平ヶ岳 2141m 剱ガ倉山 1997.5m 滝が倉山 1716m
にせ藤原山 1750.4m 藤原山 1709m 大水上山 1831m
兎岳 1925.8m 巻倉山 1758m 源蔵山 1834m
灰ノ又山 1852.3m 灰吹山 1799m 荒沢岳 1968.7m
花降岳 1891m 2010.05.01(土)〜03(月)
1日目:@銀山平5:19→(72M)→Aグミ沢トンネル6:31→(174M)→B雨池橋9:25〜32→(41M)→C小屋10:13→(328M)→D中ノ岐林道終点付近15:31
2日目:D中ノ岐林道終点付近5:09→(133M)→E玉子石7:22→(40M)→F平ヶ岳8:02〜04→(65M)→G剱ガ倉山9:09〜16→(41M)→H滝が倉山9:57〜10:04→(83M)→Iにせ藤原山11:27〜38→(68M)→J藤原山12:46〜49→(143M)→K大水上山15:12〜19→(48M)→L兎岳16:07〜12→(85M)→M巻倉山17:37
3日目:M巻倉山5:27→(31M)→N源蔵山5:58〜6:02→(22M)→O灰ノ又山6:24〜26→(49M)→P灰吹山7:15〜22→(68M)→Q荒沢岳8:30〜46→(98M)→R花降岳10:24〜25→(23M)→S北尾根下降点10:45→(24M)→《21》大磧沢11:09
→(42M)→《22》雪見橋11:51→(17M)→《23》銀山平キャンプ場12:08〜12→(16M)→《24》カモシカの湯ゲート12:28→(3M)→《25》銀山平駐車場12:31
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| @R352は銀山平で冬の通行止め。ここから歩いて入る。 | 船着場には、地元の方の軽トラが・・・。 | 除雪はこの先も進むが、侵入車用に雪が積まれ、進路をブロック。 | Aグミ沢トンネル。中は真っ暗でライト無しでは見えない。 |
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| Aトンネル内は、国道脇の標識類等の資材置き場に。 | グミ沢トンネルを抜けてすぐで、除雪は終わっていた。 | 大きなデブリ。(振り返り撮影) | 乗り越えるより、すり抜けて行くようなデブリ。 |
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| 雨池橋が近くなり、このような形で釣りを楽しむ舟が3艘。 | B雨池橋到着。真新しい標識が出来ていた。 | C中ノ岐林道途中の綺麗な小屋。鍵が閉まっていて中には入れない。風除室は使える感じ。 | ニ岐川へ向かう林道の橋 |
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| 橋の分岐の場所から、伝って来た林道を振り返る。ほとんど押出しで埋まっている。 | 林道に流れが出ている場所もある。水深20センチほど。沢を遡上してスノーブリッジを使って高巻。 | 灰の又橋通過。 | 中ノ岐川全体を埋める雪。ここで右岸に移ってから、左岸に戻る。 |
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| 西の沢橋 | 林道途中から見る剱ガ倉山。 | 藤原沢橋。流れは3mほど下に。 | 熊沢橋は崩壊。迂回路がある様子、 |
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| 山毛欅沢橋。この橋を最後に、この先の橋は未確認。 | D林道終点地付近。正面は平ヶ岳。 | D林道終点付近から少し登った場所で振り返る。灰ノ又山が見えているのか・・・。 | Dテン場。ペグは周囲に落ちている倒木を利用した。沢の中なのか、よく冷された。 |
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| これもよく冷えたビール。いやビールもどき?でも、すげー美味かった。 | D2日目。稜線のモルゲンロート。 | 尾根に取付く。最初から急斜面。 | 急斜面が終わり、尾根に乗った感じの場所。 |
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| 玉子石の大地に上り、平ヶ岳を望む。やっぱり平。 | E玉子石は残念ながら雪の下。 | 途中から燧ケ岳。雪がほとんど融け、黒い山容。 | 池ノ岳側から見る平ヶ岳。 |
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| 熊と一緒に・・・。左は我が爪痕。 | F平ヶ岳三角点付近。大きな標識も雪の中に。 | F積雪観測計。冬季はここが標識として目立つ。 | F平ヶ岳から南側。 |
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| F平ヶ岳から丹後山側。 | F平ヶ岳から西側のピークへ。 | 左の写真のピークから見る剱ガ倉山。 | 平ヶ岳側を振り返る。 |
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| 剱ガ倉山に向かって下降中。 | 稜線から林道側。中央の白い付近が昨日のテン場。 | 剱ガ倉山に向かって登って行く。 | すれ違った地下足袋の猛者ハイカー。真の山屋のようだった。 |
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| G剱ガ倉山山頂。 | G剱ガ倉山の南側。細長い山頂部。 | G剱ガ倉山から兎岳側。 | G北側の枯木に標識が掛かる。 |
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| G剱ガ倉山から平ヶ岳側。 | 剱ガ倉山から北に下降中。 | 1793高点付近。 | 雪融けが進み、割れ出している場所が出てくる。 |
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| 振り返り、落ち残っている雪庇の造形美。 | H滝が倉山からにせ藤原山側。 | H滝が倉山から剱ガ倉山側。 | H滝が倉山北尾根。 |
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| カモシカと近接遭遇。 | 屈曲点峰に向けて登って行く。 | 屈曲点手前は、雪の着きが悪い。 | 屈曲点の上からにせ藤原山。 |
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| 屈曲点から伝って来た尾根を振り返る。 | もうすぐ、にせ藤原山。 | Iにせ藤原山の三角点とKWVの標識。 | Iにせ藤原山から藤原山。 |
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| Iにせ藤原山から平ヶ岳側。 | Iにせ藤原山から先の雪庇の続く尾根。 | I足許をフリートレックで揃えたスキーパーティー。 | にせ藤原山から下降中。灰ノ又側の稜線を近望。 |
