中ノ尾根山 2296.4m 合地山 2149m
2010.11.6(土)
晴れ 単独 林道白倉山線ゲートから往復 行動時間:12H23M
@18番余地5:58→(2M)→Aゲート6:00→(30M)→B黒沢橋(黒沢山登山口)6:30→(90M)→C中ノ尾根山登山口(林道終点)8:00→(7M)→D水場8:07〜09→(5M)→E中ノ尾根山登山口8:14→(41M)→F1830高点8:55→(57M)→G2214高点北西屈曲点9:52→(31M)→H中ノ尾根山10:23〜33→(107M)→ IT峰(2120m峰)12:20→(20M)→J合地山(U峰)12:40〜58→(15M)→KT峰帰り13:13→(56M)→L2104高点14:09→(62M)→M中ノ尾根山帰り15:11〜15→(22M)→N2214高点北西屈曲点15:37→(60M)→O中ノ尾根山登山口帰り16:37→(76M)→P黒沢橋帰り17:53→(26M)→Qゲート18:19→(3M)→R18番余地18:21
渡元地区、林道白倉山線基点 | @駐車した18番余地。7台程の余地。 | @駐車余地から見るゲート側。 | Aゲート前の様子。色んな表示でかなり賑やか。登山届BOXもある。 |
ホイールローダーも格納された大きな作業舎。沢水も引かれている。石仏に御参りして先に。 | オッチクン歩道へは吊橋を渡ってゆく。 | B黒沢山への登山口となる黒沢橋。 | 朝日山登山口前の小屋。鍵が閉まっていて中には入れない。(復路には利用者が居た) |
小屋内部の様子。中に沢水が引かれ快適そう。 | こちらは途中の鍵のかかっていない小屋の内部。 | 白倉川橋で林道が鋭角にターンする。 | 1469高点への枝林道分岐点。小屋も有る。 |
C林道終点地の様子。地形図では道が先に進むが、小屋の先は崩落している。 | C「二十一林班休憩所」鍵は開いている。 | C内部の様子。鍵のかかっていない小屋は2舎とも同じ構造。 | D小屋から150mほど進み、沢で水を得る。林道途中にも流れがあり、早めに汲む方が利口。 |
E中ノ尾根山登山口。(左に休憩所の小屋) | 九十九折が終わり尾根に乗った辺り。この先でおおきなイノシシに出合う。 | F1830高点付近 | 2040m付近。展望が開ける。 |
2050m付近でササに没するようなルートとなる。 | 2050mから振り返る。 | 大岩の脇を通過 | 2140m付近 |
2140m付近から黒沢山。 | G2214高点北西のルート屈曲点分岐道標。 | G屈曲点から見る中ノ尾根山。 | トラバース道途中にある標識。 |
2200m付近。一面のササ原。 | 2250m付近。ササに隠れた倒木も多い。 | 2250m付近から2214高点側を振り返る。 | 中ノ尾根山の大地に乗り、山頂まであと40m程。 |
H中ノ尾根山山頂。夥しい標識の数。名前だけの物、積雪量が書かれた物等々。 | H二等三角点。 | H水窪町の標識。 | H健太郎さんの標識は落ちており朽ちてきていた。 |
H中ノ尾根山から東進が始まる。 | 2230m付近から見る合地山の様子。 | 途中の2160m小ピーク。 | 2130m付近。しっかりとした道形がある場所もある。 |
2120m付近。下草が薄くなる。 | 2100m付近のヌタ場。気温が低く凍てついている。 | 2070m付近の平坦地。 | 2070m付近から中ノ尾根山を振り返る。 |
1950m付近。この大岩は左右・直登、何れでも構わない。 | 1950m長尾根途中。下草が無く歩き易い。 | 1940高点付近 | T峰への登り返し。2000m付近。 |
IT峰(2120m峰)山頂にはヌタ場あり。 | 合地山への最後の登り。 | 途中でT峰側を振り返る。 | J合地山山頂の様子。 |
