登り、安心できるルートだと思えた。あとは堰堤。間違いなくあるであろう作業道が使える。

 
 1:15家を出る。いい月が出ている。今夜は月食。それを1400mから見れるかと思うとワクワクした。野辺山を越えて八ヶ岳南面を通り、杖突峠を越えてゆく。ここまで下道で来たのだからもう僅かと思えたが、凍結路面で時間が掛かりすぎ、いつも以上に時間が経過していた。やむなく中央道に飛び乗り、松川インターまで高速走行をして国道153号を伝って現地を目指す。そして矢筈トンネル入口のループ橋のところで、初めて直進して行く。昔はみなこれを通っていたのか、かなり狭い道。これではすれ違いが大変。夜だからヘッドライトで見分けがつくが、昼間だったらいやらしい。積雪を慎重に踏みながら行くと赤石隋道入口に到着(5:20)。ここは携帯の辛うじて繋がる場所。本日集まるメンバーから連絡があるやも知れないと思い、この隧道西口で仮眠を決めた。深夜に通過する車は一台もなし。矢筈トンネルにその座を完全に奪われたと言う事であろう。

 
 夜が白み始めトンネルに突っ込んでゆく。東側に出ると、こちらは雪が少なかった。こっちで仮眠すれば幾分か暖かかったか・・・。トンネル出口には「赤石峠」と書かれていた。ここから上村側に下って行く。距離にして800mで不動沢に到着する。その右岸側に広い余地があり、15台ほど停められるような広さがあった。すぐさま準備に入る。外気は痛いような冷たさ。歩けば温まるだろうと一枚脱ぐも、サッと体温を奪われる感じであった。こんな日はテルモスの中のお湯が命綱。これがあることによって、歩きながらも安心感があるのだった。

 
 6:43不動沢に入って行く。右岸側に薄い山道が見える。雪の乗ったこの時期だと、少し不明瞭。銘板の打たれた堰堤を右に見ながら登って行く。進路左手に斜面に土留めをした樹木の無い場所が出てくる。これを見たらその東の山肌を九十九折で登って高度を上げる。ここのみ谷を離れる場所。上に行き谷を見下ろすと、けっこうな高度感。この先で初めてこのルートの道標が現れ、この先のコルである小川沢の名前が出てきていた。この場所で不動沢を左岸に跨ぐ。対岸には階段状に切られた場所があり、巡視路があるように感じる場所であった。そこを伝って行くと、今度はちょっとした平坦地に作業小屋跡が現れた。悉く屋根がつぶれ地面に平伏していた。煙突などが見え、それで小屋が在ったと判ったほど。ここまでは特に危険箇所はなく、優しい山道。凍っていて滑るような場所もなく意気揚々と小川沢のコルに突き上げた。

 
 「小川沢松田屋茶屋跡」の標識が見える。往時はここにも茶屋があった様子。茶屋をして成り立つほど往来があったと言う事になるが、今ではその様子を想像する事さえできない。ここで秋葉街道に乗った形となる。ナビで確認すると。R256の上に居る。珍しい歩道国道の上に居るのであった。観音様に挨拶をして西進して行く。ちょうどご来光の時間で、背中側の南アルプスから暖かい陽射しが注ぎだしてきていた。快適すぎるくらいに快適。これが昔のメイン道路。色んな山道を見ているが、ここは主要道たる風格がある。九十九折を登っていると、ふと左側に短冊状の木の札が下がっていた。そこには「かわずの木登り」と書かれていた。何を指しているのかと見上げると、上に見えるブナの木の虫よう(ちゅうよう)が、蛙に見えるのであった。確かに見える。一人でニタッと笑ってしまう。この先も観音様が続く。風化して見えないような表情もあるが、その全てに味があった。途中、「小川路峠へ0.5Km」の標柱がある。ここで西側を見ると、こんもりとした高みが見えていた。あそこか・・・。

 
 落ち葉の敷き詰められた、その上に雪の乗った峠道をザクザクと進んで行くと、目の前の高みが開けた。少し段差があり、2mほど急登を這い上がると、そこが小川路峠であった。先ほどの小川沢を1とすると、ここは10ほどの広さがあり居心地は抜群。ここにも茶屋が在ったようで、そこには丸太を切って作った椅子が並べられていた。四体の観音様が仲良く並ぶ。陽射しを受けて、その表情はにこやかに笑っていた。峠の南には高みがあり、そこには大きな反射板が見える。ここの調査は金森山に行った後。南進を始める。

 
 峠から60mほど進むと、右に道が降りている。それを見ながら緩く左(南)に進んで行く。そしてこの分岐箇所から70mほど南に行った場所がやや注意。尾根が二手に分かれる。進んできた状況からの真っ直ぐは、東の尾根を選択したくなる。しかし西側の尾根を選ぶ。何もマーキングは無く、ちょっと立ち止まって地形図を確認した場所であった。ここからは笹枯れの中を分けて下る。下りきると歩き易いなだらかな尾根となる。鳥獣保護区の標識もあり、人気の感じる場所でも在った。そしてそして、新雪の上には、真新しい熊の足跡があった。ついさっき通ったような初々しさ。それを見て思わず周囲を見回してしまった。この尾根上には薄い踏み跡が続く。伝う人が少ない為か、明瞭にはなっておらず、藪山入門には適当な感じに思えた。地図上では長いと思っていた距離だが、あっけなく目の前に三角錐が見えてきた。それを見ながら一度下りこみ、最後はやや急峻が待っている。

