小聖岳 2662m 前聖岳 3013m 奥聖岳 2978.3m
東聖岳 2800m
白蓬ノ頭
2632.4m
2010.8.13(金)
晴れ(21時以降に降雨) 単独 聖沢登山口より聖岳に登り、東尾根を下って畑薙ダム臨時駐車場に戻る 行動時間:15H40M
@畑薙臨時駐車場6:00〜56→(53M)→A聖沢登山口7:49→(29M)→B出会所小屋跡8:18→(31M)→C聖沢吊橋8:49→(118M)→D岩頭展望台10:47→(53M)→E聖平小屋11:40〜45→(70M)→F小聖岳12:55〜13:01→(66M)→G前聖岳14:07〜09→(15M)→H奥聖岳14:24〜38→(38M)→I東聖岳15:16〜20→(45M)→J白蓬ノ頭16:05〜12→(41M)→Kジャンクションピーク 16:53→(74M)→L登山道に乗る18:07→(23M)→M聖沢登山口18:30〜40→(87M)→N中ノ宿吊橋20:07→(47M)→O青薙山登山口20:54→(27M)→P畑薙大吊橋21:21〜26→(32M)→Q沼平ゲート21:58→(42M)→R臨時駐車場22:40
@臨時駐車場は、意外なほど空いていた。 | 井川観光協会のバスに乗って。左の窓の外に見えるは、東海フォレストのバスを待つ列。 | A聖沢登山口。 | B出会所小屋跡付近 |
C聖沢吊橋。急行ハイカーが追い越してゆく。 | 乗越付近。 | この吊橋は、だいぶ朽ちてきているような・・・。 | D岩頭展望台からの景色。2本の見事な滝が見える。 |
渡渉箇所の折れ曲がった橋。最大荷重150Kg。 | 聖沢沿いの道はトリカブトが乱れ咲き。 | E聖平小屋 | Eテン場もまだスキスキの状態。 |
薊畑分岐 | マルバタケブキの斜面。 | F小聖岳から前聖岳。 | F小聖岳から兎岳。 |
G前聖岳山頂。 | G周囲はガスで展望が無く・・・。 | G僅かにガスが切れ赤石岳が姿を現す。 | G山座同定盤 |
タカネヤハズハハコ | H奥聖岳のケルン群。 | H奥聖岳から前聖岳を仰ぎ見る。 | H奥聖岳三等三角点。 |
H奥聖岳から見る東聖岳。後は笊ヶ岳の稜線。 | H奥聖岳から赤石岳。 | 奥聖岳から下降しだし、東に方向を変えた辺り。 | 左の場所から奥聖岳を振り返る。 |
途中にはこのような赤ペンキマークも。奥聖岳側を矢印が示している。 | 途中でガレ地の淵を巻いてゆく。 | I東聖岳から奥聖岳と前聖岳(右)。 | I東聖岳から白蓬ノ頭側。 |
尾根途中から赤石岳。だんだんと表情が変わってきている。 | 白蓬ノ頭へのなだらか地形。写真中央辺りの通過地点が不明瞭。 | ハイマツの中の道。大岩に赤ペンキもあるが、かすれてきている。 | 明瞭な道形も現れてくる。 |
ハイオトギリ。秋に向けて色づきが美しくなる。 | J白蓬ノ頭山頂部と赤石岳。 | J白蓬ノ頭三等点 | JSK氏のいたずら書きが唯一の山名を示す。 |
J山頂に居たハイカー | Kジャンクションピーク。ここには沢山の標識が下がる。 | K椹島への尾根にもルートがあるのか? | 「出会所小屋」を示すテプラ標の方向に降りて行くと、このような尾根斜面に。かなり不明瞭。 |
時折このような木の標柱が見られた。 | L登山道に乗る。無記名の巡視路道標(黄色)がある。 | M聖沢登山口に戻る。 | N中ノ宿吊橋 |
O青薙山登山口 | P畑薙大吊橋 | Q沼平ゲート | R臨時駐車場前まで戻る。 |
