小旭岳 2636m 清水岳 2603m 猫ノ踊場 2220m
猫又山 2308m
裏旭岳
2733m
2010.6.5(土)
雨のち曇り、夕方より晴れ 単独 猿倉より白馬大雪渓経由 行動時間:16H
@猿倉駐車場4:55→(50M)→A白馬尻付近5:45→(200M)→B県境下村営宿舎9:05→(88M)→・小旭岳10:33→(55M)→C清水岳11:28→(61M)→D猫又山北側直下12:29→(33M)→E猫ノ踊場13:02〜31→(36M)→F猫又山14:07〜20→(102M)→G清水岳帰り16:02〜04→(129M)→H裏旭岳18:13→(49M)→I県境分岐19:02→(113M)→J猿倉駐車場20:55
@猿倉駐車場から出発。スタートは雨。 | 砂防工事道路。 | 簡易橋も崩壊した渡渉点。 | A白馬尻上部。 |
1930m付近。 | 2520m付近から振り返る。 | ガスの中から村営宿舎が現れる。 | B村営宿舎到着。到着時、終始このようなガスが巻く。 |
県境から富山側に降り、平坦地をしばらく進む。 | 裏旭岳西側。長いトラバース終了。2610m付近。 | 2560m付近。小旭岳を前に。 | 清水平は夏道が出ていた。 |
2560m付近。もうすぐ清水岳。 | 清水岳の雷鳥。 | C清水岳。西から東を見ている。 | C清水岳の北側。少し踏まれた跡が続く。 |
清水岳の北斜面はハイマツの海。2550m付近。 | 2520m付近。尾根右(北)側の雪に伝って進む。 | 2490m付近から清水岳を振り返る。「ハイマツの海」が判るだろう。 | 2490m付近から2513高点を望む。 |
2513高点の西、2470m付近から猫又山側。 | 2400m付近の雪庇尾根。 | 2340m付近から。かなり状態の良い尾根雪。 | 稜線から北側の大ナル沢を見下ろす。正面の山塊は無名峰。最初、この峰々が猫又山かと誤解した。 |
途中から見る清水尾根の不帰岳。 | D猫又山北側から見る猫ノ踊場。 | 猫ノ踊場の一角に乗る。 | E猫の踊場到着。 |
E猫ノ踊場から見る清水岳。 | E猫ノ踊場のKUMO | E猫ノ踊場三角点。 | E三角点から見る最高点(白い部分)側。 |
E猫ノ踊場で「ヤキソバパン」を食べる最初の人かも・・・。 | Eこの場所は山塊の肩的場所にあり、南東側には20mほど高い高みがある。 | E猫ノ踊場最高点。このブッシュの中にKUMOがある。 | 猫ノ踊場から猫又山に戻ってゆく。 |
猫又山西峰。 | 猫又山西峰から見る東峰(標高点) | F猫又山山頂(西峰) | F猫又山のKUMO |
F猫又山東峰から見る西峰。 | F猫又山から見る清水岳。中央右は2513高点。 | 稜線北側の雪は、大きく割れだしている。高さ2m以上。 | 崩れるのも時間の問題か・・・。深さ2.5mほど。 |
2513高点北側斜面。けっこう急峻。 | 2513高点東から見る清水岳側。一度深く下がってからの登り返し。 | 清水岳手前で、白馬側のガスが切れる。清水岳へは右端の雪に繋がり、その左上の雪へと繋げてゆく。 | G清水岳帰り。 |
2585高点北側から白馬側。 | 清水平帰り。 | 小旭岳の雷鳥。 | 小旭岳の東側。残雪と夏道の様子。 |
裏旭岳の雷鳥(メス) | 裏旭岳の雷鳥(オス) | H裏旭岳から剱岳方面。 | 裏旭岳東側から杓子岳側。 |
ここから緊張の旭岳のトラバース。 | 進んで行くうちに、真っ赤に白馬岳が焼けだした。 | 剱岳も赤く染まりだす。 | 毛勝三山も姿を現す。 |
