丸山  2452m         西穂独標    2701m        西穂高岳     2908.6m 


   間ノ岳      2907m                天狗岳  2909m          ジャンダルム   3163m

  
  
ロバノ耳  3000m       奥穂高岳   3190m
 

 2010.07.18(日)   


  晴れ     単独      新穂高ロープウェーで西穂高口まで上り、奥穂まで抜けて白出沢を下る。   行動時間12H


@新穂高ロープウェー麓駅08:00〜35→(41M)→A西穂高口駅9:16〜20→(47M)→B西穂山荘10:07〜10→(12M)→C丸山10:22→(33M)→D西穂独標10:55→(17M)→Eピラミッドピーク11:12→(35M)→F西穂高岳11:47〜49→(46M)→G間ノ岳12:35→(33M)→H天狗岳13:08→(105M)→Iジャンダルム通過14:53→(10M)→Jロバノ耳15:03〜06→(36M)→K奥穂高岳15:42〜43→(22M)→L穂高岳山荘16:05→(154M)→M白出小屋跡18:39→(81M)→N新穂高有料駐車場20:00


 ※箇所のコースタイムは、滑落遭難対応の為の時間を含む


ekisyamae.jpg  nishihotakaguchi.jpg  toazndou.jpg  nishihosansou.jpg 
@ロープウェー麓駅舎は、連休で大賑わい。長蛇の列の最後尾に。 A西穂高口。絶景かな。 登山道は大渋滞。 B西穂山荘も大賑わい。
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Bテントの花も綺麗に・・・。 途中から焼岳側を振り返る。 「山ねずみ」氏が居た。 途中から笠ヶ岳側。
maruyama.jpg  maruyamadoxtupyou.jpg  nishihodoxtupyou.jpg  pyramido.jpg 
C丸山通過。山頂に居るのは、山ねずみ氏同行の錫杖氏。 C丸山から独標側。 D西穂独標通過。 Eピラミッドピーク通過。
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F西穂高岳。少しガスが張ってきた。 F西穂三角点。 F西穂から奥穂側。 F西穂から明神岳。
nishihokara.jpg  koiwakagami.jpg  akaishikusari.jpg  higashigawatoraba.jpg 
F西穂から梓川を見下ろす。 コイワカガミとミヤマキンバイ 赤石岳付近の垂直の鎖場。 東側を巻くトラバース道。
anbukaraainodake.jpg  ainodakenobori.jpg  ainodake.jpg  ainodakanishiho.jpg 
正面に間ノ岳 間ノ岳直下のゴツゴツとした登路。 G間ノ岳 G間ノ岳から西穂側。
ainodakekarasawa.jpg  suicyokuakkou.jpg  jyangawa.jpg  uitaishi.jpg 
G間ノ岳から岳沢ヒュッテ。再建営業中。 間ノ岳東側の急峻な壁。鎖で垂直に・・・。 途中から奥穂側。 ここを上から降りてきたのだが、壁も足場も浮石だらけ。要注意。
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逆層のスラブを前に。 逆層のスラブを登る。濡れてさえ居なければ登り易い。 H天狗岳 H天狗岳から間ノ岳
tengunokoruhe.jpg  bunnki.jpg  tengunokorutengu.jpg  runze.jpg 
天狗ノコルへの垂直下降。鎖場ルートは腕力必要。 天狗ノコル。 コルから見る天狗岳側。ここを下ってきた。 天狗ノコルの先のルンゼ。上側から見ている。
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ジャンダルムに向けて Iジャンダルムは、中央部にバンドが見えるが、それよりやや下側を通過して行く。今回は登頂せずに巻く。 Jロバノ耳からジャンダルム側。 Jロバノ耳東側。
robanomimitozandou.jpg  umanose.jpg  umanose2.jpg  mousuguokuho.jpg 
Jロバノ耳山頂から見る登山道。左側に人が立っている。 馬ノ背突入 馬ノ背登攀中。 もうすぐ奥穂。社も見えている。
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K奥穂高岳 K奥穂からジャンダルム側。 K奥穂から吊尾根。 穂高岳山荘上から。
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L穂高岳山荘 L穂高岳山荘からの白出沢下降点。 なだらかに見えるが、非常に滑りやすい雪面。 滑落後、止まった場所から。
mousugusextukeiowari.jpg  heri.jpg  sawa.jpg  jyutarou.jpg 
ここも波打っているが、かなり滑る。慎重に・・・。 ヘリが再び救助に訪れた。左には警備隊員が降り立つ。 雪渓を離れ、登山道を降りて行く。最初の沢。 重太郎橋の橋げたは、まだ掛けられていない。
shirodashijkyaato.jpg  yuuryou.jpg     
M白出小屋跡に降り立つ。  N有料駐車場に戻る。     


