火打岩 2050m
火打岩四等点 2033.0m
2025.4.26(土)
晴れ 単独 西麓冬季ゲート前より 行動時間:3H48M
@冬季ゲート4:53→(105M)→A火打岩6:38〜40→(10M)→B火打岩三等点6:50〜59→(8M )→C2070m帰り7:08〜25→(76M
)→D冬季ゲート8:41
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| @奥志賀高原スキー場前東の冬季ゲート。 | @6月1日より開門 | 1535mの自然歩道入口 | 自然歩道の道標 |
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| 1560m付近 | 1610m付近の緩斜面 | 1700m付近 | 1855高点よりの北尾根上1795m付近。 |
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| 1795mから大倉沢右俣を見下ろす。 | 1800m付近。大倉沢の中。雪の下は流れあり。 | 大倉沢の谷地形の中を熊が歩いていた足跡。かなり大きい。(中央やや右) | 1880m付近から見える火打岩 |
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| 1900m付近から火打岩 | 1995m付近から | 2020m火打岩南直下 | 「二ノコブ」よりの西尾根に乗る。 |
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| A火打岩登頂。雪解けした場所からは、無積雪期ではかなり伝い辛い植生のよう。 | A火打岩の南端。 | A火打岩から見る裏岩菅山 | A南側 |
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| A西側 | 2070m地点まで登り、ここから北に。 | 2050m付近。エビのしっぽが綺麗。 | 展望のいい尾根で快適。 |
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| B火打岩三等点ポイントには、明大の標識が付けられている。 | B南から。左のシラビソに標識。 | Bヤキソバパンと | Bなぜか、裏に「水場」と書かれている。 |
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| B北側 | 2030m付近。登り返し。 | 振り返る | 北尾根より北東側の展望。 |
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| C2070m地点の帰り。再度火打岩に登頂してから下山。 | 2045m付近。下降中。 | 1770m峰(1855高点峰の北西) | ダケカンバの大木からシラビソが生えていた。落葉樹と針葉樹の合体樹。 |
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| 鳥が種を運んだのだろう。寄生植物でないので珍景。 | 林道のカーブの場所に出る。 | Dゲートに戻る |
奥志賀の裏岩菅山北、登山道の屈曲点になる場所にニノコブがある。細かく言うと登山道はピークを通過しないが、この登山道からのわずかな距離でさえ、本気の志賀高原らしい笹藪の場所だった。そこからの北西尾根上に、「火打岩三等点」が埋設してある。点の記では、北の破線路経由でアプローチしている。中沢北の自然歩道入り口から出発し、経路5時間もかけて到達している。その時間からは、けっこう手ごわい場所に思えた。地形図を見ると北西や南西麓にはササ記号が見られる。それらに阻まれればさらに時間を要すことだろう。
冬季に残雪を使いながら一度訪れたいと思っていた。標石は見たいが、その前に「火打岩」と言う名前に惹かれた。三角点の場所は尾根の肩だろうから、ほかにその名に相応しい岩峰が在るはず。埋設点から一番近い岩記号の場所が南にある。たぶんおそらく、そこが火打岩であろう。他に選択肢が無いのだから一択とも言える。