I県境稜線分岐点。 | 村営宿舎を見下ろす。テントが4張り見える。 | 杓子岳側のアーベンロート。 | 白馬大雪渓下り。 |
19:40くらい。そろそろヘッドライト点灯。 | 渡渉点帰り。 | I猿倉駐車場帰り。 |
各方面から開山祭の便りが聞こえてきている。毎年の事だが、これから山が賑わいだす季節がやってくる。でもまだ高所には雪はたっぷり。まだまだ場所を選べば残雪は楽しめる。当初は、土日でテントを担いで遊ぶ週末だったが、野暮用が入り、1日のみで帰らねばならなくなった。鹿島槍周辺もしくは清水岳周辺の2択を準備していたが、標高の低い方を先にと、白馬側に行くことに決めた。
2003年のゴールデンウイーク。その初日に大雪渓への一番トレースを付けたのは、この私であった。この時に清水岳を目指し、なんとか踏んできたのだが、帰り道の旭岳付近は腐れ雪に悩まされ、それこそほうほうの体で戻ってきた記憶がある。再びその清水岳に行くのだが、前回の経験からして、少し遅い方が雪が締まって伝いやすいと考えていた。あとは、夏道があるコースであり、それが伝えれば一番便利。でもその夏道が出てしまう頃には、そこより標高が低い場所では雪がなくなる事になり、今回目指す「猫ノ踊場」へは、藪漕ぎを強いられる。そんなこんなで、狙うタイミングを神経質に気にしていた。アプローチは白馬大雪渓から。よってスキーでは入れれば言う事は無いが、これも前回の記憶から、白馬岳から清水岳間はスキーに適していなかった。歩け歩けの計画となる。
先週同様、ここも以前はMLQの記録が有ったが、残念ながら今は見られない。参照出来るのは南川さんの記録だが、時季が少し違うから参考にはならない感じ。あと一番気になるのは、南川さんが書いている熊の存在だが、まあこれは居て当たり前、こちらはアウェーの立場である。と言う事で、外野からの参考文献はほとんど無い中で、地形図を睨んで準備をする。日帰りするには、ちとロングコース。でも「ワンデイ猫ノ踊場」、我が若かりし頃の記録に追加したかった。全ては雪如何で状況は変わる。天気が良いようで、それだけがかえって心配だが、雨の中よりはまし。いざ決行となる。
1:20家を出る。嬉しい事に三才山トンネル手前のセブンが営業している。そしてそこには、残り1個となったヤキソバパンが置かれていた。問答無用に手にしてレジに向かう。「暖めますか」、山で食べるんだ、「そんな訳ねぇだろ」なんて言いたいところだが、こちらの内心など売り手側は判らない。「暖めないけど、普通車2枚お願い」と告げる。言い終わった後、「けど」ってなに・・・と言葉使いの不適切さに反省。そしてチケットを持ってブースに走って行くと、もう顔なじみのおじさんが、「気をつけて〜」と声を掛けてくれる。どれだけ通っているのか、ブースのおじさんは、私が仕事で通過していると思っているだろう。そして松本に出て147号で北上。猿倉に行くのは、2007年以来。少しだけ懐かしい道を伝って進んで行く。
猿倉の駐車場に到着する(4:32)と、そこには11台ほどの車が置かれていた。テントも3張り、スキーが乗っている車も見える。大雪渓を楽しむ面々がここに集っているようだ。既に夜が開け明るくなっている。鶏タイプの私は、日が上がっての仮眠は無い。ゴソゴソと準備をしだす。嫌な事に雨が降って来た。夜半はかなり降っていたが、残り雨ならいいが・・・。準備をしていると、横の横の人が窓を開けてタバコを吸っている。その紫煙がこちらに漂い、非常に不快。吸うなら窓を閉めて、毛穴と言う毛穴から個人的に吸って欲しい。“出発前に俺を調子悪くさせないでくれ〜”と言いたいほどであった。もっとも、風下に停めた自分も悪いのか、そ知らぬ顔をしてタバコを吸っている御仁の顔があり、早く出発せねばと急ぐ。
