赤ノ峰
1280m (三角点ポイント:1270.3m)
2024.3.30(土)
晴れ 単独 不老温泉跡地より 行動時間:2H51M
@駐車スペース(温泉跡地)6:07→(1M)→A滝ヶ沢林道ゲート6:08→(8M)→B橋分岐6:16→(56M)→C赤ノ峰7:12〜40→(27M)→D1206高点東下降点8:07→(43M)→E榊山神社8:50→(8M)→F戻る8:58
@不老温泉跡地から出発。 | Aゲート分岐 | A最初はこの道標に従う。 | A伝う林道は「滝ヶ沢林道」 |
小屋。現在どこかで伐採がされているようで、貯木場になっていた。ここが臼田営林署小屋跡のよう。 | この表示まで進むと行き過ぎ。左岸側にはこの先渡れない。 | 左岸側に道形が見え、戻って小橋の場所から左岸に入る。 | B戻って小橋の場所。左岸の最初はやや薮化。 |
左岸に見られる道形。枝沢に出合う場所で途切れていた。 | 道形の最終端から降りて行き、最初の渡渉。この先、見える沢の右岸を進み、上流の沢は左俣の方へ入る。 | シカ道ほどの細い筋を伝う。 | 急傾斜地がひと段落。1040m付近。 |
1055m付近。谷のこの先は急峻で、東側の尾根に向かう。 | 1077m付近。北尾根に乗る。 | 1140m付近。下草は無く伝い易い尾根筋。道形は無い。 | 1200m付近。そこそこの傾斜あり。 |
1210m付近 | C赤ノ峰三角点峰到着。 | C北西尾根。こちらを伝った方が良かったのかも。 | C三角点峰から見る最高所側の尾根。 |
C最高所への最後。 | C赤ノ峰最高所。北から南を見ている。 | C北 | C東 |
C南東 | C最高所の南、西尾根への屈曲点に標柱が見られる。 | C再び三角点峰に戻り、見えない三角点探しに入る。 | C中央右に掘り出した三角点。倒木の下になり、細かい根が蔓延った下にあった。 |
C埋まっていたので無傷で綺麗。これを見ている人はかなり少ないだろう点。 | C最高所でヤキソバパン。ここは東側が大展望。東側の灌木が伐採されている。 | 西尾根の1260m付近。至極快適尾根。 | 途中のヤドリギ群 |
1220m付近。 | 1220m付近の標柱。この先わずか先に図根点の標柱も見られる。 | 吊り尾根の先で、尾根の北側に林道が現れる。 | 1210m峰の南側に道形が現れる。 |
D1206高点峰東の、地形図に見られる破線路の峠。現地の道形は消失。 | 破線路の描かれている谷の東の尾根を下る。1180m付近。 | 1160m付近。尾根の東側に林道が並走。 | 1145m付近で林道が尾根を乗越している。ここから林道を南西に進む。 |
ここで地形図の谷に入る。1135m付近。 | 谷の中に林道幅があったようだが、水害だろう荒れてしまっている。1110m付近に枝林道。 | 1105m付近。大荒れ。 | 1100m付近。枝道。 |
沢の中を濡れながら降りてゆく。 | 1065m付近。枝道。 | 1020m付近。1169高点峰西の水線の屈曲する場所。 | 1000m付近。大きく崩落している。渡渉。 |
坑道入口のような場所が沢沿いに見られた。 | 令和元年に間伐がされたと記録あり。 | 920m地点ダム湖の左岸に降り立つ。 | E榊山神社に下山の挨拶を・・・。 |
暑い日で、流れでクールダウン。 | F駐車余地。現在はアンテナ塔が立つ。 | 雨川ダムのエメラルドグリーン |
旧臼田町は、雨川ダムの南東に位置する赤ノ峰を狙ってみる。今回も三角点名の場所で、事前に「点の記」でルートを参考にさせてもらう。しかし、この赤ノ峰の「点の記」が簡単そうで奥深い。現地に雨川ダムができたことで山の神地区が水没し、雨川と道路状況が変わってしまっている事が一番の部分。そしてもう一つ、要図があるが尾根の形と見えるピークが現地と合致しない。45度ほど地形図を西に回転させると合ってくるようだが、昭和44年の記述なら大きくは地形図と違っていないはずと思う自分がいる。そもそもの設置点の形状が違い、何か違う場所を示しているんじゃないかと思うほど。そして絵図に対する順路表記だが、「南方の沢に入って500m登ると本点がある」と書かれているが、文章を地形図に照らし合わせると、1.5倍ほどの距離がある。書き手の性分や距離感覚もあるが、その記録を読まされる方は戸惑う点であった。前週の町山もそうだが、点の記の精度はこんなものなのかもしれない。