さて本題のアプローチをどうするかであるが、岩菅山を冬季に登っている記録から判る様に、除雪最終端は、焼額山スキー場の麓駅前付近。ここをスタートとした場合、クレキ沢経由だと長距離過ぎで、中沢付近の緩斜面を登るのが適当。それでも距離は5Kmほどになる。自然遊歩道辺りを使うとか、いろいろ検討してみたが、たいして省力出来るコースが見いだせなかった。半ば覚悟を決めて一ノ瀬側より歩くつもりでいた。
冬季の志賀高原自体は南から向かって行くので、南側しか見ていなかったが、”いや待てよ、奥志賀高原スキー場だってまだ営業しており除雪もされている” ゴンドラリフト前が大倉沢で、その南から林道が分岐している。ここから入山すれば経路3Kmほどになり、リスクはかなり軽減できると思えた。いずれにせよ、上の方は等高線間隔は狭くなっているので楽ではないだろう。問題は、雪庇が南側に出来ているだろうから、そこを乗り越えて尾根上に上がれるかどうかだった。途中に1855高点峰があるが、そこから東に続く谷地形を詰めて、ニノコブよりの尾根に乗り上げようと考えた。
2時10分家を出る。草津経由を思っていたら、生憎の雪崩発生で志賀草津道路が閉じていた。万座経由で上がる選択もできたが、リスク軽減と往路の疲労温存をと、高速に乗って信州中野まで行く。ゴールデンウイーク初日であり好天日。春スキーヤーが我先にと志賀高原へと向かって行っていた。当初予定では、奥志賀高原スキー場の駐車場を借りる予定であったが、林道ゲート前に余地があり、そこに寄せる。この余地は、おそらく釣師が停める場所だろうと思えた。すぐに準備に入る。残雪を確かめるとしっかりと硬いので、ワカンは置いてゆくことにした。外気温は2℃。久しぶりに登山靴を履き、ザックには12本爪を入れた。
4:53ゲート脇を抜けて行く。よく締まっているので、最初のカーブの場所から東に取り付けたが、自然遊歩道入口の残雪期の様子が見たく、そのまま南に進んでゆく。その自然歩道の入り口にはコンクリートポールが立つものの、残雪期の今はそこに道があるようには見えなかった。分岐から僅かに入ると、自然歩道の道標が頭を見せていた。登り易そうな緩斜面を拾いながら、東に登って行く。北進するのとは別に分岐し東進する自然歩道もあるようだが、その場所はよく判らなかった。ガチガチの雪面で、アイゼンを着けようかと迷ったが、迷犬は素足のままであり、負けじとビブラムソールに頑張ってもらう。
1600mを越えると広い緩斜面になる。既に目的座が見えてくるんじゃないかと思って見たが、見えているのは1855高点峰などの手前の高みだった。ここからは、1855高点峰北にある1770m峰の北を巻くように進んで行く。ここから東進してゆくと、1855高点よりの北尾根が、反り立つ壁のように存在していた。その上に乗り上げると、北に深い谷が見下ろせ、これが大倉沢の右俣であった。振り返ると裏志賀高原スキー場の山体が朝日に焼け、赤くモルゲンロートとなっていた。登った分を下るのがもったいなく、南に進むようにして谷に入って行く。
谷の中に入ると、雪の下からは太い流れの音がしていた。そして1800m付近には、大きな熊の足跡が見られた。幅200mmほどあったので、かなり大きな体躯と想像できた。このとき熊を探すように視線を遠望に切り替えると、進む先に円錐形の顕著な高みが見えた。これが目指す火打岩の高みであった。こんな風に見えるのかと、意外過ぎる奇麗な姿に、今日は絶対に踏んで帰りたいとも思えた。それほどにいい立ち姿であった。
1970m付近からはアイゼンが欲しい場所であったが、斥候で進む迷犬は、平気でそんな中を登って行く。何度も蹴り込みながら上がって行くのだが、僅かに15mmくらいしかつま先は入らない硬さであった。ここまで上がると、陽射しを受け暖かくなる。西斜面での行動であり、陽が射す場所までは指先を悴ませながら登ってきていた。
