鎌薙ノ頭 2075m 不動岳 2171.3m 六呂場山 1747.4m
2010.8.28(土)
晴れ 単独 戸中ゲートより不動岳に登り、帰りは六呂場山経由で下る 行動時間:10H42M
@戸中ゲート6:44→(103M)→A不動岳登山口8:27→(138M)→B鎌薙ノ頭10:45〜54→(57M)→C不動岳11:51〜12:04→(36M)→D2009高点西12:40→(73M)→E六呂場山13:53〜14:02→(42M)→F廃林道に降りる14:44→(81M)→G丸盆岳登山口16:05→(81M)→H戸中ゲート17:26
@戸中ゲート | いくつもの滝を愛でながら林道を行く。 | 不動岳登山口までに5つの作業小屋がある。 | 黒法師岳・丸盆岳登山口通過。 |
A不動岳登山口周辺。正面やや左に標柱。 | A登山口標柱 | 斜面に九十九折に切られた道。 | 作業現場脇を通過して行く。 |
1810m付近 | 1863高点東。 | 途中から黒法師岳 | 鎌薙ノ頭が近くなり、ササを分けて進んで行く。 |
鎌薙ノ頭に突き上げた場所から最高所を望む。 | B鎌薙ノ頭最高所 | B標識が有ったのか、針金が残る。 | B鎌薙ノ頭から南 |
B鎌薙ノ頭から北 | 鎌薙ノ頭から不動岳 | 鎌薙ノ頭からの最初の下り。 | 尾根上は、深い所で4尺くらいのササを分ける。 |
先行していたハイカー諸氏。帰りは林道を同行していただく。 | 不動岳への尾根斜面。 | もうすぐ山頂。 | C不動岳山頂 |
C千頭山の会の標識 | Cご存知、お団子標識。 | C三等点 | Cシカが遊びに来てくれた。 |
C不動岳から黒沢山側。 | C不動岳から往路を戻る。 | D2009高点西から見る鎌薙ノ頭。 | D大崩落地を見下ろす。この縁を西に下る。 |
樹林の中は下草の無い場所もあり、ちょっとしたオアシス。 | 1799高点東にある岩峰。北を巻いて進んだ。 | 痩せ尾根の通過箇所も数度。 | 六呂場山の一つ東側のピーク。かなり道形がハッキリしている。 |
E六呂場山。北側から南。 | E登ってきた東側。 | E朽ちてきた標識。 | E癒される「キャップ標」。 |
E綺麗な状態で残る三等点。 | Eこの山では有名なプレート。 | 降りて行く南西尾根の斜面。 | 1570m付近。尾根上には古いリボンが残る。 |
ヌタ場。周囲にシカの踏み跡無し。 | 途中メタリックのリボンが二本巻かれた場所がある。ここから尾根を離れて南側斜面を下る。 | 下って行くザレた谷。写真右上側の崩落地が工事現場。 | F廃林道に降り立ち、下って来たザレ谷を見上げる。危険度が高くここの通過はお勧めしない。 |
F廃林道の様子。ほとんど山側からの押出しに覆われてしまっている。 | 最初の渡渉点。 | 小屋は度重なる落石に潰されてしまい・・・。 | 2回目の渡渉点。渡りきり左岸側から。 |
3回目の渡渉点。ここの水はなかでも冷たい。 | G丸盆岳登山口帰り。 | H戸中ゲート到着。 |
南アルプスの2000m超。なんとか8割方を登り終えたが、残りのほとんどが深南部に集中して残っている。その理由は一つ、我が家から遠いからであった。昨今は、出かける数時間前に行き先が決まることが多く、必然的に短距離でのアプローチ場所が多くなっている。そして長い距離の場所は、判っていても見て見ぬフリをしていたのであった。もう一つの考え方として、敬遠していて行かないから行き慣れない。そんな理由も有るかと思う。そろそろ動かないと私にとってのこのエリアが、完全に陸の孤島的場所になってしまう。重かった腰をグイッと上げるように、気合を入れて出向く事にした。
向かう先に決めたのは深南部の不動岳。その南の丸盆岳付近では、つい最近に遭難があり少し紙面で賑わった場所。暑い最中での笹漕ぎとなるのだが、それもまた訓練と位置付けた。さらに普通にピストンしてはつまらないので、西側にある六呂場山を含め周回するようなコース取りとした。前夜は雨、計画当日の夕方も雨予報だった。笹漕ぎを思うと、ちと引っかかる部分はあったが、降らない日中のうちに勝負をつけてしまおうとさらに気合が入る。
