鉢巻山 134m
2015.11.21(土)
晴れ 単独 加太自然の郷側より 行動時間:11M
@別荘地内車道終点7:45→(5M)→A鉢巻山7:50〜51→(5M)→B戻る7:56
@加太自然の郷内の舗装路終点地 | 経路でタイガーロープで塞がれていた場所。 | はっきりとした道に出合った場所にある標柱。 | 古い標識 |
「32」から直登する。 | フェンス前に出る。右へ。 | ここでほぼ山頂。ほとんど判読不能。 | 戦時中の遺構。 |
A鉢巻山 | Aフェンス内の様子 | Aみなみがわの円形をした構造物。 | A遺構を上から。 |
下降点帰り | 舗装路終点地に戻る。 | A駐車の様子 |
前夜19時半に家を出て、かなりのんびりと行動しながら4時に和歌山市加太に到着する。友ヶ島への船は9時始発なので夜明けを迎えてからの時間つぶしに迷った。近くの淡島神社も門扉が締り7時からと書いてある。それならと少年自然の家に上がってみる。ここから夜明けごろに鉢巻山を狙ってみようかと考えた。少年自然の家の駐車場まで車を上げるが、予想外にも住まいしている人が居るようで洗濯物が出ていたので、すぐさまエンジンを切って静寂に戻した。
6時。まだ暗い中を門扉の前で準備をしていたら、守衛らしき人が現れ「なんですか」と問われる。何もしていないのに「なんですか」とはこちらのセリフだが、次の行動のために「ここから鉢巻山へ行きたいのですが」と言うと、通らせてくれるのかと思ったら、「ここは小学生らも利用する場所で開門時間が9時です。その時間からならいいです」と告げられた。これでは全く話にならないし、それがために制限されてしまう大嫌いなパターン。ここは素直に、おずおずと引き下がる。とならば、南側から攻めよう。網の目のように別荘地の道が切られている。
田倉崎灯台を観た後に別荘地に入ってゆく。住まいしている人が多く、加太港からの狭い道に行き交う車は多い。別荘地の入り口には管理人の建物がありゲートも設けてある。スマホで調べると、この別荘地内に喫茶店もある。と言うことは部外者も「入れる」と解釈した。
本当にクネクネとした道で続く。そこに朝の散歩している人が多い。途中の分岐を間違えてサニータウン側に進んでしまうが、加太自然の郷からの連絡通路は現在は通行止めになっており行き来できないようになっていた。少し戻って、鉢巻山南西に続く道を選んでゆく。空いている住宅の方が少ない感じで、車の停まっているお宅が多く見られる。上部に行くと路上が駐車スペースのようで、ガードレールに縦列するような駐車枠が長い距離書かれていた。そして舗装路の終点地に一軒の家があり行き止まりとなる。
ややバツが悪い心境なので、終点地から少し戻って車道上の駐車スペースの一つに車を入れる。幸いなのが周囲に犬を飼っているお宅がないこと。吠えられることなく行動が出来ていた。それでも部外者感が強いので早い行動を意識していた。
舗装路の終点から右に折れると、やや廃道気味の道形が奥に進んでいる。僅かに進むと尾根上の道が右後ろから合流してくる。この先で道を塞ぐタイガーロープがされている場所が出てくる。かなり古くに塞がれたようで、結ばれたプレートからそれが伺えた。潜ってゆくと、その上で立派な道が横切っていた。ここには「陸」と彫られた大きな標柱が立っていた。適当に北に進むとすぐに「32」と書かれたプレートがあり、踏み跡が上にあがっていた。
横ズレするより上にと、そこを上がってゆくとフェンスで囲まれた場所に出た。ここは北に巻き込んで行く。新しいアンテナが設置されており、その北側には一帯の古い案内図がオブジェ風に掲げられていた。すぐ西側にコンクリートの構造物があり、即時に戦時中の遺構と判断できた。上にあがると目の前に円形状の構造物があり、そこに水が溜まっていた。最高所は南側のピークのようで、そこに標識が下がっていた。遺構を挟んで北側にも高みがあるようであったが、南で山頂としているようであった。長居は無用、すぐさま下山。
一帯はオリエンテーリングなどがされるのか、その競技で見るようなプレートが散見できた。あちこちに道が在るようであり、間違えないように往路の分岐点を辿って戻ってゆく。石の標柱からは一直線に降りるような道で、タイガーロープの先では尾根側の道を伝ってみようと思ったが、本日のメインはここでなく友ヶ島であり、ギャンブルはせずに往路と同じ道へと右に進んだ。
舗装路に戻り車に到着。こんな場所に上州ナンバーは不釣り合い。我ながら怪しさを感じるのだった。加太港へ向かって行く。