机山 940m
2023.6.24(土)
晴れ 同行者あり 道の駅南きよさとより 行動時間:1H4M
@道の駅6:53→(21M)→A花の森公園ひごい駅7:14→(10M)→B机山7:24〜28→(29M)→C道の駅 7:57
@道の駅南きよさとの駐車場より | 花の森公園に続く遊歩道を示す。 | 遊歩道入り口 | 休憩所。車道幅終了。 |
山道になる。 | 分岐。西側の道は封鎖中。 | 階段路をゆく | 山頂台地に乗り上げる。ここで既に公園地。 |
Aケーブルカーのひごい駅 | 園地脇を鉄塔に向け進む。地形図に描かれない道。 | 鉄塔はDDIの所有。 | 園地の北端から樹林帯に入って行く。看板あり。 |
石尊神社を示す看板。 | 二つ目の鉄塔 | 道が下り出す場所から、右手に進む。 | 進む下側に境内が見えてくる。 |
B石尊神社本殿 この辺りが机山の山頂。 | B北から南。 | B本殿から下へ降りてゆく。床が綺麗。 | Bこの場所にして立派。 |
B長沢地区への参道を見下ろす。 | 園地に戻る | 敷地の境は獣除けが張ってある。早朝管理の車が入っていた。 | 園内は手が行き届いていて綺麗。 |
まごい駅に戻る | 園地から樹林帯へ | 階段路を下って行く。 | 休憩所帰り |
道の駅の池を通過。 | C戻る |
しばらくのあいだ長野の古地図を眺めていた。何枚見ただろうか、同じ地図を二度三度見る場合もあり、気になった場所はある程度プロット出来た。今度は山梨の古地図を見てみる。しかし長野ほどに各町村の地図が読めず、そんな中でも興味が沸いたのが「八ヶ嶽南麓図」であった。現在の北杜市が描かれているのだが、その中に未踏の名前のフラれた場所を見つける。
机山。道の駅南きよさとの、ケーブルカーを登った先がこの山だった。国道を走りながら、”何があるのだろう”と興味があったが行ったことが無く、出向くのに際し調べると、園地整備された場所が広がっている事を初めて知った。開園時間が10時とあり、それ以外だと山頂台地の上を伝えないような場所に思えた。その為に当初は北側の長沢地区から東に直登する破線路を伝う計画でいた。山道がここほどに直線で示されている場所はあまりなく、急勾配と予想できる。そこに同行者が発生した。となると、花の森公園の散策路を伝った方が無難。しかし開園時間の制約がある。2ルートを用意し、あとは現地で判断することにした。
国道141号を南下し野辺山を越えて須玉へと降りて行く。道の駅南きよさとの駐車場へと左折してゆくと、駐車している車はほぼ車中泊の車であった。最近の流行りなのか、単独のおばさんも見られ、仲間なのか窓が目隠しされた軽四が3台並んでいたりした。机山を見上げながら準備に入る。散策路が通れるかどうか気になっていた。ストリートビューで見た時には、道の入り口に何か注意書きがされていた。「時間外立入禁止」だったら早朝は使う事は出来ない。
6:53出発。道の駅のオープン前の通常作業なのか、軽トラが3台ほどやってきて敷地内の草刈りが始まっていた。それらを見ながらトイレ脇を通過し東進してゆく。ドン突きが山腹の舗装路で、まずは南に進んで散策路入口を確認しに行く。レストラン側からの通路と動線で繋がれた散策路の入り口には、危険個所がある旨が書かれているだけで、時間的な制約は書かれていなかった。堂々と利用することが出来る。ただし上の園地内は未知数。