 
 夏風邪を引いたのか、火曜日から38度ほどの発熱があり、絶不調状態。咳は出るは、鼻水は出るは。挙句の果ては気管支炎になったようで、ただでさえ呼吸困難なのに、輪をかけて呼吸がし辛い。最近調子のよい事が無いのは、年か・・・。週末は3連休、なにか計画を当て込みたいが、こんな調子なので全く気持ちが乗ってこない。さらにここに、中国地方や中部地方での水害事故のニュースが飛び込んできた。完全に意気消沈。気分は停滞モードに入った。それでも土曜日はカラッと晴れた。この状況下で家に居るのは、私にとって酷であった。

 
 3連休は、亀戸のふ〜さん一行が西穂に入っている。会のメンバーは総勢26名。少し前から、邪魔をしない程度に顔見せしに行こうなどと思っていた。土曜日に停滞したのは、少し理由があり、豪雨の影響も考えての事でも有った。行くなら西穂から縦走し、白出沢を下降する予定であった。そう、増水を考えての停滞でもあったのだった。

 
 今回は装備にプロポリスを仕込む。風邪気味の時や、喉が痛い時は、これに限る。私にとっての魔法の雫なのであった。あと、この時の装備選択での落ち度で、アイゼンを持たなかった。これが大きく行動を左右した。1:35家を出る。月齢は上弦の月。スパッと割ったような半月が印象的であった。三才山を越えて松本に入り、158号で平湯を目指す。今回一つ嬉しい事は、平湯の徴収ブースが無料通過できる事。往復で使うと1500円。それが今回丸々浮く事になる。しかし新穂高に到着し、深山荘のところの市営無料駐車場に入って行くと、警備員に跳ね返された。確かに連休二日目、長期滞在する人は自ずとこちらに入れるわけであり、空いている方が不思議であった。だが、深山荘の駐車場は空いていた。警備員に聞いてみると、「トラブルがあり、使わせてもらえなくなった」との事であった。遅かれ早かれとは思っていたが、やはり・・・。そんなこんなで、初有料駐車場利用となる。4:40に到着したまま入ってしまった。ここは時間制、少し周囲で待ってから入ればと、軽率に入ってしまったことを後悔。この分で行くと、平湯トンネルで浮いた分が、そのままここで相殺されるような感じでもあった。でも駐車場に入れた事で一安心。後に移動し、仮眠となる。でもロープウェー始発まで4時間もある。この待ち時間もなかなか酷であった。一度目が覚めたら二度寝にはならず、本を読みながら時間の進むのを待つ。

 
 駐車場からは、観光客の姿は消えていた。7:40になり、トボトボとロープウェーの駅に行くと、その列に圧倒された。既に200名ほど並んでいた。しまった、楽に構えすぎた。第一ロープウェーの定員が44名だから、4番目か5番目の便となってしまう。次に、上に行ったら行ったで、鍋平を始発にする客も居るだろう。予定遂行に対し、とんだことになったと思えた。連休に来るべき場所ではなかったのか・・・そんな自問自答にさえ及んだ。長い順番待ちの末、やっとチケット購入となり、機械的に「ザックをそこに乗せてください」とカンカン場の様相。「えっ、さっきの大きなザックの人には言わなかったじゃない」。まだまだオーラが出ていないのかと反省。乗せると10キロあった。1500円の乗車券にプラスして荷物賃を300円支払う。臨時便が8:15から動き出し、乗れたのが8:35の便であった。鍋平に着くと、その人の多さに驚いた。ざっと1000人以上は居る。問答無用、これが夏、これが三連休なのだろう。ここは第一ロープウェー利用者を優先していて、鍋平からの乗客はその次扱い。これを体感すると、混雑時は下から乗った方が無難に思えた。

