城峰      477m       烏帽子形山      546.1m    
                    
                                                  
                                      
   2019.6.29(土)


 くもり    単独      東麓より時計回りに周回   行動時間:3H14M


@林道入口(田んぼ内舗装路終点)7:13→(30M)→A林道を離れる7:43→(6M)→B416.0三角点7:49→(19M)→C城峰8:08〜09→(48M)→D602高点峰8:57→(36M)→E烏帽子形山9:33〜34→(9M)→F林道に乗る9:43→(12M)→G共同墓地9:55→(32M)→H戻る10:27


   
@城峰に南から上がっている林道の、未舗装になる場所からスタート。 分岐があるが、左に進むのは間違いで、使われていない方へ進む。ここで進路ミスした。 林道はかなり薮化している。上の方で薮化した場所を抜け出した場所。 薮化した場所を振り返る。背丈くらいになっている場所もある。
       
A林道が下り勾配になる場所で離れる。 尾根西側は植林帯。 B416.0三角点 植林作業がされた痕があり、山肌が削られいくつもの階段状になっている。
     
城峰直下に倒木。通過しにくい。 C城峰 C古峯神社と石に彫られている。 C社が倒壊している。
       
C絵が彫られた石。 城峰の北側で少し植生が薄い場所がある。 概ねこんな植生でずっと分けて進まねばならない。掴んで登る場所も多い。 570m峰
       
570m峰の北側の尾根は高木が切られている。 尾根上に境界標柱が見られる。 尾根から、ここの前に上った氷山を見る。がガスの中。 直径450mmほどの切り株。
       
590mの肩にある高み。少しツタ類もある。 D602高点。ここの東斜面は倒木が多い。 崩落した尾根北側。 烏帽子形山が近くなると、尾根上にマーキングが見られた。下からの踏み跡が上がってきている場所のよう。
       
地震による崩落地。 下に新潟らしい丸い堰堤が見られる。 崩落地の上を進むのだが、ふかふかしていたり、地盤が緩い場所が多い。 E烏帽子形山を西から見ている。
       
E三角点は野草に隠れている。 E四等点 E二体の石仏が経つ。 E大ぶりで2尺くらいの高さがある。
       
E南南東側 F林道幅の道形に乗る。この先、標高430m付近の広い地形内の林道は2.5mほどの高さの野草が茂り、かなり見出し難い。泥濘や地形が抜けている場所もあった。 下草のない斜面に九十九折で道が切られている。 ブナの美しい場所もある。
       
G墓地に出た。作業者が居た。  G墓地の下には水道が引かれている。

麓に降りると、この石碑が見られる。 この方は「あの山は三角山って地元では言うんだ」と教えてくれた。
       
西側に進んだが、49号に出てしまった方が速かった。 49号からの林道入口には地域の看板が見られる。 地元の方が斡旋してくれた登路。「ここから登り、平らなところまで進んだら右」こんな表現で烏帽子形山への登路を伝えてくれた。 H駐車地点に戻る。




 城峰は南麓に実線路が見え林道が伝えると読める。その東の烏帽子形山は、そこから尾根伝いで進み周回してやろうと企てた。氷山を終え、東に移動し田んぼの中の直線路が終わる場所まで進むと、そこで続いていた舗装は途切れ、その先はダート林道になっていた。舗装路の最後が少し太く、山手側に寄せて停める。上まで上がってもいいが、周回としているので戻ってこなければならず、その場合は高度を上げない方が得策なのだった。

 
 ダート林道を進むと、途中に分岐か所がある。今までの延長線と思しき道が左側の道で、右に行く道は草ぼうぼうになっていた。当然のように左を選び進むのだが、しばらく伝うと行き止まりとなり、そのわずか手前から下に降りる枝道もあった。これは違うと判断し先ほどの分岐まで戻り薮化した道に入って行く。この道の方が地形図に描かれている道であった。

