崩口三 等点 1138.0m 上小寺尾三等点 1283.3m 2025.12.13(土)
晴れ 単独 林道熊沢線より 行動時間:3H20M
@林道熊沢線東側余地6:28→(20M)→A林道終点地900m6:48→(39M)→B崩口三等点7:27〜31→(9M)→C熊沢峠7:40→(26M)→D1226高点峰(Bambi Peak)8:06→(32M)→E上小寺尾三等点8:38〜43→(30M)→F麓フェンス開閉口9:18→(19M)→G一心さま文化財9:37〜39→(9M)→H戻る9:48
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| @林道熊沢線東側の余地 | 林道熊沢線起点ゲート | マツタケ期間のみ入山禁止 | 立派な林道だが・・・ |
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| A900mの終点地はUターン場所が無い | 900mから北東への谷に入る。ザレ地形。 | 北側の尾根に取りつき1020m付近。入山禁止の看板が上側を向いて取付いていた。 | 1100mの肩 |
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| 1120m付近。熊沢峠からの尾根に乗るとマーキングが続く。 | B崩口三等点峰。ここもマツタケ山のエリアで荷ひもが流されていた。 | B北西から | B南西角が割られた三等点 |
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| B南斜面に対し取り付けられていた。 | B焼け焦げた痕があちこちに見られる。2025年2月の山火事跡。 | C熊沢峠には標識あり | C霊泉寺地区側に下ると「どんぐり山」があるよう。 |
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| 1210mの高み。この先、北側は切れ落ちているので注意区間。 | D1226高点峰 | D「Bambi Peak」と名前がフラれていた。 | D標識と西側 |
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| 1190m付近。快適尾根。 | 1220mピークには杭が三本打たれている。各方角からの林班の境界のよう。 | 1270m付近 | 上小寺尾点の、北側の肩に境界標柱。 |
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| E上小寺尾三等点峰は最高所に常緑樹が茂る。金属の支柱あり。 | E苔むした三等点 | E北東から | Eヤキソバパンと |
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| E西から | 860m付近の植林帯 | 860m付近から降りてきた斜面を振り返る。 | F麓側のフェンス。一見出入り口が無いように見えるが、番線で縛られた開閉できるフェンスあり。 |
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| F麓側から見るフェンス。開閉口が無いように見える。撮影側に管理されなくなった立派なお墓がある。 | 畑に出て南側 | 車道側から伝ってきた場所を見る。小屋の右側にFの場所がある。 | 集落内の美ヶ原ベリー園 |
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| G一心さま無形文化財施設。この場所も駐車適地。 | この地区のバス停はログ仕様 | 林道熊沢線入口に戻る | H駐車余地に戻る。 |
今回は、鹿教湯温泉南の尾根に入る。武石川と内村川に挟まれる尾根に、三等点が並んで埋設してあるので、二兎を追う形で計画してみた。北からは霊泉寺からの山道が熊沢峠に上がり、山越えして武石側に下っている。東にある崩口三等点は、その山道を南から辿ってアプローチし、西の上小寺尾三等点は南の尾根を伝ってアプローチしている。どちらも南からの入山となっていた。ストリートビューを見ると、南側山腹には獣除けのフェンスが張り巡らされている。そこに開閉する扉が見えてこない。それでも冬季は出来れば南麓で行動したい。公的な駐車余地も見出せず、民家の無い霊泉寺側の方が停めておくには楽に思えたが、寒波到来でやや風の強い予報も出ていた。武石側から入山することにした。
前週は佐久内山でマイナス8℃だったが、この日はマイナス6℃だった。立科町を経て武石に到着するとマイナス5℃だった。美ヶ原公園沖線を進み、熊野社を右折し下小寺尾地区に入る。利用したい林道入口がありゲートが見える。チェーンが巻かれているが施錠はされていなかった。脇の角柱に「林道熊沢線起点」と書かれていた。ここから東側に進むと、すれ違い用の広い余地があり、停めさせてもらうことにした。ここは周囲に民家はないので気を遣う場所ではなかった。