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| もうすぐ藤原山。 | J藤原山の「すかいさん」の標識。 | J藤原山から大水上山側。 | J藤原山から荒沢岳側。 |
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| J藤原山から平ヶ岳側。 | 藤原山の西側で、6名のパーティーが休憩中。 | 鞍部に向けて大きく下って行く。 | 正面の黒い高みが、やや厄介な通過点。雪を伝って左側に巻いて登る。 |
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| 左(南)から巻き上げている途中の絵。 | 岩壁峰の上に立ち、大水上山を見る。 | 大水上山に向けて、最後の登り。 | アイゼンの爪を蹴り込みながら、雪庇下の急登を登る。 |
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| K大水上山到着。正面は兎岳。 | K伝って来た尾根筋を見下ろす。 | 大水上山から兎岳への急下降。 | 下降途中から見る、伝って来た稜線。 |
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| L兎岳。しっかりと荒沢岳を示す道標がある。 | L兎岳から見る中ノ岳。 | L兎岳から見る荒沢山側。大きな長い(深い)亀裂が見える。 | 巻倉山に向けて下降開始。 |
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| 途中から巻倉山(中央の雪の無いピーク)。 | M巻倉山山頂。標識がどこかおかしい。 | M標識が風でひっくり返っていた様子。 | M巻倉山山頂でテン泊。 |
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| M兎岳側を振り返る。 | M3日目。巻倉山から見る源蔵山側の来光。 | M巻倉山から荒沢岳。 | 源蔵山への広い尾根。 |
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| N源蔵山から荒沢岳。 | N源蔵山から兎岳側。 | N源蔵山から平ヶ岳側。 | 源蔵山から灰ノ又山への尾根。 |
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| 灰ノ又山直下。積雪量は2.5m〜3mほど。 | O灰ノ又山山頂。 | O灰ノ又山から荒沢岳。 | O灰ノ又山から上カブレ沢を見下ろす。 |
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| 灰ノ又山北側の広い尾根から見る荒沢岳。 | 灰ノ又山を振り返る。 | 灰吹山へ向けて・・・。 | P灰吹山山頂部。 |
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| P灰吹山から荒沢岳側。 | もうすぐ荒沢岳。 | 直下。標識も見える。 | Q荒沢岳。 |
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| Q三角点は角が割られ、ほとんど等級が読み取れない。 | Q荒沢岳から花降岳側。 | Q荒沢岳から銀山平側。 | Q荒沢岳から平ヶ岳側。 |
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| Q荒沢岳から中ノ岳側。 | Q裏荒沢を見下ろす。 | 花降岳へ下降開始。しばし後ろ向きで下る。 | リッジ状の尾根筋。雪が腐り伝い難い。 |
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| 途中で振り返る。右側の高みはトラバースしない方がいい。頂部を通った方が安全。 | もうすぐ花降岳。雪の状態はどんどん悪くなる。 | R花降岳から本城山側。 | R花降岳から荒沢岳側。 |
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| R花降岳北尾根を下降する。 | 下降途中から大磧沢を見下ろす。 | S北尾根上から大磧沢に向けて急斜面(谷)を下りだす。 | 谷の様子。 |
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| 下ってきた谷を見上げる。かなりの急勾配。 | もうすぐ大磧沢に入る場面で、流れが出ていた。岩場はそこそこ歩きやすい。 | 21 流れの場所を見上げる。 | 21 大磧沢の様子。 |
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| 大磧沢から稜線を見上げる。 | 大雪渓にはデブリも多い。 | 大磧沢を下り、再度稜線を・・・。 | 途中で沢が絞られ、左岸側の狭い場所を通過して行く。 |
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| 2回目に沢が絞られ、下流側の出口。下から雪渓に入る場合は、ここを入る。 | 広い地形になり、もうすぐ西本城沢との出合。 | 22 西本城沢との出合にある雪見橋。 | 22 雪見橋付近から見る稜線。 |
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| 荒沢橋通過。 | 23 キャンプ場内のフキノトウ。 | 23 堰堤脇を通過して行くが、押出しの雪で、ほとんど斜行状態。 | 吊橋サイドまで除雪がされていた。 |
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| 24 かもしかの湯前のゲート。 | 25 周回完了。 |
トカラの島旅、そして山旅に行く予定であったが、突発的な用事が発生し中止となった。よってゴールデンウイークの予定が振り出しに戻ったのだった。少々の落胆はあったが、心機一転、すぐに行き先は見つかった。予てから行きたかった平ヶ岳から大水上山までの稜線。さらに荒沢岳から東に続く稜線。この二つを抱き合わせにして楽しむ事にした。
大水上山から平ヶ岳間は、十字峡からもしくは尾瀬から入って縦走する形式が多い。ただこの場合、仲間との共同作業が必要で、下山口に車を用意しておくか、公共機関を利用するしかない。そんな中、マイカー登山で上手く結べないものかと思案していると、「銀山平」の存在が浮き上がってきた。少し破天荒な場所に思えるが、除雪を踏まえて、黄金週間にマイカーが一番山奥に入れる場所となる。ただし、荒沢岳へのルートはクサリが外されていて通過するには困難を極める。ザイルがあっても冬季に単独では厳しいだろう。ネックはここであった。幸い東ノ城からの尾根を見ると伝えそうな尾根に見え、現に伝っている人も居るようだ。しかし、花降岳までに、なにやらゲジゲジマークが尾根に近接している。登りに使って梃子摺り、休み全体の計画を潰してしまうより、ここは下山に使い容易なルートを優先と、往路に中ノ岐林道を利用しようと考えた。
