岩坪山   1900m         


   2016.4.23(土)    


  晴れ    単独      新穂高温泉郷一重ヶ根地区より   行動時間:5H36M 

 装備:スノーシュー


@一重ヶ根地区ドコモ無線施設5:08→(21M)→ANHK施設5:29→(23M)→B1436高点(円空山)北5:52→(10M)→C道形が尾根を離れる分岐6:02→(12M)→D1549高点北の乗越6:14→(13M)→E沢の施設上行き止まり6:27→(50M)→F1750m付近の主尾根に乗る7:17→(10M)→G1762高点北7:27→(47M)→H岩坪山三角点峰8:14〜16→(2M)→I岩坪山最高点8:18〜39→(3M)→J三角点峰再び8:42→(27M)→K1762高点北帰り9:09→(54M)→L岩坪谷反射板10:03〜05→(3M)→M往路に尾根を離れた場所10:08→(23M)→NNHK施設帰り10:31→(13M)→Oドコモ新平湯局(駐車場所)10:44


docomo.jpg iriguchi.jpg  michigata.jpg  antena.jpg
@林道を伝った先にはドコモのアンテナ施設が在った。新穂高局。 @アンテナ施設から南に少し戻った場所から上に道が入っている。(帰りに撮影) 以前は軽トラでも通れただろう道幅。 反射板施設。一つは蒲田側を向き、もう一つは一重ヶ根側を向く。
antenauegawa.jpg  nhk.jpg  1380.jpg  1436kita.jpg 
さらに状態の良いまま続く。 ANHKのアンテナ施設。 1380m付近。山腹の長いトラバース道。 一部倒木あり。 B1436高点(円空山)直下に北から乗り上げ東に向かう。
onemichito.jpg 1549kita.jpg  noxtukoshikara.jpg  toraba.jpg 
C尾根側にはリボンが2本巻かれている。道形は尾根を左にして南側へ進みだす。道形に従う。尾根上にも切り開きが進む。 D1549高点の北側で尾根を乗越す。1549高点側へも道が分岐。ここから東側へは少し下って行く。 D乗越から見る焼岳 少し藪化した場所もあるが道形は続く。山腹を岩坪谷側へと進む道形。
1500bunki.jpg  tani.jpg  1600.jpg 1750.jpg 
1500m付近で分岐となる。右に進むと、写真右側の施設に行くよう。左に進んだがすぐに行き止まりとなった。 E行き止まりとなって谷を見下ろすと沢に何かの施設が在った。Google Earthでもこれは見られる。 北に進み尾根上1600m付近。途中で谷に入るが密藪となる。尾根登りのほうが良かった感じ。 F1750m付近で主尾根に乗る。
1762kita.jpg  1880.jpg  sancyounishi.jpg  sankakutenpeek.jpg 
G1762高点北側。少し雪が繋がる。 頂上大地直下1880m付近に境界の杭が見られた。 山頂の西側の様子。このあたりからべったりと雪が残る。ただし緩い。 H岩坪山三角点峰。
sasanonaka.jpg  santou.jpg  sankakutenno.jpg iwatsuboyama.jpg 
H笹藪の中に三角点は在った。 H掘り出した三等点 H北から見る三角点の場所。 I岩坪山最高点
zetuen.jpg yari.jpg  kasa.jpg  yakisoba.jpg 
ISK氏の絶縁が残る。雪面から2.5mほどの高さの場所だった。 I槍と穂高 I笠 Iヤキソバパンと焼岳にはならず、この場所からだと焼岳は見えない。
sankakutenyakedake.jpg kumano.jpg  1800.jpg  1740.jpg 
J三角点峰から割谷山側。 大きな足跡が残る。かなり古いか・・・。 1800m付近。雪を拾って降りて行く。 1740m付近。二重山稜のような場所は中央に雪が残る。
1762kitakaeri.jpg 1720tenbouchi.jpg  yake.jpg  1712.jpg 
K1762高点北帰り 1720m付近の開けた展望地。 途中から焼岳。ガスがとれやっとクリアーに見えるようになった。 1712高点の上には、一本のブナにのみ熊棚が見られる。
1650peek.jpg  1520minami.jpg  1531antena.jpg   michigouryuu.jpg  
1650mピークから振り返る。 1540m付近の痩せ尾根。道形があるように見えるが、これは違う。 L岩坪谷反射板。銘板に1531mとあり緯度経度も書かれているが、座標が違っている。北側に道形が降りている。少し判り辛い。 M往路に南に進んだ場所。切り開きは反射板施設のためであった。
1436kitakaeri.jpg  antenashisetu.jpg  kaerigekai.jpg  panzani.jpg 
N1436高点(円空山)北帰り。ここで進路が一度北を向く。 NNHKの施設帰り 新穂高温泉郷を見下ろす。 道形に沿ってパンザマストが続いている。
rindouni.jpg  cyuusya.jpg     
林道に降り立つ。入口には表示無し。 O立派な松が生えるロータリー地形。日蔭になってちょうど良かった。    