 
 そしてやっとの事で歩き出しのスタート地点、西穂高口に到着。笠が岳方面は見事な展望が有り、たくさんのカメラがその方向を向いていた。水場で500mlのプラパティスを満たし、登山道に入って行く。しかし、予想通りの大渋滞。アリンコのように数珠繋ぎで歩いて行く。ただしこの時はこれでちょうど良かった。どうにもこうにも息苦しい。たまに目まいのようになり、目の前が暗くなる症状も出てきた。高山病にしておきたかったが、そうではないのは確か。酸素の取り入れ量が極度に少ない様子。頭もボーッとしてきている。“ちょっとやばいかも”なんて他人事のように思ったり。ゼーゼーハーハー、犬のような短い呼吸を繰り返しつつ足を進める。混雑によるなかなか進まない苛立ちと、息苦しさへの苛立ち。このスピードとこの体調では、今日は行けて西穂までかも、そんな後ろ向きな考えも出てくる。それでも歩いていると、すれ違うお姉さんから、「あと10分で小屋ですよ」と声をかけられる。嬉しいほどの清涼剤を貰った気分になった。

 
 西穂山荘到着。予想はしていたが、人、人、人。展望を楽しみながら、既にビールを傾けている姿もあり、周囲には笑い声が響いている。「これぞ夏山」と言った感じだった。テン場には綺麗なテントの花が見られ、そこにはふーさんの物らしきテントも見える。中には居ない様子であり、西穂へ行動していると思えた。もしや小屋の中に、と思って一通り見回すが、その姿は無かった。ここに来てすれ違いは寂しいので、よくよく確かめたのであった。さあ西穂側に踏み出してゆく。既に10時を回り、独標や西穂からの帰りの方がたくさんすれ違う。そんな中、見た事のある赤い小さな方が居た。それはあの、山ねずみ氏であった。聞くと、天狗岳の先の天狗ノコルから岳沢に下り上高地に降りるらしい。氏らしい面白いコース取りである。最高の天気の下、楽しそうに歩かれていた。そうこうしていると一眼を首から提げた、赤シャツのハイカーが降りてきた。それはふ〜さんであった。いつもながらの明るい笑顔に逢えてホッとする。今日のふ〜さんは、会行動であり、それもリーダー。邪魔をしない程度に1分ほど立ち話をして御互いに背を向ける。ここで最初のミッションをコンプリートとなる。

 
 丸山通過。雲ひとつ無いと表現したいほどの青空。梓川側には上高地が箱庭のように見える。進行方向左(西)側からは、常に笠ヶ岳に見られているような、それほどにくっきりとしていた。目指す側には、緑の斜面に一筋の登山道が見えるのだが、色とりどりに着飾ったハイカーの姿がある。背中側からは山ねずみ氏の賑やかな話し声も響いている。氏と話しながら歩きたいとは思うが、今は歩くだけの酸素取り入れ量しかなく、会話までの余力なし。それにしても、最高の天気。このまま奥穂に抜けるまで続いてくれるのかどうか。独標を越えると、たいぶハイカーの姿も少なくなる。それでも日頃登山者に行き会わない私にとっては、かなり多く感じる。ピラミッドピークからは、西穂の標識が目視出来る。今回でここを訪れたのは5度目になるか、何度来ても周辺山容の美しさに目を奪われてしまう。ルートは進むにつれて危険度が増してくる。それがまた、楽しさに繋がっていたり・・・。ふと気づくと、胸の苦しさは無くなっていた。もしかしたら、ある標高、ある気圧での快・不快の棲み分けがあるのかも。今後も人体実験は続く。