JKUMOが縛られていた。 | J合地山の標識。最高所よりやや低い位置に設置してあった。KUMOのある位置が一番高い様子。 | J東側の様子。 | J北西側(登って来た側)の様子。 |
K2120m峰(T峰)帰り。 | L2104高点帰り | 先日の雪がこのように残り、滑り易い場所が連続。 | 倒木も多く、腿上げが辛い。 |
M中ノ尾根山帰り。ガスがかかりだし夕方のような雰囲気に。 | 中ノ尾根山から下りだし2190m付近。 | 中ノ尾根山と2214高点間は、ルートがあるのは北寄りの場所。やや見出し難い。 | N2214高点北西の、屈曲点分岐から尾根を見下ろす。 |
2060m付近から振り返る。往路はここを左側に進んでしまった。正解は右(南)側の尾根の方。 | 大岩ポイント帰り。 | 1930m地点。倒木を潜る。 | 1900m地点。白倉山・平森山側の尾根が綺麗に見える。 |
倒木帯の様子。風による被害のよう。浅く張った根が、何箇所もでむき出しになっていた。 | 夕日が紅葉をより美しくしてくれ。 | カラマツ帯の様子。 | 下に林道が見えてきた。 |
O登山口に降り立つ。 | O登山口には行政の道標あり。夕日ハイカー登場。 | この美しさに解説は要らないような。 | 見事なまでの赤色 |
白倉川橋帰り。この周辺の紅葉も綺麗だった。周囲では何頭ものシカが姿を見せてくれていた。 | P黒沢橋帰り | Qゲート到着 | R駐車余地 |
好天予報の週末となった。北陸や北アルプス方面からは、早々スキーの便りも届いている。ちょっとそそられるのだが、もう少し我慢。「降り始め=滑り易い」(歩きの場合)との擦り込みが出来ており、身体もまだ冬季モードになっていないのだった。では、いつなるのかと問われるかもしれないが、タイヤをスタッドレスに替えた時点でスイッチが入る。アプローチの車も装備のうち、そこが夏タイヤでは、心許ない部分もあるのだった。と言いつつも、オールシーズンタイヤを履いている。「いつでも来い」と言う体制ではあるのだが・・・。
金曜日、いつものように家に戻ってから行き先を探す。気温も高く秋晴れの様子。少し標高を高くして狙っても楽しめると思い、南アの深南部の登り残しを狙う事にした。南アにおいては、2000m超の未踏座も6座となった。カウントダウンに入ると、なんか登ってしまうのが勿体無いような気になる。しかしいつかは来る区切り、前向きに攻めてゆく。今回は、中ノ尾根山と合地山を狙う事にした。中ノ尾根山の北側にも三俣山(山名事典表記)もあり、含めると3座が狙えるが、日の短いこの時期、そして北側の未踏座の鶏冠山との兼ね合いで残しておく事にした。行くに際し調べていると、朝日山から白倉山を経由するルートも面白そうであり、周回するようなルート構成が楽しいようだが、合地山を予定に入れていることでかなり厳しくなる。それでは合地山を切り離し、後日別ルートで狙う事も思ったが、どうみても中ノ尾根山との抱き合わせが得策。悩みに悩んだが、到達し難いであろう奥深い場所を先に踏んでおく事とした。林道白倉山線経由で中ノ尾根山に上がり、そこから合地山をピストンしてくる計画とした。林道歩きが9Km、そして山道が6Km(平面距離)であり、片道15キロの往復。日の長い時期に早出行動で歩きたいような場所であるが、日没後の歩行を覚悟して出向く事にした。
1:13家を出る。新調した蓋付きマグカップの調子が悪く、熱いコーヒーを入れてきたのにドボドボと洩れる。幼児のように胸の辺りを濡らしながら上信越道を更埴に向かう。空は満天の星。旬なオリオン座流星群が見られないものかと上目遣いに何度も見上げる。ちょっと今日は酷く眠い。長野道に入り梓川S・Aで一回仮眠をし、さらに中央道に入って辰野P・Aでも仮眠をとった。気持ちは急いでいるのだが、睡魔には勝てない。飯田を降りると周囲はかなり濃いガスが降りていた。ノロノロ運転で矢筈トンネルに向かって行く。外気温はどんどん下がり、3℃だった。もう少し下がると凍結も気にせねばならなく、フロンとガラスを睨むのと同時に、時折外気温計にも目配せをしていた。