 飛騨方面の山がしばらくご無沙汰になっていた。このあたりで挟んでおかないと山勘が鈍るので、残雪の少ない年においての飛騨地方も踏査・体験しておくことにした。本当は北陸の雪も踏んでおかないとと思うが、だいぶ融けてしまっているよう。関東側での軽い雪に慣れてしまうと、日本海側の重い雪が負担に思えてしまう怖さも知っている。

 
 岩坪山は、故篠崎ドクターが北面をスキーで登っており、同じようにトレースしようかと思っていた。SK氏も2012年のちょうどこの時期に同じく北面でアプローチしている。パイオニアの各人の記録により、その後の中尾からのアプローチがちらほらとWEB上に見られる。ここで、なぜに西尾根の記録が上がってこないのだろうか。ただ単に距離の問題か、この辺りが気になり、天邪鬼にも西尾根でアプローチしてみることにした。

 
 尾根末端側には、幸いにも林道が上がっておりアンテナ記号が見える。すぐさま衛星画像で確認すると、ほぼ地形図どおりに道が切られているようで、そこからの破線路の先にあるアンテナも確認できた。地図読み1250mまでは問題ないだろう。その先は雪を期待したい。エアリアに読める円空山(1436高点峰)まで藪を漕げば雪に繋がれるだろうと、ここ2週ほどの越後の山を体験して想定してみた。あまり等高線のきつい場所は無く、ワカンよりスノーシューだろう。西尾根が万が一敗退となれば北尾根をトレースしようと思っていた。

 
 0:30家を出る。上州は雨が降っていた。三才山トンネルに潜り込み松本に出て、158号で奥飛騨に向かって行く。新島々には大型バスが並び、連休に向けての準備万端な雰囲気があった。沢渡にはまだまばらな駐車の様子で、連休1週前から入山する人はまだ少ないようであった。テールランプを追いつつヘッドライトに煽られつつ安房トンネルに潜り新平湯温泉郷に降りてゆく。

 
 岩坪谷を渡った右岸側から林道が東に上がっている。この先の分岐箇所が見づらく、宿舎風の建物がある敷地に入ってしまった。裏手に登り上げて行き止まりになり、分岐まで戻って右側に分かれてゆく道に入る。こちらが正解で、すぐ先からダート林道になる。小さな落石や倒木があるが、路面はさほど荒れていない。それでも普通乗用車で登るには少し酷な場所もあり、ガリガリと音をさせる場所もあった。怪しくなり車での進入を諦めようかとも思ったが、騙し騙し進んで行く。

 
 行きついた先は、驚くほど広い場所となり、20台ほどが停められるような広見があった。中央には大きな松があり、その根元には蜂の巣箱で間違いない丸太が置かれていた。大きなドコモの基地局であった。表示を見ると「新穂高局」とふられていた。月明かりが明るく一帯が良く見えるが、暗い中ではここからの登路はまだ見えていなかった。経路で買った冷めつつある珈琲を啜りながら、深夜便を聞きながら夜明けを待つ。

 白み始め準備をし出す。雪がある気配がないのだが、ザックにはスノーシューとピッケルを結わえる。標高差は820m、平面距離としては3.3km、きわめて緩い経路である。山手側に目を向け破線路の在処を探すと、林道を40mほど戻った場所から林道幅の道が上にあがっていた。上にアンテナがあることを思うと、林道幅で切られているのは頷ける。登って行くと樹林帯に入り、鋭角に曲がる場所となる。ここで道を見失ったかと錯覚するのだが、しっかり上に続いている。

 
 15分ほどで衛星画像で見たアンテナ施設に到達する。これは蒲田川と高原川側の2方向に向けた反射板であった。道はここまでと覚悟を決めていたのだが、意外にもこの先も変わらずのいい状態が続く。引照点なる標柱も2ヶ所で見えていた。先ほどのアンテナから4分進むと斜面に二つの施設が見えてくる。確認すると、NHKの無線中継施設であった。道はまだ先に続く。尾根を右にして北側を進むような作道で長く直線的に続いていた。途中から九十九折になり南に上がってゆく。

 
 1436高点北で尾根上に戻る。あってもこの円空山までだろうと思い込んでいたが、さらにまだ続く。この分では、岩坪山まで続いているのではないだろうかと、余計な事を思うようになってしまっていた。東に道形に伝って行く。こうなると西尾根の選択は強ち悪くない。この先の1470mの高みは、なぜか北を巻く道と頂部を通過する道とが切られており東側で合流していた。峠道でも無いようだし、杣道としても変、伝う人が少ないであろう割に状態が良すぎる。タイヤの轍などは一切ないのに野草や樹木の植生がない。不思議でならなかった。

