諸々の所用が片付き、やっと腰を据えて山に向き合えるようになった。ここは、ジワーッと元のペースに戻すか、はたまた一気に・・・。そんな事を思いつつ、足拍子岳を越後中里の方から縦走しようと企てた。ナイフリッジ、懸垂箇所、計画の段階から既に緊張していた。
４０ｍのザイルが、それこそ命綱としてザックに入れられた。前週の教訓があり、ＥＴＣも装着した軽四駆で、１時家を出る。関越道をトロトロと走って行くが、小さなフロントガラスを雨粒が叩く。ただでさえ緊張する稜線、雨で濡れていたらと思うと、さらに緊張感が増してきた。ほか付近で面白そうな場所は無いか。カーナビを突きながら片手運転。そういえば、“大源太山の北側にマイナーピークがあったっけ”ふと思い出した。ここなら雨の後でも問題無さそう。エアリアマップに見える、蓬ノ頭と、そこに近接する大具里ノ頭を狙うことに切り換えた。状況に合わせて臨機応変。これでまた少し長生きができる（笑）。
大源太山登山道への道を右に見て、左に進み大源太キャニオン青少年旅行村に到着する。営業しているようで、温かそうな白熱灯の明かりが漏れていた。付近の地図もあり、地形図と照らし合わせながら把握する。どんなことになるのか判らないので、ゼロよりイチ、情報は知っているに越したことは無い。舗装路を先に進むと、大きなゲートがあり、その先はゴルフ場の私有地となっていた。Ｇｏｏｇｌｅで衛星画像を見ると、大嵓沢の出合の場所まで林道形が見える。ここまでは茂倉沢沿いの道を利用したい。旅行村の最奧のゴルフ場ゲート前の余地に車を入れる。そしてここで夜明けを待つ。
かなり風が強くなってきていた。稜線では覚悟せねばならない。ただしさほど標高があるわけでは無いので、何とかなるか・・・。菓子パンをコーヒーで流し込みながら雨具を着込み、足元は冬装備を固める。最後まで悩んだのはザイルの携帯。やや等高線の密な場所もある。足拍子岳の懸垂場所の事もあり、持つべきか・・・。悩んだら持つ、ザックに入れた。
ゴルフ場のゲート下に行くと、嫌な文言が書かれていた。「私有地につき立ち入り禁止」。林道まで私有地なのか・・・。こうなったらこのゲートをコースから外さねばならない。駐車場に戻り、茂倉沢左岸を伝うようにスタートをした。その後は林道に乗るのだが、自分なりの逃げ口実をつくっておく。
舗装路を登って行くと、すぐに鋭角に道が上がっておりゲートまで見える。間違いなくゴルフ場へ入ってゆく道。そこを左に見ながらさらに詰めて行くと、しばしでアイボリー色の大きな建物が見える。ホイールローダーなども見え除雪施設なのかと思えたが、周囲に散乱している看板に、間違いないゴルフ施設の管理小屋と判断できた。ここで舗装路は途絶える。ダート林道はやや掘れており、ジムニー以上のオフローダーでないと通過は無理。
先ほどの小屋から７分ほどで、伐採木の大量に積んである場所がある。ゴルフ場開作のために出た木々だろう。これを見るとゴルフは自然破壊の一端を担っていると見える。ここを目印に、僅か先で道形は崩落している。大水で削り取られたのが見て取れる。右岸が進めず、高巻して樹林帯に入って行く。このへんでいいかと、５０ｍほどで沢に戻ったが、もう少し巻いたほうが良かったようで、右岸側は無くなり渡渉をして左岸に移り、場所を見定めながら再度渡渉して右岸に戻る。