 
 金森山山頂。三角点が雪に埋もれ、その三角点脇の杭に山名が手書きされていた。周囲は樹林の間から辛うじて見える程度。周囲には古いマーキングがちらほらと残っていた。テルモスのお湯で体を温める。そして遅い朝食とヤキソバパンを齧る。そろそろパンが有効な時期がやってきた。冬季はお米が凍るから、それによりパンにしているのであった。そしてヤキソバも凍らないから・・・。さあここから曽山までは4キロほどある。先は長くこの山頂で胡坐をかいているわけにはいかない。ましてや、その曽山からの下降ルートもまだ考えていないような常態。余裕があるようで無いような状況なのだった。

 
 往路を戻って行く。熊の足跡の場所では、再度周囲を良く見回す。居ないのは判っているのだが、たまには「見たい」のだった。分岐の場所からは山道を逸れて尾根を這い上がり反射板の台地に上がる。昔の鉄塔基部なのか、コンクリートの大きな残置物も見える。ここからの中央アルプス側は綺麗だった。小川路峠に降り西に進んで行く。ここは北に進まねばならなく、花菱茶屋の方へ進んだら道は無くなり、ちょっと迷った場所。普通に反射板を左に見ながら峠道に足を乗せてゆけば、途中から北進するのであった。この先もいくつもの観音様が待っている。そのほとんどがにこやかに見える。我が心の映し鏡なのだろう。その一つ一つに頭を垂れつつ進んで行く。

 1668高点は大きく西を巻き、その先の高みが1638.2三角点峰であり、伝っている峠道は尾根から西に続く道であることから、いつ尾根の上に乗ろうか気にしつつ歩いていた。するとそこに見慣れない文字を書いた真新しい看板が見えた。そこには「ボーズッタ線」と書いてあった。間違いなく曽山に向かう尾根道を指しているものと思えたので、その矢印が示す方に入って行く。最初こそ明瞭だが、20mほど進んだ辺りからガレ地斜面の中に入り、道形が見えなくなった。これまでの延長線上へ進めばいいことは薄々判ったが、それより折角の三角点の場所、拝んで行こうと思えたのだった。ここから斜面を這い上がってゆくのだが、この辺りの地形は、本当に土が流れる地形だった。僅かに上が尾根だが、かなり慎重に足を運ばねばならなかった。しかし注意していたものの、サッと流れ出しグリップさせられなかった。体が自由落下。加速が付く前に潅木に腕を巻きつけたら、二の腕を強打。体をもって注意力散漫を知らされる。よくよく注意しながらまた這い上がり、尾根に乗る。尾根の上は痩せ尾根で、雪が乗っているためにここも注意する場所だった。

 
 1638.2高点到着。四等点がちょこんと顔を出していた。そこからは顕著な尾根が北に降りていた。普通に誘われるように降りてしまったのだが、20mほど進んでから進路方向が違う事に気づいた。ここからは東進しなければ・・・。北進するなら、これまでの秋葉街道を伝えばいいわけであり・・・。それには理由があった。このピークからの東側は崖のような場所で、ルートなど無いように見えていたのだった。何度も地形図を見て、現地と見合わせる。やはりこの崖地を降りるのだと判った。となると先ほどのボーズッタ線の道標から、注意深くルートを探りながら伝うのが安全なコース取りになる。ただし血気盛んな私は危険な場所に突っ込みたくなる年頃であり・・・崖地形を降りて行く。樹木も少なく、滑れば20mほどは普通に落ちてしまいそうな場所であった。本当にゆっくり降りて行く。雪の無い場所はいいものの、雪があると一変した。凍っているのだった。これが判っていればアイゼンを着けたのだが・・・。全神経を足許に注ぎ、ゆっくり、ゆっくり。途中の危険箇所にはタイガーロープが流してあった。と言う事は、昔はここが曽山へ行く本道だったのだろうか。色々頭を廻らせていると、注意散漫になる。フッと足を滑らし、ここでも潅木に助けられた。ここ最近良く滑る。でも娑婆には縁があるようで・・・。