 
 1480mでこれまで続いていた道形が尾根を外れ南側に進みだす。尾根側には二つリボンが縛られ、その間に切り拓かれた道も見えた。林道幅を進んでも尾根を行っても、どうせ先で合流するものと思っていた。これは先ほどの1470mの高みを見ているからで、ここまで楽に伝わせてもらっているなら、少々アルバイトとなっても構わない覚悟もあった。しかし伝ってみると予想と期待に反し、道形は主尾根のある北側に戻ろうとせず、どんどん南側へ進んで行った。完全に明後日の方角に進んでいる事になり、今度はどう修正しようかと思いつついた。

 
 進むだけ進むと、1549高点のすぐ北で尾根を乗越した。乗越した東側で、南の1549高点側へ向かう道と、そこから高度を下げながら北東へ進んで行く道とに分かれる。ルート修正をするのに、乗越した南尾根を登ってしまおうかと思ったが、道は岩坪谷の支流の緩斜面に向かっており、画期的なルート取りが出来るのではないかとプラス思考になってしまった。乗越から弧を描くように降りてゆく。この辺りは笹の中にイバラが多く、道形があるにしては自然に戻りつつあった。藪化した場所は距離にして30mほどなので、しっかり先を見ていれば迷うことはない。朝露に濡れ抜け出した先は、再びいい状態の道に戻った。

 
 標高1500m付近で分岐が現れた。右は高度を下げてゆくように見え、ここは左の道を選ぶ。しかし分岐から僅かで行き止まりとなった。こうなると道形の目的が全く判らない事となる。もう一方の道形はどうに続くのかと見下ろすと、そこに見下ろせる沢に、何か簡易的な小屋が建てられているのが目に入ってきた。よく見えないのでカメラを望遠にして詳細を見ると、色こそ違うがビニールハウス風な造りの構造物であった。焼岳に対する監視施設か・・・。それ以上東側に進めなくなったので、主尾根に戻るべく1750m峰に向けて北に突き上げてゆく。

 
 尾根を最初に伝っていたが、そこより谷の方が緩やかに見え、そこに獣が伝ったような筋が見えたので、途中から西側の谷に入ってゆく。しかし激薮とは言わないまでも、朝露で湿った寝たササが待っており、進度が急激に落ちた。目指す尾根は上に見えているが、なかなか届かない時間が続いた。ここを体験すると1480mの場所から尾根通しで東に進んだ方が正解だったかと思えた。30分ほどロスタイムになっているだろうか、1480m地点から以東は帰りに踏査して総合判断せねばならない。

 
 1750m峰に乗り上げる。なんとかルート修正完了し予定通りの西尾根上に乗る。東にはこんもりとした岩坪山の姿が見えている。この先は少し複雑地形だが、周囲には見られるがここにはガスがかからず有視界、ままいいコース取りで進んで行けた。残念なのは、この標高にしても雪に有りつけない事であり、繋がるようになったのが1762高点北側からの二重山稜的な地形の中央部からであった。あるにはあるが緩い雪ばかり。要するに融けやすいから早くに融けているようであった。

 
 見える高みに向かって進んで行く。やや勾配が強くなる中、西側の1870m付近の斜面にピンクの杭が打たれていたのを見つける。ようするにこの標高でも雪は切れていた。ササを掴みながら身体を持ち上げる場所もある。そして1880mの大地に上がると、べったりと雪が残っていた。まずは三角点峰に立ち寄ろうと山頂南側の高みに向かって進んで行く。この時に、最高点側を見つつ居たのだが、三角点峰の方が高いのではないかと肉眼では見えていた。

 
 岩坪山三角点峰到着。雪の堆積したピークかと思ったが、南側は全く無かった。となると三角点を拝めるかと足の裏で探してみる。本当に最高点に埋められており、全く時間をかけずに笹の中に埋もれた点を探し出すことが出来た。少し掘りだすようにして三等の刻みを確認する。この場所から最高点の場所を見るが、やはりこっちの方が高く思えるのだった。北東に向かって行く。ここに来て風の関係からか硫黄の臭いが強くなっていた。

 
 岩坪山最高点到着。山頂大地の北東のはずれに明るい場所があり、そこに立つダケカンバにSK氏の絶縁が縛られ、唯一山名を示していた。しかしその位置は雪面から2.5mほどの高さであり、今年がどれほど雪が少ないかが判る。北側に穂高の主峰群が見られるが、山頂より少し下った場所が展望地であった。西鎌尾根の稜線も黒く、5月下旬か6月初旬の様子にも見えた。日差しの入る場所でザックに腰を下ろす。北に下って周回形式も面白いが、本日の踏査に当たって、往路で一部未踏区間を作ってしまったので、しっかり見極めるのには西尾根を戻らねばならない。