0:50家を出る。上信越道で更埴まで走り、長野道で岡谷まで。そして中央道を飯田で降りて下道を行く。さあここからが長い。ある意味、登山よりここからの経路の方が、遥かに負担に感じていた。最初は兵越峠を通ろうかと思っていたが、その南の青崩峠の崩落不通情報を得ると、152号を使うのは避けたくなった。となると残すは151号を南下して愛知の東栄町経由し、大きく南に巻き込むようにして信州街道に入って行く方法。ナビをセットすると、予定到着時刻は7時を示した。これでは往路6時間となる。眠さに押されていた思考回路と、週中の疲れでだるい体に再度喝を入れて現地に向かって行く。それでも水窪ダムへの分岐交差点を通過する頃は、既に6時近くになっていた。水窪川に沿った道を進んで行くと、ダム湖の休憩舎の下ではテントでキャンプされている姿があった。アスファルト路面は少し濡れていて、昨晩の雨をその様子から判断できた。“今日はだいぶ濡らされるか”と思いつつハンドルを握る。この先のダート林道がゲートまで約9キロある。長いのであるが、よく踏まれていて走り易い。少し強めにアクセルを踏んで、トラクションを楽しむように進んで行く。
戸中ゲートに到着すると、その前には5台の車が停まっていた。既に6時を回った時間であり、ここから上を目指す人でノロノロここに居る者は私くらいであろう。そんな私も、もう少し早くに着きたかったのだが・・・。車をユーターンさせ、なんとか余地に停め急いで準備をする。着いてからは30分くらいは仮眠しよう、最初はそんな事を思っていたが、この時間にしてそれを実行できるほど悠長には居られなかった。林道上には無数に水場があり、水は持たずに出発。暑い日であり、水が無ければ水難事故となる。このルート(林道)の水場の多さは、夏場に歩くにしてもありがたい事となる。ゲートを越えて出発すると、なにか足らない。汗止め用の手ぬぐいを忘れ、再び戻ってのリスタートとなった。
林道上には、バイクのタイヤ痕が残る。ハイカーのものなのか、あるいはバイカーなのか。ゲート脇の僅かな隙間を通り抜けたようだが、知っている人はこのような奥の手があるようだ。斯く言う私も丸盆岳に一度入っており、ここは初めてではなかった。当時は、“次回はマウンテンバイクかモンキーを持ってこよう”そんなふうに思っていた。がしかし、久しぶりの入山の今回、やはりここでも前夜の雨と夕方からの雨予報が気になり、装備に入れなかった。文明の利器は使用せず、歩け歩けの行動予定であった。最初の滝のところで朝の洗顔。冷たい沢水が気持ちを引き締めてくれる。この林道には多くの作業小屋が設置してある。少し多過ぎるようにも思うのだが、この多さが、林業従事者の多さを示しているようにも思えた。途中、白いバンが追い越してゆく。どうやら林道上で工事がされているようだ。そして4つ目の作業小屋を右に見ると、その先が黒法師岳(丸盆岳)の登山口となる。林道にはゲートからの距離がふられているのだが、5キロを越えた先(5.6キロ付近)が登山口となる。この登山口を見て、さらに1キロ進む。するとそこに青いモンキーが置いてあった。これがタイヤ痕の主のようである。広い場所で、黒法師岳の登山口は別として、ここなら車を入れても駐車スペースは十分。先ほどの丸盆岳登山口と同様の登山口標柱が立ち、ルート入口の場所を示していた。
不動岳登山口。休む事無く登山道に入る。斜面に切られた九十九折の道を黙々と登り上げてゆく。すると周囲から工事の音が強くなってくる。少しルートが北側にずれるとさらに強く聞こえ、工事現場が北側斜面にある事が判る。すると目の前にモノレールの軌道と作業小屋らしい建物が現れた。軌道の終点には牽引車の付いた貨車があり、先ほどバンで追い越して行った方々が乗って登ってきた事が伺えた。ここから北側の急峻斜面を見ると、ロープに繋がりながらセミのように作業員が張り付いている。“毎日の仕事がここなら、岩登りなど趣味にしないだろうなぁ”汗して働いている人らを見てそんな事を思うのであった。踏まれたルートに沿ってゆくと、途中の立木に赤ペンキで「←」と書かれていた。真っ直ぐ進む道もあるのだが、巻き道の方が優先なのかと伝うと、工事現場の真上に出てしまった。そしてそこで作業員と目が合い挨拶をするのだが、あまりいい表情をしていない。ルートもどこかおかしい。進んで行くと踏み痕が消滅し、藪を漕いで尾根上のルートに戻ったのだが、現在は矢印を無視して真っ直ぐ進むのが正解の様子。背中から「だめだ入ってきちゃ」と途中で聞こえた。