4:56駐車場を出発。除雪された砂防工事道を伝って進んで行く。猿倉荘からの登山道合流点では、なぜかここにだけカジカガエルが元気良く鳴いている。まるで「気をつけて行って来いよ」と話しかけられているような・・・。長走川は、林道を流れが横切っているので、雪渓を高巻して通過。そして林道終点地から山道に伝ってゆくと流れを跨ぐ場所があるのだが、橋が壊れ現存する渡し木も折れ曲がっている。周囲を見ても目の前のここを通過するしかなく、滑りやすい木に足を乗せ、ストックでバランスをとりながら対岸へ。歩幅の小さな女性には、酷な通過点となっていた。
さあ大雪渓の中に入った。白馬尻小屋のところは、再建工事なのか、そこだけ黒く雪が退かされ整地してあった。稜線からの吹き降ろしの風が冷たく、思わず雨具を着込む。1580m付近の岩陰には、緑色のテントが見える。確か前回もここに有ったような・・・。先行トレースは無く、この週末の一番トレースを刻んで進む。途中で振り返ると、後ろから小さな点が3つ登って来る。“アレ、責任重大か”、あまり迷走したトレースでは怒られそうであり、少し後続を気にしつつ、しっかりとステップを切って上がって行く。相変わらず吹き降ろしの風は詰めたい。雨も時折降っており、なんだかここだけ天気予報に見放されたような感じさえした。
岩室(葱平)を過ぎ、少し硬くなりつつある斜面を蹴り込んでいると、霰が降り出してきた。下が雨なら、上は雪。小さな硬い粒が体を叩く。それにしてもこの天気、どうした事か・・・。一日これでは気が滅入る。快晴の下で遊ばせて貰う気で来ているのに・・・。喘ぎながら登っていると、谷の中に話し声が響く。上からの下山者だろう。視界に入らないと言う事は、私の進行コースが、正規ルートより外れているのだろう。現に、だいぶ右岸側を通過してきていた。それに気づいて途中から北側に長いトラバース。後続の人には申し訳ないが、ちょっと南寄りのトレースを付けてしまった。「残雪期のトレースは信じるな」の鉄則は、是非守って欲しい。周囲はガスで何も見えない。今日のものなのか昨日のなのか、薄く新雪が乗っている。これらの柔らかい雪を選びながら高度を上げてゆく。数十分前に一瞬だけ見えた山荘の場所に、見当をつけて向かって行く。行動するには少し嫌なガス。視界は40mくらいであった。
ふと目を上げると、そこに村営小屋があった。経路4時間ちょっと、まあこの時期なら予定通り。周囲には真新しいアイゼンの刃跡があり、先ほどの登りに聞こえたハイカーのものらしかった。小屋前から見上げる白馬岳側の急登に、ピッケルを刺しながら登っているトレースがある。それを右に見ながら小屋と雪壁の間を西側に進んで行く。そして一番西側の棟の裏から稜線に這い上がる。わずか40mほどだが、ここもけっこうに急登の雪の壁。県境稜線からは旭岳を狙って西進して行く。2003年の経験があるので、慎重に進む。僅かな高度のとり方の違いで、ここは危険度に差が出る。雪の融けた草地を経て、そのトラバース斜面に入って行く。視界はここで30mほど。上に下に斜面が見えるが、一瞬の間違えが、大きな事故に繋がる場所。しっかりと足場を確認しながら進んで行く。2003年の通過時は、つぼ足で難儀した場所。それが今回は硬いバーン。緩くても硬くても難儀する通過点であった。
