鹿ノ猪(カノシシ)三等点 1483.0m
大石四等点 1348.3m
2025.11.15(土)
晴れ 単独 美ヶ原高原郷別荘地より 行動時間:2H32M
@別荘地北側余地6:14→(4M)→A廃林道入口6:18→(50M)→B主尾根に乗る1455m7:08→(5M)→C鹿ノ猪三等点7:13〜20→(31M)→D大石四等点7:51〜56→(3M )→E伐採地上7:59→(31M )→F旧釣り堀(追川渡渉)8:30〜37→(16M
)→G戻る8:46
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| @美ヶ原高原郷別荘地入口北西の余地から | A廃林道入口。地形図の二重線の場所。 | 入ってすぐに大岩で車止めに。切り株もある。 | 大岩の先で流れがあり、完全に車の進入は無理。写真中央下に歩行用の木橋が架けられている。 |
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| 実線路から別れる破線路側林道は流れで寸断されていた。進んで行く。 | 破線路を進むと1160m付近にフェンスあり。抜けて進むと藪の密生帯で進むのを諦める。 | 戻って実線路のある谷を伝ってゆく。1185m付近。 | 1205m付近。実線路の場所だが、林道幅見出しづらい。右岸に道あり。 |
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| 1210m付近に大量のワイヤーが残置されていた。 | 1225m付近の炭焼き窯。内部外部ともに非常に状態がいい。この上側で、破線路(林道幅)は北西に向かうが、そのまま谷を進む。 | 1260m付近。林道道形に戻る。伝った谷筋にも薄く道形が在った。 | 1255m付近。破線路はさらに上に進むが、ここで谷を離れる。 |
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| 1255m付近の東へ進む道形。伝って行き、最初の尾根に取りつく。 | 1400m付近。急登だが下草が無く伝い易い。 | 1415m付近。獣道が薄くある。 | 1430mの肩に乗り上げる。 |
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| 1430m付近からの斜面。背の低いササの植生。 | B1450m付近で主尾根に乗り上げる。 | 主尾根1480m付近。 | C鹿ノ猪三等点到着 |
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| C防障石の他にも、同じほどの大きさの石がゴロゴロしていた。木柱も残る。 | C無傷の三等点 | C南から物見石山側 | Cヤキソバパンと |
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| C車山側 | Cなにか縛ったあったよう | 1440m付近から尾根上にビニールフェンスが続く。 | 1435m付近の、フェンスにシカが絡まり息絶えた痕。 |
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| 1400m付近にも頭が残る。 | 1350m付近にも引っかかっていた。多くは小鹿で、力のない個体は、引っかかると抜けられないよう。 | 1370mピーク通過 | D大石四等点到着 |
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| Dここも無傷の四等点 | D西から | D鹿ノ猪点同様に木柱が残る。 | E1310m付近。伐採地の上。ここから下降。イバラが多く避けた方がいい。 |
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| 1260mに作業道の最上部(西側)の終点地がある。ここからの作業道は非常にイバラが多い。 | 降りてゆくと、追川の右岸1075m付近に監視カメラが設置されていた。山手側を向いているので、ケモノに対しての監視のよう。 | F追川渡渉。ここは大小3つの流れを跨ぐ。 | F旧の釣り堀施設に出る。池の魚は死んでしまい浮いていた。 |
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| 美ヶ原和田線に出て西へ戻る。 | 大石橋を渡ってゆく。 | 別荘地管理棟前を通過。住まいしているお宅は少ないよう。 | G余地に戻る。 |