崩落地帯は、距離にして１５０～２００ｍほどか、その先はハッキリと道形が続いていた。そして驚いたのは、左側から、すなわちゴルフ場側から道が降りて来ており、そこには「漁業の案内」の料金看板が掲げられていた。この沢は釣り師が入る沢なのであった。となると、先ほどのトレースも頷ける。思わぬ人工物が出てきたことで、少し緊張が解けたのだが、この先僅かで右岸の道形は無くなり、左岸へ渡って行っていた。太い流れに濡らされぬよう場所を選んで渡って行く。ストック様々で、無かったら濡れた石に足を滑らし水没していただろう。左岸に行ったら道は続くのかと思ったら、ここで有耶無耶になっていた。ここが大嵓沢の出合で、本流となる芝倉沢に対し支流のような形で東側に谷が伸びている。進路としては大嵓沢の方が本流のような直線状だが、谷全体を見ると、やはりここで北に曲がって進む谷が芝倉沢で間違いない。
大嵓沢に入り流れに沿って適当に上がって行く。すると右（南）上の方に道形が見え、そこに這い上がってゆく。その上に乗ると、完全に廃林道で沢山のフキノトウが柔らかそうな蕾で出迎えてくれた。この場所が標高６７０ｍ付近。雪に覆われた道形を探るようにして７７０ｍ付近まで行ったが、ここで途切れた。付近では太い流れがあり、残雪の中から飛沫を上げて流れ出てきていた。そのブリッジの上を、“落ちるなよ”と願いながら通過して行く。快適な残雪の谷歩き。ほとんど沈み込みがない。冷たい流れで常に冷されているからか。それでも８００ｍを過ぎると、葡萄尾根側からデブリが局所的に落ちてきていたりした。
９１０ｍ付近で谷が左俣と右俣に分かれる。右俣を偵察すると細かいデブリが上流に見えた。それを判断基準に左俣を見ると綺麗な状態で続いていた。ここは左に入る。この先雪に繋がり安泰かと思えたが、嫌な事に上の方で流れの音がしだした。滝が在るような地形には思えないが、等高線の密な様子からしてゼロではない。恐々登って行くと、雪が口を開け、その中にナメ岩の上を伝う強い流れが見えた。無積雪期は登るには難しい谷のよう。もっとも雪が消えれば流れも落ち着くのかもしれないが・・・。この音を合図に、斜面が急峻になってゆく。そのため、雪が落ちて斜面が出ている所が多い。両手両足を使って這い上がってゆく。遅々として進度が上がらない通過点に、やや腕力頼みで登って行く。そして１１７０ｍ付近で再び雪が繋がりだす。と書いたが、周囲を見ると雪の繋がりはあり、場所を選べばずっと繋がって登れたよう。ただしどこも急峻に間違いない。
今日の天気は回復傾向だったが、この山域は生憎で、７時を境にガスに巻かれてゆく。そして風が強く吹いている。外気温計は０℃を示している。景色も温度も冬。鼻からは鼻水が垂れっぱなし。もう少しで稜線だが、暗い天気に気持ちも少し暗くなってゆく。そんな意味からも天気は大事。進む先に稜線が見え出した。西側に向け頂稜はササの密生帯で、ピンポイントで雪の繋がっている場所があり、それにより東側に飛び出した。すぐ南が山名事典でのピークポイント。雪が乗りこんもりとしている。しかし南を見ると、黒く高い場所があり、そこが最高点のよう。距離にして１００ｍほどか。最初は雪に繋がり、藪を分け、その高みに到着する。
蓬ノ頭到着。雪が溶けた山頂には、半畳分ほどの草が禿げた場所が在る。獣の休ん場だろうか。そう想像すると全てが楽しくなる。人の気配は一切無い。人工物が一つも無い場所であった。視界は平均５０ｍくらいか、濃くなると３０ｍほどまで落ちる。見たかった南側や南東側の様子が見えないことが淋しかった。さあ次は大具里ノ頭。南進開始でガスの稜線に突っ込んでゆく。
西風により東側に雪が堆積しているが、伝える場所は少なく藪漕ぎを避けてすぐに西側に高度を下げてトラバースして行く。３００ｍほどで再び稜線に戻る。少しガスが取れ、左（東）下に登川が見下ろせた。山腹に切られた迷路のような作業道も見える。進む先が見られれば・・・。なんと言っても上越のマッターホルンがあるわけで、見たかったが最後まで叶わなかった。残雪、藪漕ぎ、交互に繰り返すように１３０７高点に到着する。ここはやや平らな地形があり、幕営も可能。