お盆休み突入。しかし私の今年は「4日連休」にしかならず、前日まで全く予定は未定できていた。暢気と言えば暢気なのだが、特にここに行きたいとかの欲求が無かった。あまり日が無い中だが、北海道に渡って・・・などとも思ったが、思うと同時に台風の発生を知った。さあこうなると、いつのも週末と同じ。短時間での場所探しとなる。それも折角なら高いところ。しかしお盆休みと言う事もあり、混雑を避けたいのは1番にある。まだ暑いから藪漕ぎはあまりしたくなく、程々に登山道が伝える場所。ここで白蓬ノ頭が浮上した。ここは聖岳の冬季ルートとして有名になっている場所。そして尾根上から見る赤石岳は見事らしい。未踏座であり、目指してみることにした。
しかし椹島へ入るには、林道のアプローチに大きな制約がある。数年前から東海フォレストのバスに加え、井川観光協会のバスが利用できるようになり便は良くなった。がしかし、降りてきた後にこれらのバスを使うことは難しい。バスは小屋の為の「送迎用」として認可されている訳で、「公共機関」として利用するのは望ましくない。行きは良いとして、小屋泊をしないで各業者のバスに乗せて貰えるのかも判っていない。「じゃ〜上で泊まればいいじゃない」と言われるかもしれないが、ここで異端ハイカーはワンデイで周回してみたくなっていた。自転車で林道に入山すれば帰りは少し楽だが、ワンデイをするには多大な体力が要る。体力温存を思うと、バスで入った方が賢明であった。そして遅い下山を考慮すると必然的に帰りは駐車場までの長い歩きとなり、平面図上での歩行距離は37Kmとなった。あと5Kmあれば、マラソンのような距離。42.195Kmは「秩父七峰」で歩いているが、今回ここでの標高差は2000m以上ある。条件があからさまに違う。でも「やってやろうじゃないか」と思えるのが最近の私でもある。
どうに登ろうかと考えた中で、暗くなっても歩けるように、登山道が有る方を後半に来るように計画し、反時計回りで計画を練った。「28番」鉄塔巡視路を使ってアプローチすれば容易に登れると教えてくれたのは、MLQのページであった。今は閉鎖し詳細を読めないが、「28番」だけは脳裏に残っていた。冬季ルートでもあり、北アの鎌田富士などと同じように、ある程度の踏み跡は期待できる。問題は、暑さと距離であり、自分がどれだけ頑張れるかであった。当然、何があっても良いようにビバーク用のツェルトや食器類は装備に入れる。さあ決行。
前週に続き、圏央道経由で中央道に入り、富士山の裾野を抜けて御殿場で東名に乗るコースを選ぶ。じつは、これまで甲府側から国道52号を使ってのアプローチしかした事が無かった。高速を繋いでどれだけ早くに着けるのかという期待も大きかった。その反面、高速での渋滞も気になった。22:20出発。関越を上って行くと、ラジオから「東名日本平付近で11Kmの事故渋滞中」との情報を得る。このまま渋滞が長くなるのか、はたまた終息に向かうのか、気にしつつ圏央道に入って行く。それでもお盆休みというような混み様は無く、前週同様の流れであった。東富士五湖道路を下って行くと、日本平での渋滞は2Kmに減っていた。これなら問題なし。須走ICで降りて、先日の駐車場が見下ろせるのだが、なぜかスキスキで数えられるほどの駐車台数であった。ガスの中、下り坂を惰性で降りて行く。御殿場ICは、上り側と下り側とで2箇所入り口があるので要注意。久しぶりの東名に乗り清水ICまで。ここまでで出発から3時間20分。速いには速いが、燃料消費が多い。そして疲れた。アナログ的な私はどうやら下道の方が合っているらしい。
県道27号に乗って井川ダムを目指す。ガスの濃い中、眠気に誘われ何度もドキッとする。富士見峠辺りでペルセウス座流星群を見ようと思っていたが、空は白く曇っていた。井川湖に降りキャンプ場脇を通過して行くと、楽しそうな黄色い灯りがいくつも見え、タープの中からは寛いでいるシルエットも見える。それを見ながら“レジャーキャンプなど何年もしていないな〜”なんて思うのだった。畑薙湖に向かう車列があるのかと思ったが、前にも後にも皆無。既に入山している人も多いという事か。新しい赤石温泉を右に見て、次の畑薙ロッジを左に過ぎると、その先が臨時駐車場。