登谷山        916m                        
       
                                                                                                      
   
  2020.11.28(土)


  雨のち晴れ     単独     橋倉地区より      行動時間:4H10M


@橋倉地区ポスト前余地6:35→(2M)→A入山口6:37→(37M)→B登谷山7:14〜17→(25M)→C今泉線終点地7:42→(14M)→D今泉地区林道合流点7:56→(6M)→E今泉橋8:02 →(14M)→F小豆の滝8:16〜22 →(10M)→G今泉橋帰り8:32→(22M)→H林道上980m地点の分岐8:54 →(9M)→I林道終点9:03 →(31M)→J今泉線終点東1010m地点で林道に戻る9:34→(11M)→K橋倉地区10:45 
             


 
@半鐘とポストのある場所に、川沿いに1台分の余地がある。 橋倉橋を渡って左岸へ。 A左岸のT地路の所から山道が始まる。 山道の途中には石仏が見られる。昔からの山道だったことが判る。
       
道幅は広い 今は神流町だが、中里村の看板が残る。 分岐点 トレイルの道標を含め、神流町の道標がしっかりとある。
     
上部に畑がある。水道が引かれているようだが、山水だろう。 道沿いにNTTの電柱が続く。 登谷山の西側を山道が巻くところで、大岩の下から東側へと登る。 B登谷山山頂
       
B標識 Bすかいさん関の標識 B神流町の標識 B記念撮影
       
Bヤキソバパンと 西側の尾根を下り、23番の電柱前に降り立つ。 降りてきた尾根 登谷山の西北西にある大きな岩窟。
     
長くタイガーロープが流されているザレ。 地面にはケーブルがビニール管に保護され流されている。 登谷山の北側で尾根に合流。 合流した場所から登谷山側。伝ってきたのは右の山腹。本当はこの尾根を下るつもりで居たが・・・。
       
登谷山の北側の山道も広い。昔は車も通過していたのだろうと想像する。 C林道終点地が現れる。 C林業専用道今泉線終点地。 D今泉地区の廃墟の前に出る。
       
E今泉橋から小豆の滝へ。 散策路が判り辛い。判らなくなり沢の中を伝っている。 進む先に小豆の滝が見えてくる。 F左岸から小豆の滝の全容。
       
小豆の滝からの帰路、この場所に出てきた。右の大岩の下に小さくピンクのリボンがある。往路はここから右に登るのが正解のよう。先に進むように見える。(振り返り撮影) 往路、今泉橋からわずかに場所に崩落地がある。崩落地の先で左の写真の場所になる。(振り返り撮影) G今泉橋に戻る。 H980m地点の分岐路に入ってみる。伐採木が多く・・・その先は行き止まりだった。
       
I下まで伝えるのかと思ったが、10分ほど伝った先で行き止まりとなっていた。 途中で「しなのほっぺ」で水分補給。 J1010m付近、林道分岐点の西側で林道に戻る。Iからは藪漕ぎ。 今泉線の終点地。分岐。
       
八倉地区には住まいしているお宅がある。 橋倉地区も半数くらいのお宅は住まれていて、小学生の居るお宅も見られた。ここだと上野村の小学校の方が近いが・・・。  K半鐘の場所まで戻る。  




 旧中里村の登谷山が未踏になっていた。麓の橋倉地区から山道が山腹を通っているようで、利用すれば容易にアプローチできるよう。かなり短時間で踏めてしまう感じであり、今回は北の「小豆の滝」も抱き合わせにして、この山塊を楽しむ事にした。

 
 4時に家を出る。南牧村ではこの日もトラオさんの釜に火が灯っていた。湯の沢トンネルに潜り上野村に入り、道の駅で夜明けまで仮眠とした。しかし6時少し前から雨脚が強くなり、計画するにも嫌な雰囲気だった。すぐに雨雲レーダーを確認すると、7時くらいまで雨雲が抜けないような雰囲気だった。選んだ場所が悪かったかと、運が無かったと割り切る。

 
 少し明るくなったら現地へ入る。上野村は野栗入口の先で神流川を渡ったら、高橋バス停があり、ここから北に橋倉川に沿う道を登って行く。神流町でも一番の西の端、廃村状態ではないかと予想していたが、橋倉地区にはナンバーのついた車の停まっているお宅がちらほらあり、生活している様子が伺えた。駐車は橋倉橋の下流側に半鐘があり、その前にポストもある。半鐘下に1台分の余地があった。雨はポツポツと降り続いていた。濡れながら準備をすると、次第に止んでいった。