上村に入り途中の信号待ちでは、山ガールが地図を広げ不安そうな顔をして後続車の運転手に尋ねている風景があった。易老渡に行こうとしているのだろう。私の方にも少し歩み始めたが、信号が変わり車に戻って行かれていた。納得でき無そうな不安そうな顔、聞いた人が悪かったか、山屋ではなかったのだろう。私のところに来れば・・・。その女性の車を見ると単独行。服装とは別に芯の強さを感じる。遠州郷を経て兵越峠を越えてゆく。ここはつい先日、国盗り綱引き合戦が行われた場所。真っ暗なその場所を横目に、綱引きの様子を想像する。毎年国境(遠州と信州)が変わる楽しい場所でもある。そして下り込んで草木トンネルの手前を右に入りR474号から離れる。道なりに進み、水窪川を渡った先がT字路となり、ここが林道白倉山線の基点となり、左(北)に進んで行く。入ってすぐに道標の無い分岐があるが、左を選ぶ。さらに基点から3.6キロ付近でもう一度分岐がある。ここも道標が無いが、そのまま左。あとは一本道。途中からダートになるが、良く踏まれており安心して走れる道が続く。いつか来るゲートを目指して進んで行くと、「山火事用心」の赤い垂れ幕の先に強固なゲートが現れた(5:45)。ゲート前には駐車余地が無く、ユーターンするにもいやらしい幅しかない。300mほど戻って「18」と書かれた立て札がある余地に突っ込む。ここは7台〜8台ほどは駐車可能。もうすぐ夜明け、急いで靴を履き、出発の準備をする。前記、色んな思いを書いてはいたが、今回狙う場所に際しては、出発が遅いと自覚していた。
5:58歩き出す。すぐにゲートで、ゲートの門扉には人が潜れるような穴が開いているのだが、ザックを背負っての通過は無理。門扉の右側の岩を高巻するように越えてゆく。10分ほどで大きな作業舎があり、その前には水が引かれ、石像(山の神ではないよう)も安置されていた。旅の安全を祈って頭を下げる。大型ホイールローダーもあり、これがある事でこの先の林道が広い林道である事が伺えた。歩いて行く先には、無名滝がいくつもあり、紅葉と相成って至極気持ちがいい。やや寒かった外気温も、身体にエンジンがかかりだし、爽快に感じる。途中「オッチクン歩道」などという面白い名前のルートがある。これを見ると不動岳へのアプローチ林道にあった「シブロク歩道」を髣髴させる。たぶん、全く同じ仕様の看板であった。この林道は長丁場で9キロある。焦らず弛まず怠らず、のんびりと、そしてやや早足で進んでゆく。
水窪川を見下ろすと人工堰堤があり、そこから流れ落ちる流れが、落差4mほどの太い流れの滝となっている。こうなると人工などどうでもよく、自然の中の滝のようにも見える。足を進めるほどに周囲の紅葉はキリッとした色合いに見えてくる。そうこうしていると前方に赤い欄干の吊橋が見えてきた。黒沢橋であった。橋の袂には黄色い標柱で、「黒沢山登山口」を示している。現在の黒沢山への最楽コースがここのよう。このすぐ先に、ルート上で一番立派な作業小屋がある。内部には水が引かれ、畳敷き、薪もこれでもかと揃い、整った山小屋と言えた。ただし、鍵は開いていなかった。一部の関係者のみ使用できる小屋のよう。そしてこの前(西)には朝日山への登山道入り口がある。地形図からはゲート近くからルートが上がっているが、そこはよく判らず通過してきていた。崩落か何かでこちらに移ったのか・・・。この先に工事現場があり、よう壁工事と共に、水窪川の中に大きな堰堤を造っているところであった。そしてこの工事現場なら5分ほど進むと、またまた作業舎があり、ここのドアは開いて中に入ることが出来た。先ほどの畳敷きに対し程度は落ちるが、それでも十分利用できる。小屋の前には山道があり、何となく小屋と取り付き点が抱き合わせで設置してあるように思えた。