どんどんと尾根上に足を進めてゆく。背中側からは相変わらず工事の音が響いている。その為かセミの鳴き声などは聞こえず。樹林の中の道だが、だんだんと明るさが増し日陰が少なくなってゆく。それと共に当然のように周囲展望が開けてくる。進行方向右(東)側を気にしていると、黒法師岳の顕著な円錐形のピークが見える。遠望しながら今日はそこそこ展望が有りそうだと俄かに喜ぶ。1863高点でピッチを切ろうかと思ったが、今日は割と調子が良くそのまま突き上げる。少しササの中の道となると、自ずとズボンが濡れていく。それでも先行している人が居るおかげで、ある程度の露払いをしてもらっている。なるべくルートを外さないように歩く事が、濡れずに歩く秘訣でもあった。鎌薙ノ頭を手前にして、ササの中を潜るような場所が続く。それでも地面にはしっかりとした道があり、腰を屈めるように進んで行く。目線のあたりにササの葉があり、ここは潜った方が安全なのであった。あと事前情報で、ここでのヒルの被害を聞いていた。行動は出来る限り立ち止まる事を避けて、歩行スピードはいつもより速めとしていた。最後はやや北側から巻き上げるように鎌薙ノ頭に突き上げてゆく。
鎌薙ノ頭は南北に長く、その南側に最高点がある。以前は標識があったようだが、現在はその場所には巻かれた針金が残っているだけであった。密生したピークでないので、その点では居心地がいいのだが、それにしては展望がいまひとつの場所。それが鎌薙ノ頭であった。下降点側に30mほど戻ると、3畳ほどのササが無い場所があり、テン場適地となる感じ。さあ次は不動岳に向かって北進して行く。この山の北側には赤い絶縁テープが二つ巻かれ、その下となるササの中に道が続いていた。最初は急角度で尾根を下る。ここではササに隠れた道の様子がつかめず、スリップしたり石に躓いたり・・・。そしてこの先の2009高点までは、ルートの大半は尾根やや西側にあり、鹿道のような踏み跡を伝う。しばらくは腰下くらいのササを分けて行く。
そして2009高点のある平坦地に差し掛かると、前方から若者が歩いてきた。モンキーに手の込んだ改造してあった様子からして、この若者の持ち物であろうと思えた。言葉少なにすれ違う。この辺りは明確なルートが判らず、鹿道を伝うような状況。先ほどの若者の進路を見ていると東寄りに進んでいて、現地の高いところを拾って進んでいるふうではなかった。確かにそこにそこそこの踏み痕があるのであった。しかしながらこの周辺、ササの中に倒木が沢山隠れており、脛を強打する事何度も。その都度顔をしかめつつ、誰にも怒れない痛みを自分の中で噛み砕く。その痛みから学習し、神経のほとんどを足を置く場所に集中させる。周囲の鹿はどうしているのか、彼らはこれら倒木に当たったりしないのか。ハイスピードで駆ける場合などが有る事を思うと尚更そう思う。我々のドンくささは、二本足動物ゆえのの弱い部分か・・・。ジリジリと焼けつくような日差しを受け、誰も居ないササの中を漕いでゆく。濃い緑の絨毯の中、完全に自分が自然に溶け込んでいるのが判る。しかし、天気が少し下り坂傾向となっていた。先ほどのまでの展望が一転して、前後左右の展望がガスにかき消されつつあった。こうなると、もう少し早いタイミングで写真を撮っていればとなるのだが、既に後の祭り。もう少し待てば、などと写真を少なに歩いて来ていた。残念だがこれも自然。どう足掻いても太刀打ちが出来るはずも無し、自然との遊びは自然任せで逆らわない事。逆らえば当然のしっぺ返しが来る訳であり・・・。
