石畦山        1227m          
         
                                  
                                 
                                                                                                      
  2022.2.5(土)


  小雪    単独    弥栄地区より      行動時間:1H25M


@内山林業ゲート前6:29→(24M)→A1090m分岐6:53→(21M)→B石畦山7:14〜23→(21M)→Cゲート7:54  
                                        


 
@弥栄地区東端のゲート前からスタート。ゲートは南京錠がかけられていた。 @ゲート横にポストあり。林道は林業会社の所有地のよう。 林道を進み、小橋の先を鋭角に右折。貯木場あり。 この分岐は左(北東)に。
       
沢の右岸を進む。堰堤が連続する。 A1090m付近で車両が通れる林道幅の終点となる。 A左岸側にも道があり、橋がかかっており合流する。 鞍部下。道形は先に進んでいた。
   
鞍部下から、鋭角に西に進む枝道に入る。 1140m付近で終点となっていた。 終点から北を見上げると大岩がある。 北に直登してゆく。
       
西側から見る山頂部 B石畦山 B唯一の標識 BフジオカTK氏の荷紐が残る。
       
B西側の高みに杭が見られる。 B北西側 B北東側 B南東側
       
B南 Bヤキソバパンと B北尾根に境界標柱が見られる。 B美的に角を入れてある。
       
B五円マーキング 南尾根から西尾根への道形があった。獣だろう。 西尾根上部が露岩帯。 西尾根上はよく踏まれている感じ。獣だろう。 
       
林道が横切る。林道を北に進むと、すぐにターンして西に進んでいる。  枝道が無数にあり、次々に分岐が現れる。迷犬もどちらに行けばいいか迷っている。 往路は左に進んだ場所。変則四差路。  往路に曲がった場所に戻る。 
       
貯木場手前の分岐。  Cゲートに戻る。ゲートは開いていた。  山行歩数7983歩   




 石畦山の存在を知ったのは、ここ最近のこと。新型コロナで行動の制限がされ、しばらくは近場で登れる場所を探すことになった。地形図や山名事典から探すと未踏座は近場に無く、その次にはエアリアマップ(山と高原地図)に記載されている山を登っていた。しかしそれも落穂が無くなった。さてどうしようと検索をかけると、榛名山系に梓山と石畦山の2座が見つかった。情報が高速に行き交うインターネット社会だから見つかったわけだが、昔だったらこの状況下に行き先が定められず悶々としていただろうと思う。2座ともに好事家のみが登っており、先に梓山を計画し、今度は石畦山となった。


 先人の多くが、東の掃部ヶ岳や杖の神峠などからアプローチしている。下って登頂する形で、どうしようもない場合はこのアプローチでいいが、本心は好みではない。山はそれこそ登って登頂したい。この意識で地形図を見ると、北麓か西麓の選択となる。この西麓で登っている人が居り、文字のみの記録が読める。ここは天邪鬼としてはどうしても北麓の記録としたいが、季節を思うと、北麓は住まいしているエリアではなく林道を伝うにも雪の負荷が考えられた。ストリートビューで古賀良山北の林道入口を見るとしっかりゲートされている。距離を測ると取り付き点付近まで3kmほどのアルバイトとなる。一方西麓は弥栄地区があり、900m付近までは生活道路があり、積雪があっても除雪されているだろうと考えられた。西の方が断然楽なのだった。西からに決定。


 5時家を出る。倉渕のセブンでヤキソバパンとコーヒーを仕入れて国道406号を吾妻側へと進んで行く。何度となく通る道であるが、大沢地区から東へ右折したのは、2002年に古賀良山に登った時のたった一回。農免道路のような場所を伝ったのだが、この時も以東の弥栄地区側には入っていない。石畦山が無かったら、絶対に踏み入れなかった場所であった。地形図とナビを見比べながら各分岐で道を選んでゆく。その弥栄地区は牧畜が盛んな場所なのか、牧場が点在し、牧草地や野菜畑が広がっていた。遮るものがあまりなく、ここにラベンダーでも植えたら、富良野のような景色になるだろう場所であった。東進してゆくと、立派な牧場主の住宅を最後に民家は無くなる。右に屋根付きのたい肥置き場が見えてくる。その前でゲート付きの林道が分岐している。そのまま舗装路を東に進むと、地形図通りに100mほど先で道は終わり牧草地になった。舗装路ではあるが凍っている場所もあり、何度かタイヤが空転した時もあった。Uターン場所がなく100mほどをバックで戻る。


 適当な駐車余地がなく、ゲート前から分かれる配水施設への道に停めた。経路に牧草地と畑が広がり、停められそうな場所は多いが、作業の邪魔をしないかと考えると、ほとんど停められないように見えた。私有地がほとんどで公共の場所が無いのだった。その公的な場所が配水施設の道であった。ここであれば「俺の土地に勝手に停めて・・・」とはならないはずである。幅が狭いが舗装までしてあった。夜明けを待つ。


 6:29ゲートから林道に入って行く。ゲートの脇にはなぜか公的な標識にポストが付けられていた。そこに「UCHIYAMA」とテプラが貼られていた。ゲートを入りすぐ右に枝林道が入っていた。その先に白い杭があるので情報を得ると、そこに「内山林業」と書いてあった。先ほどのUCHIYAMAは内山林業のことで、この場所にポストがあるってことは、ゲートから先はその所有地と思われた。ここに限らず、土地は誰かの持ち物であり、誰かの土地を通らせていただいて楽しむのが登山である。がしかしここは、なにか他人の敷地に入り込む感じが強い。ポストの効果だろう。