点名「鹿ノ猪」。読みは「カノシシ」。美ヶ原の茶臼山から東に派生する尾根上に埋設してある点で、この珍名点を知ってからは、登らずには居れなくなった。すでに冬季に入っているので、行動するのは暖かい南面の方が良いとは思うが、点の記は北斜面で行動している。その北麓は歩道があるようであり、南麓の方は林道が巻いている。双方使えそうでどっちにしようかと悩むが、鹿ノ猪点と併せて東の大石点を抱き合わせようとすると、北で行動した方がいいように思えた。
あとは、熊のニュースが毎日のように飛び込んできている中で、バリエーションハイクは何かあれば一般登山より叩かれやすい。いつも以上に場所選びには慎重になった。ここは、名前の通りシカは居るだろう場所。「シカが居る場所にはクマはあまりいない」ってのが通説になっている。実際はどうか判らないが、これだけニュースになっていたら、そんな謂れも信じたかった。
4時に家を出る。R254からR142と繋いで長和町に入る。道の駅前を右折して美ヶ原和田線に入って行く。登山目的か撮影目的か、暗い中に登って行く車は多かった。こちらはその途中、美ヶ原高原郷別荘地の所でアクセルを緩め駐車場所を探す。別荘管理棟の、道向かいが広く空いているのだが、ホテルのバスも停まっており私的な場所のようで停め辛い。少し西に進むと、北側に広く余地があるのと、その先のカーブの場所にも停められる場所があった。入山口と思っていた場所はカーブの場所が近いが、大石点からの下山は、別荘地側に降り立つことになるので、東の余地に入れた。夜明けを待つ間も、頻繁に車が登って行っていた。この日の好天日であり、アウトドア日和でもあった。
6:14行動開始。美ヶ原和田線を西に伝って行くと、地形図に描かれている二重線路の入り口が在る。別荘地内への通路のように見えるここは、実際は使われなくなった道で藪化していた。入ってすぐに大きな切り株と大きな岩が置かれ車止めになっていた。そしてその先は、小川のような流れが横切っていた。先ほどの岩が無くても、乗用車では入れない道だった。もしかしたら、その流れがあるので入らないように岩が置かれたのかもしれない。流れには丸太が二本渡され橋になっていた。
流れの南側では道形はとても薄く、林道幅が見えてこないような場所になっていた。そのまま谷地形を進んでゆくと初めて、東側に林道幅が見えてきた。ただ、その手前は大きく崩落し寸断された格好になっていた。大水で削られたようだが、この道が地形図で描かれる破線路の場所だった。伝って行くと、標高1160m付近に黒いビニール素材のネットが張られていた。潜って進むと非常に密生帯となり、せっかくの道形だが全く歩き易くなくなり戻ることにした。
実線路の場所まで戻り、今度はその実線路の谷に入って行く。破線路を先ほど見ており、そこがしっかりとした林道幅だったので、そこより格上だろう実線路はさらに状態はいいだろうと思った。がしかし気にして探さないと見えてこないような場所になっていた。使われなくなって長く経過しているようで、到底車で伝えるよな場所ではなくなっていた。進んでゆくと、1210m付近に大量のワイヤーが残されていた。付近の木がワイヤーを取り込んでしまっており、そこからも放置からの時間の経過が判るようだった。この付近も、どこに林道幅が在るのか全く分からなかった。谷筋を上流に向け進んでゆく。すると、少し開けた地形が現れ、そこに構造物が在った。
状態のいい炭焼き窯が谷の中央に現れた。古墳のように石積みが見られ補修せずともすぐに使える状態のモノだった。中もキレイで使っていた方の管理の良さも見えた。ここが1225m付近で、実線路の終点地でこの先から破線路で描かれている。道のグレードが落ちるはずのここからの方が、林道幅が分かり易い現地であった。少し登ると1230m付近で、道形が北西に向かう。地形図通りで道が存在した。ここは、そのまま谷を進む直線路もあり、ショートカット的に谷沿いを登って行くと、1260m付近で西から上がってきた道と合流した。さらに谷筋を進む。
1270m付近。東斜面に作業道が分岐していた。林道幅ほどは無くクローラーが通れるほどの道だった。ここで谷筋を離れ東に進んでみる。小尾根を乗越し東に進んでおり、これだと向かう先に反するので、小尾根に取付いてしまうことにした。下草が無くどこでも歩けるような場所で、負荷と言えば急登なくらいだった。シカの名前がつく場所ではあるが、糞もそれほど見えてこない。いつもならシカの糞を目ざとく見つける迷犬も、あまり匂いを嗅いでいるしぐさをしていなかった。
1410m付近からは草付きの斜面となり緑が心地いい。そこに薄い獣道が見られ、やはり濃くないことからは頭数は少ないと判断できた。1430mに尾根の肩があり休憩適地で、その先はササの植生となるが、膝丈もないほどなのでとても歩きやすかった。そして1450m付近で主尾根に乗る。この尾根上も非常に歩きやすい。そして細長い高みの上に、それらしい角木柱が目に入った。
