八方山   1685m              

 
   2014.6.14(土)    


  雨のち晴れ      単独      青鬼地区から八方山へ上がり、鬼無里へ降りてR406で戻る     行動時間:15H29M 

  


@林道ゲート5:10→(32M)→A最初の分岐5:42→(23M)→B二つ目の分岐6:05→(26M)→C林道を離れ取り付く6:31→(13M)→D1387高点東鞍部6:44→(72M)→E西尾根(西壁)を上がりきる1620m付近7:56→(29M)→F1669高点(南峰)8:25→(22M)→G中央峰8:47→(38M)→H八方山1685高点(北峰)9:25〜36→(47M)→I1669高点帰り10:23→(180M)→J落合分岐13:23→(22M)→K根上バス停13:45〜49→(156M)→L白沢洞門西16:25〜28→(115M)→M白馬村役場東国道148号18:23→(85M)→N青鬼地区19:48→(51M)→Oゲート前に戻る20:39


aonisen.jpg  rindougouryuu.jpg  ge-to.jpg  rindou.jpg
青鬼地区の奥から始まる林道青鬼線に入って行く。「農耕車のみ」の限定道路。 ナビではこの表示の場所で野平からの林道と合流する。ここが青鬼線の終点となる。 @赤錆色のゲートがある。ゲート前はかなり広く駐車ペースは十分。 痛んだ場所が全く見られない立派な林道。
paipuge-to.jpg  saisyonobunki.jpg  koyaato.jpg  nibanmenobunki.jpg 
単管パイプでのゲートが残る。開放のまま。 A最初の分岐。右へ進む。左は小谷側へ上がってゆく道。 小屋跡か、資材がブルーシートに覆われている場所。 B二つ目の分岐。左に進む。
bunkikaramonomiyama.jpg daiamondo.jpg  rindou2.jpg  torituki.jpg 
B分岐の場所から見る物見山。指呼の距離。 林道を歩いていると、八方山南峰の真上から太陽が上がってきた。「ダイヤモンド八方!!」 林道奥地の植林帯。しっかりとした草刈がされているのが見られた。 C写真中央の場所から林道を離れ斜面に取り付いた。
1387higashi.jpg  1380seiryou.jpg  saisyonoiwa.jpg  kabenoyoko.jpg 
D1387高点東の鞍部に乗り上げる。軽い笹薮。 西稜に入り1380m付近。やや痩せ尾根。薄い踏み跡(獣)がある。 最初に出てくる岩。左(北)側を攻めた。右(南)側がどうだったのか・・・。 大壁の横。右を巻いたらこの大岩壁の下に出ただろう。
kabe.jpg  syamenn.jpg  1620.jpg  nemagari.jpg 
壁の中に在る潅木を掴みながら体を上げて行く。雨でかなり滑る。 登って行く角度。かなりドキドキ。帰りは間違いなく懸垂となろう。 E標高1620m付近で岩壁が終わり安全地帯に乗る。 漕ぎながらも質のいいネマガリを見つけ、少々頂戴する。見ての通り雨具も浸透して・・・。
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南峰の西側の肩のあたり。尾根の東西側に植生の逃げ場はなく、真っ直ぐに頂部を進むしかない。 F1669高点(南峰)到着。 Fやや広めの場所に中太のブナが林立している。 1669高点北側に、大きなダケカンバがある。この山塊の主のよう。
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G中央峰 この先で墳墓のような感じの斜面となる。 密生するネマガリ これらの蔦が蔓延る。この先、この蔦類の激薮が在る。分けられず、踏んで進む。
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H八方山1685高点到着(北峰)。半畳ほど踏まれた場所がある。 H西側の様子。 H黒鼻山が見えてるのか・・・。 Hヤキソバパンがここで撮影されるのは初めてだろう。
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H美生柑も持ち上げた H最高点のやや南側に黄色い絶縁を残す。 ツバメオモトの群落通過。 I1669高点帰り。
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物見山に向けて小尾根を降りていたのだが・・・。微細尾根がいくつもあり、迷い易い場所となる。 シラネアオイの群落通過 八方沢源頭。既にここでルートミスをしている。 この岩壁が見えたことで、地形図のゲジゲジマーク地帯(西壁)を巻き終えたと勘違いしてしまった。南側にも岩壁が在る。
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1450m付近。快適。 1380m付近。雪渓が残る。 1250m付近。相変わらずなだらかで危険箇所なし。 1130m付近。この山塊に入り初めて人工物を見る。
yuruyakana.jpg  bakueitekichi.jpg  akaribon.jpg  rope.jpg 
緩やかな沢の中をジャブジャブと進む。 最高の幕営適地。平坦地の前に流れがあり、日が入らないことで涼やか。 赤いリボンも残る。新しい。 途中から現れる道形を追うと、タイガーロープを流してある場所も見られる。いちおう保全されている道が在るよう。
hashi.jpg  rindounideru.jpg  hashihouraku.jpg  kuwagata.jpg 
木橋で対岸へ渡ったり。この後(先だったか)に右岸で滝を巻く。 途中道を見失い沢をしばし伝ってから廃林道に乗る。 橋が崩落している通過点あり。 クワガタと戯れたり。
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J落合分岐。民家側へ進むと柄山峠への道。地図を持たず、携帯も電波が入らず、現地に道標もなく、峠側へは進まなかった。 K根上地区に降り立つ。 K根上バス停 国道406号に乗って白馬を目指す。
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406号には、亀甲形状の亀裂の入った景勝地が途中に在る。気づいている人は居るだろうか。 歩行の場合、隧道の通過に気を使う。 李平の先で白馬村に入る。 L白沢洞門を抜け出し、神々しい後立山の景色を拝む。
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M白馬村役場の東で国道148号に乗る。 松川橋の上から見る八方山。赤い岩壁に苦笑い。ちょっとした角度のミスが、7時間ほどのアルバイトに・・・。 姫川第二ダム通過。 ダムの放水風景。大迫力。
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N青鬼地区に入って行く。 N青鬼地区最上部にある休憩所。ラムネのビンが並べてある。 野平地区からの林道に合流。 Oゲート前に戻る。