4時15分に家を出る。南牧村を抜け田口峠を経るのが一番近いが、群馬側は狭く走りづらい。迷うことなく佐久周りで進んでゆく。距離的ハンディはあるが、以前の試走からは到着時間はほぼ同じであった。疲労度は雲泥の差で佐久経由に軍配が上がる。龍岡五稜郭前を通過し雨川沿いを進む。経路に見える「日本で海から一番遠い地点」の道標に従えばいい。その道標に従い、雨川ダム東で右折して行くと変則四差路がある。分岐点には「日本で海から・・・」の道標が立つ。西に進む側に二本あり、一つが「林道田口十石線」で、もう一つが不老温泉への道で、現在は当時の面影は無くアンテナ塔が建っているだけであった。一度不老温泉を利用しているが、無くなった今としては良い思い出となる。広い駐車場は当時のままで停めやすい。すぐに準備に入る。ここでの外気温は12℃であった。
6:07出発。分岐より西側へはゲートがあり、この林道名は「滝ヶ沢林道」であった。バイクが入るのか、ゲート脇はタイガーロープで塞がれていた。進んでゆくと左側に小屋が二つみられる。ここが「点の記」の臼田営林署小屋の場所なのだろう、現在は貯木場になり真新しい丸太が並び、どこかで伐採作業がされているようだった。「点の記」からはここから50m先で南に入る沢があるのだが、それらしい沢は無い。新しい作業道が山腹に入って行っているが、沢ではない場所であった。そのまま東に進んでゆくと川を橋でまたぐ。川名は滝ヶ沢で間違いないだろう。その先で「日本で海から・・・」の道標が立ち「残り1800m」とあり、そのルートは山手側に分岐していっていた。その道を左に見ながら滝ヶ沢右岸の道を進む。ここで、顕著な沢が左岸側に見えていた。これのことか・・・。そしてその枝沢の左岸に道形が見えた。そのまま遡ってみたが、楽に渡れそうな場所は無く、先ほどの小橋の場所まで降りてゆく。
小橋の手前左岸からは道形が分岐しているが、分け進むような感じで長らく使われていないのが判る。南の山手側にわずかに上がると広い平坦地があった。そのまま東に行くと道形の状態は良くなるが、先ほど見た枝沢を前にして林道幅は途切れていた。そこからはけもの道のような細い踏み跡が枝沢に向かっており、その枝沢に対する右岸に続いていた。徒渉しそれを追ってゆく。途中1010m地点で二股になり、右岸のまま左股に入り東進となる。足場の流れるゆるい場所が続く。それが終わるのが1040m付近なのだが、そこから見える谷の上部はかなり急峻に見えた。雪も乗っているのでリスクを避けて東側の尾根に這い上がってゆく。1080mの主尾根に乗り上げ、以後は一本尾根を南進してゆく。下草は無く伝いやすいが、やや勾配が強い。これでルートは合っているのだろうか。やや半信半疑ではあるが、「点の記」の後半は南進して到達する形にはなっている。尾根に乗ったので風を受けるようになった。今日は強風の部類で、高所での行動は大変だろうと思えた。
特に危ない場所は無く、尾根上もそうだが一帯は間伐された跡が見られた。東側から乗り上げ三角点のある肩に立つ。まだこの時は三角点の場所と気づいていなかった。そのまま南にゆるい尾根を進み、最後は雪の付いた急峻を這い上がる。そしてここ以上の高みが無いことを確認し赤ノ峰に到着したことが判った。ここに三角点は無く、15mほど南に行くと石柱が現れたので三角点に到達したと思った。しかしこれは境界標柱であった。ここで地形図をみる。“三角点は、最初に乗り上げた場所だった”と気づかされる。机上で何度も地形図を見ていたはずなのだが、三角点の場所ばかり気にしていて山体の形を良く見ていなかったのだった。
再び三角点の場所に戻る。しかしそれらしき人工物は無い。肩の斜面側にあり、崩れ落ち消失してしまっているのかとも思ったが、どこかに在るはずと地面を掘り出す。堆積した落ち葉は重く。細かい根の蔓延った地表で簡単に掘れる場所ではなかった。掘るにも簡単に動かない地表面であった。でもあきらめない。ストックを使い点を拝むまでは帰らないと掘り続ける。足の太さほどの倒木があり、もしやこの下かと退かし掘り下げると、見事に現れた。現地表面から200mmほど下に天面があった。埋まっていたおかげで黒さが目立つが、割れのないきれいな状態の四等点であった。だんだんと埋まったのだろうが、これだけ深く埋まっていれば、この点を見ている人は少ないだろう。目的達成でホッとする。最高所に戻って小休止。ここは東側斜面が伐採してあり、展望ピークで休憩適地であった。マイナーピークで、こんな場所を発見するのは嬉しかったりする。上信国境の山々が一望できていた。
