根子岳 2207m 小根子岳 2218.3m 小根子岳北肩 1992m
2020.6.6(土)
濃霧のち晴れ 単独 峰の原より 行動時間:3H39M
@こもれびホール駐車場4:36→(8M)→A入山口4:44→(43M)→B避難小屋5:27→(50M)→C根子岳6:17〜19→(13M)→D小根子岳6:32〜37→(20M)→E小根子岳北肩6:57〜7:00→(27M)→F避難小屋帰り7:27〜28→(39M)→G入山口帰り8:07→(8M)→Hこもれびホール8:15
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| @こもれびホール駐車場。テニスコートとアスレチック園地がある。 | @写真付きの案内図で分岐点が分かり易い。 | A入山口。付近にも停められそうだが、ペンションが並びハイカーの車は迷惑になるだろう。 | 沢を渡り |
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| 石仏に挨拶をして | 分岐を振り返る。中央の道標は倒れていたのを直しておいた。 | 牧場に入る。 | B避難小屋 |
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| ルートは2カ所でう回路を通すようになっていた。 | 小根子岳分岐点 | C根子岳。ガスで何も見えず。濃霧で小雨状態。 | C花の百名山 |
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| 分岐点側から見る小根子岳。 | 小根子岳分岐再び | D小根子岳 | D石にゴシック体で書かれている。 |
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| D大きな二等点 | D小根子から根子。御神渡りのような高みが尾根上に続いているのが見える。 | Dヤキソバパンと食いしん坊。 | 北へと進んで行く。早朝はやや濡れるルート。 |
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| 米子不動尊への下降路が見える。 | 分岐点からは、不動滝側は通行止め。標高点はこの場所でとっているが、北に高みがある。 | E小根子岳北肩 | Eルートは行き止まりで、「これより先に行かないでください」と書かれている。 |
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| E東側。この先は断崖。 | E北側の様子。たおやかに見えるが、その先は崖。 | E南側。 | F避難小屋に戻る |
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| F避難小屋内部 | 放牧地脇を通過すると、放牧中の牛が集まってきた。 | オレンジ色が強いツツジ | 牧場を離れる分岐 |
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| 200円を徴収するとは知らなかった・・・。 | G入山口に戻る。 | Hこもれびホール駐車場に戻る。駐車ラインが無く、どう停めるのが正解なのかよく判らない。 |
根子岳には2002年と2012年に上がっているが、その北側の小根子岳が未踏になっていた。その小根子岳からは扇形にルートが切られ、小根子岳北肩経由で避難小屋に戻ることができる。地形図と日本山名事典内に掲載されている山ばかり追ってきたが、結果これらのような落穂が出てきている。面白そうな場所はどんどん登る事にする。
信州が県を跨いだ者を公的に受け入れるようになった。蛭の出だした時期はいつも信州の山を選んでいたが、今年はそれが出来ずに困っていた。信州もあと数年すれば蛭の発生エリアで覆われてしまうだろうが、それでもまだ今は上州より被害は少ないだろうと判断できる。犬連れ登山となったために、単身の場合よりかなりこの部分に気を遣うのだった。