 「GPS登山」。今や多くの人が使っているGPSだが、一部で本格派の人からは「そんなの登山じゃない」なんて言われているよう。じゃ、それらの人が迷った場合、滑落でもして自分の位置が判らなくなった場合、持って居たら有益に働くのではないだろうか。ようは使い方なのだろうと思う。依存しないで使う・・・。


 さて新言語を登場させる。その名は「衛星画像登山」。私の場合は100%と言って良いほどに国土地理院の地形図から地形を把握して現地に出向いている。今回狙った八方山を見てみると、地形図からだと多くの人がそうしているように冬期に狙いたくなる場所で、アプローチ林道が乏しい。行きたいけど行きづらい場所。そんな時ふと衛星画像で見てみると、驚くなかれ地形図に載ってこない道が八方山の西側に見えた。衛星画像は更新サイクルは早く信頼はできる。間違いなくこれは使える。ただし、カシミールで現地地図に衛星画像を載せたいのだが、それが上手く出来ない。アニメーション作家なら透明フィルムを使って簡単に作ってしまうのだろうが、腕のない登山者は、見比べながら分岐箇所を地形図にマーキングしてゆくしか無かった。それも道のない場所にマーキングするのだから、それだけではおかしなウエイポイント。そこで林道まで書き込もうかと思ったが、長すぎて複雑で途中で止めた。画像を見ながら歩こう。我が初体験の衛星画像登山となるのだった。


 押してダメなら引いてみろではないが、足踏みしていた山に対し解決策が出てきた。最後に現地の林道(地形図に載る方)情報を得るのに、白馬村に連絡し、そこで柄山峠への古道のガイドをしている方を紹介された。野平地区からの林道情報を聞くと、ガイドをしているペンションのオーナーからは、「あの林道は頻繁に崩れるから」「柄山峠登山口の先でゲートされている」との情報を貰った。それだけ得られば十分。補足となるが、あの林道は小谷まで通じていないと仰られたが、本当なのだろうか。地形図でも衛生画像でも、ハッキリと・・・。


