蓬莱山 1802m 前大巓 1911m 一切経山 1949.1m
駱駝山 1700m 百足山 1400m
2016.7.16(土)
くもりのち正午よりガス 単独 姥ヶ原経由で時計回りに周回 行動時間:7H2M
@浄土平ビジターセンター7:32→(31M)→A姥ヶ原8:03→(15M)→B酸ガ平8:18→(39M)→C蓬莱山8:57〜9:00→(18M)→D酸ガ平9:18→(3M)→E鎌沼北(取付き)9:21→(82M)→F前大巓10:43〜46→(55M)→G1928高点11:41→(20M)→H一切経山12:01〜08→(42M)→I駱駝山12:50〜58→(18M)→Jスカイラインに降り立つ13:16→(17M)→K百足山への尾根下降点13:23 →(14M)→L百足山13:37〜39→(17M)→Mスカイラインに戻る13:56→(38M)→N浄土平14:34
土湯峠のゲート。17:00〜翌朝7:00まで閉じられる。知らずに現地入りし、大きく予定が狂う。 | @浄土平ビジターセンター前。噴煙はだいぶ収まってきているよう。 | A姥ヶ原分岐 | 鎌沼を西側から巻いて。 |
B酸ガ平と鎌沼の境辺りから取り付く。 | 1770m付近。四つんばいで進めば空間が得られるが・・・。足の下は大岩が多く大きな穴(空洞)の在る場所も多い。 | 激薮とまでは言わないが、密藪でも激薮に近い感じ。山頂が近くなり、その西側付近は特に濃い。 | C蓬莱山から高山。木に登り地上高3m付近から望んでいる。 |
C蓬莱山から東吾妻山 | C蓬莱山から酸ヶ平小屋 | C蓬莱山から前大巓と1928高点。 | C山頂のハイマツにいたずら書きをした絶縁テープを残す。まず見る人は居ないであろう。 |
C蓬莱山山頂で地面に足を着けた状態の絵。 | 下山途中から前大巓。低いササの場所には獣の踏み跡が在る。 | 途中2箇所でリボンが見られた。縛った位置からして冬季のものだろう。 | D酸ガ平に降り立つ |
Eこの場所から前大巓に向かう。針葉樹が生え出すあたりまでは胸丈、そこから上で激薮帯となる。少し東側に膨らむように進んだほうがいい。 | F前大巓。激藪の中の山頂部。展望は全く無い。 | F南側を見ている。 | F南側から登り上げ、次に東に進む用意でマーキングを付けた場所。山頂から20mほど東。 |
F前大巓1900m付近から見る1928高点。見える針葉樹の場所は激藪。 | 前大巓と1928高点の間の鞍部。前大巓側は胸丈だが、この場所から背丈を超える。蔦類も多く萎える登り。 | 1910mでやっと藪から開放される。 | 1910mから伝って来た場所を振り返る。無積雪期は西進で使ったほうがいいのかもしれない。 |
G1928高点のケルン。自然石のようにも見える。 | G1928高点から鎌沼と東吾妻山 | G1928高点の北側 | 1928高点から東に降りた平地にもケルンが立つ。 |
一切経山へと向かって行く。1928高点から一切経までの間の藪地帯は全体の15パーセントほど。 | H一切経山 空気大感謝塔 | H福島南高校山岳部の生徒さんが休憩中。 | H一等点 |
H五色沼を見下ろす。 | 1910m付近。道形は無く、このあたりは有視界で助かった。 | 1860m付近。付近はケルンがルートの場所を示す。登りはいいが、下りだと不明瞭。1760m付近で、禿げた斜面を追うと間違いで、北側寄りに道形が続く。 | 1730m付近。掘れた中を進む。1720m付近で2.5mほど段差が出来ており巻道が出来ている。 |
1710m付近から見る駱駝山 | 1710m付近の巻き道。タイガーロープが流してある。 | 小谷を跨いで巻き上げる場所。ここにもタイガーロープがある。 | 1700m付近で赤ザレの斜面に乗る。北アのジャンダルムに進んで行くような雰囲気。 |