ササを分けつつ進むと、2030m付近で先を行く二人のハイカーの姿が見えた。ゲートにあった駐車数からして、丸盆側とこちらとで数名づつ入山していると思ったのだが、遇ったのはここまでの3名であった。道を譲っていただき、ガシガシと最後の登りを楽しむ。たぶん、ここの登りはササさえなければ登りやすい傾斜。疲れているものの、スイスイと足が上がって行く。耳を澄ますと、周囲のササからガサゴソと聞こえる。どうやら先住民が居るようだ。ただササを見てもさほど食害は無い様子。ここは、頭数と植生のバランスがいいようだ。周囲は時間の経過に従い、少し暗くなりガスが覆いだした。もう30分でも早く出発できたら・・・そんな心境であった。そしてこんもりとした山頂部に標識が見えてきた。
不動岳山頂。千頭山の会の大きな標識と、ご存知お団子標識が待っていた。それらがある山頂のど真ん中に鎮座しているのが三等点。どの角度から見ても円錐であり、恰好いい山頂なのであった。と思っていると視線を感じた。その方向を見ると、北側50mほどの場所に、立派な角を持った牡鹿が挨拶に来てくれていた。見ていると、微妙に首を傾げたりしている。カメラを構え撮影するのだが、デジカメの撮影音に反応して逃げて行った。そんなに耳がいいのかどうか・・・。ただそんなタイミングだっただけか・・・。先住民が居なくなった山頂部で、静かに周囲展望を楽しむ。と言っても先ほどからの状況は変わらず、ガスの中から時折顔を出す鎌薙側や黒沢山側を半分は想像しながら見ているのであった。さあ次は六呂場山。幸いにもその方行には、しっかり尾根が見えている。少し起伏が大きいように見えるが、それにはこの不動岳から見ると、間に大きな谷が入っているせいもある。前回この山域に入った時には、雷により撤退した経緯がある。なぜかこの日も、北の方からゴロゴロと聞こえてきていた。地図を見ながら六呂場山への進路を確認しつつも、聞こえるその音に、“往路を降りようか”そんな気持ちになってきていた。さあ下山。
途中で追い越してきた方々が登ってきているはずであったが、なぜか姿が消えていた。追い越した場所にザックがデポされており、状況が不明。水場の場所とは少し離れているしと頭の中が錯綜する。後でこの御仁らと林道で逢うのだが、空荷で登っていたらしい。でもあの顕著な稜線で行き会わなかった。ササ斜面の恐ろしさを知ったような・・・。しばらくは何度も振り返りながら、人気を探しつつ南下して行った。そして足を進めつつ、視線は常に次に進む西側の様子を見ている。いつものことだが、ほとんど情報を得ずに入山している事から、ルートに対しての不安が募る。そして先ほどの雷の音が頭の中で甦る。だんだんと尾根が広くなり2009高点に差し掛かっていた。相変わらずの倒木で、往路同様に何度も向こう脛を打つ。ズボンを捲くると、既に血だらけであった。登山にもレガースが必要かも、なんて思ったり。そして2009高点を前にして、やや西側のササの中にトラバースしている踏み痕があった。鹿道のようでもあり、人のもののようでもあり、時折マーキングも見えており、数名は伝っている様子。そして伝った先は、2009高点西の大崩落地の上だった。
草の切れた南側の崩落地を見下ろす。この頃になると鎌薙側のガスがとれ、しっかりとその姿を望むことが出来た。まだ“往路を戻ろうか”と言う迷いを持ちつつ、伝って来た鎌薙ノ頭からの尾根筋を眺めていた。でも、ここまで来たら西に見える六呂場山も踏みたい。静かにササの斜面を下って行く。崩落地の縁を進むようにササの中を行くのだが、ここがかなり急。背丈ほどのササの中を分けつつ降りて行くのだが、急斜面の為に両腕はしっかりとササを掴まないと危ないような場所。何度も振り返りながら、“ここを登り返すのは厳しいなー”と、踏み出してしまった進路に、益々不安が募る。そして30mほど下ったか、そこで北側からの道形に合流した。もしやと思ったのだが、どうやらここは尾根筋に道を開いた事が有るようだ。そんな情報は露知らずで来ているので、嬉しい発見となった。ただ、2009高点側からの下降点がよく判らなかった。先ほどのトラバースしていた時の踏み痕が、ある地点から尾根側に下っていたのやも知れない。