 
 西穂登頂。多くの人はここで踵を返すようであり、長い休憩をされている方が多い。時計を見ると、既に12時に近い。これでいくと、何も問題ないとしても穂高岳山荘に着くのは3.5時間後くらいになるだろう。となると、ちょっとワンディも厳しいかと思えた。と言うのも、前回駆け抜けた時は、ロープウェーの始発がかなり早かった。それも渋滞に巻き込まれないロケットスタートが出来たのだった。今日はまったくののんびりスタートであるが、体調を思えば、これで良かったのかも。この西穂からの先へは、すぐ先を二人のハイカーが進んでいた。それから、ヘルメットを被ったパーティーもすれ違ってくる。朝一に穂高岳山荘を出てくるとこんな時間での通過になるのだろう。さあ危険地帯に入った。ワクワクしながら進んで行く。赤石岳を前にして、岳沢側に長い下り、クサリを握りながらガシガシ下ると、下で待っていた方から、「若い人は早いねぇ〜」と。この先も東側に下り、トラバースするように巻いて進む。いつ付けられたのか、白ペンキがルートを示しているので、それを追うと良いだろう。目の前の間ノ岳の斜面は、一面の岩で出来たモザイク模様の山容であり、山下清さんなら、ちぎり絵で上手く表現するだろうな〜などと見ていた。そして手前鞍部から、そのモザイク模様の中の白丸ペンキを追いながら這い上がってゆく。頂上直下はやや急峻で、浮石もあるので要注意。

 
 間ノ岳登頂。残念ながらこの時からガスが掛かりはじめ、期待していたジャンダルム側の山容が見られない。振り返ると、西穂側もガスに覆われていた。ここから東側眼下に、岳沢ヒュッテが見えるのだが、雪崩でやられた以降情報が無かったが、新しい小屋が建ち、営業しているように見えていた。この間ノ岳の先は、少しルートが判り辛いが、左(西)側を気にしていると、これまでの白丸ペンキが導いている。この先の長い垂直の鎖場を終えると、その先でルートが二つに分かれている場所がある。トラバース側の道に入ると、なんとキジ場になっていた。出物腫れ物とは言うものの、場所を弁えよう。少しガスが晴れ、ジャンダルム側が見えるのだが、まだ白く雪が残っている。やはり今年は雪が多かったようだ。逆層のスラブを前にして、鞍部まで西側を巻き込むように降りる場所がある。ここでは、体重をかけた岩壁が動き、かなり危なかった。3点確保を忠実に実行していたので、滑落を免れた。ここは足場になる所も浮石が多いので要注意となる。

 
 さあ鞍部まで降り立ち、目の前には逆層のスラブ斜面がある。その鞍部には、老齢なご夫妻が休んでいた。外見で判断してはいけないが、だいぶお疲れのように見えた。軽く会釈をして前を通り過ぎる。スラブ斜面にはしっかりと鎖があり安心だが、鎖のある場所より、西側のリッジ側の方が手がかり足がかりが多く登り易く感じ、鎖を離れそちらを登る。雨なら間違いなく鎖に頼るが、天気がまずまずなので、色んな所に遊び心を加える。ただ、落ちれば笑われてしまうのだが・・・。岩場を登りきって、ガスの中に標識が見えた。

 
 天狗岳到着。明神岳側は綺麗に見えているが、奥穂側は相変わらずのガス。留まる事無く急斜面を降りて行く。コルに向けての鎖場は、かなり腕力が必要だったり・・・。鎖場の岩斜面を避けて、一つ西側にも踏み跡があるが、こちらは足場が土で滑りやすかったりする。オーソドックスに、岩場を下ってコルに降り立つ。岳沢側の天狗沢には雪がつまり、後から通過する山ねずみ氏らパーティーはアイゼンがあるだろうかと、心配でもあった。コルから西側を巻くように進むと、ルンゼ内の鎖場があり、ここは少し湿っているので、足場に注意となる。途中で外国人が流暢な日本語で挨拶をしてすれ違ってゆく。さらに前穂の方をやってきたような、重装備のクライマーパーティーもすれ違って行った。