6:28行動開始。1分ほど西に進んで林道入口でゲートに巻かれたチェーンを外して中に入って行く。入山禁止の表示もあるが、9月1日から10月31日までの期日指定だった。林道の麓側にフェンスが続き。林道が北に折れるとすぐにフェンスは西の谷に降りて行った。林道幅は広く、護岸工事もきれいにされており一級の林道だった。しかし標高900mmで終点なのだが、ここにはUターン場所もなくいきなり山道に変わった。山道は谷沿いに続いているようだったが、ここから北東側に一筋の道形が上がっていた。伝いだすとすぐにザレ地形となり、入ってきたことを悔いた。実はここが点の記に描かれる破線路のようだった。この先の地形はかなり勾配が強い。点の記は尾根を登って行くのだが、通常では選ばないであろう斜度だった。
1020m付近で尾根上に乗る。ちらほらと「入山禁止」の看板が見られ、止山であることが判る。そのための細かな踏み跡も多い。900mの場所から、もう少し北側に進めば、これら踏み跡への登路が在ったのかもしれない。看板は何故か上側を向いて設置されていた。麓側には見られず、この看板で何となく松茸の採れる場所が判るようだった。1100mで南尾根の肩に乗り上げ北に進み、1120m付近まで進むとピンクのマーキングを見るようになる。この尾根は丸子町と武石村の町村界だった場所である。東進してゆく。
崩口三等点峰到着。ここも止山の範囲のようで山頂部も荷ひもが流されていた。それより焼け焦げた立木が多く、キノコ採りをしながら暖でもとったのかと最初思った。三角点は顔を出してくれておりすぐに見つかる。しかし標石の南西角は割られていた。展望は北の丸子側の方が急峻なので、上流から下流へと広範囲に眺めることができた。次は西進。
積雪量は100mmくらいだろうか。小鹿が一頭歩いているのと、肉球のある獣が先行していた。ピンクのマーキングは広めの間隔で縛られており、このくらいだと在っても邪魔にならない印象だった。熊沢峠には、NC加工機で造ったと思われる標識が掛かっていた。退色し自然に同化したいい標識で、木彫されているので朽ちてきても判読しやすいものだった。一つは峠名。もう一つの標識で霊泉寺側に下ると「どんぐり山」なる場所があることを知った。
西に進んで行くのだが、北にある八郎沢の源頭部地形は急峻で、尾根から見下ろすと垂直に切れ落ちているようだった。そこに北風が当たり吹き上げてくるので至極寒かった。危険に思えたのはここくらいで、あとはさして危ない場所は無かった。1210mのピークには石を抱き込んだようなアカマツの大木が見事。その先4分ほどで1226高点峰に着くのだが、ここには峠と同じ作者の標識が掛かり、「Bambi Peak」と名付けられていた。設置当初は小鹿が多かったのかもしれない。西の方から銃声が轟く。斥候で進む迷犬に離れないよう指示を出す。それにしても寒い。風が無ければここまでではないと思うが、時折南斜面を伝うようにして進んで行った。
1220m峰には三本の杭が打たれていた。各方面からの林班の境がここで集まっているのだろう。鹿の角研ぎ痕が見られる場所はあったが、尾根上に食べ物となる下草はほぼ無く現在の生息数は少ないようだった。ウエストポーチの温度計からはマイナス6℃と読めた。進んでゆくと、まず三角点峰の北の高みに乗り上げる。ここには紅白の杭を伴った境界標柱が埋設してある。そこから南に、次に西に向かうと上小寺尾三等点峰最高所には常緑樹の植生があった。ここまでにほぼ落葉樹ばかりだったのにここだけ・・・。
上小寺尾三等点は、常緑樹の西側に顔を出していた。南東に何か標識が在ったようで、金属のアングル棒が立っていた。標石は苔むしていたものの欠損は無いようだった。無事2点を拝めたのでここでヤキソバパンで朝食とする。下山は、ここから南に下り、途中から南東に下る尾根を使う。
南に向いている辺りは分かり易い。ここも止山のようで荷ひもが流されていた。南東に尾根が向くと尾根幅が広くなり下りに使うと判りにくい。見事に外してしまい、尾根の西側に逸れてしまった。どこでも降りればいい場所だが、麓にフェンスがあるので阻まれる可能性がある。おそらく点の記の場所なら、昔からの道があった場所だろうから扉はあるだろうと予想した。一帯はザレ地形で足が流れ取られるので、二度三度と転倒した。しっかり尾根を拾っていた方が足場はいいようだった。斜面が終わるとそこはスギの植林地で、その先にフェンスが見えた。一見扉は無いように見えるが、近寄ると開閉できるようにフェンスが左右二か所ずつ番線で結わえられていた。その向こうに南からの道が来ていた。フェンスの南側に出るとすぐに立派なお墓がある。しかし管理されなくなったようで敷地周囲は荒れていた。北に進むと大ぶりな作業小屋があり、そこから真南に農道が続いていた。南進してゆく。
地区の舗装車道に乗り東進してゆく。途中には「美ヶ原ベリー園」なる観光農園もあった。「一心さま」の祭事場は公民館も併設してあり、ここに停めても良かったかもしれない。西側に住宅が近接しているのをストリートビューで見ており、私は停めなかった。ここで4月に火渡りの行がされるよう。信州では風習の中での火渡りの行事が多いように思う。この地域は水路に強い流れがあり、ほとんどの家で、その流れを自宅の池に引き込んでいるのが見られた。冬季は融雪に使うのだろうが、夏場は涼やかで耳心地がいいだろう。
林道熊沢線入口に戻り、これで一周。余地に戻る。
帰宅後に知ったが、今年の2月に、ここで山火事が発生していた。それにしては1年で今ほどに、自然な状態に戻っているのかと驚く。早い消火努力があったのだろう。止山であり、各山主さんは困っただろう。松茸の収穫量に火事は影響したはず。