濡れて苔むした舗装路を進むと、藤を這わせたパーコラとベンチがある場所で車道幅が終わる。衛星画像で見られる休憩所の場所である。ここから山道に入る。危険個所があるとあったが、特にそれらしい場所は無く、尾根に乗る手前で分岐があり、南側への道が塞がれていたので、そのことを言っていたようだった。主尾根に乗ると階段路が続き、5分程で山頂台地に乗り上げた格好になる。樹林帯から出たここからは既に園地のようで奇麗に整備されていた。特に柵やゲートは無く進むことができ、ケーブルカーの山頂駅である「ひごい駅」前を通過する。この山頂台地も複数名が草刈りをしていて、作業員に挨拶をして通過して行くも、特に咎められることは無かった。北進してゆく先に鉄塔が見える。伝っている道は、地形図に見える実線路ではなく、東と西に描かれている実線路の、ちょうど中間あたりに存在する道であった。逆を言うと、東の実線路は園地内の道で伝う事は出来なかった。今伝っているのは園地外の道であった。
北進してゆく道が右に角度を変える場所に、DDIのアンテナ施設が立っていた。東進してゆくと「さくらんぼ狩り」の赤い幟が目に飛び込んでくる。そこには赤い実をつけたさくらんぼの木が見られた。その前を通過するのが南北に走る実線路で、ここでやっとそれに乗ることが出来た。南を見ると園地側は獣よけの電線で塞がれていた。北は樹林帯で、その入り口には「石尊神社180m↑」と書かれた標識が見られた。地形図に描かれている神社マークの場所が、ここに来て初めて石尊神社と知る。
暗い樹林帯の中を北進してゆくと、こちらにも鉄塔が立っていた。道なりに左折してゆく。そして道は下降しだす。山頂を目指しているのに下降してゆくのは変と、そこから車道幅を離れ東側の高みへと進んで行く。野草がしっかり刈られとても伝い易い。進む先に小ぶりな社が見え、その西側下には大きな社が見える。石尊神社の境内に到達したのが判る。先ほどの場所は「下る側」を選んでもいいようだった。小ぶりな社は新しく、その周囲の石祠は、「文政九」と彫られていた。197年経ているにしては状態がよく維持管理がしっかりされていた。
机山登頂。ピンポイントでの最高所は良く判らず、社の北側付近が一番高いように見えた。社から朽ちた階段を降りて行くと、先ほど見下ろした大きな社の場所に降り立つ。ここも至極奇麗。山中のこれら構造物は管理する氏子などが少なくなり、傷んでいる場所を多く見てきた。ここはチリ埃がほとんどなく床が黒光りしていた。それも壁が3方無い仕様で風雨が吹き込む場所でありながらである。おそらくは長沢地区の方だろうが、頻繁に訪れては維持管理しているようだった。
解説板があり、奇麗に見えた社は13年前に建て替えられたと書かれていた。そしてこの解説板に、ハッキリと「机山」の記述が見えた。他に無くここが唯一。展望のいい場所で長沢地区が見下ろせる場所でもあった。祭事は9月に執り行われるようで、境内には土俵も見られた。そして最後に直登ルートを見下ろす。登ってこなくて良かったと思える斜度であった。現在は麓から車道が繋がっているので、直登の参道を伝う人は居ないのだろう、踏み跡も無くなった谷地形であった。こんないい場所があったとは、きれいに維持管理している場所は訪れて心地いい。幸先のいい1座目であった。周回路も思ったが、園地をよく見ておらず往路を戻って行く。
ひごい駅前に戻ると、先ほどは男性が複数人で草刈りをしていたが、今度は女性が軽トラで到着し園地の管理をしていた。地域の人なのだろうが、魅せるためにこんな裏方の作業があることを知る。大きな声であいさつをすると同じほどで返してくれた。園地内は芝生の広場があり遊具も見られる。家族連れにはいいだろう。がしかし如何せん駐車場から何も見えない場所、人気の度合いはどうなのだろう。南進して行き、再び階段路を降りて行く。塞がれている分岐ルートが気になったが、同行者の反対意見があり休憩所側へと戻って行く。休憩所からの苔むした道は滑りやすくペンギンのように小股で降りて行く。降り立った先が池で、その中の橋を渡って行く。橋の両側では大きな鯉がパクパクと水面に口を出していた。
道の駅の駐車場に戻る。まだ静かな道の駅だが、移動販売車が既に準備に入っていた。次は谷戸城址である城山に向かう。ここも古地図に掲載されている。