その中ノ岐林道は、言うなれば平ヶ岳へのチョンボコースである。地図に載らない非公式ルート(私の地図では登山禁止になっている)なのだから、そう言われてもしょうがないだろう。あまり書きたくはないが、「皇太子コース」とも言われている。今回は、そのコースをアプローチに使い、夏場なら車で通過する場所をしっかりと歩き上げる計画となる。銀山平から雨池橋まで13キロ。そこから始まる中ノ岐林道は12キロ。352号の除雪は始まっているようだが、スタートしてまだ間もない。途中で止まっているのは確かであり、ほとんど雪の上となるだろう。25キロの道程は地図を見ても遠いし、雪を思うとさらに遠く思えた。
あと、少し前にパノラマ写真家のF氏とやり取りがあった時に、連休に十字峡から入山し、尾瀬に抜けると連絡があった。エスケープルートが無い事を懸念していたので、もしもの場合に中ノ岐川側へ下り込めば、私のトレースが有る事になり、氏に対する安心材料になり、一挙両得的な思いもあった。上越国境上でのスライドを楽しみに、いざ山旅に出発。
1:40出発。関越道は流石にゴールデンウイークの流れ、大型トラックが迷惑そうにしながら走っている様子が伺える。少し眠気眼でボーっとしながら運転していたので、六日町で降りてしまった。なにか今回のコースを思うと、十字峡が頭にこびり付いていていたようだ。コンビニで食料を仕入れながら17号を北上してゆく。そして小出で352号に乗るが、意外や山手に向かう車が多い。そしてそのほとんどが、シルバーラインに入って行く。車体を見るとバンが多い。釣り師か、そんなことを思いながらテールランプを追って行くと、荒沢トンネルへと直進してゆく車も多い。“そうか、春スキーか”、この奥の奥只見丸山スキー場はまだやっているのであった。トンネルを出て銀山平に到着すると、まだ夜も開けきらぬうちから、釣り師が蠢いている。通行止めのチェーンゲート前では、順番待ちをしながら、順次軽トラに乗り込んで、進入禁止の先に入って行く。ここは全て利権が絡み合っているようだ。中ノ岐林道の通過もそうだし・・・。まあまあ、それでこの地が潤えば言う事はないのだが・・・。上段の駐車スペースは煩くて居心地が悪く。下段のスペースに下りて静かに停まる(4:00)。今日から3日間の山旅の予定。全く急ぐことは無く。いつものようなガツガツとした歩き出しは無い。後に行き、しばし仮眠となる。
微かな雨粒の音で目を覚ます。“おやっ、晴れなのでは”と思ったのだが、確か上越地方に降水確率が高く予報されていた。まあ降っても然りか・・・。パンパンになったザックに、コンビニで仕入れた食料を、半ば潰しながら押し込む。珍しくご褒美用に、500の麦ジュースも押し込む。ずっしりと肩に食い込むザックに、この先の距離を思うと萎えそうになる。それでも逃げるのは大嫌い。果敢に突っ込んでゆく。駐車場は先ほどまでの賑わいは無くなり、釣り師の行動は、朝が早い事が判った。場所取りと魚の行動の両面からなのだろう。山屋の端くれの私も、うかうかとしていられなく思え、行動開始となる。5:19ゲートを跨いでスタートとなる。
小雨だが、依然と降り続いていた。まだ舗装路を濡らすほどではないが、気にならずに居られるほどでなく、雨傘を置いて来た事を後悔する。そしてチェーンゲートから10分ほど歩いた場所に、入って行ったほとんどの軽トラが停まっていた。その下からエンジン音が聞こえ、湖面を滑ってゆく船も見える。“なんだここまでしか入らないのか”と、この距離なら許せてしまう。もっと奥の方に入って行くのだったら、悔しい思いも出てきたのだが・・・。軽トラの荷台には船外機も乗っていた。それらを横目に車道を詰めて行く。左に日向倉山がこちらを見下ろしている。ここも何れ登らねばならない。今の時期なら綺麗な尾根筋が南西側に降りている。その上層はどんよりとした雨空。回復してくるとは思うが、もしもこのままだったら・・・。南を見上げると、荒沢岳側はガスに包まれており、それらは出発したばかりの私を暗い気持ちにさせていった。
問題は、この先の除雪終了点。今は楽だが、間違いなくその時が来る。覚悟しながら歩いていると、意外や早くにその時が来た。目の前に堆く雪が盛られ、その先が見えない。一見、山側からの押し出しのようだが、その手前の除雪を見ると、作為的に積んだようだ。乗り越えると、その先は除雪してあり、侵入車(たぶん地元向け)に対しての車止めを造ってあったのだった。奥に勝手に入らないよう、手前側でブロックしているわけであった。そのまま暫くは地形に沿いながらクネクネと進んで行く。下を見下ろすと、こちらを見上げてなんだか言っている方も見られる。100パーセント、「あんな所を歩いているよ」だろう。
覚悟をしたものの、あれよあれよで除雪された道を伝って行けていた。グミ沢トンネルに入ると、ここはこの街道の標識の置き場となっており、色んな標識が綺麗に仕分けされて置かれていた。何百本あるのか判らぬが、これを元の位置に設置するのも大変な作業である。それが毎年、取り外しと設置を繰り返すのだから、頭が下がる。真っ暗いトンネル内には、ナンバーの無いバスと乗用車が4台置かれていた。懐中電灯を出してコトコトと足音を響かせながら進んで行く。獣でも突進して来ようものなら、何も見えないような暗さで完敗になる場所であった。そしてトンネルを出て、暗さから解放されホッとしていると、最初のカーブの先にユンボとブルドーザーの黄色が見えた。とうとう現れた。それでも、ここまで除雪してもらってありがたかった。だいぶ時間的に違っただろう。雨脚が強くなり、ユンボの腕を屋根代わりにして雨具を着込む。ザックに縛ったピッケルが、すぐにでもザックカバーを突き抜けようとしていた。
ほとんど斜行と言っていいか、山側からの押し出しに、靴の右側のエッジを食い込ませて進んで行く。少し平坦な場所が出てくると、ホッとするのだが、気を休める場所は短い。大きな崩落地もあり、乗り越えたり、迷路のように間をすり抜けたりしながら進んで行く。南を見上げると東ノ城があり、何度も山手側を見上げては、降りられそうな場所を探った。尾根形状もそうなのだが、一番は林道際にコンクリートの吹き付けが無い事。山とは反対側に、湖の船を見ていると、中ノ岐川の方へ入って行く方が多い。川から流れ出る餌がいいのか、釣果の上がるポイントが奥の方にあるようだ。その半島のように突き出た場所から、雨池橋までが長かった。どれだけデブリを乗り越えたか。雨であるがやや気温も高く、雪が腐ってきている。登山靴が微妙にグリップしないのも、疲れを増す原因にもなっていた。
雨池橋の赤い欄干が遠くに見えるようになった。国道が九十九折をしながら高度を上げてゆくのも見えてきた。なにか声がするので、目を凝らすと、湖面を挟んでの対岸で、雪遊びをしている風景があった。船で来て、こんなところで雪遊びとは・・・。斜面を登っては滑り、なんとも個性的な遊びである。第一、個人的な船がこの湖に置いて(浮かべて)あるところが凄い。向こうもこちらに気づいたようで、ストックを振り上げると、「あの人、手を上げたわよ」と言っていた。目の悪い私には、その声でそこに女性が居る事を知った。どんどん詰めて行くと、湖面に3艘の舟が見えた。皆、流されないように対岸の木同士をロープで結んで、そこに舟を固定している。どうやらここが穴場のようだ。見ていても釣れている様子はないが、何度も竿を振っていたので、ルアーフィッシングのようであった。