その駐車場は全体の7割が埋まるくらいで、思ったほど混んでいなかった。天気がそうさせたのかとも思えたが、このハイシーズンにしては入山者が少なく見えた。井川観光協会は、ダム湖堰堤上駐車場の所にもバス停を設けているようだが、この臨時駐車場が一番乗る人が多く、ここでいっぱいになったら必然的にダムの所では乗れないことになる。そのダムの所では東海フォレストは止まらないので、安全を考えて臨時駐車場からバスに乗ることに決めた(3:45)。後に移り、1時間ほど死んだように仮眠。ここまでのアプローチ時間は短かったが、一般道より交通量の多い高速走行は神経を使い疲れるのだった。
公式には東海フォレストの始発は8時となっていた。このハイシーズンにそれを実行する訳も無く、臨時便が出るのは間違いない。しかし今回は聖沢登山口で止まる井川観光協会のバスを選択。万が一聖平で泊まる事になっても、そこの運営は井川観光協会であり、もしも続きで帰りのバス乗車の事も考慮に入れた。公式の運行表からは、ここを6:45に出てゆく。見えない東海フォレストより、見えている井川を選んだ訳でもある。5時ごろ目を覚まし、簡易ベンチをセットして読書をしながら時間つぶす。この待ち時間がとても苦手であった。6時になりソロリソロリとバス停に行くと、既に30名ほどの列が出来ていた。この列は東海フォレストに乗る列。東海フォレスト側が早く出る事も考えられ、その列の後に並ぶ。計画は計画として、行動は常に臨機応変なのだった。6:45、最初に現れたのは、やはり井川のバスだった。私を含め8名ほどが乗り込む。運賃は一律3000円。運賃と言ってはいけなく、小屋利用料と言うべきか・・・。出発し、すぐにダム湖のところで3名を拾う。今日はここから乗っても良かったようだ。帰りを思うとこちらの方が賢明だった。でも乗車の部分ではギャンブルであり、臨時駐車場を選んだ事に後悔はなし。林道はかなり荒れた感じで、掘れた穴が大きく車体を揺らしていた。落石もちらほらとあり、ここ数日来の雨の仕業のようでもあった。
バスはオートマチックトランスミッション。嫌な変速での揺れが無く快適だった。聖沢登山口に着き、一同がどっと降りる。ほとんどの方が靴を縛っている様子を横目に、スタコラと山道を登り出す。一級の登山道は緩やかで快適。周囲のスギの木には、鹿の食害防止用のナイロンロープが目立つ。その長いものを見ていたら、自然の長いものもお出ましで、立て続けに2匹の蛇が登山道上を横切って行った。出会所小屋跡は僅かに進んだ場所にあり、周辺から「No.28」の巡視路道標を気にしつつ足を進めてゆく。最初の水場でプラパティスの500mlを満たし、水平動を闊歩して行く。すると後から特急列車のような若者が追い上げてきた。道を譲るタイミングを見計らっていたのだが、後に気をとられている時が大きなミスをやらかした時だった。この時の何処かで、「No.28」があったはずなのだが、目にしないまま通過してしまっていた。「No.28」とは別に、主尾根と交わる場所に、無記名の黄色いプレートはあったのだが、ここから取り付いても良かった。がしかし、我が気持ちは取り付き点より、煽ってくるような背中側にあり、自然と足は登山道上を滑らかに、そして少し忙しく進んでいた。そして道を譲ったのが聖沢吊橋の所だった。地図を見返して、予定していた取付き点周辺よりかなり進んでしまった事を把握する。さあどうする。最初の予定からすると、このままでは逆行となる。夕方の行動が、白蓬ノ頭からの下りになり、ヘッドライトを頼りに降りられるかが心配であった。“戻って取付き点を探そうか”そうも思ったのだが、“いや待てよ、前半で一級の道を伝って行動を早めれば、後半に余裕が出来る”そんなふうにも考えられた。折角進んだ道を戻るのは勿体無く、この先の行動は後者を選んだ。