ガスの中から独特の鳴き声で雷鳥が警戒音を出している。向こうはこちらが見えているのだろう。一方的に見られるばかりでこちらからは見えない。2733高点の裏旭岳も、稜線より50mほど高度を下げてトラバースして行く。斜行が長くなり、その斜めな時間が辛くなってきた。やはり冬季は稜線歩きの方が・・・そう思っても時既に遅し。50分ほどトラバースしていたか、やっと裏旭岳の西、2650m付近で稜線に乗る。この付近は雪の付きが良く、安心して稜線上の雪の上を伝って行ける。その先には雪融けした平地があり、夏季にお花畑になる場所である。僅かな道形の存在だが、長い緊張の後でありオアシスのように思えた。この先には裏旭岳(2636高点)がある。夏道はトラバースしているが、靴のエッジを効かせるのも疲れ、稜線頂部を選ぶように雪に伝って進んで行く。天気は相変わらずで、大半はガスが覆っている。時折気まぐれに青い空を覗かせてくれるのだが、その気まぐれさに、懐からカメラを出すのに何度も焦る。いつもこんな行動であり、やはり私の持つべきカメラは起動時間の早いカメラがいいのだろう。
清水平の2585高点は、登りたくなる様な山容で、これを左に見ながら90度進路を変えて北進して行く。前回は、確か間違えて登ってしまったので懐かしい場所でもある。もうすぐ清水岳。そう思って顔を上げると、目の前をヨチヨチと雷鳥が歩いている。その様子は自然界の生き物らしい動作。と言うのは、ここの雷鳥は警戒心が強く、30mほどの距離でも逃げる行動をする。各所に居る雷鳥も、ここの雷鳥のDNAを持ってくれれば絶滅危惧種にならずとも済んだのに・・・。カメラをズームにして、逃げてゆく雷鳥を追う。もしかしたら、危機感と言うより、ここの雷鳥は恥ずかしがりやなのかも知れない。
清水岳到着。少しだけ夏道が顔を出している。村営小屋からここまでで、夏道に伝えたのは小旭岳東側の僅かな距離。雪が無ければ楽と言う事では無いが、有るとしんどいコースと感じる。スタートから既に6.5時間経過している。ロングコースなので、もう少し早出すればよかったが、深夜は強雨予報が出ており、それで夜明け頃の出発とした。さあここから先は初めて踏み入れる場所。少し疲れも出てきているが、気合を入れなおして北に下って行く。なぜかここには、踏み後らしき筋がある。猫(熊)のものか・・・。しかしその道形もすぐになくなり、ハイマツの濃い斜面に変わる。ハイマツを漕いで進むか、雪の付いた急斜面の行動にするかであるが、20mほどはハイマツを漕いでみた。しかし短時間でかなりの疲労。夏季に伝った南川さんの強い精神力を改めて敬服。逃げるように雪の上に降りる。本気モードの斜面で、ここでアイゼン装着。慎重にグリップさせながら尾根北側を伝って降りて行く。伝ってゆく雪庇は、かなりの場所で割れ、そして落ちている場所がある。それでも伝ってゆくには適当な雪の量があり、ここで体感する残雪状況は、この時季に入って正解と答えを出していた。アイゼンを着けたので、格段にグリップ力が増し歩き易い。「早くに着けていれば」と思うこと毎回。ほとんど馬鹿のレベルである。
清水岳北西の2513高点の前後も、急峻の登下行が待っていた。ゆっくりとした歩みで、復路用のステップをしっかり作りながら登り、踵をグリップさせるように下って行く。ここから先は、地形図では北斜面がゲジゲジマークの場所。進行方向を見ると、その場所に覆いかぶさるように雪庇の稜線が続く。地形図と相反して、とても歩き易そうな場所に見えていた。標高を少し上げてきたせいか、ガスが取れだし、青空の範囲も広くなってきている。途中から南側を望むと、清水尾根の名峰不帰岳の姿がスクンと見えた。藪山であるこの山が、今は雪を纏っており楽々行けそうに見えた。その清水尾根は展望の尾根だが、こちらもかなりいい感じ。