 
 危険地帯が終わると、ウソのように歩き易い尾根があり、そこで右側から山道が降りて来ていた。これが先ほど見失った道の延長線上だろう。伝ってくればこんなに肝を冷やすことは無かったのに・・・。この場所から7分ほど尾根を進むと小さなコルがあり、東西に山道が乗越していた。曽山の下山路は、ここも選べるかと思えた。先ほどの痩せ尾根に比べ、広い快適な尾根が続いている。道形もそれなりに判るように残り、その部分も快適さに後押しをしていた。進んで行く途中、「赤石トンネル西口下降点」の標識が現れる。尾根の反対側には曽山を示す道標もあった。ここでは西側に降りてトンネルを戻るルート取りも考えた。しかし、あの長い薄くらいトンネルと延々と歩く・・・却下だった。この先も何も不自由なく歩いて行く。鹿の警戒音も時折聞こえ、カサゴソとした後にヤマドリの飛び立つ姿も見えたりもした。

 
 トンネルの上はそろそろかと思って歩いていると、進路右側の所に白いプラスチックプレートが雪に埋もれていた。掘り返してみると「赤石隋道⇔」と書かれていた。この下がトンネルのよう。これら道標により現在地が如実に判る。もうすぐ曽山、そう思い足を進めていると、この先の鞍部の所から右(東)側に明瞭な杣道が始まっていた。完全に釣られ足を踏み入れてゆく。まだ曽山へは距離があり、上手くするとこの道が山頂へ続いているのかと思えた。進路の先に円錐形の曽山が見える。そのことにより、この進んでいるトラバース道がどう切ってあるかが良く判った。もうそろそろ登らなければならない場所でも、高度を上げずにトラバースしていた。完全に山腹の巻き道のようであった。途中数度、道形が崩落している場所もある。気にならない程度だが・・・。それはともかく、適当な斜面を選んで尾根に這い上がってゆく。シカが通過した蹄の痕に登山靴を乗せて登る。尾根に戻るのだが、最初から尾根伝いで来ていれば、今頃山頂に到達していただろうと思えた。
曽山の南側尾根はやや広い地形。緩やかなアップダウンをしながら北に進んで行く。そしてその地形が絞られ、東側に高みが出てくる。ここが一見山頂かと思うが、細長い尾根となり、伝って行く先の北側に山頂が待っていた。

 
 曽山に着いて驚いた。立派な山頂標識が3つも付いていた。行政の付けたもののように思えたが、この場所に不釣合いなほどにしっかりした物であった。もしかしたら別ルートで登山道があるのか・・・と考えてしまうほどであった。この山頂は樹木があるが、そこそこ展望はある。周囲が白い山なので、見易いと言うこともあるのだが・・・。時計は11時を少し回った時刻。まずまずの行動時間。あとは下山路であるが。本当ならこのピークから下に降りられればベスト。しかし地形図に見える林道に戻るには、このピークからの尾根は林道終点地に対して大きな谷を間に挟んでおり、上手く戻れるように思えなかった。となると、往路で見た1638.2高点の東側にあった道形が判りやすいかと思えていた。

 
 踏み痕の踵に、つま先を乗せるように戻って行く。帰りは当然尾根歩き。歩いても思ったが、往路も尾根で来ればよかった。歩きながらも地形図を頻繁に見ていた。赤石隋道の西側の尾根が伝えそうに見えていたからであった。その付近に到着し、気にしながら南側斜面を覗き込んでいた。何度かそうしていると、なんと尾根の南側に道形が見えた。喜び勇んでその上に足を乗せてゆく。間違いなく高度を下げてゆく。“これはいけるかも”と次第に思えるようになってきた。かなり薄い踏み痕だが、間違いなく杣道がここにある。雪が乗っているので慎重な下り、道形を外さないよう注意して降りて行く。降りながら右手(南)を見ると小川路峠の高みが見える。間違いない、狙った尾根を降りている。

 
 標高1250m〜1300m付近か、胸の高さ辺りの切株に青い鉄製のカバーが掛けられていた。その北側を見ると、気持ち悪いほどにピンク色のマーキングが付近の木に縛られていた。無数と言う言葉が適当なのだが、30くらい密集して結ばれていた。何のためなのか。だんだんと雪がなくなると、下の方に林道が見えるようになってきた。道形は針葉樹の落ち葉に埋まるようにあるのだが、一応は外さずについて行ける。そして真下に林道を置くような場所に出て、ここがこの尾根の最後の肩的場所。ここからルートは鋭角に西に曲がる。西に続くトラバース道も明瞭に残る。ただしこの先で堰堤工事がされた小さな谷の中に入り、道形の存在があやふやになる。登りの場合は上手く道が探し出せるのか・・・。自分であったら迷うだろうと思えた。

 
 降り立った場所は、黄色いカーブ標識の場所で不動沢まで480mほどの場所であった。林道の雪を見ても、往来した車は私だけのようであった。テクテクと不動沢を見ながら、それを目指すように降りて行く。そしてその不動沢では、橋の上が一面ガチガチに凍っていた。良くこんな所を車で通ってきたと思えるほど。ガードレールをしっかり掴みながら、氷の上をヨチヨチと通過して行く。車に戻り山行を終えた。

 
 バラエティーに富んだ楽しい山歩きが出来た。昔の峠道が一番の味付けだが、こんな場所が凄く楽しく思えるお年頃になったと言う事だろう。いと楽しや山旅。

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