白倉川橋で大きく鋭角にターンする。林道も残り1/5くらいか。長く歩いているようだが、周囲の景色がいいのか、小屋が現れて気分に変化が起きているのか全く疲れない。これなら自転車を持ち込んでも良かったかと思えるような傾斜でもあった。じつは持ち込みをだいぶ悩んだのだが、「歩き」を選んだのだった。帰り、暗くなっての自転車にも自信は無く・・・。これまでの北進が一転して南進に変わる。方向を変えて400mほど進むと、地形図通りの道が東に入っており、1469高点を目指すように進んでいた。ここにも小さな小屋が設置されていた。そろそろ林道終点。いつ水を汲もうかと迷いながらどんどん進んできていた。最後の最後まで、一番登山口近くで汲むんだと決めて進んでいた。しかし、その最後の流れを当てられず、林道終点の二十一林班休憩所の所に到着した。この場所の手前200mほどに流れがあり汲む事が出来たのだが、先ほどの1469高点への分岐付近で汲んでしまった方が無難だろう。吸水ポイントは有り余るほどあるので、水難の心配は無い。しかし私は給水せぬままここに到着してしまい、さて困った。とりあえず小屋の中を覗く。ここも鍵はかかっておらず、内部は途中で鍵が開いていた小屋と造りは同じ。壁には「中ノ尾根山」の標識と、なぜか「熊伏山」のものがあった。利用した形跡は薄く、とても綺麗な小屋となっていた。さあ水汲み。地形図に見えるこの先の林道は、崩落していたり、山側の押出しで埋まっていた。ゴロゴロした石を避けながら進んで行く。「さっき汲んでいれば・・・」ともう一人の自分が囁きかける。向かう先には白い流れの沢があり、水量も豊富。そこが近くなると、林道上にも水が溢れ、湿地帯のようになっていた。500mlのプラパティスを満たし、これで心の安心感も満たされた。登山口まで戻り、さあここから山道に入る。その前に、この登山口周辺、周囲の山を指している道標がある。薄れて見えないが、山名などが書かれていたような・・・。
登山道の最初は落ち葉を踏みながらの九十九折、それが終わると尾根に乗った形となる。すると前の方で大きな巨体が動いた。尻尾をフリフリしていることからイノシシと判ったが、こちらに気づいているのか・・・。ゆっくりと足を進めてゆくと、尾根上を無軌道な動きで駆けずり回っている。餌を探しているのだろうが、熊より怖いのがイノシシ。かなり緊張感が漂う。一瞬、目が合い、彼(彼女)は北側の斜面へ下りて行った。その足跡を踏むように尾根を進んで行く。この尾根上の道形は実線とは言い難いが、破線でも上級クラスの道の様子で、傾斜もきつくなく快適。ただこの先で倒木帯がある。浅く広がった根が、空を向いて横倒しになっているのだが、いつの大風の被害なのか。距離にして30mくらいか、その倒木の多さに少しルートが見えずらい通過点がある。乗り越え、時にササを漕ぎルートに戻る。
1860m付近で、尾根の肩的場所となり、平森山側の尾根筋が良く見える。再び樹林帯に入り、展望の無い中を緩やかに登り上げてゆく。そして2040mで一気に前方が開け、最初に目指す2214高点の高みが上の方に見えてくる。右(南)側は崩落地形で、その淵をなぞるように登って行く。さらに2050m付近で、首まで没するようなササ漕ぎとなる。長くは続かないが、雪が乗っていて、その冷たさを全身に浴びる。そしてこの尾根の目立つポイントの大岩が現れる。ここは左を巻いて進んで行く。さてこの先でルートを外してしまった。尾根を右にして谷部の鹿道を伝ったのだが、ルートは尾根を忠実に辿っているようで、ちょっと私のルート選択はブレーキとなってしまった。泳ぐようにササを分けながら尾根に戻ると、しっかりとした道があった。迷ったと思ったら、進まずに周囲を見回すか、戻るように判断した方がいい場所であった。