今度は進行方向右側に目を移すと、眼下に大ナル谷の大きなカールが見える。こんな奥地に有るから誰からも気に掛けてもらえないが、ここがアプローチが容易だったら、間違いなくスキーコースになる場所。見事なまでの広い谷地形が上の廊下に向けて降りていた。この美しさを見られただけでも、ここに足を踏み入れた価値がある。この大ナル沢に沿うようにして西側に双耳峰がある。当初はこれが猫又山だと思っていた。その先にもピークがあり、猫又山と猫ノ踊場の関係が成り立つ。自然地形に沿って2308高点から北側に向かって行く。ここで確認の為に地図を見返した。“アレッ、2308高点って・・・” それが猫又山だった。だいぶ北に進んでしまったので、登り返さずに、猫ノ踊場に向けてトラバースしながら進んでゆく。猫又山西峰の西斜面で少し藪漕ぎがあったが、その距離も短く、再び雪の上に乗る。
猫又山と猫ノ踊場との鞍部付近は、がっちりとした太いシラビソ樹林。それらを縫うように進んで行く。さあもう少しで最終到達地点。目の前にはダラッとした山容がある。地形図通りの地形で猫ノ踊場が待っている。しかし少し前から肺に違和感が・・・。かなり呼吸が苦しくなってきていた。出掛けの、車内で紫煙を燻らす青年の顔が浮かぶ・・・。やはりなったか・・・濃い煙を吸った時に、嫌な予感はしていたのだった。それでもここで引き返すなんて事は無い。進もうが引き返そうが、状況的には変わりは無いのだから。押し殺すような呼吸に切り替え、もうひと頑張り。
猫ノ踊場は、山としては違和感のある場所で、山塊の肩的場所で山頂としている。気持ちよい尾根雪の場所で、らくだの背の上を移動しているような場所であった。最高点の西側にはブッシュの高みがあり、そこにはKUMOが縛られていた。山名こそ無いが、唯一山頂の存在を示す人工物。次に三角点を探しに行く。この時季であるから、雪の覆われて探すのは無理だろうと踏んで足を進める。しかし三角点の大地周辺は雪が無い。これはラッキー。下を向きながら徘徊開始。するとコツンとアイゼンの刃が大きな石にぶつかった。それは三角点を取り巻く四方の石であった。その横を見ると、苔生して自然に同化した三角点が鎮座していた。等級が判らないほどにコケが多い。そのコケを剥がないように手で読み取ると、三等点のようであった。まさか三角点が拝めるとは思っても居らず。ここまで来たご褒美を戴いたような嬉しさであった。良く見ると三角点の場所から東側に、踏み跡らしき幅がある。好事家の伝った跡と見たいが、猫(熊)の足跡とも妄想したい。
最高所に戻り、しばし休憩。息苦しさと痛みがかなり心配であるが、ビバークするか、進む(戻る)か、ヘリを呼ぶかの三択。歩みを止めると死んじゃうタイプなのでビバークは無理(装備はちゃんと持っている)。ヘリを呼ぶにも呼び方を知らない(ってことにしておこう)。残すは進むの選択。いつもながらの私である。ザックに腰を下ろしながら、ヤキソバパンを齧る。齧りながら、猫ノ踊場でヤキソバパンを食べたのは私が初めてでは無いのか、そう思うと、いつも以上においしく思えた。朝日側はガスに覆われほとんど見えない。白馬側の稜線も同じ。周囲1キロくらいの展望を楽しみながら、登頂の味を噛み締める。そして長い休憩の後、往路を戻る。
雪の上の人工的な刃跡を拾うように戻ってゆく。最低鞍部からのシラビソ樹林は、なんとも気持ちがいい。この周辺にしては珍しい通過点だからかもしれない。そして猫又山への登り上げ。最初に登り上げるのが猫又山の西峰。ここは南側斜面が砂礫地形で、こここそ猫が踊るには適当に思える。そして東に進んで行くと、東峰があり、ここで2308標高点をとって猫又山としている。