 ゲートから北東に進んで行くと、小さな谷を小橋で渡る。橋と言うより流れを導水管で通しているのかもしれない。その先で鋭角に南に林道が派生している。この場所は北側には貯木場がある。いつもは判らない部分であるが、今日は所有者が見えており、内山林業の木である。南進する道は東進に変わり、この分岐から3分ほどで北側に行く道と東に行く道とに分かれる。方向としては東の道を選びたいが、北の方が登る感じであり、その前に太く本道に見えるのが北の道であった。北に入って行く。


 北に曲がったが、すぐに東進となり谷の右岸を伝って進む。左岸にも道形が見える。そして一帯は間伐された跡が見え、切り口からは最近の作業のようであった。土曜日であり、作業者と行き会う可能性も考慮した。それにしても、よく管理された植林地で、太くまっすぐに育っている。西上州に見る植林地と違い、きちんと手がかかっていることが伺える。林業が衰退しておらず従事者も多いって事だろう。


 1090m付近で通行可の林道幅は終わった。終わったと言うより左岸側と繋がりループ状になっていた。右岸側にはさらに林道幅が続くが、車が通れる状態ではなく荒れた中を伝って進む。途中「平成12年度」の整備事業銘版が見られ、ミレニアムなタイミングで工事されていたようだった。22年経つと、折角拓いた道も自然に戻りつつある現状。各地で荒れた様子を見ると、林道工事は鼬ごっこのようだと思う。


 1227高点峰が石畦山であるが、その東側に鞍部がある。その最低鞍部が見えるようになると、道形が消滅した。と思ったら、鋭角に曲がり西に登って行っていた。よく見ると、終わっているように見えた先にも、小谷を跨いでまだ続いていた。西に登って行く。1227高点の南麓を通過し西尾根側に続いていると予想した。がしかし予想は大きく外れ、南尾根の場所で終わっていた。標高は1140m付近であった。北を見上げると山腹に目立つ大岩があった。その大岩に絡むように登って行く。ほぼすべて広葉樹で、落ち葉を踏みしめながら急登を登って行く。山頂への最後は左に弧を描くようなアプローチとなった。


 石畦山登頂。好事家が登るだけあって、見知った藪ヤのマーキングが散見できる。フジオカTK氏の真新しい荷紐もあれば、五円マーキングも見られた。この5円だが、ふと思ったのだが、5円に読める年に登っていたら凄いと思えた。そこまで拘っては無いかもしれない。沼田の方のと思しき青い荷紐も見られた。一つだけある山名板の雰囲気がいい。見える「畦」と言う漢字が、ほんわかとした印象にしてくれていた。西に高みがあり足を向けると、そこには境界標柱が埋まっていた。北西側から雪雲がもう覆いだしてきていた。東に戻り、登る予定もあった北尾根も調べてみる。すると、こちらにはプラスチックの境界標柱が打たれていた。伝った人が居るのか、退色したマーキングも見られる。広葉樹林なので、この時季なら一応周囲が眺められ、榛名の外輪山の高みを望むことが出来た。


 下山は尾根を伝うことにした。小雪がはらはらと舞いだしていた。最初を間違えて南尾根を下ってしまい、右に顕著な尾根が見えるので間違えに気づき修正する。トラバースするようなお誂え向きの道形があり伝って西尾根に乗る。西尾根の北側には露岩が多く見られ、これらの岩が石畦山の由来なんだろうと思えた。集落は西麓にしかない場所であり、間違いなく西から眺めつけられた山名であろう。


 尾根の上は落葉が覆うが、頂部は剥げてよく踏まれていることが判る。植林帯でないこの場所は、登山対象の場所でもないことから、獣が伝った獣道だと想像できる。1070m付近で尾根を林道が横切った。ここには山頂に在ったのと同じ青い荷紐のマーキングが残る。左(南)側が往路の林道側で左に行こうと思ったが、登り勾配になった。引き返し右(北)に進むと、すぐ先でターンして高度を下げて行った。するとすぐにまた分岐で、前を行く迷犬もどちらに行けばいいか迷っている。鋭角に東に降りて行く。ここまで記録していたが、この後はしきれないくらいに枝道が現れた。記載は端折りますが、概ね太い方の道を選んだ。途中で922高点へと続く西尾根に戻り、ここは尾根上に直線的に林道が続いていた。標高は1010m付近だった。


 進む先に見覚えのある変則四差路が現れた。すぐ西側にも、西北西と南への道も在り、道の数からは六差路のような場所であった。西に折れて進むと、くねっと曲がって往路に左折した場所に戻る。そして貯木場のある分岐となり、危惧していたが結局経路で林業作業者と行き会う事は無かった。林道の雪面には軽トラだろうトレースが新しく付いていた。


 ゲートに戻ると、跳ね上げ式のゲートは開いたままになっていた。停めることはないが、ゲート前に停めずによかった。ゲートの近くに車が停まっているのを見て、内山林業の関係者は間違いなく不審に思っただろう。私なら思う(笑)。


 ここほどに作業林道が多いと、道の選び方によってはだいぶ迷うだろう。伝える場所は伝えばいいが、下草の少ない斜面が多くどこも歩き易い事からは、林道を無視し地形図を見ながらコンパスを振りながら歩いた方が歩行ロスが少ないかもしれない。林業用であり登頂用に作道していないので、山腹での横移動が多く無駄が多い感じであった。この体験を踏まえると、バリエーションハイクとして楽しむ場合は、西側より記録の多い東側の方がいいのかもしれない。





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