2時15分に家を出る。高速は自粛の影響で休日割引が無いので、地走りして真田エリアへ向かってゆく。向かう先に赤い月が見えている。ストロベリームーンと呼ばれる満月の日であり、運よくそれを愛でることができた。真田地区から144号を菅平に上がって行くと、菅平湖を過ぎた辺りから濃霧で視界は20mくらいとなった。この状態で登山口や駐車場を探すのは難儀だった。見える事のありがたさをこんな時に痛感する。それでもまず先に入山口を確認し、麓側に戻って「こもれびホール」の駐車場に入れた。この駐車場は南北に向けて停める場所に見えるが、停まっている1台が東西を向いていた。後から来る人が悩むだろうけど既に停まっている車に倣わなければならなかった。広いスペースがあるのに、これでは数台しか停められない。白線を引いて駐車場所を促した方がいいように思えた。あとは舗装した場所より、上側にある砂利の駐車スペースの方が悩まずに停められる。
4:36こもれびホールを出発する。トイレ舎の横にコース図が掲示してあり、各分岐が写真付きで表示してあるので判り易い。その横の扉の中にはコースマップが入れられ、自由に取れるようになっていた。東に進み、「枝道5番を右折」なのだが、「枝道5番」表示が見つけられなかった。ペンション街を通過し入山口に到着。入山口の西側に4台ほど停められる袋地が造られている。これでは根子岳人気をカバーできないので、こもれびホールを基点とする推奨コースにしてあるのだろう。
根子岳まで4.1kmの表示を見て沢の右岸の道を伝ってゆく。ペンションの裏庭のような建物と近接した場所で沢を渡り南へと上がって行く。渋谷区青少年山の家の東側にはワラビがたくさん出ていた。古い石仏もあり、ここが古道と言う事も知る。伝っている歩道と車道幅が合流する場所には道標が無く、北進の場合判りづらいと思っていたら、ササの中に道標が倒れていた。それには「登山道出口」とあり、伝って来た右側の道を指し示すようになっていた。
牧草地に出る。東に歩き出すと、牧草地に対する反対側はゴルフ場で、自然な感じと人工的な感じとの狭間を歩く道であった。石ころの上を歩く道で、泥濘でないことは幸いしているが、動くものが多く歩き辛い。迷犬も同じなのか、何度も有刺鉄線を潜って牧草地に入ろうとしていた。かなりの頻度で「ダボス」と読める標柱が見られる。ここもスキー場の敷地ってことなのだろうか。
根子岳避難小屋は往路は外装を見ただけで通過してゆく。分岐道標には根子岳まで残り1.6kmとある。この付近からはガスは小雨となり全身を濡らすようになった。周囲のササは、高木から落ちる雨垂れでポトポトと鳴っていた。外気温は9℃、いつもならすぐに着る場面であるが、迷犬に着させる雨具を持っていない。こうなると一人だけ着て進むのは卑怯となる。迷犬に条件を合わせ、はだけた胸元が寒いので首元までシャツのジッパーを上げた。
利用者が多いので掘れてしまったのか、それとも登山道が流れの通り道となり状態が悪くなったのか、小根子岳分岐までの間で2か所う回路が付けられていた。ここを初めて伝うためにう回路に対する旧道を知らない。分岐から先は、長く続いた緩斜面の中では勾配が強くなり、そこを抜けると懐かしいケルンが並んでいた。
根子岳登頂。東を見てもそこに四阿山は無く、全方位ガスで真っ白だった。過去の登頂時はハイカーで賑わっていたが、3回目にして誰もいない山頂に立った。本日の最高所ではあるが本当の目的地はここに非ず、往路を戻って行く。分岐が近くなると少しづつガスが取れ始め、小根子岳の姿も望むことが出来てきた。分岐から北に緩やかに登って行く。
小稲子岳には、現地の石にステンシルで作成したと思えるゴシック体の山名表記が見られる。自然石と、その角張った文字がとてもマッチしているように見えた。ここには二等点があり、二等点の標準寸法は一辺が150mmであるが、一等の180mmほどで造ってあるように見えた。天面は割られた部位も含め赤く塗られていた。ここから根子岳側を見ると、平らな尾根筋に幅2mほど高さ1mほどの土手のような筋が見える。甲州で言えば信玄堤などがあるが、ここの場合は柵が在った時の基部地形だったのではと予想した。まるで御神渡りのようであった。山頂の大岩には、境界標柱に見られる文字がそのまま彫りこまれていた。