右岸側に移ると、聖平小屋発だろう降りてくる方とちらほらとすれ違う。九十九折のところでは、上部通過者からの落石があり、斜面を時々注意する事も大事であった。学生らしいパーティー6名の姿もあり、登山道途中で中華風のそうめんを作っていた。パイタンスープのようないい香りが辺りを漂う。乗越地点を過ぎると勾配が緩やかになり、少し下りを交えたルートとなる。椹島を出た方だろうか、先行している人がどんどんと現れる。水場も頻繁にあり、この事からしても夏向きなルートと言えよう。最初の水場で汲んで来たが、これなら水を持たずともいいような場所であった。岩頭展望台からは、凝視すると目が眩むような深い景色が見える。緑の中に竜が這うような白い滝、そこから聞こえる太い水音、高度感があり背筋を少し涼しくしてくれる迫力があった。途中、遠く赤い屋根が一瞬見えた。聖平小屋の屋根で間違いないだろう。でもそこまでは遥か遠く、あそこまで行かねば・・・と思うと、今日の予定に暗雲が覆いだすような心境であった。
進行方向右手側には聖岳の稜線があるのだが、その高みはガスに覆われ見えない。見えていたらもっと萎えていたかもしれない。ルートは次第に聖沢沿いの涼やかな道となる。そこにはトリカブトが最盛期で、その青さが火照った体を視覚から涼しくしてくれていた。少し足を濡らさねばならない渡渉点も一箇所あり、滑らぬよう注意して対岸へ。渡渉を何度か繰り返すが、雪の影響だろうか、そのうちの一つの橋は大きく折れ曲がっていた。その橋には耐荷重が「150Kg」と書いてあり、二人乗ると曲がってしまうのか。安全率を倍ほど見ているだろうから300Kgほどまで大丈夫だろう。それでもいい大人が4人乗れば耐えられない事となる。でもでも、橋が無ければ足を濡らして進まねばならない場所、ありがたく曲がった橋を利用して対岸へ移る。
テン場が右に見え、僅かな樹林に潜るとその先が開け、カラフルなテントの先に聖平小屋がデンと待っていた。先を行った急行ハイカーもまだザックを背負った状態でおり、私も大差を開けられず到着できたようだった。小屋の前にある熱いお茶を頂く。喉の渇きを覚えていた身体が、不思議とその欲求が収まる。暑い時には熱い物、と言う事になるのだろうか。各方面から到着したハイカーが次々と宿泊手続きをし、部屋に移る足音が小屋内に響いてゆく。その音を聞きながら薊畑側に進んで行く。ここの木道も懐かしく、コツコツと靴音を響かせながら草地に中を抜けて行く。南側の上河内岳も姿を現す。時計回りになった以上、もう茶臼岳側に進むことは無くなった。久しぶりに踏めるかと思っていたが、その楽しみは次回に。その分、しっかりと仰ぎ見る。
薊畑分岐には一人のハイカーが休んでいた。そよ風を受けながら、その笑顔から気持ち良さそうな雰囲気が伝わってくる。軽く会釈をして聖岳へ向けての登りが始まる。お花畑の中の登り、ハクサンフウロのピンク色があり、キオンやマルバタケブキの黄色が絨毯のように広がる。これでもかと言うほどに高山植物があり、その全てにカメラを構えたかったが、その撮影の時間も端折って歩け歩けの状態であった。時計は既に12時を回っている。この先の聖岳への登り、そこからの白蓬ノ頭への稜線、そして登山道への下り、日没まで間に合うか・・・。聖岳を踏んでご満悦で降りてくるハイカーがすれ違う。大ザックの人もちらほら見られ、赤石岳を抜けてきている人も居るようであった。日差しを浴びながらの歩行が、少しづつ寒さを覚えるようになり、周囲はガスに覆われつつあった。