再び樹林帯に入り、2140m付近で再度展望が開ける。右に黒沢山らしき山容がある。そろそろ2214高点のあるルート屈曲点。市郡界の尾根上まで上がるのかと思ったら、ふと足元を見ると、幅40mm・縦200mmほどの板切れが立っており、そこに「中ノ尾根山 ←」と縦に書いてあった。こんな所に“オヤッ”と思ったのだが、その2mほど先の木にも楕円状の板切れがあり、同じように示していた。どうやら登り上げずにトラバースらしい。確かに向かう方向が90度変わる場所。適当な場所から北に進路を変えればいい場所であり、ここが適当な場所であった。既に北東側には、こんもりとした中ノ尾根山が見えている。その手前にはササの海。近くに見えていながら遠くにも見えていた。ササに雪が残り、雨具を履いていない下半身はどんどんと冷やされてゆく。先ほどの分岐から20mほど進んだ辺りに、白いプラスチックプレートがあり、中ノ尾根山の方向と、白倉林道の方向を示していた。ちょっとここで引っ掛かった。確かに伝って来た林道は「林道 白倉山線」と入口起点に書いてあった。そして世の中ではよくよく「白倉林道」と呼ばれている。2つの表記が発生しているのは、途中で林道が切り替わっていたのか。確かにゲートの所に起点とあった記憶があり、そういう事なのかとも思った。
しばらく薄い道形を伝いながら行くが、鞍部のような所から先が二重山稜のようになり、尾根が東西に2本走っている。当然高い方の南側を伝うのだが、クネクネと道を探しながら進んでも、今まで続いていた道形は見られなくなっていた。しょうがないので、中間の谷部に入っても皆無。どうやら正解は北側の小尾根を伝うようだ。腰下、膝上くらいのササ原で、さほど苦にならないが、それでも倒木や、高度を上げるごとに増える雪に、少なからず難儀しながら登って行く。途中、帰りの為に風景確認をと振り向くと、2214高点と、その左肩辺りに黒く黒沢山が並んで見えていた。さあもう少し、いつしか道形の上に乗っており、格段に歩きやすくなる。“帰りはしっかり道形を追おう”この先がどう時間が掛かるか判らず、暗くなっても歩き通せるように、往路で逐一確認していたのだった。進む先がどんどんなだらかになり、山頂の一角に乗ったのが判る。膝下の雪の付いたササを蹴散らすように進んで行くと、大きく禿げた場所に到着。その中央に人工的な石が鎮座していた。
中ノ尾根山到着。鎮座している石は二等点だった。その点の周りを通常は四方に石が置かれているが、ここは西側が無く三方のみ。なにかその不完全形に、周囲から石を拾ってきて置きたくもなった。そしてこの山頂には夥しい標識が付けられている。有名どころでは「山坂五郎」さん。「健太郎」さんのは地面に落ちていた。さらに7枚の標識が付いていた。残念ながらこれほどあるとゴミにしか見えない。3枚以上あるともう「沢山」。折角這い上がってきたのに、到達した山頂が気持ち悪い場所に思えてしまった(私の個人的な感覚なので悪しからず)。展望は無いものの広く居心地のいい山頂。でも人工物、それも自己顕示品の多さがちと・・・。逃げるように東進が始まる。
中ノ尾根山の東側も、なだらか斜面。ここも倒木が多い。引っ掛け引っ掛け降りて行くのだが、降りながら右手前方に目指す合地山が見えてくる。鋸の歯のように見え、T峰からW峰までの各高みが確認できる。でもけっこう遠い。常に帰りを心配しているのだが、この時期は日が短い。何処で日没になるか・・・。その合地山に吸い寄せられるように進んでいたら、進路をタケナギ沢に落ち込む尾根にとっていた。左側に繋がって行く尾根が見え出し間違えに気づき、北にトラバースをしてルート修正。鹿道に釣られた感じだったが要注意。ルートを修正すると、そこには薄っすらと道形があった。マーキングも伴った道なので、通過者による道形で間違いないだろう。2186高点は判らず通過したが、その先に顕著な2160m峰がある。小ピークで現在地がしっかりと判る。周囲のササは低く、視界もあり歩き易い。時折非常に濃い道形もある。もう少し藪藪しているのかと思ったが、これなら楽々到達とも思えた。2110m付近はほとんど無毛地帯でオアシスのようでもあった。ただ尾根上は倒木の連続。時間の経過と共に足が上がらなくなってきているのを自覚する。