銀山平から4時間ちょっと、やっと雨池橋に到着。長かったと振り返りたいところだが、でもまだこの先が本番のようなもの。ここで気を抜くわけにいかないのが悲しい部分。今までよりも、もっと厳しい場面が出てくるだろう。少し遅い朝食としてアンパンを齧る。おかげさまで雨は上がってくれていた。分岐する中ノ岐林道を見ると、二人分のトレースがある。つま先は北側を向いているので、降りて来たようだ。しかし、これまでの国道の雪の上には、それらは続いていなかった。となると、この場所からは舟で湖面を進んだようであり、それが出来るのは地元の人。したがって釣師の方のトレースに思えた。最初は、魚釣りと一緒に山菜でも採ったのかと、そのトレースを追って行くが、かなり厳しい押し出し箇所も強引に通過してきている。なんだかよく判らなくなった。ただトレースから推測できるのは、山慣れしている事。トレースは長靴のパターンなのだった。
二岐沢の出合を過ぎ、僅かに進むと、左側にモスグリーンの新しい小屋が見えてきた。地形図に記された場所で、近年建て替えられたようだ。周囲からは木の燃えた匂いがする。小屋前には湧き水が引かれ、赤いビールケースには、沢山の空きビール瓶が詰まっていた。おそらく前夜にここを利用した様子で、周辺の踏み跡、匂いの様子から、それが伺えた。かなり居心地の良さそうな小屋であり、危険を冒しても、無理をしてもここを訪れた意味が判った。火事対策にか、燃え残った灰は林道上に捲かれていた。この時点で、トレースはここで途絶えたと思われた。鍵がかけられ中は見えないが、風除室のような1畳ほどのスペースがあり、簡易的にも利用できるようだ。山奥で人気(ひとけ)に遇うと、少しホッとする。残り香とトレースに別れを告げ、林道上を歩き出す。すると、意外にもトレースはまだ先に続いていた。となると、この先考えられるのは、平ヶ岳から降りてきたハイカー。そしてそのハイカーは舟で戻れるノウハウのある人。そんなことが出来るなら、銀山平からの4時間ちょっとが、僅か20分ほどで来れてしまっただろう。今後の調査項目としたい。
小屋から600mほど進むと、左側に古びたコンクリートの橋があり、これが二岐川方面に進む林道のようであった。分岐点には直径200mmほどのコンクリートの柱が立ち。それと雪の隙間を見下ろすと、チェーンが見えていた。どうやらここにチェーンゲートが有るようであった。さあどんどんと押し出し量も多くなり、危険度も増してくる。沢の流れが林道を遮断している場所もあり、小谷に入り込んで、スノーブリッジを伝って高巻する場面もあった。灰の又橋を渡り、その橋脚に書かれている橋名を見て、地図と見合わせる。“まだこんな所か”、それが本音だった。土混じりの雪の押し出しと、強い日差しに、もうほとんどトレースは判らなくなっていた。ただ時折、腐れ雪を踏み抜いた痕があり、それにより通過している様子が伺えた。箱ジョウ沢付近は、中ノ岐沢が雪に埋まり、ここぞとばかりに右岸側に移って、再び左岸に戻る。こんな時でもなければ、中ノ岐川の右岸に行くことなど、まず無いであろう。しかし左岸に戻る場所に、大きなクラックがあり、見下ろすと5m以上の深い溝。幅が1mほどあり、助走をつけて命がけの幅跳びとなった。遊びもほどほどにしないと・・・。
西ノ沢橋の手前で、小沢の中に沢山のカジカガエルが居た。普通は「声はすれども姿は見えず」がこのカエルの常だが、見えているだけで10匹以上居り、冷たい雪融け水の中を四足を広げて泳いでいた。こちらに気づいた様子で、そそくさと逃げ惑う様子があった。これだけ臆病なら、沢では見ないはずである。西ノ沢橋は低い欄干でやや怖い。この先で、湧き水がほとんど無いような感じであった。これまでどこからでも流れが出ていたので、楽に汲めるだろうなどと思っていたが、沢が見えなくなるとプレッシャーがかかる。実はまだ水を汲んでいない。中ノ岐川まで降りればいいのだが、やや高低差があるのだった。西ノ沢橋から先は、幾分平坦な道が続き、歩きやすくなる。とは言え、既に日が高くなり、十分に雪が太陽光線を受けている。つぼ足の深さは、20センチほどになっていた。すると右側の尾根に二人分の深いトレースが見えた。これでまた私の頭は乱れた。なぜにここに・・・藤原岳から尾根伝いに降りて来たという事か・・・。まあ明日、稜線に行ってみれば判る事。しっかりとソールパターンを脳裏に刻み込んだ。
さあこの先は、トレースは無い事になる。この辺りになるとほとんど牛歩状態。予定では平ヶ岳まで上がって上層で幕営などと企てていたが、そんな甘いもんではなかった。この腐れ雪のまま上を目指せば、林道終点からでも4時間以上かかると思われた。身の丈にあった計画をせねばならない。藤原橋も欄干の低い橋で、雪への抵抗を軽減させた構造のようであった。水のトラブルになる前に沢に降りて汲もうかと思ったが、“たぶん、この先に”なんて思って進むと、ちょうど汲みやすいようにU字構が埋め込まれた水路が横切っており、それでプラパティスを満たす。周囲には雪があるので持つのは1リッターで十分。冷たい水を口に含ませると、生き返るようでもあった。既に向かう正面に平ヶ岳らしい高みが見えている。近そうに見えるが、こんな場所ほど遠いもの。林道終点付近での幕営は既に私の中での決定事項となっていた。
熊沢橋は崩落しており、迂回路となっているようであった。おそらく地形図もそう修正されているようだった。次に山毛欅沢橋を渡ると、その先の橋影は無くなり、林道の道形も何処に続くか判らなくなった。おおよそ見当をつけて進んで行くと、起伏のある場所のちょっとした場所にステンレスで出来た遭難碑があった。おおよそルートを外していないようだ。大きな熊の足跡もあり、剱ガ倉山からの谷を降りて来て、池ノ沢側へ進んで行っていた。流石につぼ足も厳しくなり、股関節が悲鳴を上げていた。そろそろザックを降ろしたい。少し風があるので、窪地を探しながら、テン場適地を探る。明日の取付きの尾根も考慮し、太陽のなるべく長く当る場所も考える。さりとて周囲にはデブリも多い。雪崩れる危険性のある場所も避けねばならなく、複合的に最良の場所を求め彷徨っていた。見上げると険しい剱ガ倉山の岩肌、その左に白く美しい平ヶ岳が見える。“明日は平ヶ岳沢を上ってやろうか”などとも思ったが、見える斜面はけっこうに急。この気温ではかなりギャンブルでもあった。
適当な平坦地を見つけ、ザックを降ろす。そして何より先にビールを雪の中に突っ込む。次にテント設営。雨は無いだろうからフライは要らないかとも思ったが、防寒の為に上に被せた。ペグは周囲から枯れ枝を集めてきて代用。中に入ると、夕日に照らされ、ほんわかと暖かい。さてビールをと探すも、テントを設営していた途中に判らなくなり、それこそ必死で探す。このおかげで、探し出した後のビールは最高に美味かった。自然がよく冷えるまで引っ張ってくれたようだった。
夜は寒くて頻繁に目を覚ます。エアーマットを通しても、雪の冷たさが伝わってきていた。何度もストーブを焚いて、暖を得る。そんな事をしていると、獣の足音も忍び寄る。馬鹿みたいに「山」と叫ぶのだが、「川」と返ってこなかったので、人間ではないようであった。それより怖かったのが、雪崩の音、本当に息を潜めて耳に集中した。こんなに集中したのは英検のヒヤリングテスト以来であった。“来るな、静まれ”と祈りつつ、音の静まるのを待っていた。2時頃、コーヒーとパンで超早い朝食。腹を満たす事で、寒さに勝る睡魔を呼び込む作戦であった。湯も温めテルモスに入れ寝袋に突っ込む。これにより1時間ほど熟睡が出来た。