駱駝山西峰 | 西峰の西側には風化に寄る石塔が並ぶ。 | 西峰から見る東峰(駱駝山本峰) | I駱駝山直下 |
I駱駝山山頂。 | I駱駝山から浄土平側 | I駱駝山から北側の様子 | I駱駝山から西峰(手前)。後のガスの中が一切経山。 |
I進路が不明瞭。ただ地形図通りに踏み跡は南側直下を通過している。 | 1630m付近の進路。写真中央の藪の中に道が在る。勘が良くないと見出せない。 | ルートが判らなくなり、ガスの切れ間でスカイラインへの斜面が見えたので、南に降りてしまう。ザレとガレ斜面。下側は動く石が多く注意。 | Jスカイラインに降り立つ。これが破線路の道標なのか?ここからの駱駝山に向かう破線路の現在は、完全に廃道化しており道形は見えない。 |
Jスカイラインを離れ尾根を下りだす。姥滝沢北尾根。 | 途中にはケルンが在った。この尾根は、写真のように白い場所と、相対して黒い場所が現れる。 | K百足山。尾根の肩と思ったが、ちゃんと高みが在った。 | K人工物は一切無い。 |
K山頂の南側にポッドホールのある大岩があり、そこに川の字に石が置いてある。 | K百足山から伝って来た西側。晴れていれば無毛の尾根が見栄えしたはず。 | Lスカイラインに戻る。 | 火山性ガス発生箇所は息を止めて通過した。800mも?この日は風があり、さほど匂わなかった。 |
硫黄平橋。銅の銘板が硫黄成分により青く爛れていた。 | M浄土平に戻る。ガスで視界は無いが、3連休でもあり賑わっていた。 |
梅雨最中の海の日を絡めた3連休。式根島以来のテント泊を黒部で予定していたが、狙う山に対し望む天気状況(予報)とならず行き先を変更する。“雨は好きと言っておきながらおかしいじゃないか”と言われそうだが、濡れたテントを畳んで背負うのを好まない。そうなってしまった時はしょうがないと思うが、判っている時には避けたい。で、目線を東北に向けて、吾妻山の落穂をごそごそと狙ってみることにした。
2014年9月に、併せて登ってしまえばよかったのだが、激藪の帰りにはその余力が全くなかった。また日を改めてと寝かしておいた場所でもあった。蓬莱山と前大巓、登山道から僅かな場所にあるが、簡単そうに見える場所ほど辛いことが多い事を数多く体験している。そこは普通に積雪期に登れば優しいのだろうが、冬季は冬季でアプローチに労力が割かれる。
藪の2座だが、ここだけでは時間が余るので、付近にまだ未踏座が隠れていないかと探すと、一切経山の東側に駱駝山があり、さらにスカイラインを挟んだ東側には百足山が見つかった。なんとなく周回コースが出来上がったような配置になった。衛星画像で現地の様子を下見して、藪の場所、ガレ場等の確認をする。視覚情報が得られる昨今の登山は、想像力を劣化させてしまうのかもしれないが、でも安全に行動するには助かっている。
1:00出立。北関東道から東北道に入ると、やや重い雨にフロントガラスを叩かれる。今日も濡れた藪漕ぎかと割り切るのだが、福島に入る頃には乾いた路面になっていた。二本松インターで降りて高速沿いを走り、安達太良山に向かうようにしてR459に乗る。野地・鷲倉の温泉街を抜け土湯峠で磐梯吾妻スカイラインに乗る。がしかし、昔の料金所の場所でゲートされていた。これは予定外だった。事前に調べなかったのも悪いのだが、火山警戒レベルによる登山規制は知っていたがゲートが閉じているとは思わなかった。高湯側に回れば入れるのかと思ったが、スマホで検索すると向こうは完全封鎖され、現在はこちらからしか入れないと判った。17:00〜7:00までの夜間封鎖で、これに従うしかなかった。浄土平からの行動が早くに終わったら、高山も踏もうと思っていたが、この時点でその時間は作れないものと思えた。しょうがないので昔の茶屋前の余地に突っ込み仮眠とした。