道形は明瞭不明瞭を繰り返す感じ。標高1950m付近で前に大岩が立ちはだかる。しかし優しい通過点で、何処を通過しても先に進める場所であった。さほど大きくは無いがアップダウンが続く。“なにか、何処かに似てるぞ”と思うのだが、奥茶臼山から丸山に行く尾根の感じに似ている。地形的にも進む方角的にもルートの形が似ているのでそう感じたのかもしれない。進む先にスクンと円錐形の山が見える。これが手前のT峰。まだそれを乗り越した先が合地山U峰。1940高点(鞍部)から先で、少しシラビソの幼木に突っ込む所がある。ただし、数分で抜け出すので僅かな我慢。そして2120m峰(T峰)に上がると、山頂部にはヌタ場があった。濃い樹林の山頂で、かなり薄暗い。東西に長い山頂を東にズレ、再び下り込んでゆく。登ったり下ったり、登りに来たのだからいいわけだが、何回も行われる下降には、やはり勿体無い気持ちがするのだった。それでももう目的地は目と鼻の先、そう思うと今度は中ノ尾根山が気になる。木々の間から望むと、かなり遠い位置にデンと構えていた。時計はその中ノ尾根山を出発してから2時間を経過しようとしていた。まずまずの進度か。鞍部まで降り背中側を振り返ると、今の今居たT峰が高い。“帰りはまた登り返さねば・・・”U峰への登りは、T峰の北西斜面と酷似していて、同じような登りとなっていた。やや北寄りに道形があり、ふとその濃さに気づく。合地山寄りになるほどにしっかりした道形があるのだった。空が開け、それ以上高みがなくなる。
合地山到着。T峰より明るいがここも展望は無い。ただ樹林間隔があるので日差しは良く入る。風も無く、この時期にしてはポカポカ陽気。汗した身体から上がる湯気が、日差しを受け細かな粒子で立ち上っていた。平坦な山頂部であるが、その最高点と思しき場所にKUMOが縛られていた。そしてそこから7mほど北西側の、僅かに低い位置に標識が取り付けられていた。本当の最高点には朽ちた木が立ち、設置者はそれを避けて周囲に取り付けたようだった。腰掛けるのに適当な倒木があり、休憩には好都合。周囲に居る鹿からはキーンという警戒音が聞こえる。こちらが見えているのか。トランシーバーを出すと「東海マラソンコンテスト」をやっており、各周波数は賑やかであった。さあ折り返し地点。経路約7時間。復路の中ノ尾根山までは登り返しが長いので往路の1.5倍ほど見ておく。あとは林道までは下り勾配。それもなだらか。となると林道歩きを含めて、復路6時間と読んだ。歩かねば帰れない、さあ出発。
いつもそうだが、往路はとても歩き易い。既に何処に何があるか、道形のつき方が頭に入っているのでコース取りがし易いのであった。大きく下り、T峰に登り上げる。当然往路で少し苦労した場所は、より歩き易い場所を選んで進む。苦労といってもさほどでなく、このルートでいいのは、危険箇所が皆無の事。倒木こそ多いが、優しい藪漕ぎルートなのであった。T峰を越え、1940高点の鞍部から小さなピークを越えながら緩やかに登り返してゆく。往路はやや南にルートをとった所を北に歩いてみた。見失った道形は、その北側に付いていた。一端道形に乗ると格段に進度が速くなる。ただし疲労の蓄積も嵩んでいる。楽に歩けているだけで速く歩けていると思っているのは気分的な部分であった。
2104高点でU峰から約1時間。あと1時間で中ノ尾根山まで行ければ御の字。先日降った残雪に足を取られつつも、時計を気にしながら歩いてゆく。倒木を跨ぐ回数の多さに、太腿がパンパンになってゆくのが判る。なるべくそれら倒木を避けながらクネクネと行くのだが、それでも跨ぐ回数が多い。そしていやな事にガスがかかりだしてきていた。右に見える三俣山の方も濃く覆いだし、見え無くなったことで、今日狙う気が失せる部分ではありがたかった。夕暮れに向かうこの時間帯、ガスの発生は物悲しくなるのであった。中ノ尾根山への最後、2200m付近からはやや北寄りを進む。少し急峻ではあるが、ササが薄く、その点でとても歩き易かった。2250mで急峻も終わり、あとはダラダラと足をずらしてゆく。