小聖岳到着。久しぶりにここから聖岳を見上げる。ガスの晴れ間から、時折全容を見せるのだが、その姿はなかなかかっこいい。登山道がある稜線の先に、米粒のようにカラフルなハイカーの姿がある。そしてこのピークにはデポしたザックが6つ置かれ、軽荷でピストンしているようであった。ここで長袖を着込み寒さに備える。そして力水を口に含み聖岳に向けて踏み出してゆく。少し痩せた尾根の西側からは、流れの音が強くし、そこからの音を風が稜線に運び上げていた。左側の大崩落地からの吹き上げの風が冷たく、どんどんと身体が冷されてゆく。そしてここでも、前からカラフルな「山ガール」が迫ってくる。なにか高山植物を見ているかのように清涼剤の役目をしている。ガイドに連れられたパーティーも多く、そこでここが100名山だと再確認させられた。ガレた中を九十九を切って登って行く。ここのでの登りは、すれ違うほとんどの人から、「ごくろうさま」と声が掛かる。言葉の連鎖なのだろうが、降りてきた人も、そう言われながら登っていたのだろう。ここの登りの苦痛を皆知っているが故の「ごくろうさま」なのであった。そのすれ違う一人が、「今日は赤石が凄いよ」なんて言う。“ウソだろう、こんなにガスがかかってきているのに北側だけが開けているとは思えない”なんてネガティブな思考が出てしまう。でも2割くらいはそれを信じたい期待はある。気ばかり急ぐが足は一定速度、坦々と登る。
前聖岳山頂。やはり赤石岳はガスの中。先ほどの御仁が居た時は見えていたのだろう。それでも少し待っていると、ガスが流れ姿を現した。それこそデンとした姿であった。しかし長居は無用、後から大人数のパーティーが追って来ていた。逃げるように奥聖岳の方へズレて行く。懐かしい道を、前回もこうだったな〜と思いながら足を乗せてゆく。気持ちの良い尾根道で快適そのもの。たぶんここの勾配がそう思わせるのだろう。振り返ると、前聖の墓標のような標柱の横に、集団が群がっている。逃げてきてよかった。先ほどまでのガスが取れ、赤石側はクッキリと見えるようになった。欲を言えば悪沢岳までも見たかったが、赤石の後はまだガスに包まれていた。
奥聖岳到着。西側にいくつかケルンが立ち、それらの東端に三等点が鎮座する。前聖に目を凝らすと、先ほどの集団がこちらに向けて下って来ている。急いでスパッツを装着し、この先の東進に向け準備をする。既に時計は14:30で日没まで4.5時間ほど。それまでに登山道に出るなり林道に出るなりして勝負をつけてしまわねばならない。ここからが心機一転のスタートとなる。良く見ると東聖岳に向けて一筋の白い腺が見える。紛れも無い踏み跡で、前回ここに来た時は下る意識がなく目に入らなかった。いや見えていても気にならなかったのだろう。しかし今日は伝って行く場所であり、良く見える。この奥聖岳の下降点は、赤ペンキでルートが示してあり、やや南側を巻き込むような下降の仕方で、40mほど下ったら東に尾根上を急下降して行く。時にハイマツの上を踏みながら、そして開かれた道形を追うのだが、明瞭な道形では無いので、伝い方も適当。乗ったり離れたり、適当に歩き易い場所を伝っていた。そんな中でも、赤ペンキは時折見え。その数は夏道が有るのではないかと思わせるほどに付けられていた。ただし、既に付けられてから年月が経っており、消えかけているものも多い。先ほどまで眼下にあるように見えていた赤石岳は、だんだんと聳えるような位置になってきている。そんな景色に見とれていると、東聖岳西側にはガレ場もあり、注意しながら巻き込んで進む。進む先にこんもりとした円錐形があり、それが東聖岳。遠くで見ていたより近づいた方が顕著なピークに見える。