 1:30家を出る。八方山の西側にはゲジゲジマークがあり、ザイルを持った。月明かりで夜でも歩けるかとも思ったが、松本から大町、大町から白馬へと進んで行くと、天気は一転し予想外の雨となっていた。降らないであろうから、岩の場所を持ってきたのだが、これは少し・・・。車を青鬼(あおに)地区へ向けて行く。えっ野平じゃないのと普通思うだろう。衛星画像を見ると、青鬼地区から先にも地形図に載らない道が延び、野平からの林道と途中で合流している。こちらを確かめよう、もしやこっちはゲートされていないのではないか・・・そんな一縷の期待を持って青鬼側を選んでみた。


 姫川第2ダムの上を抜けて対岸へ行く。観光地である青鬼地区へは道標がしっかりしており迷う事は無い。そしてひっそりとした山村である青鬼地区に入る。帰りにゆっくり寄ろうと思いつつ村落を抜けて上に向かって行く。一番上にはラムネを販売する休憩所があり、この地区唯一の観光用商店となろうか。道なりに行くと、上向いていた林道は途中で下りだした。どこに連れて行かれるかと半信半疑で伝って行くと、その途中に「林道 青鬼線」と書かれた標識が現れた。窓を開けると流れの音がしている。まだ青鬼沢本流の右岸に居るようだ。どこかで支流の左俣を跨ぐはずで、その橋を気にしつつ進んでいたら、橋が現れること無く、野平からのだろう道と合流した。ここから北に進んで行くと、地形図にプロットした場所に枝林道の入口があり入口はしっかりゲートされていた。入って行けるかと思ったが、ここからは歩かねばならない。もっとも、柄山峠入口側ゲートから歩かねばならないことを思うと、ここでゲートされていてもかなり省力出来たことになる。


 天気は大雨となった。降られながらの準備なので急いでいたのだが、ここでザックにザイルを入れるのを忘れていたのを気づかずにスタートしてしまった。全ての始まりはここのチョンボだった。林道は「大北森林組合」の管理のようで、その看板が見える。林道をクネクネと登って行くが、ゲートさえなければ普通乗用車でも通過できる状態の良い林道であった。それに、もうウド畑と言いたいほどに林道脇の採りやすい場所に沢山生えていた。長らく歩いているが、これほどウドを容易に採れる場所は体験したことがない。帰りの楽しみにと場所を確認しながら進んで行く。


 雨は少し弱まるものの降り続き雨具が脱げない。おかげで蒸れて暑い。これがけっこうに体力を奪う。ゲートから25分ほど進むと、単管パイプ構造のゲートが残って居た。これは開いたまま朽ちつつあるようであった。ここから5分ほどで、左に鋭角に登って行く林道が分岐している。衛星画像そのままで現在地がよく判る。右に進む道を伝って行く。道は相変わらず良好。


 先ほどの分岐から5分ほど進むと、小屋跡らしき場所があり、資材がブルーシートに覆われていた。左に見ながら先を急ぐ。この林道は最初こそ樹木が覆うが、周囲展望のいい場所が続く。日差しがあったら暑いだろうと普通に思えた。その点ではこの雨は幸いしている。常にプラス思考。林道には鹿の爪痕が残る。それにしては食害の雰囲気はなく、ここでは生態系のバランスが取れているように見えた。


 二つ目の分岐が現れる。右に進む道は高度を下げて行くのでパスし左の道に進む。ここからはすぐ南にこんもりとした物見山が見えている。間に谷が無ければ狙いたいような距離であった。東進しながら上の方を見ていると、岩肌を露わにした八方山が見えてきた。そしてなんと、タイミング良く「ダイヤモンド八方」となり、真上から太陽が上がってきた。と言っても、こちらから見えるピークは南峰で、最高峰である北峰は1685標高点の方。ここまで入っても、植樹帯はよく管理されていた。下草が刈られた場所が多く、スッキリし、やはり山村での林業従事者が多い場所なのだろうと思えた。