ゲートに並ばないと浄土平に着くのが遅れてしまうと危惧したが、ゲート開門までに到着したのはバイクを含め5台のみだった。みんな開門時間を知っているって事なのだろう。そして火山規制の中では、無理な登山はしないってことでもあろう。7:00ちょうどに係の人4名がバリケードを退かして道をあけ、通過する車両の全てに「浄土平までです」と告げていた。やや強くアクセルを踏みながらスカイラインを登ってゆく。急ぐ私に対し、野猿が慣れたように逃げずに路上に座っている姿もあった。”そんなに急いで何処に行く”と言われている感じがした。
浄土平に到着する。前回は「御嶽山の噴火の日」にこの場所に居たのだが、その日に比べるとあからさまに噴煙は少ない。火山活動が下火になってきているのが見て取れた。急いで準備をしていると、前日に西吾妻を登り今日は東吾妻に登ると言う方が話しかけてきた。御仁はスマホに地図をダウンロードして使っているようで、エアリアの地図が映し出されていた。便利の極み。
当初予定より3時間ほど遅れ、7:32出発する。場合によっては駱駝山も百足山も割愛せねばならない。なるべく予定を全うさせるためにも速足で急ぐ。ただしまだ腰痛が癒えていないのだった。酸ヶ平への分岐は悉く封鎖されており、もう過去のルートのようにさえ見えてしまっていた。姥ヶ原で立ち止まることなく鎌沼側への道を選ぶ。蓬莱山へは、鎌沼の南岸からアプローチする方法も選べるが、距離優先として鎌沼を巻き込み酸ヶ平より取りつくことにした。
酸ガ平の始まる鎌沼の水辺の際あたりから南に入るが、どこも鎧のように藪が立ちはだかっており容易に入れなかった。少し西に進んでからシラビソの樹林帯に入ってゆく。枝を分けながら、潜りながら、跨ぎながら進むような場所が続く。地面には大岩がゴロゴロとし、大きな獣の巣穴のように見える穴も多い。踏み抜きに要注意の場所でもあった。登山道から300mに満たない距離なので藪であっても容易いと予想していたが見事予想は外れ、進度が一気に落ち遅々とした行動に悶々とした気分で分けていた。スタートから登山道をスイスイと来たのでその反動もあったろう。暑いのでTシャツで行動していたが、引っ掛かれるので雨具を着込む。
西へ東へと振りながら進んでゆくが、ササに蔦類が絡まる場所が出てくる。ルート取りによってはこんな場所は避けられるのだろうが、ちと運がない今日を感じる。なんと、久しぶりにヤキソバパンが入手できなかったのだ。ストックで蔓延るササを抑えてスイマーが飛び込むようにダイブする。この先はハイマツの上を不安定に乗りつつ進む場所が出てくる。西側からのアプローチはちょっとハズレだったよう。強靭な藪にどんどん気持ちが萎えてきて、ここまでなら冬季に出直して来ようかと思わせるほどでもあった。でももうすぐ、諦めない・・・。
蓬莱山山頂は、地面に足をつけていると全く視界の無い樹林の中であった。シラビソが密に林立する場所で、その一本に登って周囲を見る。地上高3mほどの目線位置にすると、周囲が見渡せるようになった。だだっ広い山頂部であるが、標高点を取っている場所のみこんもりと高くなっている。地形図通りの場所であった。積雪期には密生するシラビソは雪の下となってしまうのだろう。周囲に人工物は見えなかった。久しぶりにいたずら書きをした絶縁テープを残す。おそらく誰の目にも触れないであろう。往路を再び通過するのは嫌なので、北側に降りて行くことにした。
蓬莱山の北側は最初こそ密藪だったが、途中で胸丈ほどに変わり、それが場所によっては腰丈くらいのササとなる。そんな場所には獣道が出来ていて、それに伝って西側へ進んでゆく。途中、リボンが落ちており好事家が居るようにも思ったが、その北側にも高い位置に縛られ、冬季の利用者のものだと理解できた。嫌なことに向かう先の登山道にハイカーが歩いてきていた。悪いことはしていないのだが、なんとも後ろめたくなるのだった。最後の急斜面をずり落ちるようにして下り登山道に戻る。