猫又山の山頂にも、KUMOが縛られている。雪の重みで倒れてしまっている木にも付けられており、山頂としてのマーキングの他に進路用に縛った物のようであった。この時間帯になると、白馬側のガスが空け、その方向にデンとした清水岳の雄姿がある。またあそこまで登らねばならないと言う負担を気にしている自分と、その美しさに感動している自分との、二人の存在が有った。トランシーバーからは各地の山に入っている方の声が聞こえる。天気はいいが乗鞍も風が強く寒い様子。それを聞くと、風の少ないここはありがたい遊び場。照り返しの太陽が、より暖かく感じた。
復路はほとんど牛歩状態。往路に力を使いきった訳ではないが、白馬まで登り返さねばならない精神的負担も歩みを遅くさせていた。それでも、そんな私に周囲の自然が綺麗な姿を見せてくれる。それがあたかも「頑張れ」と言っているかのように・・・。ガスは視界を遮る嫌なものであるが、太陽光も遮り、雪面が予想以上に腐っていない。非力な私に自然が味方をしてくれているのだった。2513高点の厳しい登りを上りきり、ここが清水岳であって欲しいと願ったが、しっかりとその先に清水岳は待っていた。清水岳の直下はハイマツ漕ぎをしたので、そこを避けるようなコース取りを目視確認。急登斜面にアイゼンの出っ歯を引っ掛けながら上り、さてその上がハイマツ帯。そこを避けるように北側に寄って行くと、岩場混じりの通過点には踏み跡が残っていた。やはり清水岳から北に着いていた薄い道形は好事家によって踏まれた跡のようであった。しかしここを抜けた先で、山頂までが垂直に近い壁。一度ズルッとやって肝を冷やす。ハイマツに掴まりながら、高低差20mほどを、一歩を5〜6回蹴り込んで足を上げてゆく。途中までは通過しやすかったが、危険度はこちらの方が高く、ハイマツ通過の方が安全度は高かったようだ。
さあ清水岳まで戻った。まだ先は長くうんざりするが、少し嬉しい状況になってきた。それは、剱岳がガスの中から姿を現したのだった。それまでじっと息を潜めていたそれが、雲間から穂先を現し、あれよあれよで周囲の展望を抑え、我が視線を釘付けにしてゆく。こちらから見る剱岳はそれほどに見事なのだった。だんだんとガスが降りて行くと、その中で眠っていた毛勝三山も姿を現す。荘厳と言う言葉がぴったりの情景であった。これだけの景色を見せてもらったら、弱音を吐いていられない。この先は、少し夏道を気にして進んでみようと、地形図を見ながら進む事にした。
花畑からの東は、小旭岳の南をトラバース。ハイマツの中に道形を発見。少し漕ぐような場所もあるが、道の存在はありがたい。何度か雪に寸断され迷うが、遠望が利く様になり、先の道形がハイマツの中に発見できるようになった。裏旭の西斜面にはジグザグに切られた道形が見える。小旭南面からそのジグザグの道への間が、数箇所雪に埋もれてややこしい場所となっていた。勘を働かせ、周囲の僅かな地形の変化を読み取り、道の有りそうな雪の上をトラバース。夏道はほぼ同じような標高で横ずれしているので、高度を気にしながら進むのが良かったのかもしれない。そしてジグザグ道を裏旭に向けて登る。ここでは丸々と太った雷鳥がお出迎え。清水岳の雷鳥とは違い、ほとんど逃げない。清水岳に出張して、逃げ方を教わってきた方がいい。