 そして天狗ノコルから、300mほど進んだ時、後ろから「大丈夫か〜」と声が掛かった。「大丈夫だよ〜」と言いたかったが、2回目にその声が聞こえた時、事故であることを察知した。「どうされましたか〜」と叫ぶと、「滑落者が出ました〜」と返ってきた。当然、誰が落ちたのか、後からくる人ら、先ほどすれ違った人ら、消去法でいくと、失礼だがお疲れのご様子の老齢な二人が頭に浮かんだ。少しすると「警察に電話しているのですが、途切れてしまい・・・」と伝えてきた。下で声を出している人も、コルよりは少し登ってきているようだ。「無線で要請しましょうか」と言うと、「お願いします」と声が上がってきた。「天狗沢を150m滑落、生存確認」と滑落状況と場所を下から上げてもらい、トランシーバーを握る。最初、「非常通信」と前置きをして433.00
Mhzで声を出すも応答がなく。145.00Mhzに切り替えると、岡谷市の局長が応答してくださり、警察への転送依頼。こんな時は、携帯電話より無線の方が、簡潔に言葉を伝えられるのでいいかもしれない、と冷静に思ったり・・・。数分後、岡谷の局長が連絡完了と伝えてきたので、我が役目はそこまで。人道的には、困った人があれば助けるのが順当だが、被害者の居る場所に対し500mほど離れてしまっている事と、クライマーパーティーが近くに居る事を思うと、出しゃばる場面でも無いと思えた。そして後から天狗沢を下って行く、山ねずみ氏も来ている筈。頭数は十分。やり取りから、無線完了まで20分くらい足踏みしたが、ジャンダルムに向けて歩き出す。後からの報告では、途中で行き会った外国人のうちの一人が落ちたようだった。

 
 ジャンダルムは、登るつもりで来ていたが、先ほどのアクシデントも有り、端折って進むことにした。未踏なら踏むのだが、既踏でもあるため・・・。このジャンダルムのトラバースは、東側を白ペンキに伝って進む。適当なバンドがあり伝いたくなるが、白ペンキを追った方が無難である。ジャンダルムの次にあるのがロバノ耳で、登山道は山頂近くの高い位置を通って、北側に急下降している。登山道の一番高い場所からは、山頂に向け、踏み跡があり登り易い。少し崩れやすい地形なので、他の登山者には十分注意したい。と言うか、絶対に落としてはならない場所であろう。

 
 ロバノ耳山頂に立つが、視界は30mも無い。まあこんなもんだろう。周りが見えないだけ、高度感が判らずビビらずに済んでいるのかもしれない。さあここから北側に深く下る。岩場の急峻地形で、段差の大きい場所でもある。ゆっくりと三点確保で体を下ろしてゆく。鎖場を通過し、奥穂が近くなると、最後の関門「馬の背」となる。ゴジラの背中のようなリッジは健在で、その鋭利な背を慎重に攀じって行く。高度感とスリルが味わえる通過点となる。ここを通過すると、その先が奥穂の山頂となる。少しゴツゴツとした通過点で、痩せた場所もあるので最後の最後まで気を抜かぬ方がいいだろう。

 
 奥穂高岳に到着すると、小学生の姿も見られ、それにより破線ルートが終わった事に気づかされる。山頂から吊尾根を見ると、20名ほどがこちらに向けて登り上げてきていた。時計は既に16時に近い。このまま穂高岳山荘に留まってしまおうかと、気持ちが揺らぐが、ガスの間から一瞬見えた山荘付近、それから涸沢ヒュッテ付近の人(テント)の多さに、留まるべきではないと判断した。数時間ぶりのしっかりした登山道を踏みながら、高度を下げてゆく。小屋からの軽身でのピストン者の姿も多い。フェンスを越えて、階段を下ると、そこは賑やかな穂高岳山荘。面白いと思えるのは、ほぼ100パーセントで電子機器を握っている。それがデジカメであったり携帯であったり、二階の窓を見てもそこから乗り出して携帯を操作している姿もあった。これが昨今の山小屋の姿。かく言う私も、これから下山に入ることを地上にメールして白出沢側に進んで行く。