マーキングも辛うじて散見でき、薄い踏み跡と同時にそれらを拾いながら進んで行く。どちらかと言うと、マーキングより踏み跡を見定めた方がいいような場所であった。狭い尾根の通過箇所はいいのだが、樹林の中などの鹿に下草が食べられている禿げた場所は、進路を少し迷ったりもした。足場の悪い痩せ尾根もあったり、少しだけ緊張度が増す。そして1799高点を手前にして、その東側にちょっとした岩峰がある。ここは北側をトラバースするように巻き込む。少し足場が悪いので注意箇所となる。ここの頂稜が歩けるのかどうかは不明。この先15分ほどだったか、足許が草に覆われた痩せ尾根があるので注意箇所となる。しかし西進して行くと、どんどんと道形が明瞭になっていた。間違いなく登山ルートがここにあったようだ。アプローチの悪さから歩かれなくなったようであるが、そのアプローチの悪い中で、ここに道を切ったのも凄い。まあその昔は戸中のゲートは無く、奥の方まで車が入れたのかも・・・。一方で2009高点側は完全にルートはササに飲み込まれている。ここでの植生の強さを感じると共に、ルートの明暗が、両極端な場所にも思えるのであった。
六呂場山の一つ東側の峰からは、本当に明瞭な道となった。こうなるとこちらに進んだ事に対し、不安が薄くなる。単純であり、至極判りやすい思考回路なのであった。樹林尾根の為に振り返っても不動岳の山容はいまひとつ見えないのだが、既にその場所から400mほどは高度を下げてきている。その為なのかどうか判らぬが、周囲温度が少し上がって感じられていた。ここにこれだけの道があるという事は、麓から六呂場山への道も期待できると思えた。そしてルートは尾根に突き上げる恰好で登り、その突き上げた場所から左(西)側にずれるように進むと、山頂部が待っていた。
六呂場山山頂。朽ちた標識が架かり、その脇に先日東聖岳でも見たキャップ標がぶる下がっていた。にこやかに書かれたそれが、なんともいい感じ。そして北側の木には、この山で有名になっている黄色い標識がある。藪山での注意を促しているそれは、頭の悪い私には読んでから租借するまでに時間がかかった。「迷う」事を前提に書いてあるように思うのだが、薄っぺらく読み解くと、「まずは地図をよく見てコンパスを当てて進めよ」と言われているようである。黄色に赤字であり、間違いなく注意勧告表示であり、少しだけこの山を怖い場所にしているようにも思えた。あと、これが表示してある方向にも注目したい。不動岳からここに登り上げて来た者に対して見えるように着いている。と言うことは、この先のルートに対しての注意書きと読み取れた。山頂中央には白く美しい三角点が鎮座している。苔などが全く付いていないもので汚れも無い。設置当初のままの美しさを保っているようであった。さあ南側の林道に降りるべく、南西側に尾根を下って行く。しかしそこには尾根に有った道に続くような道形は無かった。残念。
マーキングが時折あるが、かなり古い。そしてここはやや広い尾根。先ほどの黄色いプレートが頭に浮かぶ。微妙に尾根が曲がっていて、そこに追従して行けるのはマーキングのおかげでもあった。ヌタ場も有るのだが、鹿の足跡は少ない。と言うのも尾根上は下草が無毛。食べ尽くされてしまったのか。足跡を含め、シカの気配はほとんど無かった。どんどんと下って行くと途中にメタリックの派手なマーキングが同じ木に2本結わえられていた。何かのサインであることに違いなく、地図を見ながらマーキングの言っている意味を探る。この先の1396高点に向かうには、現在地は六呂場山からはまだ半分くらいしか進んでいない。周囲を見ても同じメタリックの次のマーキングが見つからなかった。別の種類のマーキングは見えるが、読み解けず迷うのだった。あまり迷っていると、いつもの行動となり、“じゃー頼らず進もう”となる。ここからは南側の林道を目指して尾根を外れて斜面を降りることにした。