 
 6:35行動開始。この地区も起きたようで、薪ストーブの煙が白く上がっているお宅もあった。橋倉橋を左岸へ渡ると、その南側すぐの場所から山道が入っている。橋倉橋にもこの場所にも、神流トレイルの標識があるのですぐに判る。山道に入るとすぐに石仏が見られ、この事からこれから伝う道は昔から使われていた山道と判る。北の今泉地区とのアクセス道だったのだろう。道幅はゆったりと広く、昔の車両であれば通れただろうと思えた。

 
 東に進み尾根に乗り上げると、その先が分岐になっており、東の平原地区と北の今泉地区への道標も見られる。ここにもトレイルの標識がある。今泉地区への道を選び登って行く。すると傾斜地ではあるが緩斜面の地形が現れ、そこに畑が広がっていた。驚いたことに水道のカランもある。捻ってみたが水は出なかった。上水道を通したのではなく山水を引いて出るようにしたのだろう。

 
 道沿いには電柱があり、銘版を見るとNTTの物だった。尾根筋の道が西側山腹を進みだす。山道は登谷山の山腹を巻いてしまうので、岩壁がある手前から東に這い上がって行く。等高線が密な場所が西に在り、もう少し南側からアプローチした方が楽だったようだ。西斜面は落ち葉の下はザレで、足の上げにくい踏ん張りづらい斜面であった。獣道が薄くついているが、山腹を移動しているもので上に続くような筋は乏しかった。

 
 登谷山登頂。マイナーピークではあるが、しっかりと標識が掲げられており、3枚あるうちの一枚はすかいさん関のモノだった。もう一つは神流町全体に見る青いトタン製のもの。ここも登山対象にしようとしているのか・・・。出発から40分ほどの経路時間だった。ここからは北に抜けてゆく。この時にコンパスを見ればよかったのだが、北を見たつもりの先にガードレールが見え、それが今泉地区側が見えていると思った。しかしそれは実際は西側の八倉地区側の道が見えていたのだった。まだこの時には気づかずに、ガードレールのある側(北西)に降りて行く。急峻になりザイルが無いと降りられないような場所となり、犬はまず無で、ここより左(西)側に顕著な尾根があるのは机上で見ていたので頭に残っていた。西ではなく東に振れば楽な尾根を繋げたのを、あえて無理をするような地形を選び西側へと降りて行く。リボンが続く尾根であったが、けっこう急峻であった。

 
 山腹の道に合流した場所には、23番電柱が立っていた。西を巻きながら山道を進んで行く。上を望むと高さ2.5m、幅10mほどの大きな岩窟があるように下から見えた。仰ぎ見ながら進むと、その先には長くタイガーロープが流されている場所が現れる。斜面が流れ踏み跡が薄くなったその場所を東側へと進んで行く。地表面には灰色のビニール管が見える。先ほど見た水道用ならすぐに破断しているだろうから、中にはケーブルが走っているので間違いないだろう。

 
 810mの尾根に乗り上げる。振り返ると伝って来た山腹の道のすぐ東側に顕著な尾根筋が通っている。伝って降りてくればここへは僅かだったろう。この先の北進も広い道のまま推移し、先ほどの810m地点から10分ほど進むと、林道終点地に乗り上げた。林業専用道今泉線とフラれていた。さらには今年の作業(作道)と判る標柱が立っていた。今泉線を伝って北に行く。雨はもう降り止んだので、途中で雨具を脱いだ。林道途中にトレランコースは右と示す大きな表示があった。今泉線から出た先の林道を右と理解したが、しばらく進んでも林道に出ず、戻って右折表示に従った。左に朽ちた家を見ながら進むと、もう一つある東側の朽ちた家の前で舗装林道に出合った。ここにも神流町のブリキ道標が立つ。

 
 舗装林道を北東に向かい今泉橋のカーブに辿り着く。両岸が伝えるような雰囲気があるが、沢の左岸側に小豆の滝への散策路が在るようだ。入り口道標が立っている。伝って行くが、進む事6分ほどで進路が判らなくなった。渡渉なのか高巻きなのか、そう思って周囲を見るも道形らしき筋が見えてこない。何となく右岸が伝えそうで渡渉して進むが、先がダメだった。沢の中を伝うようにしてゆくと、向かう先に小豆の滝らしい流れが見えてきた。