 
 白出沢の下降点に行くと、常駐の警備隊員が、登って来たハイカーに事情聴取していた。どうやらヘリを飛ばしたが、滑落者はヘリに乗ることを拒んだらしい。こうなるとヘリを呼んだ人が被害を被ってしまう。ここが良心と人助けとの難しい部分。隊員に「私が先ほど非常通信した者です」と言うと、「中にも警備隊員が居ますから・・・」と、状況は白出沢の事故の方が主体になっているようであった。事情聴取が終わるのを待って、今の今、登って来た方に白出沢の状況を聞く。「滑落者が出るくらいなら、かなり滑る状況ですかね」と言うと、「アイゼン無いとやばいですね」と返って来た。西穂から抜けてきながらのすれ違い者からは、「グズグズに腐っているようです」などと言われつづけて来たのに、180度状況が違うようだ。でもここから迂回路を選ぶにも、南岳側に行っても同じだし、涸沢の方だって、かなりの量の雪が見えていた。意を決する。

 
 石畳の九十九折を降りて行くと、下から若いハイカーが上がってきた。どうにも表情が硬い。事故現場を見ているからだろうか。さらにもう一人上がってきたが、全く同じ。「かなり滑りますかねぇ〜」と声をかけると、「行って見ろ」とばかりの無言のままの表情をしていた。そしてその雪渓の上に乗る。雪の表情は柔和だが、「どうだ、滑るだろう」と言わんばかりの雪質であった。踵を入れるも、雪が硬くて沈まない。もう少し腐っていてくれさえしたら緩斜面であり楽なのだが、ちょっとした氷の上を歩くような様相でもあった。前週のザックにはアイゼンを入れていたのだが、今回のザックには、確か入れていなかった。確認するように中を覗くが、案の定無い。さらにはストックも無いので、2重苦とも言えよう状況であった。左右を見渡すと、左岸側が雪が無く伝えそうだ。だが、そこまで行くのに滑りそう。そもそも登ってきているトレースが、非常に薄いし、下っているトレースも、僅かに足跡を残すくらいで降りていた。緊張度が最大に上がった。品定めするように、雪の表情を見ながら、柔らかい場所を狙って降りて行く。確実に足を下ろせる一歩など無かった。ストックでもあれば、だいぶ違うのだが、もう無いものは無い。これを無謀と言うのか。

 下の方を見ると、3名が150m間隔ほどで降りて行っている。個人的な3人なのか・・・それともパーティーなのか・・・不思議な距離感があり、目を凝らすと最後尾の方の足元がおかしい。ふらふらで、今にも倒れそう。と言うか何度も倒れていた。どうやらこの方が滑落して、最終的にはヘリに乗るのを断った方のようであった。ザックにはザイルこそあるが、肝心の自分の雪に対する制動具が無い。サポートして降ろす余裕など、この時は無かった。そんな思いをしながらも、少しづつ足を下ろしていた。ソールのビブラムがかなり減っているのも判っており、ソールが雪を咬んでいないのも感じ取れる。「やべーなー、下まで長いなー」と内心が喉元まで来ていた。それでも少しづつ、この時の雪質に慣れてくる。でも、この慣れを感じた時が一番危険と、長袖を着て、厚手のグローブを嵌めた。

