真那板山 1219.4m 跡杉山 1285m 沓形山 1324.7m
2016.2.13(土)
くもり時々晴れ 単独 大網地区より往復 行動時間:9H35M
@大網5:13→(28M)→A堰堤5:41→(169M)→B真那板山8:30→(50M)→C跡杉山9:20→(56M)→D沓形山10:26〜45→(40M)→E大峠11:25〜27→(27M)→F跡杉山帰り11:54〜12:00→(63M)→G真那板山帰り13:03〜27→(58M)→H用水(水路)14:25→(23M)→I大網14:48
@大網地区のバス回転場の端に停めさせていただく。 | 古宮神社南、小橋で流れを跨いだら、すぐに林道幅の雪面に乗る。 | A堰堤右岸を通過 | 550m付近。進路は水の流れる谷の中へと向かい、東(左)の一段高い位置へと上がる。 |
690m付近。まだ緩斜面。 | 1020m付近。何処を選んでも急で、谷の中を行く。一部水が出ていて、さらには雪が緩く難苦。 | 1150m付近。真那板山の西の肩に乗る。 | B真那板山到着。ここは少し下がった西側の方が展望がいい。 |
真那板山東側の小リッジ。一週前のトレールが残る。 | 途中から雨飾山側 | 北西側 | 跡杉山へと向かって行く |
跡杉山への最後。 | C跡杉山と、その向こうに沓形山(左)。さらに向こうに大渚山。 | C南東側の展望。ここは今回コース一番の展望地。 | C跡杉山から雨飾山 |
1264高点南東より見る沓形山。間に深い谷が入り直線で結べない。 | 大きく東側を巻くようにして、最後は西に戻るような形となり山頂を目指す。 | D沓形山最高所 | D今日はオフ・リミッツ |
D人工物は一切無かった。どうしようかと迷ったが、無記名のこれのみ残す。年に数名も訪れないだろう。 | D文旦と雨飾山。ここから見ると羽根を広げたような山容に見える。 | Dヤキソバパンと大渚山側(はっきりと見える高みは1476高点) | E大峠帰り。ここも人工物は見えない。 |
E大峠の北側。横川側へと下る道形がはっきりと見える。反対の南側も道形が判る。 | F跡杉山帰り | F跡杉山側より真那板山。 | G真那板山帰り |
G山名板。北陸でちらほら見る仕様。 | Gこれら大木が、跡杉山との間にいくつも立つ。 | G真那板山の西側の展望地。 | 西側の開けた場所 |
緩斜面をシールを張ったまま戻り、1200m付近から滑走開始。 | ノド的場所に入って行く。雪が緩むと雪崩れの巣のような場所になる斜面(写真の下方斜面) | 1050m付近。開けた場所だが下側斜面一帯はデブリ帯となっていた。 | H往路は避けられたが、復路は水路を跨ぐ。 |
村落内の舗装路に乗る。すぐに雪が繋がり、再びスキーを履いてしばし滑る。 | 除雪最終端まで降りる。395高点からの道。 | Iバスの回転場のようであり、最大限端に寄せた。 |
2015年に予定していたが、天気と雪のタイミングが合わずに流れ今日に至る。塩の道が地蔵峠と大峠を経て乗越しているので、残雪期に地形図の破線路を経由してアプローチしてもいいかと思っていた。ただし、スキーの出来る季節にはたまにはスキーも楽しみたい。
北側の林道をどう利用しようか。周回ルートを好むので地形図を見ながら一筆書きでコースを結んでみる。そして時計回りか反時計回りか、天気予報からは気温上昇が予想され、早い時間で上にあがった方が得策であり、反時計周り的に進み、下りを沓形山から北に林道へと降りるように考えた。ただしここで長い林道が腐れ雪でも辛い事になる。全ては現地での判断とする。無理はせず自然に倣う。
1:00家を出る。三才山有料手前のセブンでは多くのヤキソバパンが待っていてくれた。松本に出て池田経由で大町に入る。スキーやスノーボードを積んだ車に混じりながら糸魚川へと向かって行く。今日の温泉地は迷うことなく姫川温泉となる。下山してすぐにありつけるのでうれしい配置。そこに向かうように148号を離れ吊り橋で渡ってゆく。温泉街を右に見て、反対側へと道を選ぶ。