5時少し前、夜が開ける。通気口から覗くと、きれいな平ヶ岳が見えている。今日もいい天気だ。さあ行動開始。テントからポールを抜いていると、その一本が斜面をヘビのように駆けだして行った。思わず猛ダッシュ、ラグビーのタックル張りに体を入れて捕まえる。朝から忙しい。でもなぜか捕まえて満足。まだまだ瞬発力も落ちていない。見上げると剱ガ倉山の稜線はモルゲンロートとなり、オレンジ色に輝きだした。とても美しい絵であり、この時期にここに入る人は稀だろうから、貴重な絵が撮れた事になった。パッキングを済ませ、12本爪を装着。判断は正しく、雪面はガチガチに凍っていた。これなら平ヶ岳まで3時間ほどで行けるだろう。昨日のつぼ足とは打って変わっての快適さであった。昨日、腐れ雪の中に登っていたら、根性も途中で腐っていたかもしれない。しかし最初の急登は応え、昨日のビールが汗になって吹き出してきていた。九十九を切りながら高度を上げてゆく。登山ルートを知らないので、何処に有るのかも判らない。周囲を見てもそれらしい人工物は見当たらなかった。
1900m付近で、池ノ沢左岸から続いてきている尾根に乗り上げる。東からの日差しが雪面に当り、既に緩い雪となっていた。連日の好天のせいもあるだろうか。そしてここからの樹林帯の中を抜けてゆくと、玉子石のある大地に乗る。目の前には平ヶ岳の平らな山頂部があり、その広大さが美しい。前回の登頂時には玉子石を見るのを端折ってしまっており、今回是非見たいと思っていたが、残念ながらその場所には姿無し。全て雪に覆われ埋まっているのであった。また来よう。いい口実が出来た訳である。地形に沿うように池ノ岳側に進んでから、南に進路を変える。当然の事ながらこちらにトレースなどは無し。この時期の入山者は尾瀬からが100パーセントだろうから、平ヶ岳に行って初めて見る事になる。平ヶ岳の北側は、吹き溜まりが多く、深いつぼ足を残しながら進んで行く。西風を右頬に受けながらゆっくりと上がって行く。
平ヶ岳到着。標柱は雪の中のようだ。燧ケ岳が雪を落とした黒い姿で見えている。平ヶ岳に着いて初めて、今回のレースのパドックに辿り着いた感じでもあり、ここまでのアプローチは極めて長かった。でも到着した感慨は深い。予想道理トレースは複数人分確認できる。スキートレースもあったが、大水上山側へは進んでいなかった。積雪観測計が冬季の山頂標識のようになり、そこに皆集ったような足跡になっていた。その中に、本日の物らしいトレースがある。一人はアイゼンなのだが、もう一人は地下足袋のような指割れたトレース。足の裏にはスパイクが着いている。すぐに“冷たくないのか”と思ってしまった。少し嬉しいのは、大水上山へ向かったトレースがあると言う事。好天で雪が緩いので、トレースの有る無しは、とても重要なのだった。360度の大展望。東西南北を写真に納め、西進が始まる。
二人分のトレースはいつしか地下足袋のトレースしか見えなくなった。何処に行ったのか、気づいたときには一人分となっていた。こんもりとした西側の峰に上がると、先を行く方が、剱ガ倉山の最後の斜面を駆け上がっている所であった。その速さたるや、あの場所であの足の回転と、驚くようなスピードで登頂していた。流石、地下足袋の主と思えた。最低鞍部まで雪に繋がって下りると、その先は雪が割れている所が多く、岩部の通過も多い。バラエティーに富んだコースと言えようか。喘ぎながら登っていると、事もあろうに先の御仁は、剱ガ倉山からこちらに降りてきた。どうやら縦走でなくピストンだったようだ。残念だが、この先のトレースの期待は出来なくなった。途中で中ノ岐川方面を見下ろすと、昨晩泊まったテン場が見える。けっこうな高度差が有り、箱庭のように見えていた。先を行く御仁は、雪を読みながら雪庇を回避しつつ、硬い雪を選んでいる。そしてその御仁とすれ違う。トレースの礼を言うと、「いやいや」と気さくに話しかけてくれた。アマニ油の滲み込んだ古いピッケル。封筒型のこれまた古いキスリング。足には独特の長靴を履き、上着はカッターシャツのようで、極めて軽装。かなりの経験豊かな猛者ハイカー。見れば判る。「重い荷物で、この雪では大変ですね」と言われ、今度は私が「いやいや」と・・・。そして衝撃の事実。もう一人は、沖ノ追落の尾根を下って行ったとの事。間違いなく水長沢山までのピストンのはず。もうちょっとの差で、もう一人の猛者ハイカーと行き会えたのに・・・と、それを聞いて残念に思った。「ところでどちらから」と聞かれ、「銀山平から皇太子です」と言うと、「若いからいいねぇ」と、おそらくこの御仁も若い時はもっと歩いたのだろう。短い言葉の中にそれが伺えた。お互いの健闘を祈って背を向ける。
剱ガ倉山に登り上げると、思っていた山頂とは違い、南北に長い薄っぺらい山頂になっていた。山名からは円錐形の剣の先のような場所を連想していたのだった。北側の朽ちた木に、立派な標識がかかっていた。ちと残念なのは「ガ」が「ヶ」と表記してあった。この「ガ」の使い方の面白いのがこの尾根筋であり、この先の滝が倉山はひらがな表記であり、独特の拘りを感じる場所なのであった。ここからの下り込みは、雪の乗ったのっぺりとした快適斜面。大きなストライドで高度を下げてゆく。1793高点のある鞍部付近まではほぼ快適で、その先から幾分、雪が割れ出してきている。雪庇の落ちている場所も多く、雪の無い尾根筋には、踏み跡も確認出来ていた。少しブッシュ帯を通過が多くなり、ここを思うと、入山はもう少し早い方が適期と思えるのであった。雪が落ちているからと言って、歩き難いとかは無く、別段危険度も無く進んで行ける。
滝が倉山到着。先ほどの剱ガ倉山に比べると、通過点のような場所。それには標識も何も無い事に起因しているかも。北には金山沢に落ち込む顕著な尾根がある。先ほど居た剱ガ倉山は、既に見上げるような高い位置になっていた。向かう先には、雪庇群。その先に雪の落ちた岩峰が見える。方向を変える屈曲点の場所だろう。まだまだ大水上山は遥か遠い。「焦らず、弛まず、怠らず」なんだか判らない言葉が頭に浮かぶ。滝が倉山から下って行くと、ブッシュの中、5mほど先から、カモシカが現れた。相手も驚いたようだが、こちらも驚いた。毛色で安心したが、もっと黒かったら対応に困った距離感であった。まん丸の体躯が雪の上をスイスイと駆け降りて行く。その急斜面を降りて行く様に、すばらしいバランス感覚と感心したり・・・。カモシカの居たブッシュ付近には、やはり薄っすらと獣の匂いが残っていた。途中から尾根西側を進み、屈曲点手前のブッシュ峰に乗り上げると、目の前に岩峰が見える。少しアイゼンには可哀相だが、岩場を伝わねばならないようだ。雪庇に注意しながら雪に伝わって基部まで進み、優しい岩場の登り。そして屈曲点の上に立つ。金山沢側にコップ状の岩壁があり、そのコップの縁に残るビールの泡のように、雪庇が落ちずに残っている。その先のにせ藤原山への尾根も、あまり雪の状態が良くない。どうやらここからが試練かと腹を括る。