ニノコブよりの尾根に乗り上げる。すぐに南進するが、残雪の残り方がリッジ状で細く、伝いにくいので西側斜面に入ると、今度は深い灌木帯で犬の通過が困難となった。危険があるが雪に繋がり進んでゆく。細尾根ですでに景色はよく、裏岩菅山側に遮るものはない。進む先にも小さくスキー場が見えていた。
火打岩登頂。南端まで進み、それ以南は危険なのでそこまでとした。最後は下って登頂の場所ではあるが、大展望の登頂感のあるピークであった。ここはいい。訪れて良かった。残雪の状態としては、もう少し早い時期の方がいいかもしれない。もし前年度のような少ない残雪量だったら、登頂にはかなり時間を要しただろうと思う。細尾根であり、雪庇が落ち切って今のリッジ状なのだろう。雪庇が残っていたら、それはそれでリスクが大きかったかもしれない。さて次は三角点埋設場所へ向かう。既に標石は掘り出せないことは判っていた。
北に登って行き、2070m地点から北西に下って行く。こちらは一変冬の様相で、エビのしっぽが発達し、一帯のダケカンバが花を咲かせているようであった。ここも大展望の尾根で、信越国境側の遠望を楽しみながら歩いて行ける。無積雪期ではこうはいかないだろう場所で、周囲のシラビソの高さと自分の背丈が同じほどであった。この積雪状態で三角点の場所を探すのは無理であり、スマホに地形図を表示させて寄せて行く。すると、向かう先に懐かしい標識が付けられていた。
火打岩三等点到着。そこには明大ワンゲル部の古い標識がシラビソに付けられていた。なぜかその標識の裏には「水場」と白ペンキで書かれていた。地形的には付近に水場は無いはず。在るのなら表に書くだろうから、裏に書いた理由は判らなかった。もしかしたら、苗字で水場さんが到達したって事なのかもしれない。シラビソの中で、わずかに北側が望めるくらいで展望はほぼ無い場所であった。この時の残雪量は、標識の位置からすると1.5m〜2mほどあると思われた。標石は拝めていないが、一応目的達成。ヤキソバパンを迷犬と分かち合う。
帰路は2070mまで登り返し。復路も景色がいいのは変わりない。2070m地点でアイゼン装着。そしてもう一度火打岩に行く。今度はアイゼンにものを言わせ、雪尾根の東斜面を進んでみる。二度目だが、何度訪れてもいいピークであった。少し北に登り返してから、登ってきた斜面を降りて行く。迷犬が飼い主の近い場所を歩くので、アイゼンを着けた時はかなり神経を使う。一度、首輪にアイゼンの刃が引っかかってしまった時もあった。それほど近い位置をついてきているのだった。なので、緩斜面になったらアイゼンは外してしまう。本当は最後まで着けていた方が楽であった。
1855峰の北尾根に乗り上げたら、ここからは1770m峰も踏んでゆく。伝いやすい斜面を追って進むと、どんどんと大倉沢に近づいてゆく。途中で修正を入れながら降りて行く。その途中には、ダケカンバの大木からシラビソが生えている木もあった。洞になった所に落ち葉が堆積し腐葉土となり、そこに鳥が糞を落としたのだろうと思う。落葉樹に常緑の針葉樹が生えているのだから、残雪期にはかなり目立つ場所になっていた。往路に熊の足跡は見たが、鹿の足跡はゼロではないがかなり少ない印象だった。糞も少なく、それほどに冬季のここは過ごすには大変な場所なのだろうと思う。
自然歩道を跨いでいたようだが気が付かなかった。林道に出たところは、ちょうどカーブの場所であった。降りて行き橋を渡るとゲートの向こうに名古屋ナンバーの車があり、戻ってきた私に声をかけてきた。「釣りですか」と言うので「山です」と。御仁は前年度のゴールデンウイークもここに来ているらしく、2024年では林道に雪は無くゲートは開門していたとのことだった。毎年同じ日に開けるのではなく、雪の状況によって開けていることを知った。ゲートには「冬季封鎖5月30日まで」と書かれていた。
振り返る。冬季ルートとして適当なコース取りができた。少し展開させると、裏岩菅山への最短路になるかもしれない。下りに使っても危険度は少ないので裏岩菅山を経ての周回路としてもいいかもしれない。スキーで下っても、1855高点北尾根の所だけ登り返しであるが、うまくコース取りすれば登り返すことなく滑り降りられると思う。