大網の村落内に入り雪の様子や除雪の様子を確認する。雪はあるものの、だいぶ少ない印象を受ける。ちなみにと外に降りて突っつくも、柔らかい・・・。今日は覚悟せねばならないか。古宮神社の所に停めようかと思ったが、適当な余地はなく、少し戻ってバスの回転場の舗装地に停めさせていただく。向かいに停留所標識があったので、回転地で間違いないだろう。経路3.5時間、今日は仮眠を入れずにすぐさまシールを貼り準備に入る。
5:13出発。水線北側に書かれる実線路に乗るべく村落内の道を登って行く。そこは下見をしたので在処はすぐに判った。もっとも、スキートレールが残っていたので、それで判り易かったとも言える。板を履いて林道の雰囲気のある中をトレールを辿って登って行く。通過した方は、幸いにも林道に倣って滑ってくれたのでありがたかった。自分ならショートカットしてしまいそうな場所もしっかりとなぞっていた。
快適に続いた林道も、堰堤の右岸で有耶無耶になり北西の高い側へ這い上がる。ここで少し負荷があったが、その先は再び緩斜面で帰りの滑りが気になるほどであった。柔らかいと思っていたが、沢沿いの為か意外と締まっている。早出の目的はここにもあるのだった。相変わらずシュプールの跡を追う。
右(南)に1123高点からの急峻尾根、左(北)に875高点の緩い尾根、その間を進むように行く。少し夜が明けてきた。この頃まで、真那板山山頂辺りから明るい光が見えていた。なんだろうと思っていたのだが、その明かりも周囲の明るさとともに見えなくなってしまった。月だったのかもしれない。歩きながら少し気付いていることがあった。標高をあげているのに反して、雪が緩くなっている。斜面の方角的なこともあるのだろうが、西日が当たり融雪で締まり量も多いと読んだが、今日の気温は全てを度外視して暖かいのだろう。進む先の右側に、急峻の壁が現れる。到底スキーで登れそうでなくそこを巻き込むように谷の中に入って行く。ここで標高は1000mを越えていた。見える斜面はデブリだらけで、少し緊張しつつルートを探る。
875高点側に降りる北尾根に乗ったほうが正解だったと後で思ったが、この時はその思考にならずに谷を突き進むことを選んだ。そこが一番緩やかだったから。しかし、緩やかなのは雪面もで、一部で流れも出ている場所もあった。雪が繋がらず板を脱ぐも、腰まで潜ってしまい、進度が上がらず歯痒いばかり。時間ばかりが経過するので業を煮やし、西側の急斜面に挑む。デブリの理由は、途中で見えたシュプールで判った。急斜面なので、上でのちょっとの雪がここまでになる。いつもそうなのか判らないが、今年は温かいし雪が少ないことも、この状態を作っているのだろうと思えた。
谷形状の麓側から真那板山西の肩である1150m付近に乗るまで50分を要した。それまでは予定以上に速く進めたが、自然は甘くは無かった。しかしこの肩に乗ってからは、そこまでの苦労を吹き飛ばしてくれるような展望と、そして雪面の快適さがあった。ブナが林立し、ここは新緑の頃も美しいであろうと思えた。山頂直前になると南側が疎林となり、明るく自然の展望台的場所であった。
真那板山到着。少し周囲を歩き回ったが人工物が見えず、中央に針葉樹の大木が林立しているのが印象的であった。そのまま東側へ進んで行く。向かう先に跡杉山が見える。その先に沓形山だろう高みも見える。さらにその先の大渚山は・・・あーアレかと、連なる山々が同定できた。そしてその左側には、デンと構えた雨飾山がこちらを見下ろすように存在していた。そこから日本海へと連なる山々が、荒々しくて目に心地いい。
進む尾根がやや痩せ、雪庇でリッジ状になった場所がある。スキートレールはかなり安全をみて進んでおり、当日は視界が悪かったであろうこともそこから見えた。地形図どおりの高みがポコポコと続き、その先に構える跡杉山はとても美しく見えていた。それには、その向こう側に雨飾山の山塊があり、それとの相乗効果にも思えた。跡杉山への最後の尾根筋は、下りはシールを外そうか装着したまま滑ろうかと悩む距離と斜度であった。こんもりと雪の乗った高みに到着する。
僅かに雪庇の出来た跡杉山に登頂。周囲に遮るものが無く、すこぶるいい展望ピークだった。少し風が出てきたので、ここで進退を悩む。空の色も暗くなりつつあり、どっちに転ぶかと言うと、悪化するのは間違いないようであった。時間を計算する。沓形山はすぐ近い場所に見えるが、こんな場所ほど実際は遠いのがいつも。又出直そうかと一端は踵を返したが、ここまで来たら踏んでしまおうとも思った。今日は上にあがるほどに雪が緩い。帰りの事を思うと、今のうちに帰りにした方がいいように思えたのだった。でも先に進む。