 
 分岐からの最初はひざ下ほどの野草であるが、次第に腰丈になり、次に背丈以上の場所も現れる。想定していなかったので雨具を着ておらずすぐに濡れネズミになる。雨具を着れば暑いし、暑いより濡れている方を選んだのが本当。上に行くと野草が途切れるも、それは樹林の中で、日当たりのいい場所は植生も濃かった。尾根を西にして、東側を進むようになると林道が下降しだす。ここで林道を離れる。

 
 最初こそ杉の植樹帯で少し空間があったが、尾根が狭くなりだすと広葉樹を交えた密生帯になる。それでも獣なのか道形が見えたりした。416高点の三角点はすぐに判る場所で、周囲に野草は茂っておらず点の方から目に入ってきた感じだった。少し道形があったので期待したが、ここから上は密生帯であった。雨具の下だけを履き強引に分けて進む。Tシャツの上に着ているベストからは、すぐに水滴が滴るほどになった。雨具の上を着ればいいのだが、何せ暑いのは体力を消耗する。そうは言っても虫刺されやかぶれもあるのだが、それらになっても蒸れ暑いのは避けたいのだった。

 
 昔の植林帯で頻繁に棚地形が現れ、そこからの崖地形を這い上がると、また棚地形があると言った尾根であった。そんな人工的な地形ではあるが、全く管理されていない様子の場所で、針葉樹も広葉樹も混ぜこぜになって生えている。城峰と城の名前があるので、山城があった場所と思い歩き易いのかと思っていたが、尾根上はほとんど空間が無いような分けて進む場所であった。少し濡れていたので纏わりつき、よりそう思ったのかもしれない。

 
 城峰の南には尾根を跨ぐように枝の張った倒木があり進路を邪魔していた。城山の山頂は土俵ほどの平地になっており、そこに石碑が見られるが、倒れたり割れたりしており、石祠も崩れていた。さてここからだが、ここに至るまでにもこの一座で降りようと思うほどの植生だった。このまま続いたらけっこうに辛く。烏帽子形山は切り離して登ろうとも思っていた。時計を見ると、まだ8時を回ったくらい。降りるには早すぎであり、途中まででもと調査のために進んでみることにした。

 
 意外にも城峰の北西尾根には少し道形が見えた。しかし降りきった場所から先は密藪の場所で、泳ぐように分けて進む。やせ尾根の場所は、尾根上より少し西側に獣道が出来ていた。記録のためにカメラを出したいが、ここまで濡れる頭でいなかったので防水カメラでないものを持ってきており、そのカメラカバーまでもずぶ濡れで、カメラを出すこと自体が億劫になってしまっていた。進んできた経路を思うと戻るのも面倒になりつつあり、最悪は西に下って田沢川の林道に降りてしまってもとエスケープルートを考えた。

 
 570mのピークに立った時、既にここが602高点峰だと思い東を見るも尾根がなく、手前に居ることに気づかされた。北側の鞍部から先は、少し人の気配のする場所となり、境界標柱と野草に隠れるように薄い道形が尾根に続いていた。高木に覆われていた今までだが、周囲展望が得られる明るい場所となる。朝一で登った氷山が西側に見えるはずであるが、濃いガスに覆われてしまっていた。

 
 尾根上には太い切り株があり、右左に千鳥な配置に見えていた。このまま道形が続くのかと思ったが、おそらく北の車道に続いているようではあったが、602高点から西には見えなかった。それより西側は伐木された木が転がり歩きにくい場所となっていた。進路が90度変わり少し様子が変わるかと思ったが、歩き易くはならなかった。北側斜面は崩落したようで、痩せ尾根が続き、なるべくその尾根上を伝うように進み、危険な場所は南側山腹を伝うように進んだ。

 
 時折踏み跡らしき道形がある。長く続かず点在している。いろんな場所の経験を踏まえ、昔は作道された場所なのだろうと思えた。なかなか陽が射さず枝葉は濡れたままで乾いていない。衣服は濡れ重くなる一方で、ベストの襟首からのラインからは、雫が線となって滴り落ちていた。早い段階で雨具を着るべきだったが、着たくなかったので自業自得。