金山沢側に注意しつつ西側を伝いながら高度を下げてゆく。雪が有ってもクラックの多い雪、それも崩落混じりとなると、なかなか足を乗せられず、自ずとブッシュ帯の通過が多くなる。ただし、かき分け進むような場所は無く、常に有視界が保たれているのはありがたい。それでもにせ藤原山南面は、シャクナゲガ多く、粘り強い枝を蔓延らせていた。よく見ると、そんな中にも薄い踏み跡が続いているのだった。通過者の多さがこれらから判る。やはりここは山屋として歩きたい尾根であるから・・・。
にせ藤原山到着。2枚の標識が三角点に縛られていた。それと「すかいさん」の標識が脇に打ち付けられていたようだが、残念ながら地中部分が浅い為か現在は倒れていた。三角点の角が割られ、標識が縛られ、なにか痛そうに見えてしまった。展望を楽しみながら休憩していると、なにやら北側から声が上がってきた。見下ろすと、足許をフリートレックで揃えた3人のパーティーであった。いつまで経ってもF氏の姿が無い。そろそろすれ違っていないとおかしな時間帯に入ってきている。「東京からの若者は小屋に居ませんでしたか」と聞くと、「いや、我々だけでした」と返答が・・・。どうやらF氏になにか有ったようで入山していないようだ。少し気がかりだが、お互い単独行であり、自己責任に関しては一番本人が判っている部分。サッと頭を切り替えた。「大水上まで、どのくらいでしょうかね」と問うと、「丹後の小屋から、ここまで5時間でした」と言う。スキーだから下りは滑り降りているはず、それでも5時間とは、そんなもんかと思ったり、やはりつぼ足の方が適当に思ったり・・・。集合写真のカメラマンを務め、にせ藤原山を後にする。
スキートレールがあるからと、気を良くして足を乗せてゆくと、踏み抜く場所が多い。短いとは言え、フリートレックの浮力を感じる。それも皆持っていたのは、私と同じ初期型の物。見ていて嬉しくなったのだった。大きく下り込むと、スキートレールでなくつぼ足で進んでいる場所も多い。5時間が頷けた。スキーでは辛い通過点が多いのだった。登り返しからの雪庇はかなりギャンブルで、クラックが多く、数度踏み抜いてバランスを崩す。この踏み抜きが非常に体力を使う。落ちるたびに慎重になるのだが、その緊張感を忘れる頃に、また落ちている様であった。明日に目指す荒沢岳の稜線も良く見えるようになってきた。細かい鋸の歯のように連なって東ノ城まで続いている。それを見るとかなり不安は大きくなる。一つの作戦として、越後駒側へ抜けてしまう方法だが、それでは荒沢岳が踏めない。だめもとでも行ってみるのが私であり、決意は揺ぎ無かった。
藤原山は、南東側の肩に乗ってしまうとなだらかに雪面に伝って行け、こんもりとした山頂に辿り着く。ここにもKWVと「すかいさん」の標識が結ばれていた。どうやら、すかいさんは十字峡側から入山したようであり、標識が北西側を向けて取り付けられていた。周囲展望は相変わらず良い。写真の枚数を気にせず撮れるデジカメが、本当にありがたいと思えるのであった。私の場合は「下手な鉄砲」であるから・・・。さてここに、中ノ岐林道に有った二人分のソールパターンは見られない。完全にナゾに包まれた格好になった。藤原山から西に下って行くと、ダラッとした水平の尾根上に、6名の男女のパーティーが休憩していた。地図にコンパスを当てて、山座同定をしつつ、コースを見定めているようであった。6名の猛者にニンマリ。この先はしっかりとしたトレースが確約できたも同然だった。腐れ雪に悩みだした頃であり、ありがたい出会いともなる。オキノ巻倉沢の源頭となる高みから、進路を北に変えて大きく下って行く。先ほどのパーティーが踏み抜いた痕が沢山残り、それらを見ながら雪の硬さを判断しつつ進むことができた。
1550mの最低鞍部から、大水上山への最後の登りとなる。だんだんと高度を上げてきているので、雪が繋がりだすと思ったら、1610高点の先は、ブッシュの通過が長くなる。それでも先ほどの6名の通過は心強く、進むべきルートが生々しく見え隠れしていた。そして問題の1690m峰。ここは岩壁が有り尾根上が通過しずらいようで、パーティーは南を大きく捲いて通過してきていた。スキーパーティーは直線的に繋げている様だった。6名の踏み跡に伝って行き、少々難儀しながらブッシュを漕いで駆け上がると、その南側の尾根斜面に踏み跡があるのだった。どうやらそれに伝ったようであった。岩壁の上に立ち、大水上山を望む。そこからゆっくりと目を兎岳の方へずらすと、単独行者がゆっくりと南進してきていた。こちらも向こうが丸見えだが、向こうからもこちらは丸見えだろう。山頂到着レースは既に向こう側に軍配が上がっているようなものだが、共に同じピークを目指すとなると、微妙に意地になり頑張ったりするのだった。かなり単純に出来ている。それでも最後の斜面はかなりの急登。アイゼンの前歯を引っ掛けながら踵を空に浮かせながら登って行く。長かった平ヶ岳からのこの尾根も最後の最後。楽しんできた余韻を引きずるように、一歩一歩をしっかりと這い上がって行った。
大水上山山頂。先ほどの人は、丹後山側へ70mほど進んだ位置に居た。小屋泊まりだろう。丹後山側に背を向けて兎岳へと下って行く。先ほどの人が、苦労して九十九折を切りながら登ってきた跡が残る。そこを串刺すように直下行。シリセードでもしたいような斜面であったが、乗ったスピードを止められる自身はなく、アイゼンをグリップさせながら鞍部まで下る。そして次は登り上げ。ここがけっこうに長かった。筋力の衰えた足を騙し騙し上げてゆく。でも不思議と辛くない。やはり歩いていて楽しいと思えるからなのだろう。
兎岳到着。山頂にある「荒沢岳」の指示標識に、とうとうここまで来て、そしてこの先から真剣勝負が始まることを感じる。今までも十分真剣なのだが、荒沢岳の東側は、一歩の重要度がかなり違うと踏んでいた。兎岳からの東側斜面は、スキーにちょうどいいなだらか斜面。アイゼンの足でも少しグリセードするように、一歩を2.5m間隔でズリズリと大股で降りて行けた。困った事に、今日も靴の中は漏水してチャプチャプとしている。昨晩も乾かすのに躍起になっていたのだが、今日はさらに酷いのが判る。日があるうちに、幕営場所を探さねばと思って進んでいた。一つ言えるのは、雪がある場所より無い場所の方が暖かく快眠に繋がる。あと、北西からの風がやや強く、それを避けられる場所を探しながら適当な鞍部を探っていた。何度かアップダウンをしているうちに、この先にある巻倉山の山頂に雪が無い事が見えた。“そうか、日差しが強いから、より高い所は融けているのか”と思えた。
巻倉山へは、ほとんどほうほうの体で辿り着いた。変な標識が掛かっていると思ったら、風の影響か、ひっくり返しになっていた。兎岳や中ノ岳を見やると、疲れを吹き飛ばしてくれるような夕栄えする姿になっていた。伝って来た平ヶ岳からの稜線も赤く焼けだし、今日の終わりを告げていた。そして明日に踏む予定の荒沢岳は、何か手招きをしているようにも見える。危険地帯に誘われているのか・・・。やはり微妙に心が揺らぐ。山頂にテントを張るのは、昨年夏の悪沢岳以来、少し風当たりは強いが、土が出ているので、かなり周囲温度が暖かい。テントを設営し、少し下った先の雪を大量に持ってきて、水を作る。その雪をテルモスのカップに少量入れ、スコッチウヰスキーを流し込む。やばいほどに美味い。火照った体に、シャリシャリトしたウヰスキーを纏った氷が通過して行く。サーモンピラフを夕飯に、ウヰスキーは少量づつスキットルから消えてゆく。あまり飲むと、明日の喉の渇きに繋がる。程々にせねばならないところを、自分に優しくもういっぱい・・・。