 
 小豆の滝到着。景勝地らしい看板類は皆無。滝つぼには落ち葉が堆積していたが、迷犬はそこに腹まで浸かっていた。冷たく気持ちいいのか見ているこちらが寒い。何となく右岸側の上の方に散策路が在りそうな棚地形が見え、ザレ斜面を登って行くと道形が現れ、鋼鉄製のろ過装置のようなものが残置されていた。道形を伝って降りてみると、滝側に降りた先に木製の道標が見られ滝の方を矢印が指していた。しかしそこからの道見えない。ここも19号台風で荒れてしまったのだろう。さて道形を発見したので南に伝いながら戻って行く。若干判り辛さを伴いながら、往路に伝った散策路に出合った場所は、何も道標の無い場所で、大岩の脇に小さくピンクのリボンが縛られていた。これでは判らない。今伝った道ではない道も存在しているのだろう、この出合った場所から滝側に太い道で進んでいる。これじゃどこか正解なのか判らない。今泉橋に戻り舗装林道を西へ戻って行く。

 
 今泉地区の西側のお宅の西に、林業専用道今泉線の入り口があった。このまま舗装林道を伝って降りる頭でいたが、途中で麓側にダート林道が分岐していた。向かう先が戻る側なので、ショートカットできるのではないかと思い入って行ってみる。しかし舗装林道脇の間伐材がこの林道上を覆い、なんとも藪漕ぎ状態になった。それでも省力出来るならと突き進むと、伐採材は無くなりスムーズに歩ける状態になった。これならと期待を高め進むと、途中で大きく東にターンし、その先で行き止まりとなった。残念、世の中そう上手くはいかない。

 戻り林道を離れ南の931高点側に降りて行く尾根に乗ってみる。しかし進んだ先は崖で降りられなかった。戻るしかないようだった。でも同じ道を戻るのも芸がないので、涸れ沢を横切る獣道に伝って西側の尾根に乗って、上に這い上がって行く。出た先は八倉峠と八倉(ようくら)地区へ降りる道の分岐点東であった。舗装林道を伝えば5分ほどの距離を40分ほどアルバイトをしてしまった。でもこんなことが楽しい。

 
 作原橋上流のパイプ堰堤は、独特の造りでしばし眺めてしまった。明け透けな堰堤で、設置箇所の上流に堆積物がないのだった。意味を成しているのかどうか・・・そんな形状をしていた。八倉地区に入ると、地区内から大きなラジオの音が聞こえてきていた。住まいしているお宅があるようだ。そしてその音の東側で「八倉の大杉30m」の看板が目に入る。30mなら寄り道にならない程度なので大杉に向かってゆく。進んで行く先にそれと判る大杉が見える。間違いなくそれだろう。そこに着くも特に解説看板は無かった。山手側に石塔が並び、うち大きいものには馬頭観音と彫られていた。

 
 地区のあちこちに柿の木が見えるが、手の届くような場所は採られていた。生活しているのがこんなことからも見える。下りながらラジオ音の家を見ると、犬を飼われているのが見えた。こちらを見ても吠えることをせず、利発な犬のようだが番犬にはなっていないようだった。どんどん降りて行くと今度は橋倉の集落に入る。こちらはさらに生活感が強い。高齢化の中でも、若者が離村して行かない地域のようだ。崩れた家も見られるものの、住まいしていない家も状態よく推移していた。驚いたことに児童の洗濯物がたくさん干されていた。ここで生まれ育っている子供が現在進行形でいる。このご時世なので歩いて通っていることは無いと思うが、このお宅から神流町の小学校まで15kmある。町村を跨ぐが、隣の上野村小学校までなら6kmの場所。でも干してあったジャージはブルー(上野村はグリーン)であり、神流町の小学校に通っているので間違いなかった。別の家の二階の軒には、すだれのように干し柿が吊るされていた。ざっと300個くらいありそうであった。壮観!!

 
 半鐘下に到着する。このスペースは野菜くずを川側に落とすスペースのようで、それらが下に堆積していた。

 深い奥山も楽しいが、こんな里山歩きも楽しい。




       
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