 経路に水場という水場が無かった。林道は物見山と八方山を繋げる山塊にぶつかると谷を巻くようにして南に続いていた。そのぶつかるあたりが今回の取り付き点とした場所。そしてここまでが衛星画像登山であった。さあここからいつもの地形図にスイッチする。濡れた雑木の蔓延る斜面を分けて登る。すぐにずぶ濡れとなった。最初の顕著な尾根として、1387高点の東側に乗り上げる。ここにはうっすらと獣道のような道形が見える。どこまで続くのか伝って登って行く。ブナの幼木、ネマガリ、強い植生はこの2種。すぐに西稜に乗り、いつ出てくるか判らぬ岩壁にびくびくしながら前方を見ながら歩いていた。

 だんだんと急峻になってゆく。そろそろ・・・と思った頃、最初の岩が現れた。林道から見上げたとき、黒くルンゼが見えていたが、どうもその北側を伝っているようだ。おかげさまでツルツルの岩肌にぶち当たったわけでは無く、掴める灌木が多い。それでも濡れた斜面。薄く乗った土、浅く根付いた木々、危ないことには変わりなかった。慎重に攀って行く。このままの壁か、そのうち無毛のツルツルに変わるのか。今日は珍しく撤退する場合も想定し、かなりの頻度で下を見ながら降りる場合の事を考えて居た。そう言えば、あのザイル・・・出るときにザックに入れなかった・・・。ここでザックにザイルを入れていない事を思いだした。完全にブルーになった。登ったはいいが、下山路は別の場所にしないとリスクが高い。降りて降りられないことはないが、大回りしてでも危険は少ない方が良い。別ルートで降りよう。登りつつそう思った。


 壁のような場所と25分ほど格闘した。途中下で見たルンゼだろう、右下から左上に伸びていた。上の方が明るくなる。なんとか岩肌に触れること無く西壁を登り切ったようだ。ただし下るには場所がピンポイント過ぎてマーキングをしておかないと全く判らない場所であった。登り上げた場所は1620m付近で、予想していた密薮の尾根で、逃げ場のほとんど無い植生が続いていた。

 
 嬉しかったのは、美味しそうなネマガリの若芽が沢山生えていたこと。分けつつ屈みながら数本いただく。ポキッと折るのだが、その折れ方で美味しさも判るほど。汗で濡れ、雨で濡れ、先ほどは少し冷や汗もかき、それこそ全身ずぶ濡れとなっていた。ここまで濡れると気持ちいいはずなのだが、気温が低く寒くて仕方なかった。温度計を見ると10℃に近い。ガツガツ歩かないと冷えてしまう。でもガツガツ進めない状況。


 1669高点西の肩の場所がこんもりとして。ここが南峰である1669高点と間違えたほど、薮の間から次の高みが見えて、そこが南峰と判る。そして1669高点に達すると、流石に先ほどの場所より山頂らしい場所となっていた。地形図では、ここが山頂のような表記がしてあるが、山名事典では北側の1685高点を最高峰としている。迷う事無く北進をしてゆく。


 1669高点を離れ3分ほど漕ぐと、大きなダケカンバが待っていた。神々しいまでの枝の張り方、その存在感たるや・・・。厳しい気候に耐えこの場所にひっそりと立っている。誰にも見られることは無くその存在をひけらかすこと無く。無言の木に、ちょっとした生きるヒントを貰ったりする。南峰の次は中央峰がある。この場所は、北アの高嵐山の山頂のような植生があり、手の指を上に向けたような複数本のブナが生えていた。さあ次が北峰。もう射程圏内。


 こんな場所に意外と思われる植生があった。こんなところにツバメオモトの群落があった。雨に濡れた緑の葉、そこに可憐な白い花。それが周囲に無数に生えていた。登った者のみに見せてくれるこの山のおもてなしか。この先で墳丘のようなこんもりした斜面があり、登ると痩せ尾根で続く。この辺りで2箇所ほど尾根を左右に違えるが、広い尾根筋では無いので外しても危険度はない。それより北に進むほどにネマガリの薮が強くなって行く。そこに蔦が多く絡むようになり、分けて進めず、全てを踏みつぶすように押し下げて進んでいた。罠に嵌まった小動物のような感じで遅々として前進出来ない最後の最後なのだった。