大峠を間に挟み、似たような標高で1264高点が待っている。躊躇しつつもシールの音を響かせながら降りてゆく。降りだすと意外と進度は速く、あっという間に大峠を通過した。何もない場所で、帰りに休むことにして先に進む。先人のトレールは1264高点を南に巻いていた。まともに登って通過するより5分ほどは省力になるだろう。でもなんでこんなところを通過したのだろうと思える場所も見え、トレールの場所に幹径50ミリほどの木が生えている場所もあった。通過した時は間違いなく雪の下だったのだろう。雪解けは速い。トラバースしながら目の前に沓形山があるが、深い谷が近さを遮る。ここからが長かった。
ちょっと先に進めば取り付ける。そう思わされつつ、東へ東へと進む羽目になった。騙されたと言うと語弊があるが、3度ほど地形に騙され、結局東側の1270m付近を回り込むようなコース取りをしないとアプローチできないことが判った。最初から判っていれば素直に1264高点から連なる高みを進んできたが、複雑な起伏の中を喘いで進んだ感じとなった。テントを張るには風よけになってちょうどいい窪地もある。周辺は波打つような複雑地形が広がっていた。視界が悪い時は、自分でも迷うと思った。迷った場合、ここはボディーブローのように効いてくる場所となろう。そんな印象を受けた。
やっと西進に変わる。ここまでがここまでなので、この先ものっぺりとはしない尾根が続き、起伏のある中を進んで行く。スキーでも問題ないが、スノーシューとかのほうが適している場所に思えた。時計を見ると、スタートから5時間が経過している。6時間ほどを思っていたので、まだいい方だが、何せこの暖かさは帰りの雪が心配になる。シールワックスを塗ってきたのだが、かなり水分を吸って重くなってきていた。それほどに融雪が進んでいると思えた。
沓形山到着。遠く歩いてきたにしては素っ気ない出迎えで、今一つパッとしない展望であった。でもこれが自然で、これが普通。人工物は何もなかった。ザックに腰を下ろし大休止とする。一応予定通り3座踏め、次は下山路だが、ここで決めると言うよりは経路で答えが出ていた。ゆる過ぎて長い林道歩きは負荷が大きい。ヤキソバパンを齧り、加えて文旦でビタミン補給をしてから往路を戻る。
休憩が長すぎたか下半身の筋肉が攣りだす。筋肉の衰えが一番だろうが、スキーをあまり履いていない弊害で、スキーで使う筋肉が各所攣る。下りで制動をかけようとボーゲンなどをしたら、尻の筋肉まで・・・。ここまでになるのは初めて。少し訳あって抗生物質を飲み続けての入山だったが、日頃と違うのはこの投薬をしている事のみ。疑うものの、まず自分自身の鍛錬不足を疑うのが筋だろうと思う。そしてもう一つの筋である、自分のトレールは、無いものに等しいくらいに溶けて雪面に同化していた。
起伏をうねりながら1264高点東側まで戻り、再びその南をトラバースして大峠に戻る。南北をよく見ると、峠道と判る太い筋が双方に降りて行っていた。ここをどれほどの人が塩を背負って通過したのかと思うと、感慨深い場所にも思えた。跡杉山へと登って行く。周囲は大分暗くなり、日差しを遮ってくれている事は助かったが、依然各所の筋肉が攣ったまま。痛さに耐えつつ強引に歩いていた。ただしゆっくり。
跡杉山再び。やはりここが一番心地いい。おそらく再びは来ないであろう場所であり、周囲を目に焼き付ける。姫川が見下ろす事も出来、下界が見えると温泉に急ぎたくもなるのだった。攣るのは水分不足とも思いだし、少し余計目に摂りながら進むことにした。と言っても全1リッターしか持っていないので、飲めてそこまで。シールを外さずに西側の尾根を下ってゆく。真那板山側から見上げても良かったが、こちらから見下ろす景色もいい感じ。天然杉か、尾根上に点在する姿も綺麗だった。時計はちょうど12時となり、この時間で折り返して居ること自体は、まずまずの行動で、早出が功を奏している事とも言えた。腐れ雪にシールを滑らせて降りてゆく。