東聖岳到着。どこが最高所かと探してしまうような細長い場所で、ペットボトルのキャップにマンガが書かれたものが、2箇所でぶる下がっていた。さあ残すは白蓬ノ頭のみ。東側にこんもりとした樹林帯が見え、そこだと判る。しかしこれまで見えていたような道形が無くなった。ここからが勝負かと気合を入れる。尾根を忠実に辿るように進むと、ハイマツの中に道形は隠れていた。時折寝たハイマツに乗る場面もあり、足運びには要注意。それでもだんだんと切り開いた様子が克明に見えてくる。あからさまに作道された感じで、左右に刃物跡が残る。肩まで没するハイマツ帯もあるが、その中にも道形は確保されていた。だんだんと鞍部が近くなると、今度はその道形があやふやになり、どこが本道なのか判らない状態で適当に歩き易い中をゆく。ここは緑色のウンカが沢山居り、通過の再にそれらが舞って大変な騒ぎ、周囲が雪が降ったうようになり、口に入ったり背中からふりそそぎ体内に入ったり・・・。そんな格闘をしていると、南側の谷の中にピンク色のマーキングを発見する。降りて行くと、そこに道形が続いていた。何処かで外したのか、通ってきた場所が合っていたのかがよく判らなかった。そして道形に乗れば、そのまま伝えば白蓬ノ頭まで案内してくれていた。
山頂が近くなると、先の方から篭ったような鈴の音がしてきた。驚かさないようにこちらも鈴を鳴らす。私の鈴は、動物用で無く人間用なのであった。それに気づいた御仁が、私の方に駆け下りてきた。「何処から来たのですか?」。「聖からです。私も28番から登ろうと思ったのですが、見落としてしまい時計回りに・・・」。「そうですか28番はしっかり判りましたよ」。ガクッ・・・情けなや・・・。御仁と会話しながら白蓬ノ頭到着。「あれっ三角点は?」と訊ねると、「ほら目の前に・・・」と、そこに地面と同化したような三角点があった。そして周囲を見ると、見た事のある絶縁テープがあった。それが驚くほど新しい。誰の物であるかは一目瞭然。このテープの真贋に関しては、私は第一人者を豪語する。間違いなくSK氏のものであった。それも「10・8・8」とある。なんと氏は5日前に訪れていたのであった。ここが藪山であることからして、5日の差はニアミスと言って良いだろう。そしてこのSK氏のいたづら書きが唯一山名を示していた。これを見ながら独りごちていると、横に居た御仁から「この先、適当なテン場は無いですかねぇ〜」と問われる。そうかこの人は聖まで抜けるのか、「赤石や悪沢の方へ行くのですか」と先読みをすると、「赤石を回って降りようかと思っています。ちなみに明日の天気は・・・」と、私の胸からはトランシーバーがジージー言っていたのでラジオを聴いているのだと思ったらしい。「いや、明日の天気は判らないのです。今日下るつもりなので・・・」。「えっ!今日下山、降りて椹島ですか、それより日没までにここを降りられないでしょうに」。「そうも思うのですが降りてみます。さらに椹島で無く、畑薙の臨時駐車場まで戻ります」。御仁にとって予想を超えた答えに、言葉でなく笑いがこぼれた。「そうそうテン場ですが、安定した場所は奥聖まで行かないと無いですね。あとは適当なスペースで張るしか・・・」、「判りました。あと1時間ほどは歩いてみます」と、御互いに動く準備をしだす。「ちなみに、ここまでどのくらいかかりましたか?」と聞くと、「登り4.5時間ほどで、最後はバテバテでした」と・・・。そして相互の健闘を祈って白蓬ノ頭を後にする。御仁は気持ちいいほどの静岡訛りの方であった。
下りだしの最初はお花畑の通過。そこに細い踏み跡が続いている。南にトラバースするような道で、いつしかなだらかな主尾根に乗った形となった。そこには赤ペンキやマーキングが適度に付いているので追って行けばいい。明瞭不明瞭で言えば不明瞭だが、藪山でこれほどにマーキングがある事を思えば歩き易い。歩きながら、先ほど山頂で遇った御仁の言葉を思い返していた。「ジャンクションピークからさらに進んで、南に降りるように進んでください」。言っている意味が地形図から読み取れなかったのだった。ジャンクションピークで南進に切り替えないと、周囲の急峻地形に入ってしまう事になる。でもあの御仁は、今の今、歩いてきたわけであり・・・悩んだ。