さあここから靴の処理が始まる。新聞紙を適当に切って突っ込み、濡れたらテントの上部に干して乾燥させる。その為にストーブは点けっぱなしとなった(時折消すが)。何度も何度もその作業を続け、ほとんど寝ずの番のような感じであった。乾かない事には、気持ち悪くて靴が履けない。靴下の替えは日数分必ず持っているので、それはいいのだが、出来うる乾かす努力はしようと思った。靴全体が濡れてしまっているので、半ば諦めムードも漂ったが、登山と一緒、コツコツとした細かい努力が実を結ぶ。時間をかけて対応していると、だんだんと水分が飛んでゆく。それと共に、新聞紙がしわくちゃになって行くのだが、しわしわになった方が吸水性が良くなったりした。やりながら色々学べるのであった。最後は、ストーブに靴をかざして温めるようなこともやり、翌朝、4時頃までこの作業は続いた。途中に寝たのは1時間ほど。でも山でするこんな努力、僅かな困難に対応しつつ、工夫しながら生きている強さを自分に感じたり・・・。
二日目の朝もパンとコーヒー。少しコーヒーを多めに作り、水分を多量に摂取。ただでさえあまり飲まないので、少し多く飲むように心がけるようにした。飲まないと、血がドロドロになるとか・・・。通気窓から覗き見ると、平ヶ岳側が綺麗に見えていた。ラジオで天気予報を聞いてはいたが、こんなに好天に恵まれるとは・・・ありがたき幸せ。靴に足を入れるが、少々の浸透はあるが、嫌な感じはしないで履けるようになった。努力の成果。昨日の事もあるので、テントの解体時には、ポールに十分注意した。ここでのタックルは、ササの硬い枝が有り、勘弁願いたいのだった。だんだん食料が減り、パッキングしたザックも1割ほど軽くなったような気がした。
周囲の山々が薄ピンク色に焼けだす中、ゆっくりと源蔵山を目指して下って行く。しかし、朝一であるのに、踏み抜きが多い。緩斜面であるからか、この先の行動に不安が募る。広い尾根の南側には、岩魚止沢の広大なカールが広がっている。スキーで滑りたい心境になる。源蔵山の最後は、やや急峻で九十九を切りながら山頂に向かう。シラビソを縫うように進んで行くのだが、ここでも気を抜いていると踏み抜きが多い。そしてこの斜面にもクラックが沢山あり、気を抜けない斜面だった。
源蔵山。周囲の山々の赤さがとれ、本来の素のままの白さが見えてくる。先ほどまで居た巻倉山は、尾根上の通過点のようにしか見えない。灰ノ又山への尾根は、昨日の雪解けが凍り、朝日に反射して輝いて見える。その輝きは、通常は硬い雪を連想するのだが、この時ばかりは、消える前のろうそく、腐りだす前の雪の状態に思えた。伝って行くと思った通り、これでもかとガクンガクント踏み抜く。腰が悪い私には、その衝撃が怖くてたまらなかった。なるべく黒い雪を選びながら、硬そうな所を進んで行く。天気が良すぎるのも辛い。残雪期は、照り返しの日差しもそうだが、少し曇っていてくれた方がいい。灰ノ又山への最後の登りで、大きく雪が割れている。その断面から察するに、山頂には2.5m〜3mほど雪が乗っているように見えた。
灰ノ又山は二つの高みがあり、源蔵山側に鋭い雪稜の雪稜のピークがあり、灰吹山側にもっさりとした丸っこいピークがある。ここまで来ると荒沢岳ももう近い。広い斜面を下り込む。ここと昨日の兎岳の斜面は、ガス発生時には怖い場所に思えた。今日は有視界で安全に通過して行く。灰吹山の最後の急登は、最初に樹林帯に入り、途中から東側に出て、雪庇の上を伝ってゆく。登り上げた先の、ダラットしたピークが山頂のようであった。もうここまで来ると、眼中には荒沢岳しか入ってこない。それでも巻倉山から、これだけ順調に来られるとは思っていなかった。この調子ならスタートから3時間ほどで登頂出来そうである。少し、自分に気合を入れるために、登頂目標時間を8:30に定め、突き進んでゆく。うねる雪庇の上を、アップダウンをしながら伝って行く。1910m峰までが長く、そこからはもうひと頑張り、頑張りと言っても自然が作った罠が沢山仕掛けられていた。踏み抜き回数がかなり多くなる。登山道も見え隠れしているのだが、腐りだしている雪は、予測不能のロシアンルーレットとなっていた。緩い雪に足を取られ、南側斜面に滑り出し、慌ててピッケルで制動して止めた場面もあった。山頂の標柱が近づいてくる。遠くに見ていたこの頂も、数分後には足に下に・・・。
荒沢岳到着。銀山平からの夏道がまだ途絶えている最中、冬季登頂者は限られた数だろう。冬季に登られた方の中では、私が一番能天気かもしれない。眼下に銀山平が見え、その東側に黒く水を湛えた只見湖が見える。花降岳側を見ると、雪が割れている場所がかなり目立つ。ここでストックからピッケルにスイッチする。地形図から見るに、この先のどのピークからも尾根筋を下るのは難しい。唯一東ノ城からは伝えるが、それ以外は危険が伴う。見るからに危なそうな岩場が、尾根途中に控えているのが目視できる。とは言え、この場所から降りるには高度を下げるしかなく、どこかで割り切って進路を選択せねばならなかった。
さあ下山開始。急斜面を最初は後ろ向きになって下って行く。それにしてもズボズボであった。これじゃーいつになったら花降岳に到達できるか判らなくなってきた。鎖場のクサリは、北側に流れていて、全く触れることはなかった。夏道の下降点まで、もう一度後ろ向きで通過する場面があった。かなり真剣勝負。ピッケルを差し込む腕にも気合が入る。夏道の下降点に到達し、山頂からここまでの短い距離でさえ、そこにあった腐れ雪に飽き飽きしてしまい、ここから下ってしまう事も考えた。しかし前ーの下にある鎖場がネックなので、そこに行く前でにゲジゲジマークのない場所を伝って西本城沢に降りようかとも思った。しかししかし、肉眼で見える沢への斜面には、雪の無い場所が多い。要するに雪崩の巣と言う事になる。これでは多大なリスクを抱えて下ることになる。ここが降りられないなら安全な進路は花降岳側のみ。往路を兎岳まで戻る方法もあるが、それはもう究極の場合。出来る限りここからは高度を下げる方向で進んでゆきたい。
経路にある1892高点はやや北側をトラバースするように通過、問題はその先の1898高点であった。進路方角的に、南斜面をトラバースした方が楽であり、速いと判断した。そして実行。しかし、かなり危険なトラバース。斜面はクラックだらけ。目に見えるもの、見えないものが無数に待ち構えていた。ここの通過は色気を出さず、頂点を結んで進んだ方が速いし安全であった。このトラバースでも5度ほど踏み抜き、場所によっては足が流れ、ピッケルに助けられた場面もあった。僅かな40mほどの距離に、僅か10分ほどが1時間ほどに思えるほどに労力を使ってしまった。この先はナイフリッジの稜線。バランスを保ちながら臨機応変に南北斜面を選び、時に刃先を踏みながら通過して行った。風がややあり、それによりちょっと振られる場面も数度。そして最後の登り斜面は、シラビソの林立する場所で、またまた雪穴が待ち構えていた。もうこれほどに自然に弄ばれると、遊びが辛いものに変わりそうで、そろそろ判断せねばならなくなってきた。