 530mの尾根上まで進むと、やっとここでマーキングが現れた。続くのかと思ったが、ここだけであったので、下降点のマークだったのだろう。ここから先は大崩落地で、北側が削がれたように切れ落ちている。かと言って南斜面は密生で分け進むのは大変で、その崖のギリギリの場所を木々を掴みつつ三点確保な感じで慎重に進んで行く。道形が途中で現れたりするので、崩落前は尾根の北側に道があったのだろうと思えた。

 
 烏帽子形山は尾根の肩のような場所に存在した。植生が濃く地形が見えなかったこともあるが、ここだけこんもり高くなっているような雰囲気は無かった。でも三角点があり、石仏も二体待っていてくれた。これは嬉しく、表情もよく大きさもあり存在感のあるもので出会えて嬉しかった。通常ならここでヤキソバパンなのだが、ザックの中に入っていたものの出すのを忘れてしまった。それほどに濡れネズミで平常心でなかったことが判る。下山は東にカーブする南尾根を辿って降りようと考えた。


 南に降りてゆく。ここまでに伝ってきた尾根筋に比べたら、植生に空間があり進みやすい場所であった。斜度も強くなく重力に任せ降りるにも、グリップして歩き易い地形であった。進む先に谷地形が見えだし尾根を外れていると気づき東に振ろうかと思った時、よく見ると下に林道が見えた。廃道化しているのは繁茂盛んな野草の様子から判り、伝って降りてゆく。このまま快適に降りられると思った矢先、430m付近の平坦地形で林道が有耶無耶になってしまう。3mくらいある萱の場所もあり、そんな中に流れも出ており、地形が抜けている場所もあった。何となくここだろうと見当をつけて進むのだが、まま合っていたようで再び林道幅が現れる。この時期、ここを伝うのはかなり難しいと思えた。獣と出合頭にって事にもなりそうな場所であった。


 下草のない場所まで進むと、ここからは九十九折の道が切られ、下側はブナ林となりライムグリーンが美しい。その中を抜けて進むと墓地があり、作業者が4名見られた。会話をすると、昔は城峰からの道が烏帽子形山まで在ったと言う。「東尾根側へ降りればよかったのに」とも言ったが、そういう道も昔は在ったと言う事だろう。墓地の下側には水道があり、少し汗を拭わせてもらった。林道をさらに降りると石碑があり、そのそばで農作業をしている男性に声をかけられる。「三角山かい?」と言うので地形図を見せ烏帽子形山を示すと、「これ地元じゃ三角山って言うんだ」と言う。そして「石碑があったろう、手がドロドロ出だせないけど、ここにも入っている」とポケットに入っている携帯電話を指し示していた。山を登る人らしい。最後に「山もいいけど、あんた田んぼしないかい」と手に持った苗を前に出した。この人は察知力が素晴らしい。嫌いじゃないのを見抜いたのは凄い。

 49号に出てしまえばよかったが、だんぼ内の西に進む道がスタート地点側の道と繋がっているだろうと進んでみたが、そのまま地形図通りで、少し戻るように降りて49号に出て、外丸北バス停の先で西に入って行く。するとこちらにも畑をしている男性が居り声をかけられる。伝ってきたルートを告げると、「ここを行くのが三角山へのルートだよ」と教えてくれた。「ここを行き左に進み、上に行くと平らな場所があって・・・」と説明してくれた。尾根上が荒れている様子を知っているのか、「よく歩いてきたねぇ」とも言ってくれた。別れ南西に直線路を進んで行く。行ってきた間にあぜ道の草刈りがされて綺麗になっていた。車に戻る。

 振り返る。2座を繋げるなら積雪期の方がいいかもしれない。ただし崩落地がリッジになるだろうから危険度は増すかもしれない。優しいのは2座を繋げないで各山をピストンする方が容易だろう。時間的にも今回とそう変わらないだろうと思う。








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