そして尾根を下って行きジャンクションピークに到着する。賑やかな場所で、沢山の標識が付いている。「椹島」「出会所小屋跡」それらが矢印付きでその方向を示しているのだが、その方向の斜面を見ても道形は不明瞭。ここで先ほどの御仁の言うように少し東側に進むが、前を塞ぐような斜めの木があり、そこに赤ペンキでなにやら書いてある。やはり東に進むには抵抗がある。テプラのプレートに従い、不明瞭な斜面を南に下りだす。時折赤い絶縁テープがある以外は、本当に数えるほどに昔の布が結ばれている。その足許斜面は踏み跡とは言えないような状態で、獣道に毛が生えたような筋が見える。だんだんと日が落ちてきているので、時計を見ながら速度を調整し、細心の注意で周囲を観察しながら行動を速める。広い斜面で、そこに広範囲にマーキングがある場所もあった。冬季の入山者の名残であろうが、それからすると大枠でこの尾根を外していなければ、どこを歩いても大丈夫という事になる。ただし、少しでも尾根を外れれば周囲は急峻地形。勘を働かせ、狙いどころを定めてマーキングを追って行く。
1750m付近。しばらくマーキングを追ってきたのだが、その先の進路が判らなくなった。地図を見返すと少し尾根が西にズレている。その方向に修正をすると、また広い尾根に乗り一安心。踏ん張りの効かなくなっている足に喝を入れつつ、尾根を降りて行く。そして聖沢の音が強くしだし針葉樹林帯に入ると、そこに鹿避けのロープが見え出してきた。もう登山道も近い。まだ気を抜けないが、ほとんど降りたも同然に喜べた。尾根を降りて行くと、登山道とぶつかった場所は無記名の巡視路道標のあった場所であった。確かに、往路通過時に、尾根を乗越すこの場所は気にかかった。顕著な尾根であり、ここから取付いても良かった訳であった。周辺の植生は歩き易い場所ばかりで、主尾根に取付くのにはどこから取付いても良いようであった。そんな中で一番登りやすいのが28番巡視路となるだろう。結局、28番の鉄塔を拝む事無く降りて来てしまった。
やっと登山道にありつけ、歩き易い道を降りて行く。そして18:30、聖沢登山口に到着する。両足を投げ出してしばし休憩。この登山口の40mほど上流には、着替え中のマイカーの若者3名が居た。一縷の望みを持ってしまう自分が情けないが、声を掛けてくれないだろうかと期待してしまう。でももう一人の自分が、その甘さを断ち切るように畑薙へ向けて歩き出させていた。歩き出して15分ほどしたか、先ほどの車が明るいヘッドライトを照らしながら横を通り過ぎて行った。“これでいいんだ”と自分に言い聞かせる。「黙々」「坦々」、そんな言葉がぴったりの歩行であった。ペースを色んなモードに切り替え、一番負担の無い歩き方を探る。途中で、杖になる枝を拾うのだが、これが極端に片方側が重い、この重い方を下に向けて、振り子のように杖を利用した。“なんか楽”、辛い時には色々思いつくものであった。
聖沢登山口から中ノ宿吊橋まで90分くらいで歩いている。なかなかいいペース。次が青薙山登山口、次が茶臼岳登山口と、目標を定め、コースタイムを気に掛けて歩いていた。真っ暗闇の林道。以前はこんな時間に車通りがあったが、この日は先ほどの1台を最後に全く通らなかった。ヘッドライトに獣の目が明るく光る。その目の間隔で大型動物か小形動物か判るのだが、光り方は個体差無くどれも同じだとこの時判った。無駄な時間は一つも無く、自然に身を置きながら色んなことを吸収していく。畑薙橋を越えると、その先で青薙山登山口となる。ここまで来れば、もう先は見えたようなもの。残り2時間ほど。歩けば届く。
ヘッドライトをLEDにした為に、全く夜の虫が飛んでこない。以前は蛾や蝶を追い払う作業があったが、文明の利器によりそれも無くなった。よって夏のこの時間でも負担無く歩く事が出来る。青薙口と茶臼口間では、やたらと小動物が現れていた。私は夜間歩行を得意としているが、それらに驚かない訳ではなく、キラッと光ると、その都度ドキッとする。逆にドキッとしなければ、なにか遭った時の対応が出来ない訳で・・・。そして茶臼岳登山口に到着すると、そこにある東屋でしばし足を休ませる。ここのベンチは幅が広く、寝るのにちょうどいい。その幅に誘われるがグッと我慢。迷いが出た時には、すぐにもう一人の自分が行動しだす。スタコラと畑薙ダムに向け歩き出していた。
