浅間岳三等点     1903.9m       


  2025.9.13(土)


  雨のちくもり     単独      浅間山溶岩樹形より     行動時間:3H58M


@溶岩樹形駐車場5:44→(18M)→A大堀沢出合6:02→(40M)→B新道合流点6:42→(13M)→C林道終点6:55→(56M)→D浅間岳三等点7:51〜55→(46M )→E林道終点帰り8:41→(54M )→F別荘地南端9:35→(7M )→G駐車場9:42
                                                                                                                                                                                                                                                        


 
@浅間山溶岩樹形駐車場から 別荘地南端 C・P248番の場所。 溶岩樹形があちこちに A台車が見えたら、ここが大堀沢出合。
       
A溶岩流の下側にこれらが取り巻いている。気象庁設置。 破線路と大堀沢の間の尾根を登る。1400m付近。獣道もしくは杣道あり。 1425m付近。道形の様子。 途中薮が深くなるが、我慢すると薄くなる。1500m付近。
   
1535m付近で破線路に乗る。この下側は深い笹薮で伝い辛い。今回はそこを回避。 1555m付近。かなり状態がよくなる。 B1575m付近で、シャクナゲ園からの新道が合流する。タイガーロープが林道幅を塞ぐ。 B西側の様子
   
B合流点以南は無毛で快適。 1595m付近 C1630m付近で破線路(林道幅)の終点地。ここから尾根登り。 1700m付近。直線的な登路が続く。
       
1735m付近で道巾が絞られ山道風味に。 1775m付近で涸沢を跨ぐ。大岩あり。 右岸側の1805m付近 1810m付近。一帯はタイガーロープが導く。
       
1870m付近で樹林帯から抜け出し展望が得られる。 1870m付近から見るバカ尾根側。 1905m付近。新道は尾根の西寄りにあり、東側はクロマメノキが多い。 1910m付近。森林限界も近い。
       
1925m付近。西に小尾根の肩があり、こちらに標石があるように思えるが、その東側の尾根上まで進む。 東側の尾根には新道が来ていた。1910m付近のマーカー。 C浅間岳三等点到着。標柱とダンダラ棒が立つ。 C状態のいい無傷の三等点。
       
Cダンダラ棒は退色している。北側から。 C北側の尾根にタイガーロープが降りて行っていた。踏査せず。 C浅間山はガスの中。 鋸岳側
       
1870m付近帰り。ここから樹林帯の中へ。 枯沢帰り1775m付近。 枯沢の中に見栄えのする大岩がある。 D林道終点帰り
       
終点地付近で撮影。 新道合流点帰り 林道の藪を避けて東側へ下る。1515m付近。 1410m付近。大堀沢に降り立つ。上流側を見ている。
       
豪雨の影響だろう、出合付近はだいぶ地形が変わっていた。上流からの軽石多数。 別荘地南の谷は、予想以上に深く大きかった。大堰堤あり。1340m付近。 E別荘地南端帰り。 F溶岩樹形駐車場に戻る。
       
鬼押ハイウエィは、ETCGOが導入され、24時間有料になった。




 
浅間山麓に「浅間岳」なる場所があるが、知らない人がほとんどだろう。なぜならば登山対象の場所ではなく、三角点埋設場所にフラれた名前だから。浅間山において、浅間岳って呼び名も変化球な感じ。山体の北側には「岳」とフラれた山名が続く。登山道の経路順では、蛇骨岳に仙人岳そして鋸岳。この鋸岳の北東位置が浅間岳の場所で、同じく「岳」表記で続くことになる。そして浅間山本峰を含め、以南以西では剣ヶ峰を除いて全てが「山」表記になっていることが判る。そこからは、嬬恋村側からは浅間山を浅間岳ないし浅間嶽と呼んでいたじゃないかと思える。岳表記の場所は、南の信州側からは見えず上州側からのみ見える場所である。
 

 