 
 タイミング悪く腕時計の電池が切れ消灯してしまった。ナビの高度計を使い、最高所と三角点の高度差を探ってみることにした。地形図からは0.4mの差異となるので、高度計では拾いきれないとも思ったが、そこは雪が載っているので、それによりもっと差が出ているだろうと思えた。最高点では雪が載っており、三角点では載っていなかった。ヤキソバパンを食べたあと、高度表示を見ながら三角点峰へ進む。すると最高所と同じ数値で表示された。と言うことは雪が無かったとすると三角点峰の方が高いのでは・・・なんて思ってしまった。ここからは木々の間から割谷山が望むことが出来る。

 
 往路のトレースを追いながら戻ってゆく。背中では出番のないスノーシューが手持無沙汰のようにしているのが判る。念のために持ってきたピッケルも全く不要の場所であった。忠実に尾根の頂部を伝うようにゆくと、その尾根のやや北側にピンクの杭を見たりした。笹薮の続く場所ではあるが、密藪ではなくわりと漕ぎやすい植生で続いていた。1740m付近で二重山稜の中に入り雪を拾いつつ進んで行く。

 
 1762高点の北側を掠め、この先は雪が途切れ藪漕ぎ一辺倒になる。1720m付近で北側に平坦地があり、樹木があるものの笠ヶ岳側の展望台的場所であり休憩するのに適地であった。1750m峰から西は、未踏箇所で慎重にルートを見極めながら薮の中を進んで行く。広い尾根なので有視界でない場合は常にコンパスを見ていなければならないだろう。

 
 1712高点峰に乗り上げると、そこにある一本のブナに熊棚が残っていた。駆け上がった爪痕も薄く見られる。この場所の東がこのルートで一番の急峻地形で、笹に掴まりながら降りてゆく。そして1650m峰に立ち1712m高点を見上げる。往路に見ていないので、この区間は何度も振り返りながら山容の見え方を把握していた。

 
 1540mの痩せ尾根のところで道形が出てきたと思えたのだが、ここは痩せ尾根なので獣が踏む場所が限られそのようになっているようであった。ここも振り返りつつ確認してゆく。平均台のように思えた痩せ尾根を通過すると、その先で予期せぬ人工物が現れた。地形図からは1520mの等高線上の位置するが、その反射板の銘板には「1531m」と書かれていた。さらには、緯度経度が書かれているが、南の1549高点側の座標が書かれており、公的なものにしたらちぐはぐさも見受けられた。怖いのは遭難でもした時に、ここの緯度経度を伝えたら明後日の場所に捜索隊が行ってしまう事。それはさておき、ここで理解できた。往路に尾根上に見えた切り開きは、この反射板への巡視路だったよう。それを探すべく西に行くが見えてこない。ここは北側の薮の中に進み、途中で西に進むような作道がされていた。一部ピンクのリボンの残っている。かなりササが覆う場所もある。

 
 1480mで往路の道形に乗り、1549高点側に向かった分岐点に戻る。さてここで尾根通しで進んだ場合と、道形の利を利用して伝った場合とどちらが良かったかとの検証になるが、雪が無かったとすればどちらも同じ負荷で、雪がある時であれば尾根通しのルートの方がかなり楽であろう。そう思えた。この先の西進はもう見知った場所を伝うだけなので、ほとんど降りたも同然に安心して歩くことが出来た。

 
 1436高点から北に降りてゆく。ここからは蒲田川をよく見下ろせ、その奥に構える白き峰々が山心を擽っていた。長い斜行する道の途中にはサルノコシカケが落ちていたりもした。NHKの上側の施設は、一重ヶ根無線中継所と書かれ、昭和56年に建てられたものであった。一段下の反射板の所からは、高原川の流れが良く見えていた。パンザマストの並ぶ道形を降りてゆく。林道が見え、アカマツの大木が見えたらゴールとなる。


 振り返る。例年ならもっと快適に往復できたであろう場所。1400m付近から、いや最良は1580m付近から載っていてくれればベスト。距離こそ長くなるが北尾根を伝うより楽に、そして同等の時間でアプローチできるだろう。展望もそこそこ楽しめるので山旅としてはこちらの選択もいいだろう。ドコモの基地の場所が良い場所なので、道形もしっかりしている事からパーティーでの登山にも適当かも知れない。


 さて無積雪期だが、今年もややそのようであったが1520m以上で笹薮覚悟で挑まねばならない。実質2.2kmの藪漕ぎ区間となるが、そう強情な藪ではないので伝い易い部類であろうとは思う。ただし2.2kmの薮に耐えていられる人にとっては・・・(笑)。雰囲気としては中央アルプスの南側の薮の中に居るような感じを覚えた。


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