往路の真那板山と跡杉山間はほとんど負荷を感じなかったが、復路は攣り続ける足にとても長い距離に感じた。そんな状況下、周辺域にヘリが飛んでいた。どんな出動要請で動いているのか判らないが、アレのお世話になった時が山を辞める時と誓っている。一方で、頭は変わらないかもしれないが、体力はかなり落ちている自覚をせねばならないとも教えてくれても居た。水分を吸って重くなったシールも影響しているだろう。ワックスを塗って事前に対処してきたが、それより自然が上手だったとも言える。そんな自問自答をしながら、根性を出して西に戻ってゆく。誰か真那板山に登っているのではないかと山頂での気配を探すが、揺れた大木の枝葉を、人と見間違えるだけであった。
真那板山を前にして、途中の大木の所で大の字に雪面に寝転ぶ。さすが自然と思えるのだが、いつの間にか上空にカラスが2羽やってきた。“こいつ、くたばりそうだぜ”とカーカー合図を送っているようにも聞こえた。でもこの3分ほどが心地よく、次第に攣る痛みが和らいでゆく。緩斜面でなかったら、もっと喘いで苦労していたろうが、この山稜がこの程度の地形で幸いした。起き上ったら、カラスはサッと遠くへ飛び去って行った。
真那板山再び。山名板は東側を向いた場所に取り付けられていた。登頂時に背にしたような場所で気づかなかった。誰も訪れなかったようで新たな踏み跡は増えてはいなかった。時計は13時を少し回ったくらい。あとは滑るだけだが、デブリの中の滑走がどこまで快適にできるかどうか・・・。時間をかけながらずり落ちてゆくのでいいと思っている。登る技量は上がっても、いくら経っても滑る技量が上がらないのが情けない。
山頂から北に降りると谷を一つ違えてしまうので、シールのまま西に進み、1190m付近まで降りる。ここでシールを外してドロップイン。最初は緩斜面だが、その先はノドになっている感じで下側は急斜面が続き、見事に自分の滑りに起因してデブリが発生していた。入山者が多い年ほどここは荒れると言う事かとも思えた。少し滑っては休憩を入れる。薬のせいとか水分不足とか言ったが、間違いなく筋力の低下もあるようだ。長く滑れない…今に始まった事でもないのですが・・・。
1000m以下では、往路よりやや西側で滑ってみることにした。流れやすい雪が続くので、少しでも緩斜面の方が安全かとの判断からだった。しかし、やや裏目に出た感じで、下の方に行くとブッシュが出ており通過に難儀する。逃げるように西に戻るようにトラバースして抜けると、大岩の下に出て、そこから見える無毛の雪面は一面のデブリ帯となっていた。滑りになるのか不安だったが、おかげさまの腐れ雪で何とか降りてゆくことが出来た。
適当に麓側を目指して滑り降りてゆくと、その途中を水路が横切っていた。往路では出会わなかったので、もっと言うとブッシュも一切なかったので、ここと併せると往路側を往復した方がすっきり進めたことになる。で、この水路は板を履いたまま水没して跨いでゆく。この下側は田んぼが段々になっており、その作業道を選んで滑ってゆく。その先で舗装路が見え、そこに降り立つ。道の繋がる形から395高点からの道と判る。少し雪面が解けた日向もあったが、その先でまた雪が繋がり、除雪終点まで滑って板を脱ぐ。
村落内を駐車場所へと戻ってゆく。静かな村落で人気が無い。古宮神社に下山のあいさつをして、駐車場までもう僅かのところで、おじいさんが向かいから歩いてきた。「山スキーかい」「ええ」「そうかそうか、いつもならもっと締まっていて雪も多いのだけど、今年はあったかいから」「そうですね雪が緩くて大変でした」と会話を交わす。終始ニコニコしたおじいさんにこの土地の温かさを感じるのだった。
振り返る。下山後にトレールの主を探すと、1週前の「トマの風」の猛者諸氏が縦走した跡と判った。紹介ページの写真に対する1週後の景色と雪の状況はだいぶ違っているのが読める。この時季の融雪は特に速い。あれだけのデブリ帯を見てしまうと、注意して入らねばならない所と思えた。どんな雪山も同じと言えるが、入山のタイミングも重要な山のよう。特に今年は・・・と言った部分もあるとは思う。そして良く締まっていれば、北側の林道を使っての周回が面白いだろう。無積雪期での塩の道を使っての計画もできなくは無いとは思うが、沓形山北東の複雑地形が藪化したと思うと、ちょっと抵抗にも思う。展望のいいスカイライン的場所で、雪があって楽しい場所であると体感した。