 点の記を閲覧すると、2006年9月30日に入山し標石が確認されている。この時同時に、北の熊の清水四等点も踏査されており、この記録を参照して入山したのが2024年の2月。残雪期ってこともあるが現地は甘くなく熊の清水さえも到達できなかった。もっとも、今と当時では現地状況が違い、19年前は大堀沢出合付近まで車を入れている。なので、そこからの破線路(林道)状況もかなり違っていると思えた。その後では2点を切り離し、まずは熊の清水点と2024年の6月に登頂した。そして浅間岳が残っていた。 

 

 こんな状況下で、嬬恋村側に新道ができたことを知った。浅間園側にスカイロックトレイル」ができたことは知っていたが、ここは自由に入山は出来ず有料でのガイド付きでしか入ることができない所謂私有地で、そのトレイルのピークは「浅間山国有林四等点」で、気にはなっている。この点から見て西西1キロ付近に浅間岳が在る。地形図からは、2点間はかなりゲジゲジした表記になっており、熊の清水で溶岩流や火砕流を体験した身としては、通過は避けたい場所であった。そこに、浅間園側とは異なる、しゃくなげ園側に新道ができたことを知った。周回路で西はバカ尾根を使い、東は大堀沢に絡むような作道で上部は破線路の場所を歩かせている。この情報を知り、大堀沢左岸をもう少し藪漕ぎを我慢すれば状態のいい道形が使えることを知った。素直に新道をしゃくなげ園から伝えばいいのだが、しゃくなげ園は以前伝った時にダニが多いことを体験した。それを回避したかった。と言っても、大堀沢出合からのササ漕ぎの場所もダニはゼロではない。どちらがいいかと天秤にかけた場合、大堀沢側の方が少ないだろう予想ができた。 

 

 3:15に家を出る。軽井沢経由で峰の茶屋に上がり、迷うことなく鬼押ハイウエに入って行く。料金徴収ゲートはいつも通り信号は青になっている。がしかし以前と様子が違う。ブース前にバーが見られ塞いでいる。よく見るとETCGOが採用され、24時間徴収ゲートになっていた。国道146号が無ければそのまま進むが、あるがばかりに280円をケチって迂回してゆく。このETC導入により、地元民は不便になっただろうと思う。夜間や早朝は無料で利用できたのだから・・・。フロントガラスに小雨を受けながら浅間溶岩樹形に向かって行く。夏を過ぎいくぶんか静かになった別荘地に思えた。信州の軽井沢に対する上州の北軽井沢であるが、こちらにも芸能人の別荘が多いと聞く。狭い別荘地内の道を進み溶岩樹形の駐車場に到着。 

 

 5:44雨でもありササ漕ぎが待っていることもあり、雨具を着こみ出発。つくつく村を右に見たら、5分ほどで別荘地の南端になる。ここのコンクリートポールは248番である。そのまままっすぐ南に進むが、破線路の位置は伝いづらいので、その西側を進んでゆく。ただしここも溶岩樹形の場所で穴の空いている場所が多い。緊張感を持ちながら進んでゆく。進む先に溶岩流の末端が見えてくる。その末端の手前には気象庁設置(看板あり)の送電線と支柱が見られる。廃台車と廃タイヤがある場所が大堀沢の出合で、ここからは沢を左に置きながら南に進んでゆく。破線の場所は笹藪化しているので伝わない方が無難。植生の薄い場所を選んで進んでも、高度を上げるとどうしても笹藪が待っており突っ込んで行くことになる。この時に、大堀沢の見下ろすように左岸を伝うといい。ここには獣道のような杣道のような道形が存在する。それでも分けて進まねばならないが、何もないより、藪化した林道側を伝うよりはるかに伝いやすい。 

 