中ノ尾根山再び。やはり何度来ても居心地がいまいち。僅かに休んで山頂を後にする。この先は、往路で道形を外しているので、探すように追うように降りて行く。やはり北寄りの尾根上に道形があり、薄っすらと続いていた。ただし見失いやすい場所は多く、何度か勘を働かせて進み、道形を拾うこともあった。そして往路に南側の尾根に進んでしまった(間違えた)場所では、その道形が急角度で北に進んでいる場所で、間違いやすい場所でもあったのだった。確かそこには朽ちた大木(倒木だったか)があったような。そして楕円状の標識のある2214高点北西の下降点に到着。時計は15:37だった。この時間なら日没までに林道に降りられる。林道に降りてしまえば暗くなろうとさほど心配が無い。一気に下って行く。2000m付近まではササの中の道、それ以下の高度は快適そのもの。こんなになだらかだったかと思えるほどに、膝に負担が無い。倒木帯の場所だけ少しいやらしいが、長距離を歩いている割にはここでの疲労度が少なかった。夕日に照らされた紅葉が美しく、それらに見とれつつ高度を下げてゆく。そして下に林道が見える頃が、夕日の最高潮の時で、周囲が赤く焼け、まこと見事な周囲の風景を見せてくれていた。
登山口到着。結局2214高点下から、ちょうど1時間で降りてこれた。あとは林道を降りるだけ。自転車があれば一気だが、私の足もまんざらでは無い。大きなストライドで降りて行く。夕暮れになり、非常に鹿が多く見られるようになってくる。完全に日没となると、光る目が怖いほどにヘッドライトに反射する。一度、林道上に居る小鹿が私の方に突っ込んできた。やはり鹿は目が悪いのか。慌てふためく鹿に、申し訳ない気持ちでいっぱいであった。ずんずんと歩いてゆくと、事もあろうに、朝日岳登山口前の小屋から明かりが見えた。鍵の掛かっていた小屋であり、作業員でも居るのかと思ったが、中を覗くとハイカーらしい姿があった。女性を含めた3名の方が居り、暖かそうに薪ストーブを囲んでいた。私の通過に何か言っていた様だが、凡そは見当が付く。そしてこの御仁らは、車でここまで入っていた。浜松ナンバーのデリカがそこにあり、これも地元の利なのか。“不公平な”と思いつつも、今日は長駆をしている満足感があり、人は人と思える。黒沢橋を左に見てどんどんと下る。気になったのは、今日は工事があったのかどうか。18番余地は工事関係者が停める場所であろうし、邪魔をしたのではないかと気になっていたのだった。鹿に混ざって狸やテンが前を通り過ぎる。面白いもので、彼らはライトの照らした先の方へ逃げてゆく。“何処でもいいから藪に入ればいいのに・・・”。
ゲート到着。そして300mほど進んで18番余地に戻る。周囲は真っ暗。ヘッドライトを消して空を望むと、満天の星。するとスーッと強い光が流れる。近くにオリオン座があり、今のがオリオン座流星群の残りだったのか。つい10月後半が最盛期だったから、今見えても不思議ではない。その光の強さは、初めて見るほどの光線のようであった。着替えを済ませ、ダート林道を戻ってゆく。
振り返る。長い林道がネックに思えるが、時間的な観点からはさほど負荷にならないように思えた。それほど林道が歩き易いという事なのだが、途中途中に作業小屋などがあり、登山口などがあり、飽きないで歩ける事に起因しているのかもしれない。そして中ノ尾根山までも一応はルートがあり、その先の合地山までは踏み跡が続く。日の長い時期なら、もう少し長い休憩を入れながらのんびりと歩いて来れると思う。ただし、暑い時期の長駆はそれなりに疲労が嵩む。涼しい、寒い時期だから快適に歩けたのかもしれない。それにしても紅葉が綺麗だった。一番の適季に歩けたのかもしれない。