 八方山到着。三角点は無いものの、南、中央と経てきて一番居心地のいい山頂で、背伸びが必要だが周囲展望もある。北には黒鼻山だろうか円錐形の姿もある。獣なのか人なのか、山頂頂部が少し踏まれて禿げたようになっている。その為の居心地の良さでもあった。ここまで簡単に踏めたのも衛星画像のおかげ。これで八方山開山か。いや、一般的にはこの先も登山対象にはならないだろう。この植生では・・・。ヤキソバパンを囓りながら、色んな下山ルートを探る。まずは、中央峰から西に行く尾根を考えた。しかし見ても複雑。その前にどうしても下降開始の後にゲジゲジマークの通過がある。そうなると往路の場所を降りるのとそう変わらないことになる。そこを巻いて降りようかとも思ったが、そこまでして伝いたくなるような尾根筋でも無かった。こうなると、南峰である1669高点からさらに南に下り、岩壁の場所が上になるようになったら西に進んで谷を降りれば、往路に見た取り付き点より先に続く林道に乗れると踏んだ。これなら危険箇所はない。

 方向性が決まれば下山となる。少し薄日も射すようになり、暖かさが得られるようになってきていた。往路の自分の分けた跡を探るように進んでゆく。進みやすい場所が判断できるので、復路は少し楽に感じた。先が見辛かった往路に対し、見下ろす感じで進路が見やすい事もあるだろう。中央峰を過ぎ、僅かで南峰に到達した。さてここから注意が必要。想定したように歩けるか。この時、ルートミスするとは微塵も思っていなかった。間違いやすい場所は無い・・・と。南西側に進んでゆく。往路の登ってきた場所を右に見てどんどん降りる。しかし顕著な尾根ではなく、小尾根がいくつも入っている尾根だった。最初に降りてしまった場所から、二つほど尾根を西にズレた。これで間違いないだろうと方角も確かめ、高度を下げてゆく。降りてゆくと右側に岩壁も見えてきて、この「岩壁が見えた」事が最大の安心材料となり、これで危険箇所が巻け、谷側に降りてゆけば往路に出られると判断してしまった。


 八方山に南壁がある事を見ていなかった。地形図からも読み取れず(よく見れば判るが)、楽に考えて居た。岩壁の横の薄く土の乗った斜面を降りて行き、顕著な谷に入った。僅かに降りれば林道。もうかなり楽な気持ちで居た。こんなに八方山が楽とは・・・。山をナメると大変なことになる事を、この後知ることになる。


 谷に入り高度を下げてゆく。しかしいくら経っても林道に当たらない。もしや林道があるように見えていただけで、本当はなかったのか。そうなら、このまま降りてゆけば青鬼沢に出るわけだから良しとしよう。自分なりに勝手な解釈をして降りていた。沢はとても歩き易い緩やかな勾配だった。途中にはシラネアオイの群落があり、美味しそうなウドなどもあり、まだ雪渓も残って居る場所があった。高度計の標高は下がるが、一向に林道らしき気配がない。もしや鬼無里側の八方沢を降りているのか、そう思ってコンパスを当てると、南に下っている。自分の置かれた状況を把握した。西に乗越せば正規ルートに戻れるが、ここは八方沢を伝っても面白い。車に戻るには柄山峠と柳沢峠も使える。ただしこちらに降りる想定はしていないので地形図は持って居なかった。


 どんどん下って行く。なんて快適なんだろう。危険な箇所は一つも無い。それより、1130m付近まで降りると、リボンを発見した。それも低い位置。冬期でないのは確かで、無積雪期に上がってきている。そしてさらに下ると沢の対岸に大木がある幕営適地も現れてきた。なんだろうか人の気配もする感じ。今度は新しい赤いリボンも現れた。微かに地下足袋の足跡も見られる。山菜採りの場所なのか。それにしてもかなり奥まった場所であり、ここまで上がって来るのかと半信半疑であった。右岸側にうっすらと踏み跡が続いて降りていた。伝えるところは伝い、判らなくなったら沢の中をジャブジャブと歩いて進む。


 道形にはロープを施してある場所もあった。杣道として今も存在しているようだ。それも物見山のすぐ東側まで道があったような感じである。水の音が強くなり、滝が左に見えてきた。これが有名な冬期に障害となる場所か、無積雪期は右岸側の高い場所に、タイガーロープまで施してある道が存在する。明瞭不明瞭の繰り返し、明瞭と言えるのは地下足袋の人が伝っているからで、なかったらルートの在処が判らなかった場所も多い。ロープの施してある小沢を渡る場所、朽ちた橋が残る場所と現れてくる。