 やや深い場所もあるが、我慢して進み1500m付近まで上がると植生が弱まる。ササの次はシャクナゲとばかりにお出ましになるが、この付近のシャクナゲは全く邪魔にならない。薄い場所を選びながら進み、そろそろ林道(破線路)側にと西に寄って行く。そして1540m付近で破線路上に乗る。ここは林道幅ではなく掘れた歩道幅だが、ここの麓側は林道幅だったので、以前のここも林道幅だったので間違いない。下はササの植生が旺盛だが、この辺りはイノデ一色で、シダ類なのでそう負担にはならない。そして高度を上げて行くと、その植生も徐々に弱まって行く。 

 

 1575m付近。林道幅を塞ぐようにタイガーロープを張った場所が現れた。間違いなくしゃくなげ園よりの新道合流点であった。そしてここから上の道の状態はとてもよく、緩やかに切られており凸凹もほとんどない状態が続いていた。進路が東進に変わると、枝道が切られている場所も見られ、南西側に上がっていっていた。そしてほぼ地形図通りに1630m地点で道形は終わっていた。尾根に乗った形で、ここから尾根登りが始まる。 

 

 尾根道であるが、新たに作道されたものではなく昔からある杣道のようだった。刈った痕とか削った痕は無いのだった。最初はこれまで通りの太い道形で続くが、1730m付近から山道風に絞られる。やっとここで道が登山な感じとなる。藪を抜けてきたので、ここで迷犬のダニを確認する。さきほど長い時間ササの中に居たのに、予想に反してダニの付着は無かった。進路左に小谷が見えだす。大堀沢の左俣となろう沢筋であった。 

 

 1780m付近で涸れ沢を跨ぐ。タイガーロープが対岸へ渡され道の場所を示していた。ルートの下流側には見栄えのする大岩があり休憩適地でもあった。そして右岸側はやや這い上がるような作道になり、ここからは杣道とは違う新たに作道された道の雰囲気であった。カラマツの大木が林立する中は、長くタイガーロープが流されてあった。無ければ広い斜面なのでルートミスをしやすいのだろう。ここを上がりきると樹林帯から抜け出し標高は1870m付近登り上げた目の前にバカ尾根が現れる。途端に風が強くなる。ここまでは樹林に守られていたよう。背丈ほどのカラマツの幼木の中を進む。尾根上にはこまめにピンクのマーキングが続いていた。ただしこれは森林限界からはJバンド側へと進んでいる。標高からしてそろそろなので、1900m付近から進路を東にする。 

 

地表が出ている場所が多く伝いやすい。そこにグランドカバーのようにクロマメノキが生え、のどの渇きを癒すのに数粒食べると、ブルーベリー同等に甘くておいしかった。高度を落とさないよう進んでゆくと小尾根に乗る。これは西側のヒダ(小尾根)上で、標石は東側のヒダ上にある。最初この西側で探してしまい。無いのでドキドキした。東に進んでゆくと南側からのマーキングが見られ、冬季用のマーカーも複数見られた。道の様子は先ほどの新道と同じで、Jバンド側だけでなく北東側へと降りていることを知った。それに伝って進むと、国土地理院の白い角柱が立っている場所が現れた。マーキングはさらに北に降りて行っていた。タイガーロープを伴いながら。 

 

浅間岳三等点到着。無傷の少し黄みがかった御影石の三等点が待っていた。点の記の写真で現地を見慣れたせいもあり、様子がかなり変わっているのが意外だった。点の記では無毛の見晴らしのいい場所で写っているが、現在一帯は高さ2.5mほどの幼木が立ち並ぶ場所に変わっていた。それらが周囲展望を遮っているのだった。もっとも、天気が良くないのも影響していたのだが・・・。それでも19年の歳月を感じる。無毛の土地に、こうやって緑が増えて行くのはいいことだろう。間近の浅間山本峰もガスの中。先ほどまで見えていた鋸岳の特異な形も見えなくなっていた。それでも、ここを踏めたことが嬉しい。狙っていた場所に到達でき満足。雨ではあったが、暑過ぎず寒過ぎずでよかった。幼木があるものの遮るものが無いと言っていい場所。風があれば吹き曝しだし、夏場は灼熱だろう。あとは、これは大きな声では言えないが、標石の場所は浅間山の火口から2キロ圏内に入る。火山規制がレベル2の中では、微妙な位置取りだった。2でもJバンドは伝っていいことになっているので、そこを思うとここもいいはずである。 