このあたりから雨が降り出してきていた。最初は火照った体に気持ちよいシャワーであったが、次第に本降りとなり傘で対応する。ここで新たな発見。自分の発熱が傘との間に篭り、顔の周囲が暑くなった。傘を上げるとそれが回避でき、こんな場合の傘の柄の長さも今後重要視せねばならないと思えた。少し傘を高く上げながら、空気の流通を良くしつつ歩いていた。そして沼平のゲート到着。現在はここの指導小屋には常駐者が居る。居ない時なら沢水のカランをひねって水を使わせていただくのだが、煌々と点いている明かりが気になり素通りする。そして堰堤上の自販機の場所まで頑張り、ここで甘い微炭酸飲料を飲む。この時の美味しさたるや・・・本当はビールが一番なのだが、ここまで体力を使うと糖分を身体が欲し、一気に飲み干した。明日の登山に向けての到着だろう、この時間帯になると、いくつものヘッドライトが沼平に向けて通り過ぎて行った。残りもう少し、臨時駐車場へ向け舗装路を行く。この舗装路が嫌なもんで、ダート林道に無い疲労感が出てくる。足の裏が暑くなるような感じ。アスファルトの上を長く歩いた人なら、その意味を判ってくれるはず。下って行くと、左の方から賑やかな声が聞こえる。そしてそこには大型テントが明るく見える。駐車場到着。そのテントは間違いなく前夜祭をしているようであった。だいぶ大きな声が聞こえ、お酒も入っているのだろう。もし翌朝行動の車中泊の方が居たならば、だいぶ迷惑していただろう。そんな事を思いつつ車に到着。小雨になった事を幸いに、さっと着替えて帰路につく。
途中、赤石温泉付近を歩いている女の子が居た。この時間、何処から・・・。私のように歩き詰めで来ているのか、少しでも振り向けば乗せてやろうかと思ったが、その様子はなく、それから芯の強さを感じ取る。「頑張れ」と思いつつ、ブレーキに足を乗せたがる足をアクセル側に移動する。そして帰りは高速は使わず、下道で戻る。やはり下道の方が楽。速いだけが良いのでなく、混雑の無い道と言うのも運転に影響する。よほど急ぐことが無い限り、今後も下道での行き来になるだろう。眠くなったら路肩でサッと寝れるのも、下道のよいところだから。ちょっと頑張りワンデイ成功。今回も記憶に残る山旅となった。
帰宅後、諸情報を精査。すると「28番鉄塔」巡視路入口の場所は、聖沢登山口からのルート上でなく、聖沢登山口と椹島とのほぼ中間点の林道沿いに有るのだった。私の間違った(大間違いの)記憶により、出会所小屋跡近辺に「28番」巡視路入り口があると思い行動していました。作文には、思い違いのまま行動している事をノンフィクションで書き出しているので注意されてください。
山頂で遇った御仁が「下りは、ジャンクションピークからは真っ直ぐ東に進んでください」と言った意味が、恥ずかしながら後になって判った。そして御仁は「入口にはちゃんと『No28』とありましたよ」と言っていた。私は、ある場所に行っていないし通過していないのだから、見るはずもなし・・・。ろくに下調べもせず行動していた証拠でもある。おかげでと言うか、ジャンクションピークからの藪尾根と言えよう南尾根を楽しむことができた。現地では、踏み跡がほとんど見られなかったので不思議に思ったのだが、コースを違えて歩いていたのだから当然である。それでも高い位置にマーキング類はあったので、冬季に南尾根からのアプローチもあるようであった。ルートファインディングを楽しみたい場合は、南尾根はお勧めかも。(後日確認後の追記とさせていただきます)