尾根から外れるとかなり急峻であり、やや崩落地の中を降りて行く感じ。そこは谷形状で、足元はかなり流れやすい。富士の砂走りのような場所に、慎重に足を置きながら下る。足を入れると、周囲の砂利2畳ほどが一斉に動き出す。なにか雪崩の中に居るかのような錯覚を抱く下降であった。事実ザーッと大きく流れる場面もあり、地形や状況を把握しながら本当に真剣勝負の下りとなった。そんな中、降りて行く先に一匹の牡鹿が居た。「あんた、そんな所でなにしてんの?」そんな表情で見上げられていた。その牡鹿が居た場所は林道上で、そこに降り立った時には、緊張感から解放されかなりホッと出来た。無事降りたが、伝って来た谷筋は少しルートミス。降りるにしても、もう少し西進してから降りた方が無難のようであった。
さあ林道歩き。と言っても林道の形はそこになく、ほとんど崩落していたり、山側の土砂の押出しで道幅が埋まっている。そこを滑らぬように足を置きながらトラバースして行く感じ。途中の作業小屋などは、落石により無残に壊れていた。渡渉箇所は全3回あるが、よほど降雨があった場合を除けば、難なく渡れる場所であろうかと思う。それより何より自然に戻りつつある林道が歩き難い。林道に降りれば楽だろうと思っていたのだが、かえって緊張度が増すような場所であった。ふと足許を見ると、メタリックレッドを纏った甲虫が居た。拾い上げて手に乗せると元気に六本足を動かして逃げようとする。些細な戯れだが、こんな時間も結構楽しい。そして「俺には羽があるんだ」と見せつけるように空に舞って行った。
林道に降りてから3つ目の作業小屋を見たら、その先が工事現場となる。周囲からは大きな作業音がしていて、高く見上げると、朝の作業員が同じ場所で作業をしていた。林道からの高度差は200mほどあろうか。見る角度によってはクライマーが居るようにさえ見えていた。困ったことが一つ。林道を進んで行くと、注意看板があり、「なにがあっても、この先に進んではいけません」と表示してある。事故があった場合用の責任回避の為と読み取れるが、これほどに書かれていると、流石に躊躇する。それでも林道を行かないと戻れないわけで、足早に工事現場の下を通過して行く。幸いにもその先の工事事務所には誰も居らず、小言を言われずに通過できた。工事は当分続くようであり、六呂場山と林道を繋げて楽しむには、ここがネックになるだろう。工事現場付近まで戻ると林道は安定して歩き易い路面状況となる。
不動岳登山口に再び戻ると、まだそこにモンキーはあった。すれ違った若者の持ち物ではなかったのか・・・。そんな事を思いながら前を通過して行く。丸盆岳の登山口も左に見て、大きなストライドでどんどんと闊歩して行く。すると、その先で不動岳のところで出逢ったハイカー二人が先を歩いていた。追い着いて声をかけると、気さくに会話をしながら歩いてくださった。聞くと、モンキーの若者は幕営装備であり、上でテン泊するらしい。それなら納得。さらには、この周辺情報に長けている方で、各藪山に対しかなりの貴重情報を仕入れることが出来た。こうなると今日ここに入ったことが、次に繋がる。坦々と歩くはずの林道歩きが、おかげさまで情報収集の場となり、時折笑い声を上げながら歩ける場となった。話してくれた御仁は、63歳だと言う。全くそんな歳には見えないと言う事もあるのだが、それより何より18歳から今まで山を趣味にしている様子だった。それこそ大ベテランの猛者なのであった。
戸中ゲート到着。しばしの同行の礼を言って御仁らと別れる。帰りは往路と違え、兵越峠を越えて遠山郷に入る。するとかぐらの湯の周辺では、ちょうど花火大会であった。タイミングよく、花火風呂となったのだった。山を登り終えた後に最高の演出を受け、さっぱりとして飯田市街に降りて行った。
さて振り返る。天気の関係もあったが、六呂場山からの下山進路を迷っていた為に、自転車は持ち込まなかった。今回の周回ルートなら、持ち込んでも良かったと思えた。ただし先に書いたとおり、林道は途中で工事がされている。公には工事現場付近は通行止であった。ここは自己責任で個人の判断となるであろう。ササを分けながら歩く自分に、「山歩きしているなぁ」なんて強く思える場所であった。ガスれば嫌な場所だが、今回のように晴れていれば気持ちよい尾根歩きが出来る場所。アプローチの長さが懐の深さを表しているかのようでもあり、「静山」と言う言葉がぴたりと嵌る。