 右岸の道が本当に一箇所のみだが九十九折となって一度沢まで降りて行く。その先しばしでルートが薮の中に消えた。どうも右岸側に在ったようなのだが、またまた沢に入ってジャブジャブと進んでゆく。すると右上から導水管が降りてきており、その上に林道があることが予想できた。這い上がると廃林道がそこに在った。今までの道はこの延長線上に在ったようで、大半が右岸側にあるように感じた。 もしや落合から先のこの辺りにも集落があったのやも。

 
 鬼無里地区の注意看板が目に入る。鬼無里に降りてしまったのだとハッキリと感じさせてくれた。釣り師だろうか、横浜ナンバーの四駆の外車が路肩に止まっている。人の気配のする場所に降りてきた。そして落合地区の分岐。しかしここでは携帯の電波が入らず、地図ソフトが立ち上がらない。周辺の様子が判らずここを西に伝って行けば柄山峠となるのか確証できなかった。もっと周辺域をしっかり調べて入山しないと。ミスを重ねないためにも、迷わないためにも判る方へと降りて行く。先の方に舗装路が見えてきた。根上地区に降り立ったようだ。そこには、「柄山峠一里半」の表示がある。落合地区の分岐にも在ったなら・・・。
 
 根上のバス停前から国道406号へと向かって進む。車通りは少なく、奥裾花自然公園が災害のために閉鎖しているからだろうと読み取れた。そしてR406号に乗ると、ツーリングのバイカーや、レジャーカーに乗った家族連れやカップルが行き交っていた。その排気ガスの臭い中をテクテク・・・。このあたりになるとすっかり天気は回復し、ジリジリと暑い中を進んで行く。もう最短路は柳沢峠しかない。自分への後押しのために、途中に居た農作業をしているジモティーに、「野平への最短ルートはないですか」と判っていながら聞いた。すると予期しない言葉が返ってきた。「ないよ」。えっ、柳沢峠を越えれば、そのまま野平じゃないの。地元の人が知らないはずはなく、その答えに瞬時に悩む。奥裾花への崩落状態と思考を重ね合わせると、何か災害があったのやも。それ以上質問せず、「じゃこのまま国道を行きます」と発してしまった。素直なのか天の邪鬼なのか自分でも判らなくなった。でもいいだろう、自分への根性試し、半年の冬眠からの目覚め、完全復活とロングコースを決め込んだ。鬼無里から白馬まで、R406を自転車では居るだろうが歩いて行く人は稀だろう。馬鹿げたことをやるのは無意味なのだが、成し遂げると意味があるものに変わる。「意味のないことに意味がある」藪屋界の大先輩の言葉でもある。


 奥裾花温泉の前では、先ほど追い越していった20台ほどのバイクが停まっていた。これから入ろうとしている方、既にスッキリとして別の場所へ向かう方、それらを横目に歩いて進む。田植えの終わった水田では、シュレーゲルアマガエルの大合唱。なぜか黄色い毛虫が大量発生している。これは、峠を越えてみねかたスキー場まで見ることとなった。一之坂地区の一軒家では、4名ほどで田植えをされているのどかな風景があった。これが昔からの日本の姿。これが見られただけでも幸せ感が強い。


 国道歩行で注意しなければならないのが隧道の場所。しっかりとライトを出して通過して行く。小川村を経て白馬村の標識が見えたときには、やっとここまできたと思ったが、峠はまだ先でまだまだ登らねばならなかった。下を向いて歩いていると、木々からぶら下がった毛虫に気がつかない。下を向きたい頭をもたげて上を向く。前方に5匹くらいぶら下がり、それが太陽光線を浴びてモビールのように見える不思議さ。