次は小根子岳北肩へと向かう。ここからの道標は無く、最高所から北へは道が降りていない。少し西に降りて行くと、木の角柱が立っており、その場所から北への道が通じていた。まだ緑色を残し半分黄色くなった刈られたササが見られる。それらが堆積している場所もあり、迷犬はゴボッと足を取られていた。中盤以降で北側が見通せるようになり、前方の北肩を望む中でどうしても目が行ってしまうのが東の断崖側であった。雲海が下にあり、道形が岬から海に落ち込んで行くように見えていた。
米子不動への下降点分岐には、その方向は進入禁止になっていた。不通は最近のことなのかと思ったが、分岐の北東側に寝ている標識があり、やや古そうな標識にも「通行できません」と書かれていた。けっこう前から公式には通れなくなっているようだった。この分岐の西側で地形図は1992mと標高をとっている。道はT字路ではなく十字路でさらに北に進め、緩やかに登って行くと境界標柱を抱いた小さなケルンが立っていた。
小根子岳北肩到着。根子岳側の分岐に北肩表記の下に「ザレ岩」と括弧つきで表記してあったので、直下の標高点のある分岐ではなく、このザレた山頂で「北肩」でいいと解釈出来た。この場所には古い注意看板が寝ており、この先に進まぬようにとあった。北側はなだらかで進めそうに見える。進んだ全方向にゲジゲジマークが控えており降りることはできない。無積雪期と言うより、積雪期のスキー山行者への注意で、本来は注意看板は立っていないとならないのだろう。
目的座を終え分岐から緩やかな登山道を伝って避難小屋へと向かう。分岐と小屋間の標高差は200mで距離は1700mなので、11.7パーセントの緩い勾配で切られているのが計算できる。緩やかなので利用者が多いのか、そうは言っても北肩から小根子岳への登りもあるので同じことだと思うが、人気なのは時計回りのようで、ここの通過で3パーティーとすれ違った。みな迷犬が黒いので熊かと驚かれていた。時間帯からして前から人が来るとは思わなかったのだろう。登り優先と思い、上側でジッと待つようにしていたが、喘いで下を向きつつ歩いていると、人間よりまず犬の顔が先に見えてくるから驚くのだろうと思えた。
須坂市と旧真田町(上田市)の境界に道があり、そこを跨いで進むと避難小屋の分岐点に行きついた。中は見ずに帰ろうかと思ったが、次がいつになるか判らないので覗いてゆく。入り口のシャッターは軽く、小指一本でも開けられるものだった。中は湿気が多く、奥には薪が詰まれ、手前に達磨ストーブが見られた。これを見ると、無積雪期より冬季を意識した避難小屋であった。入り口は雪が入らないようにだろう鉄板が1尺ほど設置され、常に跨いでの出入り形態となっていた。
登山道を下って行き有刺鉄線が現れる。その先の牧草地には巨体が確認できた。ガスの中に浮かび出る牛の巨体は絵になる。フェンス脇を降りて行くとさらにたくさんの牛がおり、迷犬に反応して寄ってきた。最初は5頭ほどであったが、最終的には15頭ほどとなり、こんなに集まって大丈夫なものかと心配した。迷犬も初めてのことで近づいたり遠ざかったりしていた。少し慣れるとお互いに鼻を近づけ合っていたので、迷犬も尻尾を振っていたことからも警戒心を抱いて寄って来ているようではなかった。下側に進むと、牛の集団が追従するように進み、この時に牛が走るのを初めて見たように思う。300mくらいの距離を牛と一緒になって歩いていた。
牛が遠ざかると、ソロの外国人が上がってきて私と迷犬に挨拶をした。外国人らしい所作である。分岐に200円の入山料の徴収箱があるのをこの時に知った。この山塊には以前は無く、気にしたことが無かったので往路に気が付かなかった。復路によく見ると徴収箱が設置してあった。軽いお札はあるが、コインを持っていなかった。これだと無銭飲食ならぬ無銭登山である。無線登山はしたことがあるが、この時ばかりは後ろめたい気がした。
渋谷区の施設上を通過時、若い女性がペラペラの疲れたツナギを着て足袋を履いて登って行った。ナップサックのような年代物も背負っていた。思わず二度見してしまい後ろ姿を見送る。沢を渡り入山口に戻る。ペンション街は静かなままであった。ゴルフ場へ向かうのか、大通りに出るとエンジン音を唸らせながら登って行く車が多かった。
こもれびホールに戻る。道向かいのテーブル施設では、老人が集いおにぎりをほうばり談笑していた。駐車場に見える軽トラからは、一仕事終えた人らが集っているようであった。そこからの笑い声が聞こえる中で着替え、帰路に就く。
根子岳に登る時には200円が必要。