酸ガ平の木道を西に戻り、鎌沼の一番北に張り出したあたりからササの斜面に入ってゆく。最初は腰丈で、場所によっては没する場所もあるが、場所を選べばそう負担になる植生ではなかった。ただしそれは1800m付近までで、ここからがこの山の真骨頂で激藪と言っていい密藪が待っていた。シラビソの下を潜るために雨具のフードまで被って漕いで進むのだが、何とも重い藪で纏わりつく感じ。梅雨の時期でササの埃は落ちていたが、シラビソの花粉が舞うので咽るようであった。北に突き上げるように進んでいたが、どうにも進み辛いので、少し東に振るように進んでゆく。これは正解で、東側斜面の方が背丈の低い植生であった。しかし山頂部への最後が深く濃く、そして纏わりつく。スパッツのはどめに引っかかり足が容易に前に出せない場面が多くなり、早くに絶縁テープでも巻いておけばと思った。
前大巓。ここも蓬莱山同様にこんもりと高い場所と思ったが、密藪で地表面がよく判らなかった。周囲展望は木々に遮られてない。3時間でここまで。見える1928高点峰までどのくらいかかるのかがカギになる。すでにここまでの2座の藪漕ぎに辟易としているほどであった。予想するコースタイムの足し算をすると、ゲートの閉門までに間に合わないような気さえしてきていた。止めるなら今、でも煮え切らない答えを出すのもいつものことで、行ける所まで行ってみようとなる。鞍部まで降りて嫌になれば鎌沼に降りればいい。まずはその鞍部まで・・・。
1860mの鞍部までは、下りなのでそう負担にならずに、そしてササの背丈も胸丈ほどであったので楽に降りて行くことができた。これならそんなに負担にならないと、すぐに安易に思い、迷うことなく1928高点側への登りにかかる。しかし、ここからだった。シラビソの混ざる密藪で北に南に振っても何処も同じような植生で逃げ場所が少なく、真っ向勝負するしかなかった。向かう先に1928高点のガレ場が見えており、その場所までの苦労とは思うのだが、漕ぎながらその場所がどれほど近くなったかと何度も何度も見るほどであった。でも遅々とした進度だが、分けて進んでいる限りはいつか到達する。いつしか帰ろうかと言う思考は抜け、ここを頑張って抜ける達成感を得たくなるのだった。
1910mでやっと藪から抜け出しガレ場に乗る。振り返ると、伝ってきた前大巓からのなだらかな斜面が見える。優しい表情をしているが実際は・・・。たかが500mほどだが1時間ほど使ってしまっている。そんな藪であった。流れやすいガレの上を慎重に足を乗せて行き高みへと登りあげる。雨具を着て暑いと思っていた先ほどだが、着用していてちょうどいいほどに天気が怪しくなってきていた。
1928高点峰は、今回の全ピークの中で一番心地よかった場所かもしれない。それには視界が得られたってこともあるが、展望のいい場所で広く歩きやすい山頂地形であった。そこに自然石なのかと迷うようなケルン状の石がちらほら起立している。細長い山頂部を南に移動してから、ゲジゲジマークのある崖地形を転げ降りて藪の中を進んでゆく。ここはただ単に一切経に向かうよりは、少し東に振るようにコース取りした方が植生の薄い場所を歩くことができる。途中にはテン場に適当な場所にケルンが作られていた。向かう先に無毛の一切経の高みが見える。浄土平から吹き上げる東側からの風に乗って強い硫黄の臭気も感じられる。大丈夫だとは思うが、幾分息を停めて通過したりする。ザレ斜面を登る。
一切経山に到着すると、男性が気さくに声をかけてきてくれた。この単独男性一人かと思ったら、三角点のところに大勢居り、男性はそのパーティーの引率者であった。パーティーは、ザックに書いてある文字から福島南高校の山岳部と判った。真面目そうな生徒の表情からは偏差値の高い高校と予想できる。怒られるかもしれないが、今どきの高校生って感じがしない・・・真面目そうな生徒さんばかりであった。顧問の先生と少し話した後、駱駝山へと向かう。その前に五色沼を拝んでゆく。前回はガスに覆われた場所だったが、この日は美しいコバルトブルーで出迎えてくれていた。