 白沢隧道を抜けると、後立山の秀峰が肩を並べるように姿を現す。少し上の方をガスが纏っていたが、まだまだ雪が多く、美しい景色となっていた。根上からここまでワンピッチで来た。少し休憩として水を含む。今日は異常なほどに水を飲んでいない。前半寒かったこともあるのだが、自分でも「飲まないヤツだなー」と思うのだった。さあここから下り。重力に任せて降りたいが、スキーと違って一歩一歩がつま先に負荷となる。下りのほうが疲れるのが本音。細かいピッチに切り替えて衝撃を少なくするのがロング踏破のコツ。なにせ呼吸でも何でも、速さより疲れない行動が一番の選択となる。すれ違った車が追い越して行く。


 みねかたスキー場のところで、やっと民家が現れる。しかし人気が無い。17時をまわり国道148号に出る頃は18時を過ぎるか、予定より少し遅くなってしまっている。大出の吊り橋の公園が居心地が良さそうに見えたが、今は寄ることはできない。148号に出て、小谷村方面へ進んで行く。途中のスーパーの前の空き家で小休止、ここで初めて靴を緩めて足を開放。沢で濡れたままの足は、だいぶ苦情と苦痛を訴えていた。残り10キロは無いだろう、もうひとがんばり。

 松川橋の上からは、八方山の様子がハッキリと見えた。しかし間違えようにないルート取りを上でして居たのも見えて居た。狐に摘まれたような、これも偏に日頃の行いが悪いせいと、少し心を入れ替えようとも思うのだった。橋の上は風が通り気持ちいい。半袖で歩いているのは私くらいで、ここでの外気温は15℃と涼しいくらいだった。ランニングする若い女性、ウォーキングする男性、みなにこやかに挨拶を交わしてくれる。


 この先は野平でも青鬼経由でもどちらでも良かった。岩岳入口交差点西側にエッソのスタンドがあり、そこを訪ねて進路を聞いてみる。完全なるジモティーが店長をしており、林道青鬼線の話をするとすぐに理解した。それならと道案内して青鬼側への最短路を教えてくれた。岩岳入口交差点を南に入り、突き当たりを東進すれば道なりに進んで青鬼地区に入る。初めて塩島地区を通過したのだが、こここが宿場街だとは初めて知った。国道ばかり通過していると見えない部分。歩いて良かったことがまた一つ。そして車で通った姫川第2ダムの場所に出る。ここまで来ればもう先は知った道。既に19時を回った時間だが、放水された水が轟音を上げて流れ落ちていた。ここもダム好きにはたまらない場所であろう。ダムを見ると、故篠崎先生を思い出してしまう。さて青鬼までの登りが待っている。

 マグライトを片手に登って行く。車で伝った僅かな道は、それがために歩くと長く感じた。静まりかえった青鬼村落に入る。各家に電気が灯り、これもまた良い風景だった。振り返るとまだ後立山の姿が見える。毎日この景色を見られるのか・・・人生として、人として、動物として幸せに思えた。村落を抜けて田んぼを左右に見ながら、そろそろ肉眼では見えなくなって行く。舗装路が終わりダートになり下り勾配。やはり下りは疲れ、この頃になるとつま先が至極痛い。青鬼沢に添っての登り返し、ここからも結構長かった。


 野平からの林道と合流しあと僅か。マグライトを先に照らし、車が反射するのを探す。次のカーブの先、その次の・・・。いつまで経っても反射しない。それもそのはず、こちらにフロントを向けて停まっているので反射板が光らないのであった。暗い中にボーッと白い車が姿を現す。よく歩いた。長くなったがこれで八方山山行が終了となった。良くも悪くも記憶に残る山旅となった。

 
 振り返る。ザイルを持てば、7時間台で往復できる場所だったはず。最近の準備・確認不足を戒める経験にもなった。痛いとか辛い思いをしないと判らない体質には、このくらいお灸を据えないとダメなのだろう。それにしても間違えた八方山南峰の南西の場所。よほど微細尾根がいくつも走っているのだろう。これまでの経験や勘で行動していたのだが、結果として通用しなかった。まだまだこんな力量と未熟さを感じさせられた。でも楽しい山であった。色んなアクシデントを楽しみに変えしまう幸せな人間なもので・・・(笑)。


 注意:青鬼地区から先は「農耕車以外通行禁止」となっている。入る場合は農耕車で出向こう。

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