 

下山だが、北に降りて行く道が気になったが、等高線の混みようからしてややギャンブルに思えた。林道終点地付近と繋げているようにも思うが、浅間園側に降ろされても車の回収に困る。気にはなったが、往路を戻ることにした。広い場所でありガスに巻かれれば怖い場所であるが、地面にマーキングが続いている限りは迷うことはない。新道の途中にシェルターが設置されない限りは、新道は公にならないよう。逆にそれが理由なら使われないままになってしまいそう。浅間山麓で見るシェルターと同じとするならば、かなりの費用が必要に思う。バカ尾根が見える場所まで横ズレしたら、尾根に乗って下って行く。そして1870m付近が展望の見納めで樹林帯に入って行く。 

 

大木の間をタイガーロープに導かれ下り、その下側が涸れ沢の場所。沢中央に鎮座する大岩を見学するが、やはり面白い位置取りだった。噴火に起因していることは間違いないはずだが、谷地形の真ん中に、どうするとここのように残るのかが不思議だった。左岸に移り、その先から直線的な下りになる。思うに、この尾根は噴火する前は鋸岳へと直登してゆくルートが在ったのではないかと思えた。林道終点地に戻って西進すると、ガスと陽射しにより荘厳な景色を見させてくれた。林道に乗れば緩斜面で続くので快適そのもの。今日は一度も鹿の糞を見ていない。声も聞いていない。付近には居ないのだろうか・・・。 

 

新道合流点に戻り、タイガーロープを潜りそのまま林道を降りて行く。イノデの密生帯が現れたら、道形を逸れて北東側へと降りて行く。こちらにも、昔道が在ったように思う場所が見られた。往路同様に大堀沢の左岸尾根に乗って降りて行く。往路に使っているのである程度判るが、下りで初めて使うと不明瞭な場所があるので迷うかもしれない。そして枝道も多いことからは、付近の道形は獣道と言えるかもしれない。大堀沢の急峻地形が終わると、広く明るい場所が現れる。それが1410m付近で、ここで大堀沢に降り立ち沢の中を伝って戻って行く。川底は溶岩の流れで出来ているので、ではなかなか味わえない楽しい地形である。雨に濡れて滑るのと、苔むしているので滑るのとで、漏れなく滑る場所であった。 

 

 出合まで戻ったら、破線の場所より西寄りに進んでみる。向かった先は谷地形で、その対岸に別荘施設が見える。この間にある谷は予想以上に広く深かった。1340m付近には大堰堤があり、これが大雨での濁流から別荘地を守る要のようであった。右岸には、大きく太い国土交通省の標柱が見られ、まだ新しい平成建立のモノであった。別荘地南端まで戻り直線路を進むのだが、この別荘地内道は磁北線を引いた時の偏角と道の位置が合致しているようだった。正確に東西南北を向いて建物が建てられているとも言える。つくつく村の建物の屋根には布団が干され、その横から白い猫がこちらを見下ろしていた。溶岩樹形の駐車場に戻る。 

 

 振り返る。新道のおかげで、熊の清水の時より楽に到達できた感じであった。上側は展望のいい場所であり、今回で終わりでなく何度も行ってみたい、付近を踏査してみたい場所に思えた。点の記がフリーハンドで描かれているので、よく判別できないところもあるが、当時も新道の場所を伝っているように見える。なので新道は昔からある古道復活させた道と言えるのかもしれない。昔は林業が盛んで、たくさんの杣道が在った場所なのだろうと思う。そうそう、ダニの付着は無かった。しゃくなげ園側はどうなのだろう。猛暑の影響もあるのだろうか。それとも最近多いゲリラ豪雨が洗い流したのだろうか・・・。 



    

  

        

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