一切経から東に伝う登山道は、ほとんど道形としては見えてこない。広い尾根斜面を進んでゆくと、1910m付近に一部道形が残る。ここのみわずかに樹林帯を通過するような場所になっているからだった。でも知っている人しか見えてこないルート取りになっており、マーキングも無かった。わずかな距離の樹林帯を抜け出すと、再びザレた斜面が続く。ここにはケルンが立ち進む先を導いているが、ガスに巻かれたらそれらは見えてこないだろう。現地に同化しているような目立たないケルンであった。
1770m付近から進路を西側を気にしたい。植生の無いザレ斜面が下に進んでおり、何も考えることなく伝って降りて行くとその先は藪となる。登り返して、1760m付近から西側の樹林帯の中に掘れた道が続いている。水路のような中を降りて行くと、途中1720m付近で足元が2.5mほど切れ落ちている場所に出て容易に進めなくなる。ザイルを持ってきたので降りても良かったが、南側に踏み跡が見えてたので巻道が在るものと判断できた。伝って南に行くとタイガーロープを流してある場所もあり、管理しているようにも見られた。途中で東に進み小さな谷に入ると、そこで南に曲がるように小谷を上がり、その上側にもタイガーロープが流してあった。この樹林を抜け出すと、1700m付近の赤ザレの斜面に飛び出す。向かう先にふたコブ駱駝のような高みが見える。確かに山名通り駱駝のようにも見えるが、北アの西穂側から登るジャンダルムのようにも見えた。要するにわりと迫力のある絵面なのだった。
駱駝山の西側も硫黄の臭気が強く上がってきていた。西峰に近づくと、その西側に風化でできた石塔が立ち、一切経山の本道は本当はここなのではないかと思えた。修験とか信教とか、そんな場所にふさわしい自然地形なのだった。まず西峰に立つ。ただし完全にガスに覆われてしまっており周囲展望が無くなってしまった。これもまた自然。ガスの流れる様子を楽しみながら、狭間に僅かに見られる瞬時の景色を楽しんだりする。駱駝山東峰(本峰)への最後は、ルート取りが判り辛いが、登り口となる基部の石にマーキングがされ、それによりコースが見えてくる。
駱駝山東峰。経路からは大岩の積層する山頂に見えたが、山頂部は足の置きやすい安定した地面であった。ただしここからの進路を迷ってしまった。最初地形図も見ずに北東側に降りてしまい、続く進路が見えてこないので間違えと気づき山頂に戻る。次に南東側に降りると、何となくここには踏み跡がありルートと判った。しかし、1630m付近のルート取りは、上部の1910m付近と同様に樹林帯の中に道ある場所で、判っていないと見いだせないようなルート取りとなっていた。モシャモシャとした場所を抜け再びザレ斜面。当初は地形図の破線路を追おうと思っていたものの、あまりにも不明瞭なので、南に降りてしまうことにした。一瞬ガスが晴れ、スカイラインまでの地形が見えた。自然が見させてくれ“ここを降りなさい”とでも言っているかのようであった。ガスは次の瞬間には白く覆ってしまった。
かなり緩いザレ谷で、一歩がかなり流れる場所であった。その一歩に伴う落石も多く、複数名での通過はよろしくないとも思えた。ザレが終わるとガレ斜面となり動く石に難儀しながらゆっくりと降りて行く。硫黄の臭気が強く感じられ、白いガスの中にトラックが通過して行く音のみが聞こえる。通行止めの場所であり工事車両で間違いない。スカイラインに乗った場所から、20mほど西に行くと、判読不能な道標が立っていた。これはストリートビューでも見えたもので昔から立っているようであり、これがマツダランプの標識となろうか。
