枡形山   104m 
           

 2013.1.19(土)   


  雪    単独      北西側より        行動時間:11M


@田んぼ側道形14:49→(6M)→A枡形山14:55→(5M)→B下山15:00


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@北東の田んぼ側から用水に沿うように行く。 大きなダムを見て、西側に進むと道形に乗った。 A最高所。付近に伐採跡はあるが、道形は乏しい。お墓があるので注意。 北側に降りて行く。山腹にもお墓あり。この山は西側から入った方がいいのかもしれない。
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用水に降りる場所が急峻。雪で滑り・・・。 B戻る。



 土倉山が踏めず不甲斐ない一日になりそうなので、それを気分的に取り戻そうと、時間が無い中でも踏めそうな枡形山を目指すことにした。ここは地形図に掲載されるものの、かなりひっそりとした山。それでも山名事典を見ると、佐々成政の付城があったようと書いてある。これが書いてあったことで、少し挑む意識が変わるのだから現金なものである。

 地形図を見ると南に三角点があり、目指したくもなるが、枡形山としては104高点の場所でいいようだ。道形が一番近接しているのが北東側の田んぼからの道。ここから攻め入ることにした。

 現地は雪に覆われ、予定していた道が隠されていた。路肩が弱いとか、泥濘とかが判らず恐る恐る進む。そしてほぼ地形図通りの場所で道は途絶える。しかしここには駐車余地が無い。勾配のある場所をバックで戻る事となった。ここで下手をするとJAFどころではなくなるような場所。慎重にゆっくりと50mほど戻る。結局駐車余地は無い。ただし、この降雪の日この場所に、訪れる人は居ないであろうから、不躾にも道の上に堂々停めさせていただく。

 今ほどの道形終点地からは、用水路の脇を伝って谷部に入って行く。進行方向右側に山頂があるのだが、その山腹にはちらほらとお墓が見える。荒らしてはいけないと思い。それらが無くなるような場所へと回り込む。用水が左に屈曲する場所から、正面の斜面に進む。その先には黒い大きなダムがあった。用水から離れて25mほど進むと、右側に道形らしきものが現れた。入って行くと、すぐに峠的場所となり、道形はそのまま先の方(西)へ降りて行っていた。山頂はここからは北側に位置する。その方向には特に道形は無い。それでも、刃物が入った痕はあり、それを追うように進んで行く。

 雑草、雑木が多く、寂れた感じの強くする場所であった。これらの事から、ほとんど人が来ないであろう場所ということが判る。手前に高みがあり、その先にもう一つ峠的な場所を経て、その先が最高所であった。

 枡形山。なにかあるのかと期待したが、ここにもお墓があった。なんとも・・・微妙な心境。地域の人の先祖を崇める場所であり、こういう場所となると気が引けてしまうのだった。下山はそのまま北側に降りてみる。

 やや急峻を降りて行くと、日の差さないような樹林帯の中にもお墓がいくつも見える。避けるように、が本音であるが、適当に斜面を降りて行く。その先に先ほどの用水路がある。そこまでの2〜3mくらいが急峻で、しかも雪があるので簡単には降りられなかった。もしかしたら進路を西側にしたら良かったのかも、この時は東側にずれて何とか降り立つ。しかしもう一つハードルが・・・。用水を飛び越えるにも、護岸と言える場所の強さが判らず、ジャンプする足を置くの自体がヒヤヒヤもんであった。この一歩がそのまま崩れて用水に・・・なんて思える場所であった。

 最後は不可抗力でお墓の中を通過して往路の道形に乗った。

 お墓が点在していたことで、城であることの意識が薄れ、その気分に浸れなかった。藪山好きな人にも、あまりお勧め出来ないような場所に思えた。


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