花降岳到着。なんと綺麗な山名の場所だろうか。雪を花に見立てて名付けたのだろうか。途中に色々有ったが、ここを踏めた事はかなり嬉しい。本城山側を見ると、途中にある岩峰の1770m峰が危険な匂いがしている。この先はザイル無しでは厳しいか・・・。それより、見える尾根筋の雪はこれまでに伝って来た尾根雪とほぼ同じような皺の入りようであった。おそらく、どんどんと踏み抜き回数は増してゆくだろう。安全に降りる方法が東進しかなく、それ以外の選択肢がないのなら行くのだが、ここから北に派生する尾根は、その上にある1500m高点以外は容易な傾斜に見えた。その肉眼で見える1500高点は、空に突き上がり厳しい場所に見えているが、そこに行く手前の鞍部から西に下れば、大磧沢に入って行けると地形図を読み取った。大きなストライドで、北尾根斜面を降りて行く。大きな熊の足跡が有るが、3日以内のものだろう。鹿も含め、獣の足跡が非常に多い。それほどに人間が訪れないと言う事だろう。右側には東本城沢も見える。デブリの多さでは、大磧沢を上回る。左右に見比べるように様子を探る。当然、耳はこれ以上になく集中している。何処かで起こるであろう崩落を聞き取る為である。雪崩の巣になっている場所には、それなりの地形が要因になっているはずであり、安全下山の為に、全てのアンテナを利用する。と言っても、こんな場所を降りている自体で、「それどうなの」と思われる方はいるだろう。
顕著な姿で、づっと目の前に1500m峰が立っている。通過を阻止しようとしているよう尾根上に起立しているかのようだった。しかし、そこへ行くまだ手前に、1670m付近に雪を被った大きな高みが出来ていた。地形図上では肩的部分となる。いざ乗り越えて行こうかと思ったところ、獣のほとんどが、そこを越えずに西側の谷の方を通過している。そのまま下に降りるでも無く、やや北にトラバースするように樹林帯の中にトレースは続いて行っていた。“野生動物が迂回するには訳があるのだろう”そんな事を見て取り、ちょっとここで地図を再確認。予定していた大磧沢への下降点は、1470m付近のコルだが、現在地の1670m付近から西を見ると、急峻だが、雪がべったりと着き、何とか行けそうである。しかし地形図から見るに、150mほど下った先は、完全にゲジゲジマーク地帯に入る。無積雪期なら、完全に選択肢に入らないが、残雪期なら通過できる可能性もある。“行ってみるか”心の中が叫んだ。そしてそれに呼応するように“おう”と力強くアイゼンが雪を蹴って下降が始まる。
斜度は最初こそ40度ほどあったが、次第に下を向いては降りられなくなり、ピッケルを刺し、蹴り込みながらバックで下る。有視界なので、一番安全そうなライン取りで下るも、それでもかなりピリピリとした緊張感が伴う。今回はアルミアイゼンの為、刃先長が短い。ちょっとそれが仇になって、グリップ感が鈍い。それらを見越して自然との闘いとなる。気を抜けばここで弄ばれ痛い目に・・・。200mほどの下降が終わると、完全にゲジゲジマークの谷に入り、南に進路を変える。下の方にはなだらか地形があり、早くそこまで行きたいが、その前に流れの音がしていた。もしや滝が・・・。有っても迂回すればいいだけなのだが、流れの音は、流石にドキッとさせる。そしてこのゲジゲジマークの谷は、雪崩の通過道で、雪がそのために硬く圧雪されていた。しかも勾配があるので、性質が悪い。アイゼンの刃の能力を最大限使って、細かく九十九を切ったり、時に後ろ向きになったりして、焦らないよう、そして一方では焦りながら降りて行く。周囲に目配せしながら、いつ何時、何があってもいいように、左右に飛び逃げる準備はしていた。ゲジゲジマーク帯に入り70mほど下降すると、そこで雪がパックリと割れ流れが出ていた。亀甲状のグリップの多い岩場で、流れで濡れていない場所を選びながら、ガリガリと軋む刃音を響かせて下る。そして下の雪渓に乗る岩場の最後で、大きなスリットが入っている。ここで1mほどの幅飛び。落ちればその隙間の中は5m以上あり、下が見えないほどであった。
さあ大磧沢の雪渓に乗ってしまえば一安心。少し緊張を解き放つ。急にモワッとした暑さが体を包む。今ほどまで緊張していた為に、そんな事さえも感じなかったようだ。上着を脱ぎ、Tシャツ姿で闊歩して行く。それでも、デブリの覆う谷であり、耳の方は相変わらず周囲の音を聞き分けるのに集中していた。降りてきた場所を見上げると、稜線がクッキリと青空に浮かび美しい。ここまで無事に降りられたので、一応ルート選択は正解だったと言えよう。大磧沢の大雪渓のど真ん中を伝ってゆく。雪渓の中では、ヤマドリが遊んでいたり、何処かに居るのだろうか、鹿の警戒音も響いていた。うぐいすもそれらに負けじと、綺麗な声を響かせている。春満喫と言った感じであった。今でこそデブリが覆う場所だが、タイミングよく入山すれば、ここはスキーに面白いだろう。
1150m付近で、一度沢が絞られ、左岸側の狭い岩壁の間を通過して行くと、その先で再び広くなる。そして1050m付近で、再び絞られ、幅25mほどの狭い谷の中を、まるで迷路の中を縫って行くかのように進む。ここはスノーシュートレッキングなどには面白いだろう。ただ、獣でも出くわしたら、御互いに逃げ場所はない。クネクネと地形を楽しむように降りて行く。降りて行くといいながら、雪の吹き溜まりによる登り上げも3度ほどあった。そして狭い谷から飛び出すと、ブナが林立する広い地形が待っていた。流れの音も足の下から聞こえ、時折それらが口を開けた雪から見え隠れしている。地形に沿って進んで行くと、左側から沢が合流した。この沢は間違いなく西本城沢であろう。その出合いの場所には、雪見橋と言う綺麗な響きの橋が架けられていた。これでどうやら林道に乗ったようだ。ただし、林道の存在はほとんど判らないほどに雪があり、歩いているのは左下がりの斜面。そして次に荒沢橋が現れる。周辺では綺麗な、そしておいしそうなフキノトウが顔を出している。なぜにフキノトウは雪にこんなに似合うのだろうか・・・。そんな事を思いながら進むと、目の前に人工物が現れてきた。それはキャンプ場(旧)であった。トイレの脇を通過するも、そのトイレの中まで雪で埋まっていた。沢に降りて顔を洗いつつ汗を拭う。「しょっぱ」、3日間の汗が顔にくっついていた。沢の畔のフキノトウにはハナバチが訪れ、しきりに黄色い花に頭を突っ込んでいた。振り返ると先ほどまでの命がけの稜線が見える。そして今、それをぼんやりと見やる自分が居る。言葉には言い表し難い満足感を抱くのであった。
堰堤の脇も、押し出しの上を斜行して行く。すると左側に吊橋が見え、その右手側には除雪された道が見えた。どうやら銀山平のキャンプ場地内に入ったようだ。その除雪された道路脇では、フキノトウを摘んでいる家族連れが見える。私も自然と戯れてきたが、山菜採りの人もそれ相応に楽しそうに見える。かもしかの湯の前のゲートを越えて150m、駐車場に到着し、大周回を終えた。
花降岳から以東を残してしまったが、今回よく下調べが出来たので次回に繋がる。幕営装備の代わりに、ザイルを持って入ったほうが無難のようだ。雪が締まっていれば突っ込んでいったが、自然が、「そろそろこの辺で降りろ」とアピールしてくれたのかもしれない。自然に準じるのが自然との遊びである。三日間、この山塊で十二分に楽しませていただいた。帰宅後の課題は、舟の手配のナゾ。もし可能なら(間違いなく実行している)楽しすぎる。まるで西表島のテドウ山のようであり、舟で戻る(行く)登山が出来るなんて・・・。
数日後、判ったのだが、剱ガ倉山の所で行き遇ったのは、あの「山頂渉猟」を書いた南川金一さんであった。