時計は13時を少し回った時間。これなら少し余裕をもっても百足山を踏んでこれると判断し最後の一座を狙うべく東側にスカイラインを伝ってゆく。付近は火山性ガスが出ている場所で、歩行での通過の仕方はよろしくないようだ。少し呼吸量を絞るようにして通過して行く。下り勾配が登り勾配となって、最初のカーブの場所が、百足山への尾根の下降点となる。
白ザレの尾根へと足を踏み入れる。とここで、足が攣りだした。それもこれまで攣ったことのない左足の前脛骨筋。これまでになく藪の中を格闘したってことも言えるが、もしかして火山性ガスの影響!?なんて思い込みをしてしまい少し心配する。5分ほどで癒えて尾根を快適に降りて行く。途中にはケルンも立っていたので伝う人はいるようだ。上の方は白ザレの美しい斜面、下側に進むと黒ザレの尾根に変わる。視界があれば綺麗な尾根であろうと思えた。既に衛星画像では見ているが、山ではないような場所に百足山は位置する。尾根の途中の通過点のような印象をもってその場所に進んでいた。
百足山到着。こんもりとした高みの場所で、いい意味で予想を裏切ってくれた。人工物は見えないが、南側のポッドホールのある大岩に、川の字に石が置かれていた。ケルンのように積もうとしたのではないかと思われる。残念だがガスで周囲展望は無い。このまま尾根を降りれば姥滝の落ち口に到達するよう。この快適な尾根はどこまで続くのだろうと思えた。視界もなく長居する場所ではないのですぐに踵を返す。13:30をまわって、付近の温泉の入浴受付時間の14:30にはもう間に合わない事が見えてくる。15時まで入れるようだが、それだって今からでは厳しい。無理やり入る言葉並べや、入れない場合の麓側の温泉地を頭に思い浮かべながら、既に頭の中は温泉に入ることを考えていた。
百足山からの尾根をスカイラインに進んでゆくと、スカイラインに出る直前でまたまたトラックが目の前を通過した。今度はガスの中にトラックが見え、トラックの荷台には人が乗っていた。火山性ガスの場所が気になっていたのだが、現地の人でもそうやって通行しているのだから大丈夫と理解した。スカイラインに出てわずかに下って登り返して行く。その途中でトラックが追い越した。本当に火山性ガスが危険なら、私をすぐに拾うだろうから声をかけると思った。しかしトラックはゆっくりとだが素通り。あまり危なくはないんだと強く理解する(笑)。
火山性ガス注意帯の中をテクテクと進んでゆく。風があるので臭気はそう酷くはないが、硫黄平橋の銘板の爛れようから、雰囲気中の硫黄成分の強さが見て取れた。微温湯温泉からのルートが合流するあたりには、注意書きがあり、工事車両が多いので「登山者もスカイラインは歩行禁止」となっていた。歩行も禁止とは知らなかった。今日は一部違反行為となってしまったよう。九十九折を過ぎると工事現場があり、そこで働く作業員に、「歩いちゃダメなんですね」と聞くと「えっそうなの」と現地の人も知らないようであった。
浄土平に戻る。視界30m程、こんな天気なのでこの観光地も閑散としているかと思ったが、予想外に賑わっており、たくさんのマイカーが上がってきていた。下はそこそこの天気で、上に上がってきたらこのガスの中って事なのだろう。トイレ舎で汗を拭ってからビジターセンター前に戻る。
振り返る。まず思うのは、逆コースにした方が負荷が少なかったよう。駱駝山への登りをどうするかのみ問題だが、その駱駝山から一切経への尾根、一切経から1928高点、1928高点から前大巓、前大巓から鎌沼まで、これらの場所では逆コースにした方が伝いやすいと思えた。その前に、積雪期に歩けばどこも快適で全ての問題はクリアーされてしまうのだろうけど・・・。こんもりとした蓬莱山と前大巓、一等点のある一切経山、峻峰に見える駱駝山、快適に伝える百足山、バラエティーに富んでいて楽しく歩くことが出来た。2回、ササで目を突いてしまった痛い思いもあったが・・・(笑)。帰路バックミラーで確認すると、眼球が真っ赤になってしまっていた・・・。