 そして30mほど降りたか、少し歩幅を大きくとり過ぎたか、と思った瞬間、もう滑り出していた。最初は、「あれっ、気持ちいい」と風を切っていたが、なにをしても止まらない状況に、恐怖が体を包む。短時間で色んなことを考えるのだが、このまま滑って、何処かでジャンプして岩に叩き付けられる絵も浮かび上がる。だめもとでなんでもやってみようと、腹ばいになり、両足を雪面に蹴りつける。と同時に指を硬く広げ雪面を引っかく。気持ちスピードが緩んだが、停めるほどにはならない。下の状況を見るのに、また上を向くが、益々加速して行く。幸いなのは雨具を着ていなかった事、着ていればこんなスピードで下れず、リュージュのように滑り降りて行っただろう。下の方に大岩が点在しているのが見える。あそこにこのスピードで突っ込んだら、激突死と思えた。再び腹ばいになり、制動をかける。やはり幾分かスピードが殺せる。既に150mほどは滑っていた。岩まで残り50mくらい。飛散した小岩がいくつかあり、当然のように、それらを捕まえるよう努力する。そして40キロくらいの岩を抱えた瞬間、ほとんどスピードが止まった。助かったと思った瞬間、その岩と一緒に滑り出した。今度は石の自重が私の体重に乗って、加速度が増してゆく。すぐさま放し、でもこれを放したら下流に居る人らに当ってしまう。でも放すしかなかった。放した石は抵抗が少なかったのか、先に滑り落ち大岩に当ってかん高い音で弾け飛んだ。私のこの先は、まるでスローモーションのようだった。このまま足から大岩に行けば、複雑骨折。体が当れば内臓破裂。頭からなら・・・。でもスーッと岩に吸い寄せられるような止まり方で、僅かに屈伸するくらいで岩の所で止まった。緩斜面になってスピードが死んできたとも思いたかったが、自然に助けられたとも思えた。途中の岩に抱き着いて、スピードが殺せた事も功を奏したのかもしれない。危ない危ない。

 さああとは、体のチェック。少し擦りむいたが、折れていそうな場所も無く、グローブのおかげで手も元気。していなかったら爪が全てはじけ飛んでいただろう。実際はじけ飛んだものがあり、左腕にその重みが無かった。途中で時計がはじけ飛んだようだ。懐に対して大きな痛手だが、それだけで済んで良かった。壊れてしまっているだろうと思ったカメラも元気で、落としたものも時計だけであった。「よう滑ったな〜」見上げると200mほど滑ったか。「ふ〜」と大きくため息をつき、さっと頭を切り替えて降りて行く。すぐ先には、先ほどの男性が居る。私の惨状を全く見ていなかった様子で、降りている。それほどに真剣で、余裕が無い様子。足には4本爪をしているが、無いのに等しい使い方で、おぼつかない足取り。近くに寄って、アドバイスしたかったが、寄せ付けないオーラが出ている。じゃーこーに降りるんだよ、とばかりに、緩やかな雪面を狙ってジグザグに蛇行しながら降りて見せた。しかしこっちは全く見ていない。そんな間でも、何度も転んで、転んでから立ち上がるまでが長すぎる。ヘリに乗らない根性は判るが・・・この状態で下まで行けるのかと心配になった。

 二度目の滑落に注意しながら降りて行くと、先を行く女の子に追いついた。上の男性の事を気にしているようだったが、本人自体もいっぱいいっぱいの様子。ヘリに乗らなかった話を聞き、時間的な部分もあり、「どうされますか」と聞くと、「一緒に降りてくれますか」と返って来た。と言っても、この女性だけならまだしも、上の男性は、たぶん無理。「ツェルトがあるのでビヴァークします」と聞くと、その2つの単語とも知らないようであった。私も他人の事を言えないが、良くここを降りてこようと思ったなーなどと・・・。既に時計(時計が無いので携帯から)は17時を回っていた。「暗くなっても歩くつもりなら同行します。おそらく23時くらいに新穂高でしょう」と言うと「それでもお願いします」と言われる。どうしてそこまで下ることに執着するのか不思議だったので聞くと、既に宿の予約がしてあり、それを気にしていたようだった。気丈な女の子で、彼女は歩いて行けそうだったが、振り返り男の子を見ても、ほとんど降りて来ていない。既に150m以上の間が空いてしまい。その彼を深いガスが包んでいた。私が声をかけても、彼女が声をかけても、返答なし。聞こえているのだろうが、精神的に参っているのと、色んなことで脳の回線が上手く繋がっていないのだろうと思えた。“明日は休みだし、付き合おうか”そう思った時、パタパタとローター音が響いてきた。警備隊のヘリが、気になって戻ってきたようだった。滑落者はガスの中、ガスから出ているのは、彼女と私。どうやら私を滑落者と思っているらしかった。(間違えでは無いのだが)。スルスルと懸垂下降で隊員が2名降りて来て、私に名前を聞く。「あー違うんです。滑った方はガスの中で、彼女と彼がパーティーで、私は別」。これを伝え、やっと理解してくれた。「そちらに任せていいですか」と隊員に聞くと、「はい、下ってください」と返答を貰う。