鹿ノ猪三等点到着。判読は出来なくなっているが国土地理院の角木柱が見られた。そして標石の周囲には防障石があるのだが、その他に似たような大きさの石がゴロゴロしていた。埋設前からある石なのだろうけど、標石の埋設作業があるわけであり、防障石の配置もあるしと思うと、それら作業の後から並べ置いたようにも思えた。北を見ると、物見石山左に山本小屋のある地形が切れ落ち、荒船山のようにも見えていた。振り返り南を見ると車山のたおやかな山容が見られた。標石の北西の木には針金が縛られていた。なにか山名がある場所なのかもしれない。本日の最高所であり、ヤキソバパンを迷犬と分かち合う。もっと笹の濃い山容かと予想していたが、意外なほどに歩きやすい植生だった。次は尾根尾を東に伝って行く。
北東に尾根を戻って行くと、標高1440m付近からビニールネットが現れだす。北側から登ってきて尾根上に続いた。往路に見たものと繋がっているのかもしれない。よく見るネットなので、それほど気にしていなかったが、ここのネットは特異なものが残っていた。1435m付近にシカの頭蓋骨が絡まっていた。ネットから外すのも一苦労なほどに絡まっていた。そのまま絡まり死に絶え、胴体は他のケモノに食べられてしまったようだった。シカはまだ幼体のようで小さな角だった。それが・・・1400mでも見られ、この日3体目が1350m付近にあり、みな絡まっていた。これは、囲った敷地に入らないようする意図に合致しているが、同じ死ぬにしてもこの死に方は自然保護の観点からアウトなんじゃないだろうか。長い時間かけて苦しんで死ぬ死に方になる。全て幼体であった。大きな体躯であれば力で抜け出せるのだろう。子供ばかりが掛かってしまう事実は・・・。
1370mピークの付近から境界標柱を見るようになる。緩やかな快適な尾根が続き、広葉樹が多いので、歩きながら下界側の景色も楽しむことができた。この付近を歩いている時に突如発砲音がしだした。南斜面からでかなり近い。そんな時期なのかとスマホで確認すると、この日がちょうど解禁日であった。この時期を待っていたハンターが、こぞって山中に入り撃つ日であり、このリスクは考慮していなかった。趣味の行使を1年間待っていたのだろう、頻繁に発砲音が上がってきていた。先ほどネットに引っかかっているのを見ているので、付近には結構いるのだろう事は判った。さてここを歩いていて大丈夫だろうか、流れ弾が飛んでこないだろうか。向こうもこちらを見えていないだろうし、こちらからも向こうが見えない。先を行く迷犬に距離が離れないよう指示しながら降りて行く。
大石点も先ほど同様に木柱があり、点の場所とすぐに判った。こちらも無傷の四等点で、きれいな色合いの御影石で加工されていた。展望も鹿ノ猪点同様だった。どちらも地面から顔を出してくれていたので難なく探すことができた。さて下山だが、もう少し東に進んでから、1330m付近から北に降りる尾根を伝おうと考えた。進んでゆくと、その東側が急に明るくなり伐採地が広がっていることが判った。1310m辺りが伐採地の上端部で、ここから北に下りだす。しかしここはイバラだらけだった。避けながら進むものの、密生しており避けられないものも多くなる。少しの我慢ではなく、これがずっとだった。
1260m付近に伐採時の作業道上端が現れる。通常なら道に出合い楽ができると思うが、ここからも試練だった。作業道上もイバラが続き気分的に休まる暇がない。この一帯全てがイバラの植生地のようだった。各分岐を西に進むように選び降りて行く。付近にイタドリが現れるとやっと、少しイバラが少なくなるがゼロになることは無かった。降りて行く先に、追川の流れが見えてくる頃、1075m付近に監視カメラが設置してある場所が現れた。作業道通過者を撮っているのではなく、道形の西の小尾根上にあり、南側の斜面にレンズが向いていた。おそらく野生動物に対してのカメラのようだった。
細い流れを跨ぎ、その先が追川の本流で渡渉してゆく。もう一つ細い流れがあり、左岸側は旧の釣り堀の敷地であった。池はまだ現存しており、そこに追川の流れが引かれていた。金属の籠状のいけすがあり、その中を見るとたくさんの魚体が白い腹を上に向けて死んでいた。美ヶ原和田線に出て西に緩く登って行く。その途中で大石橋を渡る。ここの上流側には人工堰堤があり、流れが強いので見栄えのする場所であった。さらに西に行くと別荘地の入り口で、バス停はあるが、定時運行ではなくオンデマンド運行となっていた。その方が絶対に効率的である。そしてその先の余地に戻る。
実はもう一つ、美ヶ原和田線沿いにある「シュウト」四等点も探しに行った。側道から2.3mの場所に埋設してあると点の記に書いてあるのだが、以前の牧草地だったその場所には、石がゴロゴロしており、人工的に加工された石も混ざり、結局四等点標石を見つけ出すことはできなかった。非常にアプローチしやすい場所であるが、簡単には姿を見られなかった。落ち葉や土の堆積も多く、探索にはスコップが必要に思えた。ここも面白い名前の点だったのだが・・・。