2733高点の裏旭岳通過。この先の旭岳をトラバースを終えれば県境稜線。南に見える雲海の先の剱岳を清涼剤に、もうひと頑張り。またまた長いトラバースに入る。往路のトレースは、硬い雪もあって流石に残っていない。正面に白馬岳を望みながら東進して行く。アイゼンの刃が、夕暮れの硬くなった雪にグサリと噛んで進んで行く。白馬山荘からは玄関前でこちらを見下ろしている人も見える。まだ日があるが、既に18時半を過ぎている。夕食後の展望タイムだろうか。少しだけ視線を気にしながら、“そっちには行きませんから”と県境分岐点へ登り上げてゆく。肺活量と運動量と体力、全て比例関係にあるだろうが、その関係に「根性」を加味させてひたすら足を進める。劣っている部位はあるが、成せばなるである。
県境分岐到着。村営小屋を見下ろすとテントが4張り。お酒でも酌み交わしているのか、話し声も漏れている。東側のテントからはラジオの音が・・・。19時を回り、山の時間は止まったように静かに暮れてゆく。この日の最後を飾るように、周囲各山のアーベンロートが赤く眩しい。それらが、「良く頑張った、気をつけて下れよ」と言っているようだった。さあ一気に下る。ザクザクと刃音を響かせながら2mほどのストライドで降りて行く。やはり往路の私のトレースを伝った人は多く、雪渓の右岸寄りのトレースが、より濃く残っていた。そしてまだこの時季でもファットスキーを使っている人が居り、その登下行する跡が残っていた。たくさんの人が通過した大雪渓も一日の終わり、闇に包まれてゆく。ヘッドライトの明かりだけが頼り。時折ある雪崩れた大岩に、ドキッとしたり、狭い視野の分、聴覚や臭覚が敏感になる。往路同様、下降時にも上から谷を吹き降ろす風が冷たい。その風に背中を押されるように降りて行く。
少し緩斜面になり、そこでシリセードをした跡がある。同じようにやってみるが、なかなか滑りにならない。そしてスキーのシュプールもあるのだが、あまり気持ち良さそうな弧を描いていない。この風と、ガスに包まれていた状況を考えると、雪がガチガチだったのかもしれない。現にこの時の下りでも、朝と同じ沈み込み量だった。歩くのには申し分の無い雪質なのであった。この先の問題点は沢の渡渉点。でも今はアイゼンが装着され、滑りやすい板に対し強い味方を従えていた。白馬尻の下で雪渓から離れ、右岸側の濃いトレールに乗ってゆく。小さな沢をいくつか跨ぎ、問題の沢へ。雪面の踏み跡を見ると、今日の通過者は、皆ここを通ったようだ。足を滑らせた人はいないのか・・・出来るならタイガーロープでも渡してあればより安全なのに・・・。アイゼンが板にグリップして無事通過。あとは林道歩き。今日もまた除雪したようで、路肩に山のように雪が寄せられていた。猿倉荘への分岐箇所では、帰りもカジカガエルが出迎えてくれる。「お帰り」ではなく、ヘッドライトを当てたので、「眩しいなー」と言っていたのかも。駐車場に戻ると、明日に向けての宴会テントがひと張り。中からは明るい笑い声が聞こえてきていた。
猫ノ踊場。滑稽な名前の山であり、その山自体に目が集中するような場所だが、場所柄展望の山でもあった。経路でも終始周囲が望め、気持ちよく歩ける尾根筋であった。でも入るタイミングは非常に難しいかも。一つに、白馬の県境稜線から清水岳間の問題がある。膝まで潜るつぼ足の時に歩いたが、清水岳往復だけで疲れ果ててしまった。従って、しっかり締まった頃に入るのがいいだろう。でも今度は、あまりゆっくりしていると、清水岳から先の雪が落ちてしまう。稜線の北側の雪が落ちてしまうと、ハイマツやチシマザサの濃い藪漕ぎとなる。これまた辛い場所に変わるだろう。よって私の狙った時期はこの時期となったのだった。
楽しい登山と言うより、中盤からは(息)苦しい登山となってしまった。月曜日に診察(CT)を受けたら、左肺の5分の1が萎んでいた。良く頑張ったと自分を褒めてやりたい。