 下って行く私を追うように、ヘリが上に位置取る。ダウンウオッシュで、ただでさえ歩きにくい斜面が暴風域に変わる。蛇に睨まれた蛙の様な状況下で、よろめきながら降りて行く。振り返ると、隊員は女の子に状況を聞いているようであった。ガスの晴れた雪渓斜面には、相変わらず滑落した男の子がポツンと見えていた。すると下から、男性が上がってきた。「あれっ、同じパーティーじゃないのですか」と聞くと、彼らパーティーが滑落してからづっと面倒をみていたという。「実は彼の着ていた雨具は私のなんです」とも・・・。しかし下ってくるのを待っていたら1時間以上もここで停滞しなければならないような状況。取り戻したい気持ち半分、諦め半分の様子。そうこうしていると、隊員二人と、男女を残してヘリは飛び去って行った。隊員はまだ滑落男性のところには行っておらず、去った行動が判らなかった。「まあいっか」と男性と話し始めると、なんと高岡カラコルムの関係者であった。ひょんな出会いがあるもので、先ほどのまでの男女の事は半ば忘れるくらいに、会話しながら楽しく下って行く。雪渓が終わり夏道に入り、谷を一つまたぐ頃、再びローター音が聞こえだし、先ほどの現場にヘリが向かって行った。時計はもう18時に近い。いくら隊員でも、素人のような二人を暗い中に歩かせまい。7分ほどして、再び谷あいにローター音を響かせながら戻って行った。憶測でしかないが、もうこの谷には我々二人しか居ないと思い、闊歩して歩いて行く。

 
 重太郎橋のところは、橋が上げられ、雪渓と飛び石伝いに通過して行く。たぶんここは、昨日だったら通れなかっただろう。同行男性も、その事を気にして今日行動しているらしい。流石のカラコルム関係者、白出沢を登って白出沢をワンディでやってきている。途中のアクシデントが無ければ18時には新穂高の予定であったと言う。流石である。色んな会話をしながら前後しつつ歩いて行く。重太郎橋から下は、登山道周囲の草が刈られ管理されていた。歩き易い道であり、少しだけスピードアップ。そしてだんだんと沢の音が強くなり、緩斜面になると、白出沢出合が近いと判る。

 
 白出沢小屋跡到着。少し水休憩として、コンクリートの上にデンと座り四股を延ばす。ここまで降りれば、残りは知れたもの。暗くなるのは免れないが、歩けば着くというレベルである。二人で闊歩して降りて行くと、穂高平では大人数がキャンプをしていた。その片隅にはGPアンテナが立っており、無線家の集団のようであった。かたやロッジの方では、黄色い明かりに包まれながらの夕食風景があった。連休を高原でまったりと過ごすご夫妻らしき姿がそこにあった。当然のように、「まだ歩いているのか」と言う視線を方々から浴びながら下って行く。小鍋沢のゲートで、流石にヘッドライト点灯。すると後から若者が追い越して行った。少し会話をしたかったが、槍から降りてきたのだろうか、渡渉箇所の情報を得たかったが、風のように行ってしまった。林道にはヘッドライトのほかに、自然の蛍がチカチカと舞っていた。緑色の綺麗な光が不規則な残像を残して飛んでゆく。それらを楽しみながらゆっくり、ゆっくりと林道を下る。

 
 そして有料駐車場到着。残された車はまばらで、同行男性にここまでの礼を言って別れる。今日こそは「無事」下山であった。めまぐるしくいろんな事が起こった日であり、こんなに事故が集中した日も珍しい。逆を返すと、今年の穂高周辺は危ないとも言い切れる。事故が無ければいいがと思って翌日検索をかけると、案の定、同じ場所で起きていた。重荷だが今年の白出沢はアイゼン必携である。ピッケルだって持っていておかしくない通過点である。気候は夏であるが、まだまだ冬が尾を引いている場所は多い。

 
 色々反省は当然あるが、終わりよければ全て良しとしたい。久しぶりのコースでもあり、非常に楽しかった。

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