帰路コースを決めてこなかったが、短時間で到達できたので帰りは西の1206高点側に進んで、そこよりの破線路で北に降りることにした。先ほど見ている標石の場所から西に降りてゆく。この尾根は、素晴らしく歩きやすい尾根で、北(右)に浅間山が眺められ、北西(左)に八ヶ岳を眺めつつ歩くことができる。これは落葉季だからなのだが、新緑のシーズンもかなり気持ちいい場所だろうと思えた。緩斜面が続き、尾根は広すぎず狭すぎない。途中には、ヤドリギが目立つ大木が2本あるが、これ以外でも巨木とはいかないが太い木々が多く、それが気持ち良さを後押ししていた。
1220mからは、そのまま西進すると北西に降りてしまうので、気にして南西側に進みたい。ガスっていたらルートミスをしやすい場所だろう。1190mの吊尾根を進んでゆくと、尾根の北側に林道幅が沿っているのが見えた。降りてしまおうかとも思ったが、破線路の峠も見ておきたかったので、そのまま西進してゆく。1210mの高みは、その南側にはっきりとした道形が存在した。これはけもの道ではなくハッキリと作道したモノと判る。
1206高点東に到着。先ほど道形が見られたので期待したが、北側にも南側にも道形(山道)は見られなかった。北を見下ろすとかなりの急斜面で、こんな場所に直線的に道が切られていたのでは消失しまっているのだろうと思えた。破線の場所の東側の尾根を降りてゆく。ここは伝いやすい尾根であった。伝いやすくて気を抜いていたこともるが、雪解けでぬかるんでいるのを予想できずに足を滑らせ、左でん部を強打した。作文している二日後でまだ腫れ上がっている。降りてゆくと、尾根の東側に林道幅が見え、先ほどの道がここを伝っていることが分かる。
1145m地点で、林道が尾根を乗越して南西に進んでいた。ここで林道幅を伝ってゆくことにする。進んでゆくと、地形図に破線が描かれている谷の中に入る。そこからの林道幅は谷の中を進んでいるようだが、かなり荒れていて車など入れる状態ではなかった。起伏が2mほどある場所もあり、大水で姿を変えてしまっていた。足場に気を付けながら下りてゆくと、いくつも分岐点があり西へ東へと枝林道が分かれて行っていた。主谷をそのまま降りてゆくと、破線は1080mで東に折れるが、林道はもっと高い位置に切られていた。
水線のと実線路の端が見られる1020mの場所となる。破線路から実線路の場所となったので幾分は状態がよくなるだろうと思ったが、1000mの沢をまたぐ場所で大きく崩落しており、やはり水害でここまでの状態になっていることが判る。ここを最後に林道幅の状態はいい。沢の流れは太く小渓谷な雰囲気。その右岸の水面のすぐ脇に、口を開けている場所を発見した。自然な感じはせず人工的な坑道に見えた。後で調べると、この地域に鉱山で採掘されていた記録が見られた。それのよう。さらに北進してゆくと広みとなり、ここにリボンが下がり「令和元年調査と間伐」と書かれていた。荒れてしまってはいるが、5年前には林業作業がされたよう。そんな気配は感じられなかったが・・・。
920m地点まで降り、雨川ダム南岸東の林道に出合う。わずかに東に行くと、車道から下がった場所に鳥居と祠が見られた。鳥居には「山の神」と彫られ、これが榊山神社であった。点の記に書かれている「山ノ神」がここであろう。参拝してから東に進む。雨川の流れがタラタラで、両岸も広く平ら。そして夏日、迷犬は吸い寄せられるように向かってゆき躊躇なく川の中に身体を沈めていた。そしてブルブルっとして水を払うと飛沫が細かく光る。間違いなく夏の景色であった。まだ春なのに・・・。道は二本存在するが川沿い側を選んで進んでゆく。
誰か「日本で海から・・・」に来ているかと思ったが、駐車場はわが車だけだった。土曜であるが林業関係者も作業してないようだった。帰路も佐久経由。雨川ダムは強い日差しに、エメラルドグリーンの発色がよかった。
注意:現在は不老温泉は存在しない。
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