１３０７高点から南は進路が屈曲するが、リッジ状の雪があり全体を通すと伝いやすい場所であった。この先の痩せ尾根を気にしていたが、北側南側双方に雪が残りどちらでも伝ってゆけた。この後、黄色い花をつけたマンサクの密生帯がある。もう少し後だったら綺麗だっただろう。雪の無い稜線には、獣だろう踏み跡が見える。雪の無いときを思うのだが、けっこうきつい行軍になろうと思う。学生らがパーティーで通過するのが適当に見えた。残雪が狭稜の東側にへばりつくように残り、最後はその狭い幅の上を伝って登っていった。
大具里ノ頭到着。こちらにも人工物は無かった。いや三角点が在るはずで、捜索開始。南北に長いピークを３往復くまなく探したが見えてこない。一番高い場所ではないのか・・・。少し北側に戻ってみると、東尾根が突き上がった稜線との交点に三等点を見つけることが出来た。ササに埋もれてしまっているのかと思って半ば諦めていたが、その気持ちの糸を途切れさせず捜してよかった。ガスにより展望が無い分、これが無いと淋しい訳で・・・。誰も来ないだろう場所、珍しく絶縁テープを残す。周囲で野鳥が囁いている。このくらいの風は強い風のうちには入らないのかもしれない。下山は葡萄尾根をと思っていた。そこを狙うべく降りて行く。
１４００ｍ付近まで北進する。ここで雪は東側にあり伝いやすいのは東側。しかし無理をしてでも西に出ねばならない場所だった。快適に残雪に踵を入れながら高度を下げて行き、途中で西進にならないことに気付きミスルートを把握した。南に戻ろうかと思ったが、楽を思って西にトラバースを決行。北ノ沢の源頭であり、一旦滑ればそのまま数百メートル行ってしまいそうでもあった。ザックのピッケルに手をかけたが、ストックのまま強行。
１２９０ｍの１３０７高点南のコルに戻る。葡萄尾根に乗るタイミングを逸してしまっていた。ここは谷下り。でもこの選択が楽しかった。小ぶりだが巻機の米子沢の中に居るような雰囲気があり、地形に添って迷路のようにクネクネと残雪の詰まった谷を降りて行けた。途中にはナメの流れが口をあけている場所もあり、南側に回避するように降りて行く。枝谷が多く、登りに使った場合、的確に通過した谷を通れるか不安だが、まあ何処を通っても極度に危険な場所は内容に見えた。雪崩を含めて・・・。
９１０ｍ付近の大きく進路を分けた場所まで降り、見慣れた景色の場所まで来る。右俣側に入っても良さそうであった。雪に繋がり快適に降りて行く。流れの音がし出したら、左岸側の通過が適当。右岸側は口をあけている場所が多い。林道の道形に乗ると、雪融けした場所でのフキノトウを少しいただく。そして芝倉沢との合流点、ここはコゴミ畑のように柔らかそうな美味しそうなものが生えていた。こちらも酒のつまみ程度に拝借する。小さい堰堤のすぐ上を飛び石で渡渉して行く。その堰堤を見ると、流れの筋が人工的に作られている。水量が少なければこの上を伝って渡れるようであった。
作業小屋まで戻ると、そこには作業員の姿があったり、土砂を運搬するトラックの姿があった。特に咎められる事無く通過して行く。漁の看板が在ったことで私有地ではない事は判っていた。そしてゲートが見えてきた頃、その手前の陸橋をカートに乗ったゴルファーが通過して行った。歩けば運動になるのに・・・。ゲートを潜って駐車余地に戻る。
小粒だが、楽しい場所であった。渡渉あり山菜あり、葡萄尾根を伝えたら、さらに面白かったかもしれないが、